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≫18:10 東シナ海 久米島西北西90海里(約170km) 海上自衛隊DD-109ありあけ≪
――低気圧が徐々に北東の方角へと消え、視界も開けてきた中、今度は夕暮れの中途半端な暗闇が海を照らし始める。
荒っぽさの残る波の上を、海上自衛隊の護衛艦『ありあけ』が、水しぶきを上げながら約20ノットで航行していた。空自から、撃墜されたパイロットの捜索支援を求められて以降、横須賀の自衛艦隊司令部から指定された海域を入念に探し回っていたが、一向に成果が得られていなかった。それでも、「たとえ夜間になってでも見つける」と意気込んでいた乗員たちであったが、今し方、自衛艦隊から突如として、「捜索任務を中止せよ」との指令が下った。その理由が、
「――Q号発動だと?」
指令内容に、そう書かれていた。Q号計画発動。各護衛艦は、更新日時が1ヶ月以内であることを確認し、第1項Cを開封し、その内容通りに行動せよ。戦闘指揮所内が騒然とする中、そのように書かれた指令書を見た、艦長『東』の顔は一気に引き締まった。
「……Q号指令書か」
「本物を開けるんですか?」
隣にいた砲雷長『泉』が聞くと、東も小さく、ゆっくりとうなづいた。
「例の北京爆撃や、犯行声明の奴から鑑みても……どうやら、市ヶ谷は本気だということだ」
「艦長」
「指令書を取ってくる。カギを貸してくれ」
「了解」
泉が、CICの一角に集められた複数のカギのうちのひとつを取ってくると、東に渡す。東は、CIC中央のテーブルの下にある金庫のカギを開けて回して扉を開けると、さらに中にある小さな金庫の暗証番号を入力し、開錠。
「……まさか、私が本物を扱うことになるとはな」
半ば自分を納得させるように、そう呟いた。小さな金庫を開けると、さらに中にある棚の、一番上の『第1項』と書かれたテプラが貼ってある引き出しから、『C』と大きく黒い印字がされた白い封筒を取り出す。
「よし、これだ」
東は金庫をすべて締め、カギもかけなおすと、副長と泉を中央に集め、さらに、艦橋にいる航海長にも、艦内無線を通じて声が聞こえるようにする。
「更新日時を確認する。今日の日付は」
「7月20日」
「更新日時、7月13日」
「更新規定内です、艦長」
「確認」
封筒に印字された更新日が一週間前であることを確認すると、封筒の中身を取りだすべく、小さなカッターを取りだした。
「こ、これが……本物ですか」
一人の幹部自衛官が若干震えながら言った。彼も、本物は初めて見たはずだ。訓練で模擬的な処理方法は教わったとはいえ、本物は思った以上に質素だった。だが、質素ゆえに、「本物だ」という実感を与えていた。映画にあるような派手なものでも、厳重すぎるほどのものでもない。そのギャップが、一種の“威圧感に似た違和感”を与えていた。
「そう緊張するな。訓練通りだ、来るべき時がきたに過ぎない」
それは、自分に言い聞かせるようでもあった。東も、長年船乗りをやってきた叩き上げではあるが、本物は初めてだ。誰が開けたって変わらない。誰だって緊張している。年齢や階級による差などないのだ。
手際よく封筒の端を切り、中を開ける。中から、細長い小さな紙を取りだした。そこには、長くない箇条書きの指示内容と、
「……コンディション、アラート1……」
自分たちの整えるべき警戒レベルが書かれていた。アメリカのデフコンシステムに倣って、自衛隊も警戒レベルの指針である『部隊行動指針』を持っているが、警戒を示す『アラート』と、戦闘態勢を示す『コンバット』に分かれる。アラート1とは、3段階あるアラートレベルのうちの一番上で、『防衛出動待機命令』を指す意味でもある。
