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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第5章 ―3日目 Day-3―
33/93

5-2

≫7月22日 AM05:35 神奈川県横須賀市 海上作戦センター/JTF-S2司令部≪




 ――開戦3日目。日本では、ようやく即応展開する先遣部隊の編成が整い、あとは早ければ今朝方にでも島に送り込み、夕方~翌日朝に行う第一次展開の即応機動連隊を派遣するための下準備を行う手筈だった。水陸機動団第一水陸機動連隊を基幹とする即応先遣部隊は、V-22“オスプレイ”やCH-47JA“チヌーク”を使って、奄美大島の東方に浮かばせ、洋上前進武装再補給地点(FARP)とさせているいずも型護衛艦2隻に一旦移動し、作戦開始の合図を待って、まずは航空輸送を以って一気に浸透しようとしていた。当然、事前に戦闘機部隊による対地支援の下、航空優勢をしっかり確保したうえで、V-22やCH-47JAが落とされないよう入念に準備したうえでの輸送作戦となる。

 戦闘機部隊の手配は整えており、嘉手納の米空軍も協力する。伊良部島の敵勢力を完全に打破すれば、あとは大規模な増援が来るということはほとんどない。第二次、第三次と続けて戦力を送り、対艦ミサイル部隊も置いて、完全な“要塞”の状態へとする予定だった。


 ……なのに、ここにきて予定が狂った。極東革命軍が昨日発表した内容は、上記した予定をほとんどストップさせるには十分すぎるものであり、官邸から、昨日の深夜のうちに待ったをかけられたのだ。


「――熱核兵器とは、また面倒なものを持ち込まれたな」


 テーブル上に置かれた自身の10インチほどのモニター画面を渋い顔で見つめながら、自衛艦隊司令官にして統合任務部隊司令官『進藤』海将が呟いた。

 極東革命軍が公開した動画にある熱核兵器は、どうも伊良部島、もしくは下地島に置かれたと推定された。これらの島に本当に熱核兵器があるとなれば、上陸作戦は即刻中止させる必要があるが、その実、進藤達は、ロシア政府とほぼ同じような推測を立てていた。


 ――恐らく“ブラフ”だ。この島にはない。


 自信はあった。既に上陸している特殊作戦群の偵察部隊が、下地島空港に降り立つ輸送機をじっくり観察していたのだが、中から降ろされた積み荷の中に、現状それらしきものは確認されていなかった。写真も、北朝鮮が2017年に公開したものを若干の編集を加えてそのまま持ってきただけであり、その時点で信憑性なんて無きに等しいと思っていたのだが……。


「市ヶ谷は、やはり取りやめを?」

「はい。政府からの申し出だそうです。現状のまま上陸作戦を決行するのは、余りに危険だと」

「世論の動きか」

「ええ、そのようです」


 『阿佐野』幕僚長の返答に、進藤は「参ったな」と呟きながら、軽く頭をかいた。


 世論は、そうした現場事情を知らない。いや、機密上知ってはならないのだが、それ故に、この動画の内容を受けて大混乱に陥っていた。日本人は、第二次大戦時に受けた核攻撃を受けて、途轍もなく“核”というものに敏感になってしまった。その結果、冷静に見ると違和感を覚える話であっても、核に関わると極端な反応を見せ続けてしまう。


 これは今に始まったことではない。例えば、3.11の際、福島原発が爆発する事故が起きた後、現在に至るまで、風評被害が収束の兆候を見せていない。UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)における報告書で、事故による放射線放出量はチェルノブイリと比べても7分の1程度と低い値で、ガンなどの放射線被ばくによる健康被害はほとんどなく、胎児への影響もないと科学的に結論付けられたにも関わらず、この報告に関する大手メディアの宣伝不足も相まって、中々収まる気配はない。様々な要因が考えられるが、核分裂という技術に対する忌避感情や極端な嫌悪反応は、そういった風評被害の長期化に拍車をかけているともいえる。UNSCEARも、むしろそうした身体的な健康問題より、風評被害等に起因する心理的・精神的な健康問題の方が重要だとしている。


 ……同じようなことが、今回でも起きた。熱核兵器の配備に至るまでにどのような背景があるのか、実際そのような兵器が本当に配備されたのかどうかなど、細かい点は重要視されない。熱核兵器、つまり、核兵器の一種だという知識さえあれば、日本人を“ヒステリック”な混乱に陥れるには十分だ。


