3-7
≫PM19:33 日本国東京都 首相官邸地下危機管理センター≪
首相官邸危機管理センター――日本政府の危機管理の中枢として働き、有事、災害問わず様々な緊急事態の情報が集約され、同時に、政府の出した多くの指示がここから飛んでいく、まさに日本の頭脳ともいうべき場所。
同センターのオペレーションルームでは、そうした頭脳として働くべく収集したあらゆる情報が集積され、逐次アナウンスされている。
「――Jアラート、南西諸島への第2次発報を確認。航空攻撃情報、及びその他武装勢力上陸警報に関する更新情報を一斉に伝達」
「国交省航空局より連絡。鹿児島以南の空域は全て飛行禁止措置を適用。当該空域から民間機の避難誘導はまもなく完了との報告あり」
「防衛省より、海上自衛隊護衛艦2隻の撃沈を正式に確認したと連絡あり。それぞれ、佐世保基地所属の『たかなみ』、及び『ありあけ』と判明。また、航空自衛隊早期警戒機がレーダーより消失」
「外務省在米日本大使館より連絡。米国政府はデフコンレベル3への引き上げを発表」
まさに嵐のように次々と降ってくる報告だが、その一部は、オペレーションルームに隣接する幹部会議室にいる大臣らにも報告された。中では、先ほどから組織された『武力攻撃事態等対策本部』の構成メンバーである日本の内閣を構成する、ほぼ全ての大臣とその側近、秘書官らが詰めており、目の前にある大型モニターに、集約された情報のデータや、自衛隊などから持ち寄せられた生の映像、さらには、民間のニュース映像も小さくではあるが流れている。
「……何という規模だ……」
大型モニターと距離を隔てて相対する菅原は、次々と寄せられる報告を受け、唖然とする他なかった。こうした事態は、近隣国による、国を挙げた軍事攻撃でしか起こり得ないと思っていたし、実際、それ以外の可能性はほぼないに等しかった。
だが、どこの国も、国家的な動きとしてこうした行動を起こしていない。中国はもちろん、ロシアや、北朝鮮、ましてや韓国、台湾など……。
情報にあった『極東革命軍』なる連中が、これを引き起こしたことはどうも間違いないことは理解していた。だが、その実態も未だわからず、自衛隊の報告から、どうも中国軍の武装をしていることから、母体は間違いなく彼らであろうとしかわからない。判然としない“敵”に母国の島々が蹂躙されるのを、憎々しげに見つめるしかなかった。
「伊良部島と下地島の状況はどうなっている?」
菅原は真崎に聞いた。ちょうど後ろに控えていた秘書官よりメモを受け取った真崎は、早口で中身を伝える。
「えー、現在、宮古島市警が伊良部島の駐在所及び交番とのコンタクトを取ろうと試みておりますが、現段階においては未だ応答がありません。ただ、伊良部島民が親族へ電話などで伝えた情報や、インターネットに上がっている投稿の中で信頼できそうなもの等を集めた結果、やはり、中国のものと思われる戦車が、確認できただけで4両は存在するとのことです」
「確かか?」
「いや、ですが、中には5両とも、6両とも報告があり、数に関しては正確性に欠けます。ですが、戦車がいることは確かです」
「戦車……」
戦車が上陸。伊良部島には自衛隊の部隊がなく、治安維持のための本当に小規模な数の警察官しか置いていない。対抗手段などないに等しく、戦車が数両でも入れば、島内の主導権は彼らのものだ。1両ごとのカバー範囲は小さいとしても、それらが継続的に島内を動き回っているとなれば、自由な動きは簡単にはできない。
「戦車が上陸したとなれば、間違いなく揚陸艦に当たる艦があるはずです。これは、報告にあった『揚陸艦隊』であるとみて、間違いないでしょう」
過去の報告から照らした大郷がそう進言した。『八仙山』と護衛の2隻による揚陸艦隊は、『たかなみ』『ありあけ』から横須賀の自衛艦隊海上作戦センター、そして市ヶ谷の防衛省を通じて、危機管理センターにも伝わっていた。止めに入ったらしい中国海軍の駆逐艦2隻が、この艦隊の攻撃により撃沈されたという報告も入っていたこともあり、「何れ何かやらかすに違いない」とは想定していたが、まさか、本当に本気の上陸戦を敢行するとは思ってもいなかった。正直、この時になってもまだ、半信半疑の状態だったのである。
