M01.騙されてなくてもいきなりピンチ
飛ばされた先は海の上に浮かぶ巨大なタンカーらしき物でした。
しかも現在、激しくバトルフィールドとなっておりま~す。
いやいやッ! いきなり難易度高過ぎるだろッ!! まったく、俺はどこかのスニーニングミッションが得意な蛇じゃねぇんだぞ?
せめてもの救いは人間VS人間じゃないことか。明らかに片方はモンスター、いやこの世界だと魔獣って呼ばれてるんだっけ。とにかくいきなり人間相手に戦うなんてことにならなくて済みそうだし。
……いや、ダメだわ。
いまの俺はどう考えてもただの密航者。しかも時々聞こえてくる言葉が日本語じゃない。これはヤバい。
クソッ……とにかく外は危険だな。いつ流れ弾がこっちに飛んでくるかわからないし、適当に屋内に避難してみるか。
◇◇◇
適当に近くにあった扉に入ってみた。そしてひと息ついたところで、いまの自分の行動がどれだけマヌケで危険だったかに気がついた。
もし扉を開けたところに誰かがいたら?
魔獣だったら問答無用で殺されたかもしれないし、フレームを装備した人間だったとしても無事で済んだ保証はない。
……あ、危ねぇ~ッ!!
いきなり俺の物語が終わるかもしれなかったじゃんッ! なにが「臆病者だから大丈夫です」だよッ! ふぅ、幸運の女神のキスを感じ……キスどころか加護を貰ってるんだってば。
よし……よしッ!
焦るな。まずは女神チート“感応の加護”を確認することから始めよう。
イメージしろ。身体能力に優れた色んな作品の登場人物たちを。
彼らの活躍をしっかりと頭の中にイメージして、それを自分自身にトレースするんだ。
……こんな感じか。
よし、まずは適当にそのへんの鉄パイプを―――うひゃあ。素手でもぎ取れちゃった。さっそくだけど人間を辞めてしまった気分。いや気分どころか人間を辞めてるわコレ。
この鉄パイプがどこまで役に立つかはわからない。甲板でみたフレーム装備の人間たちは銃火器を使っていたからな。チートで強化した肉体でも過信はしないほうがいいだろう。
と、なれば……自分もフレームを入手する必要があるか?
操作方法についてはフレームと直接感応すれば問題ない。感覚的にそれで解決できると確信している。……感覚的に確信っていうのも変な話だけどな。
「焦るな……焦るなよ、俺……。大丈夫、俺以外の気配はない……まずは……この部屋からだ……」
いわゆる“強化人間”な感じのいまの俺には部屋の中が無人なのはわかっている。だからといって安全という意味ではないことくらい、さすがに理解できてる。
しかしなにも情報がない以上、多少の危険は許容しなければ。
◇◇◇
「これは……なるほど。まったくワカラン……」
何語だコレ。
とりあえず適当な書類を感応の力で解析して……お、ドイツ語か。読み方がカッコいいからと中二病患者から各種創作活動をしている人々にとっては親しみやすい定番の外国語だな。
この際、内容は後回し。とにかく感応の加護を利用して俺の中にドイツ語をインストールしていくのが先だな。う~ん、こりゃ便利だわ。無事にこの場を乗り切れたら、まずはたくさんの本を読むところから始めようかな?
しかし、ドイツか。危険度という意味でアタリかハズレかでいえば“ハズレ”だろう。
あくまで創作物でのイメージだけれど、ドイツとロシアはだいたい危険なことやってるからな。機密を守るために密航者の俺なんて警告無しでズドンッ! となる可能性が大きいだろう。っていうかほぼ確実にそうなるんじゃないか?
