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≫AM12:15 東シナ海上空≪
その一報は、南西SOCからの緊急連絡として伝えられた。
北朝鮮北西部のミサイルサイロが開放された――この状況においてそれが意味することなど、中学生でも知識さえ持っていれば分かることだ。米軍の偵察衛星が捉えたその写真からは、確かに山間部にある一部分が黒丸になっているのが確認できる。
それも、一個や二個じゃないらしい。同じ時間帯に日本の情報収集衛星が撮影した画像を見る限りでは、最低でも5個は開いている。天摩山基地にあるミサイルサイロの数は不明ではあるが、内部には相当数のミサイルは置いてあるはずである。今から攻撃を行うとしてもまず間に合わない。法律の壁もある。
どこに撃つかわらからないが、既に地上ではJアラートが発報されたようである。まだミサイルが撃たれていない状況下でのJアラート発報は異例なことであるが、こういう時、北朝鮮から撃たれた弾道ミサイルが日本の上を通らなかったためしがない。ましてや、今のこの状況である。最悪を想定しての判断だった。
「南西SOCからです。タイムアット16、JTFより全高射部隊に対し防空警報発令。全域に対しJアラート発報との連絡あり」
「各護衛艦、BMDオペレーション展開開始しました」
「護衛艦と米イージス艦の位置確認しろ。C2BMCは?」
「JADGEシステムとリンクしました。日本周辺の各艦艇と重点配分交戦スキームの接続は完了」
「データこっちにも持ってきてくれ。多少ロスあってもいい。状況を知りたい」
重本の指示の元、次々と担当の管制員や通信員たちが地上との交信を繰り返す。
BMD任務に入ったことを受けて、自衛隊は米軍とのBMD連携に入った。ハワイにある弾道ミサイル防衛における司令塔『C2BMC』とハイレベルでのデータリンクを行うことにより、JADGEシステムを介して米軍の衛星情報を共有することが可能となっている。開戦初期の頃に、BMD対応は日米共同で行うという形に落ち着いた時点で、BMD任務発生時はC2BMCが迎撃指揮を行う手筈になっていた。
E-767にも、そのデータが送られてくる。機密上全てというわけではないが、米軍の早期警戒衛星『SBIRS』の得ている赤外線情報はリアルタイムで送信されてきていた。そこから入ってくるミサイル情報に応じて、護衛艦や米駆逐艦を防護するために、航空部隊を派遣しなければならなくなる。
当然、オペレーションルームも慌しくなっていた。先ほどまでCAPをさせていた部隊を、一部任務に充てられている艦の上空にもってきて高価値資産防護戦闘空中哨戒を展開しなければならない。南下する敵航空部隊の情報もある。南西SOCから部隊抽出を許可してもらい、指示された部隊を直ちに防空に充てる。
「RACCOON 2-1, turn heading 3-5-0, maintain present altitude.(ラクーン2-1、方位350へ旋回、現高度を維持)」
『3-5-0, maintain present altitude. RACCOON 2-1.』
「BEAR 4-3, turn heading 2-5-0. 5分くらいしたら見えてくるヤタガラス3-5の護衛に入れ」
『ヘディング250、ヤタガラス3-5の護衛に入る。BEAR 4-3.』
羽浦も、担当空域にいる機体に次々と指示を出し、必要とあらば別空域に持っていってその担当の管制員に引き継ぐ。手慣れた部隊捌きで、艦艇一隻につき一部隊はつける。
ミサイルサイロの監視は鋭意継続中ではあるが、サイロの中などわかるはずもないため、いつ撃たれるか、どこを狙っているかの予測がつかない。ここからは神経戦だと、誰もが覚悟した。
「(次は、えっと……バザード6が『まや』? 俺の管制のままか)」
大分捌ききって、あとはバザード6だけになる。4機編隊に集合させ、護衛艦『まや』のHAVCAPに向かわせた。
「BUZZARD 6-1, turn heading 3-2-0, maintain present altitude. ホールディングエリア-2上空で『まや』の護衛に入れ」
『Turn heading 3-2-0, maintain present altitude. 『まや』護衛了解。仕事の時間だ、いくぞ』
