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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第4章 ―2日目 Day-2―
24/93

4-3

≫AM07:35 静岡県 浜松基地≪




 ――市ヶ谷が作戦大要の作成とJTF編成に動いていた深夜が明ける。日本史上初の“武力攻撃”が発生してから迎える、初めての朝だった。この日も太陽はいつも通り上る。南やらやってきた低気圧は、途中で力を失い、各地にばらけてしまったらしい。幸いにして静岡はギリギリその影響を免れ、厚い雲の隙間から、太陽が地上をのぞき込んでいる。


 浜松基地も朝を迎えた。大会議室には、次のフライトに出るクルーたちのブリーフィングが行われていたが、今回は今までのものとは様子が違う。非常に厳粛なムードで、尚且つ、内容も“物騒”なものだった。薄暗い室内で、重本が、スクリーンに映し出された画面にレーザーポインターを当てながら説明していた。


「――というわけで、現在市ヶ谷では、伊良部島と下地島を奪還するための統合任務部隊、『JTF-S2』の結成に向けて作業が進んでいる。言うまでもないが、この部隊の主任務は“伊良部島と下地島の奪還”及び“周辺島嶼部の安全確保”だ」


 スクリーンに大き目な文字が表示される。

 『先島諸島防衛(JTF)統合任務部隊(-S2)』。今回編成される統合任務部隊の名称である。3自衛隊を全て島嶼部奪還及び周辺島嶼部防衛のために編成する、初めての部隊である。S2とは、『先島(SakiSihima)』から取ってきたものだ。本当は普通に『SS』でもよかったのだが、後々名称を公開した際に、「ナチスドイツの親衛隊を連想する」と批判を受けそうだったので、変えたのだという。


「昨日の午後11時半頃に、正式に防衛出動が内閣で決定され、その4時間後に国会の承認も得たことは既に承知の通りと思う。正式に防衛出動が国会で承認されたのは当然ながら今回が初めてだ。そして、“女神さんの部隊”たる俺達にも、S2への参加命令が下った」


 本来、今は国会は閉会中だった。だが、菅原は内閣の権限において、緊急措置として国会承認を事後に回す形で、防衛出動を下しつつ、同時並行で国会を急きょ召集させ、衆参両院において即座に防衛出動の発動についての説明を行い、決議を行わせた。反対がないわけではなかったが、それらはもっぱら、防衛出動の発令のタイミングについて問う、一種の慎重論に留まった。相手が、国ならばまだしも、ある種の“制御不能な反乱軍”みたいなものであったことが、国会の意思をまとめるのに大いに役立った。


「ここに至り、私は党派なるものを、もはや知りません。ただ日本人あるのみです。全ての政治家、全ての国民の皆さんが、団結して苦境を乗り越える時なのです」


 菅原総理の趣旨演説に飛び出た、現代の『城内平和ブルクフリーデン』演説とも言うべき、戦時における政府内対立等の一時休戦を求める要請は、与党はもちろん、慎重派なリベラル勢力が中心の野党内からも、保守派を中心に賛同を得ることができた。迅速さを伴うため、衆参共にそれぞれの議長の判断で起立採決の形をとったが、双方で3分の2以上の議員が起立したため、文句なしの“国会承認”と相成った。


 国会のお墨付きを得た菅原も、あとは安心して自衛隊を自由に動かせる。九州及び南西諸島に所在する部隊を中心にS2は編成され、その中に、E-767が在籍する第602飛行隊も含まれていた。任務はもちろん、現場空域の警戒監視と、味方航空機の管制である。


「本格的な奪還作戦まではまだ若干の時間があるが、それまでは基本的に、先島諸島方面の防衛を行うことになっている。これ以上の占領は何としても避けねばならない。また、敵戦力の規模がまだ不明確である以上、海空両面で様々な不明機、及び不明艦船を監視する。今現在の所、任務はこれだけだ。詳細は空の上で追って話すが、何か質問ある奴いるか?」

「あの、中国軍艦船とはどのように識別を?」


 百瀬が手を遠慮気味に上げて言った。


「あぁ、それに関しては“適宜”、といったところだ。一応、うちの政府とアメリカが外交ルートを通じて、中国軍を日本の領土領海に近づけないようにしてほしいと要請して、了承を得たらしい。軍にも連絡が入ったはずだから、それでも入ってくる中国軍部隊がいれば、そいつらは“黒”と見ていい」

