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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第6章 ―4日目 Day-4―
46/93

6-8

 ――撃墜許可。まずないであろうと思っていた命令が、唐突に出されたことに、困惑しないわけがない。だが、親しんだその男気のある声は、相当な自信をも含めたように力強さを持っていた。不敵な笑みすら浮べたその真意を、蒼波は容易に悟ることができた。


『おいおい、嘘だろ?』

『ついに上の連中が腹をくくったか?』


 周囲の味方が動揺と興奮を混ぜ込んだような声を吐き出す中、自分でも奇妙なぐらいに冷静を維持できていた蒼波が、静かに聞いた。


「……撃って、いいんだよね?」


 その問いに対する答えは、打って変わって、とても決然としたものだった。


『官邸が覚悟を決めた。残り時間はもうない。全機、色々と聞きたい事あるだろうがまずは攻撃だ。速度の遅い爆撃機は一先ずそのまま。ラクーン2、護衛のJ-11の牽制を頼む。すぐに動け』

『ラクーン2-1、了解! ナード、いくぞ!』

『イエッサーッ』


 その瞬間、2機のH-6の前方にいたぞれぞれのF-15Jが、釣り上げられた魚の如く急上昇。そのままインメルマンターンの要領で反転するが、反転しきる前に、AAM-5Bを1発放った。あくまで牽制。当たることはそこまで想定していない。だが、それが効果的だった。


「散開した!」


 突然のミサイルの発射に驚かないわけがない。AAM-5Bは赤外線誘導型なのでRWRもならないはずだが、それでも回避したということは、ちゃんと目視したということだ。


『いいぞラクーン2、そのまま牽制しろ』

『おうよ!』

『スパーク、昨日はお前に辛い思いをさせた。昨日の約束を実行させてもらう。……倍にして返せ。遠慮はいらない。思う存分暴れまわれッ』

『……言われんでも!』


 その声、先ほどまでのスパークではない。声からにじみ出てくるその好戦性、まさしく気性の荒くなったアライグマの如し。こうなった時のアライグマは手に負えない。周囲の獲物を食いまくり、時には人の農地すら荒らしまくる。今、あの2機のF-15Jは、この空域を荒らす“猛獣ラクーン”と化した。


『バザード1はそのままの体制でフランカーGに照準を合わせろ。距離がそんなに離れていない、短距離ミサイルで視線照準を実施。護衛は無視だ。フランカーGをまずはぶっ潰せ』

『どうなっても知らねえぜ?』

『問題ない。堪えた分を発散しろ。やれ』

『ふぅ~……』


 短く深呼吸した近藤は、自らも気持ちを切り替え、無線で得意の気迫のこもった声を投げた。


『バザードリーダーより全機。こっからは俺たちのターンだ。全機、好きなフランカーGを食え。俺の指示を待つな。捉えた奴から乱れ撃て。奴らは真面に回避できていない』

『密集しすぎなんだよバカヤローがァ!』


 蒼波を含め、さらに4機のF-15Jがラクーン2と同じようにインメルマンターン。それぞれの捉えた4機のフランカーGは、真面に回避機動を取れていない。もうほとんど身動きが取れないと高を括って、編隊を小さくまとめてしまったのだ。何れ同じ目標に一気に攻撃するので、散開する必要性を考えていなかった。

 しかし、ミサイルが放たれたと見るや、直ちに回避しようとするが、空域が確保しきれていない。圧倒的有利な状況にあるにもかかわらず、彼らにとって、この攻撃は完全なる“奇襲”となってしまった。


「――捉えた」


 自らのJHMCSが捉えた1機のSu-30MKK。回避が遅れたか、速度はまだしも、動きが単調だ。しかも、このまま旋回するとバックを取ることができる。外しようがない。蒼波は戦果を確信した。


「フェアリー、FOX2」


 静かに、しかしはっきりと。その発射コールと共に放たれたAAM-5Bは、白い白煙を吐きながら、その弾体は一直線にSu-30MKKに突撃。フレアも間に合わず、被弾したSu-30MKKが一瞬にして大小の破片と化して太平洋に落下していった。


「(やった……ッ!)」


 やっと、この時が来た。どれだけ待ち望んだことか。ようやく、自分たちの力を発揮することができる。これで敵がどうなろうと、もはや知ったことではない。ここまで卑劣な行為に徹し、あろうことか沖縄の土を原始的に空爆しようなどとたくらんだ、自分達を恨むがいい。

