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A03.イレギュラーとの邂逅

『潜水母艦・氷鯨より紅結へ。エーテルリンクに異常はないか?』


「こちら紅結。えぇ、問題ないわ。補助ブースターが水底に沈んでしまったこと以外は」


『済まないが、苦情は技術者どもに向けてくれ。状況は?』


「戦闘はまだまだ収まる気配はなさそうよ。実験用に魔獣を捕まえるのは結構だけれど、管理くらいは全うしてほしいものね」


『まったくだ。一応繰り返すが、我々の任務はあくまで甲板で暴れる魔獣の討伐の協力だ。迂闊に下に降りるようなことはするなよ?』


「もちろん。それじゃあ、戦闘が一区切りするまで通信は切るわよ? ()()()()、ね」


『そうだな、()()()()()。気をつけてな』



 通信を終了すると同時に桜色のエーテル・フレーム“紅結(べにゆい)”が愛用の刀を実体化し、袴と羽織を身に纏う。服装のほうは紅結の奏従士である斎藤一葉(さいとう かずは)の趣味が9割であるが、しっかりと魔獣素材で作られているので一応無意味ではない。


 とはいえ、どちらかと言えば実用性以上にそれらは一葉のトレードマークとしての機能が主であろう。味方にとっては希望となり、敵対者にとっては絶望となる、世界でも屈指の実力者である彼女のお気に入りの装いだ。



(さて……おそらくだけど、ほとんどの乗組員は黒でしょう。とはいえ、同盟国ですものね。見殺しにするワケにもいかない、と。それでも正規の軍人ではなく私を動かしたのは……誰の差し金かしらね?)



 この斎藤一葉という女性の本職は軍人ではなく、とある学園の理事長である。日本の首都エリアに存在する、奏従士と、彼らが操るエーテル・フレームの整備等を担当する調律士(チューナー)の育成に力を入れている、世界でも有名な学園都市である。



(あくまで善意の民間協力者。軍人なら命令に忠実でなければならないけれど、私なら多少の独断行動はいくらでも誤魔化せる。つまりは可能なら探りを……というところかしらねぇ。私としても危険物を日本に持ち込んで欲しくはないけれど)



 ◇◇◇



 魔獣との戦闘そのものは一葉にとって欠片も驚異とは成り得なかった。小型の魔獣はもちろん、中型以上のタウルスタイプやボアタイプですら、彼女にとっては指先で弾く程度の労力で始末できる。


 問題なのはドイツの奏従士たちの動きだ。やましいことがあるのを自覚しているのか、援軍である一葉に対しても警戒するように動いている。そのせいで生まれる隙を魔獣が見逃すワケもなく、ムダな犠牲者が増えている。


 もっとも、フレームには緊急脱出のための転移装置が組み込まれているので、奏従士に限って言えば命だけは助かっている。霊気と魔力の光とともに消えていった連中はいまごろは本国で回収されているだろう。肉体、精神それぞれにダメージは残るのだが。



「……はい、はい。了解しました。おい、日本の奏従士。我々はこれより後退し、防衛ラインの構築に専念することになった。この場はキサマに任せてやる。活躍の場をくれてやるのだ、ありがたく思え。―――集合ッ!!」



(なんというか……ある意味、大物なのかしら? まともなドイツ軍の人たちの胃腸が心配になってきたわね。さて、めでたく自由行動のチャンスが巡ってきたのだけれど……しばらくは真面目に戦いましょうか。彼らに全滅されても困るものね)



 ◇◇◇



 軍人たちが離れた場所で、上官である高級将校のお守りに専念し始めたのを見計らい、一葉が戦場を少しずつ動かしていく。もちろんこの船に積み込まれている秘密のお宝の正体を探るための布石だ。


 適当に強力な斬撃で魔獣を床ごとブチ抜いて、そのまま一緒に落下してアラアラうっかり……という目論見である。乱暴ではあるが効果は期待できる作戦だ。―――実行前にうっかり周囲の魔獣を全滅させてしまったことを除けば。



