3-6
――だが、松崎らの予感は、“もっと悪い方向で”的中していた。
あの2隻の艦は、確かに中国の軍艦だった。だが、“元”という前書きが必要であった。
この2隻は、既に中国の国籍を“自ら取り払っていた”。072A型(玉亭II型)戦車揚陸艦『八仙山』に、ソブレメンヌイ級(現代級/956EM型)駆逐艦『泰州』。松崎らは、内部で反乱が起こったのではないかと予測したが、実際はそのさらに一歩先を行っていた。
「――現地斥候より連絡。レーダー拠点の破壊を確認」
一人の乗員がそう報告した。宮古島では、空自の最南端の固定レーダーサイトであるJ/FPS-7が、巨大な爆発音とともに崩壊していた。予てよりこそこそと集めていた民生品のドローンに爆薬を取り付け、時間を見計らって一斉に突撃。レーダーサイトのカバーの一部を破壊し、そこから侵入したさらに大量のドローンが内部のレーダー本体に自爆攻撃を敢行することで、破壊に成功していた。突如の爆発に、隣接する宮古島分屯地の自衛官らはもちろん、周辺住民もその爆発音の発生した場所に体を乗り出しながら視線を向ける始末だった。
そして、南西方面のレーダーサイトを統轄する南西SOCでも、レーダーサイトの破壊を確認していた。
「SS-53から応答なし! 送信に応じません!」
その報告が意味することは分かり切っていた。故障ではないだろう。十中八九、破壊工作だ。
「宮古島分屯地につなげ! 何があったか報告させろ!」
南西SOCに、宮古島分屯地から「爆発を確認。破壊工作の可能性あり」の報告が入る。北京爆撃の一件や、例の犯行声明の話から考えて、恐らく、同一組織のそれに違いない。彼らはすぐに横田にも内容を伝達し、そのまま官邸にも伝えられた。
しかし、その間に彼らは次の一手に出た。
「――1900。時間です、“艦長”」
「よし、『泰州』に命令。“執行開始”」
そう命令する彼の肩には、大校(大佐)の階級章がつけられていた。その横にいる人間も、さらに周りにいる人間も、小さくても幹部に相当する人間ばかりであった。この中で一番上の階級を持つ人間は、この艦の“艦長”だった。そして、その隣にいるのも、
「孔同志、予定通りだ。まずは小日本の伊良部を落とす」
「よかろう。揚陸準備を開始。“伊良部大橋”の攻撃はすぐに終わらせろ」
「承知しました」
艦長より上の立場にあった、孔と呼ばれた彼も、所謂“政治委員”だった。だが、彼はもう政治委員としての役職は捨てていた。既に、“別の組織”に入っていたのである。彼だけではない。この艦に乗っている、艦長以下ほとんどの人間が、既に“自らの意思”で、別組織へと身を移していた。
「『泰州』、ミサイル発射開始」
一人の見張り員が報告した。ソブレメンヌイ級の上甲板両舷にある大きな筒から、4発の大型のミサイルが発射される。旧ソ連製の大型対艦ミサイル『3M80E“モスキート”』だ。
「――うまく当たってくれよ」
艦長は飛んでいくミサイルを見ながらそう呟いた。
ソブレメンヌイ級から放たれた4発のモスキートは、最高速度マッハ2~3に達する超音速対艦ミサイルである。本来は対地攻撃には使えない対艦一本道の兵器であるが、彼らは頭を使った。
場所自体は固定されているので、わざわざ前方展開されているヘリや航空機を使う必要はない。事前に座標を調べ、ミサイルに一先ずそこまで行くよう入力する。その通り飛行したモスキートは、針路上にある余計な島などは避けつつ、最終段階として自身のレーダーを使い目標を捜索するが、そのタイミングで、ジャミングを開始する。
「――ジャミング、正常に作動」
「よし、第1班に退避命令を」
伊良部大橋の伊良部島側にいる数人の男が、無線で一言命令すると、すぐにその場を離れた。
モスキートは、自らで目標を捜索し、事前に入力された目標データと合致する目標か、それがなければ近辺の目標に突撃するよう設計されているが、それらすべてがなければ、ジャミングの発信源に突撃するようにプログラミングされている。それを逆手に取り、伊良部大橋の中央部、大きく浮き上がった地点を支える4本の支柱に、一つずつジャミング発信装置を取り付け、そこに最終的には突撃するように仕組むのだ。
モスキート4発はまず、伊良部大橋のすぐ真上を高速で通過。これは正常な動きであり、モスキート自身はまだ艦船の目標がいると思い込んでいる。再反転し目標捜索を行うが、それでも見つからないとみるや、モスキートはモードを変更。ジャミングが発信されている場所に、それぞれが一直線に突撃を開始した。