最早一種の仕事人になりはじめた近藤の勇みよい声が届く。
『まや』は、所謂8200トン型護衛艦2隻の片割れであり、数年前に就役したばかりの最新鋭イージス艦である。イージスシステムは、最新バージョンのベースライン9Cの日本版『J6』を建造時から搭載しており、弾道ミサイル防衛と通常の対空戦闘を一纏めとして扱う『IAMD』を実行可能な数少ない日本艦となった。
バザード6の4機はいつもの面々。近藤とリーダーとして、サブリーダーに切谷、その下に大洲加と続いて、蒼波が今日も2番機に入っている。開戦から6日目。今となってはこの4人は、開戦初期から生き残り、しかも、トップレベルの戦果を挙げた『309の守護神』として扱われていた。ゆえに、数少ないIAMD艦にして、最新型イージス艦である『まや』の近辺護衛を任されたのである。
今回の任務は至ってシンプルだ。BMD中のイージス艦に指一本触れさせない。その間に敵航空機がこようとも、前進している米軍F-15Cと那覇のF-15Jとの二段構えで敵の南進に備える。黄海南部は完全に蓋をせんかの如き布陣を敷いており、先ほどから展開させていたCAP網をさらに北進させている状態である。当然、黄海方面には韓国軍、在韓米軍の防空網が敷かれている。海中からの脅威を除けば、空からは簡単に飛んでは来れまい。
――“あの機体”さえ除けば、だが。
「……くるかな……」
昨日来た、サプライズというにはあまりにも心臓が悪すぎる実戦デビューを果たした『J-20ステルス戦闘機』。しかも、2機あった片方は神野が操っていた。J-20の登場というだけでも十分すぎるインパクトだったのに、これである。おかげで、急遽神野に関わるデータを1航団や309飛行隊から取り寄せる羽目になったが、一夜で色々集めたデータだけで見ても、その“化け物”っぷりは手に取るようにわかる。
第309飛行隊史上最速でORを取得したと思ったら、去年行われた嘉手納基地との共同ACMでは、次々と空自側戦闘機が落とされる中、近藤や蒼波と並んで時間切れまで逃げに逃げまくって生き残ったり、かと思えば、その後の夏に参加したレッドフラッグ・アラスカでは、米軍が用意したアグレッサー機を2機ほどドックファイトで落としちゃうという“大事故”を叩き出すなど、既に伝説を作り始めている。後の夕食会の際に飛び出た、「彼は戦闘機に“寄生”している」という奇妙なジョークは、落とされたアグレッサーパイロットの弁である。それだけ戦闘機を使いこなしているという意味であり、これは蒼波も自慢話で語ったことがあったので、羽浦も聞いたことがあった。
「(まさに、空自始まって以来の“天才”……そして、“雷神”)」
そんな奴が敵に寝返ったとか、やはり今になっても考えたくないのだが……。しかし、現実から逃げたって始まらない。行ってしまったものはどうしようもないのだ。理由はわからない。だが、今はそれを追い返すのみ。たとえ、それで死んだとしてもだ。
「(落とさせるなよ……)」
今になってもそうした希望を抱くぐらいには、羽浦はまだ現実を受け入れていなかった。レーダー画面を凝視しながら、どこにいるかもわからない彼の姿を探すその目は、どこか救いを求めるようでもあった。
だが、姿が見えず、来るかも分からず、いや、もう来ているかもしれないという不安は、誰でもない、現場のパイロットたちが一番抱いていた。しきりに届いてくる敵機情報の要求は、その「誰もいないだろうな?」という心理の現れである。周りの管制員が、先ほどから同じ言葉を何度も繰り返している。
「そっちにはまだ誰もいない。そのまま周回を続行」
「ノーコンタクト。コンディショングリーン。繰り返す、ノーコンタクト――」
「All stations, time at 21, we still can't――」
こっちはまだ捕捉していない趣旨の無線ばかりが飛ぶ。いつもならここまで高頻度に伝えたりしない。パイロットたちの戦々恐々とした顔が思い浮かぶようである。
『コントレイルの筋見えてないか? 今日も空は青いぞ』
『まだ見えませんよ。それに、ここどっちかというと東シナ海の深いほうですよ?』
『それでもやなんだよなぁ、見つからなかったじゃねえか昨日は』
