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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第1章 ―数ヶ月前 A few months ago―
6/93

1-5

 ――週末。東京での待ち合わせに30分前に到着した羽浦は、20分前に到着した二人組の男女と合流を果たす。片方は蒼波。忘れないうちに出合い頭のアッパーを喰らわせておく。

 そして、もう一人。


「お久しぶりです、雄さん」

「どうもどうも、お久しぶりです」


 お互い畏まったような挨拶を交わす。蒼波と共に来た『神野遼河かんのりょうが』である。一歩引いた礼儀正しさを持ち合わせたハンサムボーイであり、蒼波と同じ部隊に所属するイーグルドライバーの二等空尉。部隊内でも一、二位を争う腕前を持っている。


 そして、彼こそが、蒼波の年上の“彼氏”である。


「暫らくぶりです。いつ以来でしたか」

「2ヵ月前にお会いして以来ですね。部隊見学だったかで」

「あぁ、浜松のあの時はお世話になりました」


 そう言って軽く頭を下げる神野。階級も年も彼の方が上であるのだが、彼は基本誰にでも敬語を話す人間であった。「タメ口がうまくできない」と、よくわからない理由を述べていたのを羽浦は記憶している。うまくできないってなんなんだ。性格上無理って話でいいのか。

 蒼波の幼馴染な羽浦と、現彼氏の神野であるが、互いの仲は良好である。こうして休日を過ごすこともしばしばであり、これも、蒼波の彼氏になったのがきっかけであった。元より、蒼波が恋愛相談を羽浦に持ち掛けてきた時から、「友人枠」として二人の仲介に動いたりしていたぐらいである。初恋の相手の告白補佐という、何とも複雑な立場であったが、これも羽浦なりに幸せを願ってのものだった。


「今日はゴチになりま~す」

「なりま~す、ってそっちから勝手に言っといて……」

「まあまあ、多少は僕の方でも出しますので」

「あぁいや、遼さんは別に大丈夫なんで……」


 発端は彼とはいえ、彼にまで飯を奢ってもらうのはさすがに悪い。そうした羽浦の意向により、やはり事前の計画通り自分で出すことにした。代わりに、通行費などは全部蒼波持ち。最初は渋っていたが、顔面ストレートを持ちだしたらすぐに頭を下げ始めた。やはり立場が確定している、この二人の関係である。隣から神野が小さく微笑んでいた。元気な我が子でも見守るかのように。彼はまだ結婚していないのだが……。



 その後、4日くらいかけての長期休暇を全て東京で満喫することになった。東京と名前があるのに千葉県にあるテーマパークやら、羽田空港の見物やら、東京タワーやら、スカイツリーやら。ご定番の観光名所を一通り巡るものとなった。中学時代の修学旅行などで何回か来てるのになんでまたとも羽浦は思っていたが、蒼波曰く、神野の発案らしい。


「インドア派だって聞いてましたが、珍しいですね」

「たまには首都観光もいいかなと思いまして。外の空気も吸いたいですしね」

「いつも吸ってる気がしますけどね……」


 その神野の目は妙に冴えていた。都心のいたるところに目を向けては、まるでそれをしっかり記憶しようとも言わんばかりに目を離さない。中々来れないのは間違いないし、今度蒼波と共に沖縄に配置転換される。離れる前にしっかり見ておこうというのであろうか。


「(沖縄いったら、距離もあるし中々本州には帰ってこれないだろうからなぁ……)」


 インドアらしい彼がわざわざここに来た理由も察することが出来ようというものであり、余り邪魔はしないでおこうと心に決めた。ついでに、隣にいる彼女さんのはしゃぎぶりも抑えるようにしなければならない。お前はなぜにそこまで興奮しているのだ。お前は神野と違って何度か東京来てるじゃないか。そんなツッコミも、彼女には届かない。見向きもしていない。あとでスリーパーホールドでもかましておこうかと、今のうちに技の掛け方をネットで調べ始める羽浦であった。



 ――東京を満喫して4日目の夜。

 明日の午前中にはもう自分たちの基地に帰るので、これが最後の3人一緒の食事となる。この時、蒼波は何をトチ狂ったか、あろうことか六本木ヒルズのイタリアンレストランを事前に予約していた。もちろん3人分。羽浦には事前連絡なし。

