6-7
――即ち、こういうことである。
H-6爆撃機とその護衛の戦闘機たちは、最初から巡航ミサイル攻撃を行うつもりなどなかった。今までの数回の空爆によって、巡航ミサイルでの攻撃に効果がないことを理解した敵は、迎撃ができないか、著しく困難な、“爆弾とロケット弾による空襲”にシフトチェンジしたのだ。
H-6が放ってきた空中発射型巡航ミサイルは、結局はミサイルでしかない。速度と命中精度が高い反面、どこをどう飛ぶかも計算可能で、F-15JからのAAM-4Bや、那覇基地に出張ってきた第15旅団第15高射特科連隊の11式短距離地対空誘導弾、03式中SAMが迎撃することに成功していた。お隣の嘉手納基地も、独自に防空網を形成することで被害を抑えている。ミサイルは、ミサイルでちゃんと落とされるのだ。
だが、戦闘機や爆撃機といった、“人が乗るもの”には手を出してこないこともわかっている。だから、自らを盾にし、一番安全で、しかも、うまくやれば巡航ミサイルより効果がある方法を取った。
それが、“原始的な空襲”である。
H-6の元ネタであるTu-16“バジャー”は、自由落下型であれば最大9トンの爆弾を搭載可能で、その能力はH-6にも継承されている。搭載しているものが無誘導型か誘導型かの判別は付かないが、しかし、弾薬も限られるため、効率的に基地機能を破壊するべく、誘導型のものを使ってくるはずだ。爆弾倉の中は、今から落とす爆弾でぎっしり詰まっていることであろう。
何れにせよ、落下中の爆弾を空中で迎撃するなど簡単にできるはずがない。バルカン防空システムを使って数発破壊できればラッキー程度だ。ロケット弾に至ってはもっと無理な話であり、攻撃のために超低空・至近距離まで接近されるとなった時点で、迎撃など不可能だ。本来は、そうなる前に落とすことが防空の世界では常識なのである。
しかも、爆弾を落とすとなったときは、間違いなく目標上空まで飛来するが、一番問題なのはそこである。
「……ダメだ、市街地に落ちるから迎撃できねぇ……」
百歩譲って先にH-6やSu-30MKKを落とすとなったとしても、基地の付近になってから落とすのでは遅いのだ。そうなった場合、落下していく破片が基地や周辺の市街地に落ちる可能性があり、しかも、爆弾やロケット弾がまだ生きている場合、地上で爆発してしまい、別の被害を発生させかねない。そうはならなくとも、ただでさえ面倒事になっている不発弾問題が、さらにややこしいことになってしまうという政治的な理由もある。
住民や市街地に被害を起こすことは、自衛隊の防衛が信頼できないということを印象付ける結果になりかねない。政治的にも、軍事的にも、絶対に避けなければならなかった。
――でも、どうすればいいんだ? 羽浦は画面を凝視したまま固まった。動揺した新代が、隣にいた部下に聞いていた。
「つまり、この少しずつ降下してるのって、爆弾が当たりやすくなるようにするためか?」
「ええ、半数必中界を少しでも小さくするためでしょうね」
CEPは、発射した弾薬がどれくらいの確率で目標に命中するかを示す指標の一つで、発射した総数のうち半数の着弾が見込める範囲を円形で表現する。CEPが50メートルであれば、発射した弾薬の半数は、目標から半径50メートル以内に着弾することが期待できる、という具合である。当然、CEPの半径が小さければ小さいほど、その兵器の命中精度は高いということになる。
「向こうの基地破壊の目的から考えて、流石に無誘導は考えにくいでしょう。効率的に、要所要所を狙ってくるはずです」
「H-6が積める誘導型爆弾はFTシリーズとレーザー誘導のLT-2、あとは滑空型のLS-6あたりか。FTはCEPが30~14メートル、LSが15メートル、LTは数メートルで済む。でもLS-6はないよな? どうせフランカーGが肉薄するんだし」
