1-3
――そんな空の上でのバタバタ劇が繰り広げられている一方、ここは小松基地。
日本海方面の防空の要の一つであり、同方面唯一の戦闘機部隊が所在する基地でもある。日本“海”といっても縁海であるため、日本と大陸との距離は短く、旅客機を使っても1時間そこらで横断できる海域である。そしてそれは、国籍不明の機体が、やろうと思えば短時間で日本に近づくことができる絶好の場所でもあることを裏付けていた。
そんな日本海に面している日本にとって、小松基地の防空面での重要性は決して小さくない。ここにはF-15戦闘機部隊が2個置かれており、救難部隊も所在している。先の訓練の際も、日本海側での対処においては、小松からの戦闘機部隊が真っ先に到着した。発見場所にもよるが、小松基地は日本海側に現れた国籍不明機に対する迅速な対応が可能な基地なのである。
≫AM11:51 石川県 小松基地≪
……そんな小松基地であるが、普段戦闘機や救難機等が置かれているエプロンの東に少しだけ離れた場所に、小さなエプロンと格納庫が4棟置かれている。中には、F-15J戦闘機が、実弾を装備し、燃料も満タンで、あとは安全ピンを抜いてエンジンを動かせば、すぐにでも飛び立てる状態で置かれていた。
そのアラートハンガーの隣に、比較的小さな1階建ての四角い建屋がある。「とりあえず建てました」と言わんばかりの簡素な造りのこの建屋の中には、複数の戦闘機パイロットと整備士がいた。
『スクランブル』と呼ばれる緊急発進に備えた要員が待機する場所で、彼らはいつ来るかわからない国籍不明機に即応するべく、24時間体制で待機していた。今はお昼時。外から運ばれてきた昼食を食べるか、食い終わった者たちがちらほら出始める頃である。
「――はい端っこ」
「うわ、また取られた。これで2個目じゃんか」
『アラート待機所』と呼ばれるその建屋の室内。そこでは、今日の分のスクランブル待機の担当になったF-15Jのパイロットが、濃緑色の耐水服や対G服を身に着けつつ、暇な時を過ごしていた。ある人はオセロで優勢をとり、ある人はその相手となるが返り討ちに会い、そしてある人は、腹ごしらえついでにコーヒーを入れていた。同じ担当の整備士も、隣室で待機している。
そんな室内で、テーブル横のソファで昼食のパンを食べながらスマホとにらめっこしている、女性が一人。この室内では、女性は彼女ひとりである。
「……やっぱり今空の上かな……」
そんなことをボソッとつぶやいていると、
「なんだ、例の幼馴染君か?」
「……盗み聞きは感心しませんよ、近藤さん」
「近藤さん」と呼ばれた、ソファにコーヒーを二人分持ってきた、どっしりした体格の男性は、彼女の上司である『近藤源護』三等空佐である。
この小松基地に所在する第309飛行隊隊長にして、同隊の飛行班長も務めている。生粋のF-15Jパイロットであるベテランの彼は、つい最近まで、同じ小松基地所在の飛行教導群のパイロットを務めていた剛腕である。
アグレッサー部隊がどれほどすごいかを説明するのは難しいが、RPGゲームでいうところの「裏技コマンドを使わないと勝てないと確信できるレベルのラスボス」といえば大体想像できるであろう。要は他のパイロットにとっては勝つのはムリゲーとすら言える存在であり、大きな壁ともなるのである。
剛腕部隊上がりの彼の部隊内での信頼感は抜群である。そんな彼にとって、今目の前にしている彼女は特に注目している逸材でもあった。
「まあまあ、聞こえちまったもんはしょうがないじゃないか」
そういって笑ってとぼけ返されたのに呆れて首を振っているのは、今日の彼の相方を務める『蒼波咲』三等空尉である。
羽浦の小学校時代からの幼馴染とは彼女のことであり、まだ空自では数人しかいない女性戦闘機パイロットである。数年前の空自戦闘機パイロットの女性解禁以降、初期に入った数少ない女性戦闘機パイロットの一人としてウイングマークを取得した新米であり、尚且つ他の男性候補生を抑え込みトップレベルの成績を収めたことで、一時期は女性の活躍を宣伝する防衛省の広報戦略も相まってメディアに出たこともある。尤も、最近は全然ない上、本人も出たがらない。「見世物にはされたくない」らしい。
