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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第9章 ―7日目 Day-7―
63/93

9-3

 ――大瀧は、杉内から預かったノートPCのキーボードを軽快にタイピングし、汪の発言内容を、ボイスレコーダーと併用して全て記録していく。杉内も、杖に体を軽く支えるように立ったまま、汪に質問を投げていく。


「――では、今回の計画の発端は、前世紀末の台湾事件にあったと?」

「1996年の第三次台湾海峡危機……。あの事件で、当時の共産党はアメリカの圧力に対抗できなかった。あれが、全ての始まりだったのだ」


 『第三次台湾海峡危機』――中国の主張する『一つの中国』に反発する、台湾独立派であった当時の中華民国総統『李登輝』の訪米をアメリカが受け入れたことを契機に、それに対する抗議として、中国が複数回に渡って弾道ミサイルを発射したことによって起きた戦争危機である。総裁選を控えていた李登輝の支持者や、彼の率いる中華民国政権に対する牽制の意味合いがあったものとされているが、当時の米クリントン大統領は、空母2隻を中心とした空母戦闘群を台湾海峡に差し向けることで、これを押さえつけることに成功した。

 1995年7月から翌年3月まで続いた軍事的緊張状態であったが、この間に中国、さらに言えば人民解放軍が受けた屈辱はあまりに大きすぎるものだった。海岸の直ぐ先にいる強大な米艦隊に対抗できる軍備を、当時の中国はまだ持っていなかったのだ。それ故に、アメリカの力の圧力に対して、中国はほとんど抵抗できなかったのである。


 これは、その後の中国の急速な近代化、外征軍隊化を推し進める一大要因になったという意味では、一つの転換点である。だが、それは軍部内での話。政府内では、別の動きが発生していた。


「――党の中には、当時の共産党の対応に失望した者も多くいた。力の差が圧倒的とはいえ、実質的にアメリカに膝をつかされたことに、大きな屈辱を感じたらしい。その中でも強硬派であった、当時最前線だった福建省にいた政治委員や軍高官を中心に、共産党を内部から変えようとする派閥が自然形成されたのだ」

「『福建派フーチェンパイ』か」

「なんだ、その新しい菓子の名前みたいな」

「違う。共産党内にある派閥勢力の一つだ。新たな愛国的政権の樹立を目指すと、実に急進的な野心の下で動いていた国粋主義者たちだと」


 杉内の言葉に、小さく笑みを浮かべて汪は返す。


「概ねその通りだ。だが、一つ補足しておくとすれば、当の本人たちはそれを急進的とは思っていないし、国粋主義だとも考えていない」

「大体の国粋主義者は皆そう言うさ。どこの国だってそうだ」


 軽く吐き捨てるように言った杉内に、黙ってうなづいて返す汪。そして、「自分もかつてはそうだった。今は違うがな」と、力なくこぼす。


「そして、政治委員を殺して、投降したと……?」

「そういうことだ」


 政治委員とは、勿論『宋』のことである。彼の遺体は、同乗していた特別警備隊の隊員らによって陸に挙げられ、丁重に処理されたらしい。今どこにいるのかは、この3人の誰もわからない。

 第三次台湾海峡危機を通じて、軍事力増強を行う共産党の裏で、別の形での改革を狙う新興勢力、福建派。しかし、党による国家の独裁を目論む共産党が、彼らを黙って見過ごすことはありえなかった。喉越しついでに紅茶を一口喉に通した汪は、さらに言葉を続ける。


「初期の頃、この思想は『革命党构想グゥァミンダンゴォゥシィァン』と呼ばれていた。共産党に代わる、新たな中国の指導者たちで構成される政権の樹立を目指したのだ。といっても、共産党そのものを無くすわけではなく、内部から変えようという形だな。しかし、その後共産党にこの内実が漏れていくにつれ、相次ぐ粛清の嵐に見舞われた。前政権下では特に激しいものがあってな」

「『腐敗撲滅運動』だな」

「確か、政権内の批判勢力を相次いで失脚させていったという、あの?」


 大瀧の問いに、杉内も頷いて返した。

 前政権――いや、今はまだ正式には政権移行していないので、“現政権”というべきであろうか。彼らが実行したこの運動は、名目的には、中国国内に蔓延る汚職を撲滅させるという文字通りの摘発運動だった。政党としての規模が世界一であるため、どうしてもそうした腐敗が付き纏う。それらを一掃し、党への求心力を高めようという算段だった。

