表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/39

優秀な陰陽師4

 チャコは友孝先輩の式神だった。


 鋼介君が一度目の時に言った『チャコが賀茂先輩を好きなんだろう』って言葉。

チャコがいつも友孝先輩を目で追っていた理由。

友孝先輩にだけに浮かべていた笑み。


 だってチャコは友孝先輩の式神だったんだ。

きっと特別で、私たちにはわからない物がいっぱいあったんだろう。


 チャコを信じたい。


 最初は友孝先輩の命令で私と親しくなったのだとしても、きっとそれだけじゃない。


 チャコを信じられない。


 一度目の時、チャコは鋼介君を滅した。

それはきっと陰陽師派の友孝先輩が鋼介君に私が力を与えたのを嫌ったからだろう。

チャコは陰陽師派なんだ。

私と鋼介君を監視するためだけに傍にいてくれただけかもしれない。


 チャコを信じたい。


 だって、鋼介君を滅した後、私に復活させる方法を教えてくれた。

きっと命令されて仕方なく鋼介君と戦ったんだ。

私と鋼介君に確かに何かを感じていたから、その身を犠牲にしてくれたんだと思う。


 チャコを信じたい。


 楽しく過ごした日々はウソじゃないって。



 だけど、私は自分を止められなかった。


 『チャコは命令だから私を守ってくれてたの? 』


 違うよ、って言って欲しかった。

唯ちゃんだから守ったんだよ、って。


 でも、チャコは泣きそうな顔で笑うだけだった。

否定してくれないチャコに、私は心に湧いてきた『ひどい』という思いを抑えきれなかった。

裏切られたと思った。

私はチャコの事を純粋に大好きだったけど、チャコは違ったんだって。


 そうして、チャコを一人置いてきてしまった。


 あの時、チャコは泣きそうな顔をしてた。

一人でクラブ棟の裏に取り残されて、どんな気持ちだっただろう。


 心に渦巻く暗い思いが少し落ち着いた後、ようやくその事に気づいた。


 チャコは苦しんでた。

悲しんでた。


 私に本当の事も言えず、ずっと一人で抱え込んでたんだ。

なのに、私はそんなチャコを置いてきてしまった。


 なんで言えなかったんだろう。


 『命令でもいいよ、私を守ってくれてありがとう』

『私はチャコの事、大好きだよ。』


 そう言ったら良かった。

チャコが私を守ってくれたのは本当だったのに。





 文化祭が終わり、チャコと私の隙間は急速に開いて行った。

登校の際に家まで迎えに来てくれることはなくなったし、一緒に帰る事もなくなった。


 チャコから私に声をかけてくることはない。

もちろん、チャコから声をかけてくれなくても、私が声をかければいいだけだ。

実際、何度も声をかけようと思った。

でも、チャコはぼんやりと空を眺めている事が多く、その姿が私を拒否しているようで声がかけられなかったのだ。


 『あの時チャコを信じられなかったくせに、今更チャコと仲良くしたいの? 』


 私の中で誰かが『都合がいいね』と笑う。

私にはそれを振り払う事ができなかった。


 私がチャコにできる事はなんだろう。


 あの時、チャコを信じられなかった私。

だけど、チャコのためにできることがある。


 一度目の時、鋼介君は私が与えた力で暴走してしまい、チャコと戦った。

今回、私は鋼介君に力を与えるつもりはない。

鋼介君はどちらの派でもない、と言っていたから、チャコが陰陽師派だからと言って、対立する事はないだろう。

鋼介君が暴走しなければ、チャコと鋼介君が戦う事もないはずだ。


 だから、大丈夫だと思う。

きっと、一度目の時とは違う。


 友孝先輩も一度目の時とは変わった。

チャコが消えてもいい、なんてそんな事は思ってないだろう。


 私とチャコは仲良くできなかったけど、チャコが消える事はないはずだ。


 胸は痛んだけれど、これでいいんだ、と自分に言い聞かせた。





 バレンタインデーの夜。

生徒会室には私と友孝先輩が残っていた。

室内は暖房が効いており温かいが、外はすごく冷えている事だろう。

窓の外を見ると、既に日は落ち、銀色の満月が輝いていた。


「友孝先輩……先輩にとってチャコって何ですか?」


 私は手にしていた書類を友孝先輩の机に置きながら、ここしばらくずっと考えていた言葉をぶつける。


 便利で使い捨てができる道具ですか?

