3-2
――これは現実か。誰もが、自らが見ている光景を信じられずにいた。
テレビは、全ての局で報道特番を臨時編成。事前の予定を全て取っ払い、報道内容を一本に絞った。局によって多少の差異はあるとはいえ、テロップは一様にして、このようなもので固まっていた。
『中国 人民大会堂 戦闘機による爆撃発生』
日本だけではない。元々、今回の党大会は全世界のメディアに一般公開させていたこともあり、攻撃がされたときの人民大会堂を、ほとんどの主要国のメディアがリアルタイムで撮影していた。大会議場にも、秦副主席の事実上の総書記就任演説がされているタイミングで、多くの国内外メディアのカメラが入っていた。
――“攻撃”が発生したのはその時だ。まるで狙っていたかのように。大会議場に大きな爆発音と地響きが起き、地震でも起きたかと思ったら、今度は天井が一気に崩れてきた。
逃げる暇などない。下にいた多くの共産党員がその下敷きになり、一部メディア関係者も巻き込まれていく様子は、幸運にも難を逃れた日本のメディアが全国に中継していた。
『ご覧頂けるでしょうか! 今私は、大会議場の中にいますが、天井には穴が開いています! あそこにあった赤い星のマークはもうありません! ここは広い議場だったはずなのですが、今はがれきの山です! 正面の舞台も、見るも無残な光景へと変わり果てました!――』
危険を冒して現場を取材するレポーターだったが、さらに大きな爆発音が響いた後、さすがにマズいと思ったのか、レポートをやめて即座に逃げた。中継はここでいったん途切れる。
その後も、全世界のメディアが、これをトップニュースで報道した。日本のように特番を組んだ海外メディアも数多い。日本、アメリカ、ロシア、韓国、インド、イギリス、オーストラリア、ブラジル、エジプト……どの国も、どの地域も、この世界経済第2位のアジアの大国に突如降りかかった、謎の“軍事攻撃”について同じ言葉を何度となく繰り返して流していた。
『政府は現在、外務省が中心となり情報収集に努めているとしています。しかし、詳しい情報はまだ入っていない模様です』
『先ほど、一部諸外国では大使館と連絡を取ることができたとの発表がされましたが、現地からの詳しい情報はまだ入ってきていない模様です』
『イギリスのBCOによりますと、イギリス政府は北京のイギリス大使館に状況説明を求めていますが、大使館側も、状況はわからないの一点張りだということです』
『各国ともに、情報収集に躍起になっています。国連では、すでに特別総会の開催を求める声が次々と上がっているとの情報が入っています』
『アメリカのUSBNは、ホワイトハウスの最新の動向を伝えました。それによりますと、現在も情報を収集中ですが、少なくとも、北京の方で何かしらの軍事攻撃が発生したことは、ほぼ確かだという見解を示し――』
今までトップを飾っていたニュースは、全てこの話題に掻っ攫われて言った。当然、世論も反応する。
インターネット上では、SNSを中心にしてこの話題が一気に持ち上がり、トレンドは北京に対する軍事攻撃に関するワードでほとんど埋まってしまった。それまで埋めていた芸能ニュースやら、政治家の汚職やら、ネット上で流行していたテーマやらは、全部過去のものと化していた。
[【速報】北京、軍事攻撃される! 人民大会堂崩壊!!★3(865)]
[共産党崩壊! 北京に爆弾の雨降る!(696)]
[イコイコ動画:人民大会堂炎上の様子生中継]
[OurTube:北京レポート! 封鎖されている人民大会堂前より!]
