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≫海上自衛隊護衛艦『まや』 CIC≪
――その『まや』。数年前に就役したばかりの最新鋭イージス艦『まや型』の一番艦。あたご型と似通った外観からはわからないような、最新の戦闘システムを搭載した次世代イージス艦として誕生した本艦は、技量向上のための訓練を終えたばかりという時期に、この戦争に巻き込まれていた。戦闘訓練そのものは何度となくやってきたとはいえ、当然ながら実戦は初。他のイージス艦の勤務経験者で大半の乗員は埋めたものの、皆、その顔はひどく緊張していた。
艦橋内にあるCIC。他の一般的なイージス艦とは違い、座席ごとに3面の共通表示装置モニターが設置され、一見すると、誰が何の担当なのかわからない外観となっている。違いは内部にあるソフトウェアぐらいで、一部のコンソールが使えなくなっても、他のコンソールで肩代わりすることで任務を継続できるという冗長性を確保しているのが特徴である。
そのうちの前方中央の席――艦長席には、『衣笠』が腕を組んで、静かに目の前のモニターを見つめていた。表示されている弾道ミサイルの予測軌道コースの計算結果を見ながら、しわの入り始めた額から小さな汗を滴らせる。
「――やはり、我々に担当が来たか」
「北方に位置しているBL9相当の艦は、本艦しかいません。皆、太平洋側、日本海側にスタンバイしていましたから」
隣の座席にいた砲雷撃長兼TAO『大橋』がそう告げると、小さく唸り声を出しながら、衣笠はメガネの位置を中指で直した。レンズは、目の前にあるモニターの画面を映し出し、不気味に反射している。
「第5次計算結果によれば、到達高度は1850kmほど。明らかにロフテッドです。位置関係から見ても、撃てるのは本艦だけだと」
「ベースライン9搭載艦は、ほとんどが太平洋に行ってしまっているからな……」
「現在、太平洋上にいる対応可能艦は、本艦と『ジェイソン・クリフォード』のみでしたが、クリフォードは宮古海峡警戒のためギリギリ射撃範囲外になります。他の海自イージス艦はこんごう型ですし……」
「『あしがら』は整備中、『あたご』は佐世保で弾薬補給中で動けない……。こうも都合のいい話があるもんかね」
衣笠は、小さく呆れたようにため息をついた。BMD任務についているイージス艦は、日本だけでも5隻いるが、うち3隻はこんごう型で、ここまでの高度の弾道ミサイルを撃墜する能力はなく、さらに、残り2隻も位置が悪く、片割れの『まや』が唯一ギリギリ範囲内に入っていたのみ。米イージス艦を頼みの綱にしようにも、彼らもやはり太平洋側に撃つと踏んで艦を配備していたので、中国に向けて西に向かうミサイルを迎撃できる位置に、誰も置いていなかった。明日の多国籍軍の黄海進出に備えた艦隊編成のため、東シナ海の警備は海自に一任していたのである。
唯一、一番東シナ海に近いところにいた『ジェイソン・クリフォード』も、大橋の言うとおりギリギリ範囲外におり、満足な迎撃を行うことができる場所にいなかった。他にもイージス艦はいたが、ベースライン9Cを搭載しておらず、ロフテッド軌道に対応できない。
――つまり、中国のBMDが機能するかわからない現段階においては、この『まや』のみが頼みの綱なのである。その責任の重さは、プレッシャーという形で彼らにのしかかった。
「AWACSや横須賀からの報告が正しいなら、目標は湖北省西部にある二つのダム……。これが破壊されたら……」
「大きな洪水被害が出る。彼らも考えたな。直接狙わず、全く別の場所を破壊して、あとは自然の猛威に任せるとは」
「核が搭載されていれば、間違いなく膨大な被害が出ます。本艦はまだ発射試験をやっていないのですが、ぶっつけ本番で大丈夫でしょうか……」
大橋は不安げな表情を浮かべた。そもそも、就役したばかりの本艦だが、まだミサイルの射撃はほとんど行っていない。SM-3ブロックIIAの性能試験ついでに、来月ハワイでの日米合同演習がてら発射試験を行う予定だったのだ。一応、実弾はちゃんと積んでいるが、来月の試験に備えて今のうちから乗せていただけに過ぎず、今このタイミングで撃つ想定などこれっぽっちもしてなかったのである。