それとも、大好きで手放せない大事な人なんですか?


 じっと友孝先輩を見つめると、イスに腰掛けたまま、先輩は少し考えるような仕草をした。


「そうだね……魔法のアイテム、かな。」

「魔法のアイテム?」


 思ってもみなかった不思議な響きの言葉に首をかしげる。

すると友孝先輩はフフッと笑った。


「チャコがいるとね、優秀な陰陽師が最強の陰陽師に近づけるんだ。」


 私はその言葉にそっと眉を顰める。

友孝先輩からこの単語を聞くのは二回目だ。

『優秀』と『最強』。

いつも友孝先輩はそれと戦っている。


「チャコは不思議な妖でね。滅した妖の力を自分の物にできるんだ。普通は自我が無くなっていくんだけど、チャコはチャコのままでいられる。」


 先輩はそっと自分の手を見た。


「チャコは私の式神だから、チャコが強くなればなるほど、私の力も強くなるんだ。」


 チャコの力は友孝先輩の力になる。

だから『優秀』から『最強』になれる、という事なのだろうか。


 右手をじっと見つめていた友孝先輩が顔を上げてこちらを見る。

そして、言葉を続けた。


「私があまり両親から期待されていない事は言ったよね。」

「はい。」


 それはきっとチャコと鋼介君がプールに行った日の話の事だろう。

私が頷くと、友孝先輩は目をスッと細めた。


「私が生まれてから半年後に君が生まれた。」

「それは……?」


 いきなり私の話になり、よくわからなくて、先輩を見下ろす。

しかし、友孝先輩は気にする事なく、話を続けた。


「そして、ほぼ時を同じくして、安倍家にも嫡男が生まれた。」


 安倍家の嫡男、それは安倍勇晴君のことだろう。

『最強の陰陽師』だ。

安倍勇晴君の事ですか? と聞くと、そうだよ、と答えてくれた。


「私は君たちより一つ上だろう? 妖雲の巫女を守るために同じ学年で守り続けられる安倍家と、先に生まれてしまい、学年の違う私。」


 友孝先輩がフッと自嘲気味に笑う。


「安倍家の嫡男はなんでもできる、すぐに覚える天才だ。妖雲の巫女とも同学年でこれからずっと守って行ける。それに比べてお前はってね。」

「でも、そんな、それは先輩のせいではないじゃないですか。」

「ああ。でも、それも才能なんだろうな、って思ったよ。私は生まれる時さえ恵まれてない。」


 友孝先輩の目にあるのは諦めだろうか。

生まれた時からずっと比べられ、才能がないと言われ続けた。

それはどんな日々だったのだろう。


 私は眉を顰めて先輩を見たが、先輩はそっと窓も外を見た。


「まあ、それはそれで受け止めていたつもりだよ。自分の力でもできる事をやろうって。……そんな時にチャコに会った。」

「チャコに?」

「ああ。チャコに会った時はびっくりしたよ。チャコはね、とても強い妖なのに情が深くてね……。しかも君と同じぐらいの女の子になれた。ああ、これだ、と思ったんだ。」


 友孝先輩がまた目を細めて私を見た。

紺色の目が私を絡めとっていく。


「チャコを式神にして君と同じクラスにする。そうすれば私が学年が違ってもたいした問題じゃない。それに同性であれば、親密になるのも簡単だろうと思ったんだ。」


 ……友孝先輩の言葉を聞きたくない。

けれど、紺色の目が私を逃がさない。


「幸い、チャコという式神がいる事もほとんど誰も知らないし、妖派にバレる事もない。チャコはなかなか優秀だったよ。すぐに君と仲良くなっただろう?」


 そして、友孝先輩の言葉が私の心を抉っていく。


 やっぱりチャコはウソつきだよ。

どうせ命令で一緒にいただけなんだ。

優秀な式神なんだよ。


 もう一人の私がそっと心で呟く。

私はそれを消したくて、かぶりを振った。


 違う。

チャコはウソつきじゃない。


 確かにチャコは友孝先輩の式神だ。

命令で私と仲良くしてたのかもしれない。


 けれど、文化祭のあの日、チャコは悲しんでた。

私には見せたくないって必死に懇願してた。

泣きそうな顔で笑ってた。


 チャコを解放したい。


 それが私のできる事だ。


 命令されて言う事を聞くなんてチャコらしくないよ。