そんな動画やら掲示板のスレッドやらが次々と立てられる中、その中にあるコメントも色々と混乱の極みだった。
<やべーって! 北京マジで攻撃されてんじゃん!>
<これCGじゃないのか?>
<冗談だろ、夢みてえだ>
<なんつーか、映画見てる気分だわ……>
<共産党崩壊wwwwwwwwwwwぷぎゃーwwwwwwwwwww>
<これマジでどこがやったんだ? 一瞬映った戦闘機ってスホーイだと思うが、まさかロシアじゃねえよな?>
<←バカ言えよ、ロシアがやる意味ほとんどないぞ。中ソ国境紛争の再来じゃねえんだから>
<なんだ、朗報か>
<政府まだ何とも言ってないんだが、マジでこれ戦争になるんじゃね? 首都を直接攻撃とかヤバいだろ>
<間違いなく戦争になるぞ、党大会中の人民大会堂を直接殴っといて戦争にならないわけがないわ>
<やっべぇぇえええええwwwww面白くなってきたwwwww>
……そんな動画上の呑気なコメントもあれば、
[【緊急速報】中国首都、軍事攻撃を受ける!!【戦争開始】]
154:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:41:06 ID:affd5
アカンって、これはマジでアカンって
158:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:41:18 ID:HK55F
おいおいwwwwwww首都侵攻許すって中国どんだけ雑魚いねんwwwwwww
162:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:41:42 ID:48FG5
これ、割とマジで2001年の9.11レベルの事件になってね?
169:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:41:58 ID:5FGr5
>>162 マジレスするとそれどころじゃない。これをテロで済ますのは無理がありすぎる。明らかにマジもんの軍事攻撃
170:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:42:00 ID:Fgrth
テレビで一瞬映った戦闘機はスホーイで確定でいいのか? ロシアはまさかねえとは思うがあとは誰だよ
186:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:42:45 ID:OODf5
朗報 共産党消滅wwwwwwwwwwwww
194:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:43:10 ID:YRDfB
でも今向こう党大会中でこれのせいで党の要職大量に死んだだろうから、消滅まではいかないにしても共産党の頭脳に当たる人間はほぼ完全に消えて結構ヤバイのには違いないんだよなwwww
205:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:43:21 ID:Ldwr4
これは自衛隊も防衛出動不可避だな。駐屯地か基地の近くにいる奴ら近況報告よろ
224:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:43:48 ID:HftDD
>>205 俺築城に近いところいるからちょっと様子見てくるわ。スクランブルぐらいなら見えるべ
230:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:44:02 ID:fQD48
今ちょうど岩国の滑走路エンド側にいるんだが、たった今滑走路に戦闘機きた。たぶん海兵隊のF-35Bだと思う
……あ、ごめん訂正、今とんだ。俺の真上通って行った
237:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:44:31 ID:CVF45
今うちの真上をC-2っぽいやつが飛んでったんだが……ちな入間
243:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:44:44 ID:FGG5R
>>237
入間でC-2っぽい奴ってったら電子作戦群のRC-2じゃないか?
たぶん東シナ海あたりへ向けての電子偵察だろうな。空自も動き始めたってことかな?
248:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:44:54 ID:Lo59A
