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A09.天才、はしゃぐ

 私は天才と呼ばれるのがあまり好きではなかった。


 いや。好きではなくなった、のほうが正しいのだろう。



 ミツルギ重工は調律士にとって天国のような環境であることに異論はない。大企業ならではの潤沢な資本と資材、そして人材。能力があるならば私のような子どもですら迎え入れる柔軟性。

 そんな大企業から開発室のひとつを任せられる。本来であるならば泣いて喜ぶほどの待遇なのだろうが……ハッキリ言って、ミツルギ重工は私にとっては最悪の環境だ。


 うん。彼らの名誉のために言葉を足しておこう。あくまで私にとっては、だ。経営陣の考え方と私の調律士として求めるものが一致していないのが問題なのだ。

 ぶっちゃけ、ミツルギ重工のフレームの開発方針はそうとう頭が悪いと思っている。雇い主をバカ呼ばわりするのは無礼で恩知らずなのは承知しているのだが……アレは、無い。

 重装甲も高火力も大いに結構。だが棒立ちでミサイルと砲弾を撒き散らすだけの戦い方にどうして誰も疑問を抱かんのか。これがワカラナイ。


 もうな……そんな思考停止した戦法を是とするなら、私の頭脳なんていらんだろう? ミサイルたくさんばら蒔けば強いゾー! なんてそんなん小学生だって思いつくわ。

 不幸中の幸いというか、そんなふうに考えていたのが私だけではなかったのが救いかもしれん。同じような不満を抱えていたスタッフもそれなりにいたので、そういう人材は全員、自分の開発室に集めている。


 奏従士はひとりもいなかったがな! はっはっはッ!


 ……実際、戦果は上げてるからなぁ~。簡単に、かつほぼ確実に勝てるテンプレートがあるなら誰だってそれに頼りたくなる気持ちはわかる。

 いくらエスケープユニットがあるとはいえ、フレームが大破すれば中の奏従士だって痛い思いするんだし。

 しかし、だからこそ火力と装甲だけでなく、そこに機動性も加えようと進言しているのだが……返答は常に“もっと武器強化すれば大丈夫だよね!”といった内容ばかり。

 そして従業員のひとりである私に、上からのオーダーに逆らう権利などあるワケもない。まっとうなサラリーが与えられている以上、仕事に対しては真摯に向き合わねばなるまい。


 だが……決まった仕事を額面通りにこなすだけの状態で天才と呼ばれたところで、いったい何を誇ればいいのか。



 ◇◇◇



「……なに? 如月ラボがアリーナに出てきた? それは、また」


「ええ。あそこには専門の奏従士はおらず、魔獣の巣であるガラン洞での資源採掘も遠隔操作に頼っていたくらいのハズなんですけどねぇ」


「しかしそれはアリーナでは禁止されている。と、なると当然、如月ラボに奏従士が着任したということになるが」



 如月ラボに限らず、大企業にとって目障りとなる企業には妨害工作が当たり前のように行われている。政府の監視? そんなものは山吹色の菓子折りひとつで簡単に無効化されてるのが現状だ。


 よほどの物好きか命知らずか、それとも如月ラボに縁のある人物か。あるいは義理人情で引き受けたか。いち調律士としては如月ラボにおめでとうと一言贈りたいぐらいだが、悪党側に所属している身としては普通に心配だ。

 プライベートマッチで出場しているらしいが、そもそも如月ラボの名前で出場しているだけで目立つのは避けられない。

 一方的にボコボコにされて敗退するなら誰も気にとめないだろうが、調律士という人種も奏従士に負けず劣らずの負けず嫌いだからな。なにかしら勝算があって出場を認めたのだろう。



「主任さんよぉ。新型の連装カノン砲の開発も余裕がありますしねぇ、ここはひとつ息抜きとシャレこみましょうや。ほら、頂き物の間宮百貨店の栗羊羹もありますし、一服でもしましょうぜ?」


「むぅ……そう、だな。私も如月ラボの奏従士がどれほどのものか気になるところだし……。うむ、では皆でアリーナ観戦でもするとしよう。あぁ、私には玄米茶を頼む」


「はぁ~い。しかし秋穂ちゃんってば、飲み物のチョイスが渋いわねぇ~」


「羊羹だからな。やはり和菓子には日本のお茶がよく似合うものだよ」



 ◇◇◇



 皆で羊羹を食しつつモニターを眺める。戦場に現れたのは、我がミツルギ重工側のフレームはゴリアテMkⅤ、対する如月ラボは……肆式・楓? それも見たところカスタム機ですらない、ベーシックタイプだと?



