11-2
――『電子妨害』。現代戦は情報戦争であるからして、その情報を送受信する電波を妨害することは、戦況を優位にさせる上での必須条件でもある。当然、各国共にその妨害、もしくは対妨害能力に関しては最上級の機密事項に指定されており、運用国も少ない。情報を制するものが戦を制するという現代戦争においては、そうした高レベルな能力を扱える国は中々いないのである。ましてや、それができる兵器も大量にあるわけではなく、例外なくその国にとっては貴重な存在だった。
……そのはずだった。ECMができる機体なんて誰しもが持っているわけもなく、ましてや反乱軍無勢がそれほど重要な機体を持っているわけがないとは思っていた。より重要度の高いはずのAEW機や、ステルス機のJ-20をも手に入れた組織であるが、幾らでも持ってこれるわけではないだろう。
だが、よくよく考えれば、これは甘い考えであったかもしれない。逆を返せば、そういう兵器をも手に入れられる組織であるからこそ、『電子戦機』など、彼らにかかれば簡単に手に入るものだったのかもしれない。
「――ECM!? 電子戦機を持ってたのか!?」
だが、羽浦たちにとってはあまりに予想外の敵だった。唖然として声を荒げる重本の目先にあるレーダー画面では、先ほどまで映っていたはずの敵味方のブリップがまばらにしか見えなくなり、程なくして、ほとんど表示されなくなった。時々ブリップが表示されることがあるが、規則性はなく、しかも、本当に一瞬思い出したかのように映るのみ。画面から、いるはずの航空機が、ほぼ全て消えてしまったのだ。
「レーダージャミングです! 各管制域で障害が発生中!」
「バックアップの周波数じゃダメか!?」
「予備周波数もやられてます。出力結構高いですよ!」
「E-2Dからです。レーダーに障害発生と連絡あり!」
「山口、セントリーはどうだッ?」
「ダメです、向こうもやられましたッ。全ての周波数がダウン。ロシアも通じないと向こうに連絡いったらしいです!」
「南西SOCからです! 地上レーダーから反応が消えました! こっちに何か映ってないかって要請来てます!」
「範囲が広すぎるな。出力は? この強さで『広帯域雑音妨害』はあるまい?」
「バラージにしては強すぎます。恐らく『周波数掃引妨害』です」
新代の推測に、険しい表情の重本がそういった。『バラージ・ジャミング』は、敵が使いそうな全ての周波数全てに一斉に妨害を仕掛けるジャミング方式であり、逆に、敵の使う周波数にピンポイントで高出力のジャミングをかけるものは『狭帯域連続波妨害』と呼ばれる。バラージ・ジャミングは、敵がレーダーを作動していなくとも先んじて妨害を仕掛けることができ、一々敵のレーダーの電波を解析する必要もないため、即応性が高いのが特徴だ。
『スウィープスルー・ジャミング』は、その両者のいいとこ取りをした方式であり、敵の周波数変更にあわせて妨害電波を発することで、発信出力を効率よく調整でき、常に強力な放射を行うことができる。
バラージにしては強力であるが、定期的に周波数を切り替えているにもかかわらず妨害が解除されないところを見るに、今回はスウィープスルーのほうが行われたと重本は推測した。今、E-767の用いている全てのレーダー周波数が全て使えない。だが、E-767だけではなかった。現場の空にいる彼らも……。
『アマテラス! 無線通じるか!? レーダーが効かなくなった! そっち見えるかッ?』
『クソッ、さっきまで見えてたじゃないか!』
『データリンクが何も映ってない! そっちもやられたかッ?』
空自F-15Jの迎撃部隊だ。機首に搭載しているAN/APG-63(V)1レーダーは、そのECMによって電波そのものが妨害され、先ほどまで見つけていた敵の居場所と動きがわからなくなっていた。空自だけではない。ロシア軍Su-33のN-001と、MiG-29Kのジューク-Mパルスドップラーも、米軍F-15CのAN/APG-63(V)3レーダーや、F/A-18EのAN/APG-79レーダーも、程度の差はあれレーダーとしての機能を失っていた。
