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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第11章 ―8日目:午後 Day-8:Afternoon―
82/93

11-6

 ――ようやく見つけた。肉眼で捉えた瞬間、データリンクでJ-20の位置情報が送信されてくる。直ちに、自機のレーダー波を2機に向け照射し、正確な位置データを得た。ステルス機であるにもかかわらず、J-20は後方から飛んできたレーダー波を比較的強く反射したようで、近藤と蒼波のVSDにもあっという間に表示される。


「(やっぱり、J-20は後方ステルスはそれほどじゃない!)」


 蒼波は出撃前のプリブリーフィングを思い出す。J-20のデータを集められるだけ集めてきた第309飛行隊は、その情報を全てのパイロットに伝えていた。その中に、J-20の持つステルス性に関する弱点もあった。

 J-20は確かに優れたステルス戦闘機であるが、台湾のとある研究機関では、ステルス性が優れているのは正面のみで、後方ステルスはそこまで重視されていないという分析がなされている。特にエンジンノズル部分はひどく、最近は鋸歯状のノズルを持った新型エンジンを装備してレーダー波反射率の低減に努めているが、それでも限界はあるというわけである。昨日、一昨日とJ-20が現れた時、E-767のレーダーに完全に映らなかったわけではなく、しかも帰って行くときはしっかりとレーダーでも捕捉できたのは、その時J-20がE-767に対して“ケツ”を向けていたからなのだ。


 つまり、真後ろに回りさえすればステルス性の優位性を剥ぎ取ることになり、ミサイルの性能も十二分に発揮できるため、J-20相手でも互角の戦闘ができるはずだという理屈だった。勿論、ブリーフィングでこれが出た時は、「どうやって後ろに回るんです?」という疑問を解決することができず、断片的に得た戦闘スタイルを見ても解決策が出てこなかったため、現地に飛んでその時に解決できそうならしていくしかないという話で終わっていた。


 しかし、今回はまさしく僥倖だ。J-20の後ろを取ることに成功し、絶好の攻撃チャンスである。近藤はここぞとばかりに叫んだ。


『残りの4Bは2発。まずはコイツで……』

「当たるかはわかりませんが、コースを乱すことはできるはずです」

『だな。グリズリー、FOX1! FOX1!』


 先制は近藤が取った。持っていた最後のAAM-4Bを2発。各1発ずつ攻撃。今度はシーカーもしっかりJ-20を捉えていた。しかし、それぞれがチャフを放って回避したと思うと、うち1機はお返しとばかりに胴体下部のウェポンベイから2発のミサイルを発射。後になって、RWRもけたたましく鳴り響いた。


『ブレイク、ナウ!』


 近藤のタイミングに合わせ、互いに90度ロールし左右に一斉に急旋回をとり、同時に、チャフをばら撒きながら、飛んできたミサイルを回避する。もはや、何のミサイルかを確認する余力すら確保していない。一瞬追跡の手が緩んだ隙に、ミサイルを撃ったほうのJ-20はそのまま反転して近藤と蒼波のほうに向かってきた。


「(RWRが鳴ったってことは、レーダー誘導の中距離ミサイル。中距離ミサイルを腹に積んでるってことは、熱核兵器はコイツじゃない!)」


 中距離AAMは、側面ウェポンベイには乗せられないはず。しかも、機動が鋭敏だ。重い熱核兵器を抱えて動かすにはあまりに鋭い。J-20のエンジン出力を考慮しても考えにくい動きだった。対して、もう一方は頑なに直線飛行をやめようとしない。それどころか、蒼波たちには見向きもせず、逃げるように加速を始めた。

 ……そして、反転してきているほうのあの回避機動の仕方。鋭いには違いないが、少しだけ動きがのっしりとしている。“若い神野がやる動きではない”。


「(……そこに乗っているのね……、そんなものを抱えて……)」


 あろうことか、熱核兵器を抱えているのは神野の乗機であったことに、蒼波も愕然とせざるを得なかった。よりにもよって、積極的に死ぬ担当が彼だったとは。何が何でも目論見を成功させたいらしいという意図が透けて見えた。