 しかし、時間が経つにつれ、その範囲は拡大していく。最初は党内の大物幹部を対象としていたはずが、いつの間にか“運動維持”という名目に代わり、経済界、金融界にまで手が及んでいった。当然、それで空いたポストには――


「――政権の意向を汲んだ、新しい幹部が座ったと。自らの権力基盤を磐石にする、実質的な権力闘争だって話は聞いたな」


 大瀧が腕を組んで思い出すように言った。この権力闘争は、現主席の権力強化のための材料とされ、一時期は軍の高官すらも現主席の派閥の人間で埋まるところだった。これを阻止し、尚且つ、一時期騒がれた国家主席の任期撤廃を事実上破棄させたからこそ、次期政権の大黒柱となる副主席とその一派が大いに世界のメディア等で注目されたわけである。腐敗撲滅運動という壮絶な権力闘争を生き抜いてきた猛者たちであるという、何よりの証明であるからだ。


 何れにせよ、かの運動によって、多くの幹部はその地位を追われた。しかし、杉内が訝しげに問う。


「だが、あれで狙われたのは主に上海閥だったはずじゃ?」

「“主に”、な。福建派の人間もひそかに狙われていたのだよ。多くの政治委員、軍幹部が職を追われ、しかも、当局からの監視も厳しくなったこともあって、上手く活動を継続することもできなかった。結果的に派閥からの離脱を余儀なくされ、派閥としての規模は縮小していった」

「今では小康状態だと聞いてる。名前を聞く機会もほとんどなくなったぐらいに」

「だが、現状を見る限りじゃ、全員やられたわけじゃなかったってわけだろ?」


 大瀧の問いに、汪は静かに頷いて返した。

 確かに規模は縮小を余儀なくされ、当初の構想の実現は絶望的になった。だが、この激しい粛清の嵐を掻い潜った者たちも多く、特に、今現在極東革命軍の上層部を構成しているのは、その“生存者たち”の中でも特に高い地位にいた者たちであるらしい。

 そして、汪もその生存者たちの一人だった。運動が行われていた当時から、彼はこの福建派に所属していたが、まだ“下っ端”的な立場であった上、高いポストにいたわけではなかったことから、摘発の目を上手く掻い潜ることができたのである。

 だが、その生存者たちは、これがきっかけで大きな絶望感を抱いていた。当時、中国共産党への忠誠心はまだ残っていた彼らだったが、この運動を経て、それすらも失ってしまったのである。


「生存者たちは、この運動を通じて多くの同胞が粛清された現実を目の当たりにした。彼らは、これを「自分らの主張が受け入れられなかったばかりか、逆に排除し始めた」と解釈した」

「まあ、受け入れられるとは思えんが……」

「それで、共産党に対してさらに失望したと?」

「失望などでは済まされない。もはや憎しみ、憎悪に近い。福建派として共産党を完全に見限ったのは当然として、この怒りを原動力に、計画は初期の構想からさらに一歩進んだ。それが……」


「“現体制に対する強制執行”……ッ!」


「今起きてるこれかッ?」

「そうだ。この時から、このような結末を見越して、自らを『远东革命军ジードングゥァミンジュン(極東革命軍)』と名乗るようになった。もう、力技は不可避と考えたわけだ」


 そんなバカな……。二人は呆れ慄くばかりだった。


 共産党の一党独裁に抗う動きを、あろうことか共産党内で実行に移そうとしていた福建派。だが、自らの独裁に抵抗する勢力の生存を許すわけがなかった。彼らもわかっていたはずだが、それでも実行し、一時的とはいえ勢力を広げたことは事実だ。彼らがどれほど共産党に絶望していたのかは、想像に難しくないであろう。

 だが、それより唖然とするはその最終的な規模だ。あくまで、党内の内部抗争の上での政権交代を想定していた初期の理念とは大きく逸脱しており、福建派に入った人間の中には、このような過激な方針に疑問を抱く同志だっていたはずである。そうでなくとも、例の腐敗撲滅運動で多くの同志を失ったのは、汪本人も認めている事実である。

 しかし、それだと現在の戦争に参加している敵の規模と合致しない。北朝鮮の人間を除いても相当数いるはずで、本当に抜けた人間がいるのか疑問になるほどだ。だが、汪曰く、「実際に抜けた奴はいた」らしい。