元々、第1項が防衛出動関連の指令を指すので、大方予測はついていたが、アラート1扱いとはさすがに思わなかった。これは、アメリカのデフコンでいうところの『デフコン3~2』に相当するものだ。そのさらに上の段階は、もうアラートのレベルを超える。
「アラート1って、その次は、コンバットレベルですが……」
「……思った以上に、市ヶ谷は本気だったな」
さしもの東も、少しだけたじろいだ。これも、訓練でしか見たことない。アラート1が発令されたということは、そのさらに次のコンバットレベルの発令も十分視野に入れたものとなっている。周辺情勢から考えて、おそらくこれも発令されるだろう。CIC内の緊張感はさらに高まる一方だった。
「現示海域において、戦闘態勢を発令。海上での戦闘哨戒を開始、敵との戦闘を想定、ROEは第2項『正当防衛』のみを適用せよ。ただし、攻撃時の火器制限は無し」
「海上警備行動とほぼ同列の部隊行動基準です」
「ああ。砲雷長、アラート1だ。合戦準備となせ」
「了解ッ」
合戦準備が泉の号令のもと発令される。戦闘に備え、事前にライフジャケットを羽織り、一部区画も閉鎖する。さらに、メインマストには自衛艦旗が掲揚され、高いマストの上では、旗の旭日の模様が強風にバタバタと激しく煽られる。
「全艦放送に」
東の指示通り、艦内全てに放送をつなげると、東はマイクを取った。
「艦長より、全乗員に達する。先ほど、防衛省より『防衛出動待機命令』が発令された。指令に基づき、本艦は戦闘態勢へと入る。今後は突発的な戦闘が発生する可能性がある。各員覚悟して臨め」
多くの乗員が額に汗を流していた。つばを飲み込む者もいる。防衛出動待機命令など、日本の戦後史上初のことだった。訓練ですら何回かしかやっていない。そこまでの大事になっているのかと、彼らは戦々恐々とした。東が、戦闘配置を指示したのはその直後である。
数分ほどして、空中を警戒しているE-2D早期警戒機からデータリンクを受信した。
「E-2Dデータリンク受信。本艦の北35海里に艦船3隻。南進中。速度20ノット」
「共通戦術状況図に出せ」
東の指示で、CIC前方にあるメインディスプレイのうち一つに、CTPが表示される。複数の護衛艦や航空機がデータリンクにより連接し、共同で作り上げる戦術画面であり、数秒単位でこれは更新される。E-2Dからのデータリンクにより更新されたCTPでは、中央にある『ありあけ』の北北西の方角に、3隻の艦船が三角形を描くような陣形で南進しているのが表示されていた。このままの針路だと、いずれ宮古島にたどり着く計算となる。
――さっそくお出ましか。艦長はCTPを一直線に睨む。それぞれの目標は、A-1、2、3と、アルファベットと番号がふられた。一番近くにいた護衛艦は『たかなみ』は、目標の東から単独で接近していた。
「『たかなみ』、目標群Aをレーダーに捉えた」
「『たかなみ』より周辺艦船に向け通信。“我、これより接触する”」
電測員と通信員が簡単に報告する。『たかなみ』はさらに高速で接近。領海への接近を阻止するべく、最大戦速で急行した。
「E-2D新たな目標探知。アルファの北西15マイル。さらに南進」
新手だ。CTPがさらに更新されたのと同時に、
「目標A-3転針。『たかなみ』に向かいます」
「妨害する気か」
泉が咄嗟に反応した。CTP上では、目標A-3が一気に『たかなみ』に艦首を向け、増速をかけているのが見て取れた。間違いなく妨害を行う気だ。『たかなみ』は警告を行うとともに、若干針路を変え、衝突を避けつつ宮古島側とアルファの間に入るよう動こうとした。
――その時だった。
「――た、『たかなみ』より通信! “我、攻撃を受けた”!」
「なんだとッ、A-3からかッ?」
艦長を含め、CICにいる全員がたじろいだ。先制された。だが、ミサイルは撃たれていない。レーダーでも捉えていなかった。まさか、艦砲射撃?