 他の3機は撃墜には至らなかったが、命中はさせたらしく、動きを鈍らせることに成功した。さらに、護衛のJ-11も1機の撃墜を確認。羽浦はさらに畳みかけるよう指示した。


『体勢を整える前に落とせるだけ落とせ。あと若干の命令変更だ。爆撃機は今さっき護衛艦と那覇の中SAMが撃ち落とすことになった。爆撃機は無視だ。フランカーGをぶっ潰せ。終わったら護衛機だ』

『聞いたなお前ら! 動き回るすばしっこいハエは全部海の底だ、互いの位置と高度を確認しろ』


 近藤の勇ましい声に押されるように、蒼波はスラストをいっぱいまで押し込む。数秒ほどバーナーを噴かせた後、次のSu-30MKKに攻撃を加える。近くにいたJ-11が、自らが盾になって守る様に背後を取り始めた。


「(じゃあどっちも頂くわよ)」


 今の自分たちに、手加減という三文字は存在しない。距離もそこそこあるので、武装からAAM-4を選択し、2機を同時に照準。密集してても関係ない。瞬時に2機を見分けたシーカーは、「FOX1」のコールと共にランチャーから射出され、それぞれの目標に向かって突撃を開始。同時に、蒼波は左方に緩やかに旋回しながら、次の目標を探していた。


『スリット、いいぞ。1機のフランカーG撃墜を確認。そのまま下方のスパークを手助けしてやれ。……フェアリー。そのまま左旋回して下方を確認しろ。隊長さんが後ろ引っ付かれてる』


 無線で聞こえた羽浦の声に促されるがまま、左方の下を確認。抜群の視力を発揮した蒼波は、その目線の先で、1機のF-15Jが、2機ほどのJ-11に追撃されているのを確認した。それぞれ1機ずつミサイルを放ったのが見えたが、すぐにフレアとチャフをばらまいたらしく、回避に成功した。

 後方からはナードが追跡しているようだが、そのナードも、Su-30MKKに追われているらしい。ナードはE-767を通じて、援護射撃を要請していたのだ。


『フェアリー、中距離ミサイルの残弾は?』

「2発」

『よし、全部使え。今隊長はフランカーGを追ってる。邪魔をさせるな』

「了解ッ。ナード、アンタの獲物ちょっと奪うわよ」

『ああ、いいぞ。好きにやれ。まずは彼の安全第一だ!』


 ナードはそのまま、近藤から遠ざけるために機体を翻し、全く別の方向に逃げた。指示を受け取った蒼波はハーフロールをすると、隊長機めがけて急降下。同時に、キャノピーを下に向けたまま、首を敵のJ-11に向け、これまた2機を同時に攻撃した。最後のAAM-4B。出し惜しみはない。遠慮なしにランチャーから射出すると、発射煙を確認したらしい敵パイロットは、それぞれ左右にブレイクした。まもなくして、2機ともJ-11に命中した。2機のJ-11は爆発四散、残骸となって雲間へと消えていく。


「隊長。これで借し二つ目ですよ」

『サンキュー! また財布が軽くなっちまうぜッ』


 軽口ついでの礼の直後、近藤は目の前を左右に機体を振りながら逃げていたSu-30MKKに対し、AAM-5Bで攻撃する。1発目は外れたものの、回避機動の隙を狙い、今度は機銃弾で攻撃。胴体を真っ二つにした。

 この時になると、別の味方も幾つかの戦闘機を撃墜し始める。既に残りのJ-11は3機にまで減り、Su-30MKKに至ってはもう既に残り1機しかいない。最初に蒼波が放った方も、実はSu-30MKKの方は命中しており、つまり、先ほどナードを追っていた奴が最後だ。


『まもなく護衛艦から攻撃が入る。全員爆撃機から離れろ』

『ナードよりアマテラス! 後ろにいたフランカーが爆撃機の方に行くぞ!』

『……確認した。ナード、スパーク、お前らが近い。そのままフランカーGを撃墜しにかかれ。爆撃機に接近しすぎるなよ。バザード1はバックアップ。護衛機エスコートがいたら潰せ。命中は余り期待しなくていい』

