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Guardian’s Sky ―女神の空―  作者: Sky Aviation
第2章 ―1日目:午前中 Day-1:Forenoon―
12/93

2-5


『――フェアリー! 回避だ! 逃げろ!!』


 その無線は、アマテラスのほうにも届いていた。レーダー上で、目標が一気に減速し、バザードの後方についたのを見て、ふと不審に思った瞬間の出来事だった。


「――ッ! ば、バザードが急旋回を開始! アンノウン、バザードの後方についています!」


 回避行動だ。羽浦の報告を聞いた誰もがそう直感した。レーダー上では、バザードを示すブリップが、急激に旋回しているのが確認できた。後ろにいたJ-11Bも、それを追いかけるような機動を取り始める。


「バザード! 可能ならば状況を報告せよ!」


 羽浦が思わず叫ぶようにそう指示した。返答はすぐに来た。近藤からだ。


『2-1よりアマテラス! あのクソ野郎ロックオンしてきやがった! こっちを追い回してきやがる!』

「グリズリー、威嚇の可能性は?」

『わからん! だが、実弾装備してるだけあって不気味でしゃあねえ! どうすればいい? 事後の指示を!』

「グリズリー、今はとにかくそこを離れろ。増援をすぐに上がらせる。とにかく、目標から距離を置いて体勢を立て直せ」

『了解! フェアリー、ついてこい! 逃げるぞ!』


 その無線ののち、バザードの2機はとにかく高速で現場空域を離れ始めた。それを追いかけるJ-11B。未だミサイルは撃たないが、必死に回避行動をしているのが功を奏しているのか、それとも、単に撃つ気はないのか。


「南西SOCに通達! 目標、バザードにロックオン。回避行動中!」

「了解!」

「横田にも一報入れろ。中国機と思われる国籍不明機が自衛隊機を追尾中だと」

「通常の手順ではありませんが……」

「構うもんか。一大事なんだ、ちっとは見逃してくれるだろ」


 重本は焦燥感を抱きながらも、手際よく指示を出していく。地上の各司令部に通知し、事後の指示を請うとともに、那覇DCに対し、直接の増援要請を出した。


「このまま回避させろ。向こうが撃ってくるまで撃たせるなよ」

「は、はい……」


 羽浦は極度の緊張感を抱きながら返答した。ロックオンされるなど、自身初の経験だった。平時ではあるが、こうした行為はほとんど照準を向けられたも同義だ。あとはミサイルを撃つだけ。こんな至近距離から撃たれたら、回避できる確率は相当低くなる。

 どちらとも心配なのは間違いないが、羽浦にとって、特に、1機のF-15Jのブリップにはしきりに目を向けていた。


「……咲……」


 よりにもよってなぜ彼女のいる時なのだ。いや、ほかの人だったらいいというわけではないが、自分の見知った人が、まさかこういう目に遭うことになるとは……。レーダーを見ていると徐々に不安が募る。蒼波の機体は、先行している近藤の機体と、徐々に差が開き始めていたのだ。


「(クソッ……最初に無理しすぎたんだ……)」


 最初のうちに一気にハイGがかかりまくる急旋回をかましてしまったために、徐々に体力がなくなってきたのだ。ましてや、蒼波は女性だ。どうしても体力的な差は男性と比べて劣ってしまう。

 ……注意喚起すべきか。いや、今の自分の状況は、誰でもない蒼波自身がわかっているはずだ。余計なお世話か? だが、もし気づいていなかったら……。


「……どっちがいいんだ……」


 蒼波の機体のブリップを見つめたまま、羽浦も固まってしまった。元より、今の彼に出来ることなどそこまで多くないのだ。


「南西SOCからです。増援は送ったから少しだけ待ってほしいと」

「何分だ、何分待てばいい?」

「10分から8分だと」

「くそ、長いな……」


 重本が愚痴をこぼした。空戦の世界においては、数機同士の戦闘でも経ったの数分で決着がつくことだってあるのだ。それでも、この“追い掛けっこ”を最大10分も続けなければならないというのは、とてもではないが負担が大きすぎるものだ。パイロットの体力が持つだろうか。


