8-4
≫AM09:54 東シナ海上空 3万8000フィート≪
「――潜水艦は何隻だ? こっちにもデータ上げるよう言ってくれ!」
重本の叫声が室内に響き渡る。フリゲート『慶陽』の佐世保誘導のための防空対応に追われていたE-767オペレーションルームは、一転して対潜戦闘支援の任を請け負わねばならなくなった。対潜戦闘は基本的に海自の領分であるため、空自の出番はあまりない。だが、対潜戦闘を行う主体たる護衛艦や対潜ヘリ、哨戒機といったアセットを防護するために空自の戦闘機は出張る必要があった。
BARCAPに上がっていた戦闘機は空自のF-15Jか嘉手納基地のF-15C。多国籍軍が作戦準備のため沖縄方面に近づいた関係で、米軍がいつも以上に戦闘機を飛ばしてくれたのは助かった。何せ今は……。
「――羽浦、今そこに向かっている敵機の数は?」
「全部で12機。すべて戦闘機、Su-27系統、J-11とSu-30MKK」
自分の受け持っていた『黄泉比良坂空域』。そこに、戦闘機が4機ずつの3個編隊に分かれて南下してきていた。一気に12機もよこしてきたが、うち2個はJ-11“戦闘機編隊”であり、Su-30MKK“攻撃機編隊”を護衛するように前方に布陣している。潜水艦が姿を現した段階で、この戦闘機たちも姿を見せた。つまり……。
「(……狙ってたな)」
このタイミングのよさ。水中と空からの同時攻撃という形で、反逆者を制裁しようという腹積もりだったのだろう。護衛は3隻。十分手間取るはずだ。
だが、幸いにして早い段階を潜水艦は見つけることができた。今しがた上がってきたデータによれば、確認できただけで3隻。うち2隻が、『慶陽』を攻撃するための針路をとっているという。こっちにこなかった1隻は、海自の潜水艦が捕捉したため攻撃可能だが、残りの2隻はどの潜水艦からも攻撃範囲外。対潜ヘリは、周辺の雨風が強く発艦すらままならない状況だ。P-1なら飛べなくはないが、一番近いのを呼び寄せたときには、敵戦闘機の攻撃範囲に入っている可能性が高いため迂闊に飛ばすことが難しい。
……そのため、航空機の対潜支援の線は消えた。事実上、『しらぬい』1隻で対応することになる。
「『しらぬい』1隻でやれるか?」
「今返信来ました。やる気満々です」
「まあ、あの人らしいっちゃらしいが……」
昨日も含め、今まで散々無茶してきたかの艦長は、この状況になっても闘志は燃え滾っているらしい。実際、あの艦の専門は対潜任務だ。早期に発見できた2隻を対処するだけなら、特段心配はないだろう。
「護衛任務艦隊、転針。方位140。宮古海峡へ直行するコース」
「『ジェイソン・クリフォード』、エスコートガイドに合流完了。艦隊後方についた」
『ジェイソン・クリフォード』が到着すると同時に、艦隊は佐世保直行のルートを変更し、少しでも離れるように宮古海峡へ針路をとった。とにかく今は逃げねばならない。唯一のイージス艦を艦隊後部において文字通りの盾とし、『てるづき』を前方に、そして、『しらぬい』が右舷側に躍り出て、西から来る潜水艦に対して攻撃を仕掛けにかかる。
「南西SOCからです。BARCAPからの迎撃部隊の抽出が許可されました。ですが近傍の2個だけだと」
「了解。すぐに迎撃にいける戦闘機は?」
「バザード5とラクーン1。計8機」
「すぐに向かわせろ。BVRは松野が担当しろ」
「了解。羽浦、こっち貰うぞ」
「オッケーです。そっち向かわせます」
迎撃体制の構築は順調に進んでいった。敵編隊はなおも南進中。AWACSに見つかったことは、向こうとて知っているはずだ。慎重に接近させねば、BVRする前に見つかってしまう。
だが、そこは重要な点ではなかった。目下の問題は……。
「……このアタッカーが、何を積んでるかだな」
重本が新代に難しい顔で相談する。8機もの護衛を連れてきたのだ。ただの戦闘機、というわけではまずないはずだ。
「対地攻撃はもはや効果がないことは、一昨日の時点でわかったはずです。なので、あのフランカーGが積んでいるのは、恐らく対艦ミサイルの類……」
「フランカーGが積んでるASMは二つあったよな?」
「ええ。ロシア製の『Kh-31A』と、それを基に作った『YJ-91』です」
この二つは何れも対レーダー/対艦ミサイルであり、性能面に極端な差はない。両者ともに、ラムジェットエンジンを用いて最大マッハ4.5という速度で突進する超音速ミサイルであり、対艦型は射程50~100km、アクティブレーダーホーミングを用いて母機の生存生を確保しているのが特徴である。