「はい。自衛隊機の撃墜意欲を削ぐ意味合いも考えて、ギリギリまで接近して落とすはずですので、滑空爆弾は扱いづらいかと思います。通常の誘導型を満載するはずです」
「LT-2は知らんが、FTシリーズの方は最低でも大体1万6000から1万5000フィートで投下するはず……、羽浦、今高度は?」
「1万9000を切りました。まだ降りてます」
「限界まで降りる気だ……」
H-6の編隊は緩降下を続けている。1万9000ftを下回り、今度は1万8000ftにもなろうというところ。もちろん、バザード1やラクーン2の編隊を引き連れて。
「フランカーGは先行してないのか? 先に潰しに行くこともできるはずだ」
「H-6が空爆した後の仕上げ担当なんでしょう。ロケット弾のほうが、破壊力では劣りますが精度は上です。攻撃直前まで照準を修正できる上、直前で柔軟に変更もできますから」
「しかも、迎撃される心配すらないってか。太平洋戦争末期の本土空爆そのまんまじゃねえか……」
新代が頭を強引にかきむしった。特にこれは、沖縄の人々にとって、まさしくトラウマを刺激される事態ですらある。太平洋戦争末期の頃の日本では、各地で米軍の爆撃機が連日空襲するわ、艦載機が低空でロケットや機銃掃射しまくるわといった、問答無用の空爆が行われていた。特に沖縄では、爆撃機による空爆はさほどなかったものの、その分低空でのロケットや機銃での攻撃が頻繁に行われ、地上戦の激化も相まって、まさに“地獄”と呼ぶにふさわしい泥沼の戦いとなっていた。
その子孫たる沖縄県民にとってみれば、例え狙われたのが市街地ではなく基地であるとはいえ、空から爆撃機が爆弾を落とし、低空を飛ぶ戦闘機がロケット弾をばら撒くその様は、まさしく、嘗ての悲惨な戦争の記憶の再現に他ならない。
そうなった際の負の反響は計り知れない。当然、そのトラウマは本土の人々とも共有するものである。世論からの反発が怖いからと交戦許可を取り消した結果、さらに最悪な結果を招いたのでは、元も子もない等という話では済まされない。
「当時は、一応でも戦闘機が飛んでくるだけまだマシだったかもしれません。でも、今回はそれすらないんです。むしろ同行してる」
羽浦は小さく舌打ちをした。マズかったか。確かに休息場所としてそこに行かせたのはいいが、何も動かない空自戦闘機が敵に引っ付いたまま、沖縄が空爆されるのを黙ってみている状態を知られてはとんでもないことになる。世の中、全国どこに行っても“スポッター”と呼ばれる人がいるのだ。彼らはいろんな空港などで飛行機を撮影し、時には機番まで入念にチェックすることを趣味としている人たちで、当然、自衛隊基地を飛び交う飛行機の写真を撮るスポッターもいる。ある程度離れていても、飛行機が飛ぶ姿さえ見られればいい。勿論、その成果をネットに上げる人も大勢いる。
ましてや今は有事。那覇基地を常に観察してるスポッターもいるはずで、彼らがネットにあげた空爆中の写真に空自機が写っていたら、「空自仕事してねえのかよ!!」と、世論から大反発が起きること必至だ。空自、いや、自衛隊に対する信頼も消え去り、そうでなくとも、熱核兵器のせいで分断されている国内世論がさらに滅茶苦茶にかき回されてしまい、その混乱がどうなるかは正直想像しきれない。
だが、かといって引き離すわけにもいかない。今引き離したら、すぐに撃墜される。間違いなく全滅だ。本来は、北東からくるベア2の到着を待って、彼らの援護の下離脱を図る予定だったのだ。
「(これで大逆転って流れじゃなかったのかよ……!)」
羽浦は口を釣り上げて震えていた。つくづく、神様は俺たちに楽をさせてくれないらしい。天狗にはなるなという忠告なのか。その仕打ちがこれなのは流石に泣きたくなってくる。その横で、慌てた様子の新代は、乱暴にメモを取りながら言った。