現実味の無さ過ぎる状況に、彼らの頭は歪な動きで回転していた。それでも、強引に回して対応策を捻りだしているのが現状だった。
「その戦車は中国軍が保有するものか? どんな奴だ?」
「仮に中国軍が使っている戦車だとすると、幾つかタイプがあります。どれなのかについては、偵察画像の到着を待つしか――」
大郷が最後まで言葉を離しきる前に、アナウンスが入った。
「グローバルホークから偵察画像受信。モニターに出します」
噂をすれば影だ。RQ-4“グローバルホーク”。日本の空自が導入した無人偵察機であり、高高度から高精度の画像を撮影する任務を受け持つ。当初は近傍の基地からRF-4E/EJかT-4あたりを飛ばして、できる限り低空から詳細な画像を撮影させる予定だったが、敵艦隊が本気になってE-2Dを落としてしまったことを受けて、予定を変更し、撃墜されても人は死なない無人偵察機たるRQ-4を充てることになっていた。
本来はもっと早めに画像を送る予定だったが、島周辺の雲が厚く、切れ目ができるのを今の今まで待っていた。短い時間ながら雲に隙間ができたタイミングを見計らい、島の全体隅々まで、できる限り大量の画像を撮影し、防衛省や危機管理センターに送られてきた。
モニターに白黒の画像が表示される。送られてきた複数枚のうちの一つで、明度処理がされており、本来真っ暗な画像もわずかな色の違いから光の度合いを計算し、修正している。
島を俯瞰した全体図から始まり、一定間隔で次の画像へと移っていく中、
「……まて、あれは?」
永島が一枚の画像を指さして言った。それは、たった数分前の佐良浜港を写した画像であったが、そこには、大量の人の影と、2両ほどの車両が確認できた。
「これは、島民か? 確か、航路での脱出を佐良浜港から行っていたな」
「じゃあこの隣にあるのが、例の戦車か」
「もっとズームした画像は?」
萩山が聞くと、担当の職員がさらに画像を数枚飛ばし、戦車と思しき車両をズームした画像を表示した。それは、『睚眦』第2小隊の05式水陸両用戦車であった。大郷はすぐに隣の席にいた蒼波に聞く。
「統幕長、あれは確か、05式だったな?」
「はい。間違いありません。デカく鋭角な図体に、後ろ寄りの主砲塔。中国の05式水陸両用戦車です」
すぐ後ろにいた側近から受け取ったハンドブックをめくりながら、該当するページを指しつつ大郷にそう伝えた。蒼波の開いたページには、05式の写真が数枚掲載されている。グローバルホークが捉えた画像と類似する点は多い。蒼波は確信をもって、これを05式と言い切った。
さらに、別の写真では、下地島空港のエプロンのターミナル近くをうろつく2両の戦車らしき影を捉えていた。こちらもズームした画像を確認し、こちらは63A式水陸両用戦車と判明した。『睚眦』第1小隊のものであった。
「いずれも、中国で採用されている水陸両用戦車です。あくまで水陸両用車両ですので、戦闘能力はある程度妥協されていますが、しかし、伊良部島には自衛隊の戦力は置かれておりませんので、これ以上の脅威はないと思われます」
「では、直ちに部隊を上陸させるべきだ! 住民たちに戦車の砲が向いている状態を、長期間継続させるわけにはいかん!」
大郷の菅原への進言に割って入るように、永島は激を飛ばした。宥めるように大郷は返す。
「落ち着いてください、永島大臣。揚陸を行うにしても、まだ現場は海上優勢が確保されておりません。空の主導権も、まだ体制を整え切れておらず、統合運用の準備を終えてからでなければ――」
「とは言っても極端に巨大な勢力でもないだろう、先発隊だけでも送れんのか?」
「小規模な先遣隊の派遣の準備は既に行っておりますが、まだ情報も少ないため、慎重に――」
「小さな対戦車部隊すらすぐに上陸させられんとは一体何のための島嶼防衛だ! 今まで君たちがやってきた訓練は遊びか何かか!?」