「わかりました」


 百瀬がメモすると同時に、同じく警戒管制員である隊員数人がメモを取った。さらに質問がないか聞いた重本に、さらに、今度は別の隊員が手を上げる。


「民間機の有無について質問させてください。現場空域は飛行禁止措置が発令されたと聞いていますが、その周辺はまだ大陸からの避難便が残っていると聞いています」

「その点は大丈夫だ。民間の管制が頑張って、現場に入れないよう頑張っている。国交省航空局から、あとは自由にやれとお墨付きを得ている」


 この飛行禁止措置は、南西諸島方面・東シナ海上空に限定されており、早期から発令されていたものだった。早めの発令が功を奏し、今空には何もない。あるのは戦闘機のみで、自由に飛ばせる。


「アメリカの連邦航空局(FAA)も、国際民間航空機関(ICAO)に働きかけて、民間機が現場空域を通らないように各国政府に通知を出したらしい。国際航空運送協会(IATA)も同様だ。まあ、そうでなくても勝手に避けてるらしいけどな」

「そのアメリカなんですが、今回は一緒に出るんですか?」


 今度は羽浦だ。日本はアメリカと同盟を組んでいる。相手は誰であれ、立派な侵略行為であるならば、日米安保条約第5条の共同防衛義務に当たるため、米軍は自動的に参戦する形となる。これは、国連安保理に即座に報告すると同時に、国連が相応の処置を取ったならば、直ちに終止させないといけないという、一種の“繋ぎ”の策である。勿論、既に侵略を受けている以上国連軍など待ってられないので、第5条はほぼ自動的に発動される。


「嘉手納が防空網形成に協力してくれる手筈になっている。また、第7艦隊から駆逐艦数隻が、近隣海域の警戒のために、海自に合流する予定だと」

「その米軍機の管制は誰が?」

「一応、グアムに進駐してたE-3がやるって話にはなってるが、向こうとてずっととびっぱなわけにはいかないしな。やってるうちに、俺たちに一任したほうがいいって話になったら、その都度任せるって形で上は考えてる」

「英語の辞書引っ張ってこないと……」

「何言ってんだお前」


 一人の管制員の天然ボケに若干の笑いが飛び出た。例え有事でもユーモアは忘れないあたり、どことなく米軍のそれを匂わせる。元々、空自自体が自衛隊の中では一番アメリカナイズされているので、影響は結構受けているとは思うが、どうしても一定数混じるこのタイプの人間を選んだ人事課……。

 一通り質問を受けると、思い出したように重本は付け加えた。


「あぁ、そうだ。言い忘れていたが、敵航空部隊の名称を仮ではあるが付与することになった。名付けて――」



「――無国籍航空部隊、『ゴースト』だ」



「……ゴースト」


 そのまんまだな。羽浦は率直な感想を呟いた。

 国籍がなく、どこに所属しているかもわからない、実態がない部隊、という意味では、確かに“幽霊ゴースト”だ。極東革命軍という名前を持っているんだからそこからとってくればいいのにとは思ったが、重本曰く、それだとどう略しても言いにくいということで、市ヶ谷が「わかりやすく直感的にどういうやつかわかる名前」として、これを付けたのだという。

 航空部隊の方は『ゴースト・ウイングス』、艦艇は『ゴースト・フリート』、地上部隊は『ゴースト・レジメント』と、名称も分けた。


「コールサインも“ゴースト”で共通になった。今後、ゴーストと言ったら敵の部隊だと思え。これは管制中にも使うので、敵のことは今後ゴーストで統一だ」

「幽霊って言っちゃダメですか?」

「マジもんの雷が落ちてお前が幽霊になってもいいなら使っていいぞ」

「ゴーストにします」


 即行の手のひら返し。その反応の良さに思わず周りから笑いが飛び出た。やっぱりユーモアは忘れない。アメリカン。




 ――ブリーフィングが終了した後、羽浦は手荷物をまとめる。部屋では、テレビが相変わらず特番を組んで、状況を逐一報道していた。


『――繰り返し、お伝えします。政府は先ほど、武力攻撃事態が発生したと正式に発表し、全自衛隊部隊に対し、防衛出動を下令しました。これを受け、戦後初の有事対応を主任務とした統合任務部隊が編成される運びとなり――』


