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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第8章 ―6日目 Day-6―
58/93

8-7


 蒼波の叫び声。聞きたくなかった台詞を聞きながら、新たな反応として出てきたミサイルを確認する。余りに近い。この距離、まず当たる。蒼波に、できる限りでいいから回避するよう伝えようとした。


「フェアリー、チェックシックス! すぐに回避――」


 ――だが、


「……えッ?」


 そのミサイルの軌道を見た羽浦は、一瞬その口を止めた。反転して行っている。目の前にいる絶好の標的である蒼波ではなく、その後ろ、どうにかして近づいてきた近藤目掛けて撃った。近藤は直ぐに回避を実行するも、中間誘導を途中で切ったのか、近藤機を追うのを途中でやめてしまう。

 羽浦は数秒ほどあっけにとられていた。


「(なぜ? なんで咲を攻撃しなかった? 近藤さんがいてまともに攻撃できないと思ったから?)」


 だが、近づいたとはいっても近藤はもうミサイルを撃てないし、機銃が当たる距離には来ていない。ミサイルの攻撃圏内に入っても攻撃してこないことから、向こうもそれを悟っているはずだ。わざわざ牽制をする必要はない。それよか、さっさと蒼波を撃ってトンズラすればよかったはずだ。

 ――どういうことだ? 疑問しかないが、しかし、行幸でもある。近藤もどうにかして回避に成功した。意図はわからないが、これで1機も撃墜されることはなくなったわけだ。


「あぶねぇ……彼女に撃たないでよかったな」

「ああ。撃たれたら一巻の終わりだった。敵さんがアホだったのは不幸中の幸いだな」


 後ろや隣からそんな声が聞こえてくる。気がつけば、周りは重本を含む数人の管制員が雁首揃えて羽浦と同じレーダー画面を見ていた。いつの間にこんなに集まってたのか……。


「おい、見ろ。コウモリが動いたぞ」


 一人の管制員が画面を指をさして言った。F-15Cから、1発ずつミサイルが発射されているのが表示される。援軍が間に合ったのだ。J-20はすぐにちじぢりになって飛び去っていく。蒼波も、後ろからのプレッシャーから開放された。


『ゲン、待たせたな。無事か?』

『フランか! ずいぶんと遅いじゃないか!』

『ヒーローは遅れてくるもんだろ、わかるか?』

『もう終わっちまったよ空戦はよォ!』


 若干欧米訛りの日本語にツッコミを入れる近藤。これは、いつぞやの近藤さんのご友人か。綺麗な編隊を組みながら、無駄のない動きでJ-20を追い払っていく様から、彼らの錬度の高さを窺い知ることができる。


『雲の中に逃げていった。2機でジョインアップしてたから、もう追っては来ないはずだ』


 近藤からの無線だ。レーダー画面でも、2機のブリップが高度を落としながら、低空で北上していくのが確認できる。しかも、先ほどとは違ってほぼはっきりと表示されていた。なぜ今更になって明瞭に映し出すのか……羽浦はレーダー画面を恨めし気に見つめていた。

 ただ、とにもかくにも全員生きていることには違いない。羽浦と、その周囲はホッと一息つくことができた。


「……とにかく、何とか無事でよかった。あそこまでの猛攻を凌ぐとは、猛禽類の名は伊達ではないか」

「直ぐに那覇に戻すよう伝えろ。フェアリーは機体がボロボロだから無理はさせるな」

「那覇基地に通信。被弾多数の機体が着陸する。滑走路上での非常事態に備えるよう通達しろ」


 重本の指示と、それに基づく派生の伝令がすぐさま飛び交った。羽浦の周りに居座っていた管制員たちも元の場所に戻っていく。ラングスウィルの4機も、デモイセルの管制下で近藤たちの任務を引き継ぎ、ようやくひと段落ついた。ここで初めて、羽浦は大きなため息をついた。


「よかったですね、皆さん無事で」

「あぁ、百瀬さん」


 すぐ後ろでは、百瀬が羽浦の肩をもみながら労っていた。ちょうどサポートとして回っていたらしい。もみ方がうまいのか、程よく肩がほぐれる様な感覚を覚えていた。ここら辺は、さすが人妻といったところである。


「ステルス機が紛れ込んでいるなんて想定外でしたよ」

「ですね……さっき、南西SOC担当の通信員の方を手伝ってたんですけど、向こうも仰天してたみたいですよ」

「でしょうね」


 ただの反乱軍無勢が、まさかステルス機まで持っているとは思ってもいないだろう。たぶん、同じようなことはペンタゴンでも起きているはずだ。どこもかしこも、今頃上を下への大騒ぎに違いない。


