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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第5章 ―3日目 Day-3―
32/93

5-1

「善く戦う者は、まず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。

 (戦上手な者は、まず敵が勝てない態勢を整えた上で、敵に勝てる状況を待つ)」


 ――孫子『兵法・軍形編』

≫PM18:21(モスクワ標準時(MSK)) ロシア連邦 モスクワ クレムリン≪




 ――7月後半のモスクワは、日本とは違い湿気があまりない比較的過ごしやすい“夏”の時期である。大陸性気候により、日中と夜間、夏と冬が明確に分かれているロシアの気候は、端的に言えば“極端”である。この日も、日中は29度まで気温が上がり、太陽が沈み始めた先ほどから、厚い雲も出始めたことでようやく程よい気温となり始めた。人によっては、長袖のジャケットを着こみ始める時間である。


 そのモスクワの中心にあるクレムリン――7万3000平方mもの面積を持つ『赤い広場』を正面に見据え、複数の世界的遺産を抱えるモスクワ最大の観光名所にして、ロシア連邦政治の中枢。嘗て、ソ連時代には元老院として用いられていた『大統領府』の建屋の丸屋根の上には、厚い雲を連れてきた風にあおられた大統領旗が、大国の余裕を表すように堂々と、かつ優雅にはためいていた。世界一の面積を誇る大国ロシアの長が、現在大統領府に在庁していることを示している。


 大統領府――そのうち、地下に設置された40畳ほどの楕円形の部屋では、今、ロシアの頭脳たる首脳たちが集い、物々しい雰囲気を醸し出していた。薄暗い室内の明かりは、天井の照明と大型のディスプレイの光のみ。中央の大型タブレットが埋め込まれた円形のテーブルを外から囲うように大臣らが座る様は、アーサー王物語の円卓の騎士を思い起こさせる。

 大統領の命により開催された、『ロシア連邦ソヴェザー安全保障会議パノスチェ』の常任委員を中心にした面々である。ちょうどこの日、常任委員たちが執り行う週1回の通常会議が行われる予定だったが、極東方面での事態を受け、急遽ロシア非常事態大臣他一部の非常任委員も加わった。


「――以上の状況から、極東管区は現在、国境付近を中心に厳戒態勢を敷いています。特に北朝鮮国境のプリモルスキー地方は常時哨戒部隊を送っていますが、我が方への侵攻の可能性はほぼないとみてよろしいと思います」


 『サンニコフ』国防大臣が、テーブルに備え付けられた半埋めこみ式のタブレットを操作しながら説明した。彼の操作した内容は、同じ席上にいるメンバーたちのタブレットとリンクし、同じ情報を表示する。さらに、その他の情報も総合した画面が室内に設けられた大型ディスプレイにも表示される。


「散発的な戦闘が発生したとの報告がありますが、これは紛争勃発による混乱に起因するものと、東部軍管区ハバロフスクは見ています」

「被害拡大の可能性はないか。で、ハルロフ君。住民避難の状況はどうなっている?」

「我が親衛軍が中心となり、国境付近の住民避難を随時継続中です。順調に行けば、今日中にでも完了の見込みとなっております」


 大統領の質問に、『ハルロフ』連邦国家親衛軍局長官がタブレットの情報を横目にしつつ答えた。ハルロフは、極東連邦管区に所在する国家親衛軍を使い、北朝鮮国境付近のプリモルスキー地方を中心に、中国国境からも住民をより後方地域に避難させていた。同時に、サンニコフはそれと入れ替えるように、国境防護を名目として陸上部隊を配置させていた。歩兵部隊や装甲車はもちろん、ヘリや戦闘機までもが導入される。


「ふむ……やはり、こっちに入ってくるほどの力はなかったか」


 ドスの効いた暗い声が室内に小さく響く。自身の目の前にあるタブレットの画面を凝視しながら眉をひそめている男が、現ロシア連邦大統領『グレズノフ』である。

 ソ連時代はスパイとして対外諜報活動をしていた彼は、強い指導者を求めるロシア国民のイメージにうまく合致しており、人気が高い。また、経済再生に大きな役割を果たしたことも幸いして、現在にまで至る長期の大統領の職に就くこととなった。

