6-5
――Su-30MKKが、お守りから外れた。
数的劣勢を打開するべく、H-6爆撃機の護衛の任をそのままに、積極的攻撃に出た。2機ずつになり、バザード1とラクーン2にそれぞれ接近を始める。こうなれば、数では同等だ。双方が持っている敵の情報も同レベル。ミサイルの性能は不明。そこがカギになるかとは思うが、結局、どんな性能だろうと先に撃った方が優位には違いないのだ。
この時点で、羽浦たちの持っていた主導権は消えた。イーブンになったのだ。
「(アイツら、ぴったり爆撃機にくっついてるんじゃなかったのかよ!)」
心の中で盛大に舌打ちをかました羽浦は、張った声を無線に投げた。
「全機へ、フランカーがそっちに向かった! 各隊2機ずつ!」
『クソッ、冗談だろ!?』
「冗談でこんな無線投げねえよグリズリー! フェアリー、4時方向にフランカー2機! ロッカー、そっちの11時方向にフランカー2機接近! 確認でき次第回避! 一番近いのはお前らだ!」
『クソッ、やっべぇッ!』
『勘弁してよ、寄りにもよってこっちィ!?』
蒼波の“悲鳴”と言ってもいいほどの高音が羽浦の耳をつんざく。悲鳴を上げたいのはこっちの方だ。クソッタレがと嘆きたい状況下で、ようやく作れた主導権を、たった4機の戦闘機の乱入でぶち壊されたのだ。しかも、相手は戦闘攻撃機とはいえSu-30MMK。対地武装がメインだったのか、中距離AAMの射程に入っても何も撃ってこないのが不幸中の幸いだが、だからってそこまで状況は好転しない。
J-11を追っていた4機のF-15Jは、すぐに急旋回で回避を始めた。Su-30MMKの位置を確認し、そこからなるべく離れるようにしながら、バックを取れないか探り始める。だが、向こうから接近しにかかっているうえ、僚機の援護もなく、ほぼ孤立無援の状態である現状では、それは高望みでしかなかった。
「米軍機に来援頼めないか? ミサイル撃てなんて言わねえ、せめて後ろからストーキングしてくれるだけでもいい」
「それが、さっきセントリーに問い合わせたら、米軍機は近いのでも10分はかかるって……」
「チッ、アイツら肝心な時にいねえじゃねえか、何しに飛んでんだ!」
堪忍袋の緒が切れそうな重本は、また頭を掻きむしった。軽く寝癖が立ったように頭髪は荒れている。スクランブルを頼んでも、今から飛ばせるのはたったの4機だけ。那覇も、元々保有機のやりくりに余裕がなくなってきているためか、多くは飛ばせない状態になってきていた。そして、今から飛ばしても、現場に到着するのは、これまた最低10分後。その頃には、もう巡航ミサイルを発射して撤退している最中だし、戦闘もほとんど終わっている。間違いなく間に合わない。
一番近いのは、ラクーン2が本来いた場所よりさらに北西にいる『DHOLE7』隊だった。彼らは築城基地の第8飛行隊所属で、4機のF-2で構成されている。しかし、そっちはちょうど燃料がビンゴになり、交代の時間が迫っていたベア2の後続隊である、4機のF-15で構成されたベア2との交代時間込みで考えても、現場に到着するのは最低でも7分後。ギリギリ間に合わない。
それでも、いないよりはマシだと、重本の指示により、とりあえずドール7を呼び寄せることになった。さらに、那覇基地に頼んで、増援のF-15Jを4機だけでもでいいから飛ばすよう要請。準備諸々と考えても10分以上かかることを覚悟の上であった。
当然、巡航ミサイル攻撃段階までにはどうしても間に合わない。少なくともそれまでは、自分達で耐えるしかなかった。重本の顔が歪な表情を浮かべる。
「もういい、とにかく今は耐えるしかない。あと8分だ」
「8分も追われ続けるんですか? 無茶ですよ!」
「でもやるしかないんだ。即応の来援が期待できないんじゃ、自分らで何とかするしかない。向こうにも伝えておけ」
その言葉を耳にした羽浦は、レーダー画面を見たまましばし茫然とし、無線のスイッチを入れるのを躊躇した。必死に逃げているときに、来援がすぐに来ないから自分達で耐えろと言われたパイロットは、どんな顔をするんだ? 必死になって警報の嵐を聞きながらミサイルをよけて、苦渋の顔を浮かべて、次に飛んできた無線が、「自分達で何とかしろ」だったときのパイロットの顔はどうだ?
