狩人
「グギャァァァァ!!」
突然森に響く絶叫。
ドスンドスンと音を立て、あばれまわる気配。
そっと目を開くと、片腕を失ったクマが、大きな弓を持つ人と戦っていた。
「……ふっ!」
大きく振りかぶって振るわれた鋭い爪を軽々と避け、地面を叩きつけたその腕の上に飛び乗る。
大きな弓を構え、何も持っていない右手を、まるで矢を持っているかのように番え、弓を引き絞る。
クマが気づいて腕から降り落とそうと持ち上げた瞬間
「はぁ!」
男の掛け声と共に、光り輝く矢が空気を切り裂き、至近距離でクマの顔面を貫く。
その威力は絶大で、頭部が消し飛んだクマは支えを失い、引力に逆らえず地に倒れる。
「……エリアス……!」
一瞬、僕をかばって傷を受けた彼のことをわすれかけていたが、すぐに思い出し、彼の倒れる木の根元へと這うように走る。
四つん這いで、転んで泥が付くが、そんなものに構わず必死に駆け寄る。
ねっとりとした粘液が掌を濡らす。
かなりの出血をしているようだ。
やはり暗かったのはクマのせいだったようで、木々の隙間からこぼれ出す陽の光で、彼の状態がハッキリと見えるようになる。
左肩から腹部まで深く切り裂かれ、赤い血が溢れだしている。
彼の目からはすでに命の炎が消えかかっており、顔は死人のように青白い。
「エリ……アス……!」
「ーーっ」
やっとの思いで彼の元までたどり着く。
声をかけると、ゆっくりと顔をこちらに向けて口を開くが、声にならない。
「しゃべるな!今……今血を止めるから!」
そうは言ったものの、傷口はあまりに大きく、すでに手がつけられない状態なのは目に見えてわかっていた。
「……君、彼はもう……」
クマを倒した、大弓を持った若い男がいつの間にかそばにいて、僕の肩を叩き、首を振る。
僕は、このまま見ていることしか出来ないのか。
「また」見ていることしか出来ないのか。
僕は僕にできることをやり切ったのか?
ーーまだだ。
ーーまだ、僕にできることが1つだけあるじゃないか。
イメージしろ。
そう、大切なのは明確なイメージだ。
地面に絵にならない絵を描く。
思い描くのは、あらゆる傷を癒す薬……そう……例えば、不死の霊薬みたいな……
あれはどんなものだったっけ……何かの本で読んだものは、確か古めかしい壺に入っている液体……
壺は……硬い、陶器だ。
液体は……なんでも癒す薬だ。絶対に存在する。あるんだ。
「……こい!来てくれ!」
彼と過ごした時間は、本当に短い。
それでも、彼はこの世界のことを教えてくれたし、一緒に笑いあったりもした。
そして……そんな僕をかばってくれた。
彼に救ってもらったこの命を使い切っても構わない。
だから……頼む!
「何をして……!」
僕の様子を訝しんだ弓の人が、驚きの声をあげる。
それに気づいて、僕も知らないうちに閉じていた瞼を開ける。
絵を描いていた地面が、光っていた。
無意識に、手を伸ばす。
掌に感じる、硬い陶器の感触。
「……!」
地面から思いっきりそれを引き抜く。現れたのはイメージ通りの壺。
首の長い、古めかしい壺。
封を切って栓を引き抜き、中身をエリアスに振りかける。
空になった壺を放り捨てると、エリアスの様子を見守る。
どうか……どうか……!
「……ごほっ!」
「……!」
急にエリアスが咳き込みだした。
口からは血液が吐き出される。
まさか……
「くっそ……俺としたことが……」
僕の予想はいい意味で裏切られる。
いつの間にか顔色は元に戻っており、琥珀色の双眸は陽の光を受けて輝いていた。
「ーーエリアス!」
「お?アオイ、無事でよーー」
思いっきり抱きしめる。
溢れる喜びを抑えきれない。
「ちょ、く、苦しい!」
「よかった!エリアス!」
声を上げて僕の背中をとんとんと叩くが、お構い無しに、抱きしめ続ける。
「も、もうはなしてくれぇぇぇぇ!」
別の意味で苦しそうな叫び声が、明るい森の中に木霊した。