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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第2章 ―1日目:午前中 Day-1:Forenoon―
13/93

2-6

 ――戦後史上初であろう、日本の防空識別圏内での“空中戦”が、ここに勃発した。


 F-15J対J-11B。正確には、そう思わしき戦闘機。東シナ海沖縄本島北西沖上空2万8000フィート。灰色の翼たちは、鋭い機動を青い空に残しながら、“敵”に対し、その銃口、ミサイルを向けようとしのぎを削り始める。それぞれ、『アルファ』と『ブラボー』と名付けられたその敵機は、分散したF-15Jをどうにかして追い掛けるべく必死の追撃を試みている。


『いいかフェアリー、無理に後ろを取ろうとするなよ。時間をかけろ。焦って隙を見せるより幾分もマシだと思え』


 近藤の無線だ。羽浦の“挑発”により落ち着きを取り戻した蒼波は、今までの訓練で言われてきたことを瞬時に記憶から引っ張り出す。

 まずは落ち着け。落ち着いて敵の動きを見ろ。焦った状態での機動にまともなものはない。基本に忠実たれ。危ない真似をする前に、基本をこなせ。これで半分は勝てる。

 あとの半分は、“忍耐”だ。そして最後の最後に、“根性と奇策”を使え。最後の手段だ、優先順位を間違えるな。


「(……絶対死んでやるもんか……ッ!)」


 蒼波の闘志に火が付いた。すると、羽浦が無線でさらに状況を伝える。


『アマテラスよりバザード。増援に状況を伝えた。ミサイルの援護を頼んだが、射程に入るまで最低でも4分かかる。それまで耐えろ。耐えたら天国が待ってると思え』

『バザード2-1、ラジャー! 天国入りの歓迎はミサイルかい?』

『たらふく奴らに食わせてやるさ、グリズリー。前菜は貴方とフェアリーに任せる』

『イエッサー! いくぞフェアリー、メインディッシュまでのお相手だ!』


 近藤機が一気に近くのJ-11Bに近づく。レーダー上では、近藤機が相手しようとしているのはアルファのようだった。少しだけ距離を置き、近藤がアルファを追いかける体勢になるのを待つ。


「(焦らない……焦らない……)」


 じっと待つ。もう一機のJ-11Bブラボーに目を凝らし、ブラボーは相方の援護のためにグリズリーを追いかけ始めるのを待つ。


『フェアリー、4時下、ブラボーいるぞ。見えてるか?』

「大丈夫、見えてる」


 レーダーと目視で再確認。徐々に接近しつつあるが、それでも緩い機動で機体を左右に振る。高機動なSu-27譲りとあって、どんな機動を取ってもピタリとくっついてきたJ-11Bだが、少しずつ動きが鈍り始める。しめた。思った通り、追跡をする際に要らぬ急制動をしているのが仇になったのだ。


「(戦闘機がどれだけ優秀でも、乗ってる人のスペックは皆同じ……)」


 蒼波がまだ309入りたてだった頃、教官だった近藤がしつこく言っていたことだった。戦闘機という乗り物は、人間という“部品”が入ることで、その能力を大きく制約させる。しかし、これは同時に、戦闘機乗りにとっては“チャンス”でもあるのだ。人間の弱点を知ることは、空戦での弱点を克服することに繋がり、“利用”することもできる。

 蒼波は、自分の弱点を使った。体力が切れて、徐々に近藤と差が開き始めていた先ほどの状況を、敢えて再現した。蒼波と、ブラボーのJ-11Bの距離が離れていく。やろうと思えば、ここで一気に急旋回をかけ、ミサイルをロックすることも可能だ。改修されたこのF-15Jは、JHMCSの恩恵により、視線をその敵に向けるだけでロックオンできる。わざわざ機首方向に敵を捉える必要がない、オフボアサイト能力だ。今蒼波が持っているAAM-5Bも、JHMCSと組み合わせることで、その能力をフルに発揮できる。


 しかし、まだやらない。


「今はアルファ……2対1……」


 目先のチャンスに惑わされるな。手順を踏まえろ。唐突な手順の変更は、余程運に恵まれてない限り、良い結果を生まない。これも、近藤から教わったものだ。

 近藤がアルファを追いかけ始めた。機体を左右に振り合い、交差する。ねじれた航跡だ。ローリングシザースと呼ばれる空中機動が展開され始めた。先行がアルファ、後行が近藤。距離は遠くない。ミサイルを撃つ距離ではないが、近藤は徐々に減速を始めた。


