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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第7章 ―5日目 Day-5―
47/93

7-1

「War is just when it is necessary;

         arms are permissible when there is no hope except in arms.

 (やむを得ないときの戦いは正しい。

     武器の他に希望を絶たれたときには、武器もまた許されるものである)」


 ――ニッコロ・マキャヴェッリ(イタリア / 政治思想家・外交官)

≫7月24日 韓国標準時(KST)AM09:20 北朝鮮某所≪



 ――北朝鮮には、有事に備えた地下飛行場が備わっているという説がある。

 軍事関連の専門家であるショーン・オコナー氏が2010年に自身のブログに載せた論説によれば、グーグルアースで確認してみると、北朝鮮にある主要20箇所の飛行場に、地下に繋がる設備が備わっているという。レイアウトもそれぞれで異なり、基地と離れたところに伸びる誘導路の先が地下に繋がっていたり、エプロンが山の中にあったり、中には滑走路が山を貫通する形で備わっていたりするとしている。

 こうした地下施設の存在は、東西冷戦の時代から世界各国で見られていた。両陣営共に、戦闘機を保護するためのシェルターとして機能を持ったハンガーを備えていたのを皮切りに、世界中にこの手法は普及した。そして近年では、従来からさらに一歩進み、軍事兵器の保護のために施設を完全に地下に備える施設を作るようになっていった。北朝鮮はこの地下施設を航空機保護用に使用しており、こうした事例は世界で見ても一部であるとオコナー氏は述べている。


 これは、あくまで2010年当時の情報であり、その後新設等がされている可能性があるが、そこから先の実態は不明瞭である――。



 ――平安北道天摩郡にある、『天摩山チョンマサン地下基地』も、そうした地下飛行場の一つである。数年前に、天摩山の一部をくり貫いて新設されたばかりの新しい飛行場は、すぐ近くにある地下核施設を中心として、周辺の重要施設を防護するための隠し玉として設置されている。それゆえか、地下飛行場であるにも拘らず、その規模は北朝鮮随一のものとなっている。

 衛星から見てもわからないように、特に天井部分は巧妙にカモフラージュされていた。つい最近になって、ようやく米軍がこの基地の存在を疑い始めており、今年はじめから偵察機を幾度となく飛ばしているのは、ここから飛び立つ航空機等の存在を確かめるためであった。


 その施設内部――元々鉱山だった場所を再利用する形でくり貫いており、その建設には、多額の費用と国民の血と汗がかかっていた。本来は、北朝鮮が有事の際に機能させる地下施設の“切り札”として、必要とあらば最高指導者が入って指揮を執る予備施設としても使われるはずだった。日本で言う立川予備施設のようなものの軍事版ともいえるものである。


 しかし、そこは今、“彼ら”の手に落ちている――。



「――では、彼らは攻撃を再開したのだな?」


 モニター画面以外の光がない、薄暗い基地の地下指令所の中央――『高台』と呼ばれる、階段5段分ぐらい高いところにある幹部用コンソールの前にいる男は、視線は正面の大型モニターに向いたまま、顔つきをほとんど変えず低い声を隣にいる幹部に向けて投げかける。


「はい。結局のところ、日本軍の手足を完全に封じることはできませんでした」

「構わん。一時的にでも抑えて兵力を輸送しきることが優先条件なのだ。李同志、伊良部島、下地島への所定兵力は全て輸送したな?」

「はい。“彼”の回収も完了しました。まもなくこちらに到着する予定です」

「ならよい。……我が革命軍の切り札を託すのだ、彼は本当に役立つのだろうな?」

「なってみてからのお楽しみとしか」

「ふむ……」


 彼はあごに手を添えて、やはり表情は変えず思慮にふける。

 彼こそが、極東革命軍の総司令官としての立場に立った、元中国人民解放海軍司令部政治委員『郭衛臣グゥオウェイチェン』海軍上将である。司令部付の政治委員である立場を利用し、様々な裏工作を主導するなど、今日の極東革命軍に欠かせない人材にして、その親玉ですらある。彼はその自身の目的のために、長年に渡ってここまでの用意周到な準備を進めてきた。多くの汗を流した彼にとって、この状況は、少々至福を感じる時ですらあった。


「何度も言うが、あれは我が軍の切り札だ。本当なら我が同志の誰かに頼むところを、本人の希望通り乗せるのだ。私がそばで見ておきはするが、下手な真似はしないよう釘を刺しておけ」

「心得ております」


 勤めて一歩退いた姿勢を貫くのは、極東革命軍副司令官にして、元中国人民解放海軍東海艦隊副司令員『李景烈リージンリィェ』海軍中将だ。嘗ては、郭の部下として旧南京軍区に勤めていたが、共産党側のとある思惑から左遷を余儀なくされる。それでも、東海艦隊の司令部に再度出世しなおした彼であったが、今では、郭の忠実な側近として動いている。


「しかし、貴方も人が悪い」

「何がだ?」

「いや、わざわざ動画の中で熱核兵器を使って脅迫したはいいものの、適用範囲を不明確にすることで混乱させるとは。おかげで日本は、戦闘機を中心として無駄死にを増やす結果になりました」