とんでもない侮辱だ。蒼波はすぐにマイクのスイッチを入れ反論しようとしたが、テーブルの影から出ないところで、大郷はスイッチを入れようとする蒼波の手を抑え、代わりに自らがスイッチを入れる。
「遊びではありません。被上陸直後に、準備不足の中での強引な対抗上陸は危険だと申しているのです。我が自衛隊の多次元横断防衛構想に基づく島嶼防衛作戦は、入念な常続的警戒監視の下、侵攻を事前に防護することを想定してはおりますが、対応の主眼は上陸後のものです。しかし、今回の場合、事態背景も当初想定を外れすぎた余りにイレギュラーなものであると言う他ありません。多少の準備の時間を頂かなければ、満足な奪還作戦は遂行できず、無駄な犠牲を増やすだけとなります」
「ぬぅ……」
「お気持ちはお察しいたします。ご安心ください、この度受けた侮辱は、倍にして彼らに返します。罪は自分達で償ってもらいますよ」
大郷がきっぱりと言い切ったことで、永島もそれ以上は詰め寄ってこなかった。元自衛官らしき覇気は、政治家になっても健在だった。話が別の方向に行ったタイミングを見計らい、蒼波は大郷に小さく謝辞を送った。
「……失礼しました。すいません、つい出過ぎた真似を」
「気にするな。我々がやってきたことは、決して無駄ではない。目にものを見せてやろう」
「はい。必ず」
蒼波の決意を新たにした。如何なる形とはいえ、この国の領土にアポなしで上がり込んできたことに対しては、必ずやその罪を自分達で償ってもらう必要がある。自分の娘も、間違いなくこの“戦争”に巻き込まれる。空の上で、彼女が堕ちないことを祈るばかりだが、そこは、現場にいる仲間たちに任せる他はなかった。
「――伊良部島と下地島には、既に戦車以外にも兵力を揚陸させているとみるべきでしょうな。例の揚陸艦にはどれくらいの部隊が入るんです?」
岩田が大郷に聞いた。
「今までの報告やグローバルホークの撮影した画像を見るに、恐らく『072A型戦車揚陸艦』と推定できます。これは水陸両用車を最大10両搭載でき、また、歩兵戦力として海軍陸戦隊1個中隊を運搬可能です。1個中隊は総勢250名程度ですので、これがそのまま伊良部島に上がったとなれば、占拠するには十分な数であるかと」
「何て数だ」
「宮古島にいるのは空自の小規模な部隊だけだったはずだ」
「たとすれば、橋が壊されていようがいまいが関係なく、奪還はおろか、上陸阻止すら叶わんな……」
大臣らが口々にそう零す中、相変わらず険しい表情を浮かべたままの菅原が、大郷に聞いた。
「――それで、我が国はどう対処すべきかね? もう島に上陸してしまっているが」
大郷も、菅原を一直線に見て応える。
「はい。既に防衛出動待機命令は発令済みですが、極東革命軍なる組織の性質上、外交的な措置、つまり、対話による解決は非常に困難と判断せざるを得ません。事ここに至っては、もはや最後の手段を行使する他ないと、考えます」
「ということは……」
「はい、総理――」
「――『防衛出動』を、発令するべきです」
「……防衛出動、か」
菅原の口から、重苦しい一言がこぼれた。
防衛出動――自衛隊法第76条の条文を根拠とし、戦争を行うことが憲法で禁じられた日本が唯一発令できる、“武力行使命令”である。
これが発令される事態は、武力攻撃を受けた有事、即ち、“戦争・紛争”が発生した時である。自衛隊が出る際も、海上警備行動がせいぜいだった今日。この国家防衛最後の手段といえる、防衛出動を発令するとなれば、当然ながら戦後史上初の事例となる。国家防衛に必要な権限は全て政府に委ねられ、一部権限の行使には法的な強制力すら伴う。政治的影響力も、国際社会へのメッセージ性の強さも計り知れない。
……簡単に出せるものではない。流石に少しばかり怖気づいた菅原は、大郷に聞いた。
「……今までに出たことがない大変な命令だ。国内外への影響力は計り知れん。関係ない国を刺激する可能性すらある」
「その通りです。ですが、既に武力攻撃事態に陥っています。防衛出動を下令する条件は満たしたと……」
「でも、防衛出動の発動対象は、国かそれに準ずる組織と言われていますが……、確認なんですけど、極東革命軍って、これに該当しましたっけ……?」
