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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第3章 ―1日目:午後 Day-1:Afternoon―
19/93

3-5


 ――その一方、海上保安庁のくにがみ型巡視船(PL)『いぜな』は、宮古海峡の東シナ海側出入り口となる海域を単独で航行していた。尖閣警備専従部隊所属船として、尖閣方面の警備に向かうところに、F-15J戦闘機撃墜の報が入ってきたのは、今から4時間前のこと。予定されていた任務をすべてキャンセルし、周辺海域を他の巡視船や護衛艦、航空機などを使って全力で捜索を行うも、低気圧によって引き起こされた荒れ狂う波に突撃するほどの能力がない艦船は、周辺をじりじりと見張るしかなかった。

 ようやく低気圧が通過し、墜落予測地点の周辺に立ち入れたのは今から2時間前。しかし、波が複雑でどこに流されたかもうまく見当がつかず、とにかくありえそうな場所をしらみつぶしに探すものの、残骸と射出座席、救命ボートが見つかったという1時間ほど前の報告以降、何も聞こえてこなかった。


「……見つからんか?」

「はい。どこにも……」


 船長『松崎』の問いに、航海長『猪狩』も力なくそう答えるしかなかった。他の巡視船や航空機などからも、発見の報告はいまだに入ってきていない。あの暴風雨の中、数時間耐えられるパイロットがはたしているだろうか。脱出時の身体的負担も考慮すれば、さすがに絶望的であろう。ブリッジ内は、すでに諦めムードが漂い始めていた。


「撃墜時間から考えても、もう結構な長時間です。あの天気の中の生存は、絶望的では……」

「諦めるな、たとえ遺体になっていても引き上げるんだ」

「ですが、有事対応のため、自衛隊も引き上げています。うちらも、そろそろ帰還命令がでそうですが……」

「俺たちが諦めたら、誰もパイロットを引き上げる奴がいなくなる! 打ち切りの命令が出るまでやるんだ。目を凝らして探せ!」


 弱気になる猪狩に、松崎は檄を飛ばした。先ほど、自衛隊は防衛出動待機命令が発令されたらしく、すべての捜索活動は海保に委任された。自分たちが見つけなければ、彼らの同胞は二度と日本に戻ることはなくなってしまう。遺族も、それを望んではいないだろう。どんなことがあっても引き上げるのだ。

 松崎は強気だった。何があっても連れて帰るつもりでいた。理不尽な形で落とされたパイロットを、冷たい海に置き去りにはできない。


「10時方向、距離5000に船舶あり」


 見張りが報告してきた。松崎が双眼鏡を覗き込むと、そこに映ったのは白い船体の船。巡視船だ。自分たちの乗っているくにがみ型より大きい。船首の番号を確認した猪狩が報告する。


「つがる型の『りゅうきゅう』です、船長」

「通信士、無線をつなげ。『りゅうきゅう』と交信する」


 通信士が『りゅうきゅう』との通信を開ける。すぐに向こうは応答し、松崎が自らマイクをとった。


「こちら『いぜな』。そちらは発見できたか」

『こちら『りゅうきゅう』、今のところそれらしき人影を発見できず。小型の残骸を数個回収したのみ』


 ダメか……。ブリッジ内にため息が漏れる。「くそっ……」と、小さく悔しさをにじませながら、松崎はさらに聞いた。


「他の巡視船はどうか。それらしき報告は?」

『いや、ダメだ。どこも人影を見ていないといっている。定時連絡を取りまとめているが、人がいた跡すら見当たらない』

「そうか……」


 人がいた形跡すらないということは、つまり、海上にいた形跡すらないということである。この時間になっても、これだけ探しても、そうした形跡すらないということは……。誰しもが、最悪の結果を頭に浮かべた。とはいえ、この気象条件である。そうなるのも無理はないかと、諦観ムードはさらに強まる。


「あと1時間もすれば日没です。暗闇での捜索は危険を伴う上、発見が困難となります。今日はもう、諦めるしか……」

「何を言っているんだ航海長! まだ1時間あるではないか! 探すんだ、もっと念入りに探せ!」


 相変わらず弱気な猪狩を必死に励ます松崎の声が、ブリッジ内にむなしく響く。松崎自身も、徐々に心の中で強まっていく諦めの感情を押し殺すのに必死だった。自衛隊が引き上げてしまった今、自分たちが諦めたらもう終わりなのだ。その気概だけが、今の彼の精神を保っていた。


