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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クラフティ・ガール

作者: 石宮 鏡太郎


 土曜日はいつだって、オーダーメイドブランドのカジュアルドレスを数え切れないほど取り替えながら、鏡の自分と朝のファッションショーを行う。


「今日のお食事、どうなるかしらね」




 お食事とは有り体に言えば()()()のようなものだ。


 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで。




 鏡と相談しながら服を取り替えるたび、鏡の向こうの自分は輝きを変える。


 カールストン、ベノウェッティ、アコール、どれも好きなブランドだけれど、店舗展開していないフルオーダーメイド専門のブランドは相手に価値が伝わらないこともままある。


 もう少し服のランクを落とした方がいいかしら、と悩んでいると、家政婦がドアを叩く音が組み木のフローリングに響く。


「お嬢様。ご学友のチュールさんがご来宅です」


「通しなさい」


 着替え中にも関わらず即答する。


 ドアを開けたチュールが、驚いて、口元を手で隠した。




 チュールは背が小さい。手足も小さくて、丸目で、いつも遠慮がち。


 よく見ると時々、ぼんやりしている。


 びっくりすると、ちょっと遅れたタイミングで慌てる。


 他の友人はチュールのことを子ウサギのように可愛らしいと言っていたが、それに納得できるだけの容姿をしている。


 欠点さえ美点のように思えてしまう。そういう愛嬌がチュールにはある。


「早いわねチュール。予定の時間より15分早いわ」


「ルサ様が衣装選びに悩んでいるかと思いまして」


「いつも待たせてるからって、嫌がらせかしら?」


「……そっ、そんなことではなくて、あのっ、あの」


「いいのよ。意地悪なことを言ってごめんなさいね? チュールがよければ一緒に服を選んでくれるかしら」


「は、はい」


 チュールの焦った顔に、ほんの少しの嗜虐心の充足を感じながら、外出の支度を終える。




 結局、服を相手に合わせようという話になり、ランクを落としていくことにした。


「今日はよほどのことがなければ暇になりそうね。チュールはどう?」


 だいたいの服は数回着たら痛むので終わりなのだけれど、ちょうどあと一回で着捨てるものがあった。だから、それで行こうというわけ。


 相手のレベルに合わせるというのは、そして今回の相手のレベルは、つまりそういうこと。


「あ……あたしは、その、緊張しちゃうので……。いい相手がいたらいいですね、はは」


 チュールがまた遠慮がちな顔をするので呆れてしまう。


「弱気すぎるわ。いい? 男なんてそこらへんにゴロゴロ転がってるの。好きなのを拾えばいいの」


「あたしが選ぶなんて、相手に失礼です」


「もう、顔を上げなさいな。ほら笑顔。チュールは可愛いんだから、もっと顔を見せるようにしなさい」


 うつむき加減のチュール。あごに手を上げて持ち上げると、震える小動物となったチュールの顔が現れる。


「化粧の仕上げだけ見てあげるわ。そうすれば安心でしょう? ほら、ちょっと頬を見せなさい」


 チュールが頬を赤くする。彼女は極度の恥ずかしがり屋でもあるのだ。


 こんなに可愛い子、目のいい男なら放っておかないでしょうに。


 まったく、見る目のある男って全然いないんだからっ。





     ※     ※     ※     ※





 食事会は手近なホテルを貸し切って行われた。楽団が奏でる楽曲を背景に、私たちは顔を合わせる。


 男性側は社長子息や官僚子息が中心で、これといった特長がある参加者ではない。


 こちらは私を除けば似たようなものなので、バランスとしては悪くはないのかもしれないけれど、私には合わない。




 ……と思っていたけれど、食事会が進むにつれて平々凡々とした男たちの中に素晴らしい相手がいることが分かってきた。


