9-8
――室内は完全に静まり返っていた。神野が雄弁に自らの目的や理想論を語っている間、信じられないといった表情を浮かべながら、ただただ固まっていた。
そして、“恐怖”していた。彼のどす黒さに。
これほどの偽善を、清々しいまでに誇らしげに語る姿を想像した彼らは、その一途さに怒りという感情を抱かなかった。いや、“抱けなかった”。怒ってどうこうできる相手ではない。もはや、それが正義であると信じきっている。言ってしまえば、たちの悪い純粋な子供の如き状態だ。
「こえぇ……」
「アイツ、本気で言ってんのか……?」
「呆れた物言いだ、これでよく自衛官になれたもんだ……」
誰もが戦々恐々とする。重本も、なんとコメントすればよいか分からずため息をつきながら頭をかくだけだった。
こうなるともう、何を言っても聞きやしないだろう。ミグはほとんど落としたので、後は先ほど呼んだ援軍の到着を待ってJ-20を牽制しながら逃げさせよう。そうした今後を組み立て始めていた。
――だが、
『そういわれましても、騙されるほうが悪いでしょう。こんな“トラップ”に』
この一言。神野から冷徹に放たれた、たった一言に、
「――騙されるほうが悪い、だと……ッ?」
一人の男が、“ブチ切れ”た。
「……ッ、えッ?」
隣にいた管制官が、その歪な破壊音に気づいて顔を左側に向けた時には、彼の卓にあったプラスチック製のマウスは、“粉々に”なっていた。ケーブル付きの市販でも売ってるものの流用で、少し古い機種ではあるが、そうそう簡単に壊れるような代物ではないはずだった。だが、そのマウスは今、内部基盤をむき出しにし、カバー諸共複数の残骸に姿を変えている。
そしてそのマウスは、その変わり果てた姿になる原因を作った、彼の右手の中にあった。その手は振るえ、顔を見れば、娘を目の前で撲殺された父親の如き般若の形相を浮かべていた。
「……え」
全員が唖然とし、そして、この後起こる未来をすぐに悟った。これはマズイ。すぐに重本が抑えようとしたが、時既に遅かった。気がつけば、乱暴に無線のスイッチを入れなおし、マイクに向って叫んでいた。
「テメェもういっぺん言ってみろ! 今なんつったんだゴラァッ!?」
オペレーションルームどころか、廊下を通って隣の休憩室にすら届いてしまうほどの大音声。その大激怒の声の主はもう言うまでもない。幼馴染の若き恋心に応えるように、数年にわたって付き合ってきた今までが、全て演技でしかなかった。そして、それに、自分も何も疑いの目を向けることなく応援していた。この事実を受け入れられる余地は、今の彼の心にはなかったのである。
「待て、羽浦! やめろ! 落ち着けって!」
「聞こえねぇのか!? オメェ今なんつったんだ! 一人の女性の恋心弄んどいてその言い草はなんだこの野郎ァ!!」
「おいおい、待てって! 抑えろ抑えろ!」
「松野! お前も抑えろ! 早く!」
重本と新代が止めにかかるも、怒りで頭が沸騰した羽浦を止めるには至れない。卓から引き剥がそうとしても中々退かず、無線機のスイッチは死守する構え。あまりの変貌振りに腰を抜かした周りの面々も、直ぐ近くにいた何人かは羽浦を物理的に止めにかかった。
『フフ……そう怒鳴らないでくださいよ、貴方も』
だが、そんな喧騒などどこ吹く風と、神野はまるで挑発するように穏やかな口調で宥めにかかった。当然、この物言いが羽浦を落ち着かせるわけがない。周囲の制止を物理的に振り切って、羽浦は感情任せに神野に怒鳴った。
「怒鳴るなだぁ? アイツがお前のことどれだけ心配してたと思ってんだ! 精神的に参ってすらいたんだぞ! お前のことをどれだけ好きでいたのか知らねえとはいわせねえからな!?」
『そう熱くならないでください。悪かったとは思っていますから』
「悪かったで済むかクソッタレがァ! オメェがアイツにやったことがどれだけ非道で鬼畜でゴミクズじみたことなのかわかってんのかって言ってんだ! こんなにもふざけた戦争のためにテメェはアイツの優しさを盾にしたばかりか堂々と踏みにじりやがってェ!!」
『目的のために協力してもらっただけですよ。彼女に怪我を負わせたわけじゃありません』