 すると、またRWRが鳴り始める。方向は真上。気がつけば、敵味方が入り乱れていた空戦域が、より高度を落としてきていた。羽浦が冷静に警告する。


『グリズリー、フェアリー。真上にいる連中のほとんどが一斉に下りてきやがった。そっちに向かってる。混戦にさせる気だ。確認できただけで十数機はいる』

『クソッ、味方も含めるととんでもない数だぞ』

『もう時間がない。急いでくれ』

『やるっきゃねえか!』


 後がないと知った敵は、最後の手段として、大混戦状態の空戦に蒼波たちを巻き込むことで、J-20を撃墜しにくい状態にしようとし始めた。もはや、自分らが熱核兵器の真っ只中で死ぬことも覚悟の上というわけであろう。呆れたように小さく首を振りながら、上から続々と降ってくるミサイルや機銃弾を、身軽な忍者のようにスイスイとよけていく。徐々に距離は縮まっていくが、そうこうしているうちに急降下してきた敵戦闘機が周辺の空を覆い始めた。


『敵には他の味方がついてる。ミサイルをよけながらとにかくまっすぐ飛べ。余計なことは考えるな』


 その羽浦の言葉通り、敵戦闘機のすぐ後ろには味方のF-15J/Cや、F/A-18Eが張り付いている。さらに、たまにではあるがロシアのものらしいSu-33やMiG-29Kが飛んでいくのも見えた。豪華なキャストが低空に下りては空中戦を繰り広げる中、蒼波は護衛のJ-20との空中戦に巻き込まれる。

 流石にこれを撒くには多少の機動が必要かと身構えたが、それを見透かしたように、近藤は無線に叫んだ。


『コイツは任せろ! お前はそのまま行け!』

「で、ですが――」

『いいから行け! お前まだミサイル結構残してたろ? 俺はもう2発しかない! お前がやってくれ!』


 このとき近藤は、AAM-5BとAAM-4B、各1発ずつしかもっていなかった。あとは機関銃のみで、これでは神野の乗るJ-20を落としきれるとは考えていなかった。それよりは、まだミサイルを多く持っている蒼波に任せようというわけである。今蒼波の手元には、AAM-5Bが2発、AAM-4Bが2発の計4発がランチャーに装着されていた。手数は、彼女のほうが上である。


『フェアリー、エスコートのJ-20は隊長に任せろ。彼が抑えてくれる。目の前に大量の敵がいるから気をつけろ。全て掻き分けていけ』

「簡単に言うわねェ、これ網の目みたいになってんだけどッ?』

『できないってか?』

「……ほんっと気に入らないわね、その煽りッ」


 悪ガキに向けるような苦笑を浮べながら、蒼波はスラストレバーをさらに前に押す。速度を上げた蒼波機の速度計の数値は凄まじい勢いで増加を続け、マッハ0.9前後という猛スピードで敵機のすぐ横を通り抜けていく。

 敵機が、後ろから、上から、左右から、様々な方向から攻撃を仕掛けるが、その全てを舞うようにかわし、J-20との距離を徐々に詰めていった。まだ黒い点でしかなかったその輪郭が、少しずつ形をはっきりさせていき、黒いイカのような造形がその目で確認できるようになる。

 AAM-4Bをロックさせようとするも、回避機動も同時にこなしていることもあって、中々シーカーが目標たるJ-20を見つけてくれない。すぐ目の前にいるようなものなのに、それでも機体を激しく動かしていくうちに、IR型の短距離ミサイルを警戒して、HMDごと首を後ろに時々向けざるを得なくなっていたのである。シーカーもそれに連動してそっちを向いてしまうため、一向にロックが終わらない。


