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≫同日 AM08:30(中国標準時) 中国上海市≪
――一方の中国本土。現在、中国各地の空港は、完全なるパニック状態へと陥っていた。
昨日の北京爆撃事件以来、東シナ海方面を中心に極東革命軍なる事実上の自国の反乱軍が蜂起したことを受けて、中国国内では、外国人を中心に“大陸脱出”を図る人たちで各地の国際空港内は溢れかえっていた。観光客や、ビジネスで訪中していた企業人はもちろん、中国人でも、裕福な人は国外への脱出を目論んで空港に殺到している始末で、各空港は既にキャパオーバーしていた。
ただでさえ、中国交通運輸部が緊急の飛行禁止措置を敷いていたのだが、このまま空港に大量の人々を置きっぱなしにしては空港側が対応しきれないうえ、もし極東革命軍がこれを利用して、無差別攻撃等に使ってしまったら取り返しのつかないことになる。
これを受けて、空港側のキャパシティー解消もかねて、時間制限をかけて飛行禁止措置を解除し、どんどんと飛行機を飛ばすことを決定した。事前に情報を得ていた各国は民間航空会社に働きかけ、どうにか大量の自国民を乗せて飛ぶよう要請していた。それ故、各国航空会社はてんやわんや。会社によっては、本国から格納庫で暇していた機体をできる限り中国に送り込みつつ、次々と大量の乗客を押し込み、当局の“時間切れ宣言”が飛んでくる前に、さっさと飛ばそうと、これはこれである種の“戦争”が起きていたのである――。
――そして、それは中国の誇る巨大国際空港たる『上海浦東国際空港』でも同様だった。
各航空会社は直ちに乗客を機内に詰め込み、飛ばせる機体からどんどんと飛ばした。ターミナル内は頻りに離発着便のアナウンスが鳴りっぱなしで、さらに、時折怒号すら響き渡る阿鼻叫喚の図があちこちで出来上がっている。
そして、ターミナルの外では、離陸を待つ旅客機が頻りに自分らに離陸許可を出すよう、口調は丁寧でも管制官に“脅迫”していた。しかし、当然ながらここまでの膨大な量を管制したことはない。管制官たちは何時もより二倍のメンバーを揃え、各担当セクターにつき一人はバックアップを常時配置しながら、事故だけは起こさないよう慎重に、かつ迅速に対応していた。
……そして、ここにいる1機のB787-10も、そのうちの1機である。
「――Sky America 225, Request taxi runway 34L.(こちらスカイアメリカ225、34Lへのタキシング要請)」
『Sky America 225, taxi to runway 34L. Follow NipponAir Boeing 777.(スカイアメリカ225、34Lへのタキシング許可。前方の日本空輸機のB777型に続け)』
すると、ちょうどすぐ目の前をB777-300ERが横切って行った。白基調で、垂直尾翼にキジをあしらった、赤く丸みを帯びたシルエットを描いた機体。本国から邦人脱出のために派遣された、日本空輸のものであった。この機体も、日本人を中心とした乗客を満杯に乗せ、何時もより駆け足気味に滑走路へと急いでいた。
本来ならば、具体的にどこの誘導路を通れと指示されるのだが、それを抜いて単純に「この機体についていけ」と大雑把な指示を出すのは、それだけ忙しいということの表れであろう。通常の無線手順ではないが、できる限り一回の無線交信を短くし、大量の機体を捌かないといけないのだ。どう考えても事故を起こす前兆なのだが、もはやそんなことは言ってられないというわけである。
「日本空輸のB7を確認」
「急ぐぞ。間に誰か入られても困る」
機長はすぐにエンジンの出力を若干上げ、滑走路へ向け移動を開始した。アメリカ人を中心に、少数の中国人及びその他の外国人を満杯に乗せた『スカイアメリカ航空225便』は、いつもより急いで滑走路に向かうため、ゆっくり行くはずのタキシングも普段より気持ち早めの速度を維持。日本空輸機の後方にピタリとくっつきながら、目的の滑走路へ向けて移動する。
「見てくださいキャプテン。すごい並んでますよ」
副操縦士が右手前方を指さして言った。自分達がいく滑走路34Rの手前では、既に旅客機たちが文字通りの離陸待ちの“行列”を作っていた。大小様々。大きなものはB747-8やA350-1000、小さいものはB737やA320まで。中国から逃げる国際便が多数を占めており、国内便は数えるほどしかない。
機長は、その行列を見て顔をしかめた。
「参ったな。こりゃ待たされるぞ」
「ざっと数えただけで5機はいました。もっと奥の方にも何機かいるかと」
「さっさと上げてもらわんとなぁ。こんなところで立往生はしたくない」
