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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第9章 ―7日目 Day-7―
65/93

9-5

 ――ついにきた! 米軍のSBIRSが、北朝鮮北方から発生した熱源を探知。その情報はC2BMCを経由して、JADGEシステムや各イージス艦にも提供される。そして、E-767にも、その情報は届いた。


「目標情報! タイムアット31、天摩山基地より4発の弾道ミサイル発射熱源を検知! 以後、共通目標コード、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと呼称」

「レーダー反応来ました。方位3-4-0、反応4。マッハ1、マッハ2……まだ加速します」

「まもなくブーストフェイズ終了。弾道計算スタンバイ」


 各通信員と管制員たちの報告が飛び交う中、弾道ミサイル発射の報告を各部隊に伝えていく。羽浦も、バザード6にその旨伝え、少しだけ北に離れて発射の邪魔にならないよう待機させる。

 弾道ミサイルは十中八九東から南に飛んでくる。弾道ミサイルを発射を主導したのが、極東革命軍の中国側の人間であろうと北朝鮮側の人間であろうと、標的は東から南のどこかにある。


「ブーストで随分長く飛んでるぞ」

「しかも高角度です。ICBM級かもしれません。C2BMCハワイ攻撃担当艦シューターの選定を始めています」


 ICBMか……羽浦は、その脳裏から北朝鮮のICBMについての記憶を引っ張り出す。

 確かに、北朝鮮はそのタイプを持っていたと聞いている。射撃試験も何度かやっていたし、それのせいで、Jアラートという余計な目覚ましを鳴らされる羽目にもなった。ということは、十中八九アメリカ本土を狙ったものか。正確な射程はわからないが、北米大陸には届く可能性はあり、少なくとも西海岸は射程に入っているとも。どのタイプになるかはわからないが、新型の火星15型だった場合は、東海岸にも届く。

 だが、正直な話、そこまで心配はしていない。もし北米大陸に行くとしても、太平洋上には最新型のイージス駆逐艦が大量に配置されているし、東海岸を狙うならアラスカのさらに北を通るはず。アラスカ州フォートグリーリー基地にある『地上配備(G)型迎撃ミ(B)サイル(I)システム』は、既に稼動済み。何かあったらそっちが迎撃する。たったの4発だ。何の問題もないはずだろう。



「……あれ、なんだこれ?」



 ――そのはずだった。C2BMCやJADGEとのデータリンクを担当していた通信員が、不審な声を上げた。


「シゲさん、この軌道おかしくないですか?」

「おかしいって何が?」

「見てください。これ、北米行きじゃないですよ」

「はぁ?」


 驚きと怪訝が半々といった声を出した重本は、データリンクで得た予測軌道コースのデータを見た。地図の上を半ば俯瞰するような視点から、三次元的に弾道ミサイルの現在位置と予測コースを表示している。しかし、重本の目は、確かにそのコースの異常性を感じ取っていた。



「……東に向かってない?」

「軌道は明らかにICBM級ですが、東じゃありません。“西”に行ってます」



 ――西? 羽浦だけではない。周りにいた管制員や通信員、全員が同じ単語を疑問系で思い浮かべた。

 彼らの敵は太平洋側にいたはずである。撃つなら方角は東方であるはずで、どうやっても西に撃つことはない。南ですらないようだ。ロフテッド軌道を用いて、嘉手納あたりの米軍基地を狙うというわけでもなければ、もっと遠くのグアムを狙ったわけでもない。

 そして、台湾も狙っているわけでもないらしい。ギリギリ、予想弾着範囲からズレているのだという。当然、室内はザワつき始めた。


「待て、じゃあどこに向かってるんだ? ミサイルは一体どこに……」

「まさか、目標設定ミスったのか?」

「いや、それはないだろう。そこまでのヘマをするとも思えん」

「ブーストフェイズ終了。予想軌道計算第一次結果きました。マップに出します」


 通信員が、そのデータリンクで得た軌道コースを各管制員のレーダー画面にも反映させる。弾道ミサイルの現在位置とともに、予測軌道コースが点線で表示され、その周りには、点線を中心に立体的な円形が描かれている。現在位置より遠ければ遠いほどその半径は長くなっており、頂点が右に曲がった円錐形のようになっていたが――。


「……おい、これ……」


 ――その軌道に、誰もが言葉を失った。考えてみれば、発射点から西といえば確かにあの国しかないとは言え、実際問題として、本気でそれをしでかすなど考えてもいなかったのだ。敵は東にあるという固定観念は、辛くも打ち砕かれたのだ。