低空に下りてもマッハ2台を発揮するため、はっきり言ってASM-3と性能面では競り合っている。一先ず1機につき2発搭載していたとして、総計8発。エスコートガイドの艦隊防空担当の『ジェイソン・クリフォード』が一番早く探知するだろうが、迎撃時間が1分未満しかなく、リアクションタイムを考慮しても余りにも迎撃チャンスが少ない。1発でも『慶陽』にあたってしまっては一巻の終わりなのだ。
だが、日米側も手をこまねいているわけではない。特に米軍では、こうした超音速の長射程ミサイルに対抗するために、早期発見・早期迎撃の思想を実現するネットワークシステムを用意している。
「シゲさん、米軍E-3からです。E-2Dの護衛機少し貸してくれないかと」
「CEC付きのやつだな。いくつ出せばいい?」
「それが4機頼むといわれまして……交代で来る後続が遅れて、代わりの担当の部隊が燃料ビンゴで先に帰っちゃったらしいんですよ」
「全く、しょうがないな。羽浦、そっちにいる『E-2D』に護衛機を4機つけろ。一番信頼できるやつでいいぞ」
それ、つまりはあの部隊つけろって意味だろ……。と、少し口元をニヤリと歪ませた重本を見てそう解釈した羽浦は、個人的に信頼できるあの二人に、この護衛を依頼した。
「BUZZARD 7-1 through 7-4. This is AMATERASU, mission change. Turn heading 3-1-0, ALT 150. カラスから護衛の依頼だ、お急ぎで頼む」
『了解、BUZZARD 7-1。全員編隊を整えろ。行くぞ』
近藤が隊長機となり、4機でフィンガーフォー隊形を組んで北上を開始。エスコートガイドの上空を越え、その先にいた米軍のE-2Dの下へと一直線に向かう。
このE-2Dは、元々は空母『ジェラルド・R・フォード』に搭載されている『第15航空団第120早期警戒航空隊“Star Ravens”』の所属で、今は主に米海空軍部隊に対する早期警戒支援として岩国基地に進駐していた。そのうちの1機が、CECを用いて対空戦闘支援を行おうと、担当していた空域からさらに北上を行っている。
このE-2Dは、“防空の目”としての役割だけではなく、放たれたミサイルの“誘導役”も仰せつかっている。E-2Dに搭載されている『AN/UGS-3B』は、戦術ネットワークを改良しつつ最大限活用した対空戦闘コンセプト『共同交戦能力』を構成するデータリンク端末の一つであり、従来のものと比べて大容量のデータを高速で送受信することを可能としている。これを利用することで、一つの艦船・航空機が探知した目標を、別の場所にいる複数の味方艦船・航空機とも共有し、さらに、複数の探知データを一つに纏め上げることもできる。
味方艦船にしてみれば、E-2Dが捉えた目標を、あたかも自分が探知したかのように見ることができ、このデータを元に対空戦闘を行うこともできる。必要とあらば、発射艦のレーダー電波が届かない水平線以遠に飛んでいったミサイルを、E-2DがCECの仕組みを利用して誘導を引き継ぐことも可能である。この戦闘スタイルを、アメリカ海軍では『海軍統合火器管制対空型』と呼んでいる。
今はあいにくの雨であるが、E-2Dに搭載されたAN/APY-9はしっかりと雨雲の下を飛ぶアタッカーの姿を捉えていた。その上空では、護衛機であるファイターたちが、空自のF-15JとのBVR戦闘を展開し始めている。戦闘機の対応はF-15Jに任せ、米海軍側は放たれたミサイルの対応に集中する。そのためには、E-2Dがしっかりとその目でミサイルを探知している必要があるのだ。
――大分E-2Dに近づいた。4機のF-15Jのパイロットたちは、白い雲海の中に、小さく動く物体を見かけているであろう。白い雲の色に溶け込むような薄灰色のターボプロップ機。近藤が無線を投げる。
『AMATERASU, this is BUZZARD 7-1. Package, Visual ID.(バザード7-1よりアマテラス、護衛対象を視認)』
「AMATERASU, roger. 周波数はこのままでいい。2機だけパッケージに引っ付いて、あとの2機はさらに後方から前方を警戒してくれ。向こうのコールサインはレイヴン2-3。以上」
『了解。スリット、今日はお前が護衛にいてくれ。俺とフェアリーで後方から見張る』
『イエッサー。行ってきます』