『よし、ついてこいナード。俺が行く』

『了解。締めは任せました』


 ラクーン2の2機が先行。バザード1も各機ともに合流しつつ後を追うように追跡し、J-11が入る隙を減らす。それでも入ってきたJ-11に関しては、オフボアサイト能力をフルに発揮し、最低限の修正機動でAAM-5Bを射出し、牽制する。そのうち、切谷と大洲加が編隊から分離し、J-11のかく乱し始める。さらに、無線では羽浦が追加で無線を投げた。


『護衛艦『まや』から対空射撃。一斉にくるぞ、弾着まで15秒』


 早い。そこそこ近くにいたらしい。

 この時放たれたのは、イージス艦の標準装備ともいえるSM-2“スタンダード・ミサイル”である。1機につき1発。名前負けしない能力を持つイージスシステムと、実績あるSM-2の組み合わせをもってすれば、まず外すことはない。

 H-6は4機一斉に散会して回避するものの、鈍重な爆撃機が、音速を超えてやってくるミサイルを回避できるわけがなかった。チャフの散布も効果が無く、4発とも見事に命中。2機は搭載していた爆弾に引火したのか爆散して鉄くずとなり散っていった。残り2機は、共に右主翼を半分もぎ取られながら左右にダッチロールした状態で落下していった。無線内に響く歓喜の声。ざまあみやがれ、俺たちを舐めてかかった報いだ。そんな思いを、各々が思うがままに口にしていた。


『グリズリーよりアマテラス、H-6の撃墜を確認。2機は爆散した』

『グリズリー、レーダー上ではまだ2機の反応が微弱だが残っている。2機はどうなっている?』

『翼は折れたが緩降下しながらもまだ原型をギリギリ保ってる。だが落ちるのは間違いない』

『ちょっと待っててくれ、そのまま監視してろ』


 羽浦は歓喜の声を上げない。数秒ほどの沈黙の時間が出来上がるが、その間にも、味方はさらに1機のJ-11を撃墜していた。「もう死に場所悟ったなこいつらッ」とは、切谷の声。一昨日のスカイアメリカ225便の時と同様、帰還をもう諦めたらしい。簡単に命を投げ捨てるやつらだ、相当な覚悟でやってるらしい。一周ほど回って蒼波は感心すらしていた。しかしその思考は、親しき幼馴染の切迫した声により遮られる。


『2機の落下地点範囲推定、どっちも久米島が範囲に入ってる。最低でも沿岸に落ちるぞッ』

『クソッ、そう簡単に終わらねえってか!』

『もうあと1分あるかないかだぞ!』


 元々、1万数千フィートという“低空”を飛んでいたのだ。落ちるまでにそう時間はかからない、今すぐ動かねば。艦艇からの対空射撃は間に合わない。近くにいた戦闘機は……。


『グリズリー、オスカー! お前らが近い。お前らが直接――』

「待って!」


 その瞬間、次に来る命令を予期した蒼波は、自ら名乗り出た。「私にやらせて」。その言葉を聞いた時、真っ先に反応したのが羽浦だった。


『……いや、でも、お前は……』

「わかってる、言いたいことはわかってる。でも……」

『なんだ?』


 蒼波は小さく深呼吸した。自分でも正直怖いのだ。またあの時と同じようにならないか。また“聞こえなくなったら”、また周りに迷惑をかける。それだけではなく、いよいよ自分を見失うことにすらなる。

 ――しかし、その視線は既に、自らが狙う1機にH-6にあった。


「――今のうちにやっておかないと、またどこかで爆発しそうだから」


 発散、という言葉が適当かはわからない。しかし、どこかで“開放”させる必要はある。いつまでも溜め込むわけにはいかないものであるのには違いなかった。蒼波の真意を察した近藤も、羽浦に進めた。


『アマテラス、やらせてやってくれ。何かあったら俺がぶつけてでも止める。頼む』

『オスカーよりアマテラス、こっちも残弾が切れそうッスわ。余り弾は無駄遣いしたくないんで代役頼めます?』


 まだ弾もそこそこあるにも拘らず、大洲加も気を利かせてくれた。蒼波からは、大洲加の顔どころか、機体すらかろうじて輪郭が認識できる程度にしか見えないが、こちらを向いて得意げに笑っている姿が浮かんできそうだ。南国は奄美大島出身の陽気な彼ならやりかねない。前線にいる味方の意向や、時間も差し迫っていることも受けて、羽浦も決断した。