『フェアリー、スタンバイ! 行けたら呼べ!』

「ラジャー!」


 蒼波が一気に機体を加速。近藤たちがいる空域に一気に接近する。


『フェアリー、ブラボー追尾。6時より接近。ふらついてる。今のうちに突き放せ』

「オッケー」


 羽浦のアドバイスに返答し、スロットルをアフターバーナー寸前まで押し込んだ。そこまで距離はない。いつでも間に割り込んで入れる場所についた。


「グリズリー、スタンバイ」

『よし、もうすぐそっちの正面だ。俺の合図で割って入れ、あと5秒!』


 もうすぐ、近藤とアルファの機体が交差する。ウイングマンたる蒼波は、この後の手順を瞬時に頭の中で組み上げる。訓練で何度となくやったことだ。もう体が覚えていた。


『――よし、入れ!』


 蒼波は、スロットルを奥まで押し込んだ。「GO GATE!」。その宣言と共に、双発のエンジンは、ノズルから赤く短い炎の輪の光を捻りだす。一直線に突っ込んだだけなのに、それでも大きなGがかかる。

 近藤は一気に機体を減速させ、その場を離れる。近藤に追い掛けられ、ふらふらな状態のアルファは、さらに、機体を大きく左右に不規則に揺らした。それにより、一気に蒼波との差が縮まる。回避起動もまともにとっていない。


「(しめた! チャンス!)」


 スロットルを緩めつつ、レーダーを照準。ロックオンはすぐに完了した。目の前の敵をロックしたことを知らせる明瞭なオーラルトーンがコックピット内に響く。


「――貰った」


 緊張の瞬間。初めて実弾のミサイルを発射する。これで相手の命が奪われようとも、これは自己防衛。恨むなら、攻撃をしてきた自分を恨め。蒼波は素早く深呼吸をし、


「――フェアリー、フォックs――」


 ――しかし、その時だった。


『マズい! フェアリー! 今すぐ旋回しろ! ブレイクブレイク!!』


 グリズリーが叫んだ。「えッ?」。そう呟いた瞬間、


「――うわッ!!」


 突然、機体が大きく揺れた。巨人か何かが、強引に機体を掴んで振り回しているように、機体は不規則な振動を受ける。操縦がほとんど効かない。


「(なに!? なにこれ!?)」


 ミサイルを撃たれたわけではない。機体が破壊されているわけではない。何が起きた? グリズリーが叫んだ。


晴天乱気流エアポケットだ! 穴に入ったぞ! すぐに抜け出せ!』


 しまった! 蒼波は愕然とした。

 通常、雲などの視覚的な兆候に基づき発生する乱気流だが、それがない乱気流も発生する。それが、『晴天乱気流エアポケット』だ。これは、気象レーダーなどでの探知がほぼ不可能なため、予測が困難。まさしく神出鬼没と言っても過言ではないうえ、これに嵌った場合は、激しい揺れにより搭乗者を混乱させる。

 ……そして、これが発生するのは……



 ――羽浦は、グリズリーの無線を聞き、すぐに手元の天気図の資料をめくった。一枚だけ、とある図が目に入った。

 それは、ジェット気流の図を示したもの。そして、今蒼波と近藤がいる空域は……


「――クソッ、亜熱帯ジェット気流のほぼ真っただ中じゃねえか!」


 しくじった。晴天乱気流はジェット気流の周辺で頻繁に発生する。運悪く、この亜熱帯ジェット気流の周辺で発生した晴天乱気流の一つに、蒼波は突っ込んだのだ。

 となれば、前方にいる敵機アルファの動きが数秒ほど極度に鈍ったのも、蒼波に先立ってこれに突っ込んだからか? しまった、そのときに異変に気づくべきだった。その羽浦の後悔も、後の祭りという他なかった。


『フェアリー! そこを抜けろ! 急げ!』


 近藤の声に、蒼波は機体の機動で答えた。すぐに急旋回。とにかくもがく様に機体を全く別の方向に向ける。高度も徐々に降下するが、数秒程たつと、機体の動きが安定した。


『抜けた!』


 蒼波の声だ。しかし、羽浦はホッとしたのもつかの間、その蒼波の後ろのブリップを見た。


 ――マズい! 羽浦は無線で叫んだ。


「フェアリー! 後ろ! ブラボー接近中!」



 ――蒼波も、晴天乱気流から抜け出すのに必死になりすぎた。数秒の間、ブラボーが後ろから追いかけてきているのを失念していたのだ。しかも、近藤は今、ブラボーに背を向けている状態だ。反転してブラボーに向かったとしても、援護はギリギリ間に合わない。