さらに言ってしまえば、そもそも『まや』はBMD任務を請け負う予定すらなく、弾薬補給のために佐世保に戻っている『あたご』の代役で来ていただけだったのだ。弾道ミサイルを撃つといっても、予想される軌道から、『まや』に発射の役回りは来ない。誰もがそう考えていた。
……が、現実というのはかくも厳しいものだった。テスト一切なしのぶっつけ本番。勿論、出来立てほやほやの艦なので、性能はお墨付きであるのだが、それがその通りに動いてくれるのか。不安に思っていたのは大橋だけではない。CICの乗員らの不安げな表情の理由の半分ぐらいは、これで占められていた。
しかし、冷や汗をかきつつも、衣笠は至って冷静に答えた。
「そうは言っても始まらん。他に撃てる奴がいないんだ。やるしかないだろう」
「しかし、もし迎撃に失敗したら……」
「……その時は、大量の無垢の民が死ぬだけだ」
冷徹に告げられた未来に、大橋は言葉を失った。あまりに責任が重過ぎる。自分たちに、膨大な数の中国国民の命が預けられるなど……。イージス艦にあこがれて約20年。念願の夢がかなったと思ったら、ここまで大きなプレッシャーを背負うことになろうとは。重石を乗せられたように自然と肩が落ちてしまう大橋だが、その横から、小さく微笑みながら衣笠は声をかけた。
「そう気落ちするな。なるようになると思うしかない。この艦は優秀だ。『まや』を信じろ」
「は、はい……」
「艦長より対空指揮官。追尾状況はどうか?」
打って変わって室内通話モードにして、ヘッドセットのマイクに声を投げる。答えたのは、少しだけ離れた席で弾道ミサイル迎撃を指揮していた対空戦分掌指揮官だった。
『追尾は順調です。SPY-1レーダー送信プロセスはグリーン表示。問題なく目標を追跡中。第6次計算結果の通りのコースを飛んでいます』
「SM-3発射まで後どれくらいだ?」
『現在のコースと飛翔条件を維持した場合、現在時刻からあと――』
『――10分26秒です』
「長い10分間になるな……」
絞るような声を衣笠はこぼす。攻撃範囲ギリギリにいたこともあり、射撃チャンスも限られていた。基本的に、イージス艦のSM-3は中間飛翔段階を狙って攻撃するが、一番の理想は、飛翔速度が一番遅くなる“弾道軌道の頂点”にきたタイミングで迎撃することである。幸いにして、そのタイミングで迎撃することは可能となりそうではあるが、そこを逃せば、もう降下を始め加速してしまうので、二度と迎撃のチャンスはない。撃つチャンスは一度きり。しかも、テストもしたことがないというぶっつけの本番。そこに至るまでの時間としての10分間は、体感的にはとても長くなりそうだった。
「艦長。AWACSからです」
「なんだ?」
「米軍が構築した防空ラインが突破されたとの連絡あり。現在空自が構築した後方防空ラインに接近中」
「やはり、耐えられなかったか」
船務長からの報告に対して衣笠が眉間のしわを増やす隣から、大橋も気まずそうな顔をしながらいった。
「敵の北朝鮮陣営、完全に力押しですね。ミグシリーズ勢ぞろいですよ」
「今までの極東革命軍のやり方とは思えない。捨て身はまだしも、ここまで膨大な数を一気に投入するなど……」
「副長、空自だけでいけますか?」
「いえ、向こうから対空攻撃支援の要請が入っています。BVRが始まるまでの2分間だけ。あとは自分たちでやると」
「2分間……」
衣笠は目の前にある大きなモニターを見た。自艦を中心にして表示されたモニターの北方には、空自戦闘機が集まり始めており、さらにその先には、米軍機の迎撃をかいくぐった敵戦闘機が進出してきていた。まだ約20機程度は残っている。その全てがMiG-23とMiG-29。旧式ではあるが、空自がかき集めたF-15Jは頑張っても12機まで。数的不利だ。せめて、接敵までに数を減らしたい。
「護衛艦『ゆうだち』、対空射撃開始」
「空自だけでは落としきれません。艦長」
「IAMDの真価を見せる時か……。よかろう。対空戦闘。目標を確認しろ」