『たかなみ』はまだレーダー上で捉えられるので、少なくとも沈んではいないはずだ。だが、動きが極端に遅くなり、少しして、通信もつながらなくなってしまった。
「艦橋CIC、そっちから『たかなみ』がいる方向を見てくれ。何が見える?」
東が艦橋を呼び出したとほぼ同時だった。航海長の焦燥感を隠さない声が、CICに響いた。
『CIC、『たかなみ』が炎上! 繰り返す、『たかなみ』炎上! 被弾した模様!』
「炎上!?」
やはり、あの無線は本当だったのか! ギリギリ視界範囲に捉えた艦橋の見張り員は、黒煙が立ち上る地点の海面上を見て、愕然としていた。自分たちもよく知っている艦が、燃えている。
「ミサイルじゃない。砲撃だ」
「A-3が、護衛艦を撃ったのか。本気だっていうのかよ」
幾ら事態が事態とはいえ、積極的な攻撃はないだろう。そう踏んでいた若い乗員たちは、完全に浮き足立っていた。東が急いで語気を強めて諭した。
「落ち着け! 『たかなみ』の状況を――」
だが、それだけでは終わらない。
「E-2D、回避機動! ミサイルを発射された模様!」
「な……ッ」
さらに、上空で警戒監視を行っていたE-2Dも、その攻撃の餌食となった。回避叶わず、E-2Dにはミサイルが命中し、レーダー上から姿を消した。数秒と経たないうちに、『ありあけ』の右舷前方の海上で、何かが落下した際に起きる水柱が上がっていることが艦橋から報告された。CTPも、E-2Dとのリンクが切れたことで、一部の目標が表示されなくなった。
まもなくして、『ありあけ』のレーダーにて再度アルファを捉えなおすことに成功したが、『たかなみ』を攻撃したA-3は、さらに針路を変え、元の艦隊に戻りつつも南進を始めていた。次の狙いは、間違いなく自分たちだ。
「チッ、今度はこっちか」
「艦長、自衛を待っている時間はありません。反撃を!」
泉がそう東に進言した時だった。レーダー上で、新たな動きを捉える。
「目標群B、アルファの西側を高速で通過します」
「なに?」
ブラボーといえば、アルファを捉えた後に捕捉した新手だ。2隻の単縦陣で航行するこの2隻は、アルファの西側をそう遠くない距離を隔てて追い越した後、さらに前方を塞ぎにかかるような動きを取り始めた。
「……何かがおかしくないですか?」
「ああ。……まさか」
東は一つの仮説を立てた。それを、ブラボーが自ら立証するように、さらにアルファの針路上に立ちはだかろうと針路を妨害し、アルファがそれをよけようとしては、さらに妨害を行うという構図ができていた。
……つまり、ブラボーは新手ではない。
「――中国海軍の“追手”?」
泉の呟きに、東は頷いた。
「さしずめ、“政府軍”というやつか」
「自分たちから抜け出した艦を連れ戻そうと?」
「そういうことだろうな。今頃、向こうは無線で怒鳴っているだろう」
――東の推測は正しかった。このブラボーの2隻は、元々アルファの3隻とともに黄海から東シナ海方面に向けて航行していたが、アルファの3隻が突如として予定針路を抜け出し、日本の南西諸島に向け南下を始めた。最初は何らかの不測の事態でも起きたのかと思ったが、その直後に、東海艦隊の司令部から、北京が爆撃され、さらに、自分たちのところから反乱した部隊がそれを起こしたのだと連絡を受けた。体制を整えるべくすぐに戻ってくるよう言われ、ブラボーの2隻はすぐさまアルファを呼び出したが、応答せず、そのまま逃げるように南下を続けた。
……まさか? 南下した先を調べたら、日本の宮古島。そこに向かう予定はない。すぐ隣にある宮古海峡を通れとも、宮古島方面のどこかの島の領海に入って、日本側の対応を調査してこいとも言われていない。事前に、彼らもそこに向かうことは仄めかしてすらいなかった。怪しい。例の反乱部隊の一味ではないかと感づいた2隻は、半信半疑ながらも直ちに追跡を開始。そして、『たかなみ』を撃沈したのを見て、それは初めて確信に変わった。
乗員たちの顔が青ざめる。いくら日本とは敵対しているとはいえ、こちらから攻撃をしろなどとは言われていない。そんな命令は受けていなかった。
「――奴ら、党に逆らってなんてことを!」
すぐさま針路を妨害するべく前進。途中、日本の早期警戒機を撃墜するのをレーダーで見ながら、警告を発した。
「貴様ら、すぐに攻撃を中止して針路を変えろ! 誰の許可を得て攻撃をしろといったのだ! 聞こえないのか!?」
