7-2
≫AM11:25 東シナ海上空≪
――一方の日本側。1日弱を無駄に損耗を増やす時間にしてしまったが、その分を取り返そうと、防衛省は躍起になっていた。
中央指揮所では昨日、損耗の多さに耐えかね、相澤統幕副長が独断で撃墜許可を出そうとして問題になっていたが、それを蒼波統幕長が追認し、さらに大郷も、その意思を受けて菅原を説得に成功させていた。韓国や台湾は通常通り戦闘を続けているし、日本向けでわざわざここまでの大それた脅しをする理由もないとして、国民は黙ってはいないかもしれないが、根気強く説得するしかないという政府内のコンセンサスを得ることができた。自衛隊は、従来通りの権限を取り戻したのである。
また、そう決心できた理由は、一つの朗報もあった。特戦群からの報告により、伊良部島、下地島の熱核兵器の探査完了に目処が立ったのだ。熱核兵器を置くのに適していそうな場所を重点的に探しまくった結果、暫定的ではあるが、一つの結論が導き出された。
――熱核兵器は、“ない”。
特戦群の持つ自信は大きなものだった。JTF司令部で、あの寡黙な上條連絡官が、目を見開いて「ありません」とはっきりと口にするぐらいだ。残っている部分は、熱核兵器を置くには適していない場所ばかり。動画にあったものほどのサイズを隠す場所ではない。
政府も思い腰を上げた。そして、今までの遅れを取り戻すために、ついに自衛隊として行う能動的な作戦の第一歩を踏み出したのである――。
「――シニア、攻撃部隊エアボーン。築城06からLYCAON2-3、第1中継地点ETA、ネクスト53」
管制員の報告に皆が反応した。きた。“ハンター”のお出ましだ。
古くから築城基地に拠点を構え、南の守りとして空と海を見張ってきた第6飛行隊のリカオン隊。数年前の航空総隊戦技競技会でのF-2部門優勝を含め、何度も幾つかの部門での優勝経験を持つ秀才を抱えるベテラン揃いでもある。対艦攻撃訓練での成績も相変わらず優秀であり、俄かに“ハンター”呼ばわりされていたりするほどだ。
ドール隊と同様、リカオンという名は、ドールと同じく狩りの成功率が高いことで有名なイヌ科の動物『Lycaon』から持ってきている。ここでもやはり、験担ぎというわけである。
「依頼主は速達をご所望だ、空中給油なしでそのまま突っ込ませるぞ。IP-1、IP-2の位置を確認。目標の監視を続けろ」
「築城より連絡。バックアップの部隊、まもなく離陸完了」
「護衛機、那覇基地より準備完了の連絡あり。まもなく離陸する」
「ターゲット、位置ほとんど変わらず。宮古島北西、S4Y1周辺海域を遊弋中――」
室内は活気付いている。はきはきとした指示や報告の声がオペレーションルームを行ったり来たり。その理由は、今からやる作戦の中身にある。その様子を、オペレーションルームと通路を仕切るカーテンからチラッと顔を除かせながら、休憩中の羽浦は隠れてみていた。
「やる気だなぁ、皆……」
無理もないか。そんなことを思いながら、休憩室に戻ってくる。自身の座席に座りながら、目の前の座席テーブルを展開し、氷水入りの紙コップを置いた。
「どうです、向こうの様子?」
隣に座っていた百瀬が顔を覗かせる。
「今F-2が上がりました。皆やる気満々ですよ」
「ようやくですもんね、“水上攻撃作戦”」
「ええ」
感慨深そうに羽浦は頷いて返した。
今日の今朝頃から、日本国として最初の能動的攻撃作戦である、敵艦艇航空攻撃作戦が実行されるに至った。
名づけて、『オオカムヅミ作戦』。
日本神話に登場した桃である『意富加牟豆美命』からとられたこの作戦は、今後実施される伊良部島・下地島奪還作戦の前哨戦として実施される敵艦隊攻撃作戦である。本来は、一昨日の奪還作戦実行直前に奇襲的に行うはずだったのだが、ここまで日程がずれてしまっていたものだ。
元ネタであるオオカムヅミ。前述の通り日本神話に出てきた桃の名前であるが、これは桃が邪気を祓うという感覚を神格化したものであるとされている。古事記によれば、イザナギが黄泉の国から追いかけてくる敵を追い返すべく投げた3つの桃は、追ってきていた黄泉の軍勢は一目散に逃げていったという。このことから、イザナギはこの桃に意富加牟豆美命という名を与え、「お前が私を助けたように、葦原中国(即ち地上の世界)のあらゆる人々が、苦しみ、悲しみに暮れている時には、彼らを助けてやってくれ」と伝えたという。