弾道ミサイルを追跡しながら、通常の対空戦闘も実施する。IAMDの能力を得た『まや』だからこそできる器用な業であり、SPY-1はそのレーダー波を敵機にも向ける。
「グループアルファ、針路そのまま。トラック2021~2030。SM-2照準」
「CIC指示の目標。攻撃始め」
「トラック2021から、2030。SM-2発射始めッ」
一昔前の黒電話の着信音のような甲高いミサイル発射警報ベルを鳴らすと、前後のVLSから続けざまに複数のSM-2が放たれる。CICにも響く、重く揺らすような音は、SM-2が天高く貫くように無事放たれたことを教えてくれていた。訓練でもまともに実弾を撃ったことがなかった『まや』が、初めて実戦でミサイルを撃った瞬間だった。
「ミサイルアウェイ。インターセプト20秒前」
『CIC艦橋。SM-2正常飛行。残留弾なし』
「次のトラック選定。グループアルファ――」
迎撃中も、立て続けに報告や指示が飛び交うCIC。しかし、衣笠はレーダー画面を凝視しながら、妙な違和感を抱いていた。
「(おかしい……なぜ逃げない……?)」
水上からミサイルを放たれた。目の前にはF-15Jの集団。少しでも回避運動をしようとしてもいいはずだ。なのになぜしない。全員して一斉に諦めたというわけではあるまい?
インターセプト10秒前。この時になって、ようやく動きがあった。敵戦闘機からミサイルが発射される。思った以上に早い。射程ギリギリから撃ったか。同時に、F-15JからもBVRミサイルが発射される。BVR戦闘の始まりだが、迎撃体制を整えていた関係から、普段より接近した距離でBVR戦闘を始めることになった。
「(よし。とりあえずこのSM-2が決まれば、ある程度は数を――)」
だが、その時だった。更なる目標……いや、“ミサイル”が発射された。だが、何かがおかしい。報告を行う乗員の声も、困惑したように口ごもる
「あー、新たな小型目標探知。えー、グループアルファ? からミサイルと思しき反応探知」
「待て、これミグから撃ってないぞ」
「何もないところから出てきたッ」
「バカな、誰が撃ったんだッ?」
他の乗員の言葉につられるように、大橋も気づいた。グループアルファ。今見ているミグ戦闘機の集団から、ミサイルは放たれたらしい。だが、ミサイルは戦闘機から放たれるものだが、今出た4発のミサイルは、“何もないところから”反応が出た。しかも、F-15Jには向かっていない。全く別の方向に向かっている。そこには戦闘機など……。
「――ッ! しまった、E-2D!」
そこにいたのは、近隣警戒中だったE-2D早期警戒機だった。2機現場空域にいたが、双方ともに狙われた。本来は米軍機が護衛についていたが、その護衛機が先の戦闘でやられたため、セカンドラインの後方に退避したばかりだった。
「(なぜだ! そこはF-15のさらに後ろなんだぞ!)」
F-15Jが構成しているセカンドラインのより後方を器用に狙うなど、北朝鮮の持つミグ戦闘機ができる芸当とは思えなかった。まず目の前にいるF-15Jを落としてから攻撃するのがセオリー。これを破る技術力を、彼らが持っているとは……。
そうしているうちに、ミグ戦闘機に海と空からのミサイルが次々と命中。全てとまではいかなかったものの、一気に半数を落とすことに成功した。一方、無傷という虫のいい話はなく、うまく回避機動を取れなかった1機のF-15Jが被弾し、さらに1機が、至近弾により戦闘不能となり、戦線を離脱する羽目になった。
その間にも、ミサイルはE-2D目掛けて猛進する。護衛にいたF-15Jがチャフ・フレアをばら撒くも、それにつられる気配はない。
――間に合わない。彼らの最後を覚悟したその時、彼らからの決死の報告が、前線にいる全ての部隊、艦艇に伝えられた。
「艦長! E-2Dからです! 一瞬ですが反応を捉えました! “J-20”です!!」
――やっぱり来た。E-767の乗員らの間にも緊張が走った。
