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空に描いた虹の向こうに。  作者: 相沢 毬藻*
第一章:失ったものはどこへ消えたのか。
9/9

狩人

「グギャァァァァ!!」


 突然森に響く絶叫。

 ドスンドスンと音を立て、あばれまわる気配。


 そっと目を開くと、片腕を失ったクマが、大きな弓を持つ人と戦っていた。


「……ふっ!」


 大きく振りかぶって振るわれた鋭い爪を軽々と避け、地面を叩きつけたその腕の上に飛び乗る。


 大きな弓を構え、何も持っていない右手を、まるで矢を持っているかのように番え、弓を引き絞る。

 クマが気づいて腕から降り落とそうと持ち上げた瞬間


「はぁ!」


 男の掛け声と共に、光り輝く矢が空気を切り裂き、至近距離でクマの顔面を貫く。

 その威力は絶大で、頭部が消し飛んだクマは支えを失い、引力に逆らえず地に倒れる。


「……エリアス……!」


 一瞬、僕をかばって傷を受けた彼のことをわすれかけていたが、すぐに思い出し、彼の倒れる木の根元へと這うように走る。


 四つん這いで、転んで泥が付くが、そんなものに構わず必死に駆け寄る。


 ねっとりとした粘液が掌を濡らす。

 かなりの出血をしているようだ。


 やはり暗かったのはクマのせいだったようで、木々の隙間からこぼれ出す陽の光で、彼の状態がハッキリと見えるようになる。


 左肩から腹部まで深く切り裂かれ、赤い血が溢れだしている。

 彼の目からはすでに命の炎が消えかかっており、顔は死人のように青白い。


「エリ……アス……!」


「ーーっ」


 やっとの思いで彼の元までたどり着く。

 声をかけると、ゆっくりと顔をこちらに向けて口を開くが、声にならない。


「しゃべるな!今……今血を止めるから!」


 そうは言ったものの、傷口はあまりに大きく、すでに手がつけられない状態なのは目に見えてわかっていた。


「……君、彼はもう……」


 クマを倒した、大弓を持った若い男がいつの間にかそばにいて、僕の肩を叩き、首を振る。


 僕は、このまま見ていることしか出来ないのか。


「また」見ていることしか出来ないのか。


 僕は僕にできることをやり切ったのか?


 ーーまだだ。

 ーーまだ、僕にできることが1つだけあるじゃないか。


 イメージしろ。

 そう、大切なのは明確なイメージだ。


 地面に絵にならない絵を描く。

 思い描くのは、あらゆる傷を癒す薬……そう……例えば、不死の霊薬みたいな……


 あれはどんなものだったっけ……何かの本で読んだものは、確か古めかしい壺に入っている液体……


 壺は……硬い、陶器だ。

 液体は……なんでも癒す薬だ。絶対に存在する。あるんだ。


「……こい!来てくれ!」


 彼と過ごした時間は、本当に短い。

 それでも、彼はこの世界のことを教えてくれたし、一緒に笑いあったりもした。

 そして……そんな僕をかばってくれた。


 彼に救ってもらったこの命を使い切っても構わない。

 だから……頼む!


「何をして……!」


 僕の様子を訝しんだ弓の人が、驚きの声をあげる。

 それに気づいて、僕も知らないうちに閉じていた瞼を開ける。


 絵を描いていた地面が、光っていた。

 無意識に、手を伸ばす。


 掌に感じる、硬い陶器の感触。


「……!」


 地面から思いっきりそれを引き抜く。現れたのはイメージ通りの壺。

 首の長い、古めかしい壺。


 封を切って栓を引き抜き、中身をエリアスに振りかける。


 空になった壺を放り捨てると、エリアスの様子を見守る。


 どうか……どうか……!


「……ごほっ!」


「……!」


 急にエリアスが咳き込みだした。

 口からは血液が吐き出される。


 まさか……


「くっそ……俺としたことが……」


 僕の予想はいい意味で裏切られる。

 いつの間にか顔色は元に戻っており、琥珀色の双眸は陽の光を受けて輝いていた。


「ーーエリアス!」


「お?アオイ、無事でよーー」


 思いっきり抱きしめる。

 溢れる喜びを抑えきれない。


「ちょ、く、苦しい!」


「よかった!エリアス!」


 声を上げて僕の背中をとんとんと叩くが、お構い無しに、抱きしめ続ける。


「も、もうはなしてくれぇぇぇぇ!」


 別の意味で苦しそうな叫び声が、明るい森の中に木霊した。

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