「重本三佐に知らせて、那覇と嘉手納に連絡を入れてくる。羽浦、すぐに爆弾投下予測地点を割り出してくれ。たぶん10分とかからない筈だ」
「ですが、このH-6とフランカーGどうします? どっちにしろ落とさないともう詰みですよ?」
「わかってる。今重本三佐が必死に連絡入れてるから、もうどうにかここで許可もぎ取るしかない」
「もし取れなかったら?」
「……」
メモを書き終え、重本の方に行こうとした新代だが、深刻な程陰鬱な表情を浮かべつつ振り返り、静かに言った。
「――昔の記憶が、現代に蘇るだけだ」
そう語る口は、ほとんど動かない。ボソボソと呟くようなものだった。
新代はそのまま重本の方に向かう。先ほどからずっと電話中の重本が横から見せられたメモを見た瞬間、顔が一気に引きつって「マジ?」とそう声を出さず口だけ動かす様子から見ても、今の彼にとってこの事態は、泣きっ面に蜂だったに違いない。その後、案の定声が若干張っていった。
ここで撃墜できなければ、そのまま一緒に沖縄まで並走だ。
「仮に撃墜するとして、あまりに近すぎると問題だから、落下物の影響がないか、最低限で収まる地点を設定しないといけないな」
「奴らが1万6000フィート前後で攻撃を開始するとして、少なくともそこまではフランカーGも同行するだろうから……」
羽浦が手早くファイルから地図を取り出し、距離と高度から撃墜許容最低ラインを割り出す。針路上には久米島や栗国島等の島々もあるので、さらにその外に置かないといけない。電卓のキーを打つ右手の動きも自然と素早くなる。しかし、表示された数字を見た羽浦の顔は、見る見るうちに青ざめていった。
「……あと、5~6分しかない……ッ?」
沖縄本島までであればまだ余裕はある。しかし、その手前に、久米島、栗国島、渡名喜、慶良間諸島といった沖縄諸島北西部を構成する島々が存在するのがネックだった。多少の距離が離れあっているとはいえ、万一にもそこの近辺に落ちてしまっては問題だった。そこも考慮しないといけないとなると、与えられた時間は最大でも5~6分。島民たちの安全を優先するならば、今すぐにでも動かなければならないほどだった。沖縄本島北西部の島嶼部上空に入ってしまったら、撃墜がほぼ不可能になる。
「入った後、どうにかして島から離したりってのは無理だよな……栗国島と沖縄本島の間、少し空いてるけど」
「向こうだって承知の上だろうさ。マズイってなったら、絶対どっかの島の上に逃げるはずだ。落とせないようにな。慶良間諸島なんていい"避難所"だろ」
「やべえよ、すぐにやれねえと手遅れになる……」
後ろで管制員たちが戦々恐々としている間、羽浦はレーダー画面のあちこちを見ていた。どこかに爆撃機を誘導できそうな空域はないか。どこでもいい。空いている海空域さえあれば……。
だが、ここまでくるとどこに誘導しても似たようなものだ。よほど大きな転針をしない限り、どこに行っても近くに何かしらの島がある。今からだと、撃墜以外に、爆撃を回避させる手段がない。
「……落とせねえってのに……」
目の前のコンソールを殴りたくなるような怒りを抑えるように、右手に力強い拳が作られる。もう手段がない。ここまで来て、巡航ミサイルを撃墜して、ベア2の援護の元強引に生還させるというプランAが消えたが、次に残されたプランBが、まず現状不可能なものでしかなかった。
――今度こそ、今度という今度こそ、“詰んだ”。
「(……どうすんだこれ……)」
撃墜しないといけない状況なのに、熱核兵器を使って政府を脅しているがために、撃墜はできない。でもそうなったら、沖縄が空爆される。悪影響は甚大なのは確実。基地が狙われたとなれば、今後の作戦にも支障が出る。どっちにどう転がっても、“バットエンド”しか残っていなかった。