「バカ言ってんじゃねえや! 体は傷つかなくても心は思いっきし傷ついてるわ! テメェの偽善のために、どれだけの人が傷ついたと思ってやがる! 死んだ人だっている! 誰かを守ろうとして、命を投げ捨てた奴だっている! 全てはテメェの“偽善”のせいでだ!」
羽浦の目には、小さく涙すら浮かんでいた。羽浦の脳裏には、この戦争によって命を起こした“殉職者”たちの姿が思い浮かばれていた。開戦初期から今まで、多くの人間が既に亡くなった。そして、交戦禁止の命令によって、スパークを守ろうと必死に盾になった、ベア4の面々のあの声――。
それらがフラッシュバックするように脳裏に浮かんだ次の瞬間には、羽浦は無線越しに神野に向けて怒鳴っていた。こんなくだらない“正義”のために、彼らは死んでいったのかと。同時に、昨日、会議室で言われた、あの一言が、脳内を反芻していた。
“――この国の現実に絶望した人間が、あえて自衛官になってこの計画に参加した、というところだろう。よくいる勘違いしたバカ野郎だ”
“犯罪者っていうのは表には本性を出さないもんなんだよ”
……今なら、谷濱司令の言っていたこの言葉にも同意できる気がした。貴方は正しかった。彼は、見てくれは優等生ぶっていたが、その実態は、ただの“ゲス野郎”でしかなかった。しかも、そのせいで、多くの人間が犠牲になった。
羽浦は許せなかった。“こんな男”のせいで、ここまで死人が出たのかと。こんな男の指導によって、死ぬ必要の無い、死ぬべきではない人間まで死んでしまったのかと。
「(こんな仕打ち……あってたまるかよ……ッ!!)」
彼の手は震えていた。最早、怒りに燃え、今にも体全体から炎を纏いそうな彼を止めるものはもういない。触っただけで火傷しそうなぐらいに燃え上がった彼を触るのは、火中の“人”を触るのと同じことである。だが、それでも神野は冷静だ。無線から聞こえてくる彼の声は、羽浦とは打って変わって、冷えた水のように透き通っている。
『……まだまだ青いですね、貴方も』
「ぁあ?」
『貴方みたいに純粋だった時は僕にもありました。真面目に、何かを守って、何かを成し遂げようと考えていた時代はあったんです。正直、あのときの僕は幸せ者だったかもしれません』
「だからなんだッ? 今更回想モードに入ったって言うことはかわらねえぞクソ野郎ァ」
『フフ、そう熱くならずに……』
羽浦のその声をひらりひらりとかわす声からは、したり顔な神野の顔が浮かばれるようだった。だが、次に聞こえてきた時は、もう少しだけ暗い、闇を交えたものになっていた。
『……僕は変えねばなりません。この国を。かつてのミッドウェーでの歴史的大敗も一つの転換となったはずですし、そこからの太平洋戦争後のGHPの占領政策のような、インパクトのある改革はまさに理想ともいえます。今の日本に必要なのはそのような外圧と、それを実行できる力が必要です。それには、この旧態依然とした国を、ただただ理由も考えず無意識に守るだけの存在となった自衛隊ではダメなんですよ』
「それは俺たち自衛官が勝手に考えることじゃないだろッ。国民一人ひとりが考えて結論を出すことだ!」
『だからダメなんですよ。それこそ、思考を停止させてしまった者たちの勝手な責任放棄でしかありません。我々は、変える力があります。日本人は変化を嫌う民族ですが、僕は違います。変えたくても変えられない者たちに代わって、僕たちが、変えるんです。それこそが、僕にとっての国民の負託にこたえるということ。そして、進化の、原動力となる』
詭弁だ。変わろうとする人たちの代わりを担ったところで、それが変わろうとする人たちの望んだ変化を提供できるとは限らない。『変化』とは、一人ひとりの人間が団結して実行するものであり、第三者が横から手を出して好き勝手するための大義名分であってはならない。進化だって同様だ。
こんな詭弁のために、多くの同胞が命を落としてった事実にもかかわらず、彼は、そうした者たちの犠牲は、小さな虫が脱皮をする際に捨てる抜け殻程度にしか思っていないらしい。一つの変化に伴う犠牲という意味では同じだが、それは、抜け殻なんかと比べていいものではないのは自明の理であるはずだった。
――羽浦は、怒りに震えていた。噴火寸前の火山のように、小刻みに震えながら、その涙を浮かべた目を、未だにJ-20の姿を表示しないレーダー画面に向けていた。
……その時、『まや』のアイコンから、複数の小型物体が分離した。