「(あぁ、もう……! 早く……!!)」


 時間が経つにつれ焦燥感が増していった蒼波は、もう時間がないと覚悟を決めて、後ろからのミサイルを無視して、顔をJ-20一点に集中させた。周りを飛び交うミサイルも、機銃弾も、彼女の視界からは消え去っていた。


「もう少し……」


 もうAAM-4Bの本来の射撃距離より思いっきり近づいているが、細かいことは言っていられない。長く感じる数秒の時を経て、ようやくミサイルのシーカーは神野の乗るJ-20を捉えた。


「FOX1!」


 間髪いれず、叫ぶように発射コールを叫ぶと、親指で発射スイッチを押してAAM-4Bを1発放つ。押し出されるように機体から切り離されたAAM-4Bは、1秒後には尾部から白煙を引いて猛加速を開始し、J-20へと突進を開始した。距離が距離なため、すぐに神野の元へとたどり着く。


『……待ってたよ、咲ちゃん』


 待ちわびていたといわんばかりの猫撫で声を無線に乗せて蒼波に届けると、チャフを再び撒きながら一旦海面ギリギリまで降下し、ミサイルがすぐ後ろまで来た直後に急上昇。ミサイルに急制動を強いるが、急上昇時に海面上で発生した水しぶきに巻き込まれバランスを失い、次の瞬間には海面に自分から突っ込んでいた。

 ノズルから高速で吹き出る排気を利用した水しぶきの壁……常人には発想できないようなことを簡単にやってのけるのを目の当たりにし、蒼波も舌を巻いた。J-20は再び低高度に下りてくるが、更なる攻撃を加えようとした所に、そうはさせじと邪魔が入る。


『フェアリー! そっちにJ-11行ったぞ! 2機が上からだ!』

「あぁ! もう! 今忙しいのに!」


 蒼波は機体を右に翻して、機銃弾を避ける。下に抜けるJ-11はさらに蒼波に張り付くべく急旋回。それを追うF-15CとSu-33のコンビが、牽制の機銃弾を放っていた。

 そして、それを挑発するように、神野は無線で声を投げかける。


『よくここまで来たね。この大集団を掻き分けるなんて』

「馬鹿にしないで。熱核兵器なんて使わせないんだからッ」

『フフ、やっぱり気づいたんだね。でも、これは僕の求める改革にとって必要なものだ。咲ちゃんとて邪魔はさせないよ』

「ふざけないで! 何が改革よ!」


 また、昨日と同じ事を抜かすのか。昨日は羽浦がキレていたが、今日は間違いなく自分の番だろう。頭は冷静でも、心は熱い。


『何でも良いけど、いいのかな?』

「何がよ!?」


 空気も読まず、それに冷や水をかけるような一言を、神野は言いのけた。



『――雄さん。このままだと、たぶん落とされるよ?』



 ――え。蒼波の心臓が一瞬大きく跳ねた。落とされる? 何のこと? 今E-767は高度3万フィート以上高い空のうえに……。

 その時、無線から全く別の人間の声が飛んできた。スパークだ。電子戦機を撃墜し終え、他の味方に合流しようとしていたが、そんな彼が届けた声は、焦燥感を前面に出した彼らしくないものだった。



『スパークよりアマテラス! レーダー確認してくれ! “そっちに1機行ったぞ!”』



 ――なんて? 蒼波は一瞬頭が固まった。行った? どこに? アマテラスに? つまり、E-767に?