――想像に難しくない。一言で説明できる。“絶望”だ。
「(……こんな絶望あってたまるか……)」
レーダー上では、味方機が、必死になって敵の戦闘機たちから逃げようと上下左右に逃げ惑っている。機械的なブリップと、横にある簡単な数字のデータしか表示されないが、そのアイコンの動きだけは人間的なものだ。そこから、パイロットが何を求めているかも読み取るのが管制員であるが、こんなに不規則に動き、連携なんて知ったことかと言わんばかりにいろんな方向に飛び回る味方が求めているものがわからないほど、自分は素人ではない。そして、それを余裕で追いかけまくる敵の戦闘機群……。
「……クソがッ……」
羽浦に生まれた怒りと悔しさは、自然と自らの右手に拳を作り出した。自分たちが優位になった途端、一気にマウントをかけてなぶり殺しにかかる。これが“戦闘”だっていうのか。“いじめ”と何が違う? 正々堂々と勝負して負けるなら、納得のしようもある。だが、こっちの手足を姑息な手で封じて、味方が好き勝手動けるような場面にしながら、自分達は問答無用で殴り掛かる。これがまかり通るのが“戦争”だというのなら、それこそ戦争はクソッタレだと天に向かって叫んでやりたい。そんな気分だった。
それでも、どこに敵がいるか、敵の速度や高度などをできる限り味方に伝えにかかる。彼らが本当に求めているものを知りながら、それを伝えられない罪悪感に駆られながら――。
――そのうち、1機が火を噴いた。
『畜生! 被弾した、被弾した!』
一人の男の叫び声。音声越しに、コックピット内で警報が響いているのが聞こえてきた。瞬時に反応したのはスパークだ。
『ウェーブ!? 大丈夫か、ウェーブ!?』
いつになく焦っているスパーク。昨日の今日だ。同じような光景は二度と見たくないに違いない。だが、ウェーブはまだ生きていた。Su-30MMKが放った赤外線誘導型AAMが左翼に命中し、胴体部からもぎ取ってしまったらしい。
『錐もみ状態だが、今エンジンをガンガン回してる。回転が収まってきたぞ』
『ウェーブ、無理するな! 脱出しろ!』
『わかってますよ熱血隊長。いつぞやの片羽着陸と行きたかったですが、そこまで運はないもんでね。もうちょっと機体を安定させて、陸に近づいたらさっさと出ます』
『ああ、わかった。早く行け! 撤退は俺が援護する!』
『心配性だなぁ全く。アマテラス、下の味方にピックアップよろしくって伝えといて』
「大丈夫だ。今伝えてる。すぐに逃げろ、無理するなよ」
こんな時でもまだ余裕そうなウェーブだが、その言葉に偽りはなかった。速度が増した代わりに、機体の動きが安定してきた。他機との衝突事故により右主翼が丸ごと消えたF-15が、最大推力を出すことによってスピン状態から回復し、基地まで帰還した逸話があるが、あれも本来はさっさと脱出する場面であり、彼もそこまで冒険はしない。スパークが、ウェーブの下に近づいた。
……その後方からだ。J-11が2機。高速で接近をかけた。うち1機の後ろには、バザード1の切谷が追跡を仕掛けていた。
「(邪魔する気か!)スパーク、後ろにJ-11! 2機いるぞ!」
『クソ野郎が! いつまでも邪魔しやがる気か!』
もう頭に血が回りまくっている。危ない兆候だが、ここで水を差しても消えはしない火に違いない。熱血隊長とはよく言ったものだ。スパークはそれでも、巧みに機体を操り、せめてウェーブと距離を離そうとする。だが、長くは持たない。J-11が1発ずつミサイルを発射した。全て、スパークに向かっている。
『ガァアッ、クソォ!!』
急機動のGに耐えながら、ミサイルを躱そうとする。しかし、最初の1発はフレアで回避できたものの、時間差で放たれた2発目は、フレアに引っかからない。今更推力を絞っても恐らく意味はない。
――ダメだ、間に合わない。羽浦はイジェクトを勧めようとした。
『スパーク、そのまま一直線に走れ!』
――この声、まさか?
