愛はそのままに
セシルの屋敷に来てから早くも三ヶ月は経とうとしていた。もうすぐ六月で、ルシアナの誕生日がある。パーティー嫌いのルシアナも、遠慮をして表情に出さないようにしてきたが、そろそろ我慢の限界だった。
屋敷に来て以降お披露目パーティーが月の半分を占め、セシルのフィアンセとしてその場に出た。少なくはない友人が纏わりついてある事無い事ベラベラ喋り、ルシアナは愛想笑いを浮かべ、はたまた大人の下品な会話を聞いてを繰り返せばもう頭はパンパンだ。
バンッとテーブルを叩き、ルシアナはビクビクとしてゴシップペーパーを読んでいたセシルに声をかけた。
「セシル……。あなたは知ってるでしょ……私のパーティー嫌い……いや、大嫌いなこと……」
「そ、そうだった。ソウダッタヨネー」
セシルはうんうん、と言いながらティーカップに手を伸ばし、その手をルシアナはとって両手で握った。
「お願いセシル、あなたからあなたのお父様に頼んで? このままじゃ私、変になってしまうわ」
「あーのね……。ルシアナ? ちょっと手を……」
「今もあなたが私の自由のために苦労してることは理解してるのよ。でも、パーティーは……パーティーだけはどうしても耐えられないの!!」
勢いに任せぐっと顔を近づけると、セシルは慌てて顔をそむけ、ブンブンと首を縦に振った。そして小声で「これはどんな状況だよ」と呟き、それから気まずそうに口を開いた。
「あー……ルシアナ、それは本当に無理な話なんだよ。父達を君の誕生日まで会わせないようにする条件がこの〝パーティー回り〟なんだから」
「私はあなたのお父様たちに会うのは平気よ。そう何度も言ってるのに……。それに、私が構わないと言ってるけどあなたが嫌がってるんじゃない」
そう、何度も言ってきたのだ。しかし、セシルがそれを許さなかった。三ヶ月も彼の家族と会わなくて済んでいたのは彼が手回ししてるのだと察していた。
「なぜ嫌なの? 私があなたの家族に会うこと」
「君が会っても良い事がないからだよ。前にも言っただろ? 礼儀作法に厳しくて、ただ口煩い……そんな奴に会わせたくないし」
「その時は上手くやるわ!!」
「……君の誕生日まで我慢して」
セシルにブンッ、と手を振り払われ、ルシアナはむうっと頬を膨らませた。彼はゴシップ紙のほうに顔を向け、ルシアナには背を向けた。その背をじっと睨んでから、ハッと良いことをひらめき、そのまま口にした。
「言う事を聞いてくれたら、抱きしめてキスしてあげるのに……」
その背がピクリと震えるのを彼女は見逃さなかった。ルシアナは、にこっとして「あ~あ、折角のチャンスがー」と続ける。セシルが頭を振るのを見て、あともうひと押しだと確信した。だが、
「ルシアナ! 俺の心を弄ぶのはやめて!! そうやって俺を釣ろうとしても無駄だからね」
涙目のセシルがルシアナを仰ぎ見てそう言い、唸ってから頭を抱えた。ぎょっとしてルシアナはセシルに慌てて近づいて声をかけた。
「セシル、やりすぎたわ……。ごめんなさい……大丈夫?」
そう言いそっと肩に手を置くと、その手を掴まれ、ぐっと彼の方に引かれた。視界が突然ブレて、唖然としつつ気がつけば彼の胸の中にいた。目をパチパチとさせてルシアナが顔を上げると、満面の笑みのセシルと目が合った。あっ、とその時になって演技だったのだと気づいて、むくれながら彼の胸をジタバタと叩いた。
「俺の勝ち?」
「……」
「あー、可愛いなぁ……ほんと。早く俺のものになってほしい」
にやにやしながらセシルはそう言った。それからギューと音がするんじゃないかと思うほどの、でも優しく強い抱擁にルシアナは胸が苦しくなった。婚約はしたが結婚自体はルシアナの誕生日まで行わないとお互いで決めていた。セシルはそれを守ってキス一つしない。ただ抱きしめては、こうやって甘い言葉を囁く。
「セシル。ねぇ」
「んー?」
「苦しいわ、放して」
トントンと彼の胸を叩きつつ、居心地の良さに戸惑いながらも抗議する。ぐぐっと腕を伸ばして抵抗するも、その腕が離れないことを悟って断念した。
「はぁ……」
「もう慣れたでしょ?」
「そうね。もう慣れたわ」
溜め息をつくと、急にどっと疲れが押し寄せてきて、眠気が襲ってきた。欠伸を噛み殺すと、セシルが笑って頭を撫でた。
「このまま寝な」
「寝顔を見られたくない……」
「俺は平気だよ」
「私は平気じゃないの」
我儘な人だなー、とセシルの声が膜を張ったように聞こえた。それでも優しく髪を梳かれるものだから、睡魔に耐えられずそのままゆっくりと眠りの底についた。
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すやすやと寝息を立てるルシアナを抱きしめ直し、セシルはその頬にキスを落とした。
「その時が来るまで、手は出さない。約束は守るよ」
そのしっとりと熟れた果実には、手を出さないとずっと前から心に誓っていた。情のままに動けば後悔すると分かっていたからだ。このまま腕の中に居てくれれば良い。彼女の薄く開いた唇を指先でなぞり、自嘲気味に笑った。
「こうまでして俺は君を手に入れたいらしいよ。自分を偽ってまで」
今にもキスをしてしまいたくて堪らない。その熱を落ち着かせるためにゆっくりと息をついて、それからその体を抱き上げて彼女の寝室に向かった。