「とりあえず、伝えておけ。那覇から援軍は上がったと」

「了解」


 羽浦は無線機のスイッチを入れた。


「アマテラスよりバザード2-1、今那覇からスクランブルが上がった。あと10分――」


 持ちこたえろ、と言おうとしたとき、重本が横から手を挟む。手をパーに広げていた。それを見た羽浦は、すぐに訂正する。


「――いや、5分だけ持ちこたえてくれ」



 ――その指示を受けた近藤と蒼波。あと10分から5分の訂正が入ったが、それでも長いと感じていた。


『どっかの戦闘妖精アニメの台詞みてえだな、今の!』


 近藤がハイGターンをかけてロックを外しながらそう零した。だが、そんな愚痴を聞いている余裕は、蒼波にはなかった。今それどころではなかったのだ。

 ひっきりなしにコックピット内に響き渡る警報音。一回外れたと思ったら、鳴りだし、また外れたと思ったら、またすぐに鳴り始める。急旋回をかけるたびに、主翼の付け根と翼端からヴェイパーの白い雲の線が伸び、Gロックの警報も響き、コックピット内は警報ばかりで煩い状態になっていた。

 マスクから強引に吸入される酸素を必死に吸いながら、それすらも、心拍数増加による激しい呼吸のせいで“息苦しい”と感じながら、蒼波は、足のペダルを必要に応じて左右にひっきりなしに踏みつつ、必死に操縦桿を前後左右に倒していた。


「(どこまで追ってくるのよ……ッ!)」


 ただの嫌がらせにしては余りに長い。一回や二回やって終わりじゃないのか? それとも、大体にしてこんな感じの行為が“嫌がらせ”なのか? しかし、答えを自分で出す前に、また操縦桿を別の方向に倒していた。

 機動性を確保するべく増槽を捨てたため、残燃料を考えると何度でも高速を発揮できるわけではない。近藤が、今さっきタンカーを要請した。どれだけかかってもいいので、帰る時の十分な燃料を確保したかったのだ。

 近藤機が徐々に小さくなるのを見て、さらに焦る。同じハイGターンをしているはずなのだが、機動性が落ちているようには見えない。アグレッサー上がりは伊達ではないということだろうが、本当に同じ人間が操縦しているのかと、蒼波は疑問にすら思った。


『耐えろよフェアリー、あと5分だとよ。多く見積もっても8分ぐらいだ』

「簡単に言いますねェ毎度ッ」


 そう言って、再び右に急旋回。あれだけのハイGターンをこなしながら、こっちに無線を投げる余裕すらあるのだ。もう呆れるしかない。

 ハイGターン中、相変わらず背中に押し付けられる感覚を覚えつつ、視界の周囲が徐々に暗くなるのを感じた。血が上らない。グレイアウトだ。過度に操縦桿を引き倒さないよう、ギリギリの程度で固定させる。


「(つくづく人間の体って空中戦に向いてないわね!)」


 そう心の中で愚痴りながら、さらにもう一度左に急旋回をかけようとした。


「よし、次――」



『ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ――』



「―――えッ」


 さっきまでのロックオン警報が、お世辞にもキレイとは言えない甲高い断続的な警報音に変わった。

 ……これも、訓練でしか聞いたことなかった。それどころか、こんなところで、一番聞きたくなかったし、聞くこともどうせないだろうと、根拠のない先入観を抱いていた、あの警報だった。



「――み、ミサイル!?」



 蒼波は咄嗟に後ろを見た。いつの間にか、相手機との距離がそこそこ離れていた。意図的に離れていたのか。そして、そこのさらに手前側に、かすかにだけ見えた。“白煙の線”。そして、蒼波のJHMCSジェイへミクスは、その白煙の線の先に、『×』印を重ねていた。


 間違いない。でもなぜ? あれは確か、“実弾”――


「――ッ!!」


 逃げろ。自分の本能はすぐにそう警告、いや、“命令”した。手が勝手に動く。エンジンをほぼアイドル状態にし、左に急旋回。グレイアウト以上に、ブラックアウト寸前になるが、目を閉じつつ、祈るように、唸り声を小さく上げながら耐えた。オーバーGの警報が鳴ろうと知ったことか。機体に搭載されているJ/APQ-1後方警戒装置は、そのミサイルの接近を確認し、フレアを放出するよう警告する。ほぼ手癖でスイッチに指をかけ、即座にフレアを放出。訓練でも何でもない。本物のフレアが、今空に大量に放たれた。


『フェアリー!』


 近藤の声が、ほとんど聞こえない。自分のことで精一杯だった。ミサイルはもうすぐそこまで来ている。レーダー画面は、ミサイルがあと数秒で当たるところにいることを教えていた。


「(――冗談でしょ?)」


 落とされるのか? 後ろからやってくるミサイルが、まるで死神の持つ鎌のように思えた。後ろから、自分の首を捌かんと、今まさに音速を超えて近づいてくる。フレアは? フレアはどうなった?