 国内外への影響力は間違いなく世界トップクラス。アメリカ大統領と肩を並べる程の力を持つ彼の関心は、今、極東に向いられていた。本当に泣く子も黙りそうな威圧感を撒き散らすその険しい表情をタブレットに向けながら、彼は続けた。


「国境での戦闘は小規模に抑えられるはずだ。そうだろう?」

「はい。極東革命軍なる組織が、我が国に侵入するほどの力も、地理的条件も整っておりません。隣接している北部戦区は、極東革命軍へ参加している可能性は限りなく低いとの情報も入っております」

「だが、奴らも国境付近に軍を配置し始めているという情報があるではないか」

「その件ですが、北部戦区に入っている現地スパイから、国境付近に移動していた部隊を、内陸に戻す動きがあるとの情報が入っております。恐らく、北京中央政府の今後の安全確保のために、戦力をかき集めようという動きではないかと」


 後ろに控えた側近からメモを受け取った『ウルノフ』ロシア対外情報庁(СВР)長官が報告した。中国の北部戦区は、ロシア極東連邦管区と国境を接しており、嘗ては中ソ国境紛争の舞台ともなった。北京爆撃の騒動のゴタゴタに紛れ、何かしらの動きをしないとも限らないとロシア政府は考えていたが、どうも、北部戦区の側はそれに気をまわしている余裕はなさそうである。グレズノフとしても、余計な戦闘事態の発生は好ましい事ではない。


「では、国境の問題はそこまで大きくはならないということだな?」

「はい、そのように見てよろしいかと」

「ならよい。……とすれば目下の問題は――」


 グレズノフはタブレットを操作し、次のページへと切り替えた。そこには、一枚の画像と、補足説明が加えられている。


「――この、北朝鮮から盗んできたという『熱核兵器』か」


 静かに不快な表情を浮かべて、彼は言った。


 『熱核兵器』――小型の原子爆弾を起爆剤とし、原爆が爆発した際の核分裂で発生する高温高圧のエネルギーを用いて、重水素などの物質の核融合反応を誘発し(乾式水爆型)、膨大な爆発エネルギーを瞬時に作りだそうというものである。

 通常の原爆では作りだせない莫大な規模の爆発を起こすことができ、冷戦初期は米ソが躍起になって開発していた。例えば、旧ソ連が開発した人類史上最強の爆発威力を持つ『ツァーリ・ボンバ』も水爆であるが、一回の爆発で日本の首都圏が“消滅”する程という余りにデカすぎる爆発力ゆえ、爆破実験を行った時は衝撃波が地球を3周したという頭のおかしい記録を持つ。しかも、あれだけ高威力でもまだ本気を出したわけではないので、頑張ればもっといけるというもっと頭のおかしい話もある。動物としての知能レベルが高いのも考え物である。


 極東革命軍は、極東方面での時間で夕方あたりに、さらなる動画を公開した。動画と言っても、最初の『宣誓』の動画と同じように、非常に簡素な構成である。真っ黒な画面が映し出され、さらなる行動に出ることを述べたと思うと、一つの写真を表示させた。そして、それを背景に、音声はそれを「自らが手に入れた熱核兵器である」と言った。


『――この350キロトン級の兵器を“配備”したことで、我々は通常兵器のみならず、核抑止を得るに至った。これは、今、我が軍が占領中の島に配備し、地域の安定を図るために用いられる。我が同胞に危害を加えたならば、この核抑止を実行せねばならない』


 彼らが占領中の島は、日本の伊良部島と下地島しかない。羽浦や蒼波たちがニュースを見て茫然としていたのは、これが理由だった。熱核兵器――即ち、“水爆”といっても色々なものがある。どれほどの威力のものなのか、なぜわざわざそこに置いたのか、水爆を使ってどのような目的を達させるつもりなのか。その他諸々、わからないことは多々あるが、何れにせよ、これが事実だとすれば、事態は大きく悪化したことを意味する。