『フェアリー! 回避しろ!』


 晴天乱気流から離脱したばかりで、動きもぶっていた蒼波の機体は、緩やかな降下をしていた。敵にしてみれば、まさに撃ってくれと言わんばかりの攻撃の大チャンス。蒼波は、再び焦った。


「やっば!」


 スロットルを再度押し込んだ。3秒だけアフターバーナーを焚き、速度を一瞬にしてつけると、あとは少しだけ手前に引いて、高速状態を維持してとにかく距離を離しにかかった。

 ……しかし、それで終わってはくれなかったらしい。


「――ッ! チィッ、ミサイル!」


 思わず舌打ちをした。レーダーロックの警報音。さらに、ミサイル接近の警報音がほぼ連続して響いた。余りに近かったことが災いした。すぐに捉えられたのだ。


「フレア!」


 すぐにフレアをばら撒き、エンジンをアイドル寸前にまで下げ、機体からの放射熱を少しでも下げる。ミサイルが接近する恐怖に駆られるように、機体を半ロールさせ、一気に降下に転じて速度を稼ごうとする。

 ……そのタイミングで、


「――ッィ!!」


 機体が振動した。被弾……ではない。またフレアに助けられたようだ。今日は運がいい。

 しかし、破片が何個か機体に当たったらしい。鈍い金属音がコックピット内にも響いた。相当近かったのだ。フレアをばら撒いても、もしかしたら近接信管が作動し、その破片を受けたのかもしれない。


「バザード2、回避に成功。でも破片が何個か当たった! 飛行に支障なし!」


 すぐに機体の動きをチェックし、そう無線に投げる。ほぼ同時に、


『了解! 行くぞ、バザード1、FOX2!』


 近藤が力強くそう宣言した。FOX2。赤外線誘導型AAMの発射コールだ。近藤がAAM-5Bを発射したのだ。右手上方を見ると、近藤機が、上空より急降下をしているのが見えた。さらにその手前側に、ミサイルのものらしき白い雲の線が見えた。JHMCSは、それにミサイルであることを示す×印を重ねている。

 ブラボーはフレアを焚いた。しかし、回避はほとんどしない。蒼波を強引にでも落とすつもりだ。AAM-5Bは機体の左翼側に命中した。バックミラーで蒼波も確認した。


「やった!」


 だが、蒼波の歓喜も不発に終わる。敵はすぐには落ちなかった。当たりが不完全だったのか、左翼の半分が欠けただけで、まだ飛んでいた。スピードに任せ、強引に飛んでいたのだ。


「しつっこいわね!」


 蒼波は、次の攻撃に備え、フレアを焚きながら機体を急旋回させようとした。

 ―――が、蒼波は気づいた。


「……え?」


 フレアの発射スイッチを押しても、“フレアが出ない”。

 いつも聞こえる射出音が、聞こえてこない。


「え、なんでッ?」


 だが、思い当たる節はあった。先ほどの破片だ。

 あの時、機体は下部を上に向けながら急旋回をしようとしていた。その時、そのさらに少しばかり上後方で、爆発が起きた。その破片は、当然機体の下部に当たっただろう。その下部には、フレアの射出機もある。


 ――まさか、


「(――フレア射出機がやられた!?)」


 蒼波は確信した。それしか可能性がないが、余りに運がない。


「グリズリー! 破片にやられた! フレアが出ない!」

『なに!?』


 さらに、今度は羽浦が叫んだ。


『フェアリー! そいつあと一発残してるぞ! 逃げろ!』


 そうだ、ブラボーはあと一発、ミサイルを残している!



『ビーーーーーー』



「――しまった!」


 ミサイル接近警報が鳴った。ミサイルだ。ミサイルが撃たれた!

