奇妙な食事
きらびやかなドレスをまとった壮年の女性は、先に席についていた細身で険しい顔の男性に一礼し、彼の右側に離れて座った。女性の向かい側には、すでに見目が美しい金髪の青年がつまらなそうな顔をして座っていた。
「では頂こうか」
その家の当主の男の声に使用人は慌ただしく動き始めた。女性は表情を変えず淡々とスプーンを口に運ぶ。青年も同じように運びつつ、この空間の居心地の悪さにムカムカしていた。だが、それに気づくどころか輪をかけるように女性が青年へと声を掛けた。
「あら、ダドル。あなた、体調でも優れないの? 食欲が無さそうね」
「僕のことは気になさらず、〝叔母さん〟」
「まあ、またそうやって意地悪しようって言うの。あなたが本当の子供じゃないからって―――」
女性がそう言ってからハッとして、男性のほうへ顔を向けた。その表情は恐怖で歪んでいる。男性は手を止めて、口を拭きながらダドルを見た。
「ヴォルグの当主になる人間が、その年になってまで親をからかうんじゃない。アドリアナに謝りなさい」
「あぁ、そうですね。すみませんでした、〝母さん〟」
「……私こそ、口が過ぎた部分があるわ。ご、ごめんなさい」
女性―――アドリアナは俯いて下唇を噛んだ。この発言のせいでどんな恐ろしいことが起こるかとビクビクしたが、なにも無くてよかったと安堵もした。だが、身体が震えて声には出せなかった。その様子を気にも留めず、男はダドルに話を続けた。
「ところで、お前はいつになったら結婚するんだ? エリカが愚痴を零していると先方から聞かされたぞ」
「……エリカが、ですか?」
ダドルは、笑顔を作り努めて明るい声で訊き返した。男はワイングラスを持って、それをくゆらせた。
「ああ、そうだ」
「……おかしいな。最近彼女とは恋愛を楽しもうという話をしたばかりなのに」
ちら、とダドルは男を見た。表情を変えずにそれを飲んでいる。ふ、と軽く息を吐いてダドルがスープをすくった時だった。
「心配しすぎたか? だが、ルシアナももう時期結婚するんだ。妹に先を越される兄も嫌だろう?」
ダドルはピタリと手の動きを止め、沸々と何かが心の中で湧き上がるのを感じた。青年の向かいに座っていたアドリアナは驚いた顔をして男を見つめていた。発言主ただ一人が何食わぬ顔をしている。
「何を驚いている? ルシアナは誕生日を迎えたら早々に結婚するとお前たちにも言っておいただろう。アチラもそれを飲んでのことだ」
「―――僕は、その事について了承してはいません。それにあなたたちは彼女の誕生日パーティーにも来なかったくせに、結婚式には行こうというのですか?」
口について出た言葉は止まらなかった。拳を握って冷えた瞳で彼を見据えた。ルシアナの誕生日パーティーにこれまで一度もこの男は顔を出してこなかった。祝いの言葉を述べたこともない。親であるにも関わらず、この女も男も。そう思うと腸が煮えくり返る思いだ。
男は睨むダドルを見てからスプーンを乱暴に置いて言葉を返した。
「はぁ、お前はまだまだ子供だな。お前たちのために私がどれだけ苦労しているか分かるまい。そんなお前にとやかく言われる筋合いは無い」
「僕の問いかけに答えてくださいよ。どうして平然とルシアナに会えるのですか。彼女もこのヴォルグ家の一員なのに、どうしてぞんざいに扱うのか!」
「―――男では無いからだ、分からないのか?」
ダドルは、その言葉を聞いて水を浴びたように黙ってしまった。男はダドルを無表情に見据えた。
「男であったのなら、私は情を注いだだろう。だが、あれは男ではない。それが理由だ」
「っ……お前は……本当に……!!」
ガタンと席を立ち、ダドルは男のもとに早足で向かいその胸倉をつかみ上げた。アドリアナは体を震わせて、小さく悲鳴を上げた。
「お前のせいで、お前のせいで僕と彼女が、どんな思いをしたと思っているんだ!!!」
使用人が慌ててダドルの体を男から引き剥がす。ダドルは激しく抵抗し、男に噛み付かんばかりに藻掻きながら叫んだ。
「クリフトン……。お前は狂ってるよ……。―――お前は気分がいいんだろう。父さんに似た僕から、僕が心の底から愛している人を取り上げたんだからな!!! 」
痛々しい叫び声に使用人もたじろいだ。この屋敷の真実を知っているのは、ただ一人―――ルシアナを除いた全員だったのだから。だからこそ、この目の前で崩れ落ちた青年に心が痛んだ。
「―――なにを、馬鹿な事を」
男―――クリフトンは冷笑した。その屋敷の主は青年を見下ろし、ひどく不快な気分にさせられていた。確かに憎い男に似たこの青年。惨めなその姿を眺めていると、どうしようもない悪感情に振り回されそうになる。
「あなた、もうやめてください……っ」
アドリアナは冷たく見下ろしている男に慌てて駆け寄り、懇願するように身体にすがった。チラリと視線が彼女へと動く。震えながらアドリアナは続けた。
「この子は、この子は〝あの人〟の子供なのよ! これ以上可哀想なことをしないで!! お願いします! お願いしますから!!!」
「なんという……お前も愚かな奴だ……。死んだ人間を想い続けているのか」
吐き捨てるように言うと部屋の扉まで向かい、肩越しに侮蔑の眼差しで二人を見やった。
「ヴォルグの恥晒し共が……」
震えてダドルの肩に触れているアドリアナ。クリフトンを見ようとしないダドル。男はそれだけ言って、二人に背を向けて出て行った。
今回12回で、あとがきと言うのを初めて書いてみました。
『欠けた月』をお読み下さり有難うございます。稚拙な文章で申し訳ございません(汗)
これからは、この先のネタバレにならない程度に情報提示していきたいと思います…。
さて、ヴォルグ家にある秘密。これは屋敷に住む者とその使用人のみが知っていることになります。基本それ以外の人たちは知りません(秘密なので)。ただしルシアナは訳あって知りません。
以上です。
またいつかの話で書けたらなと思います。