果たして、モスキート4発は思惑通りに伊良部大橋中央部の支柱4本に命中。コンクリート製の柱が、超音速のミサイルに敵うはずもなく、一瞬にして自らが支えていた橋の道路ごと真下にあるキレイな海に没した。伊良部大橋を構成する支柱の中では特に太い4本であったためか、これが崩れた拍子に、さらに外側にあった2本の柱も道ずれにされるように崩れた。
伊良部大橋は、中央部が約350m程に渡って崩壊し、伊良部島と宮古島は、その地理的な距離の短さに反して完全に分断された。
元々透明度の高い浅瀬の海にこうしたコンクリートの瓦礫が落下してしまったものなので、景観的にもマイナスであるどころか、その部分だけ船が真面に通れそうにない状態になってしまった。通常、宮古島から西側の諸島を行き来する小型のフェリーは、この橋が浮き上がった中央部の下をくぐるように通るため、ここが崩壊して塞がってしまった場合、この海峡を通ることはほぼ不可能となる。完全に通れないわけではないのだろうが、海中での瓦礫の状態がわからないため、うかつに通ることもできない。事実、今まさにその橋の下を通ろうとしたとあるフェリーは、突然の大爆発と橋の崩落にビックリして、その場に停止してしまった。乗員はもちろん、乗客も軒並みデッキに出ては持っているスマホやカメラなどで目の前の惨状を映し始める。
「なんだ、何が起こった?」
「橋が爆発したぞ!」
「いや、爆発じゃない。一瞬何か飛んでいくの見たぞ俺」
「海保に連絡したほう良いのか? 電話つながんのかこれ」
どこに行くともできず、その場を漂うだけになったフェリーの人々は、崩壊した橋の中央部を見て右往左往していた。
――その後、通報を受けた海保の巡視船が伊良部島の北側にまで接近した。先の宮古島でのレーダーサイト爆破の件といい、恐らく無関係ではないと、宮古島の海上保安部から連絡を受けていたが……。
「……ん? なんだ?」
小型の巡視船が、低気圧の影響で視界が若干効かない中、遠くに大きな船のシルエットを確認した。この時間帯に、この付近を通る船はいない。確認を取るべく接近した時だった。
「――ッ、は、発砲!」
一人の乗員が叫んだ直後、船体にやはり何かに叩かれたような衝撃と耳をつんざくような爆発音が響く。接近していたのは『泰州』だった。艦砲射撃により、邪魔だったこの巡視船を撃沈したのだ。
さらに接近した『泰州』と『八仙山』は、伊良部島の北部に接近すると、『泰州』は一旦反転し引き返した。『八仙山』はさらに接近し、一定距離に達すると、観音開き式のバウ・ドアを開放し、中から数量の戦車を吐き出した。
「睚眦1-1、航行開始。2-1、発砲は控えろ。上陸してからだ」
『睚眦2-1、了解』
それぞれカラーリングも、形も違う。二種類あるその戦車は、『05式水陸両用戦車』と『63A式水陸両用戦車』が4両ずつ、計8両のコンビであった。『睚眦』とは、中国に伝わる伝説上の生物で、龍が生んだとされる9匹の子供(龍生九子)のうちの一つ。気性が激しく荒く、争いや殺す事を好むとされているが、それ故に古来の武器や処刑器具に彫られたり、三国志時代には軍旗として図案にされたこともあった。
このコールサインを用いることで、自分たちは本気で来たのだという一種の鼓舞の意味合いもあった。同時に、「もう後に戻れない」という覚悟でもあったのかもしれない。
水陸両用戦車部隊は、妨害もなく悠々と伊良部島への上陸に成功した。伊良部島北西にある遠浅の海を通り、日本の渚百選にも選ばれている『佐和田の浜』の海岸を一直線に南進。1771年の八重島大地震による津波で流されてきたとされる、沿岸に広がる複数の大岩も、進攻の邪魔だとして、時折この戦車部隊に砲撃により破壊された。
それに、住民たちも気が付いた。数時間前から中国方面での異変に誰もが目を向け、さらに、宮古島レーダーサイトの爆破の一件を受けて、宮古島市全域で警察や消防などが厳戒態勢に入ったばかりだった。ふれあい広場の砂浜から身を乗り上げて上陸を果たした『睚眦隊』は、63A式で構成された第1小隊と、05式で構成された第2小隊に別れた。第1小隊は下地島方向に向かい、下地島空港ターミナルを占拠しに向かう。
第2小隊は、伊良部島内陸部を一気に南東に侵攻。曲がりくねった道路を猛スピードで突進し、時折頭を出す住民たちをもものともせず、我が物顔で突っ走っていた。