 急いで後方を確認。左翼から黒煙を拭きながら、J-11Bが右翼側のパイロンからミサイルを放ったのが見えた。恐らく胴体側。中距離AAMのR-27T。


「(こ、こっちはもうフレア出せないのに!)」


 どうすればいい? 基本に則れば、ここは間違いなくフレアを放出して逃げる場面。数はある。チャフ/フレアを収納するカートリッジマガジンには、あと一回出す分が残っている。徐々に接近するミサイルをレーダーで確認しながら、それが機体に近づくたびに、蒼波の焦燥感は増した。

 とにかく、避けなければ――その思いで、機体上面を下に向けたまま、ミサイルが最接近したタイミングを狙って操縦桿を面いっぱい引く。機首が雲海の方向に向かい、ミサイルは尾部の少し先を通り抜けた。幸運にも、近接信管は作動しなかったらしい。だが、ミサイルはまだ生きている。ハーフロールしながら、速度を上げ降下していく機体のすぐ後ろ上方からは、反転してきたミサイルがこちらに先端のIRシーカーを「ぐるんっ」と鋭く向ける。白煙の尾は引いていないから、ロケットモーターの噴射は終わったはずだ。

 それでも、死神に一直線に見られているような、そんな恐怖。同じ手はもう何度も通用しないだろう。蒼波はすぐに悟っていた。


「(なに!? あとなに使えばいいの!? 何が残ってるの!?)」


 今更エンジンをアイドルに絞ったって意味がない。今エンジンをアイドルに絞っても、熱はまだ残る。しかも、ほぼ真後ろの少し上の方向からだ。そこに残留した熱源を使って追ってくるに違いない。


 ――万策尽きたか?


「(こうなったら今からでもイジェクトを――)」


 そう思った時だった。


『フェアリー! 雲だ!』


 誰かが叫んだ。近藤ではない。


『雲に逃げろ! 下の低気圧だ! 全力で突っ込め!』


 羽浦だ。どういうことかを聞く前に、このまま死ぬよりならと、一気に機体を急降下させる。

 アフターバーナー点火。無線では『FOX3!』のコールと、さらに「SPLASH1!」のコールが響いた。撃墜だ。近藤がブラボーを撃墜したのだ。羽浦も撃墜確認の無線を入れた。

 だが、蒼波はそれどころではない。一先ず言われるがままに急降下。目の前に、すぐさま熱帯低気圧のだだっ広い白い雲が見えてくる。


『そいつはもう滑空モードグライドに入った。雲に入ってもA/B切るな、雲の中で急旋回しろ! あとは祈れ!』


 そこまで説明されて、蒼波はようやく気づいた。今目の前にある低気圧。その乱流は大型の旅客機さえ、洗濯機に入れた衣服のようにもみくちゃにかき回す。ただでさえ人間が数人もいれば持ち上げられる程度しかない小さなミサイルなら、その機動性を大幅に低下させられる。ましてや、そのミサイルは今ロケットモーターの初期噴射を終えて滑空状態で飛んでいる。乱流に巻き込まれたときの修正力はほとんどない。それにより混乱しているうちに、さっさと探知範囲外に逃げてしまえということなのだ。

 ……しかし、アイツ、一体なんていう賭けをさせるつもりなのか。確かに、現代のIRシーカーは高性能であるため、低気圧に入ったところでその熱をごまかすことは不可能だ。それゆえ、回避するならミサイル自身が見失ってもらうのを待つしかない。だが、だからといって大型機でもまともに飛べない低気圧の中を、それより小さい戦闘機でミサイルもろとも強引に突っ込んで逃げろという。蒼波は半ば呆れていたが、近藤もそれに乗ってきた。


『ナイスアイディアだ! 相当危険だが今はそれしかない! 低気圧の乱流を使え! 失速に注意しろよ、中は相当揺れるぞ!』


 もうこれ以外手はないということだろう。蒼波はアフターバーナー全開のまま雲に突撃すると、一気に白い雲海が目の前にやってくる。

 入る直前、バックミラーで上からやってくるミサイルを確認。もう初期噴射はしておらず、完全に慣性で飛んでいる状態だ。低気圧の乱流を強引に突き抜けるような推進力はもうないはずだ。

 「ええい、なるようになれ!」と神に祈りながら、勢いそのまま、蒼波の機体は低気圧の雲に突入した。後ろから追跡してくるミサイルも、遅れてそれに入ってこようとする。


「うぉらッ!!」


 低気圧らしく、雲の中は気流が不規則だった。しかし、それでも言われた通り、操縦桿を手前に倒し、機体を起き上がらせる。速度が減っていく。失速だけはしないよう、速度と高度に視線を集中させる。