レーダーだけではなく、データリンク通信もやられたらしく、画面には何も映っていない。よほど敵の妨害電波の出力が強いのか、ブリップがほとんど表示されていないのだ。
「マズイ、位置関係がわからないぞッ!」
「IFF、応答電波来ません!」
「IFFの通信周波数までやられたのか!? どこまで知ってるんだアイツら!?」
これがどれほどマズイことか。管制員である彼らが理解できないわけがなかった。目の前にあるレーダー画面はほぼ真っ黒。時々ノイズのように画面に出てくる敵味方の航空機のブリップだけで、全てを管制するなど不可能としか言いようがない。E-3も、A-100も、同じようにやられたようだった。
「(日本だけならまだしも、アメリカとロシアの周波数も全部潰したのか!? 幾らバラージ気味のスウィープスルーだってったって、これはバレ過ぎだろう!?)」
羽浦は驚き呆れ果てた。しかも、F-15CのレーダーはECMにも強いAESAレーダーであり、そう易々と妨害の影響を受けないはずだった。いや、もしかしたら、F-15Cのレーダーにはまばらながらに映ってはいるのかもしれない。だが、いずれにしろデータリンクに使っている通信用電波も妨害されてしまっているため、その情報を共有することはできない。口頭で言えることも限られてしまう。
とはいえ、手がないわけではない。米軍機はAESAレーダーを用いていることもあり、まだ電波妨害に強い。敵のECM電波を逆探知し、大よその位置を割り出した。ECCMをフル稼働させて、通信ができる一瞬の隙を突く形で、データリンクによってE-3経由でE-767にも共有される。レーダー画面と同期されたことで、大よその発信場所が赤い円形で表示されたが、それを見た重本が目を見開いて声を少し荒げた。
「……おいおい、複数あるのか!?」
赤い円は満遍なく5つある。だが、時々6つあったり、7つあったり、かと思えば4つになったりしていた。複数から発信されているため、ジャミングが重複して判別しにくくなっているようだった。さらに、この範囲の中心付近にいた機体に、共通点があることを羽浦はすぐに悟った。
「(ここ、輸送機がいたはず……)」
反応だけ見れば、Il-76キャンディッドだった。確認できただけで8機はあったが、かつてIl-76を電子戦機に改修しようという計画があったはずだと、羽浦は脳裏の記憶から情報を引っ張り出す。これは、開発中に発生した問題もあって試作機に機材が搭載されたのみで終わったが、最近中国は、新型輸送機『Y-20』にECM機材を取り付けた電子戦機へと改修する計画を立てていたはず。その実証/適合実験として、各企業から出された様々な機材を中古のIl-76に取り付けていたという報道があった。
実験速度の効率化、及びY-20ECM改修型が揃うまでの運用データ収集もかねて、本当に多くのIl-76が改修を施されたようだが、一部は、運用上のトラブルから墜落したとも報道されていた。
――その数。8機。
「(こいつらだ。こいつらが奪ったんだ!)」
道理で事故を起こしたにしてはあまりに数が多すぎると思ったんだ。あれは“事故”なんかではなかった。事故で喪失したと思われていた機体たちは、今、この空にいる。でなければ、この頭のおかしい出力を持つジャミングの説明ができない。
単機では限界のあるECM出力も、8機も揃えば何のことはない。今の今まで、最後の切り札として隠し持っていたのだ。あまりに出力が高すぎて、迎撃部隊のECCMも、急遽スクランブルしてきたEA-18G“グラウラー”の対抗ジャミングも、あまり効果が認められない。
「出力がバカでかいから単機じゃないとは思ってたが……、まさか、キャンディッドか?」
「爆弾を積んできたわけじゃなかったんです。こいつらはジャミング専用の“敵防空網征圧担当機”ですッ」
「だが、逆探はできるはずだ」
「米軍のF-15CがAMRAAM発射。続いてロシア、R-27ET発射。合計18発!」
一人の警戒管制員が、希望を少し持ったような声で報告した。