「(諦めてたまるものか……ッ)」


 常日頃から、船員たちより“某熱血な元テニスプレイヤー並みの熱血漢”と揶揄される彼の本領発揮である。弱気な猪狩とは対照的で、いつも二人は比較に出されるほどだ。幾つかの指示をだし、航路を変更させた後、一先ず彼は無線を閉じようとした。


「『いぜな』より『りゅうきゅう』。報告内容、了解した。今後の指示を」

『『いぜな』へ。一先ず所定航路を進みつつ捜索を続行せよ。日没後の捜索に備え、夜間要員の準備を――』


 ――そこまで言って、無線が止まった。無線に向けてではない、恐らく誰かに向けたように、


『――なんだ、どうした?』


 小さくその声が響いた。と、思った次の瞬間、


『ぅガァッ!!??』


 一つの叫び声と、さらに一瞬の爆発音とともに、無線が強引に途切れた。『ザーッ』というノイズが響き渡ると、一切の声が無効に届かなくなる。


「ど、どうした? 『りゅうきゅう』! 応答せよ! 『りゅうきゅう』!!」


 松崎が必死に叫ぶが、応答がない。無線内容はスピーカーでブリッジ内にも響いていた。さらに、どこからともなく『ボガーン……』と、何かが爆発したような音が響き渡り、ブリッジ内が急速に困惑した雰囲気で支配される。


「な、なんだ? どうした?」

「何があったんだ? 爆発音がしたぞ」


 戸惑いの声が各所で聞こえ始める中、松崎が再度呼びかけようとした時だった。


「せ、船長!」


 一人の乗員の声がブリッジ内に響き渡った。見張り員の声だ。それも、動揺しているのか、声が震えている。松崎に向けた引きつった表情は、よほどの事態が起きたことを教えていた。


「なんだ、どうした?」

「り、『りゅうきゅう』で爆発! 炎上中!!」

「なんだと!?」


 松崎だけではなく、ブリッジにいた全員が『りゅうきゅう』をみた。双眼鏡を持っていた乗員は双眼鏡を手に取り覗き込んだが、正直、双眼鏡を使うまでもなかった。


「な……ッ!?」

「り、『りゅうきゅう』が!」


 見張り員の報告は真実だった。『りゅうきゅう』の船体の中央部から、激しい黒煙が立ち上っている。この場から、肉眼ではっきりと見えるほど高く上っていく黒煙に混じり、船体からは時折小さな爆発が起き、明るくはっきりとした閃光が、『いぜな』にまで届いていた。


「なんだ、事故か?」

「燃料か何かに引火したのか? おい! 発光信号を送れ!」


 ブリッジ内に指示の怒号が響き渡る。乗員たちが慌ただしく動き回り、『りゅうきゅう』との交信を試みようとする。しかし、通信設備が破壊されたのか、一切の電子的な通信ができなくなっていた。発光信号にも応答がない。

 松崎はただならぬ事態を予感し、第11管区海上保安本部に事態急変を伝えるよう命令を下すと、すぐに『りゅうきゅう』のもとへ向かうよう針路を変更させる。


「那覇に連絡を入れろ! 『りゅうきゅう』が爆発炎上中! 救援を要請!」


 そう指示を出し、双眼鏡で再び『りゅうきゅう』を見た時だった。


「――ッ?」


 一瞬、“何か小さい物体”が『りゅうきゅう』に高速で突っ込んだ。次の瞬間には、そこを起点として大きな爆発が起き、再度閃光を放ちつつ黒煙を噴き上げる。船体が、その爆発のあった方向に傾き始めた。「『りゅうきゅう』が再度爆発!」との報告を耳にしつつ、


「……航海長」

「はい」

「今の、みたか?」

「……はい」


 隣で双眼鏡をのぞいていた猪狩も、同じものを見ていた。ほとんど偶然に近かったであろうが、その時捉えたモノと、脳内で想像したものはほぼ一致していた。あんな低空を、あそこまで高速で飛び、船に一直線に突撃するものは、一つしかない。


「……、ミサイル?」


 松崎がそう呟いた時だった。


「せ、船長! 護衛艦からです!」

「護衛艦ッ?」


 通信士が叫んだ。嫌な予感がした。あのミサイルのようなものを見た後に、護衛艦からの無線。今は撤退中だったはずだが、所属すら違う巡視船にまで無線を直接つなげるということは……。



