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欠けた月  作者: 萩彌
8/16

気づき

 誕生日パーティーから三日が経ち、ルシアナはセシルの膝の上に頭を乗せて眠っていた。その彼女の髪をそっと耳にかけてやりながら、セシルは考えていた。

 どうして今まで訊いてこなかったのだろう―――そうセシルは思った。どうしてか二人に感じる違和感。それがルシアナの誕生日パーティー以来心の中で猛烈に膨れ上がった。


―――もしかしたら、二人は兄妹ではないのではないか。

 

 過去を思い出しながら彼は目を閉じた。

 

 ***

 

 セシルが二人と出会ったのは、彼が九歳の時だった。まだ会ったこともない従兄妹たちに、なぜか会いに行くことになったセシルは、不服ながらも大人しく父について行った。出迎えたのは沢山の使用人で屋敷の主は出てこない。屋敷の外観を見回していると、窓からピョコリと金髪が見えた。そして、

 

「セシル・ベアドリー!!」

 

 バァンッと玄関の大きな扉を開けてその金髪の人物はセシルを指差した。その時の表情を今でも思い出すと、どこか腹だたしくなる。

 

「まあ、ダドルぼっちゃま!!」

 

 使用人の一人が慌ててその少女のように美しい子供に駆け寄って口を塞ぐ。もがもがと口を塞がれながらも少年――ダドルは暴れていた。そしてふとまた玄関に目をやると、またまた金髪の少女が立っていた。くまの人形を抱きしめている。

 

「お嬢様まで……っ」

 

 あわあわとしだす使用人にセシルの父は気にしない、と声を掛けてその少女を手招きした。少女はとたとたと走り、しかし使用人に捕まっている少年の背に隠れた。

 

「おいで」

 

 父が少女を見据えながらまたそう言った。少女は息を潜めてこちらに近づいて、お辞儀をした。そこまで怖がらなくてもいいのに、とセシルは思った。

 

「セシル、挨拶を」

「はい、父上。こんにちは」

「……こん、にちは」

 

 くまを胸元に抱えて、少女はそう小さく挨拶をした。前髪が二つの目を隠していてそれがどうにも気になった。

 

「おじ様こんにちは……」

「どうも」

 

 珍しい父の微笑にぎょっとして、口を半開きにしていたが肩を小突かれ我に返った。少女はチラチラと後ろで不機嫌な顔をしてこちらを睨みつける少年を覗い見ていた。セシルは父親が使用人と共に屋敷に入った隙を見計らって少女に声をかけた。

 

「ねえねえ、あの子。もしかしてキミのお兄ちゃん?」

「っ」

「いや、そこまで驚かなくても」

「……うん、たぶん」

「たぶん、て」

 

 なんだか情けない女の子だな。そう思いつつ、少女の頭を撫でようと手を伸ばした時だった。ガシッと手首を掴まれ、振り払われた。勿論少女ではなく、睨んできてた少年によるものだった。

 

「ルシアナに触るな」

「あ。ルシアナっていうのその子」

 

 少年の怒りにも似たその形相にドキドキしつつ、セシルはそう返して少女を見た。少女はセシルと目が合うとぱっと顔を逸らした。

 

「お前もどうせ敵だろ?」

「敵?」

「怪物の手下」

「怪物……って、父さんのこと? いや、確かに顔は厳つくて怖いけどそこまで言われると父さんも可哀想、って」

 

 と、言って口を閉じた。目の前の少年も何も言わず背後を見ていた。きっと、少女が笑っているからだ。花を咲かせたような弾けんばかりの笑顔だった。


「ルシアナ……お前……」

 

 ダドルはそう言ってからハッとして、セシルを見て睨んだ。

 

「ルシアナに何したんだよ」

「……はい?」

「ルシアナは、ずっと笑ってくれなかったんだ。何をしても笑ってくれなかったのに、お前が」

「君、ちょいちょい失礼だよね。それから俺は何もしてないからね?」

 

 ただ父が可哀想だっただけで、と続けるとますます少女は笑い出す。声を出して笑うものだから、なんだか胸が苦しくなった。少年は少女の肩を掴んで目を見合わせた。すると少女は表情を固め、俯いた。

 

「君、脅したの? 笑わせとけば良いのに」

「お前には関係ないだろ。怪物の手下」

「……俺は怪物の手下じゃないし! 第一、怪物の手下、なんて名前じゃないし。セシルだよ。さっき叫んでただろ!」

「お前の名前なんて僕は呼ばない!!」

 

 お互いガルルと獣が唸るような声を上げて、バチバチと火花を散らす。少女はあわあわとしながら少年の周りで動いていた。そしてハッとして動きを止めた。

 

「おにいさま」

 

 微かにそう聞こえたと思ったら、目の前の少年は少女の方を向いて手をとった。

 

「どうしたの、ルシアナ」

「……おおどけいの鐘が鳴るの」

「ああ、もうそんな時間なのか。じゃあね、怪物の手下」

「ちょっと待って。俺を置いて行くの? 俺お客様だよ?」

「しらなーい」

 

 少年と少女は手を繋いで屋敷の方に向かっていく。その二人を追いかけて少女の隣を歩く。

 

「付いてくんな!」

「はいはい」

「はい、は一回だって婆やが言ってた!!」

 