 ファミレスは奢るとは約束したが、そんな高級レストランまで奢るとは言っていない。羽浦は無言かつ無表情で今度こそスリーパーホールドをかましたが、


「ままままってちが、ちが、これは私が行きたいと思ってたやつだから! 私が払うやつだから! 雄ちゃん払わなくていいかrあだだだだだだだだだだだだだ!!」


 という必死の説明によりようやく解放した。蒼波曰く、ここは前々から行きたかったところだそうで、神野が「最後はダイニングにしようか」と口走ったのを、どういう風に解釈したのか「じゃあ六本木ヒルズね!」となってしまったようである。「いや、発想の飛躍も甚だしいわ」と、羽浦による渾身の2度目のスリーパーホールド炸裂。そして、それを微笑ましく見守る神野の図ができるまでがお約束。



「――うわぁあ、きれぇ!」


 店内に入るや否や、店員の「いらっしゃいませ~」の声をかき消すように、蒼波は興奮したようにそう声を上げていた。神野が静かにするよう優しく宥める隣で、羽浦も「おぉ……」と小さく感嘆の声を上げていた。

 目の前には、夜の東京の夜景が広がっていた。柱のほとんどない窓ガラスからは、夜の東京の明かりがきらびやかに差し込み、静かで、のどかで、優雅な雰囲気を店内に漂わせる。羽浦自身、レストランどころか六本木ヒルズ自体今回初めて入ったのだが、噂通り高級感は強く感じ取れるものとなっていた。

 店員の案内のもと、3人は窓際の4人用のテーブルに案内された。夜景見たさで、蒼波がしっかりとここの席を取っていたのである。全ては夜景を見ながら夕食を食べたいがために。

 3人のテーブルからは、東京タワーはもちろん、その奥にはレインボーブリッジや東京ゲートブリッジも見えていた。そして、眼下に広がる都心のビル群の明かりが集合してできた夜景は、まさしく夜限定の光る芸術とも呼べる程には圧倒的かつ壮観なものであった。


「(天気がよかったのは幸いだったな。夜景が遠くまで見える)」


 この日は雲がほとんどない晴天であった。夜景を見るには絶好の条件が整っている。運が良かったというべきであろう。

 蒼波は早速注文を取り始めた。


「じゃ、これに関しては私の奢りだから好きなの頼んでってね~」

「ていってもお前、お土産大量に買ってたろ。まだ金あるのか?」

「さっき降ろしてきた。10万ぐらい」

「たっか」


 さすがにそこまでは要らないだろ……。羽浦の内心の声が彼女に伝わることはない。


 そんな蒼波であるが、羽浦の予想通り、結構な量を注文した。羽浦が黒毛和牛のボロネーゼを頼んでゆっくり食している目の前で、トマトソースの大盛りパスタから始まって、ミラノ風ドリアを速攻で平らげ始める。その間、暫くは談笑に浸っていた。


「そういえば、この前の警戒管制訓練でさ、お前らの部隊出てきたわ」

「え、私たちの?」

「ああ。んで、お前出てきた」

「私!?」

「レパード隊の2番機だろ? 2-2のコールサインだったわ」


 数日前の訓練のことである。RESCAP対応のものであったが、小松から上がったレパード隊2番機は、原則彼女が担当することを、羽浦も知っていたのだ。

 ……尤も、その訓練ではその2番機は……、


「まあ、落とされてたけどな」

「え、落ちたの!?」


 シミュレーション上とはいえ、自分が落とされたことはやはりショックだったらしい。隣で神野はがんばって笑いをこらえているが、蒼波は何とも「ええ……?」と言いそうな微妙な顔を浮かべていた。


「私落とされたの?」

「落とされてたわ。スホーイに後ろとられてあっさりと」

「ちょっと、しっかり管制してよ。落とされてるじゃん私」

「しょうがないだろ、後ろいるぞって警告してたのにそのまんまほとんど動かねんだもんよ。死にたがりかと思ったぞ」


 実際、その時レパード2-2は余り動いていなかったのだ。敵からしたら撃ち放題な状況なのである。


「でもまあ、その時は無線で聞いた限りではTACネームが違ったから、一応は別人って設定なんだろうけどな。“フェアリー”って言ってなかったわ」

「なんだ、よかった……」


 心底安心したような表情を浮かべる蒼波。その隣から、そのTACネームに反応した神野が、話題を変えてきた。


「でも、可愛いTACネームだよね、フェアリーって」

「ですよね。妖精だぞ、妖精」


 フェアリーというのは、蒼波の空の上でのTACネームである。元々は、蒼波が小松の309に配属された際、先輩たちから「お前可愛いな。妖精みたいだわ」と大層可愛がられたのだが、その結果、いつの間にか本人の知らないうちに「お前のTACネーム“フェアリー”ってなったから」と、唐突に近藤が宣言してしまったのが発端である。語感もいいし、蒼波に似合っているということで、一応本人も同意はしたのだが……。