「軽く2世代は前のフレームを持ち出すとは。天下のミツルギ重工も侮られたものだ、と言うべきところなのかもしれないが」


「実際のとこ、ほとんどのスタッフがそう考えているでしょうなぁ。そうでなくとも、我が社自慢のミサイルユニット“レインコート”はアリーナでも負け知らずですから」


「それに、こちらはクラスB奏従士で向こうはランク外。油断するには絶好のロケーションですね」


「如月ラボの奏従士は今日が初参戦なのだからランク外なのは当たり前なんだけどな。それで主任、どっちが勝つと思いますか?」


「さてな。ただ、楓の奏従士には頑張って欲しいのが本音だよ。いまのミツルギ重工は停滞状態だからな。一度、痛い目を見なければさらなる発展は望めないだろう」



 天下を我が物にしたかのように振る舞っているミツルギ重工だが、フレームの開発もパイロットの戦法もワンパターンになってしまっている。

 もしも一度でも敗北すれば。一度でも攻略されてしまえば、あとは同じことが繰り返されるだろう。

 汎用性の高い中型以下の火器開発は、私がスカウトされるよりもずいぶん前から手付かずらしいからな。対応できないままどこまでも転落する未来も充分にあり得る。



「あ、始まりましたよ主任」


「ミサイルをブチ込んで怯んだところにミサイル追加、が黄金パターンになっていますがねぇ。さぁて、如月サンたちはどう動くかな?」


「正面からの撃ち合いはしないでしょうが……レインコート以外のミサイルユニットも追尾性能はそれなりですからね」


「いくら機動戦闘に強い如月ラボとはいえ、簡単には避けられないでしょう」



 開発に貢献した私としては喜ぶべきことなのだろうが、結果としてミツルギ重工の停滞というか、増長? に荷担しているようで複雑な気分だな……。


 モニターではさっそくゴリアテの放ったミサイルの雨が楓に向かって降り注いでいる。

 大量のミサイルに怖じ気づいて立ち止まれば当然のように、かといって半端に後退したところで加速したミサイルから逃げ切ることは難しい。


 さて、楓の奏従士はどんな行動に――なんとッ! 前に出ただとッ!?

 クックック……いいぞぉ~コレはッ! まさに期待した通りの行動じゃないかッ!! まったく、ついつい口許がニヤけてしまうではないか。


 レインコートの最大の欠点。それは大量のミサイルを同時発射するための構造の都合で正面には撃てないことだ。

 そのため、射出した直後に懐に潜り込まれると一気にピンチとなるのだが、これまでソレを実行できた者はいなかった。

 まぁ、気持ちは理解できるとも。誰だって大量のミサイルに向かって突き進むのは怖いだろうからな。私が試したときも肝が冷えるとかいうレベルじゃなかったし。


 驚きからか、ゴリアテの反応が鈍い。慌ててハンドミサイルユニットを構えるが、いくらハイスピード型とはいえ――あぁ、やはりブーストで簡単に避けられてしまったか。


 そして開幕から続けて回避されたせいか、ゴリアテの奏従士が焦り始めたようだ。とにかく装備しているミサイルを片っ端から射出し始めた。

 ただでさえ装甲の薄い如月ラボのフレームだ、当たりさえすれば一気に決着となるハズ……とでも考えているのだろう。

 だが、そんな乱雑な攻撃があの楓の奏従士に通用するワケがない。私の見立てでは、向こうはミサイルかそれに類するような兵器との戦いに慣れている可能性がある。


 そして私の見立てが正しいことは簡単に証明された。ミサイルは直撃はもちろん、相手のEフィールドにすらカスリもしない。

 ますますゴリアテの攻撃は苛烈になるが……あの様子だと誘われていることにはまったく気づいていないのだろう。楓はワザとミサイルが撃ちやすい距離をキープしている。

 一発でも避け損ねたら大破は免れないだろうに、よほど技量に自信があるのだろう。


 ……いや、自信ではなく確信か。まさかマシンピストルで迎撃されるとまでは予測していなかった。


 あぁ、これは完璧に“折れた”かもしれない。せめてカノン砲系統の武器でも装備していればまだ戦えたかもしれないが、データを見る限り全てのスロットがミサイルで埋まっている。

 懸念していたことがそのまま目の前で起こってしまったか。ミツルギ重工の調律士としては悲しむか悔しがる場面なのだろうが、私はこうなる可能性について口が酸っぱくなるほど意見してきたからな。ぶっちゃけザマァ見ろとしか感じない。


 ついにゴリアテの霊気残量がレッドゾーンまで低下したそのとき、ついに楓が動いた。

 肉体も精神も霊力さえも大きく疲労してしまったゴリアテの反応は哀れなほど鈍く、もともと機動性を犠牲にしたプリセットなこともあって逃げることは不可能だろう。

 最後の悪あがきか、ミサイルユニットを起動するが、楓の速度からして射出するよりもはやく攻撃をうけることになるだろう。

 なまじ向こうの火力が低いぶん、嬲り殺しとされる未来は避けられまい。さすがの私も同情する決着となりそうだ。


 だが、その予想は容易く裏切られた。



「――なんだとッ!? ミサイルの誘爆だとォッ!?」



 レインコートのミサイルが実体化した瞬間、射出口に吸い込まれるようにライフルの弾丸が着弾し、結果――ゴリアテMkⅤの背中で大爆発が起こった。

 うぅ~む。これはさすがに想定していなかった欠点だな。しかしなるほど、たしかに如月ラボのフレームは機動力を活かした戦い方を想定しているから、射撃安定性については世界でもトップクラスの技術を持っている。