「この4機もよくかわしたよな。もうこいつら、バザード隊の中ではトップエース級だろ」

「だよな松っちゃん。ゲームだと、そろそろあだ名がつく頃だぜ」

「違いねぇ」


 隣からそう簡単とした声を上げる管制員たちもいた。エースにはお馴染みの二つ名ということだろう。羽浦は苦笑しながら返した。


「あだ名ね。そういうのは後世の人間が勝手につけるでしょ」

「でもつけられるとしたらなんだろうな。バザードの四天王ってか?」

「安直過ぎるわ」

「ハハハ……」


 後ろから百瀬の苦笑が飛んできた。ついでに、「あ、俺の肩も揉んで~」とせがまれると、嫌な顔ひとつせずに揉みにいった。人の厚意を簡単に求めるなよと思いながらも、羽浦も疲れたので深くはツッコまないことにした。

 レーダー画面を見ると、バザード7の4機は空中集合し、編隊を組んで那覇基地へと一直線に向かいはじめていた。お隣はああいって軽く茶化していたが、実際、この4人の技能はトップクラスであるには違いない。そんな彼らも、さすがに疲労困憊だったのだろう。互いに労っていた。


『フェアリー、生きてるか?』

『何とか。ここ地獄じゃないですよね?』

『安心しろ、ここは現世だ。黄泉の国には行っちゃいねえよ』

『そりゃよかった。まだあっちで死人にはなりたくないですからね……』

『死人になってもお前は元気そうだけどな』

『スリット、そろそろアンタには自分の血の味を教えたほうがよさそうね?』

『毎度思うんだけど脅し方のバリエーションおかしくないか?』

『ユーモア溢れる女性と言って?』

『えぇ……』

『隊長、この二人本当に同期ッスか?』

『俺にもわからん』


 わからないのかよ。だが、蒼波の声も元気そうであるには違いない。あとは、無事基地まで帰ることを祈るばかり。


『アマテラスもお疲れ。寿命縮んだでしょ?』


 羽浦を労ってか、蒼波がそんな無線を投げてきた。死にそうになってたお前が言うのかと思いながらも、そのご厚意に甘えることにする。実際、たぶん寿命は縮んだろう。


「俺の人生10年は消えちまったよ」

『奇遇ね。たぶん私もよ』

『俺もなんだよ、寿命ってどっかに売ってね? ちょっと買いにいきてんだけどさ』

「いけるなら俺もいきてえよスリット。誰か売り場知ってたら教えてくれ。教えてくれたら今度――」




『――ザザッ……』




 一瞬、無線にノイズが走った。常時流れる小さなものではない。もっと大きなものだ。羽浦たちの会話は一瞬ストップしてしまう。


『なんだ、誰か無線壊しやがった奴いるのか?』

『俺はなんともないぞ。フェアリーじゃねえか?』

『私の無線は生きてますよ? 機体はボロボロだけど』

『俺のも違うッスよ。というかこの面子の中で唯一被弾ゼロで生還する人間ですし』

『うらやましいことこの上ねえなお前』


 切谷がそんな恨み節を炸裂させる。大洲加のドヤ顔が透けて見えるようだが、誰も故障でないというなら問題ないだろう。気にすることなく那覇基地への針路を指示しようとした。




『――やっぱり、皆さんだったんですね』




 ――思考が止まるとはまさにこのことを言う。誰もが、本来入ってくるはずもない別の誰かの無線に耳を傾けざるを得なかった。部外者……にしては、妙に唐突過ぎる。何かがおかしい。ノイズが混じっていて不明瞭だが、男性の声だ。しかも、たぶん若い。


『誰だ? どこの奴だ?』

『戦術機動から、機体の動かし方、そして旋回の癖まで……まさかとは思っていましたが、やはり、あなた方でしたか。“お久しぶり”です』

『お久しぶりって、おいおい、誰かの友人か?』

『同窓会のお誘いなら地上でやってくれねえか。俺たちゃ今帰るところでよ』

『あぁ、その軽いノリも懐かしい。たった数日ですが、やはり毎日聞いていないと忘れかけますね』


 おいおい、一体何の話だ? 羽浦も聞いてる無線で、なにやら妙な男がしたり顔で話しかけている。誰だ? どこの誰が無線を投げてるんだ? 同じ無線を聞いていた隣のサポートの管制員も様子の変化に感づいた。