 RWRスコープの画面ではわからないので蒼波の知るところではなかったが、効果は徐々に表れてきていた。ミサイルは依然追ってきてはいるが、そもそも気流が不安定な低気圧の中。ミサイルも真面に飛べないのか、徐々に変な方向に行き始めた。必死に修正しようとも、ただでさえちっこいミサイルである。不安定な気流の影響は大きく受けるだろう。高速に飛んでいようが関係ない。その高速性すら、低気圧の中では減衰される。


『雲抜けるぞ! もっと上げろ!』

「もう限界よォ!!」


 羽浦の叫声に対し、それをバットで打ち返したような大音声で返す。操縦桿をさらに手前側に面いっぱいに倒し、水平儀と高度を交互に見て「早く早く早く……」と焦りを募らせていく。雲のを抜けると、キャノピーに大量の水滴がついてるのが見て取れた。外界が見えにくくなるが、灰色で視程がほとんどない状態なのはわかった。本当に雲を抜けたのかとも思いたくなるが、かすかに、海が見えた。それも、結構近い。低高度警報も鳴っていた。


「――ッ! 外れた!」


 一定間隔で鳴っていたミサイル接近警報が消えた。見失ったのだ。先ほどまでの乱流でもみくちゃにされたうえ、この豪雨だ。エンジン排熱が真面に見えないところにまで持っていかれてしまったのだろう。

 そのまま機首が上向きになると同時に、蒼波は改めて高度計の数字を確認する。JHMCSに表示されている高度計は、今自分が海面上200フィートの位置にいる事を教えていた。


「(あ、あぶなー……ッ)」


 引き上げが0.1秒、いや、0.01秒でも遅かったら、海面とキスをするところであったのは間違いない。海面の波の様子がよく見える。白波が立っているので、まだ荒れているのだろう。そう判別でいるぐらいはっきり見える高度だった。

 再び雲の中に入ると同時に、羽浦が無線で言った。


『ミサイル回避。フェアリーと全く別方向に飛び始めた』

『ヒィヤッハー! ミサイル4発回避とはやべえなお前! あと一発回避したらエースだぞ!』

「エースってそういう意味じゃないでしょッ」


 冷静にツッコミながら、再び気流にもみくちゃにされながらも雲の中を抜けた。面倒だと思っていた低気圧に助けられたと感じながら、もう一機残っていた敵を探す。レーダーには、近藤機の後方に向かおうと必死に後をつけているのが見えた。


「グリズリー! 後ろいますよ!」

『大丈夫だ! もうアイツは落ちる!』


 え? そう疑問に思った瞬間、視界にも捉えた敵機アルファは、急に近藤を追うのを止めて、急旋回を開始した。

 その後10秒前後くらいした後か。二本の白い線が見えたと思ったら、その線はアルファまで延び、機体を複数の鉄製の破片へと変えた。


『お待たせ、生きてる?』


 これもまた、聞きなれた声。蒼波は思わず笑みを零し、TACネームで無線で呼びかけた。


遼ちゃん(スピア―)!』



 ――増援到着!

 羽浦からの一報により、E-767のオペレーションルームは安堵の空気に包まれた。

 那覇より上がった309飛行隊の増援2機。バザードの|2-3(スピア―)・2-4スリット。スピアーは、蒼波の彼氏たる神野だった。元々この4機で編隊をよく組んでいるため、この日も30分待機組としてスタンバイしており、即席の増援としては妥当な2機であった。さらに、事態悪化に備え、那覇からは計4機の戦闘空中哨戒(CAP)を上げる準備が整っており、今から順次発進させるとの連絡が、先ほど直接那覇基地から入ってきた。


「(危なかった……何とか間に合った)」


 羽浦も大きく一息吐き、緊張を一旦解いた。2機のJ-11Bは撃墜された。なぜ斯様な攻撃に至ったかはわからないし、自分らのしたことが正しいかはわからないが、それは周りが判断してくれるだろう。まずは、全員が無事であったことを喜びたく思った。


「……咲も、無事か……」


 改めて蒼波の機のブリップを確認。しっかり飛んでいる。フレアが出なくなったと知ったときは思わず無線で叫んでいたし、ミサイルが撃たれた時はもうダメだとも思ったが、ふと目に入った資料が、朝のブリーフィングで使った天気図のページを開けていてよかったと心底思った。

