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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第10章 ―8日目:午前 Day-8:Forenoon―
75/93

10-6

≫AM11:45≪



 奪還作戦は比較的順調に進んだ。日本側の損害は、島上空で携行SAMにやられたAH-64Dが1機、装甲車数台、死傷者も数十人出始めた程度。だが、敵の抵抗はその程度でしかなかった。

 F-35から引き継いだF-2による対地支援もあって、敵の重装甲戦力は全て撃破された。大火力の戦力を失った敵に、16MCVや10式戦車に対抗できる術はほとんど残されていなかった。唯一、道端に置いておいた数個の地雷によって、16MCVと10式戦車が1両ずつ損傷してしまった程度で、それでも大した損害にはならない。16MCVはまだしも、10式戦車を破壊しきれるような大型の地雷を、コンクリート上の道路に目立たないように置けなかったのである。


 上陸から早3時間。10式戦車は全ての地域を一通り見回り、敵装甲車両がほぼ完全に消え去ったことを確認する。上空を監視していたOH-1より、敵戦力はもう散り散りになったことが、CPに伝えられた。


金鵄ゴールデンカイトより、伊良部島より敵装甲戦力撃滅の連絡あり」

「3中隊、戦闘戦力の揚陸完了しました。予備の4中隊入ります」

「収容施設、予定していた場所に予定した戦力を派遣完了。防護体制構築しました」


 報告が次々と入ってくるこの場所は、JTF海上部隊本隊の中心にいる旗艦、護衛艦『かが』の多目的室である。ここに、第42戦闘団の戦闘指揮所(CP)を設置しており、作戦部隊の前線指揮を執っている。一時は隣の宮古島に置くことも考えられたが、戦線とあまりに近すぎて航空攻撃が行われた際に同時に狙われる危険性があるのと、ここからなら、少なくとも作戦に参加する海自側との連携も取りやすいということから、この部屋に置かれることになった。

 大型のメインディスプレイの目の前には幾つもの長いテーブルが整然と並べられ、通信機器やラットトップ等のデータ入力端末、一部は大小様々なディスプレイも増設されており、その周りを、陸海空の主要幹部が忙しなく行き交っている。


 その中心、三面のメインディスプレイを概観できる場所にいるのは、第42即応機動連隊長にして、現第42戦闘団長『北郷ほんごう』である。


「対地攻撃開始から4時間41分15秒……。順調か」

「装甲戦力の掃討は完了しています。あとは残党となる歩兵戦力ゲリラの撃滅と、下地島空港の無力化です」


 腕時計を見ながら経過時間を確認する北郷の横から、『真田』火力調整官が付け加えた。北郷の補佐として就いた彼は、常に北郷の右腕として動いていた。この時は、作戦第3段階フェーズ・スリー移行に伴う戦力展開の調整に当たっていた。


「下地島空港の奪還に当たっている『プラット3-1』からは、あと30分もしないうちに完全に陥落させうることが可能との連絡を受けています。周辺の陸上3km範囲の敵戦力も撃退しました」