 次の瞬間、後方で爆発音が響く。機体に若干の振動が伝わるが、大きな損傷はない。後ろに首を振った。フレアらしき光が散らばる場所で、黒煙が広がっている。ミサイルの接近警報も鳴りやんだ。Gロック警報と、ロックオンの警報のみが未だに響いている。


「……は」


 ミサイルは回避できた。蒼波はどうとも表現しがたい感嘆詞を口にする。数秒ほどの沈黙。重複する警報音を耳にしながら、


「……み、ミサイル……」


 次の瞬間、蒼波は“叫んでいた”。


「――ミサイル、ミサイルを撃たれた! “実弾”のミサイル発射を確認!」



 ――アマテラスの機内は、まるで氷河期でも来たかのように固まった。その誰もが顔から血が抜けたように青ざめ、そして誰でもない、要撃管制をしていた羽浦自身が、一瞬思考がホワイトアウトしていたのだ。


「……じ、実弾……?」


 自分の聞きなれた、幼馴染が、今、自分と同じ空の上でパニックになっている。そこから捻りだされたこの言葉に、羽浦は自分の耳の異常を疑った。しかし、異常ではないことをすぐに思い知った。別の声、今度は男性の、近藤の声が聞こえてきた。こっちも半ば叫んでいる。


『バザード2-1よりアマテラス! 目標はミサイルを撃った! 実弾だ! 訓練弾キャプティブじゃない!』

「バザード2-1、確かですか?」


 一先ず確認を取った。即座に帰ってきたのは肯定の返事だった。


『ああ、間違いない! この目で見た! 俺の後ろにいるフェアリーが狙われた! 今も追っかけまわしてる! ……クソッ、こっちにも来た!』

「グリズリー!」


 応答がない。してる余裕がなくなったのだ。レーダー画面を確認すると、2機のJ-11Bは分散。それぞれ、蒼波と近藤の機体を追いかけ始めた。近藤の機に、ミサイルのブリップが向かっている。角度や機動からして、何とか回避できそうな状態ではあるが、危険な状態なのには変わりはない。

 恐らく、それぞれが、単機同士のドックファイトを仕掛けるつもりなのだ。訓練画面でしか見たことないものと同じ機動が、今、目の前で起こっている。だが、これは訓練じゃない。AI等が作った架空のものでなければ、教官らが遠隔操作している仮想標的でもない。今、このレーダー画面に映っているブリップ一つ一つには、“命”があるのだ。


「……本当に、狙われてる……」


 羽浦が重本を呼ぼうとした。が、彼はその前に動いていた。


「電話かせ! 早く!」


 担当の管制員をどかしてホットラインの受話器を乱暴に取ると、すぐにつながった電話先に怒鳴るように言った。


「アマテラスよりCOC! 国籍不明機が実弾を発射! 回避に成功するも依然追跡中!」


 COC。横田の航空総隊作戦指揮所に、直接指示を請うつもりだ。本来の命令系統手順ではないが、実弾が発射された事案だ。そんなことは言っていられないということだろう。片手でメモを取りながら、隣にいた別の管制員に渡す。すると彼は、そのメモを見ながら、南西SOCを呼び出し報告した。既にCOCに直接伝えていることも伝達する。このオペレーションルーム内は、一気に“混乱状態”に陥った。


「……嘘だろ……」


 羽浦は、相手が実弾を撃ってきたことが、未だに信じられずにいた。ロックオンだけならまだしも、ミサイルを撃ってきた、しかも、訓練弾でもなく、実弾を。

 目の前にいる自衛隊機を、“落とす”つもりで来たということになる。

 レーダー上では、未だにバザードを追いかけまわしている。ただの誤射なら、これ以上の追跡はしないはずだ。機動も、ただの脅しにしては鋭すぎる。訓練でよく見た、“実際の空中戦”さながらの機動をしていた。