 アナウンサーの声を耳にしながら、ふと、スマホを取りだした。画面をタップして、LINEを立ち上げるが……


「……何もこないか」


 これで何度目であろうか。昨日から、事あるごとに、不定期ではあれど少し高い頻度で、スマホを取り出してはLINEの通知欄を見ていた。相手は一人だけ。名前欄に『咲』と書かれた通知欄は、昨日からこれっぽっちも変わっていない。

 自分から何かメッセージを……と、入力欄を開いては、数秒ほどして何も思い浮かばず消す。じゃあ通話……と通話アイコンを押そうとするが、「向こうは任務中だし」「そもそもLINEなんてやってる場合じゃないし」と、適当な“言い訳”をして指を離す。これを、昨日から何度もやっている。回数は数えていないが、たぶん10回は超えた。


「……はぁ」


 小さく、力なくため息をついて、スマホを電波を発しない機内モードに変えた。鞄の中にそれを入れると、後ろから、


「――また通知見てるんですか?」

「?」


 百瀬の声だ。既に準備を終え、鞄を肩にかけていつでも出られる状態。百瀬も、羽浦がどういう状況であるかは理解していた。


「これっぽっちも通知ないんですよ。憎まれ口の一つもない」

「任務中ですからね。いつ出動かかるかわかりませんし」

「まあ、そうではあるんですけどね……」


 それでも、空いた時間に一言ぐらい言ってきそうなものだった。それができないほど忙しいのか、部隊としてそれを禁じているのか。何れにせよ、それは羽浦にとって不安の種でしかなかった。


「……言ってほしいんですか?」

「え?」

「憎まれ口ですよ。自然と出てますよ、自分を責めてくれって思いが」

「……」


 羽浦は言葉に詰まった。同時に、軽く目をそむけてしまう。

 百瀬には全てお見通しだった。百瀬は既婚者であり、こうした手合いは時々見てきた。歳は違えど、“経験”の差はどうしてもごまかせない。


「……まあ、憎まれ口でなくても別にいいんですが、何も返ってこないのがかえって怖くて」

「怖い?」

「向こうが何を考えてるかわからないというのは恐怖ですよ。一言でもいいんです、ないよりマシですから」


 そう言いながら羽浦は鞄を肩にひっさげた。その表情は儚さすら感じられるものだった。総じて、自身の感じる無力感に起因するものであろうことは、百瀬はすぐに悟った。


「彼女も今複雑な状況下です。今はそっとしておいた方がいいかと」

「触れないほうがいいですか?」

「女の子は案外、誰も触れない時間があったほうが気が楽なもんですよ」

「そういうもんすかね……」


 まあ、女性が言うんだから間違いないか……? そう考えながら、羽浦は自分の乗機に足を進めた。外は曇り空。灰色のE-767もその曇り空に溶け込みそうだった。


「……ん?」


 機に乗り込み、自分の荷物を置いた時だった。すぐ近くで、重本は手帳に何かをメモしている。それも結構素早い筆遣いだ。ブリーフィング時にしか使わないだろうし、重本自身、余りメモせず頭に直接入れるタイプだ。しかも、顔は真剣そのものときた。


「珍しいですね、シゲさんがメモなんて」

「ああ、これか。ほれ」


 重本はメモの中身を見せた。そこには流し書きしたような字体で、端的な内容が書かれていた。


『7/21 0648 司令室

 JTF-S2への参加が司令より明かされる。Q号を各部隊で指定時間に開けるよう指示。更新日時1週間以内。マジか。本物をあけるのか?開封作業を含めた訓練はまだ数回しか参加したことなかったのに・・・

 0730 ブリーフィング

 JTF-2Sへの参加を説明。現地天候は悪くない。防衛出動は既に発令済み、皆の顔は引き締まっている。緊張している顔ばかりだ。その顔を見て、訓練ではないことを改めて意識する

 0830 乗機

 JTF参加後初の任務。警戒監視のみ。本格的な奪還までの時間稼ぎ。一昨日までとほぼ同じことをしているのに、足が重い。これから俺たちの戦争がはじまる』


 0830の時刻のやつは、先ほどまで書いていたものだろう。内容からして、重本が何をしていたのかはすぐに理解した。


「……記録、ですか」

「後世に残さねばならない。忘れないうちに、今感じていることをそのまま簡潔に書いておく。後々思い出すってなると、記憶自体があやふやになるし、下手なバイアスがかかって変な方向に補完された記録が出来上がっちまうからな」

