12-7 ―LAST―
≫PM13:45 東シナ海上空≪
――天気は晴朗。雲量3程度の青空を、一機の大型機が白い線を引きながら飛んでいく。遠目には旅客機のそれとそん色ない光景に見えるが、その背中には、おおよそ旅客機には存在しない、黒く大きなレドームを乗せて回している。
今日も今日とてただの哨戒任務で終わる……なんてはずもなく。動きは、百瀬のこの一言から始まった。
「――え、これシークラッターじゃないんですか!?」
そんなはずもなかろう。とは、すぐ隣にいた新代が呟くように言った一言である。
レーダー画面上で、妙に小さい反応が表示され、解析中を示すUNKNOWNの文字が隣に併記されていた。表示があまりに小さすぎたことから、本人はてっきりレーダー側の解析ミスだと勘違いしたらしいが、実際はそんな都合のいい話はない。隣の管制員らに指摘され、ちょうどよく解析が完了し機種が表示されたことでやっと自分の勘違いを自覚した。単に、画面での表示が偶然小さかっただけだったようだ。
機体はTu-214R。日本海側で目撃情報があったロシアの偵察機だ。単独で対馬海峡の上空を通過したばかりらしく、現在済州島の南を南西方向に通過する。
「これ、このまま日本をぐる~っと一周するやつですかね」
「だろうな。これまた、俺たちがお付き添いするやつだ」
めんどくせぇ、といった様子でレーダー画面を見つめるお隣の管制官。今まで何度となくロシアの機体の動きを見てきた彼らは、その飛行コースを見て大体の行き先を読めてしまっていた。わざわざ対馬海峡を通りにくるということは、そのまま朝鮮半島の西側を通って黄海に行くか、南下して太平洋に出るかの二択。でも最近のロシアは、黄海には全然行っていない。十中八九、南下目的であろう。
「護衛のSu-35Sがいたって話だが、見えないな」
「対馬海峡の目の前で帰ったって報告が西空SOCから来てます。今は単独飛行中です」
「接近飛行させても問題ないな。そろそろ交代か?」
「築城のF-2はまもなく追跡限界ラインです」
「よし。ホットスクランブルだ。南西SOCと那覇DCに対しスクランブル要請!」
重本の指示が飛ぶと同時に、地上との通信を担当していた通信員らが、受話器を取り上げて地上にホットスクランブルを要請する。テンプレートな文面で要請し終えると、それは地上に飛んでいって――
≫同時刻 那覇基地≪
「――ッ!」
那覇基地の、飛行管理員の電話が鳴り響く。1コールも鳴り終わらないうちに赤色の受話器を取り上げた飛行管理員は、数秒としないうちに身構えていたパイロットらに向けて叫んだ。
「スクランブルッ!」
「ッしゃキタァ!」
「行ってきまぁす!」」
五分待機組の蒼波と切谷は、弾かれたように走り出し、蹴破る勢いでドアを開けると格納庫に駐機してある自機を目指す。まぶしい位の太陽の光にさらされながら、右手の滑走路からはちょうど1機のB767旅客機が軽やかなエンジン音を響かせながら飛んでいった。
格納庫の扉が重々しくスライドし始める中、蒼波も梯子を駆け上がってコックピットに飛び込み、手馴れた手付きで発進準備を進めていく。ヘッドセットと繋がった整備員と交信しながら、エンジンを1基ずつ回し、ハーネスを回して体を座席に固定させていく。エンジンが無事に動くと、キャノピーを閉めつつ、無線チェックに入る。
「2-1より2-2。レディオチェック」
『リーディング5。お前が交信するんだからな、間違えんなよ』
「余計なお世話よ。それより、上で煩くしないでよね」
返ってくるのは意味ありげな含み笑いだけ。どうなることやらと今から不安に思っているうちに、兵装担当の整備員が武装の安全ピンを外し、抜いた分の安全ピンをコックピットの横から蒼波に見せる。本数、問題なし。グーサインを出して返すと、整備員が安全ピンを仕舞い、交信を担当していた整備員が「ディスコネクトします。お気をつけて」と一言残して、機体との有線通信を切断した。
発進準備完了。周波数を那覇タワーにセットし、小さく、そして素早く深呼吸した後、オーダーを要求する。
「NAHA Tower, this is BUZZARD 2-1, request taxi and scranble order.』
『BUZZARD 2-1, taxi to runway 36R, QNH 2994. Order vector 0-2-0, climb ALT 320, contact channel 5.』