「上空待機のC-2は?」

「命令を待って、ホールディングエリア3にて待機中です。空中待機可能時間はあと2時間」

「わかった。通信、C-2部隊ホエールに伝達。現時刻より15分後を目処に着陸させる。着陸進入チェックを実施せよ。以上」

「了解」


 通信担当の幹部が一時的に席をはずすと、北郷はすぐに目線を隣に移す。空自より派遣された連絡官『君島』である。


「航空優勢の確保は?」

「完璧です。奇妙なことですが、今日は日の出以降、ゴーストの航空部隊の南進が確認できておりません」

「ここまできて引きこもったというのか?」

「さぁ、そこまでは……。ただ、AWACSなどからの連絡が正しければ、確実に経由してくるはずの韓国の防空圏にも入ってきていないとのことです」

「まもなく多国籍軍が北進してきます。侵攻を察知して、基地周辺での水際防衛に切り替えたのでは?」


 真田が横からそう推測を伝えるが、北郷は首をかしげたままだった。


「だが、ここまで徹底的に外への攻撃にこだわってきたあの連中が、最後の最後に怖気づいたとは思えん……。何を狙っているんだ?」

「現在、横須賀と市ヶ谷も敵の戦略意図を洗っていますが、これといった答えが出ていません。最早、難しく考える必要もないという見方もできます」


 全く別方向からそう伝えた『新澤』統幕派遣情報官だったが、北郷はかぶりをふった。


「いや、それは楽観論に過ぎない。ここまで徹底した準備をしてきた連中だ。きっと何か考えがある」

「しかし、それにしては楽々と奪還を許してしまっています。敵の損害許容量から計算しても、流石に限界にきたとも見れますが……」

「そこなんだよ、新澤情報官。敵は、楽々と奪還を許した。それこそが奇妙なんだ。あそこまでの用意周到な準備の下、人質をとって、熱核兵器のデマを流して、再奪還をさせないような入念な準備をしてきた連中なのに、いざ奪還されるとなった時は、大した抵抗をしてこない。我が方の損害も想定よりあまりにも少ないんだ。妙じゃないか?」

「我々の努力の賜物……、というわけではなく?」

「勿論、それもあろうが……。どうも、悪い予感がする。あまりに“あっさり”しすぎているんだ……」


 自らの真正面にある戦況図が表示されたディスプレイを鋭く見つめながら、北郷は唸った。

 上陸開始から4時間と22分。各自衛隊員の文字通り命がけの努力の甲斐もあって、確かに奪還にはほぼ成功したといっていい。装甲戦力はほぼ壊滅、対空戦力も大型の対空ミサイル・機関砲は勿論、携行SAM部隊も大分消し去った。陸だけではない。海上戦力も、護衛艦やF-2、時には地対艦ミサイル部隊も頑張ってくれたこともあって、手元にあるリスト化された敵の艦艇一覧表には全て、撃沈、もしくは無力化を意味するバツ印がついている。海と陸にある敵戦力はほぼ壊滅し、ここまで来たならば、仮に空から再奪還を試みようとも、その目論見を挫く程度の防衛力を配置できたと見てよいだろう。


 ――奪還作戦自体は、ほぼ完全に“成功”した。したはずなのに、北郷は妙な違和感を感じていた。あまりに容易に奪還“できてしまった”感覚。そして、未だにやってこない敵の航空部隊、この事態に際して、いつの間にか何も言わなくなっていた敵側プロパガンダの不気味な沈黙……。


「(これでは、もうあの島には“用はない”と言っているようなものではないか……)」


 角ばったあごを指で軽くさすりながら、北郷は気難しい目をディスプレイに向けている。何かがおかしい。根拠らしい根拠はないか、あっても薄いものなのだが、何かがひっかかる。もやもやした感覚だけが彼の脳内を縦横無尽に駆け巡っている中、隣から、新澤情報官が少し苦笑気味に言った。


「考えすぎですよ、北郷一佐。何か裏があるとしても、それが今までこだわってきた伊良部島と下地島を捨ててでもほしい目的であるとは考えにくいですし、第一、それほどのもののための犠牲としてはあまりに大きすぎます。損得勘定から考えても非現実的でしょう」

「まあ、確かにそうなのだが……」

「敵は元は正規軍ですが、結局は“逆賊”集団です。兵站面での限界はわかりきっているといっていいですし、ましてや航空戦力の兵站は、中国軍の支援なしに維持しきるのは困難です。一週間も戦えたのがむしろ幸運だったとも見れます」

「うむ……」


 違和感そのものは拭えなかったが、しかし、新澤情報官の話は確かな説得力があった。彼の言うところの“逆賊”でしかない彼らが、満足な兵站能力を持っているとは思えず、あれだけの戦力を支える燃料弾薬を賄うほとんど補給線もない。北朝鮮の支援ルートだって、味方につけた甕津派は正規軍を伴った主流派ではないため、完璧な補給を求めることは困難である。