 世界中が恐怖に駆られ、日本に至ってはパニックを通り越して“発狂”寸前の状態にまで陥る中、ロシアも、黙ってこれを見ているわけにはいかなかった。グレズノフ自身、ただの“反乱軍気取りの粋がった連中”が、のうのうと核兵器を持って挑発をしていること自体、非常に不愉快なことでもあったのだ。


「まずは情報だ。サンニコフ君、熱核兵器について何か情報は? 奴らは本当に手に入れたのかね?」

「はい、では……。タブレットで情報を出しながら説明します。動画での内容をまずまとめますが、彼ら曰く、“盗んできた”のは、ICBM弾頭用の熱核兵器。これを1発分、自分たちが占領した島に配備したと。間違いなく、日本イポーニャのイラブ島とシモヂ島だと思われます。動画内にあった画像のものを持ってきたならば、輸送機に詰め込むことは充分可能だと思われます」

「Il-76だな? 輸送機はあの島には降りたのか?」

「確認できただけで数回。何機かは撃墜されていますが、着陸に成功したもののうち、1機に搭載させていたと考えられます。ただ……」

「ただ?」


 タブレットを見ながら、小さく首をひねったサンニコフは、ゆっくりと自分でも確認するように言った。


「……今までの情報を鑑みるに、入手したという可能性は低いかと考えます」

「根拠は何だね?」

「幾つかありますが、まずもって、仮に本物を持ってきたのなら、写真ではなく映像を使ったほうが説得力があります。極東革命軍が公表した動画で使われていたのは、写真でした」


 極東革命軍が、動画の編集能力があることは、一番最初に公開した北京爆撃の動画によって明らかだ。動画編集ソフトと作業環境、あとは編集者の技術さえあれば、あの程度の動画は簡単に作れる。

 だが、今回使ったのは写真だった。写真を1枚映し出し、あとは音声を垂れ流すだけの、小学生ですら容易に作れそうな簡素なものだ。自分達が熱核兵器を手に入れたと本気で宣言したいならば、生の動画を持ってきて、そこに音声をかぶせるでもよかったはずである。まさか、入念な計画の下、熱核兵器を島に持ってくるような連中が、カメラだけは意図せず忘れてきた等という間抜けなミスをしたわけではあるまい。

 だが、サンニコフが疑問に思ったのはそれだけではない。使われた写真そのものにも注目した。


「動画であった写真ですが、これは2017年に北朝鮮が核実験を行った直前に公開した、ICBM級核弾頭の写真とほぼ一致しています。比較がこちらです」


 サンニコフがタブレットに比較の写真を出した。極東革命軍の動画にあった、入手した熱核兵器と思われる写真と、もう一つ。これは、2017年に、北朝鮮が核実験を行う数時間前に、国営メディアが、最高指導者が水爆の核弾頭開発施設を視察した模様を伝えた際に公表した写真である。

 二つの球体が、まるで二つの水玉が中途半端に接着したようなひょうたん型の構造で、形だけを見れば、重水素化リチウム(LiD)を使ったテラーウラム型――上記のとおり、原爆を起爆剤としLiDの核融合反応により爆発させるタイプの乾式水素爆弾と推定されている。地下での実験であったが、その際に起きた地震の規模から、TNT換算で約250キロトンと推定され、これは長崎原爆の10倍以上。東京駅で爆発させれば、もれなく東京23区が壊滅するレベルのものである。


 もし本当にこれが完成しており、しかも、極東革命軍がまんまと持ち出したというのならマズい事態となるが、サンニコフは懐疑的だった。まず、先にも述べたように、写真にある北朝鮮の熱核兵器は推定250キロトンで、100キロトン水増しした分は一体どこから持ってきたのか。更なる改良を加えたという話はあっても、従来より100キロトン分も威力を高めたという話はあまり聞かない。さらに、比較に出された写真と、今回動画に出てきた写真は酷似していた。