無線で飛んできた内容を蒼波は復唱する。すぐ目の前の滑走路から北に向けて飛び立ち、右旋回して0-2-0の方位に高度3万2000フィートまで上昇。復唱を確認したタワーは、ついで近隣の航空機をその場に止め始めていた。機体の周りでは、輪留めが外され、整備員が全員機体の周りから離れると、前方にいる整備員が「こいこい」と手招きの手信号を両手で示す。
「そっちいいわね?」
『いいぞ』
「了解。BUZZARD flight, scramble. Let’s go!」
威勢のいい発進宣言と共に、ブレーキを緩め、スラストを少しだけ前に押してゆっくりと格納庫を出る。コックピットに向けて敬礼する整備員に素早い敬礼で返し、薄暗い格納庫から煌びやかな青空輝く外の世界へと進んでいく。「レディ」とタワーに離陸準備完了の宣言を出すと、すぐに離陸許可が出された。他の旅客機を止める無線が、ヘルメットのスピーカーに響く。
『NIPPON-AIR 224, canceled the take-off clearance due to scramble wings. Line up and wait.』
『224, line up and wait. 今戦闘機が見えました』
『了解。そこから動かないでください。INTER-ASIA 257, hold short of runway 36R.』
『Hold of short of runway 36R. INTER-ASIA 257.』
『Tower, J-SKY 973 back with you for 36L.』
『J-SKY 973, NAHA tower, wind 2-1-0 at 5, runway 36L cleared to land. Two fighter aircraft will emergency take-off, please be careful if you go-around.――』
民間の無線が少しだけ慌しくなるのを耳にしながら、蒼波を先頭にして2機のF-15Jが滑走路に入る。左手には離陸待ちのB787。周囲の旅客機の乗客たちは、滑走路に入っていく小型ながらゴツい灰色の機体を見ては、その様子を興味津々と言った様子で観察する。飛行機好きの中にはスマホで撮影を始める者もおり、他の旅客機とは違う機体の存在に気づいた展望デッキにいる人たちも、滑走路の南のほうに目をやった。
観衆の目線を一身に受けるアイドルの如し存在となった2機は、滑走路上で一旦横に並んだ後、エンジンノズルと尾翼の動作を素早くチェック。ブレーキを踏んだままエンジンを何度か前後させ、出力がちゃんと出るかどうかも確認する。重く響くような音が鳴ったり収まったりを繰り返し、いよいよ離陸の時。
「(……私が最初か)」
前方は誰もいない。いつも最初に飛ぶリーダーは目の前を滑走してはおらず、代わりに、すぐ左手に今日の相方がいる。「よし」。小さく呼吸を整えて気持ちを切り替えると、
「BUZZARD 2-1, take-off.」
左手のスラストを一気に押し込む。一気に甲高くなるエンジンの回転音を聞きながら、体は一気に背中に押し付けられ、力強く加速し始める。目の前に誰もいない滑走路を、開放感を感じながら疾走し、右手にいる基地の同僚たちや民間機、ターミナルにいる人々に、一時の別れを告げる挨拶代わりに空気を破らんとするような爆音を轟かせ、飛行機の倍以上の猛スピードで空に舞い上がっていった。旅客機の乗客やターミナルにいた人らは、その逞しく飛び立っていった戦闘機を見て小さく感嘆の声を上げながら、続けて飛び立った切谷の機体を見て、やはりその力強さに圧倒されていく。
2機が完全に飛び立つと、人々の関心はすぐに空に上がった戦闘機から地上にいる飛行機に移る。しかし、すぐに興味がなくなった彼らとは裏腹に、空に上がった2人にとっては、ここからがまさに仕事であった。
「周波数切り替え。チャンネル5」
『了解。チャンネル5。どれ、久しぶりの女神さんの声だ。誰が出るかなぁ~?』
「くじ引き引く子供かっての」
やっぱり煩くなるなぁ、と呆れた顔をしながら、蒼波はチャンネル5に指定された周波数に無線を設定する。E-767からの指示がすぐに飛んでくるはずだ。「BUZZARD 2-1, airbone.」と離陸を宣言すると、返信はすぐに来た。
『――BUZZARD 2-1, this is AMATERASU. Radar contact. お前がリーダーにしちゃ、きっちり編隊組んで飛んでるな』