「勝手に勘違いした向こうが悪いのだ。少し考えればわかるだろう、そんな簡単に貴重な水爆を爆発させるわけがないと。韓国や台湾はそうしたというのに」


 呆れ半分、侮辱半分といった具合に口元を吊り上げて笑った。あの不明確な脅迫も、彼らの策略の一つであった。彼としては、あくまで伊良部島と下地島に、必要最低限度以上の戦力を送るためのちょっとした時間稼ぎになればそれでいいと考えていたのだ。

 だが、向こうはご丁寧に、攻撃できないにも拘らず戦闘機を飛ばしてきてくれた。米軍は利口にも戦闘機を下がらせたというのに、撃墜権限のない戦闘機を飛ばし、ただ消耗するだけに終わった。彼にとってこれは、まさしく“行幸”という他はない。自分から死にに来てくれたのは非常にありがたかった。念のためつけておいた護衛機が役に立ったというものだ。


「この策自体、彼の入れ知恵ではあるが、案の定、かの国はすこぶる核に弱い。一線越えてアホにすらなる」

「それだけ核兵器が恐ろしいのでしょうね。なんてヒステリックな話でしょう。その点においてはやはり、彼の言ったとおりとなりました。国内的なアピールもかねて、戦闘機は飛ばすが撃墜はさせないという、中途半端な策を採ってくると」

「そういう意味では、彼を引き込んだのは正解だったな。名前は知らんが、ここに到着したら礼をしておくとしよう」


 彼らなりの皮肉であった。核保有国出身の彼にとっては、日本人の核に対する偏見とすら言える見方は、一周回って“滑稽”ですらあった。核がどれほど恐ろしいかを論じてばかりの日本人は、その恐ろしい核兵器がもたらす“恩恵”には目もくれない。いや、見てみぬ振りをするのだ。口では核兵器の恐ろしさを声高に主張しながら、その主張場所である日本という国は、アメリカの核兵器の恩恵を受けている。核兵器に頼らないならば、核兵器の恩恵を全く受けていない国にでも行って主張すればいいものを、そうした行動すらしない。

 結局のところ、彼らの核兵器根絶に対する正義など、その程度なのだ。郭自身、まさかそれを利用する日が来るとは思わなかったが……。


「核兵器は恐らく、戦艦と同じ歴史を辿るだろう。核兵器に取って代わる存在が生まれたその瞬間、かような扱い難い兵器など、すぐに沙汰されるのだ。しかし、それまでは、やはり戦艦と同じ歴史を辿る。日本人が言っているのは、核兵器がない時代に、戦艦は危険だからなくせなどと言っているようなものだ」

「円周率を割り切るより難しそうですね」

「まさしくな。理想に縋るのは日本人らしいといえばらしい。二次元なアニメがはやっているのがいい例だ。アニメという自分たちに都合のいい世界とキャラに感情移入することで、現実世界を直視せず済むようになる。結局は、自分たちの理想に入り浸りたいだけだからだ。理想は現実ではない。当たり前の話なのだがな」


 そう語る郭の表情たるや、哀れみ100%の哀愁漂うものであった。しかし、その横から、


「日本人を侮辱するのは勝手ですが、自分たちの心配はしなくてよろしいのですかな?」


 室内に入ってきたばかりなのか、扉のほうから2人のほうに歩いてくる男性が一人。2人が着ている軍服とは違い、旧ソ連のそれに似た油色の洗礼された礼服に身を包み、フラーシュカを被っている。左胸のポケットの上に相当数の略綬を着用しており、それだけでも高位の人間であることが窺い知れた。

 その人物が誰であるかを確認するや、郭は営業スマイルよろしく満面の笑みで出迎えた。


「やぁ、これはこれは呉同志。ミサイルの準備は完了しましたかな?」

「言われたとおりに。既に天摩サイロは確保しました。火星13号の運搬も完了済みです」

「素晴らしい。あれも我が軍の切り札です。しかるべき時に有効活用せねば、我が軍の勝利はありえませんからな」


 得意げな表情を浮かべる郭であったが、対する『呉承玉オ・スンオク』上将は、終始不機嫌な表情を崩さなかった。元朝鮮人民軍副参謀総長(軍事計画局長兼任)にして、軍部においては数あるタカ派の筆頭格で知られていた。総参謀長や現体制首脳陣率いる体制主流派と相対する、軍部対外強硬派『甕津派オンジンパ』のトップに君臨しており、国内内乱の主要2大勢力として、体制主流派と並ぶ程の規模にまで成長させた張本人である。