「なんだ、ほぼまんまじゃないか」


 『ジェイネーキン』首相の呆れたような声が周囲の耳に入る。二つの写真は、全体構図、写っているモノ、角度等、一致する点は大量にあった。北朝鮮が公開した写真の方では、熱核兵器の弾体と思われるひょうたん型の白い物体の周りに、指導者をはじめとする北朝鮮首脳数人の姿が映っているが、今回の動画の方ではその部分だけが巧妙に消されており、同時に、編集の粗さを隠すためか、全体的に暗くぼかしたように手が加えられていた。

 ……だが、両方の写真の違いといえばそれくらいだ。あとは、写真の中央に熱核兵器の弾体がくるように、外枠の一部を切り取っただけである。


「ここまでの編集をする手間があるなら、さっさと数秒ほどの動画にとってそのまま利用したほうが手っ取り早いです。ここまで手の込んだことをする理由は、一つしかありません」

「最初からそんなものはない、と?」

「そういうことです、閣下」


 グレズノフは喉をうならせた。確かに、変に編集を加えた写真を使うぐらいなら、短い動画を一本撮って、それを無修正で載せたほうがはるかに楽である。しかも、伊良部島か下地島のどこかをバックにして撮影すれば、本当にそこに置いていることを示すことも可能で、宣伝戦としてはかなり効率的だ。

 だが、それをせず、“遠回りな”宣伝を行っている……。本当に島に置いたと自信があるなら、もっと堂々としてもよいのだ。そうなれば、アメリカでさえ、簡単には手を出せなくなる。


「だが、例えそうでも、確かめないわけにはいかん。かの国民は、それを望んでいるようだしな」


 横やりを入れたのは『ボルゾネフ』外務大臣だ。

 ボルゾネフは今までにも、何度となく日本に外遊に行ったことがあったが、それ故、一種の知日派でもあった。日本人は、核兵器というものに、過剰なまでに敏感であることを理解していたのである。


「まだ未確認の情報ではありますが、アジア第一部からの報告では、日本の世論は相当な荒れ模様だそうです。ネットはもちろん、マスメディアも大きく取り上げていると」

「被害の規模関係なく、か?」

「ええ。仮に本当に350キロトンならば、イラブとシモヂは間違いなく消滅しますな。近隣の島々もただではすまんでしょう。風向きや風速によっては、放射性物質がさらに広範囲に広がります」

「日本では、反原子力団体を中心に各種運動団体が動き出すのも、時間の問題でしょうな」

「あの国の“核アレルギー”は、相変わらずか」

「かの国も大変ですな。熱核兵器とはいえ、たかが一発の核兵器ごときで、あそこまでヒステリックに慌てふためくとは」

「しょうがないさ。あの国の国民にとって、核兵器は“絶対悪”なのだ」


 ウルノフの言葉に、背をもたれながら小さくため息をついたグレズノフがそう静かに返した。 

 日本は、核に関する技術にはすこぶる過敏である。それが、例え平和利用の原子力発電であっても、3.11での事故を契機に、様々な風評被害が長年にわたり蔓延るほど、核というものに対する見方は偏っていた。

 今の日本人にとって、核兵器は多様な議論を巻き起こす存在である。非核三原則が現代でも有効な日本において、あろうことか熱核兵器が持ち込まれたとなれば、パニックになるなという方が無理な話だった。メディアは騒然、政府も「事実を確認をする」と言いながら時間稼ぎをしつつ、慌てて自衛隊に確認を急がせるよう指示を出す。当然のように世論は大荒れ。既に一部では「極東革命軍との対話路線を」と主張し始める勢力まで出始める始末であった。ウルノフの言ったように、反原子力団体等といった集団がデモ活動に入るのも、最早時間の問題だった。


「もしかしたら、奴らの狙いはそこかもしれませんな。ある種の時間稼ぎと」

「時間を稼いで何をするつもりだ?」

「さぁ、そこまでは。ただ、わざわざこのような“ブラフ”を使うにはわけがあるはずです。軍事的なものか、それとも政治的なものかはわかりませんが」

「何れにせよ、これで日本はもちろん、アメリカも動けません。すでに、国連安保理の決議の元、多国籍軍を組織しようと画策している件もあります。今から6時間後に採決です」


