一節 -光雄と土塊と魔法少女-
足軽装備の男と遭遇してから数分後。足軽装備の男の仲間と合流するまでの待機時間の間、校門前で光雄は足軽装備の男からこの世界について情報を集めることに集中していた。
「とりあえず自己紹介、私の名前は杉野光雄。工業高校二年生の17歳だ。」
光雄は足軽装備の男に対して社交辞令的に淡々と自己紹介をした。
すると足軽装備の男も元気よく自己紹介を返してきた。
「俺はヒエン・ユウキ、リーフ特区の学生だ。年齢は…一応17歳、兵科はシンガリだ。」
足軽装備の男はそう言いながら生徒カードらしき物を見せてきた。そこには漢字で緋炎勇騎と名前が書かれており、光雄は見慣れた文字を見て少しほっとしたが、勇騎の言葉と生徒カードらしき物の中に知らないワードがあった。
光雄は勇騎に真剣な顔で質問を投げかけた。
「緋炎さん二つ質問ですが、カードに書かれているリーフ特区学園支部って何なのかと、そのカードは学生証ですよね?」
「そう固くなるな光雄、俺のことは勇騎でいいぞ。リーフ特区学園支部は学校みたいなところで、このカードは生徒カード兼ドックタグの代わりだ。」
勇騎の返答に光雄は新たに二つの疑問が生まれた。
一つは学生が何かしらの戦いに駆り出されていること。
もう一つはここは別の世界もしくは別の時代に飛ばされている、ライトノベルばりのありがちな展開に遭遇している可能性があること。
光雄はこの新たな疑問を確かめるべく、もう少し勇騎に質問を投げることにした。
「そう言ってくれると助かる。じゃあ勇騎、改めて聞くが今西暦何年でここは何処だ?」
勇騎はしばらくの沈黙の後、真剣な顔でゆっくりと光雄に告げた。
「西暦だと2562年4月1日、そして今いるこの場所はヨーラ領モンテピルネ。21世紀の呼び方だと山梨だったかな。」
この返答により光雄は冷静さを失い、近くにあった校門の壁に頭を数回叩きつけながら夢かどうか確かめていた。
「西暦で数えると26世紀とか500年以上未来に来ていて、この世界がイストの類似世界でこの荒れた果てた場所が実家の山梨県であり、人類は身体能力が大幅どころか超人レベルまで達していて、おまけにこの痛みから確実に明晰夢ではなく現実で、そんなアニメやラノベ主人公の出だしにありがちな状態に陥っているのがモブキャラもどきの俺だと。そんな馬鹿げた話があるかぁぁあああー。」
声に出しながら自己分析をした光雄は、最後の一言と同時に校門の残骸を思いっきり真上に投げた。
校門の残骸はそれっきり落ちてくることはなかった。
それから数秒後、勇騎にはかなり遠くから土煙を上げながらこちらに近づいてくる何かの影が見えた。
「あっ、やべっ。」
勇騎は息を切らしながらその場に立ち尽くす光雄を放置して一目散に校門の裏に回り込んだ。
それに気づいた光雄は直感的に何かを感じ、息が整う前に急いで校門の裏に回り込んだ。
それと同時に校内に二人ほど、土煙と地面をめくり上げながら飛び込んできた。
「リーフ特区学園支部、開発部主席ラフィ・バレルローグここに推参。」
「リーフ特区学園支部、魔法部主席リリィ・アストリア到着。」
身体のラインがくっきりとわかるかなりスマートな迷彩色のパワードスーツを着たラフィと名乗る女性と、制服と思われし服の上にマントを羽織った西洋風の鞘にしまった大剣にのったリリィと名乗る青い瞳の白髪ロングの少女は、ラフィは足を開き右拳を上に突き上げる少年漫画でありそうなポーズ、リリィは大剣の鞘に彫られた校章を見せつけるポーズをして着地していた。
勇騎は二人が到着するとすぐに光雄を連れて二人の元へ駆け寄った。
「おーいラフィとリリィ、今回は俺らで確保できたぞ。」
「やったじゃん勇騎。ささ、こんなヤバイ場所からは早く撤退しましょ。」