 それゆえ、継戦能力に乏しい彼らに長期戦など端から不可能な話であって、航空戦力に至っては、北朝鮮にとってすら貴重な燃料弾薬を、継続的に賄うのは非常に難しいといわざるを得ない。ここまではどうにかやりくりしてきたが、ここに来て、ついに力尽きた。考え方としては自然であり、セオリーでもある。周りも、彼の意見に同調していた。


「数日前の熱核兵器のデマも、兵站面での不安の表れともいえます。少しでも物資を島に上陸させて、可能な限り継戦できるようにしようという“足掻き”でしかなかったのかもしれません」

「何れにせよ、今はチャンスです。ほぼ奪還しきったことは確実であるため、ここで、多国籍軍の艦隊に“GOサイン”を出してもよろしいと考えます」


 君島をはじめとする周りの幹部たちの同調意見の前に、北郷も押し黙ってしまった。実際、自分の違和感は、特に強い根拠のない“妄想”の域を出ず、それを裏付けるような決定的な動機も、動きも見当たらない。自分が勝手に抱いた妄想に、味方を巻き込むこともできないかと思い直すと、真田も横から意見を述べる。


「宣言を出すなら早めのほうがいいでしょう。多国籍軍側の意向もあります。既に宮古島南方100海里地点に出張っており、こちらからのGOサインを待っています」

「彼らはやる気満々のようです。迅速に艦隊を黄海に送りたいとの要望が、既に統幕にも届いております」

「遅れを取り戻したいって話だろうな、主に日本おれたちのせいだが……」


 元々早めに艦隊を送りたかった多国籍軍だったが、熱核兵器のデマもあって奪還が遅れてしまったため、その割を食ってしまったのである。奪還の暁には、直ちに艦隊を宮古海峡に突入させることで手を打っていたため、多国籍軍も、今か今かと連絡を待っていることであろうと思われた。

 これ以上の後れは、日本に対する不信感にもつながる。政治的にも厄介な問題を残したくなかったのか、官邸からも最大限急ぐよう再三の要請が入っていた。それゆえ、裏があるかないかに関係なく、行けるのなら、すぐに行かせねばならないのが、今の自衛隊の立場だった。


「敵戦力損耗、全体の7割を突破。伊良部島、長浜の一部を除いて奪還完了」

「下地島、空港周辺包囲完了しました。ホエールの受け入れ準備完了」

「管理部制圧、繰り返す、管理部制圧の連絡あり!」


 一瞬ざわめきが起こる多目的室内。喜びの声だ。次々来る朗報が、北郷により楽観的な思考を促していく。

 順調すぎるほどの状況だが、もう勝利といっていいほどにまで来た。ここからの逆転攻勢など、どう考えても無理だ。彼らだってわかっているはずだし、そうなる前に手を打てるはずなのに、打たなかった。いや、打てなかったのか。何れにせよ、彼らの勝利は、もうないという考えで、北郷も結論付けた。


「(……しょうがない。行かせるか)」


 迷っていてもしょうがない。命令を出すべく目線を移す。そこには、『志波』JTF派遣調整官として来ていた若い幹部自衛官が、石のように背筋をぴんと伸ばして座っていた。


「宮古海峡周辺のゴーストの艦隊は?」

「完全なる壊滅を確認しました。日米の艦艇が現在警戒に当たっていますが、水上、水中共に敵性戦力は確認できず」

「君島連絡官、航空戦力の損害は?」

「軽微です。防空網に影響はありません。先ほど、嘉手納からも増援のCAPが上がりました」

「よし、わかった。志波調整官、横須賀に通信を――」


 そして、北郷は、自らにも「これで決定だ」と言い聞かせるように、はっきりとした声で言った。



「――巨岩は置かれた。繰り返す。巨岩は置かれた。多国籍軍の通峡を許可するッ」






≫PM13:55 東シナ海上空≪



 ――伊良部島・下地島の奪還宣言、そして、多国籍軍の通峡開始が通告されてから2時間半後。東シナ海の遥か上空には、1機の灰色の翼がこの時もゆったりと風に乗って飛んでいた。