「本当の意味での生の記録というのは、今その場で書かないといけないってことですね」

「そういうことだ。ま、俺が勝手にやってるだけだ。気にするな」


 重本は手帳を仕舞い、自分の荷物を物置に置きに行った。

 ……メモか。確かに、何かしらの大事件とかが起きると、後々当事者が残したメモ等の記録は重要になってくる。『能登半島沖不審船事件』当時の、護衛艦『みょうこう』の航海長がブログや書籍に残した事件の生の記録。ANA61便ハイジャック事件時、緊迫する機内の様子を残した乗客のメモ。3.11当時、降りられる空港が見つけられず途方に暮れていたデルタ航空機のパイロットが、無事に降り立った後ネットに上げた手記――。

 現場の記録は、後世に語り継ぐうえでの“ヒモ”となる。それは、時間がたってから書く物より、今その場で書いたものの方が、“リアル”で、“生臭い”ものだ。バイアスという加工が一切されていない。その場で感じ得た、生の声だ。

 後世に残す意味合いがあるのだ。メモの中身によっては、何れブログに投稿するなり、書籍化なりでもするのだろうか。どちらにせよ、これは明かさねば意味がない。


「……」


 羽浦はふと、スマホを取りだした。


「……俺も、書いた方がいいんだろうか」


 ふと、そんなことを呟いた。



「――時間だな。全員いるな?」


 クルー全員を集めて一瞥した。オペレーションルーム内には、通常のミッションクルー以外だけでなく、普段はここにいないパイロットもいた。

 腕時計で時間を見て、クルーが全員いる事を確認すると、重本は自分の持っていた鍵を使い、すぐ近くのコンソールの下に埋め込まれるように備え付けられていた金庫の扉を開け、中から一通の白い封筒を取り出す。


「日付を確認。今日の日付を」

「7月21日」

「更新日は17日だ。大丈夫だな?」

「はい、更新規定内です」

「了解。では開封する」


 重本は封筒の上の部分を慎重にちぎるように開けた。中身は、自分自身すら見たことがない本物の作戦指示書。これを開封するということは、自分たちは今から本当の有事対応に向かうことを意味する。空気が、妙に重々しくなった。

 封を切ると、中から一枚の紙を取りだした。横長の白い用紙の中身を確認すると、重本は険しい表情を崩さぬまま、大きなため息をついた。


「……思った通りだな」

「では、やはり?」


 やっぱりか……。既に発令は知らされているので大方予想通りだったとはいえ、作戦指示書からも同じことを言われるとなると、緊張の度合いが違う。重本は、中身を全員に明かした。


「……コンディション・コンバット。『防衛出動発令』」


 全員が息をのんだ。コンディション・コンバット。このレベルになった場合は、例え国民に公表されていようがいまいが関係なく、防衛出動発令時の対応を取ることになる。

 羽浦も、覚悟していたとはいえ、いざ本当に正式な指示が出されたと感じると、大きく息をつかないわけにはいかなかった。これから自分たちは、“戦争”をするのだ。実質的な反乱軍のような奴らと、本気で“合法的な殺し合い”を演ずるのだ。自らの手が自然と拳を作り、内側に生ぬるい汗を浮かべながらそれを握りしめる。痛みを使って、どうにか自分を落ち着かせようとしていた。


「(……これは、訓練じゃないんだ……)」


 訓練では、本当に数回だけしか見たことなかった。だが、本物は確かに白かった。訓練で使った、コンビニあたりで売ってそうな安物とは違う。正規品。これだけのために、耐火性すらある程度備えた特注品。それが、目の前で開封された。

 自分の人生で、本当にこれを経験することになるなどと、思ってもみなかった。覚悟がなかったわけではない。だが、現実味がなかった。それが、正直な思いだった。


 重本が、指示書に書かれた短い中身を読み上げる。


「作戦担当機は、指示空域にて有事戦闘態勢を施行。指定当該機を、探知次第“敵”と判断し、所定の迎撃戦闘及び警戒監視を実施せよ。ROEは第1項『防衛戦闘』を適用せよ。詳細は別途指示。……まあつまり、上から何か指示されるまでは、見つけ次第“やれ”ってことだ」