「……」


 なんと指示を出せばよいのかわからなかった。援軍が今向かっている。いや、これはあと早くても数分かかる。ミサイルの射程に入るまであと5分以上。空戦の世界では長すぎる。


『アマテラス!』


 近藤の声だ。固まっていた羽浦は、強引に指向を覚醒させ、応答する。


「グリズリー、どうした?」

『援軍あとどんくらいだって!?』

「……あと、早くても5分」

『クソッ、長すぎるぞ! とても持ちこたえられない! さっきまたミサイルを撃たれた! 今度は俺だ!』


 先ほどの、無線が途切れる前の奴だ。ここでいう「また」という意味を、理解しない管制員はいない。無線を聞いていた重本が叫んだ。


「また撃ったのか!?」

「二発目です! 今度は隊長機が!」

「ちょっと待ってろ! ……ですから、もう撃たれてるんです! 正当防衛射撃の許可を下さい! 奴らはまだミサイルを数発残してます! 」


 重本が怒鳴っていた。普段気さくな彼が、あそこまでブチ切れている光景を見るのは、誰もが初めてだった。それだけ、状況が逼迫しているのだ。


「事故ォ!? ミサイルを二発も時間差で撃つ事故がどこにあるっていうんですか! 正当防衛の要件はもう満たしてます! 武器使用の許可を出させてください! こっちの正当性は十分確保できますから!」


 どうやら、地上の奴らは、まだこの状況を理解しきれていない様子だ。わからなくはない。ロックオンだけなら脅しで済んでも、ミサイルの発射は、軍事的攻撃と同義。それが意味することは、国防に携わる人間なら理解できない者はまずいないだろう。こうした状況下での戦闘機乗りたちは、武力を常に持った状態で、一種の“外交”をしているも同然なのだ。たった一発のミサイルが、機銃弾が、その後の母国と相手国との関係の行く末を左右すると言うのは、決して大げさな話ではない。

 故に、誰もがその扱いに慎重になる。むやみやたらに、気に入らないから落とせだの何だのと面白がるのは、戦線の後ろにいる無責任な国民や政治家たちだけ。余程のことがない限り、実行しない行動なのだ。


 ……なのに、それが今、目の前で起きている。


「……咲……ッ」


 蒼波のレーダーブリップを見る。その瞬間、


『またきた! ミサイル! 回避する!』


 蒼波の声だ。レーダー上でも、ミサイルらしき反応が、蒼波の機体に向かっているのを確認した。


『フェアリー! 回避だ! フェアリー、後ろを見ろチェックシックス!!』

『フレア! フレア!!』


 蒼波の機体のブリップが急旋回の機動を取る。高度も急激に落ちていく。ミサイルらしきブリップは蒼波の機体に近づくが、一定距離になると、少し別の方向を取り始めた。そのまま、蒼波の機体の横を通り過ぎる。


「フェアリー、無事かッ?」


 思わず羽浦は確認した。


『アマテラス! こっちはミサイルを回避! 二発目よ! どういうことよあのスホーイもどきィ!』

『ラッキーだぞフェアリー! 今時ミサイル二発回避なんて神技だ、帰ったら飯奢ってやる!』

『今それ言わないでくださいよバカァ!』


 フラグなんて立ててる暇ないだろと、そんなことを思いながらも、ブリップはさらなる機動を取り始める。

 一分一秒が長い。まだ援軍到着まで約5分。待てない。こんなに待てない。待ってたら落ちる。


「シゲさん!」


 本来の「シニア」の言葉を捨て、いつもの愛称で呼んだ。電話越しに三発目も撃たれてることを怒鳴っていた重本が、一旦羽浦の方を見る。


「どうした?」


 羽浦は、意を決した。もう、これ以上何も指示しないのは、本来の自分の役目ではないと。重本を一直線に見て、言った。



「――交戦許可、まだですかッ?」



 交戦許可。エンゲージ・クリアランス。これも、訓練でしか出したことのないコール。今は訓練ではない。何度もその事実を反芻させる。重本も、一瞬顔が強張った。マイクを手でふさいで音声が入らないようにしつつ、重本は言った。