ブラボーを率いていた駆逐艦『海口』の政治委員が、無線に怒鳴った。敬虔な共産党員たる彼にとって、この反逆行為は決して許容できないものであった。確かに日本とは大きく対立しているが、党は積極的に戦争を起こそうとしているわけではない。それを反故にすることは、重大な背信行為であり、重い処罰をされてしかるべきだと、彼の内心は固かった。
だが、アルファの3隻は針路を変えない。無線にも応答しない。そもそも無線が届いているのかどうかすら怪しいが、彼にとってそれは重要なことではない。完全に無視されたことで怒りが頂点に達した政治委員は、艦長に対し、さらに前に出て針路を妨害するよう命令した。後続の艦にも本艦に続くよう連絡を入れさせると、さらに無線で、無駄に艦橋中に反響しながら響き渡るほどの大声で怒鳴った。
「貴様ら、これ程までの背信行為をしてただで済むと思うなよ! これ以上私の命令に逆らうならば、撃沈も辞さぬ! もはや貴様らは人民解放軍の人間ではない! 我らが共産党に対する明確な反逆軍と見なす! それでもいいのだな、反逆者ども!!」
彼を止める者はもはや誰もいない。艦長すら委縮している。完全に暴走状態に陥った彼は、さらに艦長に命令し、攻撃の準備をさせた。逆らったらただでは済まない。とにかく急いで戦闘準備を整え、主砲を相手に向けた。
「針路変わらず、このままでは日本との接続水域に侵入するコースです!」
「まずは威嚇射撃を――」
「威嚇など待ってられん! 船体射撃だ! 艦首にでも当てろ! それで警告の代わりとする!」
「危険です! 手順にありません!」
「手順など知ったことか! あくまで“警告”だ! 艦首に当てるか、かすめるだけでもいい! 奴らにこちらは本気だとおしえt――」
政治委員の熱がさらに上がった時だった。見張り員が負けないぐらい大声で叫んだ。
「『三明』発砲! 『三明』発砲!!」
アルファーを構成するうちの1隻、053H3型(江衛II型)フリゲート『三明』である。隊列の右翼側におり、ブラボーに一番近かったこの艦は、突如としてブラボーに、自らの79式56口径100mm連装砲(H/PJ-33)の砲口を向け、発砲した。
巻き込まれたのは、『海口』の後方にいた、同型の駆逐艦『蘭州』だった。砲戦をするには余りに近い距離で発砲を受けたため、寸分の狂いもなく艦橋に命中。続いて船体中央部に命中し、機関部にダメージを喰らい、足が止まってきた。『蘭州』から、発砲を受け、ダメージが立て続けに広がっていき対応しきれない旨の無線が連続して舞い込んできた後、交信を途絶えた。
「艦長、『蘭州』のマストが折れました! 無線設備が破壊された模様!」
「奴ら、本気だというのかッ?」
「おのれ、あのバカ共め!」
ここにきて、政治委員だけではなく、艦橋にいた全員も覚悟を決めた。彼らはやる気だ。やらなければやられる。警告などと言っている場合ではないことは明らかだった。すぐさま反撃するべく、発砲の許可を出した。
――その直後だった。
「――ッぁあ!?」
爆発が起きたと錯覚するような衝撃が、『海口』の船体を襲った。被弾だ。彼らはすぐに悟った。『三明』の主砲は、『海口』にも牙を向けた。まずは艦首方向、これにより主砲が動かなくなった。さらに船体中央部と、格納庫にも連続して被弾。ダメージコントロールを命令する暇もなく、立て続けに被弾した『海口』に、もはや対処策などないに等しかった。
「そ、総員脱出を!」
そう艦長が叫んだ次の瞬間には、艦橋は爆発の渦に包まれた。『三明』の16㎏の主砲弾が、艦橋上部に命中。中にいた艦長、政治委員以下、艦に乗り込んだ主要幹部のほとんどはこれにより即死した。かろうじてCICにいた副長と戦闘部署の幹部は生きていたが、そこももはや使い物にならない。戦う術を失った『海口』は、これ以上の戦闘は不可能と判断。艦橋への被弾により、艦長と政治委員の死亡確実を悟った副長の独断で、総員退艦が命じられた。
――茫然とするしかなかった。目の前で起きていたのは、間違いなく『同士討ち』だ。『ありあけ』の乗員たちは、自らの目が捉えたその光景を、疑念に近い半信半疑の心境で見つめていた。
彼らが狙っているのは、本来味方であるはずの中国人民解放海軍の艦艇だ。撃ったのも中国海軍だし、撃たれたのも中国海軍だ。何だこれは。ミスキャストでもしたのではないか。どっちかを海自の艦艇にするのを忘れたのか? そんなジョークをする余裕がなぜか、東の中では生まれていた。
『CIC艦橋! 駆逐艦がミサイルを発射!』
「攻撃か!?」
この時、東は自分たちを狙ったものなのだと思っていた。だが、どうも違うらしい。別の砲口へと向かっている。これは……、どこだ?