「シニア、『まや』、SM-3発射。計8発。正常に飛行中」
弾道ミサイルの迎撃が始まった。ミッドコース中の最適な迎撃エリアに入った火星13に対し、1発につき2発のSM-3ブロックIIAを発射。天高く舞い上がった8発の白い矢は、4発の火星13に向けて一直線に突進していく。
すると、今度は近藤が無線を飛ばしてきた。「J-20が引き上げていくぞ!」。
「撤退だと?」
『北に向かってる。逃げる気か!?』
『こっちは長旅してるんです。そう長く飛ぶつもりは無いですよ。迎撃阻止はかないませんでしたが、まあ、僕たちの真の目的はこれではないですし、今日はこの辺で』
『貴様……ッ!』
勝負そのものには負けたというのに、どこか余裕な口ぶりの神野に、近藤も悔しさをにじませていた。
勝った気がしない。彼はまだ、何かを隠している。まだ、何か策を持っている。その予感は誰もが抱くところだが、直ぐにその答えが出るわけも無かった。
『じゃ、そろそろ切りますね。長電話はしないタイプですので』
「待てッ」
直ぐに羽浦が止めてきた。周波数はまだつながっている。『どうしました?』と返してきた神野に対し、先ほどまで感情的ではないが、代わりに、ひどく暗く、威圧のこもった声を投げる。
「……“お前”が何を企んでるかはわからない。だが、たとえ何をしようとしても――」
「――俺たちは、絶対にお前を止める。何としてでもだ」
一つの決意でもあった。もう、神野を親しき友人と思うことはないだろう。容赦はしない。ここまでの非道っぷりを見せ付けられ、黙っていられるわけがなかった。だが、神野は相変わらず飄々とした口ぶりで返す。
『フフ、無理な約束はしないことです』
「言い切れるのか?」
『貴方は指示を出す人間です。私を探し当てなければ何の役にも立たない。今もそうだったでしょう』
「ッ……」
『それに、たとえ見つけても、今の僕を落とすことができる人はいませんよ。咲ちゃんも、落とさなかったでしょ?』
「ッ!」
咲という言葉に反応し、羽浦は、先ほどまでの蒼波の機動を思い出す。神野の乗っているJ-20を執拗に追いかけ、ミサイルでロックするまでに至ったが、中々撃たなかった。その間に、MiG-29が後ろから急接近し、危うく撃墜されそうになった。羽浦が何度も呼び出していた甲斐もあって、間一髪回避できていた。最初は、てっきりロックはしたがうまくミサイルが放たれなかったのだと思っていたが、あれがもし、撃つことを躊躇していたとしたら……。
果たして、その予測は的中する。神野は見抜いていた。決して機材トラブルがあったわけでもなく、撃つことを躊躇していただけだったのだと。
『君に僕は落とせないよ。その心を捨てない限り、僕に機銃弾一発撃つことはできない。……咲ちゃんは、優しいからね』
妙に勝ち誇るようなその口ぶりに、蒼波も我慢なら無かったのだろう。暗くこもったような、しかし羽浦と同じように気迫のこもった声で、
『……二度とその名前で呼ばないで……』
女性が出したとは思えないぐらい、威圧を感じる低音がスピーカーから聞こえる。その言葉に込めた思いはいかほどか、想像に難しくは無い。羽浦には、その言葉を捻り出す蒼波の表情も思い浮かばれていた。間違いなく、羽浦自身もほとんど見たことがないだろう、鬼の形相となっているに違いないと、羽浦はその思いをひそかに共有させた。
『フフ、女性を怒らせると怖いというのは本当みたいだね』
『クッ……!』
『まあ、君で落とせないなら多分他の人たちでも落とせないよ。同じ72期で一緒にトップにいたし、僕たちを落とせるのは僕たちだけだって言われてる。でも、僕のほうが常に上。今の君に、僕は落とせない』
『ッッ……!!』
蒼波は何も言い返さなかった。いや、返せなかった、というべきか。何れにせよ、落とさなかったのは事実なのである。今の蒼波には、彼の言葉に反発するための言葉を持っていなかった。
そして、『では、そろそろ』と、無線を切る直前。別れ際に神野は、一言残していった。
『……風神は雷神には勝てない。基本的に風神は負け犬だよ。日本神話のタケミナカタがそうだったようにね』