米軍機はECCMに強い機材を揃えてはいるため、不完全ではあるが、対抗が可能である。AIM-120 AMRAAMミサイルは、ECM環境下では、ジャミング電波を発信している方向に向かって飛行する『ホームオンジャミング』が可能であり、F-15Cは急遽このモードに変えて発射した。同じくロシア機も、元より赤外線追尾が可能なIRSTを利用したR-27Tであるため、電波妨害は関係ない。母機からの誘導は得られないが、大体の場所はわかっているので、誘導に頼らない形で指定した場所に自動的に飛行するようにセットした。
8機に対して、AMRAAM11発に、R-27Tが7発。合計18発。簡単には避けられまい。空自も後れを取るわけにはいかなかった。
「バザード0、ラクーン3。BVR、モードをHOJで固定。順次発射」
『バザード0-1、ラジャー。各機、モード変更。発射数1』
『了解。ラクーン3-1より各機。HOJ、1発ずつだ。無駄遣いするな』
羽浦は自身の配下にいた8機のF-15Jに、AAM-4Bの攻撃指示を出した。少しだけ後れたが、AMRAAMやR-27Tのすぐ後を追うように、AAM-4Bが音速ですっ飛んでいく。合計8発。どこにいるかは未だによくわからないが、大体の場所さえわかればいい。方向さえわかればこちらのもの。ミサイルはすぐに敵の輸送機のすぐ目の前まで来た。誘導は順調だ。
「(大丈夫だ。ECCMに強いミサイルと、赤外線誘導のミサイルで全て埋めた。確実に当たる!)」
その希望は、その通りとなるはずだった。次の瞬間、
「――なッ!?」
レーダー画面に異変が起こった。先ほどまでまばらだったものが、一斉に、“鮮明に映りだした”のだ。
「れ、レーダーがッ?」
「バカな、ジャミングを切ったのか?」
重本と新代がレーダー画面に食いついた。当然、敵味方のブリップだけでなく、ミサイルのブリップも表示される。それぞれが命中するまで、あと数秒といったところだった。
「敵機、回避します!」
同時に、敵機の動きに大きな変化が起きた。輸送機が、近くにいた戦闘機が、爆撃機が、一斉に機首を上下左右にふり始めたのだ。ミサイルはもう目の前。今更回避しても遅いはずだった。
しかし、再び想定外のことが発生する。
「――な、外れた!?」
新代が自らの目を疑うような顔で叫んだ。命中するはずのミサイルが、軒並み外れ始めたのだ。ブリップは輸送機と重なるが、そのほとんどが、反応そのものが消えないまま後方に移動し始めた。撃墜できたのは、AMRAAMとR-27Tがそれぞれ狙っていた2機のみ。全てが後方に移ると、またジャミングが発生したのか、レーダーが面にあったブリップが激しい点滅をした後、ほとんどが消え去ってしまう。
意味がわからなかった。何をどうしてそうなるのか。重本は頭をイラついたように掻いた。
「クソッ、なんだ、どうなっているッ? 安心と信頼のAMRAAMじゃなかったのかッ?」
「R-27Tまで回避されたのはフレアが原因と仮定しても、AAM-4やAMRAAMまで回避したのはおかしいですよ。何の魔法使ったんですか?」
その新代の言葉と同時に、レーダー画面がまたクリアになった。驚く間もなく、外れた後反転してきた一部のミサイルが、敵編隊まであと数秒のところにいたが、これもまた、敵の輸送機や戦闘機に当たることはほとんどなく、今度は前方に外れる。唯一、AAM-4Bのブリップが輸送機と重なった瞬間消えたが、攻撃が不完全だったのか、輸送機のほうはまだ飛んでいた。撃墜は確認できず。そして、また画面はジャミングによって真っ暗になった。
――一体何があったのか。羽浦には理解しかねた。赤外線誘導のR-27Tはまだしも、逆探知性能を利用したHOJ誘導は、通常時よりは多少誘導能力は劣るとはいえ、ジャミング環境下でもしっかり機能するはずだった。だが、一瞬ジャミングが消えたと思ったら、その瞬間ミサイルは目標をほとんど外してしまう。この一瞬で何をしたのか。羽浦は頭を悩ませた。
「(なんなんだ一体……ッ!?)」
「イーグル、AMRAAMを再度発射。ロシアは撃ちません。計10発ッ」
アメリカのF-15Cから再度AMRAAM攻撃が開始される。双方の速度が速いため、そう何度も撃てない。これが外れれば後は近距離の格闘戦になる。本来は、このBVRで相当数の敵を落とせるはずなのに、なぜこうなったのか。まともな答えはまだ誰も出せない。
