きつね
一匹の狐が項垂れている。彼の今日一日は不運だらけだった。
朝、いつもの藁の寝床で目を覚ます。背伸びをして体にも朝が来たことを伝えるが、どうにもならないだるさがあった。おかげで起きてから動き始めまでに三十分は掛かった。
朝御飯の用意はいらない。昨日のうちに用意してあった少量の木の実を食べる。
狐は寝床を出た。今日の狐はやる気だ。一緒に暮らす彼女の食料も取らなければと息巻いていた。狐は彼女のことが好きだ。大好きな彼女に向かって狐が『コーン』と一鳴き。出掛ける時も彼女は寝床から動くことなく、狐の声に答えてはくれなかった。ただ気だるそうにじっと眠っているだけだった。
彼女の無反応に少し落ち込んだ狐だが時間は有限だ。すぐに狩りに出掛けた。
獲物を取ることに成功した。森を駆け回り、獲物を見つけると飛びつき首を一噛み、暴れる獲物を押さえつけて息の根を止めた。
ここまではよかった。狐も満足げだった。そこに油断があったのだろう。気付いた時には狼の群れに包囲されていた。
自分よりも多い数には勝てない。助かる為に獲物を捨ててその場を離れる。狼はすぐに狐の捨てた獲物へと群がった。
おかげで助かったが、狐は目に映る状況を見て、獲物を取り返すのは不可能だと理解し項垂れた。
そこから森を歩き別の獲物を探すが、見つかる事無く帰る事になった。
帰宅途中、ガサガサと獣道を通る。ふと、草むらから狐の目の前に茶色い壁が現れた。
そしてぶつかる。何にぶつかったのだろう思った狐が視線を凝らす。そしてそこに何が居たのかを理解した。それは大きな熊だ。
狐は動けなくなっていた。熊が何事かと振り向き回りを見渡す。気がつくなと考えた狐だが、熊は狐の姿に気がついた。狐には熊がにたっと笑みを深く浮かべたように感じられた。
危険を感じた狐はすぐに飛び跳ねる。熊が狐の後ろを追いかけていく。獲物を逃がす気が熊にはないように感じられた。狐は熊に比べ小柄な体型を生かし逃げ回る。しかし枝や草、細い木などの障害物をものともしない熊の走りにどんどん追い詰められていった。
もう駄目かと思った狐の目の前に崖が現れた。落ちたら助からないような断崖絶壁だ。
狐は一瞬迷うが、助かる為に躊躇無く飛び降りた。運よくがけに引っかかることが出来た。狐の行動に熊が驚き目を丸くする。狐の狙い通り、熊は崖から落ちた狐を追えない。うろうろとうろつき回り崖へとどんどん近づいてきた。狐には熊の息使いが大きく感じられた。少しの時間、狐にとっては長い時間がたった。熊は崖下を覗くことなく狐を死んだと思った。熊は興味をなくしたように崖から離れた。
熊の息遣いが遠のく。
数分後、危険がなくなったと考えた狐が、崖から飛び出してくる。
狐は酷く疲労している。不運を噛み締めて、命からがら帰ってきたときには既に夜だった。今すぐにでも寝床に飛びつきたくてたまらなかった。
ふと、寝床に残した狐の彼女が出迎えてくれた。4本の足で彼女が狐に近づき首の匂いを嗅ぐ。そして狐の顔を舐めた。ご機嫌な彼女にどうしたのだろうと思った狐が周りを見渡す。出迎えが終わり寝床に戻る彼女。彼女の寝床には確かに小さい子が居た。戻った彼女の乳を一生懸命吸う子供たちの姿だ。狐は視線で彼女に問う。彼女はゆっくりと頷いた。
思わず狐が嬉しくなる。これからは彼女と子供たちと暮らすことに。家族が増えたことに。
狐は寝床を飛び出した。何処までも輝く月に向かって走って。