この作戦名からして、作戦立案者は、間違いなく日本神話を嗜んでいたに違いない。しかも、彼らもまた、この戦場を黄泉比良坂に例えようとしたのだ。人間、誰もが考えることは同じであるらしいと、羽浦は小さく苦笑を浮かべた。
「この作戦立案者、絶対狙ってこの名前出したでしょうね。オオカムズミという桃は、あらゆる邪気を祓うという話もあるらしいですし」
「幽霊な軍勢という邪気を祓うF-2、ですか」
「そして、その桃は行く行くは地上の民を守る役目も仰せつかっているという……うまいもんですよ」
まさに、今のF-2部隊の行う作戦にピッタリな名前である。イザナギは、この桃があったからこそ、あの大量の軍勢を追い払うことができた。あの桃がなかったら、自身の身がどうなっていたかはわからない。神格としての名前を与えたくなるのも頷ける話である。そして、敵軍を追い払う守護神としての性格は、今のF-2部隊にも通ずるものがあった。
しかも、元々“桃は邪気を祓う”という考え方は、古来中国が持っているものであり、同じ考え方の下で、“元”とはいえ中国の艦艇を攻撃するのはどことなく皮肉めいたものを感じる。
「この後、私と一緒に出番ですよね?」
「ええ。担当から考えても、たぶんこの初の対艦攻撃命令という名誉は、自分が頂くことになりそうですわ」
「本格的な対艦攻撃は、自衛隊史上初ですか」
「対艦攻撃なんて第十雄洋丸以来でしょうね」
感慨深そうな顔の羽浦。海上自衛隊にとって、訓練以外での対艦攻撃の経験はほとんどない。唯一、1974年に起きた第十雄洋丸撃沈事件が、護衛艦や対潜哨戒機、潜水艦が行った、大型タンカーに対する攻撃事例である。空自の航空機が、人が乗った艦艇を、ミサイルで攻撃した経験はゼロだった。
ましてやF-2は、洋上で低空飛行し、対艦攻撃を行うことを前提で作られた戦闘機である。その性質上、ネット上では“対艦番長”の異名を授かった彼らの、本領発揮の時となりそうだった。
「緊張しますよ。訓練では何度もやったことあるんですけどね」
「噛まないでくださいよ」
「あなたじゃないんですから……」
そういってけらけら笑いながら、羽浦はふとスマホを取り出す。画面を開いたと思うと、すぐにLINEを展開し、一人の通知欄を取り出した。蒼波である。
「何か久しぶりですね、それ見るの」
「といっても2日ぐらいですよ。返信来てないか確認しないと……」
離陸前、見る時間がなかったからと今のうちに確認する。最新の通知欄には、今日から対艦攻撃部隊の護衛をすることになったとして、朝飯らしいカツカレーの写真と「勝つぞヒャッハアーッ!」という添え書きがあった。さらに一番最後には、笑顔でカツカレーを食べている蒼波の写真もあった。誰かに撮ってもらったのだろう。よく写っていると、羽浦の表情も自然と崩れる。
「彼女、もう大丈夫になったんですか?」
「一応は。気は強いほうです。たぶんもう大丈夫でしょう」
「よかったですね」
「ええ……本当に……」
幼馴染が快復してくれたのは本当に幸いだった。肉体的なものより、精神的に参っているほうが痛々しいこともある。蒼波がまさにそれだった。しかも、それが戦闘時にも影響されるとなればもはや笑い話にすらならない。いつ、何かしでかすとも限らない状況下で、レーダー越しに見守っている時間は本当につらいものがあった。
LINEの通知欄の活気はもうすぐ戻るだろう。神野さんも安心したはずだ。あのような彼女の姿をいつまでも見たくはないだろうし、あとは、さっさとこの戦争を終わらせるだけである。
「……」
「――ん?」
――まただ。百瀬は、そんな羽浦を優しげに、かつ少し哀愁漂うような表情で見つめていた。開戦して以降か、こうした目線を向けられることが増えてきたように羽浦は感じていた。妙な違和感を感じ、そろそろいいかと、羽浦は思い切って聞いてみた。
「前から気になってたんですけど、その目どうしたんです?」
「え? あ、昨日隠れて夜更ししてたのバレました? やっぱり夜更しは女の敵――」
