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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第5章 ―3日目 Day-3―
36/93

5-5

≫AM11:51 東シナ海上空 38,000ft≪




 ――正午前。今日は雲もそれほどなく視界は開けている状態。太陽の光が海に反射しまくっている天気において、高高度をE-767が2機のF-15Jの護衛を伴って飛行していた。3本の淡く白い尻尾のようなコントレイルを引きながら、東シナ海の九州南側を周回している。


 任務は昨日とほぼ同じ。だが、一つだけ違うのは、何があっても交戦許可は出さないということだった。

 幸いにして、今のところ敵の本格的な攻撃はない。ただ、弾薬備蓄の補充のためか、黄海の方向から数機の輸送機が“護衛なし”でやってきては、下地島空港に降り立っていた。

 こっちの出方を知っているからこそ護衛をつけなかったのだろうが、何となめ腐ったマネを……。管制員たちは歯がゆい思いを抱きながら、レーダー上の輸送機のブリップが下地島に降りていくのを黙してみているしかなかった。


「この中に、水爆紛れ込んでたりして」

「こえーこというんじゃねえよ……」


 そんな管制員たちの暇つぶしついでに会話も、室内にそこそこ響くぐらいには、ここは静けさを保っていた。指示がほとんど飛び交っていない。訓練でもここまで静かになることはそんなにないだろう。飛んでくる指示といえば、どこから何が飛んだとか、何が降りたとか、どこに何がいるとか、それぐらいである。


「松さん、次変わります」

「あいよ」


 先ほどまで昼食休憩をとっていた羽浦も、次の担当の時間になったため、少し厚めのファイルをもってオペレーションルームに戻ってきた。受け持つエリアの天気図と注意事項の項目を開きながら、席を変わる。


「引き継ぎ事項は?」

「ないよ。輸送機がちょくちょく降り立ってきてるぐらいだ」

「今のうちに、装備弾薬や燃料を持ってこれるだけ持ってこようって腹ですかね」

「違ぇねえぜ。チッ、ったく、こっちが手出さないって知ってるからって、好き勝手しやがって」

「我慢大会の始まりですね。どっちが先に折れるか。こっちが撃つのが先か、向こうが逃げるのが先か」

「勝っても別にうれしくねえ大会だなぁ……」


 そう力なく吐き捨てると、彼は羽浦のもとを去った。勝ったら勝ったで、そのあとは戦闘が始まるのだ。確かに、あまりうれしくはない。戦闘そのものは起きないに越したことはないのだ。

 ヘッドセットを付けた羽浦は、レーダー画面を確認した。自分の受け持つ空域は宮古海峡から沖縄本島の北方の空域全般。担当の飛行小隊フライトは、那覇からの『ラクーン2』の4機のF-15Jに、新田原からの『ベア4』の4機のF-15J、計2個フライトの8機。事前のブリーフィングと全く同じであることを、左手に置いたファイルのページをチラッとめくりながら確認した。


 敵情も確認する。ちょうど、下地島から3機の大型のブリップが飛び立った。件の輸送機か。反応解析から、Il-76であることを確認した。積み荷を降ろし終えて、さっさと帰るつもりなのだろう。

 単に帰るだけ。護衛も伴ってはいないが……、横目にファイルの開いているページをチラッと一瞬見やると、羽浦は無線を入れた。


「RACCOON 2-1, this is AMATERASU, turn left heading 0-3-0, due to approaching several ghost’s transports.(アマテラスよりラクーン2-1、方位0-3-0に左旋回せよ、数機のゴーストの輸送機が接近中)」


 追うことはしない。普通なら、撤退していくほぼ非武装の輸送機などを攻撃する事は躊躇されることであるが、こと極東革命軍に関してはその制約は排除されていた。彼らは正規軍ではなく、戦力は限られているため、替えが効かない。例え撤退中でも、落とせるときに落とせば、全体としての戦力は大きく低下するのだ。