やっぱ早急にフレーム欲しいなコレは。
質実剛健なドイツ人ならば、きっと予備を用意してないなんてことはないハズ。もっとも、この世界におけるフレームの相場を知らないからな。少数のエースにしか支給されないような高級品だと厳しいかもしない。
「で、書類の中身は……う~ん、いまの俺には必要ない情報が……いや、船体の整備報告? これならマップが……ビンゴ……ッ! 予備のフレームの保管場所あるじゃん……! しかもメンテナンス……おぉ、細かな不具合の修理が完了しました? メカニックさん超絶ファインプレーだぜ……ッ!」
2度目の幸運ッ! これはなんとしても活用しなければ。
◇◇◇
フレームを奪うために移動してみたはいいが……コイツはまた……。
人の気配がないからと安心していた自分にバカめと言って差し上げたい。
おそらくは非戦闘員というヤツなんだろう。整備のツナギっぽい服装から軍人の偉そうな人が着てるヤツ、あとは白衣とか。そういう人たち“だったもの”が散乱している。
とんでもなく血生臭い。これが死臭というモノか。
思いのほか自分が動揺していないのは、コレらの人々が自分とはまったく無関係の人だからなのか、はたまた女神が心配していた倫理観の欠如のせいなのか。どちらにせよ、いまはそれ気にしている場合じゃないけど。
手を合わせて祈りのひとつでも捧げてあげたい気持ちはある。が、そんなことをしている間に後ろからガブリとされるか蜂の巣にされるかという状況だからな。申し訳ないが無視して通り抜けさせてもらおう。
でもせめて、踏まないように気をつけて……っと。
目的地までもう少し。
問題はフレームが残されているのかだけど、最悪の場合はオプションとなる武装だけでも残っていれば儲けものと考えている。もしも俺が普通の人間だったらあまり意味がなかったけれど、ありがたいことにいまの俺は普通の人間じゃないからな。
それを含めても充分に使いこなせるかはまだわからない。しかし可能性がないよりはずっと気休めになるってもんだ。
◇◇◇
「二度あることは三度ある。頼む、もう一度、俺に幸運を―――どうだッ! ……ハッ、ハハ……ッ! これも前世でマジメに生きてたおかげかな? いいぞ……希望がわいてきたじゃないかッ!」
マネキンの表面に黒い金属パーツを張り付けたようなシンプルな見た目。そういうところもなんだかイメージしていたドイツっぽいなと思う。
周囲に人影はなし。監視カメラは……ここまでくれば気にしても仕方ない。感応の加護の力で光学迷彩でもできればよかったのだろうけど、そんなことを実験しているほど時間も気持ちにも余裕がなかったからな。
さっそく目の前のエーテル・フレームに触れ、感応の力で情報を引き出す。
現在のドイツの主力フレーム“ヤークト・フント”
日本語だと番犬……じゃないや。猟犬か。エースカスタムではなく汎用性を重視した歩兵向けの……どちらかといえば射撃戦を意識したフレームか。ありがたい。格闘戦なんて恐ろしくて可能な限り遠慮したいからな。
「登録……フリー。よし。ロックは……このまま感応でハッキングすりゃいいな。よし、よしよし……ッ! あぁ、クソ、こんな状況だってのにワクワクしてるのか俺は。ハハッ……本格的に日常にサヨナラする必要があるかもな?」
機体のハッキングが完了したのと同時に、触れていた右腕の手首に魔方陣のようなもの……式陣が現れる。それがリストバンドのように手首の表面に刻み込まれ、一瞬だけ青く光り、そして薄い灰色に変わる。手首の内側のほうに狼っぽいシルエットがかろうじて見えるのがちょっとカッコいいな。
「あとは……イメージで上書きして色を変えるか。どうせ兵士のフリをしたところで秒でバレるだろうし」
ならば最初から第三勢力として動いたほうが面倒がなくていい。そのほうが誤魔化すときも矛盾を見つけにくいハズだ。たぶん。いや、所詮は素人考えだからどうせ失敗する可能性のほうが圧倒的に高いんだけどさ。
……。
どうせなら、ちょっとデザインも変える?
いや、ほら、いかにも所属不明って感じのほうが第三勢力っぽいじゃん。誤魔化すと決めたからには、やはり凡人としては手抜きをするべきではないと思うのだよ。
全体的に丸みのある感じなので、そこから大きく外れない程度に……シャープな感じで、防御力より機動性を優先しているのが見た目でわかる感じの……色は青で、いや“蒼”で。よし。上書き完了。
「できるならじっくりと改造してみたいけど……いまはこれが限界かな。それではさっそく……プリセット、ロード」
さすがは魔法のある世界。一瞬で身体に装着されて、しかもサイズもピッタリに変化するようで実に動きやすい。そして、感応の力で解析した情報によれば腕の魔方陣……じゃなかった、式陣の中に収まるので持ち運びもラクラクときたもんだ。
これは……うん。テンション上がるわ。
〈〈エーテルリンク、接続確認〉〉
〈〈霊気状態、戦闘濃度。通常設定で起動〉〉
システムボイスが問題なくフレームが起動したことを告げる。ふむ、爽やか男性ボイスか。個人的にはキライじゃないな。
そして目の前に広がる画面はなんというか、スゴく馴染みのあるような……ロボット系のアクションゲームの画面そのまんまだな。耐久力と、武装……はエンプティ。当たり前か。それからフレームとは別に人間側のバイタルサインってヤツかな。
よし。
とりあえず、一歩。
……おぉ。なんだか感動的だな。この世界の人々にとっては当たり前の一歩かもしれないが、俺にとっては偉大なる一歩。なんだか感動的だな。感想がループするくらいには。
さて、異世界生活のスタートとしてはなかなか難易度がハードだが……女神の加護を含めてもこれだけ幸運に恵まれたんだ、なんとしても生き残ってやろうじゃないか……ッ!