編隊右翼側にいた2機がE-2Dに最接近し、残りの2機はさらに左右に幅を取りながら、E-2Dの左右後方についた。E-2Dを先頭に、山型に大きめの編隊を組んでいるような隊形になると、近藤は各機がポジションについたことを確認して、無線をレイヴン2-3につないだ。
『RAVEN 2-3, this is BUZZARD 7-1, we will now start your escort.(バザード7-1よりレイヴン2-3、これより護衛に入る)』
『RAVEN 2-3, roger. Thank you for escorting us. We're using radar so you do not move forward of us.(レイヴン2-3、了解。護衛に感謝する。レーダー使用中に付き、我々の前方には出ないでくれ)』
『Okay, RAVEN 2-3. We are following from your both sides. There are two F-15J aircraft in the immediate vicinity of you, Captain's call sign, BUZZARD 2-3, TAC name, "SLIT".(オーケー、レイヴン2-3。そちらの両側からついていく。そちらのすぐそばに2機のF-15Jがいる、隊長機はバザード2-3だ)』
『Roger. SLIT, i'm counting on you.(了解。スリット、今日は頼むぞ)』
『Yeah, Leave it to us!(あいよ、任せときな)』
そんなカジュアルな無線会話を聞きながら、それぞれの機が配置についたことを羽浦も確認する。BVR戦闘が行われているさらに北方の空域に目をやると、F-15Jと護衛のJ-11が中距離ミサイルを撃っては逃げて撃っては逃げてを繰り返していた。それでも、担当の管制員の的確な指示の下、徐々に敵の数を減らし、一部は雲の下にいるSu-30MKKにも手を出し始める。
「中距離ミサイル、第2波到達。アタッカー、1キル。ファイター2、3キル。トータル7キル」
「被害は?」
「2ショットダウン。トータル3」
「射程に収めるまでにあと1回いけるか……」
でも、たぶん間に合うまい。少し難しい顔をしながら重本は呟いた。先ほども、計6発ものAAM-4BをSu-30MKKに放つことに成功したが、雨雲が間に入ってしまった関係か、うまく電波誘導が行えず1機しか撃墜できなかった。中距離AAMも残り数が少ないことから、攻撃できるとしても、近距離用のAAM-5かAAM-3が使われることになるだろうが、そうなると攻撃までのチャンスは余りに少ない。先に、ミサイルを放たれてしまうだろう。
重本は、エスコードガイド旗艦の『てるづき』を通じて、『ジェイソン・クリフォード』に警告を出し、さらに、レイヴン2-3にもデモイセルを通じて発射の可能性を通知することにした。命令はすぐに伝えられ、レイヴン2-3はデータリンクの最終確認を実施。『ジェイソン・クリフォード』との連携に入る。
「グリズリー、アタッカーがまもなく攻撃する。たぶん迎撃しきれない。レイヴン2-3がデータリンクを使った戦闘支援に入るからしっかり目を光らせててくれ」
『了解。レーダーには何か写ったか?』
「いや、今のところは何も写っていない。ノーコンタクト。少なくとも戦闘が終わるまでは現態勢を維持」
『了解した』
相変わらず冷静な近藤の声。4機は綺麗な編隊を維持したまま、E-2Dの動きに合わせて飛行していた。途中から敵側との安全距離維持のため周回飛行を始めたが、それにもしっかりあわせ、レーダーの邪魔にならないよう、敵との間には入らないよう柔軟に動いていた。流石の錬度。猛禽はしっかりとカラスの護衛の任を全うしていた。
「まもなく敵ASM射程内です。Low-Low-Lowでのデータを下に算出していますが、アタッカーの高度から考えて、恐らくもうレンジには入っているかもしれません」
「アタッカーの撃墜は?」
「今1機キルしました。あとはファイターの撃墜のみ」
「2機残った。4発くるぞ」
果たして、重本の予測は現実のものとなる。1機が撃墜された直後、生き残った2機のSu-30MKKから計4発の小型のブリップが分離される。みるみるうちに増速し、あっという間にマッハ2.5を記録した。反応解析から、やはりロシアの『Kh-31A』系統であることが判明。これは、レイヴン2-3もしっかり捉えていた。