「いや目の隈のほうではなく。あと別に見てもそういうのわからないんで安心してください」
というか勝手に夜更ししてたのかこの人。
「俺がライン見てる時、妙に見てるじゃないですか。何かしました?」
「んー……」
「いつだったかも変に意味深なこと言ってましたし、らしくないですよ最近」
いつもの百瀬はそんなに謎めいたセリフを吐くようなキャラではない。どちらかというとおっちょこちょいなマスコットっぽいキャラである。羽浦は若干の心配すらしていた。この性格である。誰かに何か吹き込まれたりでもしたんではないか。もしそうなら直接その人を張っ倒しにいく準備も考えていた。うちんとこの萌えキャラに何さらしとんじゃワレと恫喝する心の用意も万端である。
しかし、百瀬は少し困った様な表情を浮かべつつ「んー」やら「えー」やらといった、感嘆詞を呟くだけで、一向に話してくれそうにない。急かすのも申し訳ないと思って黙っていた羽浦だったが、結局、話し始めるまでに5分ぐらいの時間がかかった。決断までが長い。
「……正直、これを直接聞いちゃうのはまずいかとは思ってたんですけど……」
「今まであんなに思わせぶりなこと言っといて今更でしょう」
羽浦は全部記憶していた。「諦めてない」だの何だのと言っていたことを忘れたわけではない。怒られるわけではなさそうだと悟った百瀬は、苦笑を浮かべつつ、慎重に言葉を選んで聞いた。
「――蒼波さんのこと、まだ意識してます?」
数秒ほど、羽浦は固まった。メデューサの目でも見てしまったかのように、百瀬を一直線に見たまま。鼓動も一瞬だが激しくなった。
「……ふぇい?」
「ふぇいって何ですか」
やっと帰ってきた返答は余りに気の抜けたものだった。昭和を生き抜いた芸人のようにこってこてのズッコケをかましそうになった百瀬は、一転して小さく吹き出した。
「体は正直って言葉は正しいっぽいですねこれ」
「いやいやいやいや、え? 意識してるって何がですか?」
「何がも何も、幼馴染さんですよ。結構前、もう諦めたって言ってましたよね?」
「ええ、まあ」
確か数ヶ月も前だったか。訓練中の会話中に、蒼波は幼馴染にして実は初恋の相手で、神野さんという彼氏ができたことで華麗に失恋したという話だった。あの時は、そのまま羽浦の説明を鵜呑みにしていたが、最近になって、百瀬はこれを疑い始めているという。
「あの時、本気で恋したわけではないって言ってたと思うんですけど」
「言ってましたね」
「でも、本気でなかった割には諦め悪いように見えるんですよ」
「具体的には?」
「しゅうしん」
「え? 睡眠のことですか?」
「こてこてのボケかまさないでください。“執心”ですよ。執着って意味の」
「えー……」
そんなストーカーみたいな……。羽浦自身、本当にそういった気持ちは考えていないと自覚しているつもりだった。あくまで蒼波とは幼馴染、もしくは腐れ縁のような関係であって、それ以上のことはないと。向こうだって同じはずだ。そのような関係を積極的に望んではいない。
……はず。いや、それで違いないはず。そうでなければなんだというのだ。
「自分はアイツとは幼馴染で固定ですよ。彼氏はあくまで神野さんです。まあ、もう亡くなったと思いますけど……」
「ていうわりには、彼女が精神的に参った状態になったらすぐに電話かけたりしたじゃないですか」
「そりゃあ、神野さん亡き今となっては俺ぐらいしかすぐに頼れそうなのは……」
「本当にそれだけですか?」
「え?」
……何が言いたいんだ? 百瀬の顔に浮かんでいる意味深長な微笑みは、今の羽浦には少し不気味に思えた。この人、何を考えているんだ。何を俺に言いたいんだ。肝心の部分を言わない彼女に対し、少し引き気味な姿勢になった。しかし百瀬は、まるで手で少しずつ砂を掘っていくかの如く、慎重に探るように聞いた。
「単に親しい友人だからというにしては、妙に気にかけすぎに見えるんですよ。暇さえあればスマホを見て、ラインや電話がなかったら落胆し、あったら“大げさなぐらい”安堵の顔。勿論、友人関係の形によってはありえる話かもしれませんが……」
「……が、何です?」
「気分を害されたら申し訳ないんですけど……」