新里が遠慮気味に聞いた。
防衛出動を発動するとなると、当然、相手となる“攻撃を行う主体(組織)”が存在していなければならない。それが、新里の言う「国・国に準ずる組織」である。国の定義は説明不要であるとしても、“国に準ずる組織”とはどういった組織を指すのかは、国内法において明文化された定義はない。国際法においても、国家の定義は『国の権利及び義務に関する条約(モンテヴィデオ条約)』第1条に規定されているが、国に準ずる組織の定義についてはどの法律にも書かれていないのだ。
定義が曖昧となると、とりあえず大まかな定義を作っておいて、そのあとは適宜事例にその定義を当てはめてその都度判断していくしかない。新里の提起は、防衛出動を検討する上では極めて真っ当な手順にあった。
「確かに、国際法では国に準ずる組織についての明確な定義はないな。国際紛争の主体となりうるものを言うという政府見解はあるが」
「武力行使の定義はクリアしているでしょうが、主体の定義の問題ですか……」
萩山の言葉に補足するように、岩田が腕を組んで言いつつ唸った。
本来は並列的に「武力行使の定義」についても議論しておかねばならないのだが、今回に限ってはそれはもう問題ないと彼らは考えていた。日本政府は従来、武力攻撃を「組織的・計画的な武力行使」と定義付けてきた。
最近では、漁民を装った工作員の島嶼部上陸などに代表されるような、組織的・計画的なものに至らないか、直ちにそうとは断定しきれない場面の発生確率が高まっていることが、所謂『グレーゾーン』として問題視されているが、今回のこれはそれに当たらない。極東革命軍は既に、今までの攻撃の様子から、何をどう考えても「組織的・計画的」に行わなければ成し遂げられないような事ばかりをしているし、犯行声明の内容からも、少なくとも組織的なものであることは分かり切っている。武力攻撃の定義は、岩田が言っているようにクリアしているとみて間違いない。
……ゆえに、問題は“主体”のほうなのである。真崎が、記憶からそれに関する知識を引き出しながら言った。
「主体となり得るかどうかは、長官のおっしゃったとおり、基本的には国際紛争の主体たり得るかが問題だったはずです。それに当てはめれば、極東革命軍は十分それに該当するかと」
「だが、その主体は、国家を構成する要件を全部か、一部持っている主体を想定したものだったはずだ。平成15年当時の国会答弁であったろ。当時の防衛庁長官が、タリバンみたいなやつはそうだが、宗教団体のちっこい版みたいなのはそれに当たらないみたいな」
これは、平成15年の参議院委員会での答弁である。当時の防衛庁長官は、野党からの質問に対し、国に準ずる組織の定義について説明した。
それによれば、国に準ずる組織とは、国が持っている要素を全部か、一部持っている組織のことを指す。例えば、政治支配体制や、国民、領土、意思決定プロセス等がそれであり、最高指導者の下、評議会や委員会、地方組織を設置するなど、国と似たような要件を持っていることから、この時の答弁では、タリバンのような組織も「国に準ずる組織」と述べた。
……だが、極東革命軍が持っているのは、せいぜい「意思決定プロセス」と、「軍事力」ぐらいである。もちろん、組織である以上リーダーはいるはずであるが、国に準ずる組織と呼ぶには、正直、要件が余りにも少なすぎるという感は否めなかった。
「現状の情報から見れば、彼らの実態は、そこら近所のテロ組織が戦闘機や戦車を持っちゃったようなものと同じことだ。となると、防衛出動は少しばかりハードルが高くなる。極東革命軍を、兵器が強力なだけのテロ組織としてみれば、自衛隊に下せる命令は、せいぜい治安出動だ」
「しかし、ただのテロ組織はここまで高度な組織的・計画的な動きはできない。一大国の軍から兵器引っ張ってきてすらいるのだ。ちっこい国のそれならまだしも、中国は既に世界的な大国だぞ。彼らからあれほどの兵力を引っ張ってくることは容易ではない」