 これの発案はヴァレッド大統領である。つい数時間前になって、ようやく中国国連大使が出席してきたが、アシュリーアメリカ国連大使が、多国籍軍の組成について協力を要請した。今の中国は、もう誰でもいいので助け舟を出してほしいという状況にあることを知ってのものだ。彼らは今、これを拒否することはできない。拒否すれば、国際的な協力の申し出を、当事国であるにもかかわらず拒否したということになり、世界からの顰蹙を買う。中国にとってメリットはないのだ。いい気分ではないだろうが、もはや背には代えられない。

 だが、あまり面白くないのはロシアも同じだった。そもそも、多国籍軍とはいっても、実態は、国連安保理で採択を図る武力行使容認決議を大義名分にし、“アメリカ中心”の極東革命軍攻撃部隊を組織しようというものであった。この戦争の処理をアメリカが強い指導力をもって解決させることで、自らの軍事力と政治力の健在さを示し、近年垣間見えてきている国際社会の“アメリカ離れ”を阻止しようという魂胆だった。当たり前だが、そこに、ロシアの利益はあまりない。

 とはいえ、今ここでその動きが鈍るのもまた問題だった。


「多国籍軍という名のアメリカとその“お友達軍隊”が動けなくなるのは、正直我々としても面倒だ。事態解決が遅くなる。アメリカが勝手にやってくれるというのだ、火中の栗を奴らに拾わせるのもいいだろう」

「ですが、そうでなくともアメリカは戦力不足の問題を抱えていると聞きます。近隣の同盟国の戦力を借りたとしても、敵を葬るには足りないと」


 サンニコフがそう説明した時だった。ボルゾネフが、したり顔をグレズノフに向けて言った。


「その件ですが、大統領閣下。一つご提案があります」

「なんだねボルゾネフ君。奇妙な顔をしているではないか」

「はい。この際です、我が軍も、この“多国籍軍”に参加するのは如何でしょう?」

「多国籍軍に?」


 室内は一瞬騒めいた。アメリカを中心とした有志連合としての実態を持つ多国籍軍に、完全に蚊帳の外であろうロシア軍が参加するというのだ。2015年からISILに対して行っている空爆作戦でも、ロシア航空宇宙軍はアメリカ主導の有志連合には参加しなかった。元々、米ソ冷戦時代から対立していた歴史も相まって、アメリカ主導での軍事的な介入には消極的な姿勢を維持していた側面がある。

 当然、ロシア国内もそれを積極的に望んでいるわけではない。若い人はまだしも、高齢者層は、アメリカに色々と縛られるのを嫌うであろうことは予想がつく。グレズノフ自身、そうした世論の動きが選挙などに大きな影響を与えるとは考えてはいないが、色々騒がれるのもまた面倒だ。また、対外的にも、アメリカのやり方にロシアが賛同した、という風にみられるのも面白くはない。別に、アメリカ主導の多国籍軍を認めたわけではないのだ。

 だが、ボルゾネフは、「だからこそ参加してみる必要もある」と説得する。


「今のアメリカはこの提案を断れません。1隻でも空母がほしいのです。今、我が軍の『アドミラル・クズネツォフ』は、北朝鮮警戒のためにベーリング海においてあるはずですな?」

「えぇ、あと、中国との演習もかねて……」


 サンニコフが資料を見ながら指摘を認めた。『アドミラル・クズネツォフ』は、ロシア海軍唯一の空母(重航空巡洋艦)であり、本来は大西洋やヨーロッパ方面を担当する北方艦隊の所属だが、北朝鮮が準内戦状態になったことにより、中国との実弾演習という名目をつけて、オホーツク海あたりにしばらく浮かせることにしていた。