『――おい、どうすればいい? もう落とすしか手がないぞッ』
『こっちの高度計は1万7000って出てる! どこまで降りる気だよこいつら?』
『アマテラス、もう手がない! 交戦許可は出ないのか!?』
度重なる無線にも、羽浦は答えることができなかった。いや、答える“内容”がないのだ。頼りになる声も、“内容”が伴わなければ、ただの雑音でしかない。雑音を向けるわけにはいかなかった。
「(命令に従った結果が、この結末かよ……?)」
自衛官としてあってはならないと自覚はしていても、それでも今回ばかりは、羽浦は、文民の存在を呪った。軍事的合理性より、文民統制としての原則を優先した結果がこのザマでは、日本という国家防衛、日本の国民及び財産の保護を至上命題とする自衛隊は、一体何のために存在しているのか? 日本を守らねばならない自衛隊が、その国民に従ったがために、その日本を守ることができないとは、一体どんな冗談なのだ? もはや、その意味すら問われかねなくなる。
だが、自衛官とは、軍人ではないとされてはいても、公務員である。公僕にとって、市民からの命令は絶対的な存在であるのだ。かつて、神野が言っていた言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
“何を、守ればいいんでしょうか”
“自分みたいな自衛官が守っていく、良くも悪くも国や国民が、本当にこのままでいいのかと……”
――あの時、貴方が言いたかったことは、これのことなのか? このような、“軍事的な合理性”と、“文民統制としての理念”の間にある矛盾を、あの形で問うたのか? こうすればいいというのはわかっているのに、それが、相手が文民だからと、どんな命令であっても機械的に受け入れてしまっている今の自衛隊に、疑問を持っていたが故の言葉だったのか? それがたとえ、一歩間違えば取り返しのつかない“過ち”を犯す危険があるとしても……。
「(……愛国心で、どうにかなる問題じゃねえじゃんか……)」
そんな精神的なものでどうにもならない、もっと根源的な、構造的な問題だった。最終的に、これを乗り越えるための柱は愛国心であるとしても、その前に、もっと他の問題が山積している。どうにもできない、自身の身長の数倍もある壁のように積みあがった、大量の問題が。
――その答えは、結局出てこない。愛国心の定義を出して、それに付属するそれらしいありきたりな理由を述べるだけに留まった。彼はその後、自分の前からいなくなった。ほぼ間違いなく、永久に。この問いの意味を、もっと問いただせばよかった。そんな後悔をしても、後の祭りだというのに。
後ろでは、横田と口論する重本の声が相も変わらず響いている。さらにすぐ近くでは、この爆撃機たちをどうしたものかと、尽くせる手で尽くそうと議論を交わす管制員たち。一瞬後ろを振り向けば、他の機体はないかと、念入りにレーダー画面をにらめっこする百瀬の真剣な表情。無線からは、指示を求める声、重罰を承知で、交戦許可を求める声――。
「(これが、“自衛官”だ……)」
皮肉ではない。元より制約の多い中、使える手を使って、最後まで諦めずどうにかして手を打とうとするのが、昔からの自衛隊の姿だった。実態は別として、少なくとも、そうした姿勢を貫いてきた。あるべき手段を使って、時にはこじつけてでも。
それは、偏に、“守りたいから”だった。
『――マズイ、もう沖縄見えたわよ!』
親しき幼馴染の声が、ヘッドセットにはっきりと響いた。向こうはもう、肉眼で沖縄本島を捉えたのだ。もう、“本土”は目の前だ。
「……」