「割り込みか?」

「松さん、俺のところにくる別働隊ってありましたっけ?」

「いや、ないよ。今はそのバザード7だけだ。あとで交代の奴は来るが、それなら事前に知らせる」

『おうおうこりゃああれか? どことも知らん誰かが割り込んできての妨害工作か?』


 近藤が無線でそう疑問を投げかける。同じようなことは彼も考えていたようだ。万一ということもある。手順に則り、羽浦は無線で呼びかけた。


「警告する。こちらは日本国航空自衛隊である。現在貴方は我々が使用している有事周波数帯に進入している。直ちにこの周波数から退去せよ。繰り返す。こちらは――」


 羽浦がマニュアルを素早くめくりながら、該当項目にある警告文を読み上げた。大方、民間人が間違ってこの周波数に入ってきた上、いたずらを仕掛けているのだろう。悪質ではあるが、さっさとここから追い出して警察当局に通報を――。



『――あぁ、貴方もいたのですか。“数ヶ月振り”ですね』



 警告を読み上げる羽浦の口が凍りついた。“数ヶ月振り”? 待て、数ヶ月前にあったことがあるのか? しかも、ここまで親しげに……。


「……えっと、羽浦さんの知り合いで?」

「まさか、こんな奴俺は……」

『おいお前、誰だか知らんがふざけるのも大概にしろよ? ここは自衛隊の有事周波数だ。勝手に入っていい場所じゃねえッ』


 近藤が軽く厳しい口調でたしなめる。いい加減出て行ってくれないかという空気は、この無線を聞いている者たちの中で成就されつつあった。頑なにここに残るなら、やはり発信源を調べて警察当局に――。




『やだなぁ、数日しか経ってないのにもう忘れたんですか。“近藤三佐”?』




 ――なに? お前今なんて言った? 近藤が瞬時にして言葉を失い、羽浦も一瞬目が点になってしまう。なぜ近藤の苗字を知っている。しかも、階級まで? だが、その疑問に答えることはなく、無線主の彼は続ける。


『軽いノリでジョークをかましているのは切谷きりたに二尉でしょう? いつもアメリカンな切り口で通してますからね』

『お、おいおい、お前なんで……』

『今日も、スリットはいつもの後輩を引き連れているみたいですね。オスカーこと、大洲加おおすが三尉』

『えぇ、俺の名前……』


 次々と言い当てるパイロットたちの名前を聞きながら、羽浦は唖然としていた。この反応、どうも正解らしい。まさか、彼らが見知った人間か? しかも、流暢な日本語を操っているあたり、おそらく日本人だ。訛りもない。


「どうした?」

「無線に妙な奴が流れてます。日本人みたいですが……」


 様子を見に来た重本が別の管制員から説明を受けるが、どういうことなのかさっぱりらしい。だが、動揺する彼らを無視し、もう一人、彼女を呼んだ。


『もう一人は……まあ、309で女性パイロットといえば一人しかいないよね――』




『――咲ちゃん。君でしょ?』




「……咲“ちゃん”!?」


 羽浦は思わず叫んでしまった。蒼波のことを、「咲ちゃん」等という風に呼ぶ人間など一人しかいない。両親でさえ呼び捨てだったと蒼波本人が言っていたのだ。

 ――この時、羽浦は、いや、蒼波や、そして他の3人も、この無線主が誰であるのかを瞬間的に悟った。だが、ありえない。彼は、事実上“死んだ”はずなのだ。


『……嘘でしょ……、なんで……』


 蒼波が口にした、殺人鬼を目の前で見たときのような絶望に満ちた一言が、それを裏付けていた。そりゃあ、彼らの名前は全員知っているはずだ。そして、誰でもない、羽浦のことを知っているのも、彼とは、数ヶ月前に別れてそれっきりであったのも、すべてが辻褄があう。


「……バカな……」


 だが、なぜそこにいる。いや、今までの会話から見るに、要は、先ほど飛んでいたJ-20に乗っていたということになる。まさか。なぜ? なぜ彼がそこにいる? あの時、確かに墜落して――。

 後ろもただならぬ雰囲気を感じて固まる中、彼は、トドメの一言を突き刺した。


『貴方のことも知ってますよ、アマテラス。……いえ』




『――咲ちゃんの親友、“羽浦三尉”』


「――遼さん……ッ!?」





 いるはずのない、いや、“いてはならない”人が、そこにはいた……

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