パワードスーツを着た女性はそう言いながら、頭部パーツを取り外した。その隠された素顔は高校生らしさを持ってはいるが、無造作に切られた短髪と紅葉した椛のような力無い赤い瞳には、光雄には自分と同類の気配すら感じた。
「ラフィ、勇騎…あと君。」
リリーは三人を呼んでグランドの方を指差した。
リリーが示した方を見る一同、そしてリリーが一言だけ言った。
「おでまし。」
「ゑ?」
「What's ?」
「え?」
上空から4階建ての校舎と同じ大きさの土で出来た人型の何かが落ちてきた。
そして着地の衝撃波からかなりの重量と質量があることがわかった。
「あちゃー、こいつ倒しきれてなかったかー。」
「こいつ、壊してもキリがない。」
慌てて防具を展開して武器を構え、散会し臨戦態勢に入る三人。一方光雄は冷静に状況把握に努めていた。
四人の目の前に落ちてきたのは大きな人の形をした土の怪物だった。
光雄は大きな人の形をした土の怪物をよく知っていた。
一見無駄しかない歪んだ全身だが、大地を踏みしめる脚と万物を薙ぎ払う屈強な腕。そして何よりも少年の心をくすぐる二つの赤く光る瞳。紛れもなく光雄が知っていたゴーレムである。
「やべぇ、ゴーレムやべぇ。マジかっこいい。」
目を輝かせて見惚れてる光雄だったが、ゴーレムは今にも重たい一撃を放とうとしていた。
「やらせるかよって。」
勇騎がゴーレムの足元に滑り込み、ゴーレムの足を刀の鞘でバットを振る要領で思いっきりぶん殴ると、ゴーレムは態勢を崩して転倒した。
そこへすかさずラフィが追撃に走り、勇騎は光雄を連れて離脱した。
「エンチャント、フレア&アイアン」
「NICE勇騎、リリィ。いくわよ土塊、ラフィ&リリィエクスプロージョンキィィィック‼︎」
体制を立て直せていないゴーレムに、ラフィは全身全霊の渾身の一蹴りを叩き込んだ。
ラフィの一撃はゴーレムの胴体に直撃し、轟音とともにゴーレムは崩れ去った。
「ふぃ〜、これで何体目かしらねー。」
「20体目、帰りも合わせると多分…」
「リリィ、それ以上先は言わないでくれ。」
ゴーレムを一撃で倒した事に驚愕し呆然と佇む光雄の元へ三人は再び集結した。
「さて、それじゃ帰りますよっと。Hey リリィ。」
「なに、ラフィ…?」
リリィは自分の荷物をまとめる作業を勇騎と光雄に押し付けて、ラフィの方へ向かった。
「私と勇騎は地上を走って本部に戻るから、光雄くんを乗せて上空支援をお願いできる?」
「ん……任された。」
そう言うとリリィはバックを開いて大剣を物理法則を無視して突っ込み、さらにバックから魔女の帽子と箒を取り出した。
そうこうしている間に光雄達の支度が整った。
「それじゃ、撤退の経路説明をするわよ。」
そう言うとラフィは周辺の地図を周辺の瓦礫の上に広げ、主要地点にペンでマーカーをつけていった。
「まずは現在位置から。このピルネイースト地区のこの学校から東南東方向へ直線距離およそ30キロの場所が私たちのゴール、東部防衛線葛城よ。」
そう言いながら、ラフィは地区上の県境があったあたりに線を引きつつ話を続けた。
「それで、この防衛線内まで行くのだけれど、ここまで障害物全無視で一直線に進むわよ。私と勇騎は地上を走って移動、リリィは光雄くんを乗せて上空を飛んで移動。ここまでは当初の計画通りなんだけど。」
次々と地図にマーカーと線を引きながら話すラフィだったが、急に勇騎が口を挟んできた。
「さっきの追っ手から察するに、公国側から向かって来ている訳だ。」
「そう言うこと。私たちはこの追っ手を全力で振り切るか、倒し切ってから防衛線内まで戻らなくちゃいけない訳で、正直なお話、前者は速力的に不可能だから後者を取るしかないのですよ、はい。」