近藤にとって、彼女はアグレッサー部隊にいた頃に、入りたてだった彼女と一度手合わせをして以降特に注目している逸材であり、直ちに2機編隊長資格を取らせたりアラートレディにいち早くさせたりした勧めた張本人である。今ではそれらをすべて取得し、最近はコンバットレディに昇格した。まだ25歳であることを考えれば、ほぼ最短コースで能力を獲得してきたというべきであろう。
そんな彼女にとって、今回はそのARを取って以降初めてのスクランブル5分待機シフトである。近藤と一緒の、5分待機は初であり、待機中は今日の相方の近藤と共に過ごしていた。
「LINEみたいだが」
「返ってこないんですよ。飯奢れって言っておいたのに」
「お前先週も飯奢ってもらってなかったか?」
「1週間も経てば大丈夫ですよ、たぶん」
「幼馴染さんが気の毒に思えてきた……」
目を逸らしながら同情する近藤。地上で同情されているとも知らない羽浦はこれを聞いたら喜ぶのか悲しむのか。いや、どっちもであろうか。
「まあまあ、その分貢いでますから大丈夫ですって」
「貢ぐって……まあ、仲がいいのは良いことだが……」
そう言って近藤はコーヒーを一啜り。その隣から、とある待機中のパイロットが彼女のスマホをのぞき込んだ。
「なんだ、彼氏2号からのお返事がまだなのか?」
「いや2号って何よ2号って!」
「おぉ、怖い怖い」
彼氏、の一言に思わず大声で反応してしまった蒼波だが、怒らせた本人は軽く笑って去って行った。
今の第309飛行隊にとって、この光景はさほど珍しいことではない。そうでなくても珍しい女性パイロットである上、部隊内の紅一点。風貌も整っており、控えめに言って美人である彼女が、他の男性らからの人気を一手に引き受けることになるのは、ある意味当然の帰結である。
「ハハハ……、彼氏じゃないんだよな?」
「幼馴染です。互いにそう言ってるのにもう……」
「ご苦労さん」
「……彼氏といえば、遼ちゃんどこいったかな……」
「神野か? アイツならさっきオセロやり終わって追加の飯作りに行ったぞ。今は30分シフトだから担当なんだろ」
「あぁ、そういう……」
じゃあ今は隣にある厨房かなと考えながら、再びLINEを見る蒼波。しかし、やっぱり通知が既読にならない。というより、電波すらさっきから届いていないようである。
「(……やっぱり今上がってるのかな……)」
ずっと見ているのも疲れてきた蒼波。返信を諦めてスマホを自分のロッカーに仕舞い、適当に本でも読もうかと考えつつ、ソファにどさっと座った。
……時である。
「――ッ!!」
突然、室内に甲高くけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。赤い受話器を飛行管理員が即座に手に取り、秒とかからないうちに、右手でベルのスイッチを叩くように押して叫んだ。
「スクランブル!」
「そら、おいでなすった!」
その瞬間、蒼波と近藤は一斉にドアに向けて全力疾走し始めた。ドアを半ば蹴破るかの如く押し開け外に出ると、二人はそれぞれの格納庫に収められた自分の機体へと突っ走っていく。格納庫は、ベルが鳴ると同時に隔壁が徐々に開き始め、中に収めているF-15Jが外の光を浴び始める。
蒼波が機体にたどり着くと、タラップを駆け上がってコックピットに飛び込む。手順に則りエンジンをスタートさせ、コックピットの淵に立てかけてあったヘルメットをかぶると、シートベルトを締めつつコックピット内に電気を通し、無駄に重い救命胴衣を着込む。電気が通ると、操縦系統の動作をチェックし、動きを確認していた機付長の確認を貰った。
同時に、機体の周りでは整備士たちがすぐさま機体チェックを行い、車輪止めも外される。事前に装備されていたAAM-5B短距離空対空ミサイルのセーフティピンが抜かれ、いつでも発射可能な状態にすると、機体の前にいた整備士が「滑走準備完了」の合図を出す。キャノピーが閉まると同時に、管制塔からスクランブル発進の許可をもらった近藤から、無線で声が入る。
『01より02、レディオチェック』
「02、リーディング5」
『オッケー、そんじゃあいくぞ。LEOPARD flight, scramble. Let’s go!』
