M11.当初の目的さえ達成したなら実質勝ちだよね? ね!
牽制射撃。
狙いをつける必要はない。余裕もない。
適当に。
敵フレームに向かって引き金を引く。
動きは?
避けたか。
正面突破は好みじゃないらしい。
この前のミツルギ重工の機体に比べると細身だからか。
後退――速度は向こうが上か。
わずかにだが詰められてる。
問題は……無い。
通常のブースト性能は誤差だ。
感応の加護でタイミングを読んでクイックブースト。
フレームと完全な霊気のリンクという、この世界で俺だけが(たぶん)持つ切り札。
楓もよく反応してくれている。
実にスマートだ。
《装備スキャン……パターン解析……よしッ! フィードバック! 誤差は臨機応変に対応しつつ修正ッ!》
OSも頑張ってくれているようだ。
やはり、早いところ加護について打ち明けてしまうか。
――ッ!
近い。レーザーを引きつけ過ぎたか。
Eフィールドをかすっていった。
なんだか喉の奥がピリピリする。
ちょっと酸っぱい気分。
ストレスで胃液が逆流しかけたか?
はッ。
ははッ!
身体は正直ってヤツだな。
一応、楽しんでいるんだけど。
モニターの向こう側の世界。
向こう側だった、世界での戦い。
前の日本で生きていたときは、これほど“命の鼓動”ってのを感じたことはなかったもんな。
初めての、混乱したままだった船の上とは違う。
アリーナのデータ上での戦いとも違う。
自分で選んだ本物の戦闘。
なかなか面白いじゃないか。
……案外、この世界に飲み込まれたときに、頭のネジが何本かイカれたのかもしれないな。
《射撃の、冷却と充填の隙は大きいようね。楓の速度なら割り込めるかもしれないけど?》
「相手の奏従士はそんなに迂闊なタイプなのか?」
《そうね、止めたほうがいいかも。唐沢製作所の会長、唐沢十三は本物の戦士よ》
スナイパーが接近戦に弱い。
その考えは間違いではないが、正解でもない。
射撃を好むだけの連中ならともかく。
射撃を得意とする連中が自分の弱点に気がつかないワケがない。
当然、弱点を放置するワケがない。
一流の射手は相手を近寄らせない、というセリフ。
その気概は結構。
だが、全てが自分の思い通りになる前提なんてありえない。
ゲームですら。
ゲームでの対戦ですらランカーたちはとんでもない連中ばかりだったんだ。
ここは本物の戦場。
そこで生きてきた奏従士が弱点を放置する?
ありえないだろ。
『回収班、全機撤退完了。最上くん、本当はこういうこと言っちゃいけないんだろうけど――責任は私がとるわ! 好きなように思いっきりやっておしまいッ!』
「――了解ッ!」
うーむ。もしかして乱入について思うところがあるのだろうか? 俺が引き受けるまでまともなパイロットがいなかったらしいから、資源を横取りされたりとか色々あったのかもしれない。
だからってやっておしまいはどうかと思う。悪役の幹部キャラのセリフじゃあるまいに。だとしたらたったいま敗けフラグが成立してしまったことになるんだけど。
まぁ……おかげで頭がいくらか余裕を取り戻してくれたので良しとしておこう。昂揚感? は、まだまだ腹の底から沸き上がってくるし、こうなったら相手をブッ倒す――まではいかなくとも、せめて不意打ちされたぶんくらいは驚かせてやりたい。
それくらいなら可能性はあるだろう。向こうの霧影なるフレームから伝わってくる気配は“喜”の色合いが強く、本気ガリゴリの真剣勝負のつもりはないようだし。
舐めている、とは違う。
たぶん戦闘狂とかそういうタイプのキャラクターなのだろう。さっき俺も戦いを面白いとか自分で言っちゃってたけれど、できればソッチの道には分岐したくない。
戦闘民族的な一生なんてノーセンキューなんだぜ。そういう意味では反面教師には事欠かなそうな世界だな。人の振り見て我が振り直せ。冷静さを忘れちゃいけない。戒め!
とりあえず……ここは定番の引き撃ちしとけばなんとかなるべ。
ときおりチラチラと隙を見せてくるのはワザとだろうな。いいよ! こいよ! と言わんばかりだが、もとより楓には一撃必殺を狙えるような武器を積み込んでないので突貫はあり得ない。
これが霞だったらまた違ったかもしれんが、それでも罠に自分から飛び込むのはちょっとなぁ。いくらチート転生というラノベムーヴかましてるとはいえ、経験値足りてないのにムチャはできませんですわよ?
ま、持久戦はバッチコ~イなので問題はありません。俺はゲームでもキャラの強化や物資集めに快感を覚えるタイプだったからな、作業は嫌いじゃないのだ。そして集めたエリ○サーをもったいぶってガメオベラ。人はそれをアホという。
今回は別にそんな心配は……え? なんですか楓さん。ボクに歌えと仰るのですか? このワリとシリアスなバトルの最中にエンターテイメントを始めろというのか。
ふむふむ、霞とリンクしていたときに歌いながら訓練していたという情報は如月ラボにいる全てのフレームがちゃっかり倉庫で共有済み。霞だけ特別扱いはズルいぞ……って、なんだその奥さまの井戸端会議みたいな広がり方は。
いやいや。訓練のときはラボの人たちも生暖かい目で見る程度で許してくれていたけれど、さすがにマジなバトル中に歌い出したら良くて怒られるか、最悪コイツやべぇヤツかもしれんという烙印を押される可能性も。
なので大変申し訳ありませんが、今回はご縁がなかったということで、また次の機会に――って、危ねぇッ!? フレームの反応が遅れたぞッ!?