近藤の少し不安げな言葉が届く。昨日の経験から、相当高高度を警戒しているようだが、今のところまだいないらしい。尤も、同じ手を使ってくるとも思えないし、いてもレーダーにはさっぱりなのだが……。
『アマテラス、今日はE-2Dいるか?』
「北方に展開してる。米軍機が護衛にいるから問題ない」
『頼むから見逃さないでくれよ、不意打ちは勘弁だからな』
『スマホ持ってくりゃよかったな、弱気な隊長を撮れたのに』
『スリットおめェ下りたら覚えてろよ』
いつも通りのお調子者な彼のジョークも、この時はどこか空回り気味だった。今までとは違う緊張感が漂う空の上。無線越しにも届く微妙な空気を、羽浦は感じ取っていた。
「(大丈夫だろうな、これで……)」
空戦をし切れる精神状態であることを祈るしかなかった。どんな言葉をかけても、見えない敵への恐怖心が消えないならば何の慰めにもならないのだ。とにかく、弾道ミサイルを撃墜するまでは、しっかり飛んでもらうしかない。奴らが来ないことを祈りながら。
「――韓国軍からです。南下する敵部隊を捉えたと。それも相当数ッ」
通信員の報告が室内に響いた。韓国軍のE-737が、南下する航空部隊を捕捉。半数近くを撃墜することには成功したが、残りはこちらに向かっているとの事。機種もわかっているが……。
「――『MiG-29』ッ?」
「旧北朝鮮のものです。それだけじゃありません。MiG-23もいます。おそらくMLAだと。あと、これも……」
「……MiG-21bis!?」
ッブフゥッ。思わず羽浦は吹き出した。MiG-23の時点でもそうだが、MiG-21bisにもなると、もはや即刻博物館に直行するレベルで古いオンボロ戦闘機である。東シナ海の空の上で旧式戦闘機の実演展示会でも開くのかと、誰もが呆れ果てるしかなかった。
しかも、MiG-23は多用途戦闘機扱いだからまだいいにせよ、MiG-21bisに関してはただの迎撃戦闘機であり、1000km以上はなれた遠方に躍り出て攻撃を行うような機体ではない。外部燃料タンクを搭載しても1400km弱がせいぜいだったはずで、しかも、武装といえば半世紀前に使われていた様な旧式の短射程IRミサイルのみ。中距離AAM持ちのF-4戦闘機相手でさえ分が悪かったので、後継のMiG-23が作られたようなものなのに、これをまとめてF-15軍団の目の前につれてくるというのは、自殺行為などという生ぬるい言葉では表現しきれない。もはや、“懲罰”というに等しい。
最新形態のbis型は、格闘戦は強い方なのでそれに持ち込めばまだ太刀打ちできるかもしれないが、現代はBVRの時代。当然だが生存は望み薄である。件のミサイルサイロといい、これといい、一体北朝鮮側で何が起きているのか。彼らには全く持って理解できなかった。
だが、さらに問題なのはその陣形である。しばらくして、E-767のレーダーもその大編隊を捉えたが、あろうことか、編隊の半数を占めるMiG-21bisを前面において、まるで盾の如き扱いにしている。MiG-23とMiG-29はその後方から追随する形で、攻撃担当と防御担当で分けているらしい。もう、迎撃戦闘機というネーミングがかすんでしまうぐらいに無茶苦茶な運用法だ。
そして、その数が……。
「……多すぎじゃねえかこれ」
ざっと数えただけでも30~40機はいる。どれだけ溜め込んでいたんだ。「戦闘機えらいとんできたなッ」と呆れ驚いた声を、重本は自然と出していた。
自分らの機体の性能の低さは理解しているのか、数で強引に押してくる算段に出た。流石に、20世紀中盤レベルの機体の奮発具合は米軍も想定しておらず、直ぐに対応できる機体を集めたものの、20機にも満たなかったらしい。だが、E-3やE-2Dとの連携による中距離AAMを用いて、果敢にBVRを仕掛け始める。
「デモイセルから支援要請。何機か前面に回してくれと」
「南西SOCに確認取れ。いけたら2個回すぞ」
「BVR始まりました。第一波は米軍側からいきます」
「ミサイル発射確認。反転し距離開けます」
「数だけは持ってきても、状況認識はこちらが上なはず。どうなるか……」