「水爆は本当に伊良部島に置かれたのですか?」

「今後の奪還作戦に影響があると思いますが」

「水爆がある状態で作戦実施は可能なのでしょうか?」

「万一爆発した際の被害予測は?」


 記者らのマシンガンのような質問攻めに対し、萩山は全て同じ回答を出した。


「現在調査中です。不確定な情報に流されず、どうか冷静な対応をお願いします」


 もちろん、萩山自身、冷静に対応してくれることを願っているわけではなかった。国民の声はほぼ一つ。


「核兵器があるのに攻撃するのか!」

「核兵器があるかもしれないやつらに自衛隊は攻撃を仕掛けていいのか!」

「アメリカは何やってんだ! 空母を差し向けないのか!?」

「自衛隊が出る必要は無い! 国連に全てを任せるべきだ!」


 すでに、首相官邸前にはデモ隊が詰めかけていた。元々、極東革命軍との“戦争”に反対していた反戦デモに、反核兵器/反原発グループが加わる形で、その勢いは増していた。老若男女、幅広い世代の人々が首相官邸前を占拠し、リズムに乗らせたシュプレヒコールを大音量で官邸に浴びせる。そこに、「本当に熱核兵器が配備されたのか?」という、頭を冷やして冷静な分析を行おうとする人間はいない。


 しかも、置かれた場所もまた面倒だった。350キロトンの熱核兵器を伊良部島か下地島に置くと、仮にそれを地上で爆発させた場合、まずこれらの島は間違いなく“消滅”する。隣接する宮古島もまず壊滅は必至だ。さらに、風向きと風力によっては、爆発時に発生した放射性物質が、さらに遠隔地の島嶼部にも降り注ぐ。南西に向けば、先島諸島は全滅。北東に向けば、久米島や那覇市にもギリギリ差し掛かるかもしれない。


「現在、奄美諸島方面にはこの季節恒例の梅雨前線が入っており、西に張り出してきた小笠原高気圧の西側を回る風と合流して、平均毎秒14メートル程の強い南西風が発生しています。これは暫く続くと見込まれているため、この時期に爆発させれば、すぐ隣にある宮古海峡の海と空は放射能で汚染されます」

「なんて厄介なところに置いたんだ」


 『林』作戦主任幕僚の推測に、進藤は眉を歪ませて悪態をついた。所謂『夏至南風カーチーベー』と呼ばれるもので、梅雨明けに北上していった梅雨前線に、西に張り出してきた小笠原高気圧が前線の南側に割り込むことで、偏西風と合体して強い南~南西風を形成する。地元沖縄では、これが梅雨明けの合図と言われているが、今年の場合、近年の異常気象の影響で梅雨明けが1ヵ月近くも遅くなった結果、今になってカーチーベーが吹き出していた。

 しかも、比較的強めのもので、平均で14メートル毎秒。仮に南西風の14メートル毎秒の風がある状態で、熱核兵器が爆発すれば、その放射性物質は宮古海峡を十二分に汚染し、その汚染水は、海流によってさらに北東に流れていく。

 この計算は、既にマスメディアでの専門家の解説という形で国民にも伝わっており、それが上記の動きをさらに煽ることにもなった。そんな中で熱核兵器が爆発した場合、「放射性物質が降ってくる」という風評被害が広まる事だって当然考えられる。

 そうなれば最後だ。南国の綺麗な海という観光で成り立っていた“観光立国”たる沖縄の海は汚染され、「泳げない海」としてのイメージが定着してしまい、自治体としてまともに立ち行かなくなる。今後十数年は間違いなく復活できなくなるだろう。また、在日米軍基地をおいているアメリカも、軍事拠点の戦略の転換を検討し始めるかも知れず、日本の安全保障にも多大な影響が及ぶ。


 ここまでの大事になって、まもなく行われる上陸作戦をそのまま決行させようものなら、デモ隊の動きを封じれなくなる可能性が高い。今はまだ小規模でも、今後急速に肥大化し、最悪暴徒化する可能性もあると見た菅原の一声により、作戦実施は無期限延期となった。確実に熱核兵器がないと確認できるまで、伊良部島と下地島には手を出さないという、最高指揮官の判断だった。