 実際、赤外線ミサイルといえど雲の中でも戦闘機の赤外線なんて余裕で捉えてくれるだろうと勝手に思っていたが、ここで脱出したら低気圧に揉まれて安心な着水どころではないし、救助も見込めない。どっちにしろ死ぬよりならもがいた方がいいという判断だったが、結果的には正しかった。


 ――賭けに勝った。朝は鬱陶しく思っていた低気圧だが、今ははっきり言える。ここにいてくれてありがとうと。


「全員無事か……危ない所だったな」


 重本も安心した様子だった。袖で額の汗をぬぐっている。知らないうちに相当な量の汗をかいていたようだった。


「ギリギリですが、損失はありません。計4機。これで一旦は事態は収まります」

「よし。先行の2-1と2-2を下がらせろ。CAPが上がるまでは、2-3と2-4に現場を監視させる」

「了解」


 重本の指示を中継するように、羽浦は無線を開いた。


「アマテラスよりバザード2-1、改めて損害の有無を確認せよ」


 本来は通常の指示は英語なのだが、さっきまで「緊急だから」と日本語オンリーでやってたせいか、もうこのまま日本語でいいやとなった羽浦。対する向こうも日本語だ。


『こちらバザード2-1、こっちは大丈夫だ。全員生きてる』

「了解。よく生き残りました。2-1と2-2は現場空域を離脱、2-3と2-4に引き継いでください。今CAPが上がりますので、何れそっちに現場は引き継がせます。一先ずはお疲れさまです」

『はいよ、お疲れさん。バザード2-1、これより帰還する。フェアリー、帰るぞ。帰って俺の写真とお前の動画を政府とメディアにばら撒いてやろうぜ。ヘッヘッヘ』

『なぁに言ってんだこの隊長……』


 蒼波の呆れ声。羽浦も思わず苦笑を浮かべる。あとは、2-3と2-4に指示を出すだけだ。


『――フェアリーよりアマテラス』

「ん?」


 ……と、蒼波から個人的に無線。少しばかりもじもじするような口調で、


『――ありがと。帰ったら飯奢ってあげる』


 ……お礼だった。そうか。考えてみれば、自分がやったことはある意味崖に転落しそうになったところを助けた救世主みたいなものなのか。羽浦は小さく一息吐いて笑い、


「……銀座のダイニングな。一丁目の三ツ星」

『うわ、えげつな……』


 ここぞとばかりに一番行きたかった店を要求した。「ブフッ」と、隣で重本が吹いた。周りも若干笑いかけていた。仕事してください。

 とはいえ、命を救われた立場である故、却下はできない。今まで奢ってもらってたこともあるので、一応OKした蒼波。ただ、「……あまり高いのはやめてね?」と、くぎを刺された。流石にそこまで意地悪はしないと、羽浦も返す。


『あぁ、そうだ。アマテラス、念のため報告する』


 グリズリーだ。思い出したように羽浦を呼び出した。


「アマテラス、どうぞ」

『1機目の撃墜時、一瞬だが主翼と、片方の垂直尾翼を確認した。……やはり、国籍マークらしきラウンデルはなかった』

「確かですか?」

『ああ。もう1機は確認できなかったが、恐らく同様だと思う。あと、機体番号も見えなかった』

「ロービジではないんですね?」

『ああ、間違いない。ロービジにしてはみえなさすぎる。何も描かれていないとみるのが自然だと思う』


 やはり……では、本当にあの戦闘機は国籍マークを付けていなかったのか。「ついに国際法を堂々と無視しやがったか?」と、隣で重本がぼやいていた。

 どこの国でもちゃんとつけているものをなぜ……? 疑問は増えるが、それより、今はあの2人を基地に返さねばならない。国籍マークのことは横において、一先ずは帰還の指示を出す。


「了解しました。地上にはこちらから伝えておきます。とりあえず、そっちは燃料もビンゴでしょうし早めに帰還してください。後続は2-3と2-4に任せて――」


 あとはゆっくり休んでください。そう言葉をつづけようとした時だった。



「――あ、新たな反応! 不明機ボギー2機!」



 ――新手!? 報告する百瀬の甲高い声により、安堵感に包まれていたオペレーションルームの空気は一気に逆転した。

 油断した。もう次はないだろうと高を括っていたが、まだいたのか。重本は急いで確認した。


「どこだ! どこにいる!?」

「バザードより……えー、え!?」

「どうした! どこにいるんだ!」

「え、えっと……ば」

「ば?」




「――バザードの、ほぼ、“真上”です……ッ!」


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