――自らを護る。その基本の理念に立ち戻ろう。羽浦は意を決した。もう、これによって自身がどうなっても構わない。この意見を貫き通すための根拠もちゃんとある。ある手段をすべて使って、最後の最後まで諦めない。自衛官としての、自身の使命に、忠実になることにした。羽浦は、隣にいた管制員に、代わりにレーダーを見ているよう頼むと、
「――新代一尉」
レーダー画面から目を離し、上半身ごと振り返った。その先にいたのは、重本のすぐそばで先ほどまで協議していた、新代のやつれた姿だった。
「なんだ? 何か動きがあったか?」
「いえ……」
一瞬の躊躇はあった。自分のやることは、自衛官として褒められるべきものではない。しかし、自衛官としてのやるべきことは、最後まで貫く。それは、自衛隊に入った時から、一時も破ったことはない。羽浦は、新代の目を一直線に見て、目でも訴えるように、はっきりといった。
「――交戦許可をください。沖縄を守る最後の手段は、もうこれだけです」
新代だけではない。電話中の重本以外の、その場にいた全ての管制員が、目を見開いた表情を彼に向けた。トチ狂ったわけではあるまい。彼だって状況は分かっているはずだ。それでも、このような進言をした。その事実を前に、冷静を維持することはできなかった。新代は、その真意を問いただした。
「待て羽浦、お前も状況は分かっているはずだろう。交戦許可は下りてないんだ」
「承知の上です。ですが、もうこれ以上の手段はありません。このまま空爆されるよりは、命令違反を承知で撃墜したほうがマシです」
「伊良部島と下地島が人質に取られているんだぞ。何かあったら、あそこにいる何百人という島民が、一瞬にして“消滅”する。死ぬんじゃない、“消滅”するんだ」
消滅、という言葉は、新代だからこそ出てきた言葉であろう。彼は広島出身である。小さいころから、原爆の実態というものをその目でまざまざと見てきた。原爆から生き残った祖父母から、自らが見た、その破壊力、恐怖、後に残った悔恨。その全てを教えられてきた。熱核兵器があるかもしれないとなった現在、一番頭を悩ませたのは、誰でもない彼だったのだ。
彼にとって、かつての広島・長崎の二の舞は絶対に避けねばならなかった。自衛官としても、個人的な心情としても。羽浦に向ける目は、非難の目ではない。どこか、もう少し待ってくれるよう“訴える”ような眼であった。
……それでも、羽浦は動じなかった。確たる根拠があったのだ。しかもこれは、本来は誰もが知りえているはずのものだった。
「――ならばなぜ、“韓国軍が交戦している”のに、爆破させないんですか?」
そう。ここから北にいる韓国軍は、依然として戦闘を継続中なのだ。散発的な戦闘ではあるとはいえ、ソウルは戒厳令が敷かれて、街中に韓米軍がごった返すほどの非常事態。海に行けば、北朝鮮から来たらしい艦艇との交戦が起きるわ、空でも、神出鬼没の北朝鮮の戦闘機に対する防空戦が展開されるわで、休む暇がまともにない。
そんな彼らは、日本みたいに交戦許可を取り下げていない。今も、銃弾を撃っているし、敵を殺傷している。
「昨日一昨日と、韓国軍のピースアイは飛んでいることは自分たちでも確認してますし、向こうは時には交戦しているらしいことは、今までの無線からわかっています。熱核兵器の動画は、韓国だって見ていたはずです。向こうがどんな判断を下したかは知りませんが、少なくとも彼らは、“伊良部島や下地島以外の場所での交戦そのものに支障はない”と判断したから、戦闘が続いているはずでしょう。そして、それは実際その通りだった」
羽浦のその推測は、実は正しかった。韓国国防部は、この熱核兵器を爆破させる条件の範囲を、「爆弾を置いた島の自軍兵力」に限定しているものと判断して、韓国国内やその近辺での戦闘は続行させた。また、台湾でも同じような判断をしており、戦闘はそのまま続行されている。