半分投げやりになりながら移動ルートを書き始めるラフィ。一方リリィは、その辺の土で即席のゴーレム人形をたくさん作って持ってきた。
「魔力反応から交戦地点…たぶんここと……ここ?」
リリィは進路上にある大通り二箇所にゴーレム人形を置いた。
「と言う訳で、私たちはこの四人でゴーレム2体をボコボコにしてから本国まで逃げます。要救助者だろうと戦闘になりますので無茶振りも戦闘経験無いも関係ありません、はい。」
満面の笑みで光雄を見るラフィだが、光雄はこれまでの経緯を整理するので精一杯だった為、話の要点しか聞いていなかった。
「つまり、俺はリリィの後ろに乗っていれば良いんだな。」
「まぁ、そんな感じかな。一応これ渡しておくわ、私の試作品兵装の一つ。その名も魔法射撃兵装第一号。」
そう言いながらラフィは光雄に小学生が書いたような未来の光線銃とさほど変わらない壊滅的なデザインの拳銃を渡した。
光雄は受け取るとなんとも言えない微妙な笑顔でお礼を述べて荷物を持った。
「よし、それじゃ勇騎。どっちが先にゴールラインに到着するか競争よ。」
「お、やるかラフィ。それじゃ俺は昼飯一回分の奢りな。」
「私はいつも通り、試作品の実験台よ。」
二人は満面の笑みで互いに拳を突き合わせて一言だけ言った。
「「競技成立‼︎」」
その一言と同時に撤退計画の進路上を目にも留まらぬ速さで飛び出して行った。
光雄は只々呆然と立ち尽くし、リリィはテキパキと飛行の準備を始めた。
「ね、ねぇリリィさん?」
「ん…何…光雄?」
「あれって…賭け事だよね。」
「…いつもの。それ…ここに入れて。」
表情一つ変えずに肩掛けの小さなポシェットを開いた彼女の心遣いに、光雄は人の暖かさと彼女の優しさを感じた。だが、光雄は普段から言い慣れていない言葉を使う場面に遭遇した為、ぎこちない声色でお礼を述べた。
「あ、ありがとう。」
「ん…光雄。」
リリィは一度頷くと箒にまたがり、自分の腰を軽く叩いた。光雄はこのジェスチャーの意味を理解して、すぐさま箒の後ろにまたがった。その後、リリィは飛ぶ前に少しどもりながらも早口で光雄に注意をした。
「股、気をつけて。後で高速移動するから、合図したら、背中と体くっつけて、腕を前で組んで。でないと、怪我するから。」
「了解。一応確認するが腕は肩を掴むんじゃなくお腹の前で良いよな?」
何かを心配した光雄は一般常識を聞き直したが、リリィは意外な回答を返してきた。
「負荷を考慮すると…腹部は骨が無い…むしろ、胸部が望ましい。」
「ごめんなさい、聞いた俺が間違いでした」
赤面しながら謝る光雄だが、リリィはキョトンとした顔でゆっくりと飛翔した。
垂直上昇を10メートルほど行いゆっくりと前進を始めると、リリィはスカートのポケットから純白の石を取り出すと、後ろの光雄に渡した。
「光雄…これ…。」
「リリィ、この石は?」
「魔力判別石…握ったら見せて」
光雄は渡された石をにぎった。
再び石を見た時には、色は純白から漆黒に変わっていた。
光雄は握った石をリリィの目の前に出した。するとリリィはとても嬉しそうな声で話した。
「光雄、君の才能、私に必要になる。漆黒は純白の正反対、私が光魔法なら、君は闇魔法。ラフィの試作銃なら、君も戦える、うん。」
光雄にはリリィが何を言いたのかはよくわからなかったが、自分がこの戦場において戦力に数えられる事とリリィが心から嬉しい事はわかった。
リリィはいつの間にか探知魔法を展開しており、先行した競争コンビを探したが反応しなかった。
「うん、圏外…二人が行方不明…飛ばしても良い?」
光雄は縦に頷くとリリィの背中に身体を寄せ、お腹の前に腕を回した。
「そう…。全速…前進。落ちないでね。」
何故か残念そうに言葉を返したリリィ。上空約10メートル、モンテピルネ撤退戦が始まるのであった。