多次元横断クロスドメイン防衛戦略のにおける島嶼奪還作戦は、事態発生初期の迅速な動きが鍵ですが、これで封じられました」

「敵も頭がいいな。自衛隊ではなく、“国民”を使うとは」


 阿佐野の言葉に、進藤は悔しさをにじませながらも、妙な感心の念を抱いてしまう。

 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という。敵の大将を討ち取るには、まず彼の乗る馬を討てという言葉から、ある目的を達成するには、まずその周辺から攻めていくのが成功への近道であるという意味だ。自衛隊が今頼りにしているのは、“文民”である。シビリアンコントロールは、文民たる政治家たちが的確な指導を行うという前提さえ整えば、適切な運用が為される。だが、その政治家が目を向ける相手は、自衛隊だけではない。

 大将を討つために彼の馬を討つが、そのために、彼の馬の餌に毒物を入れて真面に走れないようにするという、1枚さらに上手の工作を行ったのというわけである。しかも、今の日本人に対しては、これほど効果のある工作はない。


「最早、今の国民にとっては、本当に熱核兵器があるかどうかはあまり関係ないか」


 嘆くような進藤の言葉に、『斉藤』情報主任幕僚が目の前のタッチパネル式モニターを操作しながら言った。


「仮に伊良部島と下地島に本当にないと確認されても、既に国民は疑心暗鬼です。何れ、世論が納得せずとも作戦を強行する必要が出てきます。ですが、それを決定するのは官邸です」

「官邸が、世論の反発を跳ね除けてでもGOサインを出す自信が持てる、信頼のある情報が必要というわけか」

「はい。こうなれば、特戦群に対し、熱核兵器の有無についてさらに深部に入って調査させるべきと考えます」

「市ヶ谷からも、可能ならばさらに深く入って調査させることも検討せよとの通達が入っております」

「ということだが、可能か、上條連絡官」


 進藤の目は、特殊作戦群から派遣された『上條』連絡官に向けられた。腕を組んで瞑想でもするかのように瞑目していたが、その目を静かに開け、まるで生まれたてのロボットのように、ゆっくりと進藤の顔に向けた。


「……可能といえば、可能です」


 その一言だけで、尋常ではない威圧感が放出される。若干しどろもどろになりかける進藤だが、冷静を装ってさらに聞いた。


「現状の部隊で可能か?」

「いえ、できれば増派をお願いしたい。命令さえあれば、30分以内に現地入りさせます。既に、那覇に待機していた部隊の一部は、宮古島に移送を完了しております」

「よし、では増派を認めよう。1個小隊でよいか?」

「構いません。では、熱核兵器の深部探査を目的とした1個小隊の増派として、命令を出します」

「あぁ、頼む」


 上條はすぐに後ろに控えていた幹部に小声で命令を伝えた。かと思えば、また正面に向き直って腕を組んで瞑目した。一つ一つの動きは比較的のっそりとしているが、それが余計に、どっしりとした威圧感を体全体から放出しているようにも見える。今の彼も、決して寝ているわけではないだろうが、この微動だにしない姿勢だけでも人を追い払えそうなプレッシャーを周囲に放っていた。


「(……慣れないなぁ)」


 進藤は彼を横目にしながら気まずそうな表情を浮かべた。

 特殊作戦群だけに、一体どんな強面の連絡官が来るかと思えば、想像以上ににべもなく寡黙な人だった。しかも、言葉を発したかと思えば、一言一言に重りでもつけているのではないかと言わんばかりにドスが効いていて暗い。間違いなくグレズノフといい勝負ができるであろう。年上であるはずの進藤も、既に彼に対する苦手意識が芽生えていた。


「(はぁ、もうちょっと人がいいのを連れてきてくれよ……)」


 そう習志野駐屯地へ向けての愚痴を投げやり気味に放ちながら、さらに情報を確認する。


「伊良部島と下地島もそうだが、斉藤一佐、朝鮮半島からの避難民受け入れ状況は? 安全は確保できているのだろうな?」

「今のところ問題ありません。佐世保の4護群と舞鶴の3護群が対応しています。沿岸部は海保の第7管区と第8管区の対応です」

「よし、川端一佐、とにかく海上航路の安全だけは確保するよう伝えておけ。航空優勢は韓国軍が保ってくれる手筈だ」

「了解です」


 『川端』運用総括幕僚が、モニターをタップ操作し命令を各部署に伝達する。


 韓国では、今回の事態を受けて、38度線方面での散発的な戦闘が勃発したことを受けて、一気に南へと避難しようとする国民で溢れ返っていた。韓国高速鉄道(KTX)は、数年前に世界的大ヒットを記録した某ゾンビ映画の如く、車両に群がる人だかりができ、廊下にまで人が溢れるほどの乗車率となった。終着駅の釜山についたと思えば、人によっては、さらに南に逃げようと船を使って日本へ渡航をし始める始末である。