だが、この状況を同じく見ていた一人のパイロットは、敵が何をしたのか大体の予測をつけた。無線をつけるやいなや、「これだ!」と確信を得たように早口で伝えた。
『――“切り替え時間”よ。モードの自動切換え時間が一瞬だけ開くわ。そこを使ったのよ!』
蒼波の声だった。羽浦を含む周囲に伝えた彼女の推測はこうである。
ジャミング環境と通常環境の状況認識は、当然ミサイルのシーカーが自動的に行っているはずである。通常時はアクティブレーダー誘導、ジャミング環境下ならジャミング波を追うパッシブ誘導。そして、接近すれば自らのアクティブレーダー波の出力がECM電波より勝る『バーンスルー』を期待できるため、ECM環境下でも通常時と同様に終末誘導できるという算段だ。
だが、今回はジャミングそのものが強いため、本当に近距離まで接近しなければバーンスルーを期待できない。双方の出力や大気の情報などの数値を用いて、大体のバーンスルー可能距離は割り出せるはずだが、それでも、本来より結構近づかなければアクティブシーカーは機能しなさそうである。つまり、敵に最接近した場面で、アクティブシーカーと、ECM逆探用のパッシブ追尾機能を切り替える作業が必要になる。
……敵はそこを使った。切り替えの瞬間、ミサイルは敵を一瞬でも見失う。アクティブシーカーにすぐにしても、敵機を再度捕捉するには若干の時間が必要のはずだ。無論、数秒程度にも満たないだろうが、その際に軌道修正をかける必要もある。
――簡単に言えば、誘導がほんの一瞬だけ“疎かになる”。その一瞬で、敵は極端な回避機動をして、チャフを巻きながらミサイルを避けたのだ。同じ理屈はAAM-4Bにも言える。性能に程度の差はあれ、根本の構造は大体同じである。R-27Tは単純にフレアを使って避けるしかないが、誘導開始時の設定や角度が悪かったのだろうか。当たったのは1発だけだった。
蒼波の推測を裏付けるように、米軍機が放ったAMRAAM第2波は、これまた先ほどと同じ手順を踏まれたことで外れ、うち1発に至っては、アクティブシーカー作動時に近くにいたH-6爆撃機を最寄りの目標と認識して、そちらに突っ込んでしまった。引き返しての再攻撃も、やはりうまくいかず。これでは、幾らHOJで攻撃しても意味がない。弾を無駄に消費するだけだ。
だが、タイミングをあわせてジャミングのON/OFFを切り替えるのは容易ではないはずだ。ミサイルの場所を正確に把握するか、コンマ数秒レベルで“精密に”予測し、こちらの使うミサイルの性能を熟知し、適切な回避手順を踏ませる必要がある。それほどの知識、統制ができる人間なんて……。
「……いや、“彼”なら……」
元空自の人間。AAM-4Bも、AMRAAMの性能もよく知っているはずだ。やるとしたら、彼だろう。ということは……。
「(いるのか。そこの空にッ!)」
憎々しげな目線が、レーダー画面の敵がいるであろう一点に一直線に注がれる。
結局、撃墜できたのは3機だけ。うち2機は輸送機だが、相変わらず強力なジャミングは収まらない。回避のために一瞬レーダーを切ってはくれたものの、本当にタイミングよくほぼ数秒だけ。そんな短時間では、E-2DもJ-20を探しきることは不可能だった。一瞬映った敵味方の場所からして、もう中距離AAMではなく短距離AAMを使うべき距離へと近づいてしまっている。もうこれ以上BVRをしても無駄であることは、日米露各国共に覚悟するしかなかった。
「CTF防護線、到達まであと16分!」
「F-22部隊はどこにいるんだッ? 結構前に嘉手納にきてたって言ってたろッ?」
「空自のF-35もさっきからどこにもいませんけど……」
「彼らに対しては過剰戦力だってんでグアムに引っ込みましたよ。運用コストを理由にしていますが、どうもロシアとの政治的取引があったとかなんとかで。日本もそれに否応なく巻き込まれたと」
「こんな時に真っ黒な政治やってる場合かッ!」
「もうこうなったら格闘戦するしかない。こっちはどの機体も殴り合いが得意なやつらばかりが揃ってる。肉眼で直接見つけて輸送機とJ-20を攻撃だ。バーンスルーができればミサイルも使えるッ」