「第三次台湾海峡危機以降、人民解放軍の近代化に深く関わった将校の中には、この福建派の人間もいた。だが、そういう奴らはこの極東革命軍のやり方には賛同できず、途中で離反した」

「彼らはどうなったんだ?」

「簡単さ。“情報漏えい防止”という理由で、賄賂等を駆使して汚職をでっち上げた上で失脚させた後、行方不明になった。だが、それはほぼ間違いなく“建前”だ」

「建前?」

「さっきも言ったろう? 彼らがこうなってしまったそもそもの原因は、あの腐敗撲滅運動にある。あの運動で多くの同胞が粛清されていく光景を、共産党による裏切り宣言と受け取ったのだ。彼らにとってこの種の裏切りは、決して犯してはならないタブーだ」

「つまり、この離反者は“裏切り者”に見えたってことか? じゃあ彼らは……」

「自分の目で確認したわけじゃないが、間違いなく“殺された”。事実上の“懲罰”というわけよ。実際、そこそこの人数を追い出したはずなのに、党に密告した奴がいた様子がない。そりゃそうだろうな。死人の口なぞ、動くはずがないのだ」


 それじゃ、党のやっていることと変わらないじゃないか……。二人は同じ事を考えていた。

 中国共産党は、自らに抗う人間を粛清した。福建派は、裏切り者を粛清した。皮肉なことに、反共産党として動いていたのに、実質的には大してやっていることは変わっていない。殺してるだけ悪質ですらある。

 その後、金に物を言わせて一部の同志を連れ戻したり、運動によって党から追われた他の派閥の人間を引き抜くなどして集めなおしはしたものの、その内約は“寄せ集め集団”の域を出なかったらしい。また、一種の世代交代のような現象も発生し、組織内では、当初あった理念を覚えている人間は少数派になった。「もはや、最初の目的を覚えている人間などほとんどいなかった」と、汪は嘆いていた。


「この紛争の責任を、全て共産党にふっかけるという形での復讐というわけだ。強制執行による強制的な政権交代も、ただの表向きの理由に過ぎなかったのだ」

「実際、明日には安保理決議を大義名分にして、多国籍軍が北朝鮮本拠地を攻撃する予定になっている。お前も知っているだろう。米露が手を組んでの大艦隊だ」

「事実上の国連軍だな。それこそが奴らの狙いだ。ロシアも参加したのは正直想定外だろうが、はっきり言って、司令部(高台)にとってはうれしい誤算という奴だ。これによって共産党の威信は大きく失墜したはずだ。共産党に大打撃を与えること、あわよくば消し去ることさえできれば、あとは自分らの後継者たちが取って代わるだろうという算段だ」

「駄々っ子な子供とかわらねえな」


 大瀧がバカにするように小さく笑いながらそういった。汪は反論せず、ただ失意のうちに頷いていた。そして、うな垂れつつさらに言う。


「……私は、ただ祖国に変わってほしかったからこそこの計画に加担したのだ。ただの復讐のために加担したのではない。共産党が残っているかどうかは重要ではない。我が祖国の将来のためにと思って人生を投げ打ったというのに、このザマなのだ。それに……」

「それに?」


 汪は小さくため息をつきながら、


「……仮にも、私は軍人だ。党に仕える軍ではあるが、国防の任も担っている以上、人民らも守らねばならない。この復讐劇は、我が人民すらも不幸にする」


 その目は、今まで忠実に職務を全うしてきたつもりだった彼が出した、失意の目だった。

 道は間違ったかもしれないが、国のため、国民のためを思う生真面目な人間であったのだろう。しかし、その理念は最悪の形で利用されることになった。実際、彼は初っ端から中南海を攻撃することを当初は聞いていなかったらしい。あくまで、周辺国へ紛争をふっかけて、責任を中国共産党に擦り付けることでダメージを与える事が主目的であり、中南海への攻撃は最後の手段と理解していた。しかし実際には、中国共産党、それも、政治中枢の一つである人民大会堂をいきなり攻撃してしまった。その結果、攻撃に巻き込まれて、少なくない国民が犠牲になったことも知らされることになった。

 ――そして、昨日のあの時。これが共産党に対する復讐劇でしかないことを、宋から聞いてしまったのである。


「電話で、私を含む乗員はまだ真意に気づいていないといっていた。隠し事をしているのは明らかだった。さり気なく聞き出したが、それが、今言ったようなことだ。騙されていたのだと、それで、部下たちをも巻き込んでしまったということを理解した私は、気がつけば銃を手に取っていた」