 朝鮮有事の際、朝鮮半島から避難民が渡航をする可能性は度々議論されてはいたが、このような形でそれが現実になるとは想定していなかった。しかも、可能性の一つとして、北朝鮮の武装工作員が紛れていることも考慮せざるを得ないという状況である。

 軍事的合理性から考えて、韓国ではなく、わざわざ日本政府の監視下にある難民に紛れ、わざわざ日本海・対馬海峡を南下してくる必要はほとんどない。工作員を送り込むにしても、わざわざ難民の身分を使わずとも、夜間に小型の工作船を使って日本のどこかに上陸する方がよっぽど楽である。だが、今現在の極東革命軍のやり方が、軍事的合理性を大いに欠いたものである以上、全ての可能性を考慮せよと官邸から命令が下っていた。


 海上自衛隊と海上保安庁が共同で、南下してくる船舶を大小全て臨検するよう手筈を整えて臨んだ。定期便として使われていたフェリーはもちろん、間違いなく出国手続きを取っていないであろう小さな漁船までもその対象となるため、数は膨大になる。海自や海保が出せる艦艇も限られているため、一部は九州や中国地方へと臨検をスルーして流れついたりしていた。これのために、E-2Cがわざわざ駆り出されるレベルの多さだった。

 既に沿岸部は、地元警察や派遣された自衛隊の部隊が封鎖していたため、今のところ避難民は全員確保され、内陸部へと一時的に移送させている。彼らに、休みの時間などなかった。

 空自から派遣された連絡官がメモを見ながら言った。


「韓国だけでなく、北朝鮮からの船舶も確認されています。主に日本海側に出て、中国地方沿岸にたどり着いているようです」

「斉藤一佐、国際連合難(UN)民高等弁務官事務所(HCR)からの支援団はまだか?」

「今日中に到着です。避難キャンプを四国に設置する方向で既に最終調整が済んでいます。移送手段は、航空機、新幹線、私鉄、三セク路線、バス、全て使います」


 斉藤がペンを回しながら答えた。


 韓国からならまだしも、北朝鮮からの避難民となると、少し面倒な問題となる。

 国際法上の観点では、日本も加盟している『難民条約・議定書』において定義されている「本国政府の何かしらの迫害を受ける可能性がある」等のかなり限定された条件をクリアする必要があり、クリアした場合は『条約難民』として受け入れ可能である。

 従来の北朝鮮の政治体制が確立されている状態であれば、迫害の恐れありとの理由によって条約難民の認定が可能であるが、今はそうではない。臨時政権はできたものの、内乱一歩手前の危機的状態であるには変わりはない。

 こうなれば、条約難民としての認定が困難となる可能性が高く、その場合は、より広範囲の難民支援を行う『UNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)』がその補完を担当することになる。UNHCRは既に、現在の北朝鮮の状態を「事実上の内乱状態」と独自に認定し、周辺国に対し、北朝鮮からの難民流入の際は、最大限の受け入れを要請していた。同時に、支援団を各国に派遣し、北朝鮮難民の受け入れ支援や現地指導を行うことで連携体制を整えており、日本も独自に協定を結んでいる。


 北朝鮮国民を受け入れた後は、ほぼ自動的に韓国に移送されることになる。韓国の法律上、北朝鮮国民は同胞で、「同じ韓国人」として扱われる。同胞たる北朝鮮国民を受け入れない理由は韓国にはないため、日本での一時的な収容の後、時期は不明ではあるが、最終的には韓国に送られることになる。


「UNHCRの先遣隊は、既に四国の自治体と協力して避難キャンプの設営を始めております。初期収容は韓国人難民と同じ場所になりますが、後々こちらに移すことになるかと」

「支援団から何か要請はあるか? 初期収容場所を変えてくれとか」

「今のところは何も」

「わかった。……とするとあとは、熱核兵器が本当にあるかどうかだが……」


 進藤はまたポリポリと頭をかいた。熱核兵器がある限り、島には手を出せない。だが、問題はまだある。


「……こんなところに置かれちゃ、艦隊通れないよなぁ」


 地図を見ながら困ったようにそう呟いた。


 熱核兵器が仮に爆発すれば、カーチーベーに沿って沖縄本島へ放射性物質は飛んでいく。同時に、その通り道の下は宮古海峡であり、今日の深夜に採択された武力行使容認決議に基づいて派遣されてくる多国籍軍の艦隊は、現状ここを通っていく予定になっている。それまでに、伊良部島、下地島を奪還し、周辺の海上・航空優勢を確保するというのが、日本に与えられた役目である。