準備を整えた2機のF-15Jは、それぞれの格納庫から駆け足状態で発進し、滑走路へと向かい始める。整備士たちとの別れ際、蒼波は地上で敬礼している整備士たちにグーサインと敬礼をして返した。この間、3分と経っていない。5分待機組と言われる理由はここにある。5分以内に飛び立てるように、という意味での5分待機なのである。
同時に、編隊長である近藤はタワーよりスクランブルオーダーを貰う。
『LEOPARD 0-1, order vector 3-3-0, climb ALT 30, contact channel 1.(レパード0-1、オーダー、方位3-3-0、高度3万フィートへ上昇し、周波数チャンネル1に設定せよ)』
近藤がそれを復唱している間に、蒼波は近藤の後ろをついていく。
――方位3-3-0ね、どうせまたロシア機なんだろうなぁ……。方位から大体の予測はついていた。この針路で来るのは大抵ロシア機だ。戦闘機とかいたら面倒だなぁ等と思いつつ、機体は滑走路へ差し掛かる。離陸許可も貰っているため、近藤機は一時停止なしで、そのまま一足先にフルパワーで離陸滑走を開始した。あっという間に近藤の機体が空に舞い上がっていくのを見届けながら、蒼波も手足に力を入れる。
「LEOPARD 0-2, take-off.」
離陸の宣言と共に、蒼波もランニングテイクオフを開始。滑走路のセンターに合わせながら、左手のエンジンスロットルを前に一気に押し込む。F-15Jの心臓部であるF100-IHI-220Eエンジンが、雷鳴のような戦闘機独特の爆音を響かせつつ、機体に莫大な加速力を与えた。一定速度に達すると、操縦桿を引いて一気に急上昇を開始する。同時に、接近方向に合わせるべく、左に機首を振った。
離陸完了。周波数を指定されたチャンネル1に変更する。今度はタワーではなく、防空指揮所からの指示を聞くことになる。この時は、入間のDCに無線をつないだ。
『Center search, LEOPARD 0-1 over.(入間DC、こちらレパード0-1)』
『LEOPARD 0-1, center search, lard and clear, radar contact. Vector 3-3-0, climb ALT 30.(レパード0-1、こちらセンターサーチ、無線感度良好、レーダーで捕捉。方位3-3-0、高度3万フィートへ上昇)』
離陸前に聞いたのと同じものの繰り返し。そのままの方位に向かいながら、雲を抜け、雲海が眼下に広がるぐらいにまで上がる。何度と見た光景だが、蒼波としてはやはり飽きないものに感じていた。雲の形からして、いつも同じわけではないのだ。だが、余り共感者がいない。何れ飽きるのだろうか……。
『フェアリー、もうちょい近づいていいぞ。余り離れると編隊が崩れるしな』
フェアリーとは蒼波のTACネームである。もう少し近づけ、との指示に従い、少しだけ近藤機に左後方から近づいた。確かに、離れてるよりは近づいてる方が編隊を維持しやすい。
『今日は気流も安定している。ブルーインパルスばりの接近飛行しても何ともねえよ』
「こんな誰も見てないところでやったって意味ないでしょう。“向こうからのお客さん”驚かす気ですか?」
『どうせ方位から考えてロシアだろ? 少しはビックリさせてやったってバチは当たらねえよ』
「上の人からの雷は当たりそうですけどね……」
飛行班長のくせに何を考えてるのやら……と、蒼波は内心で呆れていた。空に上がると、任務中にも関わらずこんな冗談を言い放つのが彼の特徴というやつである。呆れてはいるものの、内心、蒼波としてはそれに助けられている面もあった。何だかんだ言ってまだ経験の浅い彼女にとって、緊張を解すきっかけとなっているのには違いないのである。ゆえに、こうしてツッコミ役を演じている。
「(……にしたってもうちょい真面目でもいいのに……)」
そんなことを考えながら飛び続ける。十数分と経たないうちに、目標の近くにまで接近した。DCより、さらに詳しい方位と高度を告げられると、目視確認を命令される。レーダーでは既に確認できているが、どうも複数目標のように見えていた。3機編隊であろうか。
『11時方向だ、確認してくれ』
「11時、了解。えっと……」