 蒼波のレーダーでは捉えられず、データリンクにも情報がない。しかし、E-767は確かに捉えたようで、羽浦が無線を返した。


『待ってくれ、Su-27系統のやつが1機こっちに来てる。コイツか?』

『そうだ! 最後の電子戦機のすぐ下に隠れてやがった! すまん、ミサイルが切れて撃墜できなかった。そいつ急上昇してそっちに向かってる!』

『妙にデカイミサイル積んでたぞ。なんだあれ?』


 デカイミサイル? 巡航ミサイル……のことではないらしい。E-767に突っ込んでいく機体に、見慣れない大きめのミサイル。やることは……、一つだけ。


『――クソッタレが、例の“AWACSキラー”か!』


 近藤が吐き捨てるように言った。

 中国が開発していた、戦線後方にいるAWACSや空中給油機などといった高価値目標を撃墜するための長距離ミサイル『PL-21』。このときスパークとE-767が見つけたのは、極東革命軍の保有する機体でも最新型に分類されるJ-11“D型”だった。昨日、E-2Dを2機屠ったこのミサイルでもって、今度はE-767を落とそうというのである。

 顔面蒼白となる蒼波をあざ笑うように、勝ち誇ったような、余裕を得た神野の不気味な笑みが無線から聞こえてくる。


『ベストメンバーで望みたいからね。僕に対抗できる理想的な選択肢は君ぐらいだし、それゆえに、君が僕を落としに来ることは事前に想定済みだよ。だから、保険をかけさせてもらったってわけ』

『ッ……!』

『護衛はついているだろうけど、ミサイルは衛星データリンクを使って、護衛機の迎撃圏外から発射される。他の味方は周りの“雑魚”に手一杯みたいだし……、今ならまだ間に合うよ? イーグルの急上昇能力をもってすればね。ただ、僕はその間に逃げるけど』

『神野! 貴様、どこまでゲスい真似を!!』

『悪く思わないでください。失敗はできないんですよ』


 近藤の激昂をも飄々と受け流す神野。ここまでの展開は、全て神野の思い描いていた“ストーリー”通りだった。

 言ってしまえば、羽浦が裏をかいたと思っていた低高度の集中捜索も、蒼波が自らを攻撃しにくることも、神野にとっては想定の内でしかなく、このPL-21はその際の保険だったのだ。幼馴染の命を天秤にかけて、即決できるような頭が、蒼波にあるとは考えていなかった。

 ……その証拠に、


『――どうするの? 落とす? それとも助けに行く?』


 この問いに、蒼波は即答ができなかった。周りは他の敵機の対応に追われ、しかも、自分がJ-20を落としてくれることを期待している。羽浦も、J-20は蒼波に任せて他は敵を蒼波に近づかないようにするよう指示を出してしまっていた。

 だが、こっちを落としていては、上に抜け出した別のJ-11Dを撃墜するものがいない。攻撃を行う前に撃墜できる味方は、すぐ近くにいなかったのだ。たとえ物理的に近くにいても、弾がなければ意味がない。スパークたち、ラクーン2の面々がそうだったように。


「ッ……!」


 操縦桿とスラストレバーを握る両手の力が強くなる。憎々しげな、怨念を込めた目線がJ-20に向けられる中、蒼波はなおも答えを出せずにいた。

 これこそが、神野の狙いであることは蒼波とて理解していた。そうこうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。今すぐに落とさなければいけないのはわかっている。しかし、彼の撃墜に手間取ったら? 落としたとしても、ついでにE-767も落とされたら? あの機体にチャフフレアはないので、一度ミサイルを放たれたら回避のしようがない。脱出装置もないし、乗員一人ひとりにパラシュートが装備されているわけではない。

 ――撃たれたらそれまでだ。羽浦は、空の上で散ることになってしまう。


「(……あ、アイツゥ……ッ!!)」


 蒼波は体全体に悔しさをにじませる。彼は昨日言っていた。まさしく、今の自分にぴったりな言葉を。



“君に僕は落とせないよ。その心を捨てない限り、僕に機銃弾一発撃つことはできない。


 ……咲ちゃんは、優しいからね”



 彼の言葉は、これを念頭に置いたものだった。全て、彼の手のひらの上だったのだ。

 勿論、客観的に優先すべきことはわかっている。“ただの一人の男の命”、そして、“たった数十人の乗員らの命”より、“何万人という人間の命”が何より優先されてしかるべきであり、逆転はありえない。それをさせるような“雑念”は、この二者択一の判断に影響を与えることは許されない。わかってはいる。彼女も、仮にも幹部自衛官なのだ。