 だが、熱核兵器が爆発し放射性物質が降ってくるとなると、おいそれと通すわけにはいかなくなる。まさしく、『放射性物質のカーテン』が出来てしまうのだ。

 宮古海峡がダメなら、北の大隅海峡や、南の与那国島と台湾本土の間の海峡を通ったりということもできるし、遠回りにはなるが一旦南シナ海に出て、そこから台湾海峡を北上するというやり方もある。だが、大隅海峡や与那国方面の海峡は、すぐ近くで航空部隊の手厚い支援が得られるというメリットはあれど、海峡としては狭くて大艦隊が一気に通り抜けるのには向いていない。また、仮に潜水艦からの攻撃があった際の回避運動がしにくいというのもある。台湾海峡も、そもそも向こうはまだ航空優勢が取り切れておらず、敵のゲリラ勢力の排除も終わっていないという不安定な情勢から、強引に突破するのは危険が孕む。津軽海峡経由の対馬海峡はもってのほかだ。津軽海峡自体が狭いうえ、波の流れが速く荒れている。そして、対馬海峡周辺は上記した避難民たちの船でごった返しており、まず通ることはできない。


 やはり、広くて通り抜けやすく、敵潜水艦がいても回避も処置も容易で、しかも近道な宮古海峡を使いたいのである。


「たぶん、狙ったんでしょうね。カーチーベーが吹き荒れることを見込んで、ここに」

「伊良部島と下地島を占領したのは、てっきり輸送機の都合だと思っていたが、もしかしたらこれかもしれんな」


 林の推測に進藤も同意した。大艦隊を通すのに一番都合がいい宮古海峡を初期のうちから潰すことで、多国籍軍が結成されたとしても、直ちにここを通れないようにするという狙いがあったとすれば、その目は中々鋭い。

 周辺にある他の海峡を使うとなっても、条件が大なり小なり厳しくなる。もちろん、強引にでもやろうと思えばやれるのだが、敵潜水艦を配置しておけば、一網打尽とまではいかないまでも、出鼻をくじくことは不可能ではない。水深が浅いため発見は比較的容易ではあるが、確実に仕留められるわけではないし、そんな危険を簡単に孕みに行く軍人はいないであろう。

 ――敵の司令官が余程の頭を持っているのか、それとも、補佐が優秀なのか。いずれにせよ、あの島においた熱核兵器一つで、ここまで大きな部隊の動きを制約できたのは中々の手腕だった。

 さらに、もう一つ。大きな問題が残っている。


「……飛んでくる敵機や敵艦船にも、手を出しちゃダメなのか?」


 進藤の懸念はそこにあった。動画では、“我が同胞に危害を加えた”ならば、熱核兵器を爆発させると言っていた。つまり、「自分達の同胞を殺傷すれば」という風にも言い換えられるが、これは、その対象が「伊良部島と下地島のみ」なのか、「極東革命軍全て」なのかが不明である。

 動画では、その点についての言及はなかった。もし戦闘機一機落としただけでも爆発されるのなら、もう文字通り手出しができない。ミサイル一発撃つことすらできず、敵の思うがままに本土は蹂躙されてしまうだろう。

 戦闘機すら来ないことを祈ったところで、そんな願いを聞いてくれる相手ではない。戦闘機はもちろん、輸送機、艦船に至るまで、どこまで手を出していいのかわからない。うっかり戦闘機を落としてしまい、その結果爆破させられても後の祭りなのだ。

 林も迷っていた。攻撃はどこまで行えばいいのか。そもそも、攻撃していいのか。動画が公開されて以降、まだ新しい戦闘は生起していないが、もうすぐ夜が明ける。戦闘はもうすぐにでも再開されるだろう。決断の先延ばしはできない。


「部隊にはなんて伝えますか? 交戦を中止させますか?」

「……」


 進藤は頭を抱えた。動画では明らかにされていないのも、たぶんこうして悩むことを狙ったのであろう。かくも頭がいい敵であると認めざるを得なかった。同時に、こういう時、どういう判断をするかを、恐らく敵は知っているだろう。知日的な人間がいるに違いない。とんでもない相手を敵にしたものだ。進藤の右手は自然と拳を作り、握る力も強くなる。