不安げ半分、一方期待も半分な重本の目線の先は、羽浦も見ている広域レーダー画面。米軍側の放った第一波のBVRミサイルは、寸分の狂いなく敵機に突進を仕掛けていた。だが、前面に張り出しているMiG-21bisは、ほとんど回避しようとしない。後ろにいるMiG-23や、MiG-29を守るように。さらに、画面上ではさらに最高速度で突進を仕掛け始め、それを援護するように、バックに控えていたMiG-23、MiG-29がBVRミサイルを発射してきた。これでは、MiG-21bisは文字通りの意味での“盾”でしかない。
果たして、ミサイルが飛来すると、壁になっていたMiG-21bisは一気に半数近くを落とされた。もっと奥にいる2機種も落とせる射程にいたが、最前列の脅威の排除を優先したらしい。対する米軍側は3機が被弾で戦線を離脱することになったが、まだ十分戦える。さらなるBVR戦闘を敢行するべく、再反転してミサイルの発射を行おうとした時である。
「敵第二波……げぇッ」
「多いぞこれ、まさか全部撃ってきたのか!?」
3機種全てからミサイルが発射される。その数は数え切れない。30、40、50、60……待て待て待て。距離から考えて中距離ミサイルを使ったと考えてもとんでもない数だ。今米軍側は13機しかいない。大抵は旧式な上、打ちっぱなしではないセミアクティブ型だと仮定しても、流石にこの数を撃たれた状態で攻撃を仕掛けるのは容易ではない。それに、米軍側の持ってきたBVRミサイルも限られている。
F-15C部隊はさっさと残りの中距離ミサイルを放って、退散し始めた。今、南西SOCから部隊抽出の許可が出たので、指定された前線に近い2個部隊を派遣することにする。数では8機でしかないが、とにかくAAM-4を放って逃げさせるしかなかった。あとは、海上にいる味方艦艇の対空攻撃に頼ることになる。
羽浦だけでなく、多くの管制員が味方艦の位置を確認しては、頼れそうな艦に対して連絡を取っていた時だった。
「敵第二波弾着! 7ショットダウン! トータル10!」
「マズイ、もう半数以上が落とされたッ」
数に物を言わせて、逃げ遅れたF-15Cを撃墜することに成功。あと残っているF-15Cは6機。しかも、中距離ミサイルはほとんど使い切った。今援護に来ているF-15C/Jの来援は頑張ってもあと数分かかる。敵は、MiG-21bisはほぼ壊滅したが、後方に控えていたMiG-23、MiG-29は未だに健在だった。盾の役割はきっちりと果たしたことになる。
だが、それではマズイ。このままでは、E-2Dの護衛がほとんど丸裸である上、F-15Jが担っている第二防空線にまで敵が入ってくる。味方艦船はすぐそこだ。
「担当は全フライトに伝えろ。『こんごう』と『アレックス・ホッパー』の艦船防護は中止。セカンドラインに北上させ待機。他の担当もいつでも出れるようスタンバイ」
重本の指示が飛んできた次の瞬間には、弾かれるように無線に指示を口にしていた。
「アマテラスよりバザード6。少しマズイことになった。敵さんが異常なまでに大量のファイター送ってきやがった。第一防空線の米軍部隊はほぼ壊滅状態。セカンドラインへの来襲に備えて配置の再編を行っている」
『米軍やられたってマジッスか……』
『完全なる力押しね、なりふり構わないってこと……?』
『落ち着け。俺らはどうだ? 変更は?』
「今はまだスタンバイ。でもいつでもいけるように心構えだけはしておけ。言っとくが、今日のあいつらは無茶苦茶だ。大量のフィッシュベットを盾にして、フロッガーGとファルクラムを突進させてきやがった」
『ミグじゃないッ』
『おいおい、いつぞやの『ミグ回廊』の再現か?』
『だとすれば、今やってるのはさしずめ『MIGCAP』ですな』と、切谷はすかさずツッコんだ。ミグ回廊は、朝鮮戦争当時にあったミグ戦闘機との戦闘が頻発した空域のことで、その後の冷戦時に、ミグ戦闘機の出現を警戒する空域でのCAPを、ミグキャップと呼んでいた。まさしく、今この空域はミグ回廊の復活の状態である。ただ、機体はもうちょい新しいのだが。
セカンドラインの戦線は再構築が進んでいる。E-2Dも、ファーストラインの状況を見て後方に下がらせる判断に出たらしい。徐々に西南西に移動し始めた。
それでも突進してくる敵機部隊。帰還するべき朝鮮半島はもうはるか北の彼方だ。思い残したことはないと言わんかのように、全速力で南下するそのブリップの集団を苦々しい目で見ていた羽浦の耳に、ついに、この報告が届いた。
「――ミサイルきました! 目標情報! 天摩山から弾道ミサイル複数!」