「み、ミサイルが飛翔中! 周辺巡視船は直ちに退避せよと!」



 クソッ、やっぱりか! 松崎の悪い予感は当たった。ブリッジ内は一気に緊迫する。恐らく、撤退中の護衛艦が、自らのレーダーでミサイルの飛翔を確認したのだろう。


「ミサイルだと!?」

「どういうことだ、なぜミサイルが飛んできてるんだ!?」


 誰しもがパニックに陥る。海上保安庁の巡視船は、多少の武装はしていれど、本格的な海上戦闘を想定してはいない。このくにがみ型も、20mm機銃が1基、船によっては30mm機銃がさらに1基ついているだけで、ミサイルに対する防御能力は皆無である。ミサイルが飛び交う場所に出向くような想定をしていないのだ。

 当然、乗員たちも、そんなときの訓練など受けたことがない。松崎は一先ず、付近にいる護衛艦を呼び出そうとした。


「近くにいる護衛艦は? 無線は繋がってるんだな?」

「『ありあけ』です! 今繋がってます!」

「巡視船『いぜな』より護衛艦『ありあけ』! ミサイルの場所を教えてくれ! これより退避する!」


 ――しかし、応答がない。再度呼びかけるも、聞こえてくるのは、ノイズのみ。


「どうした、おい! 『ありあけ』! 応答せよ!」


 松崎の声が空しくブリッジ内に響く。すぐにレーダーを確認させた。レーダーの探知範囲を最大まで広げ、『ありあけ』がいるはずの場所を探る。


「……え」


 レーダーを確認した乗員が言葉を失っていた。その視線はレーダー画面にくぎ付けである。松崎が問いただすと、震える声で答えた。


「……『ありあけ』の、反応がありません」

「なに!?」


 そんなバカな。だが、自分の目でレーダーを確認しても、確かにいなかった。さっきまで無線は繋がっていたはずだ。ミサイルがくると。さっき無線で注意を促していた当の本人が、もうレーダー画面上にいない。故障ではなさそうだ、故障ならレーダー画面自体が消えているはずだ。


「……まさか、やられた?」


 猪狩がそう呟いた。ミサイルが飛翔中という話と、突然のレーダーからの消失。この二つさえあれば、『ありあけ』に起こった事態は容易に想像できる。


「……沈んだ?」


 ミサイルが命中し、沈んだ。しかし、余りにも早い。沈むにも時間はかかる。レーダーにも、まだ反応だけは残るはずだ。それでも“ない”ということは、所謂“轟沈”、いや、“爆沈”でも起こしたのか? となれば、先ほどの無線は、自らの最後を悟ったが故の、命がけの忠告ということに……。


「(――そんなバカな!)」


 護衛艦が沈んだのはほぼ間違いない。護衛艦ですら叶わなかったのだ。ただの巡視船風情が太刀打ちできるはずがない。


「巡視船『いらぶ』より通信! “我、攻撃を受けた”! 繰り返す、“攻撃を受けた”!」


 通信士が叫んだ。被害が増えた。確認できただけで、これで2隻目。『りゅうきゅう』のように通信すらできなくなった船の存在を考えれば、あと数隻ぐうらいは被害を受けている可能性がある。ここに至り、もう捜索などと言っていられる事態ではなくなったことを悟った乗員たちは、すぐ目の前で『りゅうきゅう』が炎上中であるにも関わらず、撤退を進言し始めた。当然と言えば当然だが、冷静とは程遠い彼らの声は、進言ではなく、“要求”に近いものだった。


「こんな状態で救助なんて無理です! すぐに逃げましょう!」

「だがどこに!? 今から全速で逃げたところでミサイルはもう飛んでくるぞ!」

「いいから急げ! 両舷一杯! おもかz――」


 船長が急速反転を命令しようとした。



 ――刹那、



「――左舷より飛翔物体! ミサイル来ます!」


 もう来たのか!? 「衝撃に備えろ!!」誰かが叫んだのと同時に、全員が手近な何かに掴まった。ある者は目の前のコンソールやテーブルに、ある者は柱に、ある者は壁に。

 ――次の瞬間には、ドでかい巨人にでも叩かれたような大きな衝撃が、『いぜな』の左側から襲ってきた。大小様々な悲鳴がブリッジ内に木霊し、ほとんどの乗員がその場に勢いよく倒れた。投げられた、と言っていいぐらい勢いよく飛んで転がった乗員もおり、頭部から出血している乗員も少なくない。