 彼ら甕津派の勢力も極東革命軍に参加していた。ただし、“条件付き”で。


「本当に、あなた方に協力すれば、体制主流派を打倒し、我ら甕津派の政権を樹立させる手助けをしてくれるのでしょうな?」

「勿論です。これほどのご尽力を頂いたのです、相応のお返しはさせて頂きますよ。我々にお任せいただければ、あなた方の目論見もしっかりと果たされることでしょう」


 そういって、訪問販売をしてきたセールスマンのような誇張した笑みを浮かべていたが、それでも、呉は眉を顰めるだけだった。

 所謂、“交換条件”というやつである。極東革命軍に、強制執行実行中の拠点や兵器、燃料弾薬の融通と引き換えに、目的達成後の甕津派の勢力拡大に一役買うというものであった。周辺国への打撃はできるし、ある程度の協力をすれば、憎き体制主流派の連中を追いやることができるならばと考えて手を貸したのだ。

 ……が、彼自身、信じきっているわけではなかったのだ。先に述べたように、甕津派は対外強硬派である。その“対外”の中には、当然、中国も含まれていた。それに、呉は一つ気がかりなこともあった。


「どうでしょうな。件の那覇と嘉手納への爆撃が失敗したことで、宮古島の占領が延期しているではありませんか。あなた方が奪取したといっている揚陸艦の部隊を使う予定が狂っています。我が勢力の損耗も増えていますが、本当にこの調子で大丈夫なのでしょうな?」

「落ち着いてください、ちょっとした誤算ですよ。あの程度は想定の範囲内です。なに、プランはまだありますから、ご心配には及びません」

「頼みますよ? ……何度でも言わせて頂きますが、今回のために、我が同志の兵力の大部分を提供するのです。この天摩山基地を確保するのにも多大な労力を費やした。その分の見返りは、きっちり頂きますよ? いいですね?」


 半ば詰め寄るような物言いで釘を刺した呉。それでも郭は、クレーマーの“口撃”をひらりひらりとかわす会社員のように、飄々とした態度を崩さなかった。


「わかってますよ、問題ありません。こちらのほうでもちゃんと処理します。我々の目的である“共産党政府の打開”と“周辺島嶼部の恒久的な確保”さえ達成できれば、すぐにあなた方の方の目的達成のために手を尽くします。それまでの辛抱です」


 努めてその態度を崩さないのを見てか、呉もこれ以上釘を刺しても無駄だと判断した。呉の側近が2人彼の元にやってきて、一人が耳打ちをすると、


「……計画に遅れが出るようなら、こちらも協力に関して再検討させて頂きますからね。くれぐれも、粗末なことが無いよう頼みますよ」


 矢のように鋭い目線を向けながらそう言い残し、高台を後にした。扉を閉めるその力も、気持ち強めであったかもしれない。室内に勢いよく閉まる鉄製のドアの音が響くと、駄々をこねる子供を見るような、呆れたため息をついた。


「全く、しつこいお方だ」

「甕津派は本当に海外の人間を信用しないことで有名ですからね。特に彼は、先祖代々、指導者一族に仕えてきた名家の出身でもあります。言わば、極度に保守的な人間なんでしょう」

「タカ派筆頭の評判は、間違いではないらしいな」


 郭は小さく不敵な笑みを浮かべた。彼を引き入れたはいいものの、あのような忠告を何度も聞かされては、こちらとしても対応に困るというものだった。確かに、極東革命軍の行動拠点としてはうってつけのこの基地を確保するのには、彼らの尽力は必要不可欠であるし、その点では感謝しているのだが、はてさてどうしたものか……。


「結局は、我々の道具でしかないというのに、あの態度か。高麗棒子ガオリーバンズは目上に対する態度を知らんのか」

「独裁体制が続きすぎて、儒教の考えが死んだのでしょうかね」


 李の言葉に、郭は再び呆れたように笑みを浮かべた。高麗棒子とは、韓国人、もしくは朝鮮人全般に対する中国語での侮蔑語である。アメリカ人が日本人に対して“JAPジャップ”や“黄色いサルイエローモンキー”と呼んだり、逆にアメリカ人を“ヤンキー”“米帝”と呼ぶようなものである。あくまで協力関係であり、“同志”とは違うという意識が、彼らの中にはあったのだ。

 しかし、呉の言い分が全てでたらめというわけではない。郭は一転、最初のような鋭い表情を浮かべて李に聞いた。


「だが、宮古島急襲の計画が頓挫しかかっているのは事実だ。本当は那覇と嘉手納を空襲によって一時的にでも使えなくしてから、海空の一斉強襲によって奪取するはずだったのだが……」

「こうなれば、目標を変える必要もあるかもしれません。宮古島に囚われず、もっと南の島々を狙うのも一手かと」

「本当は宮古島周辺を奪取したほうが手っ取り早いのだが……しかしまぁ、日本軍の戦力分散を狙うにはちょうどいいか」


 そんな議論を二人は交わし始める。周辺航空基地の機能損失が適わないなら、なるべくそこの影響を受けない場所を再度占領する手もある。プランが複数あるというのは別に嘘ではないのだ。

 ――その二人の下に、室内の一角で無線交信をしていた幹部が、少し青ざめたような表情を浮かべて走ってきた。


「同志司令、先ほど無線が……」

「どうした、何か来たか?」

「いえ、それが……」



「つ、蒼岩山ツァンイェンシァンが……」




 計画が思うとおりに行くとは限らない。


 東シナ海は、少しずつ、変容の場と化していった……

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