「ミサイルの飛翔方向は?」
「レーダーで捉えました。低空飛行をしています、恐らく対艦ミサイルッ」
「船はどこだ? 誰を狙っているッ?」
東は泉を通じて電測員に命じ、レーダーの範囲を広げ、ミサイルの飛翔先を調べさせた。
……その先にあった船は、
「――まずいぞ、巡視船だ」
海保の、巡視船だった。
しかも、1隻だけではない。確認できるだけで4隻はいる。それらに1~2発、ミサイルが向かっていた。
「ミサイル発射確認! 発射弾数4発、いや、訂正、6発! 6発です! 全て巡視船に向かう!」
「マズいぞ、巡視船はミサイル防護ができない」
「すぐに無線で連絡を! 距離は遠くありません、すぐに命中します!」
泉の進言を受け、東はすぐに艦橋にいる通信士に対して無線で警告を発するよう伝えた。巡視船はミサイル戦を想定した造りではない。対空戦闘に使う装備はもちろん、訓練すらしていない。取れる手段は、早めの脱出以外にない。
「市ヶ谷からは何か言ってきているか?」
「いえ、まだ何も」
「クソッ、このノロマが。もういい、こっちで自衛攻撃を行う。これ以上は待てん!」
本来の命令とは若干ずれたものであったが、処罰を承知で東は決断した。これ以上撃たせるわけにはいかない。泉も覚悟を決めた。
「ROE第2項の3を適用すれば、攻撃はすぐにできます。集団自衛の項目です」
「適用を許可する。対水上戦闘用意、目標、前方の――」
だが、全ての指示を終える前だった。
『目標発砲! 本艦に来ます!』
「なッ!?」
東らが一瞬固まった。そして、次の瞬間、
「――ぐァッ!!」
車が凹凸の激しい不整地の道に高速で突っ込んだ時のように、艦が大きく上下左右に揺れた。4秒ほどの大きな衝撃音に伴い、艦内は警報で溢れ返る。
『三明』の放った砲弾は、今度は『ありあけ』にも襲ってきた。真正面から受けた砲弾は、まず艦橋上部に命中。ブリッジにいた乗員らを死傷させた。しかも、それは1回ではない。短い間隔で、何度もやってくる。衝撃を何度も受けながら、報告や指示がそれに混じって飛んでくる。
「艦橋上部に被弾! 艦橋との通話ができません!」
「消火班! 艦前方だ! 艦橋の上に行け!」
「通信とレーダーが使用不能! マストに被弾したと思われる!」
「左舷に進水! 左舷に進水!」
まさに、阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしい状態であった。さらに、CICの付近にも被弾。衝撃がCIC内部を滅茶苦茶にかき回し、火災も発生し始めた。事ここに至って、東はこれ以上は戦闘どころか、通常の航行すらもはや不可能だと判断した。自らも頭部を中心に傷を負う中、まだ生きているかわからない艦内放送のスイッチを入れ、あらん限りの絶叫をマイクに入れた。
「艦長より達する! 総員退艦! 総員退艦! 逃げられる奴はすぐに逃げろ!! 急げ!!」
そう叫んだ直後だった。さらなる砲弾が艦の前部甲板に命中。そこにあったVLSの中にあるミサイルに引火し、そこから誘爆の連鎖を引き起こして大爆発が発生した。全てではないが、ほとんどのVLSには実弾のミサイルが入っていた。その爆発の勢いは凄まじく、艦前方にいた乗員らのほとんどの息の根を止め、艦を艦橋の前あたりからへし折った。
――もはや、救う手立てはない。多くの乗員たちと共に、『ありあけ』は高速で海の底に引きずり込まれていった。
『ありあけ』が捉えていたミサイルは、既に一部の巡視船に命中し、
さらに、後半に撃った2発が、自らの狙う巡視船に突撃しようとしていた……