えへへって朗らかに笑うチャコに美少女スマイルなんて似合わないよ。


「先輩……チャコを自由にしてあげてください。」


 私が発した言葉は思ったよりも小さな声だった。

だけど友孝先輩に届くには十分な大きさで……。

友孝先輩は私の言葉を聞くと、目に面白そうな色を宿す。


「式神の契約は一生だよ。私かチャコのどちらかが消えるまで、それは続く。」

「……契約は切れないにしても、友孝先輩が干渉しないようにすることはできますよね?」


 式神の契約は一生。

重い言葉に負けそうになるが、必死に言葉を紡ぐ。


「それは可能だね。――だけど私にメリットがない。」


 友孝先輩がじっとこちらを見た。

紺色の目に私が映っている。


 逃げられない。


 そう思った。


「メリットならあります。」


 一度深呼吸をして、ゆっくりと言葉を発した。

先輩はチャコに執着してる。


 チャコは魔法のアイテム。


 優秀な陰陽師というだけの友孝先輩を最強に変えてくれる。

孤独な先輩と共に過ごしてくれる。

絶対に裏切らない式神。


 先輩にすべてを与えてくれるチャコ。

それを自由にした際に私が友孝先輩に与えられるメリット。


 ――私は私自身しか持ってない。


「私が……チャコの代わりになります。」

「君が?」


 紺色の目が面白そうに細まる。


「妖雲の巫女をあなたに。」


 これは先輩の思惑通りなのかもしれない。

だけど、私にはそれ以外の方法が見つからなかった。


 友孝先輩は妖雲の巫女を手に入れる。

チャコも式神のままだ。


 きっとこれはチャコの望む自由じゃない。


 だけど、どうしよう、チャコ。

他にいい方法が浮かばないよ。 


 バレンタインデーの夜、生徒会室で友孝先輩と二人きり。

私はゆっくりと先輩に近づいた。


 チャコは自由になったら何をするだろう?

もしかしたら鋼介君と付き合ったりするのだろうか?


 そんな想像をして胸がギリリと痛んだけれど、気づかないフリをする。

未だイスに座ったままの先輩の机に手を置いて、グッと顔を近づけた。


 これでいいんだ。

きっと大丈夫。

少しだけ、ほんの少しだけ。


 鋼介君の時よりも、小さな力、を意識して、そっと触れるだけの口づけをする。

私の顔が離れると、友孝先輩は口を手で押さえて、考え込んでいた。


「どうですか?」

「ああ。触れた所からすごい力が入ってきた。」

「そうですか……。」

「これが『妖雲の巫女』の力。」


 鋼介君の時のように暴走したりしない。

よかった、と一人ほっと息を吐いた。


「魔法のアイテムがもう一つ増えた。」


 友孝先輩がキラキラとほほ笑む。

それは少年のような純粋な笑顔で、私はその笑顔に何も言えなくなってしまった。


「君がいてくれるなら、チャコに干渉するのはやめよう。」

「はい。」

「私がチャコに干渉しないようにしっかり見張るといいよ。」


 そうだ。

私がチャコを守ろう。

チャコが私を守ってくれたように。


「さあ、帰ろうか。」

「はい。」


 友孝先輩が机の上の書類を片付けようと、手を伸ばした。

その時――。


 何か大きな音と共に、校舎全体がズゥンと揺れた。


「……先輩っ」

「大丈夫。」


 先輩がサッと先を立ち、私の方へ来て私の肩に手をかける。


「やめろ!」


 突然、窓の方から少年のような、しかしどこか獰猛な声が響いた。

声のした窓の方をパッと見やれば、そこには茶色の大きな狼が何かから庇うように私たちに背を向けて立っていた。


「チャコ!」

「友孝様! そこは危険です、逃げやすい場所に!」


 私はチャコを呼んだが、それに反応する事はなく、何かに向かって突進していく。

私と友孝先輩は急いで窓際に行き、外を見た。


 銀色の満月の下。

金色の九つの尾を持った狐が鋭い目ででこちらを睨みつけている。


 茶色の狼はその狐に向かって体当たりをしていた。


「つかまって。」


 友孝先輩はそう言うと私をギュッと抱きしめ、窓を開けて飛び降りた。


「ッ……」


 ここ二階っ!


