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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第5章 ―3日目 Day-3―
38/93

5-7

 待ってました! 羽浦は嬉々とした感情を抑えつつ、努めて冷静な声をラクーン2に送った。


「ラクーン2-1、敵がミサイルを放った。撃墜を許可する。一発も漏らすな」

『ラクーン2-1、ラジャー。全機、現在の位置を維持しろ。ミサイルを落とすぞ!』


 ラクーン2の出番だ。H-6部隊の真下にいた4機のF-15Jが、巡航ミサイルが低空に降りて来るや否や、直ちにレーダーを起動。腹に抱えていたAAM-4Bを胴体腹部から切り離し、巡航ミサイルへ向けて放った。どうせほかに使う機会はないと、持っている全てを放った結果、合計8発放たれた巡航ミサイルの後ろから、1発につき2発のAAM-4Bが追いかけてくる構図となった。

 この時H-6から放たれたのは、2種類搭載できる対地巡航ミサイルのうちの片割れ、『KD-63』であった。500kgのHE弾頭を抱えながら亜音速で飛んでいくそれらは、最大限海面スレスレに降り立ち、そのあとは那覇基地の直前でホップアップした上で、各々で目標された突撃するコースを飛ぶようプログラムされていた。

 特に、格納庫や滑走路を重点的にやる予定であり、民間機やターミナルは避けつつ自衛隊施設や機材を集中的に攻撃する腹積もりだったのだが、自分たちを狙っている自衛隊機の把握に失敗してしまった。てっきり、東から来た4機のF-15Jのみがこっちにやってきたと思っていたのだ。


 ラクーン2の存在に気づいたのは、彼らがAAM-4Bを全て放った後だった。自分たちが放ったKD-63の後ろから、見慣れない小型の飛翔体が白煙を引きながら高速で飛んでいくのを確認して、自分たちの真下に敵がいることに気づいた。しかしそのころには、AAM-4BはKD-63の真後ろから、自らが突撃する目標をそのシーカーに捉えていた。亜音速で飛ぶKD-63に対し、巡航ミサイルを落とすことすら想定していたAAM-4Bは、マッハ4の速度で突撃してきていた。速度の出にくい低高度であろうとも関係なかった。単調な動きしかしないKD-63は、AAM-4Bにとっては格好の撃墜対象でしかなく、もはや彼らが目標である那覇基地に到達することはないであろうことは誰の目にも明らかだった。


 しかし、ラクーン2はすぐに次の行動に出た。


『GO GATE! 高度を上げるな! そのまま逃げろ!』


 ラクーン2は一気に急加速に入った。海面上30ftを維持したまま、アフターバーナーを数十秒だけ点火。マッハ1.2まで加速すると、あとはスラストを少し引いてその速度を維持したままフィンガー・フォー隊形で“逃げた”。

 彼らの目的は一つだけ。羽浦も、その意図を汲んでラクーン2に知らせた。


「ラクーン2-1、その先に護衛艦『しらぬい』と米駆逐艦『ジェイソン・クリフォード』がいる。彼らの防空圏にはそのままの針路でいけ」

『一番近いのは?』

「どっちも変わらんが、一番先に入るのは『しらぬい』だ。その直後に『クリフォード』が入る。向こうにはこっちから伝えておく。奴らに対艦装備はない。安心して入ってこい」

『了解した。敵艦は?』

「周辺にはいない。そこより南西にいる」

『オッケーィ! ラクーン2各機、いいか、全員遅れるな! 絶対逃げろよ!』


 威勢のいい隊長の声が響く。

 戦闘機同士で戦っても分が悪い。ましてや撃墜が許可されないとなれば尚更だ。最初から、彼らは目的を果たした後は味方の艦船に守ってもらおうとしていたのだ。


 ――この時、一番近くにいた2隻の友軍艦は、海自護衛艦『しらぬい』と、米海軍駆逐艦の『ジェイソン・クリフォード』だった。『ジェイソン・クリフォード』は、数年前より横須賀に配備された第7艦隊所属のアーレイ・バーグ級イージス駆逐艦(フライトIIA)であり、嘉手納及び那覇基地の防空支援のために近隣海域に出張っていたところだった。また、対潜警戒を行っている『しらぬい』の対空護衛も副次的任務として担当していた。