「よくないわよ。結構ネタにされるんだからねこれ。たまにこれのせいでイジられるし」


 と、時として不満を口にすることはある。


「全く、誰よ最初に妖精フェアリーなんてTACネーム考えたの?」

「近藤三佐じゃないの?」

「そこらへん本人がぼかしてるのよ。ま、どうせ近藤さんが思いついたんだろうけど……」


 頬杖をついて、最後のドリアを口に流し込んだ。羽浦的には、十分フェアリーのTACネームは可愛らしくて、蒼波にぴったりだとは思うのだが、本人は満足していないようである。TACネームは先輩パイロットから一方的につけられるのがお約束とは聞いていたが、蒼波の話を聞く限り、どうも本当らしい。尤も、変えるつもりはないみたいなので、少なくとも“嫌い”というわけではないみたいだが……。


「(可愛いと思うんだけどなぁ……)」


 まあ、どうせ慣れるだろうと、羽浦は楽観的に見ていた。


 その後、ドリアを完食させた蒼波は、今度はでかいマルゲリータピザを注文した。それも、チーズが滅茶苦茶大量に乗っけられたもの。店員にダメ元で「チーズ倍ぐらいでいいです」とか抜かした蒼波に、店側がなぜか全力で答えてしまった結果であった。別に答えんでもよかったのにと羽浦は思ったが、彼女は喜んで食していた。

 常人ならドリア食べてる途中で満腹になるところを、彼女はまだ食う。これ、まさかまだ頼むわけじゃないだろうなと、羽浦は半分本気で心配になる。いくら自分が金出すからといっても、自分の頼んだ奴だけでいったいどれだけ金を消費するつもりなのだ。しばらく東京はこれなくなるだろうからといっても、食べすぎな気がしないでもない。密かに自分の財布の中身を確認しつつ、


「お前、そんなに食って太らね?」


 普通なら聞いちゃいけないような質問も、羽浦は遠慮なしに言った。


「別に、生まれてこの方あまり太った経験がなくて。たぶん体質でしょ」

「体重管理に躍起になってる世の女性たちが聞いたらヤバい言葉だ……」


 周りにそれらしい女性がいなくてよかったと、羽浦は心底ホッとした。実際、彼女とは小学校時代からの付き合いであるが、少しも太った時期がなかった。出会ったばかりの時から結構大食いなイメージはあったのだが、太ったことがない。小中高、どこに行ってもそうなので、同級生から度々「ダイエットどうやってしてるの?」とか聞かれたのだが、「したことないよ? 運動はちょっとやってるけどそんくらい」と答えて周囲の女性友人たちをビックリ仰天させるのは、もはや彼女のお家芸みたいなものだ。

 神野も、最初こそそんな彼女の食いっぷりには驚愕を通り越して、正直ドン引きしてすらいたようだが、今ではもう慣れたもの。自分の頼んだカルボナーラを食べつつ、隣から、食欲旺盛な我が子を見守る母親の如き表情を向けていた。いや、あんた親じゃなかろう。


「あ、咲ちゃん、口にチーズついてるよ」

「ん」


 そういって神野は、テーブルに置かれていた紙ナプキンを一枚取出し、蒼波の口元についているチーズを拭いてあげた。よくリア充たちが起こす微笑ましく、かつ、一部勢力からは恨みや憎悪などの負の感情を買う光景であるが、どうも羽浦には、恋人というより親子のように見えていた。いや、どっちが親でどっちが子か、などと一々考えるまでもないのだが……。


「相変わらずよく食べるね、咲ちゃんは」

「食わないとやってけないでしょ。すべての生存は飯にかかってるのよ飯に」

「大食いらしいお言葉だ」


 大食いな人って同じこと考えてるんだろうか。羽浦は勝手にそんな想像をしてしまう。


「咲ちゃんの食べる姿は癒しだよね。食べてるときずっと笑顔だから」

「褒めても何も出んぞ遼ちゃんや」

「本当のことだからしょうがないじゃないか」

「このこの~」


 そういって、ピザを持つ右手の腕で神野をつっつく蒼波。本当に微笑ましいぐらいの理想的なカップルであると、羽浦はここに非リア充がいないことに感謝した。尤も、雰囲気からしてそうした人たちが来そうな場所ですらないのだが、たまにまぎれているときもある。彼らにとって、知らない、もしくは見ないほうが幸せなものだってあるのだ。今、目の前にある光景がその典型例である。