 E-767は、朝早くから味方航空部隊の管制に当たっていたが、予想を裏切り、これっぽっちも敵航空機が飛来してこなかったことから、管制員たちは完全に“暇な時間”を過ごすことになってしまった。昨日までの激務などどこ吹く風。今日は一転して、比較的平和な時間が先ほどから続いていた。

 少し遠いところにある敵艦艇にF-2を差し向けてASM-3をお見舞いさせた時は少しだけ“盛り上がった”が、それも大体収まって以降は、CAPの部隊を入れ替えたり、定期的に海自艦船の位置が報告されたり、あとは連携する米軍の動きが連絡されたり……と、実に業務的な動きしかしていない。故に、


「(……平和だなぁ……)」


 そんなことまで羽浦は考え始めていた。言うまでもないが、感覚としては完全に麻痺している。今現在が有事であることに代わりはなく、地上は何だかんだいって激戦の最中、海上も慌しく、空の上も緊張の意図は途切れていないなど、決して平和とはいえない。だが、今までが今までであったためか、特に大きな動きがない今を、“平和”と誤認してしまっていた。自覚はしているのだが、どうしても、前日までと比較すると、どうも穏やかである感は否めないのだ。


「何も来ないじゃねえか……昨日までのあれはなんだったんだ?」

「ついに武装も燃料も底を尽きたんですかね?」

「だろうと思うが、あまりに唐突だなぁ……」

「ま、正規軍と縁切った反乱部隊の兵站なんてたかがしれてるけどなぁ……」


 そんな無駄話が各所から聞こえてくる。慌しい日々とは打って変わって、戦時だというのにそこまで極端に忙しくない時間は、妙に気だるげに感じるのは誰もが同じであろうか。それでも、取りまとめ役である重本だけは相変わらず忙しそうである。


「多国籍軍の場所は? 現在位置わかるか?」

「今宮古海峡に入りました。周辺警護ゾーンディフェンスの部隊が海峡内部の警戒に当たります」

「これから2時間弱かけて通過するからな。それまではしっかり見張れよ」


 と、一応の鼓舞をする重本。レーダー画面では、海自が送ってきた多国籍軍の位置情報が表示されている。『MNF-A CTF-170(アジア方面多国籍軍・第170合同任務部隊)』という識別コードで括られた艦艇群は、綺麗な艦隊陣形を取って、宮古海峡を北北西に進んでいた。その中心にいるのは、米空母『ジェラルド・R・フォード』に、『カール・ヴィンソン』、整備明けの訓練から呼び戻した『ジョージ・ワシントン』。そして、ロシアの空母『アドミラル・クズネツォフ』も、その中心の空母群の輪を形成している。米露空母が共に肩を並べるという、欧米産のエイリアン映画でなければまず見られないであろう光景が見られるとあって、メディアが相当賑わってもいた程に珍しい光景である。

 その周囲を多数の米露駆逐艦や巡洋艦、さらに周辺国からの有志の艦艇が固め、鉄壁の防御を形成していた。その周囲は、日米露多数の航空機で埋め尽くされている。ただ、宮古海峡を通過しきるまでは、艦隊はあまり艦載機を出すつもりがないらしく、出している艦載機は艦隊周辺のCAPに使う程度の比較的少数のものであった。敵が航空部隊を出してこないのと、そもそもとして周辺の防空は日本と在日米軍に任せる方針から、自らは戦力と弾薬、燃料の温存の策に出たわけである。