ちょ、おま、楓さん? アナタそんな、生殺与奪は私のモノだとでも言いたいの――違うわ、匂わせるどころか“レーザーの直撃を食らいたくなかったら……わかるわよね?”って感情モロに流し込んできてるわ。
くそぉう。だいたい、攻撃が当たったらあーただって痛い思いをするでしょうに。いくら機械とはいえ、こうして意志疎通できてるくらいには自我をもってるんだから。
え、それも含めての脅迫? なるほど、楓が傷つくのを見たくなければ言う通りにしろと。スゲェや、人質のセルフサービスなんて初めて見たわ。おかしいな? 俺はご都合主義の無敵で無双なチート転生者サマのハズなのに味方に追い詰められてるんですがそれは。
わかったよ。歌えばいいんでしょ歌えば。俺の歌を聞けぇッ! って戦場でギター弾いてた主人公だっていたし、熱血的で爆発的なリスペクト精神ってことで歌ってやろうじゃないの!
旋律は奏でる、敵も翻弄する。“両方”やらなくちゃいけないってのが“奏従士”の辛いところだな。覚悟はいいか? 俺は諦めた。
そしてイイ笑顔で親指ぐぐっとサムズアップしてるイメージを流し込んでくる我が戦友たるエーテルフレーム。銀髪ロングヘアーに明るい緑のワンピースなのが楓さんご本人のイメージなのだろうか。
しかし自分から擬人化イメージ作って流してくるとは、コイツ俺より感応の加護使いこなしてンじゃね?
とりあえず今回もラテン語で誤魔化しつつ、そうだな……アップテンポな曲だと前に出たくなるから、それなりに落ち着いた曲で踊るとしよう。
昔はアニメもゲームも戦闘ありの作品はいかにも強そうなオープニング曲が多かったらしいが、俺が物心ついたころにはソッチ系と言われなければ気がつかないような歌が普通だったからか。
穏やかな曲でありながら、戦いのイメージを損なわないようにするのも難しいことではないのだ。でも愛を囁くような歌は勘弁な!
と、いうワケで――。
歌を紡ぎ、楓が舞う。
《これは……霊気の正循環が……歌がハウリングの起動に……? いや、まさか……》
『フレーム装甲表面に式陣の流動確認、バイタルは異常無し、楓のステータスは……現在120パーセント、さらに上昇中。さてさて、霞に続いて楓もとんでもないことになった――いや、してくれたわねぇ。とりあえず今回の歌も録音しておきましょうか』
ん? いまなんか言ってたかな?
まぁいいや。なかばヤケクソであることも否めないものの、俺の歌で機嫌を直してくれた楓の機動力はかなり良好だ。このまま霧影の装甲をガリガリ削っちゃるけん。
ファンタジー要素はこういうときに強くて助かる。硬派なスチームパンクな設定だと、気合いだけで武器の威力が変わるようなことはない。
しかし、この世界の銃器の弾薬は鉛と火薬ではなく人の持つ霊気から産み出されている。俺の霊気が楓を通してライフルに伝わるまでに、日本が誇るスーパーロボットの如く気力補正で火力アップという素敵仕様なのだ。
手持ちの武器を片方、火力特化のスナイパーライフルという少々ロマン寄りの装備に切り替えて引き金を引けばこの通り~。まるでレールガンのような翡翠の閃光が相手のEフィールドをブチ抜いて行きました~。イェイッ!
威力、変わりすぎだろ。
俺はやらかしてくれそうな雰囲気を楓から感じていたから動揺せずに済んだから別にいいんだけど、霧影の奏従士はそうでもなかったようだ。
気持ちはわかるけどね。Eフィールドをかするかな? くらいの見切りで避けたらフィールドどころか肩部分の装甲吹き飛んだんだもの、そりゃ警戒するわな。連続クイックブーストで一気に離れていった。
向こうから伝わってくる感情の波が変わった。今度は冷たくて鋭いモノを感じる。もしかしてキレちゃったかしら?
――いや、まだ楽しんでる気配も残っているからそこまで深刻ではなさそうだ。もしかしたら本気モードにさせてしまったかもしれないという意味では深刻そのものだけど。
あまり深く向こうの感情を探ろうとするとリンクしてしまう可能性があるからな。超能力者のテレパスィ~みたいに思考を読めれば便利なんだろうなぁ。読めたところで対応できるかは別問題だけどね。
さぁて、次は――おや。
パシュンと光になって飛んでいったぞい?
《敵フレーム、エスケープユニット起動。反応消失、ガラン洞からの離脱を確認。――よかったわね? 一応、アンタの勝ちよ》
「勝ち、ねぇ。……どちらかと言うと、見逃されたって感じかな」
『だとしても、物資の回収は成功したし、楓もほとんど無傷だし。初ミッションは大成功ってコトでいいんじゃないかしら? お疲れ様、最上くん』