 あまりの驚きに息を詰まらせたが、友孝先輩は何か技をつかったらしく、とくに痛みもなくグラウンドへと着地する。

慌てて先輩から体を離し、チャコを見ると、そこにはお互いに攻撃を繰り出している金色の狐と茶色の狼の姿があった。


「先輩、あれは……っ?」

「ああ、狐が出てきてしまったね。」


 先輩がチッと舌打ちをして、私の前に立つと何やら言葉を紡ぎ始める。

私はその背から戦っている妖を見つめた。


 あの金色の体毛。

九つの尾に琥珀色の目。


「九尾先生……。」


 そうだ。

あれは九尾鉄平先生。

『この世で一番強い妖』だ。


「名波、なぜ賀茂を選んだ?」


 金色の狐は茶色の狼と闘いながらもどこか冷静な声が響かせる。

それは私の心を冷やした。


「何度も鋼介を通して警告したはずだ。それはいけない、と。」


 友孝先輩は陰陽師派。

私がそれを選べば妖派は面白くない。

だから先生が出てきたのか。 


「俺たちもお前をどうこうしたいわけじゃないが……賀茂だけはダメだ。」


 金色の狐は琥珀色の目をこちらに向ける。

茶色の狼はその言葉を遮るように、金色の狐へと躍りかかった。


 チャコは強いと思う。

一度目の時、鋼介君と戦っている時だって、最初は互角かと思ったけれど、すぐに優勢になっていた。

だから、いくら『この世で一番強い妖』と言えど、互角ぐらいの戦いができるんじゃないかと思った。


 だけど、九尾先生の力は圧倒的だった。

チャコは今、反撃もできないでいる。


 一度目の時、茶色の狼はいくら攻撃を受けても、即座に回復していた。

しかし、先生の攻撃が早すぎて、回復が間に合っていない。

更に、先生は友孝先輩にも攻撃を加えようとするので、茶色の狼は文字通り、身を挺してそれを阻止しているのだ。

あっという間に茶色の狼の体はボロボロになっていった。


 チャコが、チャコがやられている。

先輩は何やら言葉を紡いで、チャコの援護をしているようだったが、それでも金色の狐は止まらない。


「チャコ!」


 体の回復が間に合わず、攻撃することもままならない茶色の狼に声をかけた。

すると、今まで淡々と攻撃を加えていた金色の狐が、少し攻撃に手を緩める。


「チャコ?……お前、友永茶子なのか。」


 金色の狐がジロリと琥珀色の目で茶色の狼に声をかける。

しかし、茶色の狼は答える事もなく、ただチャンスとばかりにその首筋に噛みつこうとした。


 バシンッ


 何かが叩かれる音がしたかと思うと、茶色の狼の体が地面にたたきつけられる。

ズシャァッという音と共に、土煙があがった。


「お前、賀茂の犬か。なるほど。鋼介に近づいたのもそのためか。」


 琥珀色の目にわずかに炎が灯る。

茶色の狼は地面に伏せたまま、必死で体を回復しているようだが、力が無くなってきたのか芳しくない。


「犬……じゃなくて、狼ですよー……。」


 茶色の狼が言わなくてもいいのに、憎まれ口をたたく。

金色の狐は茶色の狼をジロリと見下ろすと、無情にも告げた。


「滅しはしない。しばらく眠れ。」


 金色の狐が前脚を振り上げる。

しかし、その脚が下ろされる直前に、友孝先輩が何かを唱え、右手を金色の狐に向けた。

空中に黒色の縄のようなものが現れ、金色の狐の体をググっと縛り上げる。


「チャコ、逃げろ!」


 友孝先輩が茶色の狼へ声を上げる。

しかし、茶色の狼は動く事ができないようで、わずかに身を揺すっただけだった。


 ダメだ。

先輩の術ももう持たない。


 金色の狐を縛っていた縄のような物は今にも千切れそうになっている。

友孝先輩は必死に力を送り続けているようだが、金色の狐もその身で力を発しているのだろう。


 もうダメだ。