「レイヴン2-3、目標を捕捉。CECリンク開始しました」
「4発だ。十分落とせる」
重本の自信のこもった言葉に、羽浦も同感していた。米海軍ご自慢のネットワーク戦闘における真髄にして、秘蔵っ子ともいえるシステム。対空戦闘が、レーダーの探知性能だけではなく、本当の意味でミサイルの射程に左右されるようになった原因とも言えるこれは、次世代の対空戦闘メカニズムの象徴とも言えた。下は雨雲という悪条件下ではあるが、それでも4発。超音速とはいえ、撃墜するには十分すぎる時間がある。
その後、『ジェイソン・クリフォード』から立て続けに対空ミサイルが発射された。この時放たれたのはSM-6であり、レーダーで確認するだけで計8発。1発につき2発ずつ。その飛翔速度に、「この方向でいいのか?」などといった一切の躊躇は感じられない。
「(よし、いいぞ。このままの飛翔経路なら……)」
――ピピッ
「……ん?」
一瞬だが、画面内に別の反応が写った。……ような、気がした。
その反応“のようなもの”は、すぐに消えてしまった。ほぼ一瞬であったため、高度も速度も確認できず、ましてや機種系統を解析することもできなかった。IFFコードの照合もされていない。
――見間違いか? 疲れてたまにありもしないブリップを錯覚してしまうことも時々あるし、そうでなくとも、ごくたまにではあるが、システム側の反射波解析がうまくいかず誤反射を映してしまうこともある。また、単に自分の使っているコンソールが一瞬だけバグったかもしれない。
とはいえ、少し不安になった羽浦は、念のため同じ空域を警戒監視している百瀬にも聞いてみることにした。無線スイッチを操作し、機内通話のモードに設定して百瀬を呼び出す。
「百瀬さん、すいません。S7Rのポイント43Sあたりを確認してください。そっち何か写りましたか?」
『43Sですか? ……いえ、こっちには何も写ってませんけど……』
「あー、じゃあ見間違いかな……」
連日の任務だ。恐らく目が疲れてしまったのだろう。ちょうどこの戦闘が終わったら休憩に入れるのでそのときに睡眠でもしようか……。すると、様子を見ていた重本も羽浦に近づいてきた。
「どうした?」
「いえ、ここあたりに一瞬反応があったように見えたんですが、どうも見間違いだったみたいで」
「この辺? もうレイヴンのすぐ近くだな」
「念のため確認します? デモイセルもたぶん同じ空域監視してるはずですけど……」
「ちょっと待ってろ」
重本が再び羽浦の下を離れ、別のコンソールにいる管制員に一言二言伝える。デモイセルに確認をする気だ。
一方、『ジェイソン・クリフォード』の行っている対空戦闘も佳境を迎えたようだ。すでに3発迎撃に成功し、残り1発はどうにかしてエスコートガイドのレーダー圏内に入ることには成功したようだが、すでに追加のSM-6が発射されている。さらに、『てるづき』も迎撃に参加するべく『ジェイソン・クリフォード』の左舷側に移動しており、もう命中は絶望的に思われた。
そして、肝心の対潜戦闘も、『しらぬい』の奮戦もあって撃破に成功したとの報告が今入ってきた。潜水艦の脅威は排除され、あとは航空攻撃さえ凌ぐことができれば、『慶陽』の安全はほぼ確保されたも同然だ。
「(BVR戦闘もほとんど終わってるな……)」
中距離AAMの打ち合い合戦に終始したBVR戦闘であるが、こちらも敵側は壊滅状態。味方にも3機ほどの被害があったが、先手必勝の法則は今回も崩れなかったようだ。E-767からの指示に従い、レーダーの使用を最小限度に留めつつ、敵の索敵レーダーの逆探知を最大限利用できたのは大きかったようだ。
もう一部は敗走を始めている。2機ほどが残って、F-15Jの編隊へ向けて突撃を開始しているが、恐らく殿という名の“捨て身”であろう。勝負ありだ。
「――羽浦」
後ろから声がする。残ったASMの行方を見守ろうとしていた羽浦は振り返ると、別のコンソールのほうにいた重本が近づいていた。
「今向こうに確認を取った。E-3も捉えてないってさ。たぶんお前の見間違いだ」
その言葉を聞いて、羽浦もホッと胸をなでおろす。なんだ、自分の勘違いか。やはり目が疲れてしまっているようだ。これが終わったら少し休憩を頂きたいと重本に伝えて許可を貰うと、改めてASMの最後と、BVR戦闘の行方を見守るべく画面に向き直った。
――目を離していたその隙に、また一瞬だけ、2個のブリップが表示されたとも知らずに……