 ……そんな多国籍軍の艦隊だが、こうしてみるだけでも壮観なもの。互いに数km前後の距離を保って、輪形陣でもって空母を厳重に守りながら、堂々たる進撃を続けている。


「これだけの艦船が日本のすぐそばを通ってるたぁ、全然実感がないな」

「こんなに集まられちゃ、たとえ駆逐艦1隻でも沈もうものなら大騒ぎだぞ」

「だな~」


 羽浦の隣から、そんな興奮半分不安半分といった声が聞こえてくる。実際、これだけの大規模かつ多国籍な艦隊を護衛したことなどほとんどない。どれもこれでも最精鋭、ベテランな艦艇ばかり。ましてや、今回はロシアもいる。実戦の場で、西側と東側の機体が共に飛んでいる姿など、一生に数回見られるか見られないかぐらいの貴重な機会。そんな政治的にも軍事的にも珍しい場面を台無しにするような、そんな事態の原因には誰だってなりたくない。


「CTF-170、『カール・ヴィンソン』艦載機収容準備に入る。後続、『ジェラルド・R・フォード』より2個飛行隊フライトエアボーン」

「ロシア機どこ?」

「艦隊のすぐ上にいます。1個飛行隊フライト、Su-33とMiG-29Kです」

「通峡するとき間違えて撃つなよ。政治問題化確定だからな」

「撃ちませんよ。IFFコードはちゃんと承認させてますから」


 新代と管制員のそんなジョークもそこそこに、また少しだけ静かに、そして平穏な時間に戻る。

 通峡しきるまでに大体2時間弱かかるが、言ってしまえばそれまでの辛抱だ。それ以降は、艦隊も艦載機を大量に上げて、独自に艦隊防空をしつつ空爆の準備に入る。勿論、駆逐艦からの巡航ミサイル攻撃も予備プランとして用意している。通峡さえしてしまえば、ほとんど勝ったも同然だ。相手は米露プラスアルファの連合軍。これに勝てる相手など、この地球上には存在しないはずだ。エイリアンだって勝てないだろう。


「(結局、咲も今のところそこまで目立って動いてないっぽいしな……)」


 蒼波も、午前中に一度飛んで、自分が管制を担当した。だが、何時までたっても敵が来ないので、一旦別の隊に任せて帰ったのである。タイミングよく自分も昼休憩を挟んで、今また管制卓の前に座っている。

 このまま誰も来ないなら万々歳なのだが……しかし、恐らくそうはならないだろう。羽浦の脳裏には、やはり、彼とあの機体があった。


「(遼さんとJ-20……何時になったら来るんだ……)」


 今のところ、一度たりともこの空に上ってきていない。いや、ステルス機であるのでもしかしたらきているのかもしれないが、しかし、攻撃の様子が今のところ見受けられない以上、そもそも飛んできていないと考えるのが自然であろう。

 だが、今の今までまだ飛んできていないのは妙な話だ。昨日の彼の最後。あれは間違いなく、今日も飛んでくることを示唆するものだった。飛んでこないなら、「自分を落とすことはできない」などと高らかに宣言することはない。また飛んできて、そして、自分たちの目の前に現れることを念頭において、それでもなお、お前たちに自分は落とせない、と挑発して見せたのだ。


 そうでなくとも、まだ落とされてもいないあの機体を、この場面で使わないとは考えにくいが……。昨日の深夜、米軍のB-2が敵拠点を空爆したという話はあった。その時、滑走路を一部破壊したということも伝わっているため、それで飛べなくなったのだろうか。勿論、かの空爆はそれを念頭においてのものだったが、その結果がこれというのは、何とも締まらない話でもあろう。


 しかし、仮にそうだったとしても、それでもいいのかもしれない。彼の目論見が何なのかは分からないが、少なくとも、挫くことはできたはず。それで良しとしようと、彼の中で踏ん切りをつけていた。