「その怪我は、その時の揉み合いの末か」

「そうだ。抵抗にあって腹に一発食らったが、それでも殺した。そして、自らも責任を取って死のうとした。だが、偶然通りかかった部下に止められた。航海長だ」


 航海長――黎少佐か。大瀧はPCでプロファイルを引き出し、彼のページを呼び出す。汪とは兼ねてからの師弟関係であり、忠実な部下であったようだ。昨日尋問をした時も、しきりに艦長の心配をしていた。よほど信頼されていたのだろうと思うと、今までの彼の言葉も重苦しいものがある。

 その後、負傷の手当てをしたり、特別警備隊を受け入れたりとしているうちに、追っ手から逃げ延び、今現在に至ったらしい。


「(身分が身分とはいえ、気の毒っちゃあ気の毒か……)」 


 杉内は内心でそう思う目の前で、汪はさらに続けていった。


「もちろん、計画を実行するのにも戦力が必要だ。そのために、北朝鮮の甕津派オンジンパを味方につけることにした」

「やっぱり北朝鮮もかッ」

「甕津派といえば、北朝鮮の反体制派筆頭だ。勢力規模は主流派と同程度で、決して小さくはない。だが、海外の人間を信頼しないといわれている彼らを、なぜわざわざ味方に?」

「そこが気になるところでな。前指導者の急死、それに伴う後継者選定と、付随した勢力争いの顕著化……その中心にいる甕津派といわれる連中は、ある情報を持っているらしい」

「何だ?」

「曰く、「我が偉大なる指導者はアメリカの策略により殺された。これはアメリカ、それもCIAの陰謀なのだ」と、口をそろえている」

「まぁた、こってこてのがでてきたなぁ」


 大瀧が呆れ笑いを浮かべながら言った。彼らの話によれば、アメリカはCIAの分子を使って食材に毒物を仕込み、体調不良からの急死を装って“暗殺”したとのこと。アメリカは、予てより、核、ミサイル実験を連発し、アメリカの顕在的脅威と化している北朝鮮前体制を打倒し、温厚な新体制構築を狙っていたのだと言っていた。

 実際、今の北朝鮮は内政と治安回復に躍起でミサイルどころではない。最近では、この混乱を抑えるのは厳しいとして、アメリカに助けを求める動きまであるとのことだった。当然、甕津派はそれに反発している。毒物混入の件も、独自調査をするうえで発覚し公表を迫ったそうだが、そういった理由から体制主流派から差し止められたそうだ。黙っていなければ、体制維持は保障できないと。これに反発した者たちで甕津派は構成されていき、現在の対立に至ったというのだ。


「話としての筋は通っているかもしれんが、証拠もないしなぁ」

「実際、私も聞いただけだからあまり信じちゃいない。アメリカと韓国は北朝鮮にスパイ網を作っている話はあるから、可能性はゼロではないだろうが、自分たちの存在を正当化する上での作り話の可能性だって消えちゃいない」

「そんな彼らに、極東革命軍は接触した」

「拠点がほしかったからな。中国国内はすぐに政権の手が届くから抜ける。台湾や韓国は論外。ロシアも遠すぎる。近傍で、一番安全に動けそうな場所……となれば、北朝鮮が残るわけだ。ちょうど、今の北朝鮮の本拠地は、甕津派が元々支配していた場所だった」


 それが、『天摩山チョンマサン』という北西部にある山にある地下基地である。基地の情報は杉内たちも知っており、ある程度のデータは揃っていた。天摩山は甕津派の力の象徴でもあり、平壌の主流派と、天摩山の甕津派とも表現されていた。だが、今では、自分たちが一番嫌う外部の人間の集団である極東革命軍の拠点となるとは、なんと言う皮肉であろうか。


「だが、よく甕津派を説得できたな」

「そこは簡単だ。協力してくれれば、甕津派による体制打開に協力すると言って、取引をしたのだ」

「なッ、北朝鮮の内政に介入するってのか!?」


 大瀧が思わず身を乗り出して驚いていたが、汪は余裕を持った表情としぐさで落ち着かせて、言葉を付け足した。


「落ち着け、これは“嘘”だ」

「嘘?」

「名目という奴だよ。強制執行に必要な拠点と弾薬燃料、その他資材を提供してくれれば、見返りに体制打開に協力するという形で手を打たせたのだ。勿論、向こうは何も知らない。知ってたらここまで協力せんしな」