羽浦はレーダー画面を確認。ミサイルとスパークの間に、1機のF-15Jが割って入らんと急降下をかけていた。これは……。
「まてロッカー、何をする気だ?」
『やれるかわかんねえけど、どうせ使わないんだしな!』
急降下によるGに抗うように声を絞らせながら、強引に強気な声を上げた。ロッカーの機体は、スパークから見て1時方向上方からやってくる角度だ。ミサイルはもうすぐスパークの機体に当たる。その時、レーダー上では、スパークとロッカーのブリップが重なった。
『ロッカー、FOX3!』
――羽浦は小さく「えッ?」と驚嘆の声を上げた。それは、自衛隊では機銃弾を発射する声だ。どこに撃った? まさか敵機ではあるまい。その機首の先には――。
『――うぉっほー! 当たった! 当たったぞ! ミサイルに当たった!!』
「マジで!?」
思わず素の口調が出てしまった。ロッカーは、機銃弾を大量にばらまいて、ほぼ目の前から突進してくる小さなミサイルに当てたのだ。そんな話聞いたことがない。対空機関砲か何かじゃないんだぞ。羽浦は軽く混乱した。そんなことがあり得るのかと。
『数撃ちゃ当たるもんだな! おかげで機銃弾ほとんど使い切ったけどな! ハハハァ!』
「マジで……」
『ロッカーか? すまない、助かった! 借りは後で返してやる!』
スパークの声だ。彼も無事だ、助かった。距離は離れている。一旦離れて、体勢を立て直すには十分だ。
『隊長相変わらずおっかないっすねー、やみくもに突っ込んだらそりゃそうなるでしょ』
『誰がおっかないだバカ野郎!』
そんなジョークを景気よく飛ばすロッカー。だが、J-11がロッカーに狙いを定めている。すぐに離脱を勧めた。
「ロッカー、後方敵機注意。お前も一旦逃げろ。ウェーブはもう大丈夫だ、直に脱出する」
『了解。一旦北に逃げ――』
――だが、言葉は最後まで繋がらなかった。
『――おい、マジかよ。こっちにもミサイル!』
ミサイル! レーダー上では、J-11から小型目標が複数分離している。計4発。ロッカーが、通常のRWRだけではなく、ミサイル接近警報まで鳴っていると言っている。RWRスコープでは、2発しか確認できていないとも。
――うち2発はパッシブの赤外線誘導型か! つまり、SARH型のAAMと赤外線誘導型AAMを混ぜて撃ったのか。本気で殺しに来てる!