 ……そして、進藤はその通りの命令を、出さざるを得なくなった。


「……官邸の意向でもある。交戦を中止させろ。全てだ」

「全てですか?」

「ああ、そうだ。全てだ。護衛艦部隊はミサイルが撃たされた際の自衛的な迎撃戦闘のみ。艦には手を出すな」

「航空部隊は?」


 進藤は思いつめたような表情を浮かべる。額に汗を浮かばせながら、絞り込んだ声を出した。


「……全ての戦闘は禁止だ」

「自衛戦闘もッ?」

「自衛戦闘もだ」

「そんな、余りに無茶です!」


 林は思わず叫んだ。海上部隊はまだしも、戦闘機に至っては、積極的な撃墜はおろか、自衛的な戦闘すら許されない。それは、パイロットにとって「黙って死ぬのを待て」と言っているようなものだ。それなら、最初から飛ばないほうがマシですらある。


「待ってください、それは承服しかねます。パイロットたちを見捨てることはできません!」


 『安住』空自調整官が椅子から立ち上がってそう叫んだ。イーグルドライバー上がりの彼にとっては当然の抗議であるが、俯いたまま固まっている進藤の腹は変わらなかった。


「向こうの言う妨害の範囲が不明なのだ、不用意な手出しはできない。熱核兵器に関する“確実な”情報もないのだ」

「しかし、それでは彼らに“死ね”と言っているようなものです! 米軍にも同じくそう伝えるんですか!?」

「それは米軍次第だ。尤も、彼らはこうなれば最初から出さないか、敵を見つけたらさっさと逃げるだろうが」

「それでは状況を悪化させるだけです! せめて、自衛戦闘だけでも――」

「わかってくれ! 最悪、伊良部と下地の人間が死んでしまうのだ!」


 進藤は初めて感情を露わにして叫んだ。普段温厚な彼が、ここまで激高することはほとんどない。それも、机を感情任せに叩いて、涙目になりながらというのは、彼にとって、55年の人生で10回もあるかないかだった。彼の両手に作られた拳は、さらに握力を強めていった。


「……恐らく、あそこに熱核兵器はないだろう。誰がどう見たってそうにしか思えない。だが、“官邸や国民ぶんみん”が待てと言われれば待つしかないし、それに基づいて動くしかないんだ……、わかってくれ」

「……」


 安住を含め、周りは全員進藤を見たまま固まってしまった。俯いた彼の顔に、強く握られた両手の拳。

 進藤は、防衛大を出て以降ずっと海自で過ごしてきた人間ではあるが、航空畑の人間でもあった。哨戒機を操り、空を何年も見てきた。彼にとって、空自のパイロットは同胞の中でもさらに同胞だった。彼らに対し、事実上の死刑宣告を出すことの辛さを、理解できない人間はいないだろう。彼が、そのことを口に出しさえすればだが。


「……クソッ……」


 悔しさを全力でにじませる彼。その横から、


「――何れにせよ、早く動かねばなりません」


 そう威圧感マシマシの低い声を上げるのは、上條だった。腕を組み瞑目したまま、彼はゆっくりを口を開いた。


「指示内容が決まったならば、直ちに伝達せねば、手遅れになります。我が特戦群も、できる限り素早く情報を持ってきます。ここは、悔やむのではなく、前に進むべきです」

「……そうだな」


 ――何が前に進むべきだ。俺は今から仲間に「死ね」と宣言するのだぞ? その気持ちがわかるのか貴様には?

 随分非情な奴だと、進藤は彼をにらんだ。それでも、言っていることに間違いはない。命令を出し、直ちにそれを実行させる。安住の般若の如き怒りの表情を、進藤はしかと目に焼き付けた。さらに、幾つかの指示を出し、各幹部がそれを現地に伝達していく。


「……、ん?」


 指示が一段落したとき、ふと、右手にいる上條の方を見た。相変わらず、腕を組んで瞑目している。だが、腕が、若干震えていた。

 ……恐怖による震えではない。あれは、“力んでいる”時の震えだ。

 そして、腕の影から少し見えた、彼の右手。


「(――ッ!)」


 進藤は気づいた。彼の拳から、血が垂れている。血が滲み出る程力強く握っているのを見たことはない。相当強く握りしめているのだ。

 上條の顔を見た。よくよく見れば、彼の額にも少量ではあるが汗が滲んでいるのが見えた。閉じている口も小さく震えている。


 ――怒りだ。それも、相当大きな怒りだ。


「……まさか……」

 



 ――もしかしたら、彼に関して勘違いをしていたかもしれない。



 そう考えながら、進藤は再び指示を出し始めた……

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