緊急発進してきた戦闘機に対して、妙に馴れ馴れしい無線を放つ管制官の声。男性のものであるそれは、蒼波にとってはもはや聞き慣れた彼の声。一瞬びっくりしたが、すぐに安心したような笑みを浮かべて返した。
「……ここで聞くのは久しぶりね。アンタが担当だったなんて――」
「――そういうことだ。つくづく縁があるらしい」
E-767において、蒼波たちの管制を担当することになったのは、羽浦だった。百瀬たちが追跡しつつ、兵器管制を羽浦が行う。全くの偶然といえばそれまでだが、どこか、去年の開戦の日を思い出してしまう羽浦。ただ、相手は偵察機。護衛機もいない。さして心配することではなかった。
「ターゲットは南西に向けて飛行中。宮古海峡を通過すると思われる。Turn heading 0-1-0, ALT 320.」
『Heading 0-1-0, ALT 320.』
定型文のような返答だが、そこに、少しだけ声質の違いを見出した。羽浦は、右旋回し終え、さらに上昇を続ける蒼波に対し、雑だったLINEの返信のお詫びついでに、もう一言かけることにした。
「アマテラスよりバザード2-1」
『……ん?』
蒼波からのラフな反応に少しだけ笑みを浮かべつつ、
「……様になってるぞ、フェアリー。たまにはカッコよく相方率いる彼女も見たいからな。頑張れよ」
最近、あまり仕事で自分の声を届けることがなかったことを思い出し、励みの言葉を短く送った。規則にはない行為ではあるが、重本も新代も、それを咎めることはせず、「まぁたやってら」と、お約束の光景を見るような呆れ半分面白半分といった目線を送っていた。先の戦争以降、パイロットたちを安心させるためには必要なものだと、重本が半ば黙認しているこの風景。今では、それは彼の部下全体にまで広がっていた。今監視についている築城の部隊に対しても、担当の管制官は少しラフな会話を挟みながら任務に就いている。
いきなりの激励の言葉に戸惑った蒼波だったが、もはや“慣れた”もの。小さくため息をついて、呆れた口調で返した。
『……まぁたそうやっておだててさぁ。それしかいえないのアンタ?』
「本音だからしゃーないじゃんか。ほれ、さっさと旋回して飛んでけ」
『せっかく恋人になったのに扱いが雑じゃない。前と全然変わんないわよ』
「変わる関係でもないだろ。いいからさっさと行け」
『ったく……』
そして、今度は深くため息をつく。それを面白がる無線も、当然のように飛んできた。
『おいおい、俺の目の前でバカップルぶりを見せ付けるのはよしてくれ。俺への当て付けか?』
「お前、そろそろ結婚するって話だろ? むしろリードしてるじゃないか」
『お前らにゃ勝てそうにねえよ。でも見てな、すぐに子供を作ってお前らの前に見せつけてやる。そして言ってやるんだ、「お前らも可愛い我が子を生んでみろ!」ってな』
「必死すぎねお前……?」
彼も彼で、いつもどおりだなぁ……そう思いながら、羽浦はレーダー画面と睨めっこする。無線では、蒼波が煩くなった切谷を咎める声が聞こえるが、画面上では少しだけ動きがあった。
ロシアの偵察機が少しだけ針路を変え、もっと南よりの方向を飛び始めた。やはり宮古海峡を通る気だ。沖縄本島をはじめとする島々のすぐ近くを通る。偵察機とはいえ、無防備で通すわけには行かない。
「シニア、目標、南へ転針」
「了解。南西SOCに通達。目標南へ転針。レーダーサイトの使用周波数変更を要請」
「バザード2、すぐに目標が見えるぞ。ドール5は下がらせろ」
「了解。ドール5、お仕事は終了だ。ターンヘディング――」
室内が少しだけ賑やかになり、その声に混ざるように、羽浦も指示を出した。
「BUZZARD 2-1, target 10 o’clock low. そちらから見えるか?」
『……あぁ、見えた見えた。大型の機影1。旅客機みたいなやつ』
「流石の視力だ、フェアリー。そいつがターゲットだ。接近して確認しろ」
『了解。接近する』
『いいねいいねぇ、彼氏に今かっこいいところ見せてるぞ?』
『茶化してる暇あったら仕事しなさいってのよ、仕事』
相変わらず煩い切谷を咎める彼女の声。どこか頼もしく、元気そうで、少しの間声を聞いてなかった羽浦は、その様子を見て安心していた。何があっても最後まで挫けず、外柔内剛で芯は強い彼女は、相変わらず元気そうだ。そんな彼女を空から見られる自分は幸せ者なのだろう。そう思いながら、蒼波機のブリップを見て、
