5-6
――爆撃機編隊。黄海を抜け、韓国軍の迎撃を受けずに東シナ海に侵入し、さらに南進。その先にあるのは、沖縄本島だった。
グアム行きであることも想定はされた。平時の日本では、グアム攻撃を想定した中国の爆撃機編隊が、宮古海峡を抜けていくことが度々あった。射程2000km前後の新型長距離巡航ミサイル『CJ-10K』を搭載したH-6K爆撃機だ。だが、針路が違う。宮古海峡を最短距離で抜けるなら、もう少し南寄りの位置から真南に向けて飛行していなければならない。針路を変える様子もないところから、グアムではなく、沖縄一直線に向かっていると考えるのが自然だった。
「那覇基地及び嘉手納基地に直通回線、敵爆撃機接近。防空警報発令! 南西SOCにも伝えろ!」
重本の指示が管制員に伝わり、指示された基地やSOCに回線をつないで受話器を乱暴に取り上げられる。防空警報発令の指示が基地に伝わると、目下の懸念は、敵の攻撃方法に絞られた。
腹や翼に抱えているのが、爆弾なのか巡航ミサイルなのか。もしCJ-10Kなら、もう沖縄本島は余裕で射程内なので撃っていいはずである。だが、ミサイルの弾体は探知できていない。まだ撃っていないはずだ。
「あいつはK型じゃないな。ほかのやつだ」
「巡航ミサイルがあるとしても、CJ-10K以外のやつになります。H-6が搭載できる他のCMは、KD-88とKD-63の二種類です。それぞれ、射程200km前後のスタンドオフ兵器としての特徴を持っています」
「沖縄本島が射程に入るまでどんくらいだ?」
「現在の速度と針路を維持したと仮定して……」
「あと、13分です」
13分――この数字に、誰しもが肩をがっくりさせるような絶望感を抱いた。
13分間何もできない、ということもあるが、何より、自分たちに与えられた“13分ものアドバンテージ”を生かすことができないことに、言葉にできない悔しさを感じていたのだ。
AWACSの真価は、自らの広大な探知範囲と膨大な数の作戦機を統べる管制能力から発揮される“確実な戦域掌握能力”である。13分もあれば、直ちに近場の戦闘機を派遣し、護衛機を相手取りつつ、H-6に攻撃を加えるなどということは十分可能だし、やろうと思えば、側面に回り込んで、護衛機を無視して直接H-6に対して中距離AAMを放って一時離脱し、その後反転して護衛機を再度攻撃するといったやり方だってできる。相手を先に見つけているということは、空戦の世界では主導権を握るうえでの欠かせない要素なのだ。そして、自分たちはそれを生かすためのアセットである“空中早期警戒管制機”を十二分に活用している。しかも、昨日は、それがちゃんとできたのだ。
――なのに、今日は何もできない。先に見つけたのに。これでは、AWACSがもたらす素晴らしきアドバンテージがあってもほとんど意味がない。警戒管制に携わる者たちの中で特にエリートが集う多士済々の機内であっても、『攻撃許可』という4文字がなければ何もできないのだ。
「……クソッ」
重本が小さく毒づいた。逸る気持ちを抑え、「一番近いのはどこだ?」と、顔だけでも冷静さを装って指示を出した。
羽浦は敵の位置と、自身の担当部隊の位置を確認した。
「……おいおい、またかよ」
自分の担当の部隊が一番近かった。昨日に引き続き、といったところ。厄介な時に限って自分に当たるのは、天のいたずらが過ぎるのか、単にいじめたいだけなのか。腹に抱えた怒りを口から息で吐き出した。
「シゲさん、うちです。うちのF-15J8機」
「情報を伝えて接近させろ。手は出すなよ」
「了解」
その通り羽浦は命令を伝達する。本来なら、ここで適当な場所に移動させて回り込む等といった戦法が使われるのだが、今回は真正面から向かわせるだけだ。
「ラクーン2、ベア4、敵爆撃機部隊接近。スピード600、アルト110、接近し敵情を確認せよ。ラクーン2-1、ターンヘディング0-1-0、ベア4-1、ターンヘディング2-9-0」
『ベア4-1、ラジャー。確認する。各機集合せよ。いくぞ』
『ラクーン2-1、了解。……で』
「――? どうした?」
『いや、念のため聞くんだが……先制攻撃の許可は?』
一瞬顔が強張り、隣にいた重本の方を見た。彼もまた、眉を歪めて渋い表情を向け返し、首を振った。先制はするな。あくまで確認だけだ。言葉はなくも、そういう意図であることを羽浦は悟る。