NHUさっきから同じことばっか言ってんな。まだ全然情報が来てないって事なのか
257:閣下職ですが名無しです 20XX/07/20 14:45:10 ID:Fj58f
さて、そろそろ冗談抜きでマズい事態になってきましたなぁ……
……そんな感じで、何か喜んじゃう人もいれば、ガクブルする人もいれば、冷静に情報くれと叫ぶ人もいれば……。まあ、こういう時のネット住民なんてそんなもんである。
最初は、隣国等による軍事攻撃だと考えられていた。ただのテロ組織が戦闘機など持ち出せるわけもなく、しかも、首都のど真ん中を爆撃していくことなど不可能。中国共産党が目の敵にしているチベット人テロなどの可能性も、ここでは話題にすら上がらない。
ネット上でも言われていたように、メディアが何回か回した映像に映っていた戦闘機は、スホーイのSu-27系統に似ていると専ら話題になり、「まさかロシアが?」と噂になった。政府も可能性を考えていたのだろう。在日中国大使館や現地の日本大使館に連絡を取っている間、ロシア大使館にも事情を聞き始めていたが、ロシア側は真っ向から否定した。
「我々は中国に一切の攻撃を加えていない。我々を疑うのは誤りであり、中国は我が国と長年の友好を保つ親しき隣国である」
……そう述べるのは、ロシアの外務大臣である。その証拠に、仮に北京を攻撃するなら日本海や対馬を通って部隊を派遣する必要があるが、そういった話は周辺諸国(即ち、日本や韓国のこと)から出ていない。彼らが一番わかっているはずだと、自信満々だった。
実際、自衛隊では、北京を攻撃できるほどのロシアの航空部隊の移動を確認しておらず、羽浦たちの乗ったE-767も探知していなかった。せいぜい、ロシアの偵察機編隊が出てきたぐらいである。韓国も同様で、ロシアの関与についてメディアから質問攻めを喰らったらしい青瓦台が、「ロシアの可能性は考えていない」とわざわざコメントを発したぐらいである。
だが、ロシア以外であと中国の隣国でSu-27系統の戦闘機を運用しているのは、ベトナムやインド、モンゴル、カザフスタンあたりだが、どれも北京を攻撃するには遠すぎ、遠距離飛行からの首都爆撃を行う能力はない。頑張れば、インドが空母部隊を使って黄海に遠征できなくはないのだが、艦載機はMiG系統であってスホーイ系統ではない。また、インド海軍の能力では、北京を攻撃できたとしても、その後の反復攻撃は不可能であり、中国軍の反撃に耐えきることもできず、“片道切符の特攻隊”同然になってしまう。それをしなければならない理由はインドにはない。そもそも、それらの空母は今母国の港にいる。
当然、一応スホーイ系統の戦闘機を持っている中国軍が、わざわざ自分たちの首都を攻撃するとも思えない。クーデターでも起こそうというのか。末端にまで統制が届いていないという噂は確かにあるが、それは自国の首都を攻撃する理由にはなり得ない。
――つまり、これらの情報を全てまとめていえるのは……、
「……犯人がわからない?」
首相官邸で総理一行のぶら下がりを待っている記者たちは、本社から送られてくる他国メディア等の情報を確認しては、そんな感想を述べていた。
「近隣諸国は慌てて自分たちの関与を否定してる。俺達じゃないってな。自衛隊も在日米軍も、他国の軍事的関与があったらしい要素は探知していないんだと」
「それで、5階が異常に騒がしいんですか?」
「そういうことだ。今頃5階は大慌てだぞ。誰がやったのかわからない軍事攻撃の正体を、頑張って探ってるんだからな。市ヶ谷もたぶん厳戒態勢だろう」
「自衛隊も動きますよね?」
「ああ、間違いない。すでに、防衛省は防衛出動の発令を本格的に検討し始めているという情報もあるし、これから忙しくなる。本社の連中、間違いなく全ての報道をこれに差し替えろと言っているだろうから、俺らは暫く家に帰れねえぞ」
「げぇ~……防衛部に入らなきゃよかった……」
「今更なこと言うな、ここにいる連中は全員そう思ってるさ。これが終わったら、たんまり残業代と休暇を貰うとしようぜ」
――こうしてみると、そんな記者たちの会話も、まだ“平和だった頃”の“平和な会話”であったのかもしれない。
――夕方頃になると、羽浦たちも基地に帰ってきた。後続の任務は別働機に任せ、自分たちは一旦休憩に入る。
先ほどまでの戦闘や、撃墜機を出してしまったことによるショックはまだあったものの、基地に帰ってテレビをつけた瞬間、今度は別のショックによって上書きされてしまう。
「……北京が……」