「――心の底では、失恋したこと“めっちゃ後悔”してませんか?」
――二度目の硬直。羽浦は、どう返すべきか、うまい言葉が出せずにいた。。
神野という彼氏ができたことで、確かに失恋した。だが、それでも蒼波がそれでいいならと、自分の恋心はキッパリと諦め、二人のサポートにまわることにしたはずだ。自分の今までの立ち回りは、恋愛映画でいえば間違いなく“脇役”に値するポジションであり、どんなことがあろうとも二人の邪魔をすることのないように徹してきた。もし、神野がどこかで生きていて、蒼波と再会することができれば、共にその再会を喜び、再び脇役に徹するだろう。“何の躊躇もなしに”。
……そのはずだ。自分の行動に、何の迷いもない。そう考え続けてきた。しかし、百瀬が根拠もなく当てずっぽうで言っているというわけでもあるまい。彼女は既に結婚している子持ちの妻である。即ち、こうした恋愛に関しては経験者であり、しかも幸せな家庭を作れた成功者でもある。恋愛に関しては自分より格上であるに違いない。
自然と言葉が詰まってしまう。だが百瀬にとっては、それこそが、一種の回答であった。
「――何か、隠してることあります?」
「へッ?」
その部分だけは、すぐに回答が帰ってきた。ただし、感嘆詞で。そして、再び言葉が詰まった羽浦を見た百瀬は、半ば確信を得たようですらあった。
「相談でしたら乗りますよ? 一応人妻ですし」
「いや、ですが……」
「少なくとも、“すっきり諦めた”わけでは無さそうに見えるんですけど……、違いますか?」
覗きこむようなその目線。一瞬“降参”しそうになるが、羽浦は堪えた。
「……自分は、本当に諦めたんです。ちゃんと。でなければ、アイツのためにもなりません」
「ためにって――」
「アイツはちゃんと恋愛したんです。自分が邪魔するわけにも行きませんからね。自分は、今の職みたいに、脇役がちょうどいいんですよ」
羽浦の目線は、百瀬のように一直線にどこかを見つめているわけではなかった。軽く俯き、どこに焦点を当てるわけでもなく、ただただ、「自分は間違っていないんだ」と言い聞かせるようだった。その仕草からして、並々ならぬものは間違いなく抱えていると確信する百瀬であったが、それをさらに問う前に、
「あぁ、では。そろそろ時間ですんで」
「え? でも、次の担当まであと10分も――」
「引継ぎする前に、状況を粗方確認してきますんで。それじゃ」
と、百瀬が引き止める前に、半ば逃げるように羽浦は席を立ち上がり、休憩室のカーテンを乱暴に掃って早足で出て行った。すれ違いに入ってきた管制員が、その素早さに驚き振り返っている姿を見つつ、百瀬は我が子を見るような目をカーテンの先に向けつつ、納得したようにつぶやいた。
「――やっぱり、間違ってなかったんだ」
――担当が変わった後も、羽浦は今一任務に集中できなかった。担当空域を引き継いだ後、やはり自分の担当時間内に対艦攻撃をすることになりそうだという話にはなったが、今はそれどころではない。レーダー画面を凝視しながらも、その脳裏では、全く別のことを考えていた。
「(……迷いはない。そのはずなんだ)」
誰にも悟られないようにと思ってはいたし、むしろ、余りに「意識しないように」と考えすぎた結果、最近では本当に頭の中から抜けていた。だが、あの人も伊達に人妻をしているわけではない。同年代とはいえ、恋愛面ではやはり格上だった。
相談していいとは言っていたが、正直な話、相談すら憚られる。これは自分自身の問題であって、他人に頼る予知はないのではと考えていた。ただ、このまま濁して終わるのでは、百瀬も気持ちよくないだろう。かといって、他人に話して理解してくれるかという話も――。
「――うら? 羽浦?」
「え、あぁ、はい?」
考え事が過ぎて、後ろからの重本の声に気づかなかった。不審な顔を浮かべる重本は、首をかしげてさらに聞いた。
「どうした。神妙すぎる顔してるじゃないか」
「いや、ちょっと考え事を……」
「なんだ、自分が攻撃命令下すからなんて指示出すか迷ってるのか?」
「は?」
隣から横入りしてくる管制員に、またすっとぼけたような声を返した。だが、そこに重本も乗ってきてしまったので否応なく巻き込まれる。