「……いや、武器使用は許可できない。まずは接近し確認せよ。ただし最接近ではない、戦闘距離間隔は維持しろ」
『だろうな、了解。……はぁ、クソ』
イラついた声を無線に小さく流す。ラクーン2の隊長機だ。指示通り配下の3機を引き連れて敵の方向へ向かう。それとほぼ同時に、別の空域でも動きがあった。
「シニア、米軍機下がります」
別の管制員の声だ。少し離れた空域を担当していた米軍のF-15Cが、太平洋方面に少しずつ下がり始めた。E-767と共に飛んでいるE-3が、撤退の指示を出したのだ。爆撃機編隊に近い3つのF-15Cの編隊が、今まで回っていた場所を離れていった。
「やはり、手出しはしないか」
「気楽なもんさ、自分たちの国の土じゃねえんだから」
隣にいた管制員がそう毒づいた。
本来は、自分たちは自由に攻撃してもいいはずなのだが、ただでさえ微妙な立場の在日米軍。自分たちだけ自衛隊とは違う行動をしたことがメディアにすっぱ抜かれたときのことを考慮してのものらしい。彼らも彼らで、もしかしたらフラストレーションはあるかもしれない。
だが、自分たちの土地でないだけ彼らはまだマシだ。同盟国とはいえ他国の土だ。せいぜい、自分たちの国の偉い人たちが、「同盟国に卑劣な攻撃をした」と非難をする口実が生まれるのを喜ぶぐらいだろう。
しかし、今後行うだろう多国籍軍の攻撃を積極的に行ういい宣伝にはなるに違いない。良心は傷めど、それで済みはする。ただ、こっちはそうもいかない。何もせずに母国を攻撃されるなど、あってはならないことなのだ。そう考えると、羽浦は若干の恨めしさを込めた視線を、レーダー上に映る米軍機のブリップに向けてしまう。
このままいけば、各部隊は10分前後で接敵できる。しかし、その前にさらに動きがあった。
『――こちらベア4リーダー。RWR、レーダー照射を受けた。敵の護衛機だ』
レーダー警報受信機。敵の部隊がレーダー波を放ったのだ。E-767のレーダー波を受けたので、もはやレーダーを使わない隠密行動をする必要性がなくなったからであろう。照射したのはどうやら2機のみらしい。複数いる護衛機のうち2機がAEW役となり、データリンクを使って他の機に情報を送っているのだ。探知されたのはベア4のみで、ラクーン2は、方角と高度等の関係から、まだ見つかってはいないらしい。
とすれば、一つの懸念が浮かび上がる。羽浦がベア4からのRWR報告をリレーすると、重本は新代に聞いた。
「新代、護衛機の持つ中距離ミサイルの射程はどんくらいだ?」
「ミサイルの種類によりますが、大体70kmから、長いので130km。編隊中心部から、最大130kmの範囲を円形に設定したとして、最初に侵入するのは、ベア4の4機です」
「どれくらいかかる?」
「今の速度と針路から計算して……、5分程です」
「短いな……」
「退避させますか?」
思わず羽浦がそう聞いた。あと5分で射程となれば、確かに短時間ではあるが、退避が間に合わない時間ではない。今すぐに反転して、別の針路に行かせれば、圏外に逃れることは可能だ。
しかし、重本はやはり首を振る。羽浦自身、ついつい口走りはしたが、この提案は、間違いなく聞き入れられないことを理解していた。ここで逃げるという選択肢はない。逃げたとしても、その後ろにあるのは、沖縄の土地。そこにはまだ、避難待ちの多くの国民がいる。目の前の敵を倒すことは許されない。だが、かといって後ろを振り返ると、そこには自らが守るべき多くの国民の生命と財産、土地がいる。進むも地獄、退くも地獄。前門の敵に、後門の国民。これほどの絶望的な状況に陥りたい自衛官は、まずいないだろう。
国民ならば、例え国内で危機に陥ってもすぐに逃げることができる。そのための土地が用意されている。そして、警察や消防、時には自衛官すらも助けに来てくれる。だが、自衛官には、逃げるための土地も、助けを差し伸べてくれる誰かも、組織も、何もないのだ。全部自分達で対応するのだ。
――自分たちで対応できる、“権限と力”さえ、あればの話だが。
「……このまま行かせますか?」
「……」
羽浦の問いに、何とも返すことができない重本。代わりに、力むような表情を浮かべるだけだった。
「せめて、場所を移せませんか? 流石に真正面から突っ込ませるのは危険です。少しでも、回避しやすい場所を選ばないと」