 そうイライラとして少女の腕を引っ張り足早々に行く少年。見た目は良いのに性格は悪いなー、なんて思っていると、引きずられながら少女はこちらを見て手を出してきた。

 

「ん?」

「一緒に行きましょ」

 

 にこりと笑って言われるものだから、思わずその手を掴んでしまった。ダドルの眼差しが刺さるようで痛い。

 

「ありがとう、……ルシアナちゃん」


 セシルはその時、初めて名前を呼んだ。ルシアナは応えるようにきゅっと握り返した。

 

 ***

 

 それからの付き合いだった。その頃は本邸に住んでいたのもあってか、よく二人を訪れて遊んだ。ダドルは活発で社交的、ルシアナはその逆。ルシアナは本を読むのが好きで、セシルもそれに合わせた。

 

「セシルはよく退屈もしないで本ばかり読んでられるな」

「ダドルも付き合いな? これも勉強だぞ」

「無理。妹が頼んだとしても断るよ」

 

 ダドルは木に登りそう言い返し、セシルはその下で本を開きながら笑った。六年が経ったというのにシスコンは変わってない。ルシアナがたくさんの本を抱えて走ってくるのが見えた。ここまで来て足が絡まり転びそうになる少女を本ごと抱きとめた。

 

「ありがとうセシル」

「どういたしまして」

 

 笑顔でそういうとルシアナも笑顔を見せた。出会った当初は笑った回数を片手で数えられたものだったが、今では別人のようによく笑う。

 

「僕の妹といちゃつくなよ、セシル」

「いちゃついてないっての」

 

 ダドルからの野次に舌を出して言い返し、ルシアナを見るとクスクスと笑っていた。それからルシアナとセシルは木の木陰で肩を並べて座り、ダドルは木の枝を器用に伝って遊んでいた。

 

「お兄さま、怪我しないようにしてね」

「うん。心配しないで」

「気をつけろよー」

「わかってるって!」

「なんで俺にはそう冷たいんだろうなぁ」

 

 ダドルが木から下りて、セシルに向ってフンと鼻を鳴らしてどこかに走っていく。どうにも舐められているような気がしてならない。はぁ、と溜息をつくと急に肩に重みが増した。疑問符を浮かべそこを見やると金の髪が見えた。

 

「ルシアナ?」

 

 名前を呼び頭を指で突いてみたが反応は無い。どうやら眠っているようだった。セシルはそのままの姿勢で器用に本を開き、読書を続けた。すぅすぅと寝息を立てているためか、どうにも気になって仕方がない。それに、首に触れてる髪の毛で痒い。

 

「あーっ! もう……っ」

 

 起こさないようにそっと頭を持ち上げて、自分の膝の方に移動させた。金の糸のように細く長い髪がその顔に掛かり、それを払いのけその横顔を見てドキッとした。あまり気にとめていなかったその美しさが、一瞬した花の香りと共に胸をくすぐった。ゆっくりとその頬に手を伸ばして触れた。人の温度がこんなにも熱く感じるとは思わなかった。

 

「―――セシル」

「わっ!!」

 

 掛けられた声に驚いて大きな声を出してしまった。膝の上でうーんと唸ってルシアナが寝返りを打つ。どうやら起こすまではいかなかったらしい。安堵したと同時に急にイラッとして、その声の主に少女を起こさないよう気をつけて抗議した。

 

「ダドル、驚かせるなよ! ルシアナが起きたらどうするんだ」

「セシル、お前なんでルシアナに膝枕してるの?」

「あのさ、人の話を聞けって」

「僕のルシアナに触るなって前にも言ったよな」

「っ」

 

 その冷えきった蒼い瞳に、射竦められたかのように自分の体は動かなかった。ダドルはそのままルシアナの肩を揺さぶり、声を掛けた。

 

「ルシアナ。ルシアナ、起きて」

「……んん」

 

 ルシアナがゆっくりと瞼を持ち上げダドルを見、セシルを見てバッと頭を持ち上げた。

 

「セシル?! わたし、なんてことっ」

「い、いや……。何ともないから気にしないで」

「ごごごめんなさい!! ウトウトしてそのまま……」

「ルシアナ、セシルがそう言っているんだから忘れよう。石の上に寝た記憶なんて忘れよう」

「いや、だからさ」

 

 失礼さも変わらない。ルシアナは困ったように兄を見上げて、セシルにペコリと頭を下げた。セシルは乾いた笑いを漏らして顔を逸らした。なんだか照れくさかったからだ。

 

「……忘れてた。セシル、お前は〝怪物の手下〟だった」

 

 そうぽつりとダドルは無表情で零したのだが、セシルの耳には届かなかった。

―――今思えばきっと、ルシアナに恋をしたのはあの瞬間だったのだ。


 ***

 

 ルシアナの髪を梳きながら、セシルはダドルのことを考えていた。ダドルが執拗に男からルシアナを守ろうとするのを兄妹愛の深さ故だと思っていたが、きっとそれは違う。彼の目、態度……それは、

 

「女性を愛するものと同じ……」

 

 セシルがそう呟くと、ルシアナがうう、と声を漏らして目を開けた。セシルが微笑むと彼女も真似るように表情を和らげた。

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