「(うーむ……どうも俺は場違いな雰囲気があるな)」


 二人の邪魔をしてはマズイ。できる限り空気にならねばならないと考えていた時である。


「……あ」

「?」


 ふと、どこからともなく「ピピピ ピピピ」と電子音が鳴った。誰かの携帯の着信音か。

 神野のほうから聞こえたその音の正体は、やはり神野の携帯の着信音であった。スマホを取り出し、画面に出てる相手を確認すると、


「あぁ、すみません。少し席外してよろしいですか?」

「誰かから電話で?」

「ええ。ちょっと友人から。すぐ終わらせてきますので」


 そういって、神野はスマホを片手に席を立ち、早足で少し離れたところにある、トイレに向かう短い通路の陰に隠れるように入った。まあ、食事中とはいえ、唐突な電話は時たまあることである。どうせすぐに戻ってくるであろうと、羽浦は残り少ないボロネーゼを再び口に入れ始めた。蒼波も、戻ってくるまではひたすらピザ。時たま隣に置いている水を飲むが、その際に、


「……今のうちに聞いておきたいんだがな」

「ん?」


 羽浦はここぞとばかりに蒼波に聞いた。


「お前ら、いつになったら結婚するんだ?」

「ブフッ!?」


 飲んでいた水を思わず吹き出しかけて、ギリギリで耐えた。耐えた時にのどに詰まったのか、思いっきりせき込んでしまい、すぐ近くにいた幾人かの客や店員が蒼波のほうを不審そうな目で見る。羽浦が愛想笑いを浮かべつつ頭を下げ、ただの事故だと悟らせると、すぐに興味をなくしたように視線を蒼波から離した。

 羽浦から差し出された紙ナプキンを強引に取って口元を吹きつつ、未だに軽く咳き込んでいる蒼波が、軽く怒りながら羽浦に言った。


「び、ビックリさせないでよ雄ちゃん! いきなり何!?」

「いや、だって気になるじゃんか。お前ら恋人になって何年目よ?」

「ッ……さ、3年目です……」

「もういい加減指輪もらえよ。向こうだってそろそろ準備してんだしアタックしてさ」

「あ、アタックって……ッ」


 蒼波は口元を吹き終えると、紙ナプキンを感情任せに握りしめつつ赤面していた。ここぞとばかりに純粋な乙女モードへと転換する蒼波に対し、羽浦は半分呆れつつもさらに仕掛けた。


「向こうから告ってきたんだろ? 一昨年から同居し始めたのだって、遼さん自身も、恋人で終わること前提で告ったわけじゃないってことの裏返しじゃねえか」

「そ、それはそうだろうけど……」

「向こうから来ないならお前から投げかけるでもいいと思うぞ? 案外、あの人もタイミングを図りかねてるだけかもしれないし、それならこっちから仕掛けて、結婚を迫るうえでのハードルを下げてやるのも恋人の役目だろう」


 羽浦は、いつまでたっても結婚しないどころか、兆候すら見せない二人に内心やきもきしていた。もう3年も経つ。初心な学生でもあるまいし、そろそろ次の段階に行ってもよいではないか。恋人いない歴=年齢な自分がいうのもなんだが、あまりに遅いのではないか。羽浦は、そんな二人を見ながら気を揉んでいたのだ。


「3年も経ったんならそろそろいいじゃねえか。なんなら手伝うぜ」

「い、いいよ、さすがにこれ以上は……」

「お前らに任せてたらいつくっつくかわかったもんじゃないぞ。……恋人で終わる気はないんだろ?」

「まあ、そりゃあ……子供だって作りたいし……」

「そういや、お前ら“夜の作業”はやったん?」

「それここで聞く!? ていうか私に聞いちゃう!?」


 もじもじしつつも、再びより一層の赤面を発動させる蒼波。どこまで乙女なんだ。羽浦はそろそろ苦笑いが出始めた。


「お前、俺と会話するときは下ネタ普通にぶちかましてたくせに、なんでこういう時は顔赤くするんだよ」

「し、しょうがないでしょ、意識しちゃうんだから……」

「はぁ……。まあいいや。んで? したの? してないの?」

「……し、してないです……」

「そろそろやれよ」

「私から!?」

「え、むしろお前が攻めだと思ってたが」

「私は攻めには似合わないでしょ」

「幻聴かな、お前の普段のイメージが崩れていく音が……」


 今までゴーイングマイウェイで引っ張られまくってきた羽浦にとって、この回答はあまりに予想外すぎていた。神野は確かに頼りがいのある素晴らしい男性であるが、例の夜の営みに入れば、間違いなく主導権は蒼波が握るであろう。彼女の性格的な力強さには敵うとは思えない。そんな想像は、一瞬にして重機で破壊されたコンクリート壁の如く音を立てて崩れ去った。