「セオリー通り『クリアード・アタック』ってするか、シンプルに『ファイヤ』ってするか……」
「もう日本語で『ぶちかませ』でもいいんとちゃいますかね?」
「おぉ、ええなそれ」
「もしセオリー通りでいくならタバ作戦のBGM流しときますわ。俺スマホに入れてるんで」
「よし、準備しろ」
「しなくていいです」
しかもそのBGMは負けるフラグ……。というより、たかが一つのコールをするだけなのになぜそこまで盛り上がらなければならないんだ。単に対艦攻撃を指示するだけなのに……。
「(……こっちの悩みも知らず盛り上がっちゃってるし……)」
そんな周りの同僚たちを恨めしく思うが、しかし、この明るい雰囲気に軽く呑まれてしまったか、そういった気分もリセットすることができた。そんな悩み事は後でもいいかと割り切るきっかけを作ってくれたという意味では、彼らに感謝しないといけない。だから、この職場はやめられないのだ。
重本も、余りこの話題を引き伸ばしたりはしなかった。すぐに仕事に戻り、別の管制員の元に向かった。
「護衛機飛んだか?」
「今飛びました。那覇309からバザード3-1、バックアップには3-3がいきます」
「3-1は空中給油無しでそのままIP-2に直進させろ。羽浦、IP-2についたらそっちにハンドオーバーするぞ」
「了解」
自分も仕事に戻った。レーダー画面では、既に攻撃ルートと中継地点が表示されており、『LYCAON 2-3/F-2』のブリップが先頭に。すぐ左後方に2-4が続く。そして、那覇基地の方角からは、『BUZZARD 3-1/F-15J』のブリップを先頭に、3-2が同じく左後方から後続してくる。今日の護衛担当は、あの二人らしい。
「(CAPから代わって、今度は護衛任務か)」
自衛隊史上初の本格的な空対艦攻撃部隊の護衛の名誉は、近藤と蒼波のものらしい。通常のCAPより難易度は高かろう。護衛機は、低空進入中のF-2の真上を押さえるように飛ぶ。それでも、高度は5000ftほどで、比較的低空といえば低空の部類だ。一部隊につき2機のみの護衛。戦闘機のやりくりに四苦八苦している事もあるとはいえ、足りるかという不安がないわけではない。
しかし、今のところ、韓国軍からの接近の通報は来ていない。昨日の段階で、こちらからの通報を貰った韓国軍が早期警戒機を撃墜することに成功したらしいし、あんな高価値アセットを複数も持っているとも考えづらい。くるなら戦闘機のみ。護衛機はレーダーを使わずに飛ぶ予定なので、悟られにくいはずだ。もっと高高度でCAPをしている友軍機との連携が取れれば、問題はないはず。
「リカオン2、まもなくIP-2に到達。バックアップのリカオン3、3分遅れで追尾中」
担当に復帰した百瀬が報告する。対艦攻撃を行うF-2部隊が、攻撃地点に近づいてきた。重本はすぐに反応し、今度は護衛艦の位置を確認する。
「目標より北方のE-2Dからの連絡は?」
「敵機接近の報はきていません。低空からの進入予兆無し」
「よし。このまま低空でのシースキミングにシフトする。『しらぬい』の現在位置は?」
「宮古島より北北東150海里。そのままほぼ東に32ノットで直進中」
「後方の江凱II型『益陽』、以前追尾。被害はまだありませんが、艦砲射撃が続いています」
「目標はそのまま固定。低空攻撃の手順を今のうちに再確認しておけ。できればバックアップ無しで一発でしとめるぞ」
鼓舞するような重本の声を耳にした管制員は、すぐに攻撃手順をリカオン2と3に確認させる。
『しらぬい』は1時間前までは、与那国方面の警備を行うために西進していた。しかし、途中で機関の不調によりうまく速度が出せなくなり、別働隊に代わって貰うべく反転したのだが、それがマズかった。その反転した先で、大陸側から宮古島方面へ戻ろうとしていた、2隻の極東革命軍の艦艇と鉢合ってしまったのである。
「泣きっ面に蜂ってどういうことや!」
そんな嘆き声を出す御堂艦長だったが、そんなことは言ってられない。