百瀬が思わずそう呟いた。少し広い休憩室には、既に基地にいた隊員のうち手空きの者たちがぎっしりと詰めかけており、帰還後の後処理を終えた羽浦たちが向かったときには、夕方のニュース番組は、この北京攻撃の内容の特番を組んで報道していた。まるで3.11レベルの災害でも起こったのかと言わんばかりの状況で、L字の余白スペースが作られ、海外からの情報や政府の発表などがニュースティッカーのように横に流れている。
『――現在、政府は中国政府との連絡を取ろうと試みていますが、依然として応答がなく、現地大使館が状況把握に努めています。現地メディアによりますと、党大会中であった人民大会堂は壊滅。多くの共産党員が死傷し、隆主席含む中国共産党中央委員会常務委員の面々の行方が、未だに分からないとのことです。これにより、中国政府の国内統治の機構が麻痺し、軍の統制が困難な状況となっています――』
新米らしい女性キャスターが、見るからにあたふたした様子で現在の状況を伝えていた。
案の定ではあるが、中国国内は大混乱の様子だった。国営放送は、大本の共産党がやられたがために何をどう伝えればいいのかわからず、とりあえず見たまんまを伝える他なさそうなことが明かされており、珍しく検閲も指導もあまり届いていないほぼ生の情報が送られてきている。
共産党の私軍たる中国軍も、どうすればいいのか身動きが取れず、暫くは中央軍事委員会の副主席が臨時の指導部を急造し、対応するらしいことが、横に流れている字幕の内容から把握できた。
「……政治局がやらないのか」
羽浦がそう呟くと、隣から重本が言った。
「さっきマスコミの情報片っ端から見てったが、その政治局もほぼ壊滅なんだと。んで、今一番真面に動けそうなのが軍事委しかなくて、そっちの実質的トップが、その副主席だ。今の指導部、ほとんど壊滅状態だとみていいな」
「党大会は、確かに共産党指導部の人間のほとんどが一堂に会するとはいえ、そこを狙ってのものだとしたら……」
「ああ。間違いなく、事前に計画を練ってたと見たほうがいい。……例の無国籍戦闘機の件とも、関係あるかもな」
「……」
羽浦はテレビを見ながら固まっていた。小さく、こめかみに一筋の汗も流している。
――やはり信じられない。先の撃墜事件もそうだが、その直後にこれというのは、確かに偶然とは思えないが……。しかも、あの戦闘機、カラーリングだけは中国機だった。
今回の北京爆撃も、まさか……。
「(……いや、そんなまさか……)」
幾らなんでも、それはあり得ないと羽浦は思っていた。自衛隊とは違い、党に仕える軍隊が、今の中国人民解放軍だ。国に仕える軍隊なら、政権に対するクーデターみたいなことはあり得るかもしれないが、党に仕える軍隊が、党に仇名すという可能性をどこまで考えられるだろうか。
……だが、もし、それが、あり得たのなら……。
「(……遼さんは、それの犠牲に……?)」
周辺諸国の偽装などではないなら、可能性は大きくなる。かのJ-11の狙いが何だったのかはわからないが、北京攻撃に関連したものであるならば、間違いなくその反逆的行動の犠牲になったという話になる。
「(なぜそんなので彼がやられなきゃならねんだ……)」
自然と歯をかみしめた。そのような国内政治のゴタゴタに、なぜ隣国とはいえ他国の人間が死なねばならないのか。なぜわざわざ彼が死ぬ必要があったのか。なぜか。これっぽっちも理解できなかった。
無駄死になんて言葉が奇しくも似合う死に方だが、こういう時、やはり犠牲になるのは彼らなのか。前線は得てしてそういう役目を自動的に負うものであるが、その時、彼らを見ていたのは自分なのだということを考えると、気のせいか、妙に肩が重い。
自分が殺した――などとは、一々思わない。まずもって、民間機に偽装された時点で判別不能だ。羽浦に出来ることなど何もない。指示を出して、あとは向こうに任せて終わりなのだ。それ以上を求めても意味はないし、自分の関与のしようがない部分にまで責任を感じても、ただの余計なお節介にしかならない。
……それでも、一つだけ後悔していた。
「(……約束、守れなかったな……)」
本当に、安易に命を扱う約束なんてするもんじゃないと心底後悔していた。そして、一度でも守ると言っていながら、守ることができなかった。手が届かないところにいたとはいえ、一度言ったことを履行できなかった責任感は、大きく感じていた。たとえそれが、どうしようもなく、考えたってしょうがないものであったとしてもだ。
羽浦は、おもむろにスマホを取り出した。LINEで一人の女性の通知欄を取り出すが、何もメッセージは入っていない。当たり前なのではあるが、何を期待していたのか。自分でも、ため息をついてしまう。