「(どうか、このままでいればいいんだけどな……)」




「――シゲさんッ、韓国からです!」




 ――が、そんな“楽観論”など簡単に叶うはずもなく。韓国軍からの一報で、室内の空気は一気に引き締まった。


「ピースアイか?」

「はい。かなり大規模な航空部隊を捉えたと。南進しています」

「やはり来たか!」

「随分と遅いご登場だったじゃねえか……」


 待ちくたびれた、といったような声が各所から響く中、韓国軍からの報告が続く。敵航空部隊はかなりの大規模で、そのまま南進。主に戦闘機だが、それ以外も捉えたらしい。

 ……しかし、今回は少し妙だった。報告してきた内容が、“それだけ”だったのである。


「待て、それ以上は?」

「わかりません。途中でノイズがひどくなったと思ったら、突然無線が切れました。今コンタクトを試みていますが、反応が……」

「デモイセルは?」

「今確認取りました。向こうもコンタクトが取れないといっています」

「なんだ、無線でもやられたのか……?」


 首をかしげていぶかしむ重本。通話中に無線機器に不具合があった可能性は十分ありえるが、如何せん、通信できないのなら確認のしようがない。自衛隊が韓国と直接情報交換できる窓口は限られており、AWACS同士の通信も、米軍が気を利かせて臨時で作ってもらったに過ぎない代物である。予備があるわけでもないので、通話できなくなればそれまでだった。


「とにかく韓国軍とコンタクトを取れ。最後に確認された部隊の位置は伝えられたか?」

「いえ、それの直前に切れました。ですが、間もなくこっちのレーダーにも入るとのことです。あと、妙に切迫した声だったのが妙で……」

「切迫? それはいつものことじゃ――」


 その重本の声に被せるように、百瀬の透き通るような美声が響いた。


「アンノウンコンタクト! 方位――」


 敵を探知し、その位置情報を伝えようとした時、



「――ヒィッ! な、なにこれ……ッ!?」



 いきなり、彼女の声が詰まった。おどろおどろしいお化けでもみたような、そんな声を出した彼女のほうを見ると、目の前にあるレーダー画面を見ながら小さく震えていた。口元はわずかにガクブルと揺れ、目はいつもより見開いて、自分の見ているものが真実かどうか確かめようと、必死に眼球を上下左右に動かしていた。異常な様子に気づいた重本が、すぐに百瀬を呼び出す。


「どうした? 何が見える?」

「あ……、あ、アンノウン、多数……」

「多数じゃかわらんッ、正確な数を教えてくれ。範囲指定すれば数がすぐに割り出されるはずだ。どうだ?」

「え、えっと……」


 しかし、羽浦の視界からは見えなかったが、彼女の指先はひどく震えていた。マウスでドラックしながら範囲指定するだけでも数秒を要した。そして、コンピューターが弾き出した数を見た百瀬は、自分の目で見たものを間違いないことを確信して、口元を押さえながら少しだけ涙目になった。


「なんで……なんでこんなに……ッ」


 だが、同じ光景を目にしたのは彼女だけではない。彼女の後を追って、レーダー画面を少し操作した管制員は、一様に言葉を失った。


「おいおい、マジかよ……」

「冗談じゃねえぞ、どこにこんな数の機体を……」

「これを全部追い返せってのか……?」


 何が起こったんだ? 不安にかられた羽浦も、すぐにレーダーの倍率を少し広げて、より北側も見えるようにした。敵の航空部隊が自分のレーダー画面にも映り、そして、全てが画面内に表示された時、


「なぁッ……!?」


 百瀬らが言葉を失った理由を理解した。重本も、遅ればせながらその画面を確認し、やはり、自らの目を疑っている。


「バカな、なぜこんな大量に……ッ!」


 右上に表示されている、敵航空部隊の数。通常ではありえない、出てこようがない数字が表示されていた。新代が、驚きのあまりその数字を口にしてしまう。



「――は、“83”機……ッ!?」



 言葉を失うのは当然だ。むしろ、このような数字を出されて、どんな言葉を出せというのか。語彙力がどれだけ豊富な人間であろうと、出せる言葉など一つだけだ。


「なんで、こんな大量の機体持ってんだよ!」


 一人の管制員が、代表するようにそう叫んだ。昨日、36機ものミグ戦闘機を引き連れてきたJ-20を中心とした航空部隊を、自分は「多すぎ」と評したのを羽浦はしっかり記憶している。あれでも、現代の航空戦の世界では十分多い部類である。