「な、なんだあれは!?」
当然、住民たちは驚愕と恐怖の声を上げる。
「戦車だ! 戦車がいるぞ!」
「自衛隊のじゃないぞ、どこのだあれは!?」
「母ちゃん、警察に電話入れてくれ! 自衛隊のじゃない戦車いるぞ!」
伊良部島には、長浜にある伊良部交番と、仲地駐在所の二つがある。どちらも宮古島警察署の管轄だが、どちらも電話に出ることはなかった。というのも、
「――湾口が塞がった!?」
伊良部島の警官たちはその対応に追われていた。伊良部島には、北部の佐和田漁港、東部の佐良浜港、南部の長山港の3つの港があるが、うち後者二つの湾口が“塞がれた”。それぞれ、港に入れる湾口は二つあるが、島民たちが脱出のために港に集まるや否や、その上を複数の漁船が通ったと思うと、突如として爆発。そのまま一気に沈没し、元々浅い海底に沈み、真面に船を通れなくしてしまった。長山港では、遠泳に自信のある若い男性数人が、船を待たずに泳いで宮古島まで行こうと考えていたりしたが、目の前で爆発が起きてしまったらそんな気も失せるというものである。
橋が使えなくなったので、政府からの避難指示もあり、主に佐良浜港から航路を使って宮古島に脱出しようとしていた島民たちは、これで航路での脱出手段を失ったも同然となった。佐和田漁港はまだ残ってはいるが、あっちは本当に小さな漁港でしかなく、しかも、今は船もいない。呼び寄せたとしても、入れる船の大きさなどたかが知れている。それ以前に、彼らはこの時知る由もなかったが、もう既にその周辺は戦車部隊に支配されていたため、いずれにせよ意味はない。
一先ず、この事態を宮古島に伝えねばならない。交番に戻る暇がないと考えた警官たちは、すぐさま業務用の携帯から直接宮古島警察署に連絡を入れ、港が使えなくなったことを報告した。避難本部を設けていた宮古島警察署では、ただでさえ慌てふためいていた本部室内がさらにてんやわんやとなった。
「まさか、さっきの漁船やカーフェリーの無届出港って!」
一人の若い警官の叫びは、まさに的を得ていた。事前に宮古島市に潜伏していた工作員が、カーフェリーや漁船の一部を確保し、合図とともに一斉に伊良部島の漁港において、自爆したのだ。島民脱出のために急きょ呼び寄せていた漁船やフェリー群に紛れる形であったため、向こうではこれっぽっちも怪しまれなかった。もちろん事前に脱出はするが、そのあとは伊良部島で本隊に合流する手筈になっていた。
「こうなったら空路だ! 下地島空港はまだ使えたはずだ!」
「しかし、今から航空機を手配したら時間かかります!」
「構わん! 民間機はどうせ航空会社が渋るだろうから、空自に頼め! 沖縄県警に連絡を入れろ!」
確かに、まだ下地島空港が残っていた。だが、やはりこれも彼らはまだ知らなかったが、これに備えて、既に下地島空港は第1小隊が占拠していた。ターミナルを占拠した後は、強引に空港施設内に突入し、滑走路や誘導路などを支配する。全て計算通りだった。
一方、第2小隊はさらに東進を行い、県道90号下地島空港佐良浜線に沿って、伊良部島内では一番大きな集落である『伊良部』へと向かった。伊良部の東には、先ほど湾口が塞がった佐良浜港があり、未だに脱出しようとしていた島民たちでごった返していた。
「――おい、あれ!」
しかし、街の方から「ギャラギャラギャラ……」といったキャタピラ音と、空気を振動させる程の音が聞こえてくる。山なりの道を降りてきた05式水陸両用戦4車両が、佐良浜港の島民らがいる場所を包囲した。うち2両が、おみやげの店田舎家の横を高速で通り、南にある駐車場に居座るように停車。周囲は海か崖なので、よほど運動が得意な人でない限りは逃げられない状態になった。
――自衛隊の奴じゃない。よくテレビやネットで見る、濃い緑色の迷彩をしていないうえ、形もよく見たら違う。戸惑い、困惑する島民たちを目の前にしながら、島民の集団に近い1両がハッチを開ける。中から、やはり自衛隊のものではない迷彩を纏った一人の男性が身を乗り出し、おもむろにスピーカーを取り出した。
「……あー、トウミン、ショクン」
中国訛りの片言の日本語をスピーカー越しに発しながら、彼は言った。
「――ワレワレハ、“キョクトーカクメーグン”ダ。オマエタチハ、ワレワレノ“ホゴカ”二ハイタ。オトナシクシタガエ」