 私の心が絶望に染まった時、オレンジ色の体が振り上げた脚を弾き飛ばした。


「鋼介……。」


 金色の狐が飽きれたような声を出す。

オレンジ色の狐は茶色の狼の前に庇うように立った。


 ……鋼介君だ。

鋼介君が助けに来てくれたんだ。


「それは賀茂の犬だ。どけ。」

「うるさい、俺に指図するな。」


 オレンジ色の狐は獰猛な牙を見せ、唸ると、ザッと地面を蹴った。

その瞬間に黒い縄は千切れ、空中に溶けていく。

そして、友孝先輩がチャコに向け、大きな声を出した。


「チャコ! 許す!」


 先輩が右腕を高く上げる。

すると、今までじっと伏せていた茶色の体がバッと宙に浮いた。

そして、あっという間に友孝先輩の元へ飛びついたかと思うと、その右腕をギチリと噛み千切った。


「先輩っ!?」


 倒れこんだ友孝先輩の元へ駆けつけ、慌てて抱き起す。

その右腕は無くなっていたが、傷口から血は出ていないようだ。


「大丈夫ですか!? 先輩、先輩ッ!」


 必死に友孝先輩を呼ぶと、痛みに顔を歪めたまま、先輩がチャコの方を見た。


「生気を……与えた。これでチャコはまた力を取り戻した、と思う。」

「傷口は?」

「チャコが血を……止めてくれた。だから大丈夫だ。」


 痛みは消えないけど、と友孝先輩が脂汗を浮かべる。

未だその目はチャコの方を見たままだ。


「……楽しそうだね。」


 痛みに顔を歪めながらも、どこか寂し気に呟いた。

チャコは確かに楽しそうで、鋼介君に『いけー!』とか『やれー!』とか言いながら、金色の狐に駆け寄る。


「友永、お前、賀茂を食ったのか。」

「んー。」

「式神か……救われないな。」

「黙れ、くそ兄貴。」


 オレンジ色の狐が会話を中断させるように、金色の狐と茶色の狼の間に入り、体当たりをした。

金色の狐はそれを受け、ズズッと後ろへと体を動かされる。


「鋼介、知っていてこんな事をやってるのか。」

「別にどうでもいいだろ。チャコはチャコだ。」


 金色の狐は深いため息をついた気がした。


「俺は強いぞ。」

「知ってる。今更だな。」

「いやいや、こっちも強いよー。鋼ちゃんと二人で最強コンビだからね。」

「なんだそれ。」


 鋼介君が飽きれたように笑った。

そして、それを合図にして三つの体が混ざり合う。


 どれぐらいそうしていただろう。


 今まで戦っていたオレンジ色の体がズシャッと地面に突っ伏した。

そして、それとほぼ同時に金色の体も地面へと倒れる。

茶色の狼ははぁと一つ大きな息を吐いたかと思うと、その体を空気に溶かした。


「唯ちゃん、友孝様……。」


 小さな茶色い狼がこちらへとてとてと歩いてくる。

もう力がないのか、足取りが覚束ない。

私は友孝先輩を一度離すと、急いでその小さな狼の元へと駆け寄った。


「チャコッチャコッ。」


 いやだ。

いやだよ。


 私は知っている。

この小さな体に残っている力の少なさ。

それが何を意味しているのか。


「やったよー……なんとか勝ったよー……。」


 小さな体をようやく抱きしめると、チャコは嬉しそうにこちらを見る。


「唯ちゃん、この後、鋼ちゃんと先生……治してあげて……。」


 金色の目が優しく私を見る。


「この体に残ってる友孝様の生気を返して欲しい……唯ちゃんならきっとできる。」


 ああ、こんな会話をどこかでした。

チャコが私に教えてくれるんだ。

私の力の使い道を。


「そしたら、唯ちゃんの力も減って……きっと、友孝様と一緒に生きていけると思う。」


 チャコは力のない体でフフッと笑ったような声音を出した。


「そっかぁ、友孝様だとこんなトゥルーエンドなんだねー……。」


 これも聞いた。

トゥルーエンド。

どうして、またそんな風に満足そうに笑うの?


