第三夜
こんな夢を見た。
夢の中で、私は「妹」だった。
それ以上でもそれ以下でもなく、名前も姿形も趣味も嗜好もなにひとつ、描かれてはいなかった。
主人公の姉より年下ということと(姉は十五だった)妹とつくには性別は女だということぐらいしか、私を構成するものがなかった。
夢の中の私は、焦っていた。私をもっと形容してほしいと。私をもっと創ってほしいと。
姉と私に、なんの違いがあるのか。姉に関しては、事細かな記述がしてあった。髪の色や足のサイズ、好きな紅茶の茶葉から、自転車に乗れるようになった年齢、初恋、使っているリップクリームのメーカーに、ムダ毛処理の仕方まで。
「いいことなんか、ひとつもないわ」
たくさんの形容詞を体中に張り巡らせ、そうして人の形を作っている姉は、そう言った。
「暴かれたくないことまで書かれるのよ。忘れたいことだって、私自身が知らないことだって」
そう言う姉の肩付近には、昨年痴漢にあった時の事が事細かに記されている。その時、姉が生理だったということまで。
「でも」
私は、呟く。私自身は、「妹」という文字でしかない。もしもこの小説が翻訳されたら、私自身も別の形状になるのだろうか。
それは、ひとつの恐怖でもあった。
「そんなに言うなら、ストーリーテラーに頼んでみたら」
姉の言葉に私は何度も頷き、姉からストーリーテラーが住む場所の地図をもらった。
旅支度は、何もしなかった。何故なら自分が何が好きなのかも分からなかったし、一人で歩けない赤子なのか駆け回れる子供なのかも分からなかったからだ。
兎にも角にも私は旅にでて、道中に仲間を見つけ、彼らとひたすら歩いた。
彼らは、例えば姉が通学中に見かけた猫であったり、姉に痴漢を働いた男だったり、姉を慰めてくれた部活の先輩だったりした。
「知りたいっていうのはさ」
話が長いという形容詞を唯一貼り付けた、姉の通う中学校の校長は呟く。
「本能なわけだよ。もしかしたら知らないほうが幸せな可能性の方が、山ほどあるわけで」
例えば自分は、女かもしれないしデブかもしれない、と校長は言う。一応校長職についているから、犯罪は犯していないと思うんだけど、と。
「それでも、やっぱり知りたいと思うんだよねえ」
道中には、たくさんのモンスターが出てきた。
創られたはいいけれど、小説の中には出てこなかったり、誰かにその場所を奪われた亡霊のような者たちだ。
私は、姉の恋人になる予定だった男を倒し、姉の兄になる予定だった双子の兄弟を慰めながら、旅を続けた。
いよいよストーリーテラーの元に、と思った時だ。急速に私の身体が変化した。
「あぁ」と姉に舌打ちをした姉の同級生が呟く。
「続編が書かれてるのだわ」
そうして私は、形容詞に塗れた。
私は、姉の恋人を誘惑して寝てしまう、ふしだらで頭が空っぽのナツキという女で13歳だった。ひどい言葉で固められた私だったが、それでも私は、ほっとしていた。
ただそれは、知らなかったという絶望を知っているからの安堵なのかは、分からない。
何故なら私は、頭が空っぽなのだから。