 ……だが、理屈はそうでも、心がそれを許すとは限らない。彼女は、まだ“人”としての心を捨てたわけではないのだ。この迷いの時間こそが、彼が求めていたものであると理解しても、即決ができずにいた。

 そんな状況に追いやった人間を、許せる人間はこの空の上にはいない。その人らを代表するように、切谷の憤激の声が無線のスピーカーから大絶叫で響いてきた。


『テメェ、そこまでして母国の人間を殺したいか! お前も日本人じゃねえのか!?』

『日本人だからですよ、スリット。こうまでしなければ、かの国の人間は変わることはしない』

『その解決策がこれか!? 仮にも一緒の時間ときを過ごした女性に対して、ここまでの仕打ちをしてなおも追い詰めるのか!? 何が雷神だ、この女を食い荒らす蛇野郎が!』

『その蛇とは、もしやヤマタノオロチのことですか? これは心外です。あれはただの化け物で、私は憂国の志士ですよ』

『このクズが、今に落としてやる……!』


 ここで早まったか、切谷が神野の乗るJ-20に突撃をかけたらしい。羽浦が『待て! 早まるな、スリット!』と叫んだあたり、よほどひどい興奮状態であるらしい。

 しかし、一時的に周りが見えなくなったことが、彼の機動に隙を生んでしまう。近くにいた敵機からの機銃弾を数発浴びてしまったらしく、主翼への被弾を報告する荒々しい声が飛んでくる。まだ戦闘機動はできるものの、出鼻を挫かれた切谷は、さらに苛立った声を上げた。


『クソッ、なんだこいつら! 俺たちばっかり付け回しやがって!』

『まだ数だけは多いっスよ! 無理に行こうとしたら奴らの思う壺っス!』

『畜生が! あのゴミクズを落とすことすらできねえってのか!!』


 腹に抱えた怒りを撒き散らすように怒鳴る切谷だったが、神野はそれにも余裕を持った笑みを返すだけだった。彼にとっては、これこそが理想的な状況。落とされなければそれでいい。そうであるならば、その周りがどんな状況になっていようと、愉快なものであるには違いないのだ。


『さあ、どうするの? 落とすの? 落とさないの? 早く行かないと、間に合わなくなっちゃうよ?』


 煽る神野の声を聞きながら、答えを求めるように目線をあらゆるところに細かく向ける蒼波。レーダー画面、計器類、HMDに表示されているステータス。位置情報。あらゆる場所から最適解を導き出そうとするも、それらは全て無意味であった。どこにも、答えがない。

 ――目の前が真っ暗になるような絶望感が、蒼波の心を支配していく。どっちをとっても、最悪の未来しかない。J-20を落としても、E-767を助けに行っても、どっちの道をとっても、ハッピーエンドが見えない。そして、蒼波が二者択一にひどく頭を抱えることを含め、ここまで全てが、彼の思惑通りであることも。

 何をすればいい。今すぐにでもJ-20を落としたい。さっきから邪魔してくる敵は十分かわせてる。落とすことはできる。でも、もし、てこずったら? 相手は神野だ。航学72期の雷神などという異名を貰うほどの人間だ。すぐに落とすことはできないのは間違いない。でも、熱核兵器を前にして、見逃すなんてことはできない。


 ――彼を、羽浦を、見捨てねばならないのか。これこそが、蒼波個人にとっては、何より耐え難い“二度目の裏切り”であるというのに。


「(また、また雄ちゃんを裏切らないといけないの……今度は、裏切るどころか、“見捨てる”っていうの……ッ!?)」


 受け入れがたい。あまりに受け入れがたい選択肢と、その末路。J-20を追う決断をして、その結末をいけいれる自信があるとは思えなかった。自衛官とて、いつか死ぬときは死ぬという覚悟は確かに持っている。だが、“死に方”というものはあるはずだ。こんな形で死ぬなど、想定もしていない。こんな、戦争という範疇では説明できないような、“甚振り”とも言うべきやり方など……。


「(……雄ちゃん……!!)」


 できない。そんな選択、今の私には――


『――フェアリー。命令だ』


 ――え?