だが、そんな機長の願いもかなわず、中々列は進まない。左側に見える滑走路からは、どんどんと飛行機は上がって行っているのだが、列は本当に少しづつ進む。着陸機は隣の滑走路に降ろしているため、今から使う滑走路は事実上離陸機専用だ。それでも、この遅さ。相当な数の飛行機が並んでいるのだろうか。
「タワーが、こっちの離陸はあと15分は待ってもらうと」
「15分か。長いような短いような、微妙な時間だ。……しかし、無線、すごいことになってるな」
機長が無線に耳を傾けて言った。
無線では、相も変わらず無線に離陸許可を出させようと管制塔に必死に呼びかける機体が後を絶たない。全て英語だが、色んな訛りが聞こえる。国際色豊かだが、こんな状況で感じたくはなかった。離陸待ちしている機のパイロットは、焦りも相まって相当イラついているに違いない。
「何人かは脅迫罪で訴えられそうな勢いです。そのうち許可なしで飛ぶ奴でますね」
「一部誘導路を滑走路として開放するか? 離陸専用として」
「正直、それも妙案な気がしないでもないですけどね。めちゃクソ危ないですけど」
そう言って、二人とも「HAHAHAHAHA」と、アメリカンな笑いを笑いを見せた。他の機のパイロットとは違い、こういう時の二人は比較的落ち着いていた。焦ってもどうにもならないと、既に達観していたのである。
――だが、そうもいかないのが乗客である。騒いでいるわけではないが、ほとんどがそわそわした状態にあった。客室乗務員も、そんな乗客の内心を察してか、離陸にまだ時間がかかることを使って、冷えた水をサービスで差し入れていた。どうにかして落ち着かせようという魂胆である。
一人のCAが、とある男性客に水を一杯差し入れた。ラフな格好をした企業人らしい。
「申し訳ありませんお客様。離陸までもう少しお待ちください」
「あぁ、どうも。気にしないで」
CAが去り、喉を潤すついでに半分ほど口に入れると、隣から、一人の老人が声をかけた。
「……しかし、面倒なことになったな。どっかのバカ野郎どもが無駄に頑張ったせいで、せっかくの中国観光が台無しだ」
そして、自嘲気味の笑いを浮かべる。特段知り合いというわけではないが、暇になったらしい。彼も相手した。
「FERAF(極東革命軍)の連中でしょう? 中国軍から抜け出た反乱軍とか。ニュース見たんですが、既に日本の島を占拠したらしい」
「ああ、見たよ。中々映画的な絵面だった。ああいうのはフィクションでしか出てこないもんだと思ってたが、案外出るときゃ出るもんだな。物騒なもんだ。うちらの便どこ通るって話だっけかな?」
「一旦内陸を通ってベトナム方向に行き、南シナ海からインドネシアに一旦降りて、燃料補給してすぐにハワイ経由でサンフランシスコ直行です。結構な遠回りですよ」
スマホに入れていたマップ機能を使って指をさしながらものである。説明した。アジアから逃げてきた北米行きの便は、出来る限り『ダニエル・K・イノウエ国際空港』ほかハワイの空港に集められる予定になっていた。ユーラシア大陸の南東沿いを回りながら、太平洋方面を出てハワイ経由でアメリカ本土に行くルートなので、思いっきり時間がかかる上に燃料も食いまくる。最早燃費などと言っていられない状況だからこそできる荒業である。
「こんな時に飛行機を飛ばすとかとんでもないな。まだどこに連中がいるかわからんというのに」
これまた呆れた表情で老人は言った。
「空港がパンクしてますからね。少しでも緩和しないといけないと思ったんでしょう」
「それはわかるんだが、後ろから狙い撃ちされないか心配だ。誰か護衛に就くんだろうな?」
「信頼できる航空部隊が空港と航路の周辺を警護してるってニュースは見ましたが」
「そいつらの中にグルが混じってたりしてな」
「ご勘弁を」
笑えない冗談だ。男性は目をそらして苦笑を浮かべた。確かに、いたらいたで後々“二次災害”になる。そうなったら自分たちの命は確実にない。そうなってほしくはないが、正直な話、十分ありうる状況なのが現実だ。そんな中、自分たちは自らの母国へ脱出するのだ。派手な絵面ではないが、とても緊迫した状況下には違いない。
「遺書書きました?」
「遺書を書くような相手はいないさ。両親はすでに旅出ったし、妻にも先立たれた。子供もおらんでな」
「それは、お気の毒に……。ですが、なら親戚や友人にでも」
「あいにく、そうした相手もほとんどおらん」
「……」
どうも、この老人は生涯をほぼ孤独で生きてきた口らしい。今の時代、よくそうして生きてこれたと逆に感心するが、老人は逆に問いかけた。
「アンタ、見てくれはまだ若いが、歳は?」
「もうおっさんですよ。37です」
「家族は?」
「まだ両親は存命です、もう先は短いでしょうけど。あと妻と、子供が2人」
「今のうちに書いておけ。万一のことがあってからでは遅い。何もないことを祈りながらさっさとまとめておくんだな」
「は、はぁ……」