逃走を図るべく修理を急がせるが、その前に敵艦のミサイルの射程に入ってしまった。しかも最悪なことに、この時、対艦攻撃をいつでも行えるように上空待機する予定だったF-2部隊は、電気系統に不具合を起こして引き返したばかりだった。泣きっ面に蜂だと思ったら、今度は落ちてきた蜂の巣が頭に当たったような状況である。その後、修理は完了し、機関をフル回転させて逃げようとするも、それまでに距離が縮まってしまい、先ほどからは艦砲射撃も始まっている危機的状況であった。
すぐに護衛艦『さみだれ』が来援したが、敵艦から放たれた対艦ミサイルの迎撃が間に合わず、胴体中央部に左舷上方から被弾してしまった。沈没は免れたものの、戦闘は不可能となり救援を断念せざるを得なくなった。
次に『しらぬい』に近い、海自の『あたご』、米軍の『ジェイソン・クリフォード』や『アレックス・ホッパー』が到着するのは、早くても30分~40分後。それよりなら、どうせ先のエンジン故障機の入れ代わりでやってくるであろうF-2を呼んだほうが早いという話になり、“築城のハンターたち”に白羽の矢が立ったわけである。
初の対艦攻撃には、数年前から配備された最新型の超音速対艦ミサイル『ASM-3』が使われることになった。固定燃料ロケットブースターとラムジェットエンジンを組み合わせた、『インテグラル・ロケット・ラムジェット(IRR)』を装備することで、マッハ3以上の速度を発揮する。ECCM能力を向上させるアクティブ/パッシブ併用シーカーの採用と、最大で200km以上の射程の確保により、遠距離から確実に標的を仕留めるように設計されている。今回が、このASM-3の初陣というわけである。
「(1機につき2発で、それがバックアップを含めて計8発……フリゲートを仕留めるには十分だ)」
ましてや、超低空飛行で飛んでくる対艦ミサイル。高度や速度にもよるが、レーダーに捉えたとしても、命中までは1分とかからないだろう。迎撃をまともにできないまま、少なくとも戦闘不能にはなるはずだ。それに、今度またエンジンがやられた機体が出てもいいように、バックアップの、さらにバックアップも後ろに控えさせるべく、F-2部隊が南進中である。
――万全の体制だ。戦闘空域に入ったリカオン2は、羽浦の指揮下に入った。同時にバザード3-1も到着し、無線感度を確認すると、現在の飛行地点を伝える。
『AMATERASU, this is BUZZARD 3-1. IP-2に到着した。』
やはり近藤の声だ。「妙に鉢合うな」と思いつつ、手元にあるファイルを捲り、指定の飛行条件を確認しながら返信する。
「This is AMATERASU, roger. よーし、じゃあ始めるぞ。 BUZZARD 3-1, turn heading 2-5-0, maintain ALT 5000 feet, speed 820.(バザード3-1、方位2-5-0へ転針、高度5000ft、速度820ノットを維持)」
『2-5-0, maintain ALT 5000, speed 890. 今日の妖精は大人しいぞ、よかったな』
『おいコラ』
「あとで殴られても知らねえぞグリズリー。リカオン2-3、そちらの現在位置、第1攻撃地点から東に80マイル。そのままの針路と高度を維持。攻撃開始まであと6分。このまま敵がいなければ、先ほどの確認通り敵へ最接近し、飛翔高度は全て低空でいく」
『針路と高度維持。低空での攻撃開始6分前、了解した。リカオン2-3はこのまま飛行を続ける』
隊長の声が聞こえる。第8飛行隊の方はヤンキーでも乗ってるのかといわんばかりの騒がしさだが、こちらの第6飛行隊の方は逆に静かだ。こうも真逆な部隊が、よくもまあ一つ屋根の下で共に過ごせるものだと感心する。こちらのほうが羽浦にとってもやりやすいのでありがたい。
『しらぬい』のほうを確認する。蛇行を続けており、やはりミサイルではなく砲弾をよけているらしい。今のところ被弾はないが、距離が離れない。早いところけりをつけたほうがよさそうだ。
「(さぁ、急いでくれな……)」
残り7分。長い耐久時間になりそうだ……。そう思って、攻撃開始までじっくりとまっていた。
「――シニア、ガードチャンネルです! 緊急周波数に感あり!」
――ただの対艦攻撃になると思っていた面々は、
この後の展開に、仰天することになる……