「向こうは真正面から沖縄に向かってきている。真正面以外で行くとなると、一時的にでも敵に対して本土が丸裸になってしまう、それはできない」
「しかし新代一尉、このまま突っ込ませてもBVR戦闘で護衛機のミサイルに一掃されて終わるだけです。少し、別の方策を……」
「だが、他に何を……」
そこですぐに考えが浮かべば苦労はない。事実、彼の言ったように、真正面から向かわせて、敵の攻撃から守る本土の盾にならなければならない。母国を守る最後の盾――聞こえはいいが、今ここでやろうとしているのは、文字通りの“盾”だ。盾の前面に牙がついているわけでも、盾の裏に銃剣を隠し持っているわけでもない。いや、隠し持っていても使えない。ただ“盾になるだけ”でしかないのだ。
何かないのか。真正面から突っ込ませる以外に何かいい方法はないか。もう間もなく中距離AAMの射程に入る。向こうのレーダーの探知範囲にも入っているだろう。このまま突っ込ませても地獄を見る。かといって別の方法があるかと言われれば、またこれっぽっちも思いつかないという地獄。最早、最初から飛ばないほうがまだマシだったのではないかと、改めて思えてくるような状況だ。
「……せめて、巡航ミサイルだけでも落とせれば……」
そう誰かが呟いた。その声に即座に反応したのは、重本だった。
「――そうか、ミサイルはいいんだったな」
「え? ええ、ミサイルは大丈夫だろうと上も見てますが……」
「羽浦、まだラクーン2はレーダーに探知されてないか?」
「あぁ、はい。まだその報告はありません」
「念のため確認入れろ。どこも入ってなかったら、既に見つかっているベア4だけ上に残して、ラクーン2は一気に低空に降ろすんだ」
「ラクーン2だけ?」
意図がよくわからない。だが、時間もないということでその通り指示を出した。幸い、ラクーン2の4機はいずれもRWRは鳴っていないらしい。こっちからレーダーを発信しているわけでもないので、敵にもまだばれていない筈だ。重本は、今がチャンスとばかりに、ラクーン2の4機を低空に退避させる。
「ベア4に護衛機を引き付けろ。長距離飛行による燃料の制約もあるから、敵は恐らくほぼ最大射程で巡航ミサイルを撃つ。そこで、低空に潜伏させておいたラクーン2に撃墜させる」
即ち、爆撃機に巡航ミサイルをさっさと撃たせて、それをラクーン2が全て撃墜してしまおうというものだ。敵の対地攻撃手段さえ奪ってしまえば、あとは、少なくとも沖縄本島が攻撃されることはない。現状、最良の選択ではあった。
だが、その場合、ベア4を囮にすることになる。相手は6機のJ-11。数的にも不利。那覇基地から援軍をよこしてはいるが、到着まで10分以上かかる。とてもではないが、防ぎきれない。しかし、これしか真面な方法がなかった。
「ベア4にはできるだけ耐えるよう伝えろ。奴らがCMを撃つまでの辛抱だ」
「了解」
耐えがたきを耐え……とは、半世紀以上も前の玉音放送での言葉だが、まさしく今は言葉通りの状況だ。耐え忍ぶことができるとは思えないことも、耐えねばならない。さらに、ベア4の要請で、敵より幾ばくか上の高度を飛んでもらうことになった。
2分ほど経つと、護衛機の半分が編隊から離脱。ベア4の方向へと機首を向けた。4機のJ-11は、ベア4と真正面から対峙する形となり、速度も上げる。中距離AAMの射程に入るまで、一分とかからないという修正が入った。
「ベア4-1、敵が4機、そっちに向きを変えた。すぐにでもミサイルの射程に入る。回避の準備をしろ」
『ベア4-1、ラジャー。ベア4リーダーより各機、いくぞ。貴様らの執着を見せてやれ』
口数が少ないエリートのような隊長の声がヘッドセットから流れてくる。すると直後、ベア4の4機が急上昇し、エンジンを吹かして加速を始めた。ブリップの横に表示されている速度と高度の数値は見る間に数字を増やしていき、マッハ0.8を超え、さらに0.9、1.0……どう見ても巡航速度には見えない。しかも、その先は敵のJ-11。既に中距離AAMの射程に入った。射程130kmのR-27ERを持っているならば、もう既に撃てる距離に入っている。だが、彼らは速度を緩めることはない。その光景に、隣でレーダーを見ていた重本も困惑を隠せなかった。
「何をする気だ、こいつら……」
