M03.もしかして、いきなりラスボス級ですか?
さっそく計画が破綻してしまったが状況は待ってくれたりはしない。目の前はゲーム画面のようなレイアウトをしているが一時停止ボタンなんて存在しないからな。とにかく甲板を目指しつつ今後について考えるしかない。
そうだな……まずは現在地を知るところからだろうか? ここがどこなのか、目的地はどんな場所なのかすらわからないからな。異世界とはいえパラレルワールドみたいなものだから、大まかな現在地がわかるだけでも安心できる。
仮に海のど真ん中だとしても、感応の加護を使えば小型船のひとつくらいは改造できるハズ。なに、本格的に乗り回す物じゃなく、一時しのぎの間に合わせ程度なら俺にでもイメージできるだろう。
よし。方針決定だな。と、なれば……船でそういう情報が集まる場所か。やはり司令室のような場所だろうな。艦橋、っていうんだっけ? ミリタリー好きの友人が教えてくれた気がするが、あまり詳しく覚えてないんだよなぁ。FPSの立ち回りのアドバイスとかはある程度覚えてるんだけど。
とりあえず上に行くか。偉い人間は高いところが好きってのが定番だからな。メカニックたちの部屋で入手したマップは船の下のほうが中心だったから、自力で探す必要がある。となれば、あてもなくフラフラするよりは思いつきでも目的地を設定したほうがいいだろう。
◇◇◇
目の前の階段を上がれば甲板に出られる、というところまでやってきたワケなんだが……さて、こりゃ参ったね。一応俺の身体能力そのほか諸々は強化されているが、それでも戦闘に関しては超☆ド素人なワケで。
そんな俺にでも感じ取れてしまうプレッシャーが上からザクザクと突き刺さるように降り注いでいる。冷や汗が滝のように、とはこのことか。画面に表示される人間の、奏従士のバイタルサインのいくつかが警告を発している。
引き返す、という選択肢はないだろう。プレッシャーを発している、おそらくはフレームを装備した奏従士であろう相手の位置が変わらない。十中八九、俺のことをロックオンしているだろう。目を付けられた、射程距離におさめたというふたつの意味でも。
ちなみにいま俺が装備しているフレーム、ベースとなっているヤークト・フントは主に対魔獣用として開発された物らしく、システム関係もそちらがメイン。つまり対フレーム戦に関する機能はあまり期待できそうにない。
感応の加護でレーダーやらセンサーやらを上書きする? いや、そもそも強化するイメージの組み立てをどうするべきかの知識が足りてない。それに、急にこちらの性能が変化したときに、相手がそれに気がつかないとは限らない。
いまのところプレッシャーは感じても殺されそうな雰囲気は感じないのだ。半端な小細工のせいで、下手に刺激して生き残る可能性を減らすのは避けたいところだ。
ここは、堂々と姿を見せるしかない。
冷静沈着になれ。俺はクールな傭兵、ミッションはいつでもスマートに……。うん、ダメだ。吐き気とかヤバい。もしもいま突然肩をポンッと叩かれたら、それだけで体の色んな穴から色んな物体が溢れ出そうな勢いだ。
……なぜだろう。顔面蒼白で頭を抱える女神の姿が脳裏に浮かんだ気がする。まぁ、会話した時間は短かったが姉御肌って感じの性格してたからな。俺のことを心配してくれてそうではある。うん、それだけでも気持ちに余裕が……余裕が……やっぱ恐いや。
◇◇◇
ゆっくりと階段を上る。途中から背中に視線をビンビン感じているのだが、冷静さの演出のために慌てて振り向くようなマネはしない。ゆっくりと階段を上り終えてから、ゆっくりとプレッシャーの方向へ顔を向ける。
………。
……サムライ?