「ええ。それに、先の国会答弁では、防衛庁長官は最後に、私見であることを前置きしつつも、国家の持つ要件を持っているか否かで判断するのは不可能で、そうなった場合は、国際紛争の主体となるかどうかの判断になるとも言っています」
真崎が、秘書から貰ったメモを貰いつつそう述べた。ちょうど後ろに、この件に関して事前に調べていた側近がいたのが助かった。
「国家の要素を持つかどうかは厳密な定義ではあるとしても、万能ではないと考えます。となれば、基本的な定義である“国際紛争の主体となりえるか”について考えるべきだと」
「関連して、今更言うまでもありませんが、この極東革命軍は既に独立した組織として動いているという風に、改めて見做す必要もあると考えます。もはや中国軍の制止も期待できません。既に向こうの指揮下を離れてると見たほうが、よろしいかと」
大郷が適宜補足していく中、会議室内は、徐々に極東革命軍は「国に準ずる組織」と見做す方向になり始めていた。
尤も、そうでなくとも島嶼部が既に占領されており、どうにかしてこじつけてでも自衛隊を差し向けて奪還しなければならないのは明白だし、でなければ国民も納得しないので、ここいら辺は半ば“出来レース”な感は否めない。そういう意味では、彼らが“組織的”に行動し、尚且つ、犯行声明によって、自分たちが“計画的”に動いていることを明かしてくれたのは、正直有り難いともいえた。余計な“言い訳”を作らずに済むからである。
「――とにかく、事態は一刻を争います。極東革命軍を「国に準ずる組織」と認定し、武力攻撃事態の発生として、自衛隊に防衛出動を命令するのが最善策と考えます。覚悟を、決める時です」
「総理、ここは伊良部島、及び下地島の島民をはじめとする、国民の安全を最優先とするべきでしょう。防衛大臣の進言通り……、ここは、全員で覚悟を決めるほかはありません。ご決断を」
隣から萩山もそう進めた。彼の内心でも正直迷いはあったが、事態は流動的であり、なるべく早い対応が求められると判断した。極端な話、半ば強引にでも、防衛出動を命令して、今すぐにでも自衛隊を動かすしかない。
菅原も、そんな会議室内の空気を察していた。議論が交わされる室内を見渡しながら、菅原は心のうちで思った。
「(……私の命令一つで、大量の自衛官が死ぬ)」
そして、敵とはいえ、極東革命軍の人間も死ぬ。彼らが元凶だとはいえ、殺すことには違いない。生殺与奪の権限を担っている人間として、改めてその重さを感じていた。
日本国内とその周辺においては、初めて自衛官を“戦場”に送る。今までやってきたPKO以上に、死のリスクが増える。格段に増える。間違いなく、少なくない“殉職者という名の戦死者”を出すだろう。それを送り出すのは、自衛隊の最高指揮官たる総理大臣、つまり、自分だ。
肩の上に、文字通りコンクリートでも乗っているのではないかと錯覚する程の、重すぎる重圧を感じていた。
……だが、
「(――このままでは、誰でもない“無垢の国民”が死ぬ)」
それは、一国の総理大臣として、絶対に失ってはならない存在。自衛官以上に、失ってはならない義務ですらある。犠牲者ゼロで済むかはわからない。だが、最大限犠牲者を抑えなければならない。それは、総理大臣としての、“義務”でもあった。
……背に腹は代えられない。菅原はついに、腹を括った。
「……わかった。もう、逃げも隠れもできん。全員で、覚悟を決めよう」
ここにいた全員の顔が引き締まった。やるか。日本の戦後史上初、初めて“戦争”をする。相手は国ではないが、強力な軍事力を持った、“軍隊”である。自衛隊を、ついに戦場に送りださねばならぬ時が来た。
重い責任。それを甘んじて受けてでも、守るべきものを守るために、菅原は、室内にいる大臣全員を一瞥して、静かに言った。
「……防衛大臣」
「はい」
「最高指揮官として、自衛隊全部隊に命令する」
「――『防衛出動命令』を、発令する。すぐさま作戦を立て、伊良部島、及び下地島を、奪還せよ」
了解。室内に響いた大郷の返事は、小さく、短く、しかし、ハッキリとしたものだった……




