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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第9章 ―7日目 Day-7―
62/93

9-2

≫AM11:26 ??≪



「――もうよい! 貴様らの御託にはウンザリだ! 我々はもう手を貸さん!」


 そう怒鳴りつけると、怒りに任せて勢い良く受話器を戻す。少々ボロくさく薄暗い一室に受話器を殴りつける音が響き、プラスチック製のそれは軽くヒビが入ってしまったが、彼はかまうそぶりも見せない。後ろで控えていた、自らの部下に向き直ると、悔しさを滲ませた表情を浮かべて、声を絞らせていった。


「……我々は嵌められたのだ。まんまとしてだ」


 その拳は、彼の怒りの強さをこれでもかと示している。既に、拳の内側からは赤黒い血が滴り落ちているが、爪が食い込んだことによる痛さすら、今の彼にとってはなんでもなかった。彼らから受けた、この仕打ちに比べれば。


「奴らは共産党に成り代わろうとしたらしいが、その内実は非常に醜いものだった。何が高麗棒子だ、この貪欲なシナ人どもめが……ッ!」

「我等が甕津派オンジンパが用意して来たすべての準備は、彼らにえさを与えるだけに終わったのですか……ッ」

「だからいったのです! 共産党の人間など信用できないと! 結果がこれではないですか!」

「無能な伝統主義者を打倒するには彼らの力が必要だったのだ! 仕方ないだろう!」


 部下たちの間で激しい口論が展開される。元々、外国勢力を信用しない保守勢力である軍部強硬派筆頭の「甕津派」であったが、勢力としての規模が体制主流派と拮抗していたことから、極東革命軍の勢力と結託して対抗しようと画策はしていた。信用しきれないことは重々承知であり、賛否轟々の激論の末ではあったが、将来的な対外強行的な新体制を発足させる上では避けられぬ道という最終的な判断だった。

 しかし、彼らの目論見は完全に外れてしまう。それを知ったのが、リーダーの呉元朝鮮人民軍副参謀総長であった。彼の怒りは尋常ではないことは、ここにいる人間なら理解できない者は一人もいない。


「結局、支配下においていたのは向こうだったのだ。このまま黙って終わらせるわけには行かぬ……」

「ですが、どうするのです? 我等が同志の戦力はもう――」

「それこそが奴らの目的だったんですッ。自らの支配欲にはとことん正直な連中ですからね、我々が邪魔だったんでしょう」

「だからこそだ。せめて、一矢報いねばならない。いずれ、我々はもうおしまいだ」


 沈痛な空気が流れる室内。その中でも、呉だけはその若き闘志を冷やすことはなかった。ここまできてしまったならば、最後まであがいてこそ人間の本望というもの。呉は、一人の部下に一つの確認をする。


「……通常戦力は移動の準備ができているな?」

「ハッ。指示さえあればいつでも。準備は通達済みです」

「備えあれば憂いなしか。直ぐに出撃し、予備基地である『義州ウィジュ空軍基地』の滑走路と兵器を破壊しろ。同志の基地ではあるがもはや止むを得ない。そのまま彼らは中国軍に投降させるのだ」

「了解」

「我々はどうすれば?」


 別の幹部が呉に詰め寄った。その顔はもはや覚悟完了といったもの。生きることを放棄した後にやるような、力強い視線を呉に向けている。共産党の人間に手ごまにされるぐらいならと、彼らの意志は一致していた。

 彼らを一瞥した呉は、自らも決意を新たにしたように小さく息をつきながら、


「……最後だ。奴らにとっての“切り札”を使わせてもらおう」

「サイロまでの道は確認できています。極端な防備は敷いていません」

「全員で突撃しましょう」

「我々の意地を見せてやらねばなりません!」


 機運は高まった。もはやこれしかないと悟った呉も、それに乗るように、高らかに宣言した。



「――全員、武器を持て。最後の時だ。我等が栄えある朝鮮民族の底力を見せてやるのだ」



 室内に、高らかに拳を上げて雄たけびが響いた……。







≫同時刻 長崎県 佐世保基地≪



 一方、ところ変わって佐世保基地。ここでは、哨戒から帰ってきた護衛艦が、明日の作戦に備えて燃料弾薬などを補給し、人員も一部交代させるなどの大忙しの様相を呈していた。しかし、その陰に隠れるように、基地内の一角にある建屋の中は、見慣れない服装を着た一団が半ば押し込められるように入れられていた。