 しまった、と思っても遅い。仕方なく見晴らしのよいコンテナの上に飛び乗り、魔獣の生き残りの群れを探している最中。



 〈〈アラート。船内で爆発を確認。霊気反応からフレーム用の武装によるものと推測されます。……所属不明のフレームを補足しました。ライブラリに存在しない機体です〉〉


「所属不明……どういうこと? ドイツ軍のフレームではないの?」


 〈〈ベースはヘルト・イェーガー社のヤークト・フントかそれに近い物と推測されますが、スキャン中にエラーが発生しました。友軍(笑)のエースカスタムの可能性もゼロではありませが……〉〉


「それなら所属の設定を忘れるなんてあり得ないわね。そうねぇ……状況的にドイツ軍にとっては敵かもしれないけれど、私にとって敵とは限らない。少し様子を見ましょうか。ところで……」


 〈〈なんでしょう?〉〉


「友軍の発音がおかしかったのは気のせいかしら?」


 〈〈間違いなく気のせいですね〉〉


「……そう。気のせいね、ならいいわ」



 ◇◇◇



 強い。


 その蒼いエーテル・フレームを視界に捉えた瞬間の一葉の評価はそれだった。


 敵か味方かわからない相手に背中を見せたまま、自然な動きで階段をゆっくり上ってくる。相手の強さも感じ取れない自意識過剰の未熟者の可能性も一瞬だけ考えたが、そういうバカ特有の浮わついた霊気は感じない。


 小細工の類いを感じさせない堂々とした態度は好感が持てる。しかし、この場でそのような立ち振舞いができるということは、それ相応の実力を兼ね備えている証拠でもある。



 〈〈解析完了。対象フレームのステータスを表示します。ただし、スキャンの一部はエラーにより正常に機能していません。あくまで目安として考えてください〉〉


(武器は標準的なドイツ製品、それも屋内での戦闘を想定していたなら不審な点は……バズーカ、は、単独行動なら選択肢としてはアリかしら)



 “蒼”がゆっくりと振り向き、視線が合う。


 そして沈黙。雰囲気からして、こちらを警戒してはいるものの敵意は感じない。



(私を敵と認識していない……理由はなに? 考えられるのは私の所属がドイツではないから。紅結のベースとなった桜花が日本製であることくらい奏従士なら知っているでしょう。ならば……会話も可能かしら?)



 ◇◇◇



 正体不明のフレームが標的としているのは、あくまでドイツ。あまりにも頼りない仮定ではあるものの、実際に言葉を交わしてみれば意外に話の通じる相手であった。ただ、声の雰囲気がかなり若いことが気になった。



 〈〈……警戒しているわりに、簡単に視線を外しましたね。ただのクレーンの倒壊に気を取られたとしたら、とんでもないマヌケと言えますが〉〉


(仮にも軍属、それもフレームが多数配置されたタンカーに潜入できるほどの奏従士がマヌケってことはないんじゃない? 私のことを試しているか、そうでなければ―――私たちこそが、なにかを見落としているのかもしれないわよ?)



 いずれにせよ、戦わずに済むならそれに越したことはない。だからと言ってこのまま見逃すワケにもいかない。なんとなく悪党とは思えなかったが、イレギュラーな存在には違いないからだ。なので、一葉はあえて腹の探り合いをせず素直に目的をたずねてみた。


 そして。



「……お前は、弱者の命を弄ぶことを許容する側の人間か?」



(――――――ッ!?)



 先ほどまでは警戒していても穏やかであったイレギュラーの霊気が、急激に鋭さを増した。まるで、返答次第ではそれ相応の対応をすると言わんばかりに。


 質問に対する一葉の答えは“否”である。


 学園の理事長という立場を抜きにしても、彼女はその手の考え方は好みではない。望んで敵対する者、あるいは力の差を承知で挑んでくる者はどれだけ弱くとも容赦なく叩きのめすが、彼の言いたいことはそういう話ではないだろう。


 ならば、このタイミングでこのような質問を投げ掛けてきた意味は? 簡単だ。弱者の命を弄ぶようなナニかがこの船の中で行われていたのだろう。そしてイレギュラーの目的はそのナニか。おそらくは……人道に反するような実験か、研究か。



(やっぱりロクでもない積み荷だったようね。と、なると積み荷の正体が気になるところなんだけど。……そうねぇ、彼、なんとか日本に引き込めないかしら?)

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