「――フェアリー。こっちからちゃんと見てるからな。空の上でコケたりすんなよ?」
そんな、余計な一言を付け加えたりして――
――そして、その見られてる方も。相変わらず変におちょくるようなことを言ってくれながらも、やはり生で聞けば安心できて。空からちゃんと見てくれていることを感じることができて、相方をしっかり引っ張る余裕も生まれる。「わかってるわよ、ちょっと黙ってて」と、そっけなく返して意味深な笑いを返されるものの、たまには、二人が言っているようにかっこよく行くのも、悪くないかもしれない。そう思い直した蒼波は、元気よく、そして、
「――行くわよ、スリット。レフトターン、ナウッ」
リーダーらしく、かっこよく指示を出して、鋭い機動を描いて飛んでいく。
青い空の上で、2機の小さな機影と、1機の旅客機のような飛行機は、
見えないながらも、互いの存在を実感しながら、そして、
――お互いに、自分の目と、手足を任せながら――
――日本には、三つの防空警戒監視アセットが存在する。
一つ、『固定式警戒監視レーダー』
二つ、『E-2C/DホークアイAEW』
……そして、三つ目が、“私たち”である。
私たちは、戦闘機ほど華々しい存在ではなく、映画で言えば、完全に脇役の部類に入る。誰からも注目されることもなく、地味な仕事を淡々とこなすだけ。しかし、当のパイロットたちは知っている。地上にいる司令部と並び、空の上で、自分たちと一緒に“戦ってくれる”存在。自分らの頼れる目となり、時に親しい友となり。自分たちより高い空の上で、自分たちを見守り、導いてくれる味方。
天高く見守る様は、まさに地上を照らす太陽の女神の如し。私たちは、決して注目されることはないし、華々しい存在でもない。しかし、そんな日陰者であることこそが、私たちを私たちたらしめるものであり、守護神としての役目を最大限に発揮させる。私たちにとって、日陰者であるという言葉は最大限の賛辞であり、導くことは、私たちのできる唯一の“戦闘行為”である。
私は、この“舞台”で自らの任務を遂行できたことを誇りに思うし、優秀な部下たちに恵まれたことについても、神に感謝せねばならない。そして、同時に、多くの人たちに知って欲しい。直接戦闘に参加しないが、別の形で、戦う人たちがいることを。そして、彼らは、パイロットたちと共に、空にいつもいることを。
私たちが見る青空に溶け込みながら、誰にも注目されることもなく、見られることもなく、それでも、自分たちの守りたい何かのために、命をかけている人たち。女神の名を冠した私たちが、今日もまた、空にいることを、ぜひとも知って欲しい。
今、あなたが手に持っている本を見る顔を、一度でいいから真上に向けて欲しい。そこには、澄み渡った青空が広がっているかもしれない。感動的な星空が浮かんでいるかもしれない。生憎の曇り空かもしれない。脱兎のごとく逃げ出したくなるような雷雨かもしれない。空は、いつも違う表情を私たちに向けてくれている。
しかし、どのような景色が浮かんでいようと、私たちはいつもそこにいる。その空に溶け込み、空高く飛び続けている。いつでも構わない。ふとした時に、ぜひ、この言葉を思い出して欲しい。私たちの任務を端的に示す、最良の一言を。
『女神は今、空から見守っている――』
――東海道出版『Guardian’s Sky ―女神の空―』(著:重本淳)前書きより抜粋――
―END―
2ヶ月弱に渡り、お付き合い頂きましてありがとうございました。本作品はこれにて終幕となります。
私自身初となる、「全部書き上げてから毎日投稿」「各キャラ視点寄りの三人称」「サブキャラ大量投入」という実験的試みを大量に取り入れた本作ですが、いかがでしたでしょうか。「近日連載開始」とか言ってながら1年も待たせてしまったことに関してはもう土下座する以外ないわけですが(汗)、それでもどうにか完結にこぎつけました。皆様のご支援に深く感謝申し上げます。
いつものような後書きとなってしまっておりますが、言うことはやはり変わりません。完結はしましたが、いつでも遊びに来てください。作品はいつでも皆さんをお待ちしております。
最後に、この作品を書き、そして読むに当たり、ぜひとも頭に入れて欲しい格言でもって、お別れの言葉とさせて頂きます。それでは皆さん、また別の作品で――
「平和は神から人間への贈り物ではなく、
人間同士の贈り物であることを忘れてはいけない」
――エリ・ヴィーゼル(アメリカ / 作家・ノーベル平和賞受賞者)