『――J-20を落とせ。“俺たちは無視しろ”』





 ――だが、E-767のクルーは、既に覚悟を決めていた。

 E-767を狙っている別動機の存在、そして、それが攻撃をしたときの結末は誰もが予測できたし、戦々恐々としたのは事実だ。顔を青ざめる者もいた。絶望したような表情を浮かべる者もいた。

 しかし、今ここにいる全ての人間の表情は、それらを全て経て、一つの覚悟を決めた、凛々しい表情を浮かべた者たちばかりだった。今更後悔を言っても遅い。この戦場の空を飛ぶという意志を固めた以上、このようなことになるのも覚悟の上。そして、彼らの脳裏には、自衛官の宣誓にある、ある一言が浮かんでいた。それこそが、自分たち自衛官の存在意義でもあると、全員が理解していた。


「――あんなゴミクズを道連れにできるなら、本望だ」


 そんな思いを、重本や、百瀬を中心にして、全ての管制員が抱いていた。まだ若いうちから死にたくはない。だが、その思いこそが、神野の思惑通りの結果しか生まないのなら……。その思いは、全ての管制員たちが共有しているものだった。

 そして、誰でもない羽浦自身も、腸が煮えくり返るような思いでいた。自らの野望のために熱核兵器を使ったことはもちろんだが、そのために、自分の命を、その命を守ることを至上としてきた蒼波の心を“利用”したことに、これ以上はないであろう“屈辱と怒り”を感じていたのだ。


「(……こんなやつのために、俺の命が利用されてたまるか……ッ!)」


 モノにあたりそうになる憤激の感情を抑え、とにかく冷静に努めて指示を出した。


「フェアリー。時間がない。俺たちのことはいい。J-20を落とせ」

『で、でもそれじゃあ――』

「いいか、お前のやるべきことを忘れるな。お前がやるべき任務は、俺たちを守ることじゃない。そこにいる、熱核兵器を抱えて突っ込んでいく有機物でできた粗大ごみを海中に投げ捨てて、深海生物のエサにすることだ」

『て、手厳しい……』


 若干引き気味の蒼波だったが、羽浦は口を止めない。全ては、蒼波が後顧の憂いがないようにするためだった。


「多国籍軍の艦隊も、防空網が混乱していて統率が取れてない。巡航ミサイルの一部が外縁部にいる艦船に命中して、沈没は免れたが、防空網に穴が開いてしまった。狙ったものだろう。彼はそこに突っ込んでいる。満足に止められる奴がもうお前しかいないんだ」

『で、でも……』

「お前は最後に生き残った希望なんだ。お前が、彼を落とす絶好のポジションにいる。俺たちには構うな。俺たちの命より、艦隊の、全世界の人間の命だろッ?」


 気迫を込めて、迫るように言い張る羽浦。それでも、蒼波は中々踏ん切りがつかずにいた。神野が、彼女を“優しい”と表現したのは事実だと改めて思っていた――


「――ッ! クソッ、J-20、フェアリーの後方から接近! ほぼ真後ろ上方だ!」


 レーダー画面を見ていた羽浦は唐突に叫んだ。近藤の攻撃を掻い潜ったJ-20は、一気に蒼波機の後方へと接近を試みていた。気がつけば、近藤は全てのミサイルを使いきり、機銃弾もほとんど残っていない。J-20に攻撃はいくらか命中したものの、ついに撃墜させることはできなかった。それをいいことに、J-20は、蒼波機へ接近し、必中距離からの攻撃を行おうとしていた。