 レーダー画面を見ていた松崎も、すぐにレーダーコンソールにしがみつきはしたものの、衝撃に耐えきれず右肩から転倒した。数秒ほど気を失った後、おもむろに目を開け、体を強引に起こす。


「……被害を報告!」


 喉から強引に声を出し指示を出すと、まばらにではあるが、各所から被害が報告される。原因は一々聞かない。もうわかり切っていることだ。


「左舷中央に被弾! 炎上中!」

「煙突部大破!」

「機関停止! 機関停止!!」

「電子機器がやられました! レーダー使用不能!」

「船体に亀裂! 浸水発生!」


 徐々に被害が拡大する。たった一発のミサイルの被害にしては釣り合わないとは思ったが、考えてみれば、自分達よりデカい3700トン級のつがる型の『りゅうきゅう』が、たったの2発で一気に大破し、沈み始めたのだ。それより少しばかり小さいくにがみ型のこの船が、例え1発でも壊滅的被害を被るのは、何ら不思議ではなかった。


「(――次が来る!)」


 松崎はすぐに予感した。つがる型の時も、一発では済まなかった。確実に沈めに来るなら、二発目を撃つ。そう長い時間空けないはずだ。今にもやってくる!


「総員退船! 繰り返す、総員退船! ボートはいらん! すぐに海に飛び込めェ!!」


 出せるだけの声を出して松崎は叫んだ。それに呼応するように、我先にとブリッジを出る乗員に、「総員退船! 総員退船!」と、船内放送で叫んだ乗員。猪狩も一足先に出て、脱出する乗員を指揮し始めた。松崎も、右肩を抑えながら、すぐにブリッジを飛び出た。

 ミサイルが当たった場所が、救命ボートが集中していた場所であったのが不運であったが、それでも、被弾した左舷側ではない右舷側のボートのうち幾つかは、被弾の際の衝撃で海に放り出されており、自動的に展開されていた。生き残った乗員らは、傷ついた体を無理やり動かし、まだ荒れる海をどうにか泳いでそこまでたどり着いた。定員を超える量の乗員を押し込みつつ、ボートは荒波に揉まれつつも浮遊していた。

 松崎も海に飛び込み、右肩以外を巧みに動かして一つのボートにまでたどり着いた。先に乗っていた乗員らが松崎を引っ張り上げる。


「……船が……」


 ボートから顔を見上げた松崎が、自らが先ほどまで乗っていた船を見て茫然とした。たった一発とはいえ、その船体中央部はひどく抉れていた。黒煙はもちろん、所々火災も発生しており、長くは持たないことを彼らに教えていた。未だに、船内にいた乗員が甲板に乗りだし、海に飛び込もうとしていた。

 ――二度目の爆発はその時だった。


「――ッ! またか!?」


 ミサイルだ。誰もがそう直感した。今度は最初の着弾場所より若干前方。ブリッジを直撃し、マストが完全に根元から折れた。その折れたマストが、海に飛び込んだばかりの乗員たちの真上に落下し、大きな水しぶきを上げる。周りから上がる悲鳴。仲間の名前を必死に叫ぶ乗員もいれば、ただただ茫然とする乗員もいた。

 二発目の被弾直後、燃料に引火したのか、さらに大きな爆発が起こった。衝撃波と雷鳴でもなったかと言わんばかりの爆音が松崎らを襲い、耳を塞ぐ乗員が続出。

 『いぜな』の船体はついに限界を向かえた。爆発に伴い、船体が中央から真っ二つに折れ、左舷側に向けて沈没を始めた。艦首と艦尾が徐々に持ち上がる様は、典型的な船の沈没の様を思い出させた。


「……ッ……!」


 松崎は、やり場のない怒りをぶつけるしかなかった。右手に作った拳を、ボートの淵にぶつけることでどうにか発散した。周りにいる脱出した乗員を見ても、明らかに人数が少ない。間違いなく脱出が間に合わなかった乗員がいるのは、誰の目にも明らかだった。中には、先ほどマストの倒壊に巻き込まれた乗員もいるに違いない。