『――わかった。オスカー、フェアリーに代われ。グリズリーは北側の機体、フェアリーは南側の機体を狙え。破片を大きいまま落下させるな。“完全に破壊しろ”』


 戦闘機乗りにとっては少し異例な命令だ。撃墜ではなく、“完全なる破壊”。せめて小さな破片で済ませるなら、他の2機みたいに爆弾に誘爆させて爆散させるのが手っ取り早い。早めにやったほうが被害も少なくなる。蒼波は、機体を翻して場所を譲った大洲加に代わって入るように機体をH-6の後上方に張り付かせる。残りは赤外線画像誘導型のAAM-5Bが2発、これを全てを叩き込む。命中場所によっては、さらに機銃でも攻撃を加える。

 近藤と蒼波はすばやくH-6の機体上面に移動し、照準を合わせる。落ちるとわかっていてもまだ飛ぼうとするその姿に、蒼波は一瞬、あの時のMiG-29を思い起こした。


「……ふぅ」


 ――落ち着け。今はそれどころじゃない。あの時の二の舞は避けないと。命令は“破壊”。それ以外は何も考えるな。余計なことはするな。

 何度も頭の中でそう唱え、シーカーが捉えたH-6に向けて、AAM-5Bを連続して発射。近藤も同様に攻撃を加え、全て命中した。回避すらままならない2機は、AAM-5Bの正確無比な突撃になす術がなかった。近藤の狙ったH-6は、爆弾などに引火し爆発した。小さな破片となって、そのまま急速に落下していく。だが、蒼波の狙った機体は、1発が左主翼に、もう1発が尾翼にあたってしまったことで、落下はすれど、まだ胴体部分が残っていた。慣性の法則と重力が争った結果、落下範囲が久米島から東シナ海側にずれているはずだが、安心できない。完全に破壊せよというのが、羽浦から出された命令だった。


「(機銃弾……大丈夫、まだいける)」


 機銃の残弾を確認。まだほとんど使ってないために、大量にある。機銃とはいえ20mm、機関砲といったほうが正しい口径だ。間違いなく機体は穴だらけ、そのうち数発でも爆弾にぶち当たってくれれば……。

 狙うは胴体上面のど真ん中。そこの先に爆弾が入っているはずだ。すれ違うまでの短い時間で照準をすばやく行う。機関砲ピパーが胴体上面の真ん中に重なった一瞬を、蒼波は見逃さなかった。


「FOX3、FOX3!」


 右手人差し指で、思いっきりトリガーを引く。コックピットすぐ右側から響く、古いカブが強引にエンジンを回しているときのような銃撃音を右耳で聞きながら、何十発という機関砲弾をほぼ一瞬で消費していく。それらが胴体に吸い込まれ、蒼波がH-6のすぐ横を通り過ぎようとしたまさにその時。H-6は胴体中央部から一気に火炎が広がり、瞬く間に胴体全体を覆ってしまった。それらは小さな破片と化し、すぐ真下へと一気に降下していく。久米島からも十分遠い。


「(――やった!)」


 成し遂げた。妙にすっきりした気分だ。やはり溜まっていたのだろう。すぐに、羽浦が自分を呼ぶ声が聞こえる。


『フェアリー、聞こえるか? 目標は?』


 よかった。ちゃんと聞こえる。


「アマテラス、目標は爆発した。機体は四散してる、もう大丈夫よ」


 これで、爆撃の脅威は去った。あとは護衛機を――



『いや、まだ安心するなッ、もう後ろ来てるぞ。チェックシックスッ』



 ――え? 蒼波はすぐにバックミラーを確認した。一瞬だが、明らかにF-15Jではない機体が上から横切った。この動き、真後ろにいる。


「(マズイ、この距離だと赤外線誘導で直接くる!)」


 しまった。とにかくちゃんと爆撃機を落とす、ということに集中しすぎる余り、一番重要な周辺警戒を怠ってしまった。集中しすぎて、味方の声も、一昨日の時とは別の形で聞こえなくなっていたかもしれない。あれができれば、これができなくなる……。

 近くにいるはずの近藤も、今はまだ旋回中ですぐに攻撃位置につけない。無線を聞く限り、敵の後ろには切谷が付いているはずだが、うまく照準できないらしい。必死に『フェアリー! 逃げろ!』と叫んでいる。