 用紙を丁寧にたたみながら、重本は少し気の抜けた口調で言った。自分も緊張しているだろうに、クルーの緊張を和らげるために軽く無理をしている。だが、それでも今のクルーには若干の安心感があった。リーダーが少しでも余裕ならば、それに合わせればいい。

 ついで、指示空域と指定当該機が明かされる。といっても、ほぼわかり切っていることだ。前者は東シナ海上空、後者は、所謂『極東革命軍』と呼ばれる航空機全般である。識別方法も記載されていた。

 簡単なブリーフィングが終わると、いよいよ離陸だ。タラップは外され、エンジンも回転を始める。機体が動き出す前には、クルーは全員所定の座席について、シートベルトを締めていた。

 機体はすぐに動き出し、滑走路に向かう。だが気のせいか、今日は妙に足が遅いように感じた。動き始めたら、大体誘導路を曲がるタイミングなどは一定なのだが、今日は遅い。曲がる時に感じる体の傾きがなかなか来ない。まるで、飛ぶのを少し躊躇するかのように。大方、パイロットが思わずそうさせてしまっているのだろうと思ったが……。


「……女神も緊張してんのかな……」


 なぜか、そんなことを思った。

 滑走路に向かう機体に揺られながら、現地の天候の確認などをしていた時、隣に座っていたクルーが、周りから隠すように膝の上でスマホを操作していた。羽浦は小声できく。


「何してんだ?」

「ん? あぁ、これだよ。“遺言”」

「遺言ッ?」


 思わずビクッとした羽浦だが、彼は澄ましたような表情でつづけた。


「いつ死ぬかわからないからな。今のうちにメールに下書きしておくんだよ。死ぬってなったらすぐに送るんだ」

「誰宛てだ?」

「そりゃもちろん家族にさ。妻に、両親、あとは親戚にもな。友人宛てを今書いてる」

「はぁ……」


 彼は再び、遺言の執筆作業に戻った。そんなに長い事を書き連ねなかったのか、数分するとスマホをしまった。羽浦の右手で作業していた彼のさらに右奥には、もう二人ぐらいクルーがいたのだが、作業の中身を察したのか、見て見ぬふりをしていた。もしかしたら、あの二人も隠れてどこかに書いていたいのだろうか。


「……」


 隊員によって、事前に遺言を書いておいて、どこかに隠しておくということは時折あるらしい。だが、いざそれを目撃すると、本当に自分たちは、今から戦争をしに飛ぶのだと実感した。羽浦も、そういえば遺言を書いていないということを思い出す。


 そう考えると、複雑ではあれど、妙に悲しい心境となった。



 ――機体は滑走路にたどり着く。管制から許可を取り、離陸滑走を開始。

 今日は何時もよりギャラリーが多い。厳島神社付近のみならず、滑走路エンド側にもカメラを持ったマニア・オタクが、レンズを今まさに飛ぼうとするE-767へと向けていた。有事対応として、浜松基地が見れる浜松広報館エアパークが閉鎖されたことを受けて、そこを撮影拠点にしていた人たちが全員基地周辺に流れてきたのだ。さらに、地元マスコミや全国メディアも、中継車を引き連れて頻りにカメラを向けていた。


「――えー、現在私は、統合任務部隊に編成された警戒航空団の所在する浜松基地に来ております。ご覧ください、今、E-767早期警戒管制機が、私たちの上空を飛び越えて離陸していきました。これから、東シナ海方面への監視任務に就くと思われ――」

「――政府の防衛出動発令を受けて、全国の自衛隊基地は厳戒態勢を取っており、緊迫した状況が続いています。在日米軍でも、既に一部戦闘機は任務に向かったとの情報もあり――」

「――大郷防衛大臣は先ほど、先島諸島の防衛と伊良部島、及び下地島の奪還のための部隊再編を行っていると発表しました。早期の奪還を図りたい構えであると思われ、編成されたばかりの水陸機動団等といった特殊部隊の投入も想定されていると、専門家の間では――」


 アナウンサーたちが口をまくしたてるようにレポートをするのを下に見ながら、E-767はどんどんと空を上り、そのうち、雲の中に消えていく。




 それでも、エンジンの轟音だけは、厚い雲に反射し、あたり一帯に長く遠く響き渡っていた……

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