桜色のフレームが、紅色の袴をはいている。そして肩には羽織のような物が。コーディネートとしては俺的にはかなりカッコいいとは思う。あと、たぶん袴も羽織も普通の素材ではないんだろうな。どこかのクロスボーンな海賊ロボみたいに射撃武器を弾くくらいの機能はあるんじゃないかな。
………。
………。
……いや、なんか喋ってよ。
え? もしかしていまは俺のセリフのターン? そんなバカな。状況把握のできていないこの俺に先に喋らせるとか鬼畜かよ。なんだ、キサマ何者だッ! とか言えばいいのか? 向こうにしてみればお前こそ誰だよって感じだろうし、お前に名乗る名前は無いッ! って戦闘開始になっても困る。
どうする? 当たり障りのない会話で様子をみるか? 冗談の通じる相手であればそれだけで俺の生存確率はかなり上昇してくれる……かもしれない。逆効果だったら? 覚悟を完了するしかない。当方に迎撃の用意無しッ! いますぐダッシュで逃げたい。
「こんばんは、狼さん。ステキな夜ね?」
お前から喋るんかい。声の感じは年配の女性かな。おばあちゃん、というよりは老婦人と言いたくなる、気品のある優しい声だ。これは第一関門突破と言えるのでは?
「あら、なにも無視することはないでしょう? 寂しいじゃない」
「……いや、なにか気の利いた返事でもと思ったんだがな。月が綺麗ですね、くらいしか思いつかなかったものでな」
「フフッ、いいじゃない。古典にして王道な口説き文句も。もっとも、私ってば結構なお婆ちゃんなのよね。これでも中学生の孫娘がいるのよ?」
「生涯現役か。是非とも見習いたいものだ」
「あまり良いものではないわよ? 趣味に時間を使いたくても、こうして仕事が忙しいと辟易してしまうもの。この連休中はエイリアンハンターのレベル上げと素材集めをする予定だったのに」
ゲーマーの方ですか? 高齢者のボケ防止にテレビゲームも効果があるという話しは聞いたことがあるが、こんな戦場に刀一本握り締めて立ってるような人には痴呆なんて無縁だろうに。
とりあえずこのまま穏やかに会話を続けていけば、無用な戦闘は避けられるかもしれない。向こうがバトルジャンキーでもなければ。いや、バトルジャンキーなら尚更のこと見逃してくれるのではなかろうか? 俺が素人であることを見抜いて情けをかけてくれるかもしれん。
……ん? 向こうから金属の軋むような音が―――あぁ、戦闘の余波でクレーンが倒壊してるのか。なかなか迫力のある光景だな。
「ひとつ、良いかしら? 狼さんの目的はなんなのか、教えていただいても? まさか偶然の散歩道だった……なんてことはないのでしょう?」
むしろそれが一番正解に近いんですがねぇ。しかしそれを正直に話したところで信じてはくれないだろう。どうせ本当のことを話すつもりがないなら力ずくで、って流れになるのでしょう? 知ってるんだからねッ!
と、なれば。
「そうだな……質問に質問で返すのはマナー違反なのは承知の上で、確認したいことがあるのだが、構わないかな?」
「アナタの目的に関わることであれば」
「……お前は、弱者の命を弄ぶことを許容する側の人間か?」
頼む、どうか違うと言ってくれ。もしもバトルジャンキーだったとしても、強者、あるいは立ち向かってくる相手にしか興味がないタイプなら生き残るチャンスはある。適当に戦って、俺が弱いことに失望して見逃してくれるかもしれない。
逆に、例えば猫が獲物をビシバシと嬲るように追い詰めてからお食事を始めるように、弱い相手でもオールオッケーなタイプだと……フレームが顔もスッポリ被う作りでホントに助かった。いまの俺の表情はとても人様にお見せできるような有り様ではないだろう。
俺の胃袋がオロロッカしそうなのを歯を食い縛ることでムリヤリ抑え込みつつ返事を待つ。お願い、焦らさないで。早く返事をよこしやがれくださいホントにマジで。