 マズイ。すぐに回避させないと。そう思って蒼波に指示を出そうとした時だった。


「――ッ! グリズリー、何する気だ!」


 ――近藤が、その一気に急降下してくる。弾薬はもうほとんどなかったはず。それでも、躊躇なんて真下に広がる東シナ海の大海に捨てたといわんばかりに、猛スピードでJ-20へと突撃していった。


「……まさか」


 その意図を察した百瀬が、震えながらそう呟いた。彼のやろうとしていることを読んでしまった次の瞬間、無線から飛んできたのは、近藤の、いつものような豪快な笑い声と、快活な激励の声だった。


『フェアリー! もう頼れるのはお前しかいねえ。あとを頼むぜ! そこにいる魚のエサにすらならねえ汚物を、さっさと沖縄トラフの底に沈めちまいな!』

『た、隊長!?』

「三佐、何をする気ですッ?」


 羽浦の戸惑いの声にも、近藤は、その大柄な態度が透けて見えてくるような、そんな豪快な声を投げてくる。


『幼馴染さん。やっぱりアンタが管制官でよかったぜ。お前の声は、俺にとっちゃ一番信頼できるものだ。何より、人だってのがよく分かる』

「た、隊長……?」

『お前みえな人間がフェアリーの親しき友人だったのは何よりの幸運だった。お前の勇気は、必ずや報われる。報わせてやる。絶対に、無駄にさせたくねえ。……だからよ、お先に、ちょっと戻ってるぜ』

「待て、グリズリー! バカな真似はよせ!」

『落ち着け、別に死ぬわけじゃねえ。ちゃんと“脱出”するさ』


 焦る羽浦の声もなんてことはないと受け流す近藤。近藤機のブリップは、徐々に護衛のJ-20に急接近していった。接触まであと数秒もない。もう、何をやるかは誰の目にも明らかだった。


『なッ……?!』

「……冗談だろ……」


 重本が愕然とした様子でそう呟いた。同じく言葉を失っていた蒼波だったが、J-20とブリップが重なる直前、


『――フェアリー』


 近藤は、優しげな声で、一言添えた。



『――お前は、負け犬じゃねえ。俺の分まで、奴を、落としてくれ!』



 次の瞬間、近藤機とJ-20のブリップが重なり、対消滅した粒子のように、同時に画面から消え去った――。



 ――そして、その様子は、現場からしっかりと確認できていた。

 誰もが予測した通りのことが起きた。武器がなくなった近藤は、最後はその機体そのものを武器にし、J-20へと“体当たり”攻撃を仕掛け、無事に成功した。

 呼吸が止まってしまうような光景だった。蒼波は一瞬、心臓が本当に止まったような感覚を覚えた。しかし、突撃の直前、近藤はベイルアウトし、爆発する機体のすぐそばを、パラシュートを開かせながら降下していくのをその目で確認する。


『スリットよりアマテラス! J-20が落ちた!』

『隊長は!?』

『今パラシュートを確認した! これといった損傷はない! 隊長は無事だ!』

『よし! これで1機目だ!』


 歓喜の声をあげる羽浦。何はともあれ、1機は落ちた。あともう1機。神野機さえ落とせば、全てが終わる。改めて、蒼波に指示を出した。


『フェアリー。あと1機だ。そいつを落として、全てを終わらせろ』

「す、全てっていっても……」

『ん?』


 近藤の命を賭けた自爆攻撃をも見てしまった蒼波は、すっかり怖気付いていた。ここまで責任が重いことをやっていると理解してしまった蒼波は、途端に、怖くなったのである。


 落とすことがではない。誰かの、親しい誰かの命が、目の前で消えることがである。


「い、いいの? 死んじゃうんだよ? 間違いなく死んじゃうんだよ? それでもいいのッ?」



 ――軽く涙ぐむ蒼波の切羽詰ったような震える声に、羽浦も一瞬解答に窮した。彼の脳裏には、自らの選択に怯える心優しき幼馴染の姿が思い浮かばれていたが、小さく鼻で息をつくと、