在日米軍は動きを見せていないが、あくまで“静観”でしかなかった。日本がこのような有様なので、在日米軍だけで動いては日本の世論がうるさくなるとして、責任を自衛隊に転嫁する意味合いも込めて動いていないだけであった。その証拠に、お隣の在韓米軍は通常通り韓国軍と共同で交戦している。日本しか、このような判断をしていないのだ。
羽浦は自信があった。かの組織は、日本だけではなく、世界に、特に、極東地域の複数の国に対して喧嘩を売っているのに、あの熱核兵器に関する動画のメッセージだけ、“日本向け”のものであるとは考えにくかったのだ。あの動画も、世界に向けて発信する意図があったに違いない。日本以外の国は戦闘が続いているのに、熱核兵器は爆破されない。それは、あの動画の意図するところは、あくまで“占領している島の自軍兵力を”攻撃すれば爆破する、というものであり、日本が“過剰反応”したに過ぎないのだ。しかもそれは、大本の発端といえば、国民世論の“早とちり”だった。
――今ここで撃墜しても、熱核兵器は爆発しない。伊良部島や下地島の人たちは、少なくとも熱核兵器の熱線に巻き込まれることはない。その自信は、本当は誰もが持っているはずだった。韓国軍の状況を間接的に見ていた、ここのクルーならば特にそのはずだった。しかし、命令だからと、国民を巻き込むのはマズイと、納得のいく理由ではあれど、自らが口にすることはしなかったのだ。もしくは、核兵器、という存在が、それを言い出す勇気を消し去っていたともいえるだろうか。
「何でしたら、今すぐにでも韓国軍に確認を取ってください。交戦を今までどの程度やったかとか、軍事機密に触れない程度に、曖昧でいいから情報をくれといえば、すぐにでもくれるでしょう」
「だ、だが、それは韓国の話で、日本が別だったら……」
「ですから、あの一本しかない動画がそこまで重複した意味を持っているかという話なんです。私たちが深読みしただけな可能性が高いし、それに、軍事的合理性に則れば、もうさっさと爆破させたほうがいいはずです。日本だけでなく、韓国や台湾方面の戦闘も止めさせたほうが、向こうとしても都合がいいでしょうッ?」
「ま、まあ、それはそうなんだが……」
新代もわかっているのだ。曖昧な返答しか出せないのは、自分もそれはわかってはいるが、あと一歩踏ん切りがつかないという、その真意が隠れていた。かつての、核兵器が落とされたトラウマが、彼の脳裏を何度も過っていた。それは、どことなく今の日本人を象徴するかのようでもあった。
――だからこそ、羽浦は、自らの上官であることを、釈迦に説法であることを承知で、はっきりと口にした。
「――俺たちは自衛官なんです。国を守る力を与えられた、最後の砦なんです! 砦が、最初から逃げるわけにはいかないんです!」
某怪獣映画の終盤にあった、主人公の言葉を思い出した。自衛隊は、国を守る力を与えられた、最後の砦なのだと。自分たちが倒れたら、その後ろにいる国民を守る存在は、もういなくなるのだ。そんな自分たちが、こんな曖昧な態度をとっていては、守れるものも守れないと、羽浦は力強く訴えた。
彼とて、伊良部島・下地島の人たちを犠牲にさせるつもりはない。そのうえで、熱核兵器は爆発しないと、自信をもっていえる根拠があった。だからこその、この“進言”だった。
「お願いします。もう、時間がないんです。……あと数分しかありません。最期の、チャンスです。……お願いします」
席を立つわけにはいかないので、その場で頭を下げる。新代も、もう返す言葉もない。苦し気な表情を浮かべ、激しく葛藤していた。羽浦のいうことは強い根拠がある。許可すべきか。しかし、何れにせよ上がそれを認めていない以上、命令違反は軽々しくできない。最終的には、これを上に訴えないといけない。だが、そんな時間は、自分たちには……。
「……重本三佐」