 だが、それすらも許されない……。護衛もなく、機内を空にした民間機同然の状態で悠々と飛んでいる輸送機に、少しも手を触れる事ができないどころか、自分から避けてすらいる。戦闘気乗りにとって、これ以上の屈辱は中々無いであろう。パイロットたちは歯がゆい思いで、その輸送機を見届けるしかなかった。


『RACCOON 2-1, roger. ……チッ、クソッ』


 無線の奥で、小さく舌打ちの声が聞こえてきた。気持ちは彼らも同じだ。ほぼ目の前にいるのだ。少し目を凝らせば、すぐにでも接近してミサイルを放てる。護衛なしの大型輸送機など、彼らにとっては実弾演習で使う訓練標的も同然だ。難なく落とせるはずなのに。しかも、それによって大きな戦力低下の効果を与えることができるのに……。


 先ほど言っていた“我慢大会”とは、まさしくこのことなのだ。撃つか、避けるか。このストレスの溜まる状況の中、どちらが我慢の限界に達するか。そして、自分らが先に限界に達して、撃ってしまうことは決して許されない。そんな、“一方的な”我慢大会なのだ。


「敵さん、中々こないな……」


 こちらの出方を知ってか、今のところ戦闘機などの派遣はされていない。燃料弾薬も限られているだろうと思われるので当然かもしれないが、数機の戦闘機を送り込んで、こちらの出方を見るという事すらしていない。黙々と護衛なしの輸送機編隊を下地島に送って、物資のピストン輸送をしているのみだ。

 だが、そのほうが有り難いかもしれない。少なくとも熱核兵器の有無が確認されるまでは、その姿勢を維持してほしいが……それは、高望みというものであろう。


「何もないか?」


 重本が羽浦の左肩に右手を乗せながら聞いてきた。レーダー画面をのぞき込む重本に、羽浦も視線をレーダーに置いたまま返す。


「今のところは。輸送機が優雅に遊覧飛行しにきてるだけです」

「物騒なもん積んでの遊覧飛行か。気乗りしないな。それに、遊覧飛行ならむしろこいつらだろ」


 そう言って、手に持っていたボールペンでレーダー画面の数ヶ所を軽く叩いて示した。ラクーン2とベア4の8機のF-15J。武装はしていれど、単に飛んでいるだけという意味では、確かにこっちの方が遊覧飛行かもしれない。遊覧というのは余りに高高度ではあるが。


「結局、ブリーフィングにあった通り、飛ばすには飛ばすんですね」

「まあな。空自基地にはマスコミが常に張り付いてるからな。それに、熱心なオタクやマニアもいる。何も飛んでないとなれば、それはそれで色々言われるんだろう」

「手を出すなという一方、何もしないわけにはいかないという政治的判断ですか」

「ただの国民向けの政治的“パフォーマンス”だ。実際はほとんどの奴らは現場を見ていないだろうに、ご機嫌取りのためにとりあえず飛ぶしかないっていうふざけた状況さ」

「それ、“メモ”には書いても絶対公にはしないでくださいよ。間違いなく大炎上しますから」

「分かってる。今のは“オフレコ”だ」


 重本は吐き捨てるような言葉を残し、別のレーダー画面を見に行った。生の記録を残す目的があるので、書かないわけにはいかないが、しかし、公にする際はこの部分は排除されるに違いない。自衛官が国民をバカにした、なんて話が少しでも知れたら、間違いなく世間からぶっ叩かれる。仮に言うとしても、本当に長い時が経ってからとなるだろう。

 ただ、いずれにせよ自衛官というのは、微妙な立場にあるのは間違いないだろう。国民が自衛官を批判することはあれど、自衛官が国民を批判するのは、ある種のタブーの如き風潮があるのだ。誰が形成したのかはわからないし、法律上、仮にも国民に仕える公務員という立場である以上仕方ない面もあるが、こういうところでもやはり、国民が“偉い”のだ。