「……やけに静かだな」


 広いホールのような場所で静かに過ごす彼らを見ながら、『杉内』統幕派遣調査官は呟く。若いながらも厳格な風貌を持つ彼が、メガネの位置を修正して見据えた彼らの表情は一様に暗い。まあ、そうもなろうというものかとも思ったが、周囲にいる基地警備隊員に何か危害を加えるような気力もなさそうだった。一目でわかる。そこまでの気迫は感じられない。

 正直安心したような、気の毒なような……。そんな複雑な思いを抱きながら、まともに動かない右足を引きずりながら、杖を突く音を廊下に響かせつつ、とある部屋へと向かう。

 質素なオフホワイトの通路を進むと、刑務所にありそうな小さな仮設の検査所がある。ここで、身分証と持ち物検査を実施する手筈になっていた。両脇には、89式小銃を携えた基地警備隊員が直立不動で立っている。


「情報本部から来た杉内だ。話は通っているはずだが」

「承っております。どうぞこちらへ」


 一通りの検査を終えた杉内は、案内役の隊員の先導の元、さらに通路を先に行く。その間、隊員より状況を聞いた。


「彼は今どうなっている?」

「護衛艦の医官が頑張ってくれたおかげで、何とか一命は取り留めました。弾丸も貫通していたので、向こうでやった応急処置である程度は対応できたようです。昨日までは寝たきりでしたが、今朝からはもうベットを離れています」

「病状が回復したのは何よりだ。聴取は上手くいっているか?」

「比較的素直に受け答えしているようです。詳しくは、大瀧調査官にお聞きいただければと」

「大瀧……?」


 その名前に、一瞬自らの脳内では一人の人物が浮かび上がったが、それについて聞く前に、目的の部屋に到着した。ドアの前にいた基地警備隊員に敬礼すると、ノックをして中に入る。元々、小さな会議室として使っていたらしいこの部屋には、壁に立てかけたホワイトボードがある以外は、時計と、中央に小さなテーブルと椅子、そしてベットがあるのみ。テーブルには、対面するように二人の男性がいた。


「おぉ、やっと来たか。遅かったじゃないか」


 背を向けていた大柄な男性は、杉内を見るや馴れ馴れしい態度で声をかける。その豪快な顔つきと、杉内が脳内で思い出していた男性の顔は一致していた。案内役の隊員が退室する中、杉内は小さくため息をつきながら呆れた顔で返す。


「やっぱりお前だったか。情報幹部として佐世保に来たとは聞いていたが、お前が担当だったんだな。大仕事だな」

「お前こそ、先週から情報本部で統合情報部に配属だろ? 大した出世じゃないか、ぇえ?」

「からかうな。まだ入ったばっかだ」

「おぉ、怖い怖い」


 鋭い眼光を受けても、何のことはないといった様子で笑って受け流す。

 『大瀧』は佐世保基地直属の情報幹部である。杉内とは防大時代の同期であり、『慶陽』の一件が発生した後は、事情聴取及び情報収集の担当となっていた。

 杉内も、既に現地で情報幹部が調査を行っているとは聞いていたが、それが彼だとは思わなかった。仲が悪いわけではないのだが、性格が真反対すぎて、少々苦手にしている同期生なのである。


「どこまで聞けた?」

「はいよ。これにメモっておいた。ていってもまだ始めたばっかでそんなに聞けてねえけどな」


 そういって小さなメモ用紙を渡される。彼らしくお世辞にも綺麗とはいえない殴り書きの字をどうにかして読んで行くと、そこには、彼の簡単な経歴が書かれていた。


汪才陽ワン・ツァイヤン。53歳。階級は中佐。南京出身。北京大卒、海軍指揮学院を経て5年だけ艦艇勤務。その後は英王立国防大学(RCDS)に留学して日本とロシアの駐在武官を歴任し、去年から『慶陽』艦長に就任……。で、これはもうプロファイルで出てるはずだが?」

「一応人定調査通りなのか確認したんだけどさぁ、正直ガッチガチのエリートさん過ぎて参るって話よ。東大より格上の北京大出たと思ったら少ししてRCDSにも行ってんだぞ、防大ギリでパスした俺なんかかすんでみえらぁ」


 参りました、といわんばかりに両手を広げる大瀧。実際、彼は防大を留年しかけていた人間であり、そんな彼からすれば、エリート大学と指揮学院を卒業したばかりか、国際安全保障を中心に海外からも軍人を募って教鞭をとっている英王立国防大学をパスしたという経歴は、太陽の光が反射した金塊のように輝いて見えていた。雲泥の差とはこのことである。