 情報は直ちに両艦に送られた。対空戦闘用意の号令と共に、それぞれで慌ただしく乗員たちが配置についた。特に『しらぬい』は、対潜警戒も同時並行して続けていなければならないため忙しいことこの上ない。訓練では、対空、対水上、対潜と様々な方向から同時に敵がやってくることを想定した訓練は何度となくやっているが、実際にやるとなってもどうしても動きがぎこちなくなる。それでも、乗員たちは必死になって味方の戦闘機たちを迎え入れようとしていた。


「おやっさん! コールサインはラクーン2でいいんですよねッ?」

「ああそうや、ラクーン2や! アライさんの集団が一気に突っ込んでくるで。ミサイルも警戒しておけ!」

「艦長、クリフォードからです。防空支援の体制、整ったと」

「了解。サンキューって返信しとけ。アイツにはまた借りができるな、去年の日米共同統合実働演習キーン・ソード以来や」

「今度は蕎麦でも奢ってやりましょう、まだ彼は食ったことなかったはずです」

「そりゃあええ。“お返しは蕎麦でな”ってついでに言っときや」


 『おやっさん』と呼ばれた、大柄な体躯を持つ彼こそが、この護衛艦『しらぬい』艦長、『御堂』二等海佐である。艦長というよりは、階級が高いだけのただのフレンドリーなおっさんと評される彼の下では、乗員たちはハイスペックなチームワークを発揮する。重本の信頼する先輩であると同時に、尊敬する自衛官でもあった。


「おやっさん、AWACSからです。シゲだと言っていますが」

「おぉ、アイツか。かせ」


 御堂は船務長から受話器を取ると、堂々とした口ぶりで彼の声にこたえた。


「今かわった。シゲ、そっちは大丈夫か?」

『ええ、何とか。そっちに今F-15が4機行きます。クリフォードにも伝えましたが、彼らの後ろから数機のゴーストがやってきます。対艦装備はありませんが、『しらぬい』と『クリフォード』の存在に気づけば、もしかしたら攻撃を仕掛けるかもしれません。対応をお願いします』

「よっしゃ、任せとけ。ラクーン2には安心して飛び込んでくるよう言っておくんや。お出迎えはしっかりやらせてもらうで」

『念のため言いますが、早まらないでくださいよ? まだ撃墜許可降りてないんですから』

「わーっとる。そこは自重しくわ」

『では、お願いします。対地装備がない状態で奥深くまでは入ってこないとは思いますので、やるとしても威嚇で終わらせてください。では』

「ああ、じゃあな」


 受話器を船務長に返すと、CICの艦長席を立ちあがり、目の前のディスプレイに表示されたレーダー画面を睨み付けた。

 まだ映ってはいないが、もうすぐ本艦の右舷側から味方が突っ込んでくるはずだ。後ろには敵もいるに違いない。自分達がやれるのは、威嚇だけ。主砲を使って、わざと外して見せるだけである。ミサイルさえ使えれば、すぐにでもその方向にESSMを放ってやれるものを……。

 しかし、御堂はぐっとこらえた。早まるな。それは彼らの望むところではない。与えられた権限の中から最善を尽くしてこその自衛官である。それこそが、自らの誇りとするところだった。


「ええかお前ら、今から味方が突っ込んでくるで! 対空戦闘、主砲を右舷に向けて待機。お出迎えの準備や!」


 御堂の自信満々の声は、乗員たちに一種の安心感を与えていた。このような状況にもかかわらず、彼らは柔らかいクッションに身を完全に預けるように精神的にリラックスして構えており、恐怖心をうまく抑制で来ていた。これこそが、最大限のチームワークを発揮させることができる、御堂の得意技であった。彼が、その先頭に立っていたのである。