「哀れなものだな……なけなしの資材投げ打ってくれたというのに、見返りがないとは」


 これを知った時、一体彼らは何をするのだろうか――杉内の脳裏に嫌なイメージが浮かんでしまう。その時の“暴発”の様は想像しきれない。汪も、こればっかりはわからないとし、「知らずに死ぬことを祈るしかない」とこぼした。失意を抱く暇すらないうちにだ。


「また、武器も取り寄せた。闇市場を使ったり、賄賂を使ったり、事故を装って秘密裏に北朝鮮の拠点に送ったり……」

「『蒼岩山ツァンイェンシャン』の時のように、恐喝したやつも?」

「そうだ。私の艦も似たようなものだったしな。だが、私の場合は事前に根回しをしたうえで、あくまで有志を募るという形にした。流石に乗っ取る形にしては、混乱が起きて戦闘どころではないからな。実際、数人ぐらいは降りたいといったので、バレないように逃がした」

「政治委員にも内密に?」

「ああ。そもそも、彼は事前に強制執行の話を乗員にしたということ自体、知らないはずだ。私の独断でやったからな」

「よくやったもんだ。情に厚いんだなお前」


 同じような性分である大瀧が同属感を抱いてそういったが、汪は自嘲気味に笑って首を振った。


「いや、ただの希少種さ。少なくとも、俺の周りではな」

「どれくらいかき集めたんだ? こちらが把握しているのでも結構いるぞ」

「多種多様だ。私も全てを把握しているわけではないが、大きいのは戦闘機や警戒機から、ちっこいのはトイレットペーパーまで。様々な手段を駆使してとにかくかき集めた。最新鋭機も持ってきたらしい」

「まさか、J-20かッ?」

「やはり、知っていたか」


 汪は少ししたり顔になりながらそういって、紅茶を一口喉に通す。昨日のJ-20の件は情報本部でも衝撃を持って受け止められており、情報収集に躍起になっていた。「確実に聞き出せ」と、杉内が市ヶ谷から言い渡された内容の筆頭に、このJ-20の項目もあった。杉内の目が自然と細くなる。当然、大瀧も市ヶ谷からの連絡で情報は仕入れていた。


「ステルス機持ってるって聞いた時は悪質な冗談だろうと思ってたんだが、やっぱマジなのかあれ?」

「ああ、そうだ。話には聞いているぞ、昨日戦闘になったらしいじゃないか」

「この奇襲によって、米軍の早期警戒機が1機撃墜された。ペンタゴンも知らなかったらしい。今頃大慌てだ」

「当然だ。この件は秘匿中の秘匿事項だ。知っている人間も数少ない。末端の同志は知らんだろう」

「2機は確認できた。何機持ってるんだ?」


 汪は首をひねって思い出すように、


「私の知る限りでは、その2機しか持っていなかったはずだ。本当はもっと持って来たかったらしいが、流石にセキュリティが厳しかったのでな。だが、2機でも十分だろう? 開放的に見えて、実際には思った以上に先が見えない戦場の空においては、“見えない”という事実ほど、大きな脅威はない」


 ぐうの音も出ない正論だ。それこそ、ステルスの真骨頂といっても過言ではない。ゆえに、彼らは欲した。たったの2機といえど、どこから来るかわからないという恐怖心を敵に誘発させることは、既存戦闘機の戦闘能力はるかに上回る優位性を味方にもたらす。数的不利な極東革命軍にとって、これほど頼れる“道具”はないのだ。

 これのために、飛行に必要な設備もある程度はこしらえたようである。だが、パイロットに誰が乗るのかは知らなかったらしい。うち1機を日本人パイロットが操っているらしいと聞くと、今度は汪がひどくうろたえた。


「バカなッ、そっちではJ-20のシミュレーターでも持っているのか?」

「いや、そんなものはない。正直、こっちも情報収集に躍起になっている」

「オンボロしか扱ってない上、訓練もまともに受けていない北朝鮮の人間は流石にないだろうとは思っていたが……。日本軍の人間とは」

「ひどい言われようだ……」


 酷評される北朝鮮パイロットに同情する大瀧。だが、その横で杉内は首をひねらせていた。

 やはり、汪は全ての情報を知らされていなかったらしい。だが、J-20などという最高級の兵器を、あろうことか、政治的・軍事的に敵対しているはずの日本人に任せるなど、正気とは思えない。敵である彼らが認めるほど、かのパイロットの技術が高かったというわけなのか? 実際、件のパイロットのプロファイルを見る限りは、相当な手練れであるらしいことは伺える。