最終的に、新代は重本に助けを求めた。彼も、羽浦の言葉を聞いていたはずだ。電話はしていても、声ははっきりと届いているはず。どうこたえるか。元より、重本がどんな議論をしていたかも、誰も聞いてはいなかったが。
重本は、一言二言言い残すと、電話を切った。そして、目を細めて、いつになく真剣な表情を浮かべて、室内を見渡して言った。
「――いい知らせと悪い知らせがあるが、どっちから聞きたい?」
いきなりなんだ? 羽浦は一瞬疑問に思ったが、時間もない。うまい飯は最後に食べる派でもあるし、答えは一つだ。
「……悪い知らせは?」
重本の表情は変わらない。冷静な口調をそのままに、暗い声を放った。
「――交戦は、許可できない」
ダメか……。室内に一気に広まる、落胆の声。やはり、ここでどれだけ熱弁をふるっても、市ヶ谷や政府がそれを聞いていなければ意味はないのか。向こうに、それを理解している人が一人でもいれば……。
だが、落胆している暇はない。羽浦は、肩を落としつつも、さらに聞いた。
「そうですか……。それで、良い知らせは?」
「――という命令が、さっき取り消された」
……え? 室内にいた全員が一転して、キョトンとした顔を浮かべる。ただ一人、口元をニンマリさせる、重本を除いて。彼は、小さく呆れたようなため息をついた。
「ったく、お前みたいな純粋で一筋なバカ野郎が、どうも官邸にもいたらしいな」
「じゃあ、まさか……」
「……今まで散々にやられてきたが、ペイバックタイムだ。羽浦、あとどれくらいで交戦できなくなる?」
「あと、3分です」
「よし、十分だな」
重本は、何かをやり切った時のような、清々しい笑顔を、その場にいる全員に向けた。その目は自信に満ち溢れている。いつもの重本の目。この目と顔をした時の彼から出される言葉は、大抵碌なものではない。
「――羽浦、各部隊に命令しろ。“交戦を許可する”。倍にして返せッ!」
その仁王立ちから放たれた、待ちに待った命令――。羽浦の肩から、何かの重りが外れた。それは、プレッシャーだったか、死んだ同胞たちの重圧か。しかし、そんなものはもう消し去った。それを取り払うほどの、力を手に入れたのだ。羽浦が、レーダー画面を見るために姿勢を戻しながら上げた、野球部員の試合前の掛け声のような「ッしゃぁ!」という威勢のいい雄たけびは、室内にいた全員の今の心境の代弁ですらあった。
「……あとで官邸の奴等殴りに行こうぜ。誰か付き合え」
「シゲさん、どんだけいろんな人殴ったら気が済むんですか?」
「そのうち刑務所いくなあの人」
「行ったらからかいに行こうぜ、全員で」
そんなジョークが、室内に飛び交った。やっと生まれた活気。「やってやるぜ」という、本来の雰囲気。
無線では、相も変わらず指示を求める慌てた声が響く。それすらも、今の羽浦にとっては笑いの種だ。軽快な声を、羽浦は無線に送った。
「アマテラスより各機。朗報を伝える前に確認だ。マスターアームをチェック。火器に問題があるか確認しろ。トラブルはないな?」
『火器ィ? 交戦はできねんだろ?』
「いいから確認しろグリズリー。全員、確認できたら自分たちの隊長を通じて報告を」
戸惑う近藤を抑え、さっさと指示の通りに動かす。全機から問題なしとの報告を受け取ると、”朗報”を伝えた。
「撃墜許容時間残り2分半。ギリギリだが、まずは爆撃機とフランカーG優先だ。奇襲攻撃になる。絶対外すなよ、時間ないんだからな」
『待ってくれ、さっきも言ったが、交戦は――』
「許可された」
『……え?』
無線の奥が静かになった。呆然とした表情が目に浮かぶようだと、羽浦は「しっしっし」と小さく笑った。そして、自信を取り戻させるような、力強さにあふれた声を、彼らに投げた。
「――官邸がついに覚悟を決めた。撃墜禁止命令を解除、交戦許可だ」