「……まだ下の連中が渋ってる。事故か何かじゃないかって疑ってやがるらしくてな。三発もミサイル撃って事故ってどっかの大手新聞社ですら言わなかったってのによ。あれは一発なのに、これは三倍だぞ?」

「ですから、もう時間がありません。グリズリーからの武装の報告が正しいなら、相手は、射程距離関係なく考えれば、合計であと5発ミサイルを残してます。全部回避するのは無理です。次の手を撃たないと」

「俺達だけでやるか? 流石に上の許可なしにやったらどうなるか――」

「アイツら死ぬ直前なんですよッ? 援軍も許可も待ってられない状況なんです!」


 羽浦は必死に訴えた。彼とて、命令なしの独断行動の危険性を知らわないわけではない。仮にも幹部自衛官であり、そのリスクは嫌というほど教わった。だが、今現場の人間の命と天秤にかけた時、どっちが大事になるのか。

 既に正当防衛の条件は十分すぎる程満たした。どっちもミサイルを撃たれた。回避はできているが、次がまた来る。格闘技なら、もう既に殴られてる状態だ。パンチが何度も来ている中、タイムリミットまでずっと躱し続けられるほど、タフなボクサーは流石にいないだろう。

 ……そして、声にこそ出さないが、何より、


「(……このままじゃ、咲が……)」


 彼は、半年前に言った言葉を今も覚えていた。



“ちょうど同じイーグルドライバーです。姫君を守る騎士とかかっこいいじゃないすか”

“そして、貴方はそれを上から導き、見守ると”

“そういうわけです。なに、二人は死なせませんよ。空から丸見えですからね”



 ……今思えば、あんな軽はずみな約束しなければよかったのかもしれない。だが、仮にも、蒼波の彼氏たる彼に、そう一度約束したのだ。男に二言なし。死なせないと言ったからには、絶対に死なせるわけにはいかなかった。焦燥感もあるかもしれないが、ある意味、“使命感”にも近かった。


「……あの二人を、死なせたくないんです」


 交戦許可を出すということは、相手を殺すことを意味する。相手のパイロットを“敵”として、自分は安全な場所にいながら、現場にいる人間に「敵を殺せ」と命令することになる。自衛戦闘とはいえ、その実態には変わりはない。その負担を負うのは、間違いなく、あの二人だ。“責任”ではない。“負担”だ。前者は羽浦が背負うとしても、後者は、関わった全員が否応なく背負うものなのだ。

 近藤はもちろん、咲にもそれをやらせるのだ。彼女も覚悟して入ったのには違いない。だが、最後の最後、実際に「やれ」と命令するのが自分なのだと考えると、その責任の重さを改めて実感した。


 ……同時に、自分は「味方を見守り、導く」使命をも担っていることを、忘れたわけではない。


「……」

「お願いします。出させてください」


 一直線に重本を見る羽浦。室内に残る沈黙と共に、周囲の視線は、ミッションコマンダーたる重本に集まっていた。受話器を手に取ったまま、眉をひそめて固まる。数秒した後、受話器のマイクから手を離した彼は、


「……で、出していいんですか。ダメなんですか?」


 確認を取った。そして、


「……はぁ、“柔軟に対応せよ”と。ええ、わかりました。じゃ、“現場の判断に基づき柔軟に対応致します”。では」


 彼は受話器を置いた。


「……これが終わったら、COCに一度乗り込まねえとな。あそこのお偉いさんを一発殴らんと気が済まん」


 そう言い残し、全員を見渡す。その目は、羽浦と同様、一つの覚悟を得た目だった。


「……これ以上は待てない。ミサイルは何発撃たれた?」

「3発です。まだ次は撃たれてません。ただ、追尾は継続中」

「時間がない。援軍を待っている暇もなさそうだ。……柔軟に対応しろとのお達しだ。その通りにやろう」


 重本は羽浦の下に近寄り、


「……許可を出せ」

「ッ!」


 全員に向けて宣言するように言った。



「――『交戦許可』だ。生半可な覚悟では出せないが、もう手段はない。俺が責任を取る。部隊行動基準(ROE)第1項の3を適用、交戦を許可する」



 ――やっと来た!