 ――ラクーン2は、その『しらぬい』と『クリフォード』の待つ空域へと向かっていた。海面を這うかの如き低空飛行。制空戦闘機としての性質を持つF-15Jが行うべき飛行ではないし、訓練もほとんど行っていない。「30ftを維持してまっすぐ飛ぶだけ」という単純な飛行機動ではあるが、言うは易く行うは難し。低空であるがゆえに、気流が安定しているわけでもない。水面効果で常に機体は上に上がろうとする。しかも、30ftといえばたったの“約10メートル”だ。それより上に出ないように飛ぶというのは、余程凄腕のパイロットでもない限り不可能だ。エアショーなどで、アクロバット飛行チームが数秒だけ演技として行うのがせいぜいである。


 だが、ちゃんとした目的があった。海面スレスレはレーダーで捉えられにくい。ルックダウン能力を持つレーダーであれば、海面上の反応から高速で移動する物体のみを検出することはできるが、限界がある。例え気休めであったとしても、確実に捕捉される高い空の上にいるよりは幾分もマシだった。J-11の持つN001も、パルスドップラーレーダーであり、ルックダウン/シュートダウン能力を持っているが、流石に10mより若干下を飛んでいる物体をも満足に捉えることはできなかった。


「こんなの、ゲームでしか見たことないぞ……」


 羽浦は、ラクーン2のブリップのすぐ横に表示されている高度の数字を見て絶句した。数字は30ftから40ftあたりを前後している。さながら、太平洋戦争時、一式陸攻が雷撃の際に行った超低空飛行のようであった。それを、音速を超えた速度で飛行するのだ。超人か何かだ。少しでも操作を間違えばその瞬間海面に突っ込む。レーダーの目を少しでもかいくぐるためであるとはいえ、気流も不安定であろう海面スレスレで、よくまあこんなことができるなと、むしろ感心するしかなかった。


 これが功を奏したか、敵の初動が遅かった。ラクーン2がどこにいるのかをレーダーで探し出したようだが、それでも発見が遅れた。気づいたころには、既に中距離AAMの射程の外縁にいた。全力で追いかけようにも、ラクーン2は音速を少し超えた速度で飛んでいるし、何より自分たちはH-6を最後まで護衛しないといけない。ここから動くわけにはいかなかった。

 ラクーン2は、あとはこのまま逃げるのみという状況だった。しかし、ここで新手がくる。


「――ッ、敵ッ?」


 ラクーン2より北の方から、別の2機のJ-11が急降下してきた。その後ろには、1機ずつF-15Jが追い掛けている。まさか!


「(――クソッ、ベア4が相手をしていたやつか!)」


 ベア4が牽制していたJ-11だ。向こうでは早くから捉えたのだ。ベア4を振り切り、一気に急降下し、ラクーン2に急接近する。ベア4は既に、AAM-4Bどころか、AAM-5の射程にすら収めている。だが、それがF-15Jのランチャーから放たれることはない。

 ラクーン2に警告を行ったが、その直後だった。J-11は高度の有利を利用し、一気に急降下の後、中距離AAMを放った。機首部をラクーン2に向け続けているため、恐らくこれもSARH型のものだ。


「ラクーン2、敵がミサイルを発射。回避しろ!」

『くそ、ここまでか。全機、上がれ! 真上に行け!』


 隊長の号令一下、ラクーン2は編隊を解除し、一気に上昇を開始。J-11から放たれたミサイルはラクーン2を追跡し、今度は逃がさなかった。チャフを放ったらしい隊長と3番機は回避に成功したが、対応が遅れた2番機と4番機にミサイルが命中した。


『2、被弾した! 被弾した!』

『ディック、ベイルアウトだ! 脱出しろ!』


 しかし、返事は聞こえてこなかった。直後、2つの反応がレーダーから消えた。機体は海面にまだ到達していない。空中でレーダーに捉えられないほどに、一瞬にして細かく分裂した。“爆発”だ。