今の蒼波にとって、これほど屈辱的な言葉があっただろうか。蒼波も、羽浦も、これに対して反論することもできず、彼は一方的に無線を切ってしまった。急遽予備で入ってきたE-2Dから、J-20が北進をしていることが伝えられると、現在空に上がっている部隊は一旦基地に戻る指示が南西SOCから下された。
「……、ッ!」
無線が切られた後、羽浦は持っていた粉々のマウス“だった”残骸を、感情任せに卓にぶちまけた。再び室内を支配する気まずい静寂。そして、悔しさのあまり、再び静かに涙を流し始める羽浦。誰も、彼に声をかけることはできない。近寄りがたい、そんな空気を出していた。
しかし、重本は違った。どこか思いつめた表情を浮かべながらも、羽浦の隣に立つ。
「……この後は別の担当に引き継ぐ。今日はもう休め」
「……」
「羽浦」
「……、はい」
重本から諭され、羽浦はゆっくりとした足取りで席をはずす。後方の休憩室に向おうとした途中で、羽浦はふと足を止めて、振り返ることなく重本に問うた。
「……シゲさん」
「ん?」
「……彼は、明日も来ますか。この空に?」
「……来るだろうな。間違いなく」
厳しい表情を浮かべる重本だったが、現実を伝えた。このままでは落とせないことは彼も重々承知している。だからこそ、明日も来る。だが羽浦は、両手のこぶしを強く握り締め、重本のほうを振り返って言った。
「……彼は、怒らせちゃならないやつを、最悪の形で怒らせた……。仮初めとはいえ、自分の恋人を、一人の女性を……、俺の、大事な友人を……ッ!」
「気持ちはよく分かる。皆、同じ気持ちだ」
「こんな……こんな仕打ちがあっていいんですか……ッ!」
「羽浦……」
羽浦の目には、いつの間にか大粒の涙が浮かんでいた。その悔しさ、屈辱感がどれほど大きいものだったのか。今となっては、この室内にいる誰もが共有するものだった。だからこそ、管制員としては本来禁忌である、先ほどまでの羽浦の絶叫を、誰も責め立てていないのである。
重本は羽浦の前に寄り立ち、肩に手を乗せて、諭すように言った。
「……彼はとんでもない過ちを犯した。その罪は絶対に償ってもらう。それが、彼の死を意味するとしてでもだ。女神様を怒らせた結果を、彼に教えねばならない」
「女神だけじゃありません……」
「え?」
「……俺の自慢の、心優しき“風神”もです……ッ!」
そう一言残すと、羽浦は涙をぬぐいながら、早足でこの場を後にした。微妙な空気となり、静寂が室内に蔓延しつつも、重本が、空気を切り替えさせるように矢継ぎ早に指示を出していく。任務はまだ終わっていない。もうしばらくこの空に留まる彼らに、休みの時間はあまり無いのだ。
「羽浦三尉って、あんなにブチギレたりするんですね……」
「ああ。俺も始めてみた」
「相当悔しかったんだろな。ま、無理もないが」
「後で会議でもするか。美人パイロットを弄んだクソ野郎をどうやって料理してやるか」
「今ここに日本刀あったら、今すぐにでも八つ裂きにしてやるんだがなぁ……」
そんな周囲の会話も、少しすると各部隊や地上とのやり取りの声に変わっていく。室内は普段どおりの仕事の空気になりつつあった。
――その室内で、一人、羽浦がオペレーションルームを後にするときに通った出入り口を、
寂しげに見据える女性が、一人だけいた……。
――結局、弾道ミサイルは無事撃墜された。
4発の火星13は、射程ギリギリで撃たれた8発のSM-3ブロックIIAにより全て成層圏で破壊され、破片が陸地に落ちることも無かった。護衛艦『まや』の初の実戦にして、テストなしのぶっつけ本番の迎撃任務は、無事成功裏に終わったのである。E-767の面々も、迎撃に当たった戦闘機部隊も、無事に帰還した。
一安心した面々だったが、その内心は緊張していた。明日の早朝。いよいよ奪還作戦の火蓋が切って落とされる。準備はほぼ終わっている。官邸からのGOサインさえあれば、直ぐにでも出撃できる体制を整えつつあった。太平洋で待機している米露空母部隊を中心とした多国籍軍の艦隊は、今か今かと宮古海峡突破の時を待っている。
奪還に向けての、機運は高まりつつあった――。
――しかし、その一方で、影を見せる者もいる。
任務から帰ってきた羽浦たちは、デブリーフィングで明日の作戦に向けての日程を確認した後、各班ごとの調整会議を経て、夕食と休息の時間を得た。食べ終わった管制員たちは、我先にと休憩所に置かれたテレビや、自室などでワンセグテレビをつける等して時間を過ごし始める。