 だが、今回は昨日の比ではない。“倍増し”である。昨日の倍。それだけの航空機を、一気に南下させてきたのである。先ほどまでの比較的平穏な時間から反転、今度は戦々恐々とした地獄へと叩き落される。


「そんなアホな話あるか! 今西暦何年だと思ってんだ!」

「まさか、ピースアイから連絡が消えたのって、これのせいかッ?」

「昨日B-2が滑走路潰したって話じゃなかったのかよ!? 予備から飛んできたのか!?」

「んにしたってこんな数どこに隠し持ってたんだ! 地下に厳重に押し込んでたとでもいうのか!?」

「これじゃ、BVRしたって数をどこまで減らせるか……ッ」


 口々に恐怖する管制員たちを重本が宥める中、とにかく必要な指示を出し始める。


「敵の針路はッ?」

「そのまま南に向かっています。宮古海峡です!」

「間違いなく多国籍軍です。大体の位置もわかっているはずです」

「ETA割り出せ! どれくらいでつく!」

「計算……出ました! 部隊速度マック0.71、距離約400海里マイル弱、単純計算で――」



「――あと、“35分”ですッ!」



 35分!? 83機を35分で追い返せって言うのか!? あまりに時間がなさ過ぎる!

 一気にてんやわんやの大騒ぎになる室内で、更なる指示、というなの、“怒号”が飛び交った。


「南西SOCに通達! 那覇基地と多国籍軍にスクランブル要請! 上がれる奴はすべて上げさせろ!」

「全部迎撃ですか!」

「あぁ、そうだ! 時間がない! 上がった奴は全部要撃に回せ!」

「ええ、そっちにも映ったでしょう!? 83機ですよ、83機! とにかくそっちも上げられるだけ上げさせてください! 嘉手納は勿論、多国籍軍にもです! F/A-18Eライノを直ちに上げられるだけ上げてください!――」


 無線に手をかけるものたちはほぼ一様に、どこかの誰かに向けて怒鳴り声とも寸分違わない声を発している。気がつけば羽浦も、手持ちにいる部隊に指示を出し、迎撃の準備を整えていく。

 少しして、那覇基地から次々と戦闘機が上がってくる。方向は全て一緒。S7Rを初めとする宮古海峡北方の各空域。羽浦含む兵器管制官らは、一気に増えたその仕事を一先ずは段取りよくこなしていく。


 そして、当然、彼女も上がってきた。


「……ッ! きたッ」


 バザード0のコールサインで飛んできた4機は、例のあの4機。309のエース部隊。彼らの持ち場は、当然、S7R。そこは、羽浦の持ち場でもある場所だ。


「(こんな激戦の最中……大丈夫だろうな……)」


 そんな心配をしていたが、この時は同時に、一つの安心感もあった。あの4機なら生きて帰られるだろうという、奇妙な楽観である。特に、蒼波が落ちるという未来を、羽浦はあまり頭に思い描かなくなっていた。最初の頃はしきりに思い描いていた、最悪の未来。それが何時しか、中々思い描けなくなっていたのだ。


 これが、“信頼”というものなのか――そう考えながら、無線から届いてきたのは、隊長の声だった。


『AMATERASU, this is BUZZARD 0-1. We're under your control.』


 普段と同じような声の中に、小さな緊張が混じっているのを羽浦は鋭く悟った。小さく唾を飲み込んで、さらに、気持ちを落ち着かせるように、深くため息を吐く。意を決したような、恨めしさを込めたような目線を、画面向かって上にある敵航空部隊のブリップ群に向けながら、バザード0の4つのブリップに目を移して、無線スイッチを入れた。




「BUZZARD 0-1, this is AMATWRASU. ……“決戦”の時間だ」


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