「ディック、どうした? ディック?」

『アマテラス、ディックがやられた! 機体が爆発した! 脱出を確認できていない!』

「もう1機は?」

『2-4も同じだ! 燃料タンクにやられたんだ、被弾と同時に爆散した!』

「クソ……」


 逃げきれなかった。2機が撃墜され、戦死もほぼ確実となった。それでも、まだ2機は残っている。羽浦は諦めなかった。


2-1スパーク2-3ボクシー。二人だけでも逃げろ。今ベア4にも撤退を指示する。そっちはすぐに『しらぬい』の下に急げ」

『了解。ボクシー! 生きて帰るぞ! しっかりついてこい!』

『了解隊長、ついていきます!』


 生き残った2機は、再び編隊を組んで高速で逃げた。もう海面に逃げることはしない。逃げても無駄だ。今飛んでいる高度で、一気に突っ走る。

 ベア4にも撤退を指示した。これ以上のけん制の意味はない。巡航ミサイルの撃墜も、先ほど別の管制員によって確認された。H-6も、反転するためか針路を変え始めている。


「ベア4、すぐに逃げろ。もう十分だ。今すぐにその空域を離脱しろ」


 ベア4はこのまま新田原基地へ直行する。戦闘中、多少の被弾はあったらしいが、まだ飛べている。燃料もまだ十分なはずだ。今すぐに逃げれば、確実に帰ることができる。

 ……だが、


『――いや、まだやることがある』

「え?」


 彼らの返答は、『NO』だった。


『――あの二人を、連れて帰らねばならない』


 そう言って、ベア4の4機は一気に南下を開始した。躊躇なく、しかも、その先には、ラクーン2がいる。後ろからは、ベア4の相手をしていたJ-11も追ってきていた。

 ――まさか? 羽浦は一瞬、目線が震えた。彼らの考えが読めた。だが、それは……。


「……ベア4、彼らの“盾”になるつもりか?」

『老いぼれの最後には十分だ』


 老いぼれ? だが、かの隊長は冷徹なまでに感情を捨てた声で続けた。


『知ってるか? 今ここにいる4機は旧式のF-15だ。近代化改修されていない旧式機。F-35の導入と共に消え去る予定の老人だ。もうガタが来てんだよ、こいつは』


 近代化改修されていない旧式機。即ち、Pre-MSIPと呼ばれる前期生産型のF-15Jである。数あるF-15Jの中でも初期に生産された機体で、能力的には前世紀後半レベルのものでしかなく、細かい延命改修などによって現代まで持ちこたえさせた代物だった。ベア4が操っているのは、いわば、普通ならば既に退役しているレベルの“老人”だったのだ。

 延命措置をしているとはいえ、確かにガタが来ていた。先ほどまでの戦闘によって行った急機動により、機体が悲鳴を上げていた。何回か受けた機銃弾の被弾がそれを後押しし、隊長機に至っては、燃料タンクへの被弾から、燃料漏れも起きていた。新田原どころか、那覇基地にすら行けそうにない。こんな空戦真っただ中の状態では、CSARを頼ることもできないだろう。


 ――彼は、死に場所を悟ったのだ。そして、それは彼だけではなかった。


『今から彼らを守りに行く。ラクーン2は那覇の205だろう? 機体は全部J-MSIP機だ。それも最新の改修を受けた最新型。それが落とされるのは余りに痛いぞ。どっちを優先する気だ?』

「それは……」


 答えは一つだ。だが、それを自らが命令するのか? 機体の性能で、どちらを生かすかを決めねばならないのか? 乗っている人の命に差はないというのに。

 だが、もう答えを聞くまでもなく、ベア4はラクーン2のすぐそばまで迫っていた。ラクーン2は、先ほどまでの無理が祟ったか、隊長機がエンジンに不調をきたし、速度を落としていた。先に3番機を行かせていたが、これにより自分が取り残される形になった。高度も維持できず、結局、また海面スレスレにまで降りてきてしまっていた。