「(文句の一つも言えず、このザマか。つらいもんだ)」


 羽浦は重本のその心中を察して肩をすくめた。

 自衛官という立場の難しさ――震災の時、被災者は暖かいご飯にありつくのを良しとする中、救助作業に携わる自衛官たちはそれにありつく姿を白い目で見る。それに、自衛官が異議を申し立てることはない。いや、むしろそのような空気を察して、自分達で“自重”してしまうのだ。それが、どれだけ辛い事であっても。それが、救助を行う上で間違いなく必要なことであっても。

 そして、それを“当たり前”“素晴らしい事”と称える多くの国民――。


 国民に仕え、国民を守ることこそが存在意義の自衛隊。それを、自らの命や、かけがえのない人生の時間と引き換えに提供することを誇りとする自衛官たち。その“奉仕”に対するお返しが、余りにもひもじいのが、今の自衛隊だった。


 ……その最たる例が、重本が言うところの、今目の前で起きている“国民向けの政治的パフォーマンス”なのだ。羽浦は、落胆するような小さなため息をついてしまう。


「(……俺らも、人間なんだがなぁ)」


 自衛官という種族でも何でもない。一人一人の人間が、自衛官という職を自らの意思で拝命しているに過ぎない。その扱いがこれというのは、中々酷な仕打ちではある。


 ――そんなこちらの国内事情など露知らず、輸送機は何の苦も無く北方へと飛び立っていった。次の輸送機はいつ来るか。この時も、近くに味方の戦闘機がいればどかさないといけなくなるが、そんなに大量には輸送機を持っていなかったはずだ。そう頻繁にくるといわけでもあるまいか。


「ゴーストの水上部隊はどんなだ? 動きあるか?」

「伊良部島と宮古海峡の北方を中心に張り付いたままです。何もしてきてません」


 重本の問いに別の管制員が返した。極東革命軍の艦艇も、やはりこちらの動きを察してか、無駄に動こうとはしない。弾薬や燃料をできる限り保存したいのだろう。もしかしたら、かの熱核兵器騒ぎも、島に物資を輸送する間の燃料弾薬の消費を抑える意味合いもあるのかもしれない。島の武器弾薬は補充できても、それを守る航空機や艦艇の燃料弾薬が少なくなってしまってはあまり意味がないのだ。

 こんな数隻程度の艦艇、空自のF-2が4機ぐらい束になって最新のASM-3あたりを思いっきりぶっ放ったら、間違いなく撃沈できるはずなのに……。逸る気持ちを抑えるのは中々堪えるものだ。


「護衛艦『しらぬい』、若干西に出ていますが……」

「逸るなよ、御堂二佐……」


 羽浦はレーダー画面上に海上の反応データを同期させた。宮古海峡の北方当たりで、大体の護衛艦はそれ以上西進しないように通達されていたが、沖縄本島を対潜哨戒中だった護衛艦『しらぬい』が、徐々に西に出てきていたのだ。

 あさひ型護衛艦2番艦『しらぬい』。対空特化型のあきづき型から、個艦防空能力のみを残して、その分を対潜能力に振り分けた対潜特化型ともいえる最新鋭の護衛艦である。だが、それはつまり対空能力を削って対潜能力を上げたタイプということでもあるので、通常の対空戦闘目的で真正面から殴り込むことをあまり想定していない。今のように、敵の水上艦艇からの攻撃があり得る状況下で、単独で立ち向かうのは得策とは言えなかった。

 重本が「逸るな」といったのも、つまりそういう背景もある。御堂二佐と艦長の個人名をすぐに言葉に出来たのも、彼と重本は防大時代の先輩・後輩の間柄であったからなのだ。


 だが、重本の心配も杞憂に終わる。『しらぬい』は一旦西に出たと思ったら、また針路を180度変えて、もとの担当海域に戻ってきた。「少し脅かしただけか?」という管制員の呟きも出てくるぐらいあっさりと退いたが、重本の表情は晴れない。