「(なんで……こんな……ッ)」


 巡視船乗り一筋でやってきた松崎にとって、自身初の船長を務めた船が沈むのは、自らの家を破壊されたも同然だった。その悔しさを内心に滾らせる中、乗員の一人が叫んだ。


「船長、あれ!」


 乗員が指さした方向を見た。そこには、雲が晴れてきたところを、薄っすらと航行する、1隻、いや、2隻ほどの大型の船が見えた。横っ腹をさらしている。見るからに100mは超えている。「120はありますよ」とは、猪狩の声だ。そのすぐ前方には、さらに長い艦影が見える。こちらのほうがゴツゴツしているようにすら見えた。


「あの形は何だ……」

「誰か、双眼鏡持ってないか?」


 何人かの乗員が双眼鏡を持っていた。うち一人が松崎に手渡し、その艦影をさらに舐めるように見た時だった。


「――あ、あれは……ッ」


 信じがたかった。その目で見たのは、本来この周辺にはいない、いや、“いてはならない”艦だった。



「よ、揚陸艦に……駆逐艦……ッ?」



 どう見ても、揚陸艦と駆逐艦の形をしていた。揚陸艦の方は全通甲板持ちのほうではないが、通常の軍艦とは違うのは明らかだ。駆逐艦の方も、どうも今時ののっぺりしたステルス性を考慮した形ではない。もう少し古い形だ。護衛に就いているのか。


「なんで、揚陸艦に駆逐艦が……」

「日本のじゃないぞ。中国で見た奴だ」

「片方はソブレメンヌイ級か。この先は宮古島なんだが……」


 乗員らが各々の疑問を口にする中、一人の乗員は気づいた。


「……国旗と軍艦旗、掲げてないぞ……」


 周りが「そんなバカな」と呟きながら、マストを確認する。だが、確かに、中国の国旗も、中国海軍の識別を示す軍艦旗も、どっちも掲げていない。


 国連海洋法条約によれば、第29条で、幾つかある軍艦の定義の中に「その国の国籍であることを示す外部標識を掲げている」ことを明記している。これは、例え水中を航行する潜水艦であっても、領海を通る際は浮上しこれを掲げなければいけないとされている(同条約第20条)。

 これがなければ、国際法上軍艦と見做されないため、本来軍艦なら持ち得る諸権利を行使しえない。ゆえに、中国もこれに倣って国旗を掲げているはずなのだが、どこにも見当たらなかった。先の『ありあけ』からの報告にはなかったが、角度の問題で見えなかったのだろう。実際、彼らは知りえなかったが、『ありあけ』からは艦隊の真正面が見えていたために、旗まではよく見えなかったのだ。

 幾ら、南シナ海での「九段線」問題の仲裁裁判でフィリピンに負けた際にこの条約を批判したとはいえ、今でも中国はこの条約から離脱していない。批准しているなら、その条文に縛られるのが国の当然の義務であるが……。


「――あれじゃ、軍艦じゃない。ただの“無国籍の船”だ」


 松崎のつぶやきは、揶揄ではない。軍艦として扱われないのはもちろん、国旗や商船旗すらないということは、国際法上、本当に国籍がない船舶と見做すしかない。そして、そうした船舶が行う様々な不法行為は、最悪の場合“海賊行為”と見做されてしまう。

 一国の軍艦が海賊行為をすることは、国連海洋法条約でも一応想定されているとはいえ、それは、内部で“乗員による反乱”が起きたことが前提となっている。


「――ミサイルを撃ったぞ!」


 一人の乗員が叫んだ。駆逐艦の方から、白煙が立ち上った。艦首方向に高速ですっ飛び、「シュンッ」という発射音らしき空気が抜けた時のような音が、数秒遅れて松崎らの耳に伝わった。

 ……目の錯覚ではない。本当に撃った。国際法上、国籍がないと見做される船の行為としては、余りに“攻撃的”だ。松崎らの脳裏に、一つの可能性が思い浮かぶ。


「……まさか、本当にあの艦……」


 それ以上の言葉が出なかった。いや、出せなかった。それが意味することは、ある意味一番恐ろしいことで、制御が効いていないことと同義だ。もしや、例の北京攻撃と関係があるのかとすぐさま関連付けて考えるが、答えは出ない。

 2隻の艦はそのまま向かって左側の方向へと向かっていく。その先は宮古海峡だが、どこかおかしい。ただそのまま海峡を通るとは思えない。ただの直感だが、なぜか信頼できる直感だった。


「……一体……」




「なにが、起きてるんだ……」




 松崎のつぶやきに、かの2隻は答えることはなかった……

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