「フレア! フレア!!」


 フレアを放出しながら機体を右上方に翻した――。


『――よし、間に合った!』


 ――その次の瞬間には、後ろにいたJ-11は爆音を上げて爆発していた。切谷のものではない。切谷の機体の近くに、ミサイルの飛翔時に出る白煙が確認できない。あの近さなら短距離AAMを使うから白煙の線があるはずだ。


「(え、ちょ、どこから?)」


 その疑問に答えてくれたのは、直後に聞こえてきた“援軍”の無線だった。


『騎兵隊の到着だクソッたれェェエ!!』


 バザードでも、ラクーンでもない。初めて聞く、どっしりしたおっさんが吠えた時に出すような野太い声だ。そして、180度反転した時に右手を確認すると……。


「――F-2ッ!」


 そこに見えたのは、綺麗なフィンガーフォー隊形を組んで、槍のように飛んできた4機の青い戦闘機だった――。



 ――ドール7。4機のF-2戦闘機は、ギリギリで援軍に到着した。本当は中距離AAMですぐに攻撃したかったが、混戦状態になったがために、同士討ちを避けてギリギリまで粘っていたのだ。結果、短距離AAMのAAM-5を使い、2機のJ-11に攻撃を加え、蒼波を狙っているほうに命中させることに成功した。もう1機は交わされたものの、それでも、4機で一斉に食いかかっていた。


「ドール7、そこにいる味方はもう疲労困憊だ。最後はお前らが締めろ」


 ドール7の担当は、羽浦の隣に座っていた管制員だった。その声に、戦闘中とは思えない豪快な声で答えるのは、ドール7の隊長である。


『了解したアマテラスッ! てめぇら! 1対4だからと容赦はするな! 今までの味方の敵を討つんだ! やっちまえ!』


 そして、直後に聞こえる『ッしゃおらぁ!』という掛け声。もはや試合前に円陣を組んだ時の野球部員のようである。この勢いだけで相手を撃退できるのではないかとすら思えそうなその豪快さ。羽浦は思わずあきれざるを得なかった。


「これ、騎兵隊じゃなくて愚連隊の間違いですよね?」

「8飛行隊、別にならず者の集まりってわけじゃないんだがなぁ……」


 重本も「どうしたものか」といわんばかりに苦笑を浮かべていた。レーダー画面を見ても、「容赦するな」の言葉通り、完全に張り付くが如くで食らいついている。結構必死によけているようだが、落とされるのも時間の問題だろう。4機のうち2機は、J-11を追うことすらせず、バックアップとして少し後方に移っている。


「知ってます? 元ネタになってるであろうイヌ科のドールって動物、極度の武闘派なやつで、集団でヒョウとかトラとか食い殺すらしいですよ」

「スパルタ兵かよ」

「群れで狩りをするって点からもピッタリですね」

「もうコールサイン『スパルタ』でいいんじゃねえか?」

「めっちゃ猛々しい匂いがするコールサインですね……」


 重本と他の管制員との会話である。それだけではなく、ドールは元々狩りの成功率が高い動物でもあった。F-2が“狩る”目標は主に艦船である。狩り、即ち攻撃がうまくいくようにという験担ぎついでにつけたコールサインであったのだが、今の彼らには、それ以上の意味でも似合っていた。ドールは、今言われたように、とてつもない武闘派だったのである。


「でも、武闘派ってああいうことじゃないだろ……」

「あれか? 戦闘機パイロットは、コールサインにある元ネタ通りの性格かなにかにでもならんといけないルールでもあるんか?」


 羽浦は思わず頭を抱えながらぼやいた。考えてみれば、ラクーン隊は元ネタのアライグマにもあるその気性の荒い性格を備えた隊長さんがいるし、ベア隊も獲物を見つけたら必死に食らいつくようなことばっかりしてたし、バザード隊も蒼波含め誰もがすごく物々しく飛びやがるし、そんでもってドール隊はこの有様だし……。この流れだとあれだろうか、アマテラスなんてコールサインで飛んでる自分たちは、神様みたいな口調で無線しないといけないのか。昔の日本語なんて今と結構違うだろうに。


「――ドール7、最後の敵を撃墜。周辺空域クリアッ」


 ドール7を担当していた管制員が報告した瞬間、室内は静かな歓喜が渦巻いた。

 ――よし。やった。やったぞ。撃墜許可以降、被撃墜ゼロで終わらせた。羽浦は背中から力が抜け、背凭れに身を預けた。このときだけは、まだ管制が残っていることを忘れてすらいた。