「――ち、中国の内陸部じゃねえか……!」



 一人の管制員が、唖然とした声を絞り出した。第一次計算結果として届いたのは、弾道ミサイルはICBM級で、通常より高角度で放ち、そして、中国の内陸部に落ちるという予測を示すデータだった。場所は、発射点たる天摩山から南西にある湖北省西部。しかも山間部である。都市部どころか、人口密集地というわけでもない。ただの地方の山間部に照準を定めているらしい。


「ますます不可解です。ここに、極東革命軍にとって重要な施設があるわけではありません」

「やっぱり、目標設定間違えたのでは? 貴重な弾道ミサイル4発を、こんなところに撃つ理由が……」


 そんな議論の最中、さらに第二次計算結果が届く。範囲は狭まったが、やはり中心にあるのは湖北省西部の山間部。狙いはほぼ間違いなくここだ。だが、一体ここに何があるというんだ? 巨大な軍事施設があるわけでもない。あるのは山と、長江の川沿いに点在する地方都市のみ。そこに、極東革命軍の脅威となりそうな存在はいない。あったとしても、弾道ミサイルを使ってわざわざ攻撃を仕掛けるほどの“魅力”があるわけではない。

 意味がわからなかった。これも、迎撃することになるのか? どこを撃ったにせよ、最悪中国国民に被害が出かねないことは間違いない。だが、命令はまだ届いていない。シューターの選定はもうほとんど終わったはずだが、まだ南西SOCから命令が届かないのだ。


「(まだ決めかねてるのか……実際、北朝鮮からの弾道ミサイルが中国に向かうなんて、想定すらしてなかっただろうしな……)」


 そのうち、さらに第三次計算結果が届く。やはり、結果はほとんど変わらない。範囲が狭まっただけで、大した違いはなかった。

 同時に、極東革命軍のミグ戦闘機たちは、米軍のファーストラインを超えつつあった。セカンドラインの戦線構築はほとんど終わらせている。あとは、いつでも来れるよう準備するのみだが、そちらはまだいい。問題はこの弾道ミサイルなのだ。


「第四次来ました」


 その計算結果も、やはり各管制員に共有される。すると、どうやら弾道ミサイルは二つのコースに分かれるらしかった。だが、目標地点に極端な差はない。第1目標と、第2目標の距離はせいぜい30km程度。方や宜昌市都市部、方やさらに北西の夷陵区を狙っている。わざわざ分ける必要性もないし、後者にいたっては、街はあっても決して大規模なものではない。


「(意味が分からない。なぜわざわざこっちを――)」


 その時である。新代は、そのコースを見て、一つ気づいたことがあった。


「――待てよ、ここって確か……」


 何かを思い出しかけた新代は、直ぐに本棚から世界地図を引っ張り出し、ページをパラパラと捲って湖北省を探しだす。その西部の山間部を指でなぞった時、「あぁ! これか!」と、大きな確信を得たらしく驚嘆の声を上げた。


「これですよシゲさん! ここを見てください!」

「ここって……」


 新代が指差した二箇所。そこは、弾道ミサイルが今まさに狙っている場所でもあった。重本も、その指差した先にある“施設”を見て、新代の言わんとすることを理解した。



「これは……“ダム”か!」



 湖北省西部の山間部。そこにあったのは、世界最大級ともいえる、巨大な“水力発電用ダム”だった。

 まず、第一目標である南部のダムは、『葛洲ガージョウダム』である。長江の本流にある渓谷の一つ、『西陵峡シーリンシャー』の下流にあり、1988年完成。総出力271万5000kWで、後述する三峡ダムのテストケースをかねて作られた、中国最大級の多目的水利施設である。

 そして、それを遥かに上回り、その38km上流にある『三峡サンシャーダム』だ。長年頭を悩まされた長江の洪水被害の抑制をかねて、大規模な国策事業として計画されたこのダムは、様々な障害を経つつも国家の威信をかけて完工された。2,250万kWという発電能力を持っており、これは最新の原子力/火力発電所16基分に相当する。あまりに大規模過ぎて、住民の移住問題や、別の環境汚染問題を引き起こすなどの“いわく付き”にすらなっており、一部では、地質等の問題から「そのうち崩壊する」とまで言われていた。