 そこに優秀な奏従士の技量が加われば。機動力が皆無に等しく、かつ奏従士のフィジカルもメンタルもボロボロの状態なら。



「はぁ~。……いやぁ、なんというか」


「いやはや、大した技量でしたなぁ。いまごろ他のスタッフたちは泡吹いてひっくり返ってるかもしれませんねぇ」



 社の方針に懐疑的であった私の開発チームのメンバーも、さすがにここまで圧倒的な差を見せつけられると内心は複雑なのかもしれない。

 もっとも、私としては収穫の多い観戦となったので普通に大満足なのだが。レインコートの改良もそうだが、これでミサイル以外の武装たちも陽の目を見ることができるだろう。



「……あ、主任、どうやらオーダーマッチを申し込むみたいですよ? まーまーたしかに~? あれだけこてんぱんにされたんじゃぁ、簡単には引き下がれないでしょうけど。どうします?」


「フッ……もちろん見るに決まっているじゃないかッ! あ、お茶のおかわりもよろしく頼む」


「はぁ~い♪」



 ◇◇◇



『おいッ! なにをやっているッ! それでもクラスAの奏従士かッ! そんな貧弱な旧式フレーム相手に苦戦するなどッ!!』


『ち、ちくしょうッ! 当たりさえすれば、当たりさえすればぁッ!! こんなヤツなんかにィッ!!』



 なりふり構わず、とはこの事か。


 オペレーター無しのルール設定をあっさりと無視していることに呆れつつも、初戦からここまで一撃も与えることができなかったことを思うと……。うん、同情くらいはするかな。

 もっとも、聞いている限りではオペレーターも満足な仕事をしているとは思えないが。

 戦闘が基本的にミサイルをばら蒔くだけの簡単なお仕事と化していたから、なんというか……撃てとか当てろとかしか言わないオペレーターに意味とかあるのか?



『チィッ! 突っ込んでくるぞッ! なんとかしろォッ!!』


『なんとかってなんだよッ!? クソがぁ、来るな! 来るなよテメェッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!』



 これはひどい。


 と、いうか。ミサイル避けて懐に潜り込んでくるのはわかってるんだから、普通にライフルとかショットガンとか持ち込めと言いたい。なんで4戦目のゴリアテまでミサイルしか積んでいないんだ……。

 アレか? 同じパターンで3連敗したのを全部偶然とかまぐれとか、運が悪かったで済ませているのか? 学習能力ゼロなのか? 呆れるどころか不安になってきたんだが。



『がぁッ!? か、は……ッ! なにが――』


『おいお前ェッ! なにをやっているッ! さっさと起きて反撃しろォッ!』


『なに…? オレ、倒れて――ごふッ!?』



 ルール無視をしていたが、どうやら痛覚信号までは切らなかったらしい。いや、負けるハズがないという前提でそこまでは必要ないと判断したか? もしそうなら連戦連敗の中でよくまぁ自惚れを続けられると感心できるくらいだ。

 フレーム同士の戦いで蹴りを見るのは初めてだが、おそらくは相当な衝撃と痛みだったのだろう。倒れたゴリアテは自分が倒れていることに気がつくまで時間がかかった。


 当然そんな致命的な隙を見逃すほど、楓の奏従士は甘くないようだ。


 ゴリアテの胸部装甲を思いっきり踏みつけて、頭部にアサルトライフルの銃口を向けて――。



『まて、テメェッ! ふざけんな! 止めろ、テメェこんなことして――ぴぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!!!』



 霊気残量がゼロになり、試合終了となるまでの数秒間。ゴリアテの奏従士が味わった痛みと恐怖と絶望感はかなりのものだろう。

 もしかしたら今回のことがトラウマとなって、2度とフレームに搭乗できないかもしれないが……似たようなことをしているのを見たことがあるからな。

 自業自得、因果応報。少なくとも私の開発チームたちはこの光景をそう評価しているようだ。さすがにゲラゲラと笑うまではいかないらしいが、何人かはニヤリと笑っている。私もそうだけど。


 ともかく、これでめでたく4戦4敗。経営陣も、お気に入りのスタッフ一同も、いまごろは顔を真っ青にしているころだろう。

 これまでのやり口からして、今回の戦いの様子も間違いなく流出しているハズ。通信技術は専門外だから詳しいことはわからないが、非公開と銘打った試合が一般に流れたことについて文句を言われているのを見たことが何度もある。

 自社の宣伝と対戦相手の企業の営業妨害が同時にできるからと、ワザと垂れ流していたのかもしれないが……今回は見事に裏目に出てしまったようだ。


 不敗神話は崩れた。今後、如月ラボだけではなく多くの企業が反逆の狼煙を上げることになるだろう。

 ミツルギ重工はもちろん、他の殿様商売をやっていた連中もフレームのコンセプトは似たり寄ったりだからな。いますぐ勢力バランスが崩れるようなことはないだろうが、確実に流れは変わっていくだろう。


 まぁ。それはそれとして、だ。



「見事な腕だったな、如月ラボの奏従士は。どんな人物なのか、是非とも会ってみたいな。……うむ! 私はこれから如月ラボに向かう段取りをするぞッ!」


「「はぃ?」」

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