近いうちに奪還作戦を開始することは既に一般でも知られている。だが、当然ながら詳細は機密のベールの中。ちょうど明日、それが実行に移されることも知らない。相変わらず特番を組んでの対応となっている各メディアだが、管制員たちも、それを見ながら息を呑んだ。
「ついに明日か……」
「妙に長かったような気がするぜ。まだ1週間しか経ってないのに」
「“もう”一週間、ってところだろ。いらなく充実しすぎているがな」
「絶対に明日で終わらせないと……嫁が待ってんだ……」
「バカ野郎、今のうちにフラグ立ててどうすんだ」
そんな強張った彼らの会話が随所から聞こえてくる。機は熟したとはいえ、自覚すればするほど緊張するものだ。まだ若い者ほど、その様子は顕著に現れていた。運動はほとんどしていないのに、額から汗を浮かべている者も少なからずいる。
――その横で、
「羽浦さん、ちょっと」
「?」
二人は、その集団から外れて、人気の無い場所に足を進めていた……。
「どうしたんです? 急に呼び出して」
基地内にある、ほとんど人も通らない閑散とした通路。蛍光灯が薄暗くあたりを照らす中、妙に深刻そうな表情を浮かべた百瀬が、意を決したように羽浦に問いただした。
「そろそろ話してください」
「何がです?」
「とぼけないでください。この面子で、この場所で、話せといわれた内容は大体想像がつくはずです」
「ッ……」
うまいこととぼけようとしたが、無駄だった。羽浦は言葉に詰まるが、百瀬は逆に詰め寄るように言った。
「今日の羽浦さん変ですよ。確かに彼の裏切りは人として最低のものですし、怒りは当然のものです。でも、あまりに過剰すぎます。“あんなに泣くほど”なんですか?」
「それは、あまりに悔しかったからで……」
「羽浦さんの言う幼馴染が、一般的に言う幼馴染と同じなら、何もそこまで感情的になることはないはずです。普段の羽浦さんなら、ああいう時は嫌味の一つや二つ言い返すぐらいの余裕がありました。でも、さっきのはこれっぽっちも余裕が無い」
「いや、ですが……」
なおも食い下がろうとする羽浦だったが、時間も余りかけたくなかった。人に見られる可能性はあるし、まだ話に付き合ってくれている羽浦の気が変わってしまうかもしれない。百瀬はさっさと結論を言った。
「私も、あまり他人の関係に出しゃばるのは好ましくないことは重々承知しています。ですが、もう見てられないんです」
「……」
「明日の作戦も控えています。今のような不安定な精神状態で明日を迎えるのは避けたいはずです。……一応、これでも人妻です。異性間の経験であれば何か協力できるかもしれません。話していただけませんか? お二人に、何かあったんですか?」
百瀬の献身的なまでの気遣いを見た羽浦は、何とも肩身の狭い思いを感じていた。
誰かに話すほどでもないとは思っていた。だが、話していなかったがために、それが原因で起きた自らの行動で、周りが迷惑を被ってしまうのは、羽浦としても望むことではない。百瀬は、自分でそれに気づいて問いただしてきた。それが、いやに深い事情があるらしいことも理解した上で。
……しょうがない。ここでごまかすのも不可能だろう。羽浦は、近くにあった小さなベンチに腰掛けながら、肩でため息をついた。
「……咲のことは、どれだけ知ってましたっけ?」
「えっと……、小学校からの幼馴染で、初恋の人で、失恋の相手で……て、感じですけど……」
「あー、やっぱり大雑把にしかわからないか……」
尤も、実際ほとんど誰かに話したことが無いので当然ともいえよう。少しだけ長くなるといって、百瀬も隣に座らせながら、羽浦は語り始めた。
「……自覚はしてるつもりです。アイツのことになると、妙に熱くなるというか、感情的になるというか……。気にかけすぎる、ともいえますけど」
「それだけ、大切な方なんですね」
「ええ。一応、異性の友人は何人かいますが、アイツは特別です。小学校で出会ってからずっと、暇な時はいつも一緒だった。まあ、普通の出会い方じゃなかったですけどね」
「ドラマチックだったんですか?」
「ハハ……、ま、確かに――」
「――今思い出してみると、そうかもしれませんね……」
過去を懐かしむような、そんな優しい微笑を浮かべながら、羽浦は昔話を始めた……