 ――つまり、彼らはそんな超巨大なダム目掛けて、貴重な弾道ミサイルを撃ったのだ。都市部でも、軍事施設でもない。ただのドでかいダム目掛けてだ。それが意味することは、同じくダムを持っている国の人間ならばよく理解できる。


「奴ら、ダムを“決壊”させるつもりか!」

「いや、決壊じゃない。間違いなく“破壊”だッ」

「溜まってた大量の水が長江を下っていくぞ!」


 自らが想像した恐怖を口にし始める管制員たち。世界最大級のダムということは、世界最大級の貯水量を持っていることでもある。この二つのダムが破壊され、溜まっていた水を隔てるものがなくなったならば、その水は、どこへ向かうだろうか。その答えは、もはや赤子でもわかるほどはっきりとしている。

 

「弾種確定しました。4発全て、北朝鮮のICBM『火星13型』、NATOコード『KN-08』と判明」

「火星13って、確か開発中止したって報道なかったか? 東都新聞あたりが言ってたろ?」


 火星13(KN-08)型は、北朝鮮の開発していたICBMの一つで、アラスカ州も射程に収めるものとされていた。だが、一部報道では、火星13は燃料注入時間と出力に多くの問題を抱えており、前指導者の指示で開発チームを他の弾道ミサイル開発陣に割り振るという形で、事実上の開発中止になったといわれていた。事実、火星13は発射試験をまともに行っておらず、最近は前指導者急死によるゴタゴタもあって、これっぽっちも音沙汰がない。

 事実上の開発中止となったミサイルを極東革命軍が奪取したという可能性は十分ある。ペンタゴンは、火星13を最低でも6発は持っていると見ており、うち4発が、中国本土に放たれたのだろう。しかし、羽浦は疑問を感じていた。


「(待てよ? 火星13はCEPが広かったはずで、確か数千メートルレベルのCEPがあったような……)」


 基本的に、どこの国のICBMもCEPは数百メートルで収まっているが、北朝鮮の火星13に関しては、CEPは3000~5000m程度と評されており、都市部向けであればまだしも、今回のようなピンポイント爆撃には向かないミサイルである。勿論、これは開発当時の数字であって、現在はある程度向上していると考えることは可能だが、数年前から開発は止まっているため、数字も大して改善されていないと見るのが自然である。

 そして、そうしたCEPの欠点を補うために、核弾頭を搭載し、その爆発力を持って目標を高確率で破壊できるようにしたり、多弾頭(MIRV)化して面制圧的な攻撃手法を用いるなどしているのだ。ただの高性能爆薬を弾頭に乗せただけでは、各目標に2発ずつ撃ったとて、確実な破壊は望めない。

 北朝鮮はMIRV弾頭の試験を行ったという観測がいくつかあるものの、開発が止まった火星13にわざわざ乗っけるとも思えないし、ただでさえ貴重であろうMIRV弾頭を極東革命軍が奪取するほど、北朝鮮体制派のセキュリティが緩かったとも思えない。

 ――つまり……、


「――核って、これに乗ってるのか?」


 同じことは、重本も、そして、地上の人間たちも考えていた。横田からは、「迎撃開始に向けて各護衛艦に準備を指示した」と連絡があり、さらに、「万一の高高度核爆発による電磁パルス(EMP)に備えよ」との指示が、現場にいる全ての陸海空部隊に伝えられた。


「やはり、地上は核弾頭を想定したか」

「とはいえ、EMP狙いならもっと南のほうを狙うはずなので、あくまで万一の想定でしょう。問題は着弾目標です。中国へ向かう弾頭ではありますが、かといって見過ごすこともできません。官邸も迎撃する構えです」

「迎撃できるか?」

「軌道は通常より高角度です。ロフテッド軌道を取ったものとも割れますが、予測到達高度は1840km」

「高く撃った割にはあまり高度稼いでないな」

「弾頭が重いのかもしれません。しかし、SM-3ブロックIIAでもギリギリです」

「もしこれの迎撃に失敗すれば、大量の貯水が長江を下っていく。川沿いの都市は勿論、最悪……」

「上海にも届きます。想定される被害規模は計り知れません。向こうのBMDもどこまで頑張るか……」


 戦々恐々とした重本と新代の顔。だが、中国のBMDが使えるかわからないという点が気がかりだった。羽浦は思わず問いただす。


「中国の地上配備型(G)弾道弾迎(M)撃システム(D)は使えないんですか? 向こうだって弾道ミサイルの警戒はしていると思いますが……」

「ああ。確かに、開戦以降は弾道ミサイルの発射を警戒して部隊は動いているらしい。だが、中国が国連に報告した内容が正しいなら、その部隊は軒並み北京や上海、香港といった大都市を中心に警戒している。都市部への攻撃を何が何でも阻止する構えだが……、ただのダムに、わざわざそんな部隊は置くまい?」