「……憎まれ口の一つや二つあったほうが気が楽だなこりゃ……」
何もない沈黙より、何か言ってくる方がまだ気分は楽である。よくありがちな話ではあるが、どうも羽浦には当てはまりそうな話のようだった。かといって、こっちから何か言うべきかどうか。今向こうは、自分の彼氏を失って魂が抜けた屍のような状態になっているのは容易に想像できる。いつもは何かあっても割り切って考えることができる彼女だが、彼氏の場合はどうなのか。流石にいつまでもくよくよしているわけにはいくまいが、今はまだ時間がそこまで経っていない。
「はあぁ……」
大きめのため息をつく。
「――らさん?」
「……」
「――羽浦さん?」
「ぇ、あぁ、はい?」
隣から呼ぶ声。百瀬だった。
「スマホ、ガン見でしたけどどうしました?」
「あぁ、いや、大丈夫です。時間確認してただけで」
「結構長い確認でしたけど……ていうか、あそこにアナログ時計――」
「あれ少しずれてるんですよ、ハハハ」
「ズレてたっけあれ……」
不審がる百瀬だが、すぐに羽浦は別の話題に切り替えた。
「あ、そういえばシゲさんは? さっきまでそこにいたのに」
そう言って百瀬の隣を指さした。そのスペースにはだれもいないが、先ほどまで重本がいた。羽浦がスマホと睨めっこしているときに、どこかに消えていなくなっていたのだ。
「あぁ、あの人でしたら上の方に呼ばれて司令室に行きましたよ?」
「上って、誰です?」
「警戒航空団司令」
「司令が直々に?」
羽浦は思わず聞き返した。浜松基地はE-767やE-2C/Dの部隊を統べる警戒航空団の司令部もあるが、そこから直々に重本が呼ばれたとなると、軽い事情ではなさそうである。
「例の撃墜許可の件ですかね?」
「たぶん。幾ら自衛措置とはいえ、地上の了承なしにやっちゃったもんですから、たぶんやっかみの一つや二つは喰らうかもしれないです」
「マジっすか」
そういえば、それを求めた大元は自分であることを思い出す。部下の行動の責任は上司が取るのが理想とはいえ、本当にやっかみを喰らうために行ったのだとしたら、少々申し訳なさも感じる。あとで何か奢るか。
「まあ、でも、たぶん事情説明ぐらいでしょうから、もしかしたら少しの間かえってこn――」
と、百瀬がさらに続きを言おうとした時だった。
「――おい! 全員いるか!?」
「ッ?」
一人の男性の声が響き渡る。テレビに夢中だった全員が一斉に音源の方を向くと、そこには重本がいた。急いで走ってきたのか、若干の息切れを起こしている。
「シゲさん?」
「どうしたんです。嫁にでも追いかけられましたか?」
「んなわけあるか! それより……」
彼は室内にいる隊員を一瞥して言った。
「……今すぐ、大会議室に集合しろ。マズいことになった、ブリーフィングするぞ」
「ブリーフィングって、この後うちらフライトないですよね? 何があったんです?」
一人の隊員が聞いたところに、重本は重い口ぶりで言った。
「……さっき、司令部に呼ばれた。北京の動きと、あと、“動画の件”を受けて、正式に『Q号計画』が発令された」
「Q号ッ?」
全員がその言葉に息をのんだ。Q号計画といえば、末端はまだしも、もう少し偉い幹部の自衛官ならば誰でも知っているものだ。別名、『自衛隊有事行動計画』。これが発令されたということは、つまり……。
「待ってください、本当に発令されたんですか?」
誰もが抱いているであろう疑問を、羽浦が代表して聞いた。重本は即答で頷き、
「ああ、さっき司令から直接聞かされた。正式な発令と、指令書の開封作業は後ほど司令室で執り行われることになる。俺も同席する予定だ」
「そこまでのことが起こったんですか? あと、動画の件って……」
羽浦ささらにそういうと、重本は「え?」と眉を顰め、テレビの方を向いた。チャンネルは日照テレビの特番。相変わらずほとんど更新されていない情報を頻りに流し続けている。
「こっちじゃまだ伝わってなかったのか」
そう呟くと、重本は別の隊員からリモコンを借り、チャンネルを切り替える。公共放送のNHUに切り替えると、こっちもやはり特番を組んでいたが、速報扱いで、他局とは別の情報が流されていた。
『――えー、繰り返しお伝えします。まだ時間はそこまで経っていません。先ほど、動画投稿サイト、OurTubeにて――』
『――今回の北京爆撃を行った“首謀者”と思われる“組織”からの、“犯行声明”が投稿されました。繰り返します――』
「犯行声明!?」。誰もがそのテレビの画面を凝視した……