距離も近い。スピードもないし、高度もそこまで差がない。ダメだ、これは詰んでいる。
「ロッカー、回避が間に合わない。脱出しろ!」
『チィッ、潮時かよ。隊長、先に降りてますよ!』
『おう、後でな! 生きて帰れよ!』
不安にさせないためか、近藤も威勢のいい返事を返した。次の瞬間には、レーダー上のロッカーのブリップに『7700』が表示される。ベイルアウトを知らせるスコークコードだ。ブリップが、等間隔で鳴る電子音と共に赤く点滅し、数秒後には消えた。近くを飛んでいた切谷から「機体が爆発した」と、スパークからは「パラシュートを確認」と、それぞれ報告が入った。
さらに、その数秒後には、制御に限界が来たらしいウェーブも「自分も先に降りてます! また後で!」と一言いい残したと思えば、直ちにベイルアウトをしたのか、ブリップが切谷の時と同じように『7700』を表示した。
「スパーク、パラシュートが見えたか?」
『あぁ、こっちから見えた……。頼むよ、俺の周りから死んでいかないでくれ……』
その声は、力なさげな様子だった。初めて聞いた、スパークの弱気かもしれない。まだ生きているとはいえ、部下を二人も撃墜させてしまったのだ。責任を感じているのだろう。それでも、羽浦は励ますように檄を飛ばした。
「耐えろ、あと5分だ。彼らは死んじゃいない。生きて地上で再会といこうじゃないか!」
『あぁ、わかってる。わかってるが……クソッ……』
――同じ気持ちだ。羽浦はスパークの内心を悟った。もう、限界なのだ。
逃げに逃げてはいる。今のところ、撃墜を2機出したが、搭乗員はまだ生きている。幸い陸に近い。護衛艦や米軍の駆逐艦が拾ってくれる。だが、残り6機はそうもいかない。2機が落とされたことで、数的にも不利になった。ここからどうやって戦術を組み立てればいい。一番近い援軍のドール7も、やはりあとどうやっても7分はかかりそうだった。ダメだ、そんなのでは遅い。
――そうしているうちに、
『――ぁあッ、こっちにも来た!』
一番聞きたくなかった言葉が、女性の声に乗って飛んできた。
『フェアリー! 後ろだ! 真後ろ!』
「フェアリー、真後ろにフランカー! 射線入ってるぞ!」
蒼波だ。ついに蒼波の機体にも牙をむき、ミサイル接近警報も鳴り始めた。RWRに反応がないということは、赤外線誘導型だ。弾数1。蒼波はすぐに急旋回をかけて、フレアを放つ。
「フェアリー! そのまま逃げろ!」
この機動なら回避できる。羽浦は必死に叫んだ。レーダー上に移されたAAMのブリップは、蒼波の機体の後ろを通り過ぎて行く……、よし、躱した。
「フェアリー、ミサイル回避!」
――だが、それで終わらなかった。
『――ィッ! やっば!』
蒼波の声で、羽浦を一気に焦らせるには十分な声が届く。ミサイルではない。これは……。
『フェアリー! 大丈夫か、機銃か!?』
近藤の声だ。しまった、敵は機体をまだ蒼波に向けていた。先ほどのミサイルは、機銃弾の射線に蒼波を入れるための囮だったのか。味方の誘導に集中しすぎて、敵の動きの意図を悟るのが遅れてしまった。
「フェアリー、大丈夫か!? 飛べるか!?」
『そんなに大声出さないで、煩いわよ』
「まだ飛べるんだな?」
『大丈夫よ、胴体にかすっただけ。エアブレーキぶっ飛んだっぽいけど……』
『板一枚で済むなら万々歳だな』
切谷が横からそう軽口を叩いた。レーダー上でも、蒼波の機動にさほど変化はない。エアブレーキが取れたことによる空力的な問題は起きるかもしれないが、大したものではない。空の上では多少の誤差は設計の許容範囲内だ。
……だが、羽浦はここにきて、冷や汗を大量にかき始めていた。被弾とまではいかないまでも、攻撃を受ける回数がどんどんと増えてきているのだ。ミサイルを回避したとしても、近接信管作動による破片の命中はあるわ、機銃弾を数発ではあるが受けて、若干の損傷の報告を受けるわ……。このままでは、何れどこかで崩れる。
「(……マズい……)」
――限界だ。どこかで別の策を練らないといけない。だが何がある? これ以上どこに頼ればいい?