「でも数が余りに多すぎます。まだ80機もありますが、こっちは頑張っても36機しか集まってません!」
「こんな大規模空戦なんざ何十年ぶりなんだ……」
重本の苦渋に満ちた顔が、周囲にも伝播する。狭い東シナ海南部の空。ゲームでしかありえないような、小説でも中々ないような大航空戦が今、この空で起ころうとしていた。レーダーは、再びジャミングでまともに見えない。まばらに映っているブリップは、それが何の機体であるのかを教えてすらくれなかった。
この中に、J-20に乗った神野がいるはずだ。だが、いることはわかっていても、どこにいるのかがわからなければ、そして、“どこに向かうのか”もわからなければ、何も手出しができない。しようがない。これ以上の支援を、ただの管制員である羽浦が、パイロットたちに提供することはできない。
“貴方は指示を出す人間です。私を探し当てなければ何の役にも立たない。今もそうだったでしょう”
昨日、神野が去り際にいった言葉が思い出される。あの言葉は真実だ。あの時、何も言い返すことができなかったのが全てを物語っている。自分らは、空を監視し、指示を出す立場にあるが、それは、空が見えていればの話だ。彼どころか、味方のすぐ目の前にいるであろう大量の旧世代戦闘機すら落とすことは難しい。
殴り合いに発展するのはもはや不可避であり、もとよりこちらからやれることは限られる。だが、どこに敵がいるのか、敵がどういった動きをしているのかといった情報は渡せるはずで、それをパイロットも期待しているはずだった。それなのに、その最低限の仕事すらできそうにない。
「(……役に立たない……)」
神野の言葉が痛く脳裏に突き刺さる。無理な約束はしないほうがいいとも言っていたが、今までもそうだったのに、妙に自分は実現が難しい約束ばかりをしてしまうようだと、肩を落として自嘲した。ヘッドセットからは、敵がどの方位から来るのかわからない旨の無線が大量に飛んできているが、「こっちもわからない」と返すしかなかった。
近距離ミサイルの射程から考えて、あと1分もしないうちに戦闘が始まる。これから起こる戦闘は、ほとんど肉弾戦に近い。近距離戦闘になるので、戦闘機同士のレーダー出力はジャミングに勝ってバーンスルーが発生するはずだが、それでも影響は起きる。数的にも、質的にも有利なのは向こうだ。自慢の電子機器も、効果が発揮できなければ意味がないのだ。
しかも、それらを解決できたとしても、結局、AWACSには頼れず、データリンクもうまく妨害されては、自分らで捉えた目標データを共有できない。自分たちだけで、レバノン紛争時にベッカー高原上空で行われたものをも上回る、現代空戦史上最大規模の空戦を乗り切らねばならないという、悲惨な現実が待っているのだ。
――無理だ。技術の差をもってしても勝ちきるなんて無理だ。だが、どうやって守ればいい? こんな状況で、どうやって守れというんだ。羽浦は自然と、マウスを持っている右手の力が強くなっていく。
「(……クソッ……)」
何も指示ができず、声すら上げられない自分が何より憎かった。もうすぐ始まる大空戦を前に、ただ傍観者であるしかない自分が、何より悔しかった。何もできない。神野の言うとおり、見えなければ何もできない。彼の言葉の真意が、まさにここにあったと悟るしかなかった。もしかしたら、こうなることを予見して、彼もあの言葉を言ったのかもしれない。
指示を出したくても、見えなければ意味がない。後ろでは、どうにかしてジャミングを取り除こうと躍起になっているが、ECCMが未だに効かない。E-2Dも、まだJ-20を発見できていない。どうすればいい。あと十数分でタイムアウトだ。彼らの野望が現実になる。焦る羽浦の目の前にあるモニターの右端では、現在時刻を示すデジタル時計が、無情にも1秒ずつ数字を重ねていく。
「……」
もう時間がない。ミサイルを連射し始めたら、あとは混戦になるだけ。その中で、どこに勝ちを見出せばいいのか。羽浦の脳裏は、失意に支配されていった……。
『――フェアリーよりアマテラス! 敵が見えた! 真北の方角、高度3万1000。水平で飛んでる!』