何とも意味深な老人だ。彼はそう思いつつも、確かに、もし本当に自分がここで死ぬことになってからでは遅いのは間違いないと、バックに入れていた手帳を取り出して、ささっとペンを走らせた。
そう長いものではない、元より、自分たちの愛情は言葉にするまでもないのだ。短く、簡潔にまとめ、さっさとバックに戻す。何もなかったら破って捨てればいい。そう楽観して考えていた。
……その時である。「ポーン」という少し暗い電子音が3回鳴り響き、続いて、CAのアナウンスが入った。
『――お待たせいたしました。当機は、間もなく離陸いたします。今一度座席のベルトをご確認ください。電波を発する電子機器は――』
いつの間にか、自分たちの順番が来たようである。窓を見ると、滑走路のすぐ目の前に見えた。自分たちの前にいたらしい旅客機が飛んでいくのがかすかに見える。
「やっとか」
「あとはさっさとここを離れて終わりですね。しばらく寝ますよ」
そう言い残し、彼はアイマスクをつけて夢の世界へと飛んで行った……。
――一方のコックピットも、ようやくきたかと、安堵の空気が流れていた。自分たちの前にいた日本空輸のB777が飛んでいき、滑走路が開くと、そのまま滑走路への進入を許可された。大型機が飛んで行ったあとはすぐには飛べない。離陸した際に使われた大出力エンジンが残していった排気によって、滑走路上の気流が乱れているのだ。B787-10も比較的大型機の部類ではあるが、安定した離陸のため、気流の乱れが収まるまで少しだけ待つ。
「チェックリストは済ませたよな?」
「大丈夫です。とっくの昔に」
簡単な確認を行いつつ、機体が滑走路のセンターライン上に乗る。あとはそのまま滑走するだけとなったとき、管制塔から無線が入った。
『Sky America 225, thank you for waiting. Wind 310 at 6, runway 34L, cleared for take-off.(スカイアメリカ225便、お待たせしました。風は310度から6ノットです。滑走路34Lからの離陸を許可します)』
「よしきた。Runway 34L, cleared for take-off, Sky America 225.」
管制官からの許可が下りた。「テイクオフ」と宣言した機長は、すぐさまエンジンを押し込み、一気に加速させる。ゼネラル・エレクトリック社製GEnxエンジンが、あらんばかりの轟音を曇天の空に響かせながら、20万㎏超えの巨体を滑走路上で疾走させていく。
前方から来る座席に押し付けるようなGを感じながら、後ろに流れていく風景がどんどんと早くなっていくのを目で捉える。目の前のHUDに投影された速度の数値も、それに比例するようにどんどんと増えていった。
「80」
「チェック」
「……V、1。ローテート」
機首上げの合図とともに、機長はゆっくり操縦桿を引いた。ふわりとした浮遊感を感じながら、車輪は地上を離れ、機体はさらに上昇を続ける。「ギアアップ」のコールに合わせ、コパイがギアの形をしたレバーを上にあげた。
機体はさらに上昇を続け、管制塔から出域管制へのコンタクトを指示される。周波数を変更し、さらなる指示を受ける。機体が安定すると、機体を自動操縦へと切り替えて、さらに飛び続けていく。
「……よし、そろそろいいだろう。ベルトサインオフ」
「了解。ベルトサインオフ」
コパイが、シートベルトのボタンを押し、「ポン」という電子音と共に、ベルトサインが消えた。
しかし、それとほぼ同時だった。唐突にCDUに文字情報が更新された。この時間帯に更新とは珍しい。しかも、受信時になった電子音の形態からして、通常の受信とは違い、割り込みの形だ。最優先という事であろう。
「ん? なんだろう」
機長が確認するが、そこには奇妙なことが書かれていた。
「……数機の旅客機と交信不能。コックピットは警戒せよ?」
「空港からじゃないですね、これ」
「香港にある中国支社からだな。緊急の警告文だ、他の便にも一斉送信している」
「交信できないって言われても、そんなの時々あるじゃないですか」
二人は疑問しか持たなかった。航空無線の世界では、交信が出来なくなることは時々ある。理由は様々。無線機の故障はもちろん、電磁波的な影響とか、コールサインを間違えてたとか、逆にパイロットが自分を呼んでいると気づいていなかったとか……等々。
短い文面しか送れないのでそう言っているだけなのかもしれないが、単に交信できないというだけで、わざわざ会社から注意喚起のメッセージを送ってくるとは考えにくい。何かあったのだろうか。
「とにかく、確認を入れてみよう。私がやっておく」
会社から情報を貰うべく、機長がCDUにメッセージを入力しようとした。
……ドアの奥から、「ガンガンッ」「バシンッ」といった何かをたたく音が、“甲高い悲鳴交じりで”が聞こえてきた。
「――え?」
二人は一斉に後ろを振り返った……