「ふぅ……全員よくやった。那覇基地と嘉手納基地に連絡。敵爆撃機編隊は、護衛機も含め全機撃墜を確認」

「了解。那覇基地と嘉手納基地に伝えます」

「百瀬、敵のAEWどこいる?」

「えっと……あー、退いてます。北に針路を変えました」

「よし、南、韓国のピースアイにダイレクト。そっちに敵AEWが向かったから可能であれば撃墜を要請。あと――」


 矢継ぎ早に指示が飛び交う。ほっとしたのもつかの間、まだまだ仕事は残っていた。羽浦にも、次の部隊が空中給油を終えてやってくるので、それまではドール7が引き継ぎ、ラクーン2とバザード1はすぐに帰還させるよう指示がくる。結局、終わっていれば2機の撃墜で済んだ。あれほどの激戦で、よくここまで耐えたものだと、彼らのスペックの高さに改めて関心するしかない羽浦だった。

 それに伴い、短い間ではあるが、ドール7の担当も羽浦に引き継がれることになった。ラクーン2とバザード1の帰り道もさっさと用意し、誘導を始める。


「バザード1、ラクーン2、よくがんばった。今代わりの部隊がくる。あとはドール7に任せて帰還しろ。もう今日は羽休めな」

『スパーク了解。ナード、帰るぞ。先に下りてるあいつらの迎えにいかにゃならん』

『グリズリー了解。でも一回だけ空中給油させてくれないか』

「どうした、燃料がビンゴか?」


 あれだけの戦闘だ。燃料も大量に消費したのだろうか。でもすぐ近くに那覇基地があるのだから直接戻ればいいものを……。


『今から市ヶ谷空爆してえんだよ。もしくは官邸でもいいわ』


 ……なぁに言ってだコイツは。呆れたため息を吐いていると、周りもなぜか賛同し始めた。


『隊長、うちミサイル1発だけ残ってましたわ』

『おのれ今までの恨み辛み』

『そして巻き起こるクーデターの嵐』

「やめーや」

『そして最後は、どこぞの東部方面総監を監禁した小説家みたいな結末に』

「各方面から怒られるからやめろっつってんだ。さっさと帰れ」


 そして俺の周り。何を笑っている。自衛隊的に見れば不謹慎で済まん無線だぞこれ。そんなフリーダム万歳な無線を聞きながら、6機のF-15Jが那覇基地に機首を向けたのを確認する。編隊を組む姿は一切の乱れなし。疲労もあるはずなのに、よくやるもんだ。場所が場所なので、すぐに那覇基地の管制下に入るだろう。

 ……その前に、羽浦は無線をつけた。


「フェアリー」

『ん?』


 別れ際、優しげな声で羽浦は言った。


「……ちゃんと乗り越えたな」


 それ以上は言わない。言わなくてもわかっているはずだ。小さく笑った声を耳にし、その後には、


『……まあ、やったことがやったことだから複雑だけどね』


 今度は羽浦が小さく笑った。このときになってもまだ気にしてるらしい。人の殺傷はやはり慣れないというわけか。慰めるように声をかけてやる。


「もう割り切れ。そのうちまた暴走するぞ」

『やめてよ、暴走って……』

「暴走以外でなんて言えばいいんだよ」

『それは……』


 言葉に詰った蒼波だったが、変わりに答えたのは近藤だった。


『わかった。じゃあめんどくせえから“悪墜ち”とでもいっときゃいいんじゃね?』

『ハァッ!?』


 うわ、また一部の大きなお友達が大好きそうなニッチな性癖を……。しかも、それに乗っかっちゃうのがこの部隊の面々だ。無線が徐々に賑やかになる。


『魔が差したってことで、悪魔が憑依した系の悪墜ちでどうッスか?』

『待てよオスカー、フェアリーなら悪魔なんて具体的なもんじゃなくてドSの魂あたりが妥当だろう?』

『待ってスリットそれどういう意味?』

『お前にドS要素ぶち込んでみろ。まるっきりいつぞやのMiG追っかけまわしてたお前になるぞ?』

『あー、ちょっとわかる』

『わかっちゃうんですか隊長ッ? ていうかちょっと待って、アンタら私のことどう見てんの?』

『中身が女じゃない女』

『男になり損ねた女ッスかね』

『アニオタが大好きな女の特徴ランキングトップ3を全て詰め込んだ女だな』

『そこのF-2の皆さん、私の周りのF-15全部落としてください』

『えぇええ!?』

『おい俺とナード巻き添えかよ!?』



「はぁぁあああ……」 



 ……この際、一回全員死なない程度に落とされたほうがいいのではないか。なぜあそこまでの激戦をしたあとなのにこんな会話ができるんだ。猛者たちだからか? あれを潜り抜けた猛者たちにしか許されない娯楽だとでも言うのか? 羽浦は完全に突っ伏してしまった。