……蒼波の声だ。敵を、自慢の視力で捉えたのだ。だが、羽浦は一瞬違和感を感じた。妙に詳細だ。方角から高度、どう飛んでいるかまで教えている。そこまで教える手順ではないはずだ。だが、さらに彼女は続けた。
『敵の編隊は最初と変わらないわね。爆撃機を守るように前面に戦闘機が出てる。輸送機も散らばってるけど、もっと後ろにいるわ。隊長、アラート鳴ってる?』
『あぁ、いや、なっていない。もうIRの距離のはずだが……』
『あいつらBVRに使うミサイルも殴り合いで使うつもりよ。周辺に注意したほうがいいわね』
羽浦は訝しげに耳を傾けた。これじゃまるで実況中継だ。そんなことをしている余裕はないはずなのに。だが、蒼波は敵の動きをできる限り詳細に声で伝え、そして、こう結んだ。
『他のみんなにも伝えて。レーダーもデータリンクも使えないなら、パイロットの目と声しかないわ。アンタが皆に伝えるのよ』
「俺が?」
『状況判断をしてる余裕はないから、その情報を元にどう指示するかはアンタが決めなさい。私はアンタの指示に従う。……こんな空の上で、迷子にはなりたくないからね』
「ッ……!」
――空の上で迷子、か。羽浦は妙な懐かしさを感じるが、彼女も同様だったらしい。小さく笑いながら、
『……懐かしいわね、この言葉。自分が見てれば死ぬことはない、なんて、一丁前なこと言ったの、アンタでしょ? “頼んだわよ”』
あとはよろしくといわんばかりに、はっきりとした声で伝えた。
……そういえば、そんなことを言っていたな。空自のパイロットになるといったとき、自分は「お前じゃ間違いなく空の上で迷子だ。俺が見てやればまあ死ぬことは無いだろ」などと、偉そうなことを語っていた。
なんと愚かしい話だ。結局、迷子になっていたのは自分じゃないか。勝手に頭抱えて悩んでは、空の上で幼馴染から檄を飛ばされ、それで考えを改めて……。一体、何度同じことをやれば気が済むんだ。同僚も言っていたではないか。“絶望的な状況はない。絶望する人がいるだけだ”、と。
絶望なんてしている暇はないのだ。諦めたら、十数分後には熱核兵器が起爆して一巻の終わりだ。数年前、あんな偉そうなことを言ってしまったが、言ったからには、それを反故にするわけにはいかない。彼女は言った。「パイロットの目と声」しかないと。つまり、“私の目と声を使え”と言いたいわけだ。
「……これしか、ないってか……」
それをもってやることは一つだけ。だが、そんなこと簡単にできるとも思えなかった。こんな大混戦の最中で、これを実行するなんて話は聞いたこともないし、やると想定してもいない。
だが、せめて電子戦機が落とされるまでの辛抱だ。そこを乗り切りさえすれば、AWACSとしての全ての機能は復活し、一気に形勢を逆転させられる。考えている暇はない。
「……よし」
羽浦は覚悟を固めた。これが失敗すれば、待っているのは巨大なキノコ雲が天高くそびえる悪夢のような光景。それだけは、誰にも、何より、蒼波にだけは見せたくない。素早く深呼吸をした羽浦は、重本にすぐに伝えた。
「パイロットから伝言です。敵部隊、編隊を崩していません。IRミサイルの有効射程に入ってから一気に攻撃をかけるものと思います。真北の方角から高度3万1000。水平に飛んでいます。すぐにボードでも何でもいいんで書き加えてください」
「か、書く? 今のをか?」
「今のをです。全員で情報を共有します。その情報を元に、大体でもいいので動きを予測してパイロットに伝えましょう。これしかありませんッ」
「おい、ちょっと待て。それって確か……」
この管制方法。管制員であれば一度は聞いたことがあるやり方であったし、実際、訓練はしたことがある。だが、この状況で、それを実行することが困難であることは、誰もが理解していた。だからこそ、口にすることはなかったし、そもそも、発想すらしていなかったのだ。
だが、事ここに至っては、もはやこれしかない。蒼波が、事実上これでやれと要求したようなものであったが、これ以外に、まともな手段はなさそうであるには違いなかった。
「ま、まさか、お前……」
引きつった顔を浮かべる重本を一直線に見て、羽浦は一言、確認もかねていった。
「――『ノンレーダー管制』です。“レーダーなしで管制します”!」