 そして、問題は“使い時”である。ステルス機とは、物理面だけではなく、敵の精神面にも大きな影響を与えるのが特徴だ。どこから来るかわからない。気がついたらミサイルが目の前――そんなことが、大真面目に起こりえる時代にした存在。空を飛んでいる人間にとっては気が気でない。


「君たちのところで言う、“忍者”だな」


 そう評する汪の言葉に、杉内は何も返せなかった。悔しいが、言いえて妙だ。

 だが、何度も運用できるわけではないだろう。日本人パイロットのほうは特にそうだが、基本的には急造品。燃料弾薬の面も考えると、数回程度飛ばすのがやっとのはずだ。使い場所も限られる。ここぞという重要な場面で、必殺技のような扱いで繰り出すだろう。そして、その場面とは、極東革命軍の本当の目的とも深く関連する場面であるはずだが……。それが分かれば苦労はしないということである。


 対ステルスの切り札としては、空自や米軍の持っているE-2Dがあるにはあるが、向こうとてそれを展開してくるのは承知のはず。そして、電波情報もある程度は集めているに違いない。

 「(もし電波妨害でもされた日には……)」。杉内はそんな嫌な未来を脳裏に浮かべてしまい、首を小さく振ってかき消す。いや、流石にそこまではしてこないはず……電子戦機を持っているなんて情報はどこにもない……。


「おっと、紅茶が冷めてしまうな」


 汪は背もたれに寄りかかって紅茶をぐいっと飲み干した。もう言うべきことは言い切ったとばかりに足を組んで、沈黙する。大体のことは聞いたと判断した杉内も、ボイスレコーダーを切って内ポケットにしまった。この後は、すぐに防衛省に連絡を入れなければならない。


「ともかく、俺はこの件について本省と掛け合ってくる。ゆっくりしている時間はない、今後の対応を――」


 と、全て言い切る前に、ドアが勢いよく開けられる。思いっきり蹴破らんとする勢いで入ってきたのは、最初に案内をしていた隊員だった。その顔は、焦燥感にまみれたものである。


「おいおい、勝手に入ってk――」

「申し訳ありません! 本省から緊急の連絡が――」

「何の連絡だ?」


 いきなり大声を出されて少し不機嫌な表情を浮かべた杉内が聞く。



「――弾道ミサイルです」



「――なに?」


 一瞬、頭が固まった。弾道ミサイル? それがどうしたんだ? だが、そこから出てきた言葉に、3人は言葉を失った。



「天摩山が……弾道ミサイルの発射準備に入っているとの連絡が!」



「なに!? どういうことだ!?」


 椅子から勢いよく立ち上がった大瀧が、狼狽しながらも問い詰める。曰く、米軍からの緊急情報で、先ほど受信した衛星画像を解析したところ、天摩山の地下基地のミサイルサイロが開いていたのだという。それも、複数。弾種等は不明なれど、確実に撃ってくることだけは確かだった。直ちに日本を含む周辺各国に通達され、今頃現場にも届いているはずだと。さしあたって、自分たちも捕虜たちを連れて、ここから別の場所に避難するよう命令されたらしい。


「(バカな、あいつら、本気で撃つのか!)」


 焦る杉内の横で、汪は俯きながら、「ついに気づいたか……」と、落胆とも、恐怖とも取れるような暗い声を出す。


「どういうことだ?」

「北朝鮮の用意した弾道ミサイルはあくまで最後の攻撃手段であり、米軍などの艦隊が拠点に近づいた時、アメリカ本土か、中南海の共産党施設に向けて撃つ予定だった。この段階での弾道ミサイルの発射は、計画にはない。用意周到な高台が、突然計画を変えたとも思えん」

「じゃあ、まさか……」

「そのまさかだよ。さっき言ったろう? 甕津派の連中は、本来の目的を知らない。知ったら何をしでかすか分からないと――」



「――これは、それを知った結果だ。“気づいた”のだよ。



 そして……、“暴発”した」



 この場にいた全員の顔は青ざめていた。甕津派が、自分たちが利用されていただけだと知れば、どうなるか……。



 瞑目した汪の額には、自らの恐怖心を外に押し出すような、嫌な汗が流れていた……

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