 予定ならば、現地時間で明日の午前中にでもその演習のためにオホーツク海にたどり着くはずであった。だが、このような事態になってしまい、中国軍ともまともに連絡がつかなくなったため、致し方なくベーリング海で待機していた。実弾演習を名目にしているため、弾薬も豊富にある。長期的な警戒を予測して、補給艦もつけており、これはボルゾネフにとっては実に都合が良かった。


「東シナ海で、アメリカなどの兵器が活躍しすぎるのも考え物です。落とされるのは我がロシアの作った兵器の派生型。我が国の兵器の評判にも響きます。ここは、我々も対抗すべきです」

「自分らの兵器のデモンストレーションを?」

「はい。空母には最近近代化改修された『МиГ-29К』も搭載されており、装備も最新のものを取り揃えております。我がロシアの兵器は、アメリカなどの国々にも引けを取らないほど進化していると、世界に示す時でありましょう」


 終始口元をニヤリと歪ませるボルゾネフの顔を見て、グレズノフもつられて不敵な笑みを浮かべた。多国籍軍の兵器は、旧西側の兵器類でごった返すことになるだろう。旧西側兵器の見本市となることは、ロシアとしても確かに面白くない。少しでも旧東側兵器、つまり、ロシア製の兵器が活躍する場を作り、顧客へのアピールとして使おうというわけである。

 さらに、彼の狙いはそれだけではない。


「これを機に、中国が行っている輸出圏の拡大も阻止します。ベラルーシへの兵器輸出案件では、近年は中国に煮え湯を飲まされ続けてきました。我々の兵器を改造し、我がものとすると、平然として売り込むのです。これ以上見過ごすことはできません」


 この辺りは半分ほど恨み節が入っているが、ボルゾネフは実際、この件に関して中国を半ば恨んでいた。


 ベラルーシを含む一部の旧共産圏は、今でもロシアの武器輸出の顧客の一部で、陸海空様々な武器類を売ってきた。特にベラルーシは、ロシア主導の軍事同盟である集団安全保障条約機構(CSTO)の加盟国でもあり、ロシアの主要同盟国の一つにして、大口顧客であった。


 しかし、近年になってそういった市場に割って入ってきたのが中国だった。ベラルーシは、国産の軍用車両に中国製301mmロケット弾『A200』を8発搭載した『ポロネズ多連装ロケットシステム』を目玉とし、中国・ベラルーシ間の軍事協力協定に基づく四輪軽装甲車『CS/VN3』の引き渡し、GATTS(陸軍汎用戦術攻撃システム)への中国製『M20戦術弾道ミサイル』の適合など――元々、ロシアの軍事協力の手法に不満を持っていた上、これの起因する東西の対立に巻き込まれるのを避けたいという思惑があったが、そこに中国が割って入ってきた。古くなった旧ソ連製の兵器を、中国製の兵器で代替させようと、政府レベルで手厚い待遇をしたのだ。安全保障の分野で対露依存がなくなり、中国をパートナーとするという選択肢が増えれば、ベラルーシにとっても外交の幅が増える。


 ベラルーシだけではない。旧ソ連側国家、特に西側兵器の購入が難しい権威主義的国家は、従来はロシアから兵器を購入していたが、近年は中国が介入を強めていた。トルクメニスタン、ウズベキスタンへの長距離防空システムの供与、カザフスタンへの中国製無人機の販売。戦略的に重要な国相手ならば、ベラルーシのように無償で提供する事例もある。旧ソ連製兵器の旧式化を受けて、どうにか近代化を行いたいこうした国々にとって、それなりの性能の兵器を、そこそこの価格で、しかも、うまくいけば無償で貰えるとなれば、これに乗らない理由はない。こうして、ロシアの輸出市場に徐々に侵食していった。


 元々、中国は旧ソ連時代に大量の兵器をソ連から購入していたが、改修を重ねたり、さらに、そのノウハウを使い独自の兵器類を開発すると、それらを他国に売りさばき始めた。

 かつて、ロシア(旧ソ連)は中国に兵器を売ってやったのに、今では自分たちで売り始め、結果的にロシアの勢力圏を切り崩していく……。実に皮肉な話ではあるが、ボルゾネフにとってこれは、恩をあだで返されたも同然だった。これを機に、ロシア産の兵器の“セールス”を敷き、中国の輸出市場拡大を止めようというのだ。