「……でも、まあ……、そろそろ次に行ったほうがいいのかな?」


 蒼波が半ばつぶやくようにそう言った。相変わらずもじもじしつつ、上目使いで羽浦を見る。内心悩んでいたのは彼女もだったのだろう。羽浦は背中を押すつもりでいた。


「お前らならきっとうまくいくって。支援ならするぜ。これでも本職は管制員だ。何かしらに導くことほど、俺の得意なことはないんだよ」

「本職がいうと説得力あるね」

「だろ? 必要なことはしてやるよ。あとはお前らが自分でやれ。こういうところでは、俺はサブキャラだ」

「ごめんね、いつも迷惑かけて」

「馬鹿言うな、今さらだろ」

「そこは「もっと迷惑かけていいぞ」っていう場面じゃないの?」

「ご生憎さま、俺はそこまで性格よくない」

「うわムカつくわコイツ」


 そういって二人は、食事の手を止めて声を抑えながら笑いあった。こんな冗談を言い合えるのは、この二人を除けば、神野ぐらいしかいない。それほどの仲であった。



 神野が戻ってきた後、生活サイクルの関係上、高速食事が得意な自衛官らしくさっさと自分の飯を平らげてしまった3人であるが、蒼波による「まだ時間はあるから」という割とよくわからない謎の理由で、食事は続行。

 男性陣二人は、軽い食後のデザートとばかりにそれぞれ小さめのケーキとジュースを一つずつ頼んだのに対し、蒼波は、いちごのショートケーキとチーズケーキを同時に注文し、さらにアイス宇治抹茶ラテをも飲み放題なドリンクバーで二つ同時に入れて持ってくるという結構謎の組み合わせを発動していた。リンゴジュースとガトーショコラの組み合わせで頼んで少しずつ食べている羽浦の目の前で、少し早めの速度でどんどんと食べ続ける蒼波であったが、どう見ても“メインの食後の優雅なデザートの風景”には見えない。


「……絶対腹壊すな、これ」


 羽浦は確信した。今日のホテル、トイレは早めに行っておこう。しばらくして彼女が長時間占領することになっては事である。神野と目を合わせ、彼ともアイコンタクトで意思を共有し合った。何度か被害にあった二人だからこそできる、ハイレベルな意思疎通である。


「……あ、ラテなくなった。追加追加」

「まだ飲む気なのか」


 もう呆れを通り越して一種の諦観に達していた羽浦であるが、肝心のドリンクバーは、少し長めの列ができていた。どうやら団体客の列らしく、しかも大量に持っていく気である。お盆を数枚持って、大量のドリンクを注いでいた。


「うへぇ、時間かかりそうだなあこれは」

「店員に頼めば?」

「これあのドリンクバーにしかないのよねー。あそこしかバーないのか、面倒だなぁ……」


 そういって蒼波は、面倒くさいとばかり眉を顰めた表情を浮かべながら、席を立ってその列の最後尾に並んだ。

 まだ飲む気かよ、本当に腹壊すぞ……。そんな心配は彼女に届くはずもなく。苦笑を浮かべつつ、左手に広がる夜景を楽しみながら、ゆっくりとデザートを楽しんでいた。


「……綺麗ですね、この夜景」


 唐突に、神野がそう切り出す。


「そうっすね。……まあ、時間帯からしてこれほとんどが残業の塊なんすけどね」

「随分と夢をぶっ壊すようなことを」

「実際そうだからしょうがないじゃないすか」

「まあ……」


 夜景の光は残業の光、とは一体誰が言い出した言葉であったのだろうか。だが、観光名所や民家、宿泊施設、それに、客を入れた施設やらボートやら以外は、ビル等についている明かりは大抵は残業によるものだったりするのだ。純粋に夜景を楽しむ一方、そうした背景を考えた途端、妙に悲しくなる。明るければ明るいほど、その中では疲れ果てた企業戦士たちが戦っているということになるわけで、何とも複雑な光景でもあるのだ。


「そういう意味では、僕たちは公務員でもよかったのかもしれないですね。彼らには申し訳ないですけど」

「ですなぁ。ま、夜景自体は綺麗なのには違いないですからね」


 複雑な背景さえ除くならば、こうした煌びやかな景色に見とれるのは当然の心境である。楽しむもんは楽しみたい羽浦は、それとこれとは別という考えで見ていたが、一方、夜景に視線を送る神野の目は妙に細い。どこか遠くを見るような眼でもある。


「僕たちが守っているのは、これなんですよね」

「そりゃもう」

「……でも」

「?」


「何を、守ればいいんでしょうか」

「はい?」



 そういう神野の目は、少しだけ物悲しそうな雰囲気があった……

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