 どちらを生かすべきか――管制員としての答えは既に出ていた。羽浦の無言の返答に、ベア4の隊長は、割り切ったように小さく笑って返した。


『……まあ、そういうことだ。オンボロはもうお役御免だ。全員、覚悟を決めろ。最後の任務だ』

『了解。……じゃあ、“行きます”』

『天にまします我らが父よ、ねがわくは御名を――』

『アマテラス、俺の機体ももう言うことを聞いてくれない。どうか最後は自由にやらせてくれ。嫁にはアンタから愛してるって伝えといてくれな、ベア隊の野球坊主って言えばわかるから』


 それは、まるで“遺言”だった。言葉からは何の恐怖心も感じられない。既に、自らの最後を悟ったように。そして、自らはここで死ぬのだと、それを“受け入れた”ように。

 かける言葉が見つからない。ベア4はさらに速度を上げ、ラクーン2-1の周囲にぴったりとくっついた。無線を聞いていたのは羽浦だけではない。ラクーン2-1も同じだ。


『ベア4リーダー! 貴様死にに来たのか!? 今すぐ新田に引き返せ!』

『ラクーン2リーダー、スパークと言ったか? 君も隊長ならもう少し冷静に飛ぶように心がけろ。熱血漢はいいことだが、空の上では少々邪魔になってしまう』

『余計なお世話だバカ野郎! 周りにいるJ-11はお前らを狙うぞ! すぐに逃げろ!』

『我々はもう帰る術を持っていない。最後は貴方のお守りをさせてほしい。貴方ほどの優秀なパイロットを守れるなら、我々は本望だ。これが、我々のできる最後の“使命”だ』

『何が使命だクソ野郎! 特攻の時代はもう終わったんだぞ! 靖国に行けるわけでもねえ! そんな自己満足な自己犠牲を発揮している暇があったら、さっさと島の近くに行ってベイルアウトでも――』


 しかし、彼の説教は最後まで届くことはなかった。J-11はミサイルをベア4に向けて放った。邪魔な“護衛機”から先に片付けることにしたのだ。まず1機が食われ、そして、また1機が食われた。悲鳴も何もない。ただ無言で、撃墜された。“役割”を終えた2機は、順に海面に激突し、レーダー上からも反応が消える。代わりに、撃墜を示す『SHOT DOWN』という赤い文字だけが冷淡に点滅して表示される。


『アマテラス! 2機が食われた!』


 最早、感情的になることを厭わなくなったラクーン2の隊長の声だ。しかし、ベア4はそれに構わず、残り2機は、ラクーン2-1のF-15Jの後方にぴったりとくっついた。無言で。あとはやることをやるだけだという、プロの仕事人のように。


 まもなく『しらぬい』と『ジェイソン・クリフォード』の防空圏に入る。そこまで持てば、もしかしたらこのベア4の2機も引き連れて帰ることができるかもしれない。撃墜はできないが、艦船からの攻撃をも受けるとなると、流石に積極的な攻撃には移らないはずだ。ただでさえ、沖縄本島に最接近している状態だ。遠距離飛行になっていることもあり、これ以上の積極的な攻撃に出ることはない。『しらぬい』と『ジェイソン・クリフォード』の下にさえくれば、もしかしたら帰られるかもしれないのだ。

 ……だが、現実はそれを待ってはくれなかった。


「――ッ! ベア4、ミサイルだ! チェックシックス!」


 再びミサイルが放たれる。今度は1機につき3発、合計6発の短距離AAM。確実に仕留めんという意図すら感じられる。距離が短い、フレアを焚いても恐らく無理だ。羽浦は直感的にそう感じたにもかかわらず、無線のマイクに向けて、彼は荒れた声を投げる。