 私はギュッとチャコを抱きしめる。

すると、私の横に友孝先輩がそっと跪いた。

まだ体が痛むだろうに、左手でそっとチャコの頭を撫でた。

チャコはそれに気持ちよさそうに目を細めた後、不思議そうに先輩を見つめる。


「チャコ、消えるな。」


 友孝先輩はその紺色の目でじっとチャコを見た。

チャコはそれに困った様な声音で返す。


「すいません、友孝様……その命令は聞けそうに、ないです。」

「命令じゃないよ。願いだ。」

「いや……今、すごい、消えそうなんですよ。」


 友孝先輩の言葉にびっくりしたように目を大きくしたが、それでもチャコは困ったように返した。

友孝先輩はじっとチャコを見つめ、そっと言葉をかける。


「チャコ……。許す。 私を食え。」

「――ッ! ちょ、待って……っ! グゥッ……」


 チャコの体がいきなりビクンと跳ねた。

そして、金色の目がガッと開き、口からは涎が垂れる。

私はチャコの変化をどうしていいかわからなかったが、チャコが必死で押さえているように見えたので、腕に強く抱きしめた。


「欲望に、すぐ負けるの、知って、ますよね……!?」


 チャコは何かをすごく我慢しているようで、私の腕の中でその前足を動かして、ギュッと自分の目を押えた。


「もう、……最後までなんなんですか……。」


 チャコは非難するような言葉をかける。

すると、友孝先輩はひどく悲しそうな顔をした。


「チャコ……構わないよ。私を食って、チャコに生きて欲しいんだ。」

「……食中毒、なりそうだから、いや、です。」


 チャコがその頭をグイグイと私に押し付けてくる。

何かから逃れるような行動で、私はその背を強めに撫でた。


「私は私のしてきた事を悔やんでない。陰陽師として考え、妖を滅してきた。」


 これまで友孝先輩の目に迷いはなかった。

しかし、ここに来て、その目が揺れる。


「すまない。」


 ひどくかすれた声だった。


「チャコ。君にした事はやり直したい。私が君にした事を全て消してしまいたい。」


 チャコはその言葉にビクッと体を揺らす。

友孝先輩を見ると、その紺色の目には苦しみがあった。


 私にはチャコと友孝先輩の間に何があったのかはわからない。

だけど、楽しい記憶ではなかったのだろう、と感じられた。


「友孝様が、した事ですか……そうですね、いっぱいありますね。」


 チャコのか細い声に友孝先輩の顔が歪む。

チャコは未だ必死に我慢しているようだったが、ゆっくりと懐かしむように言葉を出した。


「私に家をくれました……それから、フカフカのベッドと、テレビを見る楽しい時間と……。」


 チャコの体が消えていく。

どんどん空気中に漏れていっている。


「人間のご飯とお風呂と……。」


 もう我慢することもなくなったのか、その前足を外し、金色の目で私を見た。


「この学園で唯ちゃんに会わせてくれました。」


 なんで最後にそんなこと言ってくれるんだろう。

私はチャコを置いてきてしまったのに。


「唯ちゃん、ごめん……ね。式神だって黙ってて、ごめん。すごく、嫌な気持ちになった……よね。」

「私もごめん。自分の事ばっかりだった。チャコに会えてよかったよ。命令でもなんでもいい。」


 消えゆくチャコに、急ぎ言葉を重ねた。

本当はもっとゆっくりと話したい。

いっぱい謝りたい。

だけど、もうその時間がない。


 私の言葉に金色の目が嬉しそうに細まる。


「うん、唯ちゃんに会えてよかったよ。学園で一緒に笑った事、本当に楽しかった……。」


 チャコが消えていく。


「友孝様のおかげでプールにも行けましたよ……。」


 最後にその金色の目で友孝先輩をみて、その目を閉じた。


「唯ちゃんと……、行きた、かったなー……。」


 そう言って、チャコは消えていく。

後には淡く光る力の球体だけが残った。


「チャコ、チャコ消えるなっ。」


 友孝先輩が必死で呼ぶけど、もうそこにチャコはいない。

私は流れる涙をそのままに先輩を見た。


「先輩、チャコが消えるのは二度目なんです。」

「……どういう事だい?」

「私は時を遡ってるんです。」


 チャコと友孝先輩の関係はわかった。

陰陽師と式神の関係。

だけど、それだけじゃない、何かが二人にはある。


 チャコは友孝先輩を食わなかった。

食えばチャコは消えなかったんだろう。

でも、チャコは友孝先輩を消したくなかったんだ。 


「まだ途中なんです。」


 そうだ。

まだ途中だ。

私にはまだわからない事がたくさんある。


「チャコを取り戻しますから。」


 チャコと一緒に笑う未来を。

チャコが自由になれる未来を。


 今回はダメだった。

チャコは消えてしまったし、

チャコを式神から解放できなかった。


 またやり直そう。

どこかに道があるはず。


 私は先輩の返事を聞くことはなく、自分の中へと集中した。


 できる。

私ならできる。


 あの朝へ。

もう一度。

『優秀な陰陽師』賀茂友孝 トゥルーエンド達成

『この世で一番強い妖』 ルート開放します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