「国連には中国の大使がようやく出席しました。この際です。兵器輸出案件に際して、我が国への“協力”を確約する見返りに、極東革命軍打倒に最大限手を貸してやるのです。アメリカとの協力という形にはなりますが、それを甘んじて受け入れてでも、これを実行するメリットはあります」

「中国の勢力圏拡大に待ったをかけるきっかけにはなるか」

「中国は断れないはずです。アメリカと中国、双方に対し、我が国が協力する代わりに見返りを求めるという構図です」

「そして、次期首席は国際協調主義的で、押しに弱い。我が国の市場の保証は容易、か」

「その通りです。うまく立ち回れば、この機に乗じて北朝鮮の体制を一気に瓦解させ、親米的な新体制を構築しようとするアメリカの動きを、少しでも牽制できるかもしれません」


 ジェイネーキンの言葉に、グレズノフは腕を組んで、白い歯を少し見せて笑みを浮かべた。今回の騒動をうまく使い、ロシアとしての利益を最大限獲得するつもりだ。東シナ海を、ロシア兵器の実演展示会とし、そして、中国のロシアの輸出市場への介入制限の約束を取り付ける。何れの要求もほぼ確実に通る。アメリカは人手を欲し、中国は助け舟を欲している。ロシアが解決に加わるとなれば、宣伝のし甲斐によっては、「平和を取り戻すために、旧西側と手を取り合い立ち上がるロシア連邦」として、国際世論からのウケも良くなるかもしれない。多国籍軍のやり方に同調した、というイメージを抱かれるリスクを負うほどのメリットは存在するし、アメリカの北朝鮮への介入戦略を多少なりとも操作できるかもしれない。


 アメリカは決議を通すために、ロシア国連大使に協力を求めているところだった。国連大使には、この安全保障会議の結論が出るまで待ってもらうよう言っているが、こうなると、向こうに伝えることは決まったも同然だ。グレズノフは、矢のような鋭く威圧のある目線をボルゾネフに向けて指示を出した。


「……よかろう。国連大使に伝えたまえ。ロシアは決議に賛成。ただし、多国籍軍への参加を求めると。勿論、指揮中枢への我が軍司令要員の派遣と、軍の意思決定プロセスへの参加の許可も取り付けさせろ。あの“金髪頭”なら、喜んで呑むはずだ」

「ついでに、もしアメリカら渋ったら、“例の計画”のことを公表すると脅すのもいいでしょう。あれのせいで、我が国の対北朝鮮戦略は大きく狂いましたし」


 ジェイネーキンが思い出したようにそう進言した。

 元々、北朝鮮に対してはどうにかして融和的にやろうと動いていたのに、アメリカが余計なことをしたせいで、その戦略を大転換させざるを得なくなった。対北朝鮮での軍事的介入を考慮する必要性が生まれ、望んではいない北朝鮮の体制崩壊が現実味を帯びてきている。グレズノフは、ヴァレッド大統領のことを少なからず恨んでいる節があり、グレズノフも喜んでそれを認めた。


「そうだな。ボルゾネフ君、そのように伝えろ」

「承知しました閣下、直ちに」


 ボルゾネフは直ちに後ろに控えている側近に伝えた。彼が部屋を急ぎ足で出ていくのを見届けると、グレズノフは椅子に背を持たれ、天井を仰ぐ。そこには、ユーラシアの偉大なる大国『ロシア連邦』の威容を表現するような、黄金の二頭の鷲をあしらった国章がデカデカと描かれており、おぼろげに薄暗い室内に浮かび上がっている。

 グレズノフは、大国ロシアの影響力を発揮するチャンスであることをしかと実感しながら、自らを見下ろす天井の国章に向けて、不敵な笑みを向けて呟いた。



 

「――せっかくの機会だ。多少は、我々の有利な形で終わらせてもらおう」

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