「おまけに、日本語ぺらぺらだしな」


 視線を彼に向ける。昨日まで腹部からの出血により重症だった彼、『汪』艦長は、今では点滴を受けながらも、席に座って優雅に紅茶を嗜んでいる。その姿、ふてぶてしいというわけではないが、どことなく堂々とした態度である。座って紅茶を飲んでいるだけのはずだが、ベテランのオーラを纏っているように感じるその様は、まさしく“老兵”という言葉がぴったりであろう。

 大瀧に促され、コーヒーをさらに追加で注文。「自己流」と称して大瀧自らがティーセットから紅茶をカップに注いでいく横から、杉内が初めて汪に対して口を開いた。


「いいのか、ベットに寝ていなくて」

「傷自体は浅かったようでな。止血作業は終わったし、あとは完治を待つだけだ」

「安心しろ。紅茶もちゃんと医官の許可を得てるから。ほい」


 大瀧がそう補足し、紅茶を差し出す。杉内はその短い会話を通じて、確かにぺらぺらと流暢な日本語を口にする汪に感心していた。訛りがほとんどない。


「……本当にぺらぺらだな」

「北京大で日本語学んだんだと。社会科学部の……あー、なんだっけ?」

「国際関係学院だ。会話なら一通りできる。簡単な文字と文章なら書くのも問題ない」


 曰く、日本語や日本関連を中心に学んでいたらしい。日本に駐在武官として在籍したのも、その能力が買われたのだろう。外見さえどうにかして見繕えば、ほとんど日本人といっても大体は気づかないかもしれない。相当練習したのだろうと杉内は感嘆した。


「やべーだろ? 素人でもわかるぐらいの天上人だぞ、こいつは。俺見てぇなどん尻なんざ簡単に蹴落とされるわけよ」

「そんなエリートが極東革命軍にか……正直、そうには思えないが……」


 杉内も、汪については事前の人定調査である程度は知っていた。情報本部が収集した極東革命軍にいると思われる高級幹部の中に汪がおり、簡単なプロファイルはすべて揃っていたのだ。見れば見るほど、出世街道を真っ先に突っ走る、大瀧が言うようなガッチガチのエリートであり、とてもではないが極東革命軍に参加するほどの人間であるとは思えない。簡単に言えば、現状で十分“経歴的には恵まれている”のだ。わざわざ、自分の首を絞めるような行動をするようには見えないのである。

 ……しかし、杉内すらも羨むそのエリート軍人たる本人は、自嘲気味に笑って呟くように言った。


「どこで間違えたのだろうな、一体……」


 悲しげな、そして、どこか遠いところを見ているような目を、入れたての紅茶に向けていた。透き通るような琥珀色の液体は、カップの中で小さく波打つだけで一言も答えることはない。代わりに、大瀧が口を挟む。


「その様子。やっぱり、アンタがすべての根本ってことで間違いないっぽいな」

「どういうことだ?」

「彼がベットで寝たきりになっていた間、昨日のうちに、何人かの別の幹部に話を聞いてみたんだがな。妙な話だ。全員、こいつに聞けと一様に口を揃えるんだ。極東革命軍の参加から、この投降劇まで。一連の顛末は彼が中心だと」

「彼が?」

「ああ。だが、その目は責任転嫁をするような無責任な奴の目じゃない。……今の、アンタと同じ目をしてる。部下思いなのは良い事だが、何か隠してるだろう?」


 そういって、大瀧は汪を一直線に見やった。汪は小さく首を振り、


「……しょうがない部下たちだ。あれだけ慈悲もなく切り捨てろといったのに……」


 肩を落として、やはり哀愁が漂う表情を浮かべていた。直後に紅茶を飲む動きも、どこかゆったりとして、覇気がない。そろそろ本題に入るときだろうとみた杉内も、彼に問いかける。


「それも含めて、話してくれるんだな?」

「もはや、隠し立てすることなどない。全て話そう」


 紅茶をさらに一口すすり、そしてそれをソーサーに置いた時には、最初の時のようなどっしりとしたオーラが戻っていた。改めて、覚悟を決めたらしい。そして、彼は一つ深呼吸をして、口火を切った。



「――これは、“復讐”だ。第三次台湾海峡危機から続く、共産党政権に対する、盛大な復讐劇でしかなかったのだ」




 その目は、どことなく、“怒り”もにじみ出ていた……

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