開戦時みたいに、下に逃げ場所になりそうな巨大低気圧はない。それどころか、回避に使えそうな雲すらほとんどない。今日の天気は見事なまでに快晴だ。空戦日和とはまさにこのこと。今日ばかりは、太陽が照っているこの清々しい青空の存在を呪った。低空に逃げてレーダーが効きにくい状況にするにも、完全に身バレ状態では意味がない。機銃弾を上からぶち込まれて終わりだ。
……どこにも、逃げも隠れもできない。こんな状態では、巡航ミサイルが放たれても真面に撃墜に行けない。爆撃機との距離はさほど離れていないのに、一瞬の隙すら与えてくれそうにない。
「……どこに……」
どこに、向かわせればいい。この何もない空の上で、どこに彼らを向かわせればいい。どこに行くよう指示を出せば、彼らを生かして返すことができるんだ。
『アマテラス! 敵を見失った! 俺の、あー、オスカーの後ろ誰がいる!?』
『クソッ、機銃また喰らった! 今度は尾翼だ! 頼むから折れるなよ!』
『……うぉッ、あぶねえ爆発しやがった! だから近接信管はやめろっつってんだろ!』
『ダメだ、後ろにたぶん2機いるぞ! 誰か手空いてないか!?』
『アマテラス! 俺に一番近い味方は誰だッ? 援護を!』
――そんな声すら、今の羽浦の声には届きにくくなっていた。どこに向かわせればいいんだ。どこに、味方を、導けばいい……? その問いに対する答えを導こうと、羽浦の脳は、持てる処理能力のすべてを使ってフル回転させていた。どこかに、使えそうなものはないか。だが、あるわけがない。近くにいるのは、敵の爆撃機と、護衛艦と、米軍駆逐艦と、ギリギリ間に合いそうにない、味方の援軍。ダメだ、どれも最適解ではない。
「(……どうすりゃいいんだ……)」
羽浦は疲れ切っていた。どこに行かせても、敵だらけ。どこに向かわせても、味方は落とされる。どこかに助けを求めようとも、即応できる味方は誰もいない……。絶望感しかなかった。どうやったって、落とされる。どうやったって、敵は落としにかかる。手は打ち尽くした。このまま、味方が無残に落とされるのを、見ているしかない状況になった。
「一回市ヶ谷に掛け合うか? やっぱり交戦許可出せないかって?」
「向こうには繋げますが、たぶん断わりますよ?」
「米軍機がこれっぽっちも使えねえならもううちらでどうにかするしかないだろ。このまま死刑を見ているよりはましだ。すぐにつなげ!」
後ろでは、もはや自棄になりかけている重本が、もう一回掛け合うために受話器を取り上げていた。後ろでも、もう限界なのだ。これ以上の手がないからこそ、市ヶ谷を説得しにかかるのだ。でも、それでも、すぐに答えは返ってこないだろう。その間に、また味方が落とされかねない。
「……咲……」
その中に、自らの親しき最愛の友がいたとしても、それは変わらない。次に落とされるのは誰か。最早、それを賭け始めるような、そんな最低の状況になってきた。
――もうダメだ。手がない。どこをどうしたって、助かりっこない。
右手に作っていた拳を、力なく緩め始めた。
『――アマテラス!!』
――耳穴を通って小脳にまで届きそうな、そんな鋭い声。羽浦の脳は一気に覚醒した。
「……咲?」
蒼波の声だ。蒼波は、ほとんど怒鳴るような声を無線にぶち込んだ。
『お願いだから指示を出して! 私たちどこにとべばいいの!? どこに何がいるのかわからないのよ!』
「フェアリー……。あぁ、わかってる。だが……」
『こっちは何も見えないのよ、わかるでしょ!? 周りがこんなザマなのよ! 連携もくそも何もない状況なのよ、わかる!?』
「あぁ、そうだ、わかってる……わかってるんだが……」
こんなの、どうすりゃいいんだ。どうやって切り抜ければいい? あと5分。あと5分でも、こんなに長いのに。しかも、このあと離脱も考えないといけない。完全に詰んだ状態だ。何をどうしたって、これは……。
それでも、蒼波は、思いっきり檄を飛ばした。
『お願いだから指示を出して! 今は――』