「ベア4! 後ろだ! 回避しろ!」


 だが、間に合わなかった。さらに1機が被弾。すぐに高度が落ちて海面に激突。残った隊長機も、主翼を被弾したらしく、動きが不安定になった。まだかろうじて飛んでいるが、恐らく長続きはしない。同時に、『しらぬい』と『ジェイソン・クリフォード』の防空圏にも入った。威嚇射撃の準備が、向こうでも整っているはずだ。


「『しらぬい』、威嚇射撃準備完了。行かせますか?」

「すぐにやらせろ! ベア4リーダーが生還する最後のチャンスだ、日米の艦がいることを向こうに伝えろ! 向こうだってこんな最深部まで来る予定じゃないだろ!」


 重本も焦燥感を交えて感情的になっていた。残るベア4の機体は隊長機のみだ。せめて、彼だけでも生還させねば……その思いは、彼から冷静さを奪っていた。

 『しらぬい』が動いた。速度を上げ、ラクーン2-1とベア4-1が真正面を通り過ぎた後、すぐに敵のJ-11との間に割って入れるような体勢をとる気だ。すぐ南には、『ジェイソン・クリフォード』も待ち構えている。撃墜できなくてもいい。せめて、もうここから先は沖縄であることを知らせるだけでいいのだ。深く入りすぎたと考えた彼らは、さっさと引き上げるはずだ。

 『しらぬい』との通信を行っていた管制員が叫んだ。


「『しらぬい』、威嚇射撃開始!」




『ミサイルだ! ミサイルがくるぞ!』




 ラクーン2-1の声だ。アラートはベア4-1に鳴った。ラクーン2-1がミサイルの白煙を確認したのだ。


「ベア4リーダー!」


 回避しろ。そう口を動かす直前だった。


『――スパーク』


 ベア4-1は、優し気な口調で、一言だけ言った。


『――私の分も、どうかこの素晴らしい国を、守ってくれ』


『ベア4リーダー!』


 刹那、レーダー画面のすぐ横に設けられた小さなスピーカーから、単調な甲高い電子音が短く響いた。

 レーダー画面から1つのブリップが消え、『BARE 4-1/F-15J』の文字が点滅しだしたのは、その直後だった。隣には、赤く『SHOT DOWN』と表示されている。


「……撃墜……」


 ――間に合わなかった。威嚇射撃は、J-11がミサイルを放った直後に行われたのだ。

 『しらぬい』の威嚇射撃の直後、4機のJ-11はそのまま反転した。気が付けば、H-6は既に撤退をしつつある。攻撃失敗と断じて、さっさと引き返すことにしたようだ。巡航ミサイルも、那覇基地に届いたものは一つもない。今、ラクーン2-1も、『しらぬい』のすぐ横を通り過ぎた。彼は、もうあとは那覇基地に帰るだけだ。


 ――“勝った”。那覇基地は守り抜いた。敵を撃墜できないという最悪の状況下で、巡航ミサイルを完全に撃ち落とし、基地を守り抜いた。完璧な勝利だ。勝利で、間違いないはずなのだ。


 ……なのに、この“喪失感”はなんだ?


「……ベア4が……」


 熊が、全て食い殺された。最後は、身を挺して味方を守り抜き、2機のF-15Jと、そのパイロットを生還させた。彼らの自己犠牲は、間違いなく無駄ではない。その勇敢な行動は、最大限の栄誉を与えられてしかるべきものだった。

 ……なのに、これっぽっちも嬉しくなかった。むしろ、“怒り”すら湧き出る程だった。


「(……なんで、こんな……ッ)」


 羽浦は右手に自然と拳を作っていた。もっと挽回できるチャンスはあったはずだ。あそこで、撃墜の許可さえあれば、あそこで、もっと別の脱出路さえ用意していれば……。だが、どれだけ後悔しても、後の祭りなのだ。

 E-767のオペレーションルームは、その勝利にも拘らず、全く逆の沈痛な空気に包まれていた。守れたはずの命を、守ることができなかった。自らの使命を全うできなかった無力感は、彼らに大きな精神ダメージを与えるには十分すぎた。