「ベア4、既にミサイルの射程に入っている。もう少し距離をとれ、突っ込んでるぞ」
余り近づくと、ミサイルを撃たれた際にその射程外に逃げるという戦法が使えない。羽浦も離れるよう注意を促すが、しかし、彼らの返答は「Negative」だった。
『一回逃げればいい。そこで奴らに食らいつく』
「撃墜はできないぞ」
『そうだ。だが、“くっつく”ことは禁止されてないだろ?』
至って冷静な隊長の声から、羽浦たちはその意図を悟った。最初の初撃を躱して、敵のJ-11にぴったり後方に“居座る”つもりなのだ。
それは、昨日のスカイアメリカ225便の“ケツ”にぴったりとくっついていたMiG-29と似た意図がある。都合のいいことに、今は4機対4機。1機につき1機張り付いて追い回せば、多少は動きを制約できる。この4機のJ-11の動きを縛れば、援護を意図した残りの2機を引き寄せることだって可能かもしれない。「どうせ撃墜はできない」と、護衛機をH-6から引き離すように思考を誘導しやすくもなる。
……だが、余りに危険な賭けだ。これは、最初にやってくるであろう最初の中距離AAMを回避“できた”ことを前提にした策だ。今時、ミサイルを回避するなんて中々できることではない。ましてや至近距離に近づいたならば、大抵は当たるか、近接信管により至近距離で爆発して破片を喰らうのが普通だ。一昨日、蒼波や近藤が複数発回避できたのが例外中の例外な程であって、シーカー等に不具合があったり、冷却が不完全だったならばあり得る話だが、それを最初から期待するのは危険すぎる。
ベア4の4機がそれを承知していないはずがない。彼らもエリートだ。元々、百里基地で首都防衛を担っていた凄腕揃いの『梅組』の連中であり、こうしたリスクを知らないわけがない。それでも、彼らの動きからは何の迷いも感じられなかった。
『リーダー、アラート来ました』
ヘッドセットから響く別の声。恐らくベア4の2番機だ。これもまた冷静だ。ミサイルを撃たれたというのに、なぜそこまで声のトーンを一定に保てるのだ。そう思うのもつかの間、4つのブリップは、今度は急降下を始めた。キレイなフィンガー・フォー隊形を組んだまま、重力により速度をさらに上げて“落下”し始める。
「ベア4、敵が上昇を始めた。ミサイル来るぞ」
当然、J-11反応した。簡潔な報告が羽浦から伝わった直後、ベア4と同様にフィンガー・フォー隊形を維持し、ほぼ真正面から急降下してくる4機のF-15Jの鼻先を狙うように上昇を開始。同時に、1機につき2発、合計8発の中距離AAMを放つ。その様子は、羽浦の見るレーダー画面にも映っていた。
「ベア4-1、敵がミサイルを発射」
『了解。お前ら、今日はラッキーだぞ。全員タイミングを合わせろ。そのままの速度と上昇率を維持』
ベア4が急降下を続ける中、中距離AAMはその針路上に向かおうと鼻先を4機のF-15Jの前方側を常に指向する。命中まであと15秒。ベア4隊長が少し語気を強めた。
『ブレイクスタンバイ……そのままだ、編隊を崩すな。スラストMAXスタンバイ』
ミサイル弾着まで10秒を切った。その時、さらに、初めて隊長が“叫んだ”。
『ハイGターン! ブレイク!』
一気に速度が減り、4機のF-15Jは若干の上昇に転じながら、花を開く様に左右に散らばった。瞬時にスラストを前方に押し込んだのか、見る見るうちに速度の数値が上がり、急速に編隊が崩れていく。『チャフ! チャフ!』という無線も聞こえ、電波妨害のためのデコイが空中に放たれたことを悟る。
ミサイルはその急機動に食らいつこうとしたが、2発を除いてミサイルはベア4のすぐ後方を通り過ぎた。射程ギリギリからの発射であったため、反転も間に合わない。数秒すると、レーダーからミサイルの反応が消えた。残った2発も、命中というわけではなかったらしい。『至近で爆発』と、近接信管が作動していたことを報告してきたが、破片を多少浴びたのみで、戦闘に支障はなかった。回避に成功したのだ。ベア4は、回避を確認するともう一度降下を始め、各々で下方にいるJ-11に機首を再度向けた。
今の機動には見覚えがある。“ビーム機動”だ。
「そうか、セミアクティブだったんだ」
重本が納得したように呟いた。