『お嬢ちゃん、それはいけない。同士討ちになってしまう』


 お、これはドール7の隊長の声だ。なるほど、あんな豪快なやつだがちゃんと常識h『地上に帰ってからしっかりと拳で語り合うのだ! それこそが真の友の会話であろう!』前言撤回。あのスパルタ犬野郎に常識を求めるのが間違いだったのだ。そしてそれを賞賛するドール7の面々共。なぜだ。なぜこの空の上にはまともな野郎がいないんだ。なぜなんだ。


「……あ、もう引継ぎだ」


 気がつけば、もう那覇基地に引き継ぐところまで飛んできていた。燃料の問題もある、早く向こうに渡さねばならない。空中給油を終えた部隊も、今北上してきていた。


「じゃあ、各部隊那覇基地にコンタクトせよ。着陸ミスったなんてオチはするなよ。特にそこの妖精さん」

『ちょっとやめてよ! 変なフラグ立つじゃない!』

『安心しろ、倒れそうになったら俺が横になってやるよ』

『うわスリット気持ち悪』

『グボォェッ』

『おい今のマジで吐いたんじゃねえか?』

『知りませんよそんなの』


 最後の最後まで愉快な奴らだ……。とにかく、那覇基地にも連絡が行ったので、こっちは無線をさっさと切ろうとした。


『……それじゃ、ありがとね。またあとで』


 ――この最後の声。蒼波の声だ。無線も、向こうから周波数を変えたらしく聞こえなくなってしまった。少し照れくさそうな声をしていたが、あの調子じゃ、今頃相当イジられていることであろう。

 ……だが、羽浦も改めて安心した。一昨日のあの件はある程度克服したようだ。完全ではないかもしれないが、あの調子なら、いきなりまた一昨日のようなことになるといったことは恐らくないだろう。


「(……とりあえず、これで一安心か)」


 降りたら、また電話の一本でもいれてやろうか。そんなことを考えつつ、ドール7の管制に移った。もう次の部隊が来ているので、タイミングを見計らって元の担当空域に戻さねばならない。


「ドール7、まもなく次の部隊がくる。あと3分で合流予定」

『了解。次の目標はどこだ?』

「……は?」


 ……なに言ってるんだこいつは。もう目標らしい目標はないのに……。


『話には聞いているぞ! 例のAEWはどこにいった! アイツをしとめねばまたやってきてしまうではないか!』

「いや、それはもう撤退したから韓国軍に任せてるんだが……」

『否! ここまで来ているのなら我々ドール隊がお相手せねばならない! たかが支援戦闘機等と抜かす輩に、このF-2の空対空戦能力を見せ付けてやるのだ!』

「いやだから、もう北に逃げちゃっててこっちからは――」

『F-2にやれんことはない! AAM-4(99式)の備えも万全である! 明らかにこれは直ちに北上しBVRという流れではないか!』

『そうだ! 日本伝統の突撃精神は健在なり!』

『そして我らドール隊が、F-2は対艦攻撃しか能がない等という悪辣な偏見を退けてやるんだ!』

『どこの誰だF-16のパクリだモンキーモデルだ等と抜かしたやつは!』

「抜かしてねえよ」

『F-16にも負けん空対空能力を見せ付けるチャンスなのだ! 敵はどこだァ!?』




「もうやだぁ……」




 羽浦は再びやけになったように突っ伏した。こいつら、スパルタ兵じゃない。悪しき旧日本軍の無計画な突撃精神を受け継いじゃったタイプの奴らだ。空自はアメリカの系譜なのに、なんでそんな精神を持ってるんだ。



 俺に、平穏はやってくるのだろうか――。羽浦はそんな苦悩を感じながら、 


 周りから同情の目線を向けられつつ、胃薬を買う決意を固めたのである……

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