蒼波も目を凝らして確認を始める。11時方向なのはわかっているので、あとは指定された高度から考えて目標がいそうな場所に目線を向ける。すると、小さくだが、白い雲海の中に浮かぶ黒点が見えた。一つではない。
「見えました。11 o’clock low.」
『おし、こっちも見えたぞ。Center search, target visual I.D.(センターサーチ、目標を視認)』
二人は目標を確認すると、さらに接近。すぐ横に引っ付き、その内約を確認する。
目標はやはり3機の編隊であった。編隊の中央に双発の大型機を置いて、その両サイドの後方寄りを戦闘機が護衛する形であった。それぞれの機体に見覚えがある。
「これは……ロシアの電子偵察機ですよね?」
『ああ。真ん中にいるのは、旅客機改造型のTu-214R電子偵察機だ。まだ数機しかいない珍しいやつだぜ』
「じゃあ、このスホーイ2機は護衛ってことですか?」
『だとは思うが……このスホーイはたぶん、Su-35Sだな。確か最近、ウグロヴォエ基地に配備されてたSu-27が全部これになったって話だったはずだし、方位からして、恐らくそこから来たんだろう』
「……どっちもロシア国籍です。確認しました」
『確定だな。だが……』
近藤はそのあとの行動を渋った。蒼波も、その近藤の意図を悟る。本来ならこの後、国籍と機種を断定し、警告行動に入る。しかし……。
「……これ、領空に向かってませんよね?」
『ああ。明確に日本に向かってるわけじゃないみたいだな』
このロシア機の編隊は、明確に日本の領空を侵犯する意思がないように見えた。器用に日本の領空に行かないような針路をとっている。この先は対馬列島ではあるが、まだ距離があった。通告を行うには早すぎる。
『センターサーチ、目標は領空に入る意志を示しているように見えない。事後の指示を請う』
『レパード0-1、目標は接触直前に現場空域を周回するように飛行し始めた模様。そのまま監視を続行せよ。通告はこちらから行う。レパードは写真撮影のみを実施せよ』
『レパード0-1、了解』
領空に入るわけではなく、単にその場で周回飛行をし始めたという。珍しい行動もあったものだと思いつつ、本来なら近藤がやる通告を、今回はDCが臨時で実施。ただし、いつもの進路変更要求ではなく、「領空に近づいているので入らないように注意せよ。空自戦闘機がそばで監視している」という、注意の意味合いが強い通告となっており、いつもより変則的な対処内容となっている。
指示に従い、蒼波はカメラで写真を撮影。3機編隊の全体外観と、個別の機体を撮影して、カメラをさっさとしまう。
「何してるんでしょうね、あちらさんは。電子偵察機持ってきてるってことは、偵察目的なんでしょうけど」
『日本相手ならここまで護衛を持ってくる必要はないしな。たぶん北朝鮮だ』
「ロシアが北朝鮮を監視ですか?」
『最近、北朝鮮の内部混乱してたろ? 現体制があれだってんでな。軍の指導力とかそこらへん疑問視されてる昨今だし、ロシアとしても軍事的にどういう状態なのか、情報がほしいんだろ』
「それで護衛付きですか」
『たぶんな。今の北朝鮮、中央の指導力が行き届いてないって話もあるみたいだし、万一の暴発に備えてのってところだろうぜ』
事前に政治情勢を調べていた近藤は、そんな予測を立てていた。今の北朝鮮の体制には、よろしくない問題が山積しており、日本を含む近隣各国は特に注意を払っていた。日本が、わざわざ日本海にAWACSを持ってきたのも、これが一つの理由であったりするのだ。
ロシアも、アメリカほど北朝鮮と敵対するつもりはないが、面倒ごとを起こされても正直困るため、それに対処するべく事前に様々な情報を集めておきたいという思惑があるのだろう。近藤の説には説得力がある。
……が、その話を聞いていた蒼波は少し不安になったのか、
「……スホーイのパイロット、ずっとこっち見てますけど、撃ってきませんよね?」
思わずそう無線に漏らした。実弾を装備しているらしいのはもう丸わかりであるし、パイロットもどうやらこっちを見ているのが伺える。こっちが監視しているということは、向こうだってこっちを監視しているということでもある。
『いくらおそロシアだっつったって、さすがに戦争おっぱじめる勇気はないだろ。それに、少なくとも今は日本の方は見てないっぽいしな』