この時、敵が放ったのは中距離“セミアクティブホーミング”空対空ミサイルのR-27ERだった。R-27Rの射程延伸型、130kmの射程距離を誇るが、これは、発射母機が最後までレーダーを使って誘導を行わないといけないセミアクティブに頼った代物だった。
それ故、4機のJ-11は急上昇を始めたベア4に向けて機首を向けるべく上昇に転じたのだ。前方のレーダーを使って目標を捕捉しようという動きで、放たれたミサイルがSARH方式である何よりの証拠だ。ということは、発射母機たるJ-11が追い付けないような急機動を、ミサイル命中の少し前に行ってレーダー照射を外しさえすれば、その瞬間ミサイルは直進に転じて命中を免れる。
しかも、彼らは縦方向に半ばビーム機動の動きをとった。この時やってきたJ-11は、正確には、A型でもB型でもない旧式のJ-11だった。ロシアから輸出されたSu-27SKをライセンス生産したもので、レーダーはロシア製のパルスドップラーレーダー『N001 Zhuk-VE』を装備している。ホバリングしていたり、真横に飛ばれたりすると捕捉出来ないという欠点を利用したビーム機動は、このJ-11には有効だった。
ベア4-1が「ラッキー」といったのは、回避のし甲斐がまだ残っていることを悟ったからなのだ。J-11の真正面から一気に縦方向に外れれば、レーダーはその性能上捕捉できなくなる。その瞬間、R-27ERはただの高速で飛ぶ細長い物体と化す。彼らの目論見は見事に成功した。
「なんて無茶しやがる。流石凄腕の梅組だ」
重本が冷や汗をかきながら言った。さらに、ベア4リーダーは別の要求をしてきた。
『アマテラス、敵には当てないからガンを撃たせてくれ』
「ガン? 待ってくれ、当てないのに撃つのか?」
『ああそうだ。当たらなければいいんだろ? 時間がない、頼む』
「まあ……」
彼から急かされたので、重本も頷いて許可を出した。当てないなら問題はないだろう。羽浦が許可をリレーすると、彼らはすぐさま機銃を放ったらしい。『FOX3』のコールが耳に届いたが、J-11の反応は消えない。元より、この距離だと当たることはまずないと思うのだが、それでも彼らの目的は達成されたらしい。
『いいぞ、奴らの視界に機銃弾が入ったはずだ。全員、あとはわかってるな?』
『“クマ”になるんですね?』
『そうだ。俺たちは今から“クマ”になる。奴らは機銃弾をみて疑心暗鬼だ。何があっても食らいつけ。絶対に離すな』
『ラジャー』
その宣言通りか。彼らはやはり急降下をしながら猛スピードで真正面から上昇してくるJ-11に急接近した。既に短距離AAMの射程にも入っているが、散会しながら突進してくるF-15Jを見て怖気づいたか、回避を優先した。躊躇なく背中を見せると、ベア4は1機につき1機、背中にぴったりとくっついた。撃墜するわけでもなく、ただただ“追い掛ける”。何があっても追い掛け、どんな機動をしようとも巧みに機体を操って食らいつく。ぴったりとくっついて、絶対に離れるそぶりを見せない。
「……なるほど、確かに熊だ」
2機1組のブリップを4つ確認しながら、羽浦は感心するように呟いた。自分の捕捉した獲物に対する執着心が、異常なまでに強いことで知られる『熊』。北海道ではかつて、その習性を知らなかったがために、一度ヒグマに奪われたリュックを取り戻そうとし、ヒグマの逆鱗に触れて食い殺される凄惨な事件があった。それだけ、ヒグマの執着は強い。
今彼らは、確かに“熊”になっていた。先のあの突進と言い、これといい、“熊”というコールサインはまさに彼らにぴったりだ。梅の花を背負う熊――何ともギャップが激しい組み合わせであろうか。
H-6は針路も速度も変更せず直進を続けている。さらに、残った2機のJ-11がレーダーを発信し前方の敵を探し始めた。しかし、いるはずもない。このとき、ラクーン2の4機は事前にH-6の編隊の真下の海面スレスレにいるのである。
「H-6、射程に入りました」
管制員の報告の直後だった。4機のH-6から複数の小型の反応が分離した。一気に降下を開始するその反応は8発を数え、マッハ0.9~0.8を前後している。そして、その方向は、一直線に沖縄南西部を向いていた。
「H-6から小型目標分離、恐らくCM」
「ビンゴです。奴ら最大射程で撃ってきました。ラクーン2はまだ気づかれていません」
きた。重本ははっきりとした声を、羽浦に送った。
「羽浦、やれ! ミサイルを落とせ!」