「……咲」

『え?』


 本来の規則に反して、あえて名前で呼んだ。気迫ある、怒りをも込めた先ほどまでとは違い、一転して、優しさを交えた声を届ける。


「高校の時から、俺は、お前を空の上で迷子にさせないと言ってきた。それこそ、最初は冗談半分で言っていたつもりだったが、今は違う。お前が進むべき道は、俺がしっかり示す」

『……ッ』

「俺は、お前の腕を信じてる。雷神だかなんだか知らないが、日本最強の軍神の一人であるタケミナカタ(風神)の名を冠したお前なら絶対にできる。お前は、俺が知る限りでの、最高のイーグルドライバーだ」


 ただの励ましの言葉かもしれない。ただの、ありきたりな激励の言葉かもしれない。だが、これでいいと、羽浦は自信があった。近藤も言っていた。孤独なパイロットが最後に拠り所とするのは、無線から聞こえてくる声であり、特に、親しい有人が届けてくれる、声そのものであると。

 その安心感は、本人にしかわからない。羽浦はそれを実感することはないだろうが、こういう時こそ、その声を届けるべきだということは理解していた。そして事実、それは完璧なまでの効果を発揮していた。



 ――蒼波の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。こんなものを流している場合ではないことは重々承知の上で。それを理解したうえで、感情を抑えることができず、自然と流れてきていた。


「……本当に、本当に、その選択をしていいんだよね……ッ?」

『ああ、いい。むしろその選択肢以外にない。皆が、お前が落としてくれることを願ってる。そのために、ここにいる連中は皆戦ってる。無駄にデカイ責任を背負わせちまうのは悪いと思ってる。でも、お前が、ベストな選任なんだ』

「……ふざけたこといって……ッ」

『咲』

「なに?」


 少し怒った口調を向けながらも、羽浦は、まるで小さな子供を諭すような、優しい声で言った。



『――俺はちゃんと、“空”から見てる。いつでもだ。何時までも導いてやる』



 無線の後ろから、誰かが「ヒューッ」と口笛を吹いているのが聞こえた。誰の仕業かは知ったことではないが、蒼波は、思わず呆れた笑いを浮べてしまう。こんなことをほざいた親しき幼馴染に、そして、それに安心してしまった自分自身にも。


「(……私の周り、碌な男がいないなぁ……)」


 自分を利用して壮大な野望を抱いていた有機物のゴミ、豪快すぎて引くレベルの熱い隊長、やんちゃ坊主だがある意味一番女性のことを思っている同期、何かと天然な丁寧口調の後輩――。


 ――そして、何時までたっても変わらず、裏切られても自分を大事にしてくれる……


「……ふぅ~……」


 大きく息を吐いて、腹に抱えていたものを全て吐き出す。体に張り付いていた全ての重圧は、わだかまりは、全て体の中から追い出した。頭も、心も、体もスッキリした彼女の視界は、先ほどと比べても、妙に晴れており、鮮明に映っていた。

 そして、蒼波は回避機動のために若干上がっていた高度を修正するべく、操縦桿を“押した”。


「……ミサイル、IR2発、中距離1発。まだいけるわよ」


 降下していく機体の動きと無線を確認した羽浦は、安心したような、自信を得たような、そのようなはっきりとした声を、蒼波に届けた。



『――敵、CTF防護線到達まであと5分。後方ステルスの弱点を突いて、後方からの攻撃に徹しろ。何れのミサイルも、今なら効果を発揮する』


「5分もあれば十分よ。私に任せて。未来は終わらせないわ」


『その意気だ、咲。今、そこで彼を落とせるのはお前だけだ――』





『――309の風神、幸運を祈る。“雷神”を落として来い!』





 その瞬間、再び低空に下りてきた蒼波機(妖精)の翼は、


 ナイフのように空気を切り裂いて、一直線に神野の機体へと突撃をかけた……

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