 しかし、その意味することを考えると、喜びの前に、緊張が走る。


「COCと南西SOCに通達。正当防衛、緊急避難に基づく自衛戦闘の条件を満たしたと判断。交戦の許可を出す。以上」

「り、了解!」

「羽浦、そういうことだ。やれ」

「はい」


 レーダー画面に向き直り、無線機のスイッチに指をかけようとしたとき、


「あぁ、それと」

「?」


 重本が、ついでにと声をかけてきた。


「彼女はまだ若いだろう。たぶん、今相当怖がっている。相方以上にだ」

「アイツがですか?」

「ああ。後ろから撃たれる、死ぬかもしれないという恐怖だ。幾ら覚悟してパイロットになったとはいえ、実際に死の恐怖に直面した人間というのは、どうしても視野が狭くなっちまう。新米ならなおさらだ。ベテランの相方さんの方はまだマシだろうし、声をかけてくれてるだろうが……こういう時、一番声が届きやすいのは、その人にとって、一番信頼できる人間の声だ」

「ッ……」


 羽浦は、重本の言わんとすることを理解した。重本も「今のお前の役目は、そういうことだ」と、顎をレーダー画面に向ける。


「……ふぅ」


 ……命令するだけじゃない。やれる範囲で、パイロットを“導く”のが、管制員の仕事だ。羽浦は、自らの使命を改めて思い返す。

 一つ小さく深呼吸し、無線機のスイッチを入れた。


「アマテラスよりバザード。次なる指示を送るが……、その前にだ。フェアリー」


 返事がない。やはり余裕がないのか。

 これが正解かどうかはわからないが……。しかし、アイツの幼馴染でよかったと思いつつ、


「――余計なお世話かもしれねえけどよ、妖精ならもうちょい落ち着いて飛んでくんねえか、落ち着いて」

『……はあ?』


 途轍もなく「イラッ」という効果音が響きそうな声が聞こえてきた。羽浦は構わず続ける。


「いや、レーダー上だとお前の機体、すんげえ歪な機動してるんだが、回避できてるんだよな?」

『ちょっと待って、それ今言う? 今言っちゃう? 今私生死の狭間にいるんだけど?』

「だからだよ。もうちょっと広めに角度取ってもいい。グリズリーのほうは案外広めでちょうどいい旋回半径だ。余りに小さすぎるぞお前、もうちょっとゆったり飛ばねえとバテて真っ先に死ぬぞ」

『ゆったりィ? 冗談抜かしてると後でその股に蹴り入れるわよ?』

「入れられるならな」

『この野郎、絶対入れてやる……ッ!』


 恨み辛みが溜まりそうなドスの効いた声を上げる蒼波だが、羽浦は口元をニヤリとさせた。

 ……よし、いつもの調子に戻ってきた。さっきまでのパニック全開な声じゃない。いつも聞いた声だ。さらに、羽浦は諭すように言った。


「管制員が言う言葉じゃないだろうけどよ、訓練通りでいいぞ。お前が優秀なのは隣にいる相方が一番知ってる。無理はするな。基本に忠実に。誘導は俺がしっかりやる」

『かっこよく決めちゃって』

「たまにはいいだろ。生きて帰りたいなら言う通りにするんだな。……生きて帰りたいなら、な?」

『ハッハァア――』


 羽浦がそう煽ると、蒼波はさらに煽り返すように、


『――えらっそうなその口、帰ったら千切って投げ捨ててやるからねッ?』


 軽く笑いながらそう言った。よし、これでいい。


「(――あとは頼んまっせ、近藤さん)」


 この後は、相方に任せよう。自分は指示を出しつつ、戦闘しやすい状況を与える。それだけだ。

 羽浦は、この日何度目かの小さな深呼吸をした。そして、いつもよりはっきりと、噛まないように、宣言した。


「――後方の敵機、追跡継続。こちらの判断で“反撃”を許可する。AMATERASU to BUZZARD flights――」




「――Engage!」




『――2-1, roger! サンキューボーイフレンドさん、恩に着る!』


 近藤はそう礼を送ると、




『2-1より2-2! いいか、訓練通りにやれよ! 遠慮はするな! バザード1、Engage!』

『ラジャー! 2、Engage!』




 一旦合流した2機のF-15Jは、再び、左右に鋭い急旋回をかましはじめた……

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