 都市部優先防護の裏を突いた、というわけである。今回の件を受けて、この戦時の間、中国は自国軍の動向を全て国連に報告するよう言い渡されていたので、日本も国連経由で中国軍の配備状況について逐一確認していた。

 中国にも当然BMDシステムはあるのだが、まだ開発したばかりであり、しかも、基本的には終末誘導段階の迎撃が主である。それも、先の報告によれば、都市部に集中的に配備しているという。ミッドコース迎撃用として、SM-3と似た用途であるといわれている『HQ-26』艦対空ミサイルや、衛星攻撃能力もあるといわれている『DN-3』が存在するが、2000km近い高高度を高速で飛翔する物体の迎撃は簡単ではない。そもそも、DN-3は開発段階から脱したばかりで、数が十分なければ、迎撃に都合のいい場所に配備されてすらいなかったのだ。


 ――つまり、ただでさえ指揮系統がぐちゃぐちゃになってしまっている現状では、まともにこれを迎撃することなど到底不可能というわけである。都市部へ真正面から撃っても、迎撃されるのがオチ。ならば、全く別の場所を狙って、あとは自然の力でもって都市部を壊滅させてしまおうという魂胆なのだ。しかも、確実に堤防を破壊するべく、ここで使われたのが仮に核兵器だった場合、長江を流れてくるのは放射性物質が多量に混じった“汚染水”であり、それに犯された川沿いの人らは勿論、流れた先にある上海は……。


「(被害想定なんて……できるわけない……)」


 利口なやり口だ。しかも最終的な目的地は上海。そこが汚染水の洪水に冒された日には、経済的、政治的被害はドでかいものになること請け合いである。ましてや三峡ダムは、上記のとおりのいわく付きで、そろそろ崩れるといわれるほど限界を迎えている可能性が示唆されていた。ヒビでも入ろうものなら、そこから決壊が広がって大洪水になることは避けられない。


「上海は最悪中の最悪の想定にせよ、少なくとも、同じ湖北の武漢はただじゃすまないな」

「中国ビジネスの中心地が汚染水だらけってなったら、一体何が起こるか……」


 重本と新代がやはり深刻そうな顔でそう言葉を交わす。

 仮に上海は言い過ぎで、途中の湖や川がいくらか吸収して上海には届かないにしても、少なくとも武漢には届く。考えようによっては、この武漢の被害が一番最悪だともいえるのだ。武漢市はその地理的条件から、北京や上海、香港等といった主要大都市をつなぐ橋渡しとしての役割が与えられており、九州(省)に通じる交通の要所として、更なる発展が期待されたメガシティである。

 しかし、中国ビジネスの発展における重要拠点たる武漢市は、度々洪水の被害を受けており、2016年には、連日の豪雨により発生した大洪水によって武漢の都市は「海に浮かぶ市街地状態」へと変貌し、他の都市の分も含めると、実に数百人というレベルでの死者を出してしまっている。

 だが、今回はただの水ではない。尋常でない量の貯水。下手すれば、汚染物質が混ざった水が、中国近代化の先鋒たる大都市を沈めることになるのだ。


 汚染水で浸された川沿いと武漢、上海……想像しただけで、羽浦は背筋が小さく震えた。


「(荒れるなんて話じゃ……)」


 無防備なダムをやられて、それで大都市が沈んだとなって黙っているほど、中国国民も大人しくない……。そうなった時の混乱の余波はこっちにだってやってくる。武漢でさえこうなのだ。これが上海にまで届こうものなら……。そう考えた一同は、何が何でもこれを落とさねばならないことを嫌でも理解した。

 中国のBMDがどこまで機能するかはわからない。だが、落とせるなら今のうちに落としたほうが、向こうとしても楽なはずだ。その後すぐに、ハワイから、さらなる通知が届いた。


「ハワイ、シューターの選定が完了しました。担当艦を中心に防空網を再構築するよう各司令部に通達」

「誰が撃つんだ?」

「迎撃担当、東シナ海で一番北方に位置している――」




「――海上自衛隊護衛艦『まや』ですッ」


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