「で、でも……」
『安心しろ。いざとなったら俺が盾になって逃がしてやるよ』
「た、隊長……」
正直感動した、とか言ってあげようかと蒼波は思った。
『そして、俺は語り継がれるわけよ。レディを身を挺して守った日本の誇るナイスなレジェンドってな? ガッハッハッハ!』
前言撤回。一回スホーイにでも落とされてしまえ。蒼波はこういう手合いには手厳しいのである。
暫く監視していたが、確かに同じところを角丸長方形になるように周回していた。その間も、編隊と日本の国土の間に自らが入るようにポジションを調整して監視していたが、それといって敵対行動を示すわけでもなければ、むしろ暇になったのか、とある戦闘機パイロットに至っては手を振ってきた。
『……おいおい、冷戦期かよ。呑気なもんだ』
「平和的でいいですね。こっちも振り返しましょうか」
そう言いながら、蒼波も手を振って返し、さらに、翼も左右に振ってあげた。すると、その手を振っていたパイロットの乗るSu-35Sも、翼を振って返してきた。空の上での、日露のご挨拶の光景である。
「向こう、翼を振った相手が女性パイロットだなんてわからないだろうなぁ」
『ヘルメット越しじゃわからねえわな。見えてたらせめてもの癒しになっただろうに……』
「この場合の癒しってそのまんまの意味でいいんですよね?」
『それ以外何があるんだよ』
嘘こけ、絶対に裏があるぞ。蒼波は疑い深かった。今までの空自生活において、このタイプの発言は大抵信用ならないと知ってしまったのである。女性自衛官たる蒼波の闇は思った以上に深い。……かもしれない。
その後、築城基地から別働隊がやってきたため、彼らに監視任務を任せることになった。築城からやってきたF-2が到着したのを確認した二人は、入れ替わるように離脱した。
その帰路、燃料節約のために小松基地ギリギリまで高高度を飛行していた時だった。
「……あれ?」
針路上の上方に、こちら側に向かってくる一本のコントレイルが見えた。結構はっきりと見えていることから、たぶん高度は近い。てっきり近くを通っている旅客機かと思っていたが……。
『……おっと、珍しいものが見えたな。女神さんだ』
「女神さん?」
そのコントレイルの先っぽにいる飛行機が、二人の左側上方を通り過ぎた。ほぼ一瞬だったが、蒼波は確かにその機体に見覚えがある。B767に似た機体で、背中に大きな黒いロートドームを背負っている。空自内において、世界にたったの4機しかない希少種たるかの機体を、知らないパイロットはまずいない。
「おー、珍しい。空でみたの初めてだなぁ」
『ちょうど鉢合わせたっぽいな。全く、今日は珍しい事ばかりで飽きそうにないねぇ』
近藤が軽く笑みを浮かべながらそう言った。警戒監視任務中なのであろうか、単機で高高度を飛行中のようである。
『優雅に飛んでらっしゃる。アップデート終わったばっかりで、久々の娑婆の空気もうまいだろ』
「ついこの前まで近代化改修と試験飛行でしたしねぇ」
『機嫌よさそうで何よりだ。……例の幼馴染君も、あそこに乗ってるんかな?』
「さぁ、どうでしょうね……」
そんなことを呟きつつ、
「(……乗ってたら、私の機体見えてるんだろうなぁ……)」
そんなことも思っていた。あそこまで近くを飛んで行ったのである。レーダーに映らないわけもないだろうし、たぶん見えているだろう。それでも、彼が見ているとは限らないが、もし見てたら、「元気に飛んでます」ぐらいは教えられるだろうか。蒼波はふとそんなことを考えた。
『さ、女神さんも見たし、そろそろ急いで帰っちまおうか。腹減っちまった』
「あの、昼食食べてきたたばっかりですよね?」
『減ったもんはしょうがないだろ、カップ麺でも用意するさ』
「大食いですねぇ……」
再び蒼波は呆れてため息をついた。蒼波も蒼波でどちらかというと大食いな方であるし、それ故に羽浦の財布は大ダメージを被っているのだが、近藤が一緒にいなくてよかったかもしれない。彼もまた、大食いなのだ。
……飯の話をしたら自分も空腹感を感じてきた。戻ったら自分も軽食ぐらいは取っておこうか。
そんなことを考えつつ、青空と太陽の光を浴びながら、
二人は小松基地へと降下を開始し、雲間へと消えて行った……