 家柄の格式は低いけれど、それを差し引いても素晴らしい人も時にはいるものだ。




 そんなことを思って談笑していると、突然の鋭い視線を感じた。




 顔を向けると、そこではチュールが困った顔で相手の話を聞いていた。どうやらチュールの話相手は、控えめそうな女だと思って押し切ろうと必死らしい。みっともない男だ。


「でえー、そういう女ってずる賢いって思うわけだよ。君みたいな真面目な子とは大違いでえー」


 助け舟を出そうかと声をあげようとした瞬間、チュールの話し相手がテーブルに身を乗り出した。明らかなマナー違反だ。


 その時、彼の飲み物のグラスが、運悪く彼自身の服に引っかかった。


 グラスが倒れ、運悪くチュールの服にかかってしまう。チュールの短い悲鳴。服に飛んだ飲み物。よく見れば飛び散った水滴が私にも少し飛んだようだ。捨てる服でよかった。


 チュールは気が動転しているようだ。


 相手の男はせっかくいい雰囲気だったのにと嫌そうな顔をしている。


 しかし、よく考えると彼のグラスはなぜ中途半端な位置にあったのだろう? 不思議に思ったけれど、それよりも今はやることがある。この場のチュールの味方は私だけなのだから。


 おどおどと泣きそうなチュールを、そっとなだめる。


「ここは私が話しておくわ。チュールは着替えてきなさい。私の荷物にいくつか着替えが入っているから持っていくといいわ。汚れたものもそのまま入れていいから」


「でも大丈夫ですから」


「大丈夫じゃないの。行きなさい」


「……はい」


 せせこましく場を後にするチュールを見送り、私は小さくため息をついた。


 先ほどまでの気持ちが落ち着き、今は冷えている。


 今回の食事会も、うまくは行かないように思える。


 ため息をこぼしそうになるのを堪え、いつも通りの仮面を被って、男たちに向きなおる……。





     ※     ※     ※     ※





 ――――慌てたふりでトイレに駆け込んだ()()()は、まず慌てたふりをやめる。


 そして、個室に入ると濡れた服から手早く着替える。


 トイレの洗面台で肌などに飛んだ飲み物を拭き取り、化粧直しに取り掛かる。


 鏡の自分はおしとやかな愛想笑いなんてしていない、あれは他人に向けたサービスであって、自分にするものではないから。


 鏡の向こうのあたしは、そっと意地悪に微笑む。


「あれでルサ様は大丈夫ですね。恋愛もご気分次第というところがおありになるので」


 化粧を直しながら、自分に言い聞かせるように呟く。


 まるでもう一人の悪い自分が喋っているような気分だ。


 と、目元にも飲み物が飛んでいるのに気づく。


 飛んだところだけ化粧を直そうとするけれど、どうしても上手くいかない。


 一旦、目元の化粧を一度落とすことにした。


 鏡の向こうにいる気の弱そうな目が、化粧を落としていくとアーモンド型の意志の強そうな目に変わっていく。


 今日は相手側に良さそうな人がいたので焦ってしまった。でも、こういう騒ぎがあれば、きっと、この食事会も失敗に終わることになるだろう。


 そうすればあの人は、明日からもいつも通り、あたしと一緒に出かけ、食事をし、話をし、同じ時間を過ごしてくれる。


 でも時々、自分の嘘が、演技が、とても嫌になる。


 自分の容姿が恵まれていることは知っている。美しさを引き立たせるための化粧も本当は分かっている。でもそれを知られたら、関係が崩れてしまう気がして怖いのだ。




 それでも、一緒にいたい。




 たとえそれがあの人のためにならなくても。


 だからきっと、あたしは明日も、来週も、来月も、来年も、一緒にいられる限りずっと偽り続ける。


 少しだけの幸せを、自分の幸せを得るために、みんなの人生を静かに浪費させながら。


 誰かの言ったずる賢い女という言葉を、胸の奥では理解しながら、ずっと。





クラフティ・ガール(ずる賢い女) 完

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