『――“アンタの声”しか頼りになるの無いんだから!!』
「――ッ!」
――羽浦はハッと我に返った。さらに届くつんざくような声。耳ではなく、脳にそれは直接届くようだった。
『数十分前に私言っちゃってたって聞いてたわよね!? 「どうせ飛ぶならアンタの管制で飛びたいなぁ」って! 何でアンタを望んだかわかる!? アンタの声が、一番、安心できるからよ!!』
『あれ、これ告白じゃね?』
『うっせえ切り刻むぞスリットゴラァ!?』
『ヒィエェエ!!??』
勢いあまって味方を殺害する宣言を出してしまう蒼波だったが、羽浦はそれどころではなかった。そうだ、確かにそんなことを言っていた。「俺が、一番安心できる声……」。昨日の、近藤との電話の声を思い出した。
“パイロットは、無線で聞こえる指示の声が一番の頼りだ。ちゃんと自分たちを見ててくれてるって安心するわけだ。”
……今、彼らが求めているものは、てっきり、援軍の到着の報だとか、交戦許可だとか、そういったものだと思っていた。だが、それに固執するあまり、一番大事なものを忘れていたのだ。“パイロット”が求めている一番のものは、そんな形式的な命令や連絡事項ではない。
「(……俺の、声……)」
現状、この中で一番冷静に、客観的に、俯瞰的に空戦を見ることができるのは、自分自身の“声”だ。パイロット同士の連携が真面にできなくなった中、それをしっかり修正するのは、自分の声だ。嘆いている暇など、最初からなかったのだ。そんな時間を作ることは許されない。その時間は、全て“声”に捧げねばならない。それは、重本が、開戦初日に言っていた言葉にも通じていた。
“――こういう時、一番声が届きやすいのは、その人にとって、一番信頼できる人間の声だ”
……そうか、そういうことだったんだな。今、あそこにいるパイロットたちにとって、一番信頼できる声は、誰でもない、自分だったんだ。そして、それは、蒼波にとっては……。それは、昨日、近藤が電話で話していたことでもあるし、これが始まる前、自分が思い出していた、あの言葉でもあるのだろう。
「……時にだ」
「ん?」
無線を聞いていた隣の管制員が、こんな言葉を投げてきた。
「今のお前のためになるかはわからんが、この言葉を送っとくよ」
「なんだ?」
「“絶望的な状況はない。絶望する人がいるだけだ”。……電撃作戦の生みの親、戦後西側から多大な評価を受けたドイツの上級陸軍大将“ハインツ・グデーリアン”の言葉だ。絶望的な状況なんてのは、その人が絶望を感じるから、生まれるってことだな。まさしく、今この状況だ」
「……気張るしかない、てわけか」
……言い得て妙だ。羽浦は感心したように小さく相槌を打った。絶望的かどうかなど、人が勝手に考える事なのだ。確かに、絶望を感じて、もうどうしようもない状況だと判断していたのは、誰でもない自分だ。そんなことをしている場合でもないのに、勝手にそんな“妄想”に耽ってしまっていたのだ。
――まだ、絶望を感じるには早い。いや、感じる暇すらないのかもしれない。自分たちは、やれと言われた状況下で、やれることをやるだけだ。絶望的かどうかは、戦争が勝手に決める。
「……ふぅう~」
羽浦は、一度目を閉じ、大きく深呼吸をした。思考がリセットされる。彼の脳は一気に覚醒した。
まだだ。まだここで終わるわけにはいかない。仮に、本当に絶望的な状況ではあったとしても、そこで、現場を指揮管制する自分が諦めたら、戦闘はそこで終わったも同然なのだ。諦める時ではない。諦める“権限”はない。
「……やるか」
目を見開いて、レーダー画面を一直線に見やった。後ろからの「目ェ覚めたか」という重本の小声が聞こえたような聞こえなかったような。だが、それは無視だ。敵味方の位置を把握し、残りは5分。多少の誤差を考えても、5~6分。状況を一通り把握し終えた。
――やることは全部やる。やってやる。ここで、羽浦はある意味で、“張っちゃけた”。
「――ちゃんとついてこいよ、お前ら……」
羽浦は、無線機のスイッチを力強くおした……