「……今度は誰殴りゃいいんだ、官邸か?」


 呆れも、怒りも、全てを通り越した重本の表情は、“無”そのものだった。彼は、そのまま南西SOCに戦闘の状況を報告するべく受話器を手に取ったが、その声も、無力感に押しつぶされたように暗かった。

 羽浦は、再びレーダー画面を見た。先行していたラクーン2-3と合流することに成功し、そのまま那覇基地へと直行した。さして時間はかからない。2-3曰く、機体に外傷はなく、飛ぶこと自体に問題はなさそうだった。やはり、エンジンの問題だけで、那覇基地までは間に合いそうだ。

 ……今更ながら、確認していないことを思い出した。喉まで出かかりながら、それでもそれを口に出すことを躊躇った。今の彼には、ただの精神的な追い打ちにしかならない。だが、聞かないわけにはいかなかった。


「……ラクーン2-1、こちらアマテラス」

『……2-1、どうぞ』

「その……、ベイルアウト、確認できたか?」


 数秒ほどの沈黙。静かに待った羽浦が次に耳にしたのは、怒りを抑え、震えた声を絞り出す隊長の声だった。


『……パラシュートは、なかった……最後の最後、機体を翻して、ミサイルの先に、俺がいないように誘導していた……ッ!』

「撃墜されても、ミサイルも破片も、貴方に向かないようにというわけか」

『違いない……。クソッ、アイツら……! こっちが撃墜できないからって好き勝手しやがって……ッ!!』


 直後、何かを乱暴にたたく音がかすかに聞こえてきた。恐らくガラス、風防を叩いたのだ。彼の怒りの度合いが知れる。彼の怒りは今、とても大きな憎しみとなって表れている。羽浦に、これを静める手立てはなかった。


「……お返しは倍にして返す。それまで耐えるしかない」

『クソォッ……!』

「ラクーン2-1、那覇の管制に入れ。こちらからの誘導は終了だ。2-3、隊長の護衛を頼む」

『2-3、了解』


 あとは那覇基地の仕事だ。無線周波数が切り替わる瞬間、


『――今に見てろよ、クソ野郎どもがァ……!』


 恨みつらみが異様なまでに感じられる、威圧感満載の声が、最後に聞こえてきた。無線が切れる間際に一瞬聞こえた、何かを力任せに押すような音は、彼が無線切り替えのスイッチをどのように操作したかを容易に想像させうる。今の彼は、『走れメロス』の冒頭の一節をそのまま実行しそうな雰囲気を感じさせるが、それ以降、彼らの無線は聞こえてこない。

 仲間を失い、そして、自らを身を挺して守ってくれた英雄的な同胞すらも、目の前で失った。撃墜できないという、余りにアンフェアな状況で、ほぼ一方的に“殺された”。怒りを感じない人間はいないだろう。憤激等という度合いをとうに超えている。


 ……ゆえに、羽浦は悲しかった。これが、戦争の為せる技だというのか。こうして、一人の人間を、憎しみの渦にぶち込んでしまった。彼が、この憎しみの感情から抜け出すことはできるのか。目の前で為された“一方的な虐殺”を目にして、それを克服することなど、普通の人間の心を持つならば困難であるはずだ。

 彼の言葉を聞いていると、昨日の蒼波を思い出してしまう。最愛の彼氏を殺された憎しみは、昨日のような、普通ならば考えもしない行為に走らせるのだ。戦争は人を変えるというのは、決して嘘ではないことを、羽浦は昨日に引き続き、大きく実感することになった。


 ――だが、これを、こんな一方的な行為を“戦争”と呼んでいいのだろうか。羽浦は、全体重を椅子の背もたれにかけながら、深いため息をまじえて力なく呟いた。



「……これが、“戦争”なのかよ……」



 自分たちはてっきり、“戦争”をしているものだと思っていたが、



 もしかしたら、もっと別の行為を、しているのかもしれない……

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