E-767のレーダーにはまだ映っていないが、E-2Dは見えていた。そして、そのE-2Dは、回避かなわず2機とも撃墜されてしまった。幸い、近隣に別の護衛艦がいたため救出はそちらに任せるとして、問題はその撃墜方法だ。双方は250km前後は離れており、明らかに通常より長射程のミサイルを使っている。しかも、E-2Dは射程外に逃れようと方向転換したはずだが、それでも喰らいついてきた。
ここまでの長射程ミサイルを持っているのは、J-20しかいない。
「ミグの集団に隠れてたか!」
「ファルクラムやフロッガーが中々避けようとしなかったのもこのためだったんです。ミグの反射波に紛れ込むことができなくなるから……」
「E-2Dが撃墜できる地点まで“盾”にしていた。撃ったのはただのAAMじゃないな?」
「ええ。“長距離”AAMと見るべきです。最近配備が始まったといわれている“PL-21”あたりじゃないかと……」
周辺国の兵器をまとめたファイルから、中国のミサイル兵器のページを開いて乗員が重本に見せる。中国の開発し配備した“PL-21”は、戦闘機ではなくAWACSなどの鈍重かつ高価値な航空機を狙う長距離ミサイルである。ラムジェットエンジンを用いることでマッハ4~5の速度を確保し、ECCMを強化したAESAシーカーと赤外線画像誘導能力により、確実な命中率を確保する。先のフレア・チャフにも騙されなかったのはこのためだ。
しかし、このミサイルは5.5m程の長さがあり、J-20のウェポンベイには乗らない。基本的には、J-11DやJ-16といった戦闘機に取り付けて、外部からの誘導支援の下攻撃するのが基本スタイルである。つまり、今回J-20は、翼の下にこれを引っさげて攻撃したというわけである。それでも、先ほどまで見つけられなかった。
「(巧妙に隠れやがったな……)」
結局、この大量のミグ戦闘機というのも、ミサイルの外部搭載によるステルス性低下をごまかすための、巨大な“盾”でしかなかったのだ。
ミグ戦闘機との戦闘は既に始まっていたが、そちらに攻撃するのは気が引けた。それこそが、奴らの狙いでもあるわけで、そうすれば、自分たちへの攻撃が少しでも減る。だが、しないわけにはいかない。旧式機とはいえ、格闘戦に持ち込まれては厄介だ。特にMiG-29は、何だかんだ言って、F-15相手でもある程度は勝負になる。
「最後のBVR行きます」
管制員の報告が室内に静かに響いた。残っていたBVRAAMを全て撃って撃墜させる。9機から計13発。1機につき1~2発で見ても、これで壊滅はできるはず。問題は、ロックできないJ-20だ。
「BVR第2波弾着。ボギー6キル。3サバイブ。J-20は確認できず」
「被弾は?」
「2機やられました。回避に失敗した2機が近接信管の破裂に巻き込まれ戦闘不能。主翼を中心に被弾多数のため引き返します」
「6対7か……」
苦い顔をする重本。最初の数的不利を考えると、これでも頑張って減らした方か。しかし、ここからは互いに中距離AAMはなしの本格的な殴り合いになる。単純なMiG-29との格闘戦であれば何ら問題なかったが、J-20が周辺を舞うように飛んでいる。MiG-29がJ-20を守るように飛ぶことは目に見えているため、攻撃が上手くできず四苦八苦する未来が、羽浦の脳裏には浮かんでいた。
「(残っているのは、ラクーン2の隊長と相方、そしてバザード6の4機。よかった、“エースたち”で揃ってる)」
この面々。3日前、攻撃禁止令下において、多数の戦闘機の攻撃を掻い潜って生還を果たした、6人の“エースパイロット”で揃っていた。“猛獣の化身”たるラクーン2の隊長“スパーク”に、相方“ナード”。そして、“309の守護神”。近藤を隊長として、切谷、大洲加ときて、“航学72期の風神”、蒼波。
現状考えられる中ではベストメンバーだ。ミグは即行で落とせる。J-20も十分手が届くだろう。好転に少しでも期待ができる状況だ。
だが、それでも問題があるとすれば……
「シゲさん! また無線に割り込みが!」
――その風神すら上回る天才の、“彼”がいることだろう。
『――待たせましたね、皆さん』
やはり来た――
J-20の片方に乗り込んだ、“航学72期の雷神”神野である……