「あの人、中々に熱い性格してるからなぁ……早まった行動しなきゃいいんだが」

「そんなに熱いんですか、その人」

「例えるなら、数年前まで横浜の監督だった某絶好調男みたいな人だ」

「雰囲気よさそうですねなんか」

「実際いいらしいぞ。乗員からは、艦長じゃなくて“生きがよくて偉い面白いおっさん”みたいな扱い受けてるらしい」

「それ、尊敬されてるのかバカにされてるのか……」


 そういえば、その絶好調男の人が監督してた時の横浜のベンチの雰囲気よさそうだったなぁ……等と、後ろからの会話声を聞きながら羽浦はふと思い出していた。野球はそんなに詳しくはないが、そんなに悪くない評価をファンから受けていたような……。

 勿論、彼だって仮にも佐官である。一線はわきまえているはずだ、極端な心配は無用だろう。


「シゲさん、韓国ピースアイからです」

「ん? なんだ……」


 重本が受話器を持つ管制員の下へと向かう。羽浦はそれを横耳で聞きつつ、海上の反応データの同期を解除し、空中警戒を続けた。担当部隊は相変わらず同じ場所をグルグル回っている。

 このまま何もこないで遊覧飛行をしてほしいという切実な願い。だが、重本が韓国のピースアイからの電話を受けたということは、つまり、そういうことなのだろうと、羽浦は精神的に構えた。


「……すいません、何機ですって? えーっと……4機? もっといる?」


 流暢な英語を通じて、ピースアイからの情報を貰いメモを取る。少しして、受話器を戻しメモを見つつ情報を全員に伝えた。


「韓国のピースアイから伝達。大型機が黄海方面から南下、まもなくこの空域に入る。機数は4。ただ、護衛機の有無は確認できず、もっと数は増える可能性あり。探知範囲ギリギリを飛んでいたために捉えきれなかったらしい」

「高度どれくらいですか?」

「最後の反応を見る限りは1万フィートを行ったり来たりらしい。だが、最終的にどの高度でくるかはわからない。各自自分の持ち場の空域を確認しろ。警戒班は監視を継続。兵器班は担当の部隊に情報を伝達」


 重本が手際よく指示を出していく。大型機が最低でも4機。南下してくるなら確かに沖縄行きには違いない。問題は、その中身。


「どうせまた輸送機じゃねえか? さっき飛んでった奴と入れ替えでさ」

「だといいんだが……」


 隣の管制員の言葉に、羽浦は曖昧に返すしかなかった。確かに、護衛がない大型機の編隊ならば、下地島にやってくるIl-76である可能性は十分ある。ただ、あの輸送機編隊はいつも3機で飛んできていた。今回は確認できただけでも4機。“慣例”に則っていない。護衛機の有無が不明なのもまた気がかりだ。羽浦は、妙な予感を感じていた。


「(……まさかな)」


 そう自分を落ち着かせる中、百瀬のハッキリと甲高い声が室内に響いた。


「ゴーストコンタクト! えー……、え!?」


 次の瞬間聞こえてきたのは、驚嘆の声だった。顔を見なくてもわかる。間違いなくひきつった表情を浮かべているはずだ。重本も声の異変に気付いた。


「どうした、何が見えた?」

「ふ、複数あります! S2R9、ターゲットヘディング160、アルト120、スピード600。反応解析、2種類!」

「2種類ッ?」


 重本もすかさず聞き返した。大型機のみで2機種ということはまずないだろう。ここでいう2機種ということは、即ち――。



「――護衛あり?」



 韓国のピースアイが完全に捉えきれなかった護衛機。百瀬はさらに続けて報告したが、“最悪”のものだった。


「えー、大型機、反応解析。H-6に合致。計4機!」

「H-6? 爆撃機じゃないか!」

「じゃあもう一方の機種は?」

「えーっと……もっと小型です。戦闘機、Su-27系統に合致。計6機!」

「念のためだが新代、ロシアはないよな?」

「あり得ません。ロシアは昨日多国籍軍への参加を表明したばかりです。これはゴーストのJ-11と見るべきです」


 隣にいる『新代』と呼ばれた補佐担当の管制員の言葉に、重本の顔が色を失っていく。H-6爆撃機と、護衛のJ-11戦闘機。計10機の編隊が、沖縄に向けて南下してくる。ということは――。




「――奴ら、直接“爆撃”しにかかるつもりだ……」

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