優秀な陰陽師3
私が友孝先輩と話をして、生徒会活動を終えた後、チャコと鋼介君が迎えに来てくれた。
二人はプールの帰り道にわざわざ寄ってくれたらしい。
スマフォでやり取りをして、私服だから校内に入れないという二人と正門で待ち合わせた。
夕方の蝉がジージーとうるさい。
私より早く正門についていたらしく、そこには何やらじゃれているチャコと鋼介君の姿があった。
チャコが私を見て、嬉しそうに手を振る。
白いマキシ丈のレースワンピース。
デニム地の半袖シャツを羽織り、その前は開けている。
黒い長い髪は編み込まれ、後ろでお団子にまとめられていた。
かわいいな……。
いつもとは違うチャコにちょっと見惚れる。
鋼介君は白いTシャツに灰色チェックの七分丈クロップドパンツをはいていて、やんちゃそうな雰囲気に合っていた。
「チャコ、鋼介君、わざわざごめんね。」
私が手を振り返しながら声をかけると、先ほどまであんなに楽しそうにしていた二人が固まる。
私の背後の人物を見て、驚いたのだろう。
「やあ、こんにちは。」
その人物はフッと笑顔を浮かべて、チャコと鋼介君に挨拶をした。
そう。
なぜか、友孝先輩が一緒に正門までついてきたのだ。
「こんにちは。」
「……ちは。」
二人はその挨拶に少し冷静さを取り戻したらしく、それぞれ挨拶を返した。
チャコはとてもきれいな笑顔を浮かべながら。
鋼介君は目を瞠ったままだ。
私は二人のそんな様子を観察する。
鋼介君はいつもと違い、どこかよそよそしい感じだ。
そして、そんな鋼介君よりももっとおかしいのがチャコだ。
いつもなら誰にでも朗らかな笑顔なのに、友孝先輩の前では完璧なまでの美少女スマイルである。
一度目の時、これはチャコが友孝先輩を好きだからだと思った。
少しでも先輩にいい所を見せたいからか、緊張しているからだと思ったんだけど……。
「プールに行ったんだって? 楽しかった? 」
「はい。」
「そうか。それは良かったね。」
友孝先輩が声をかけると、チャコが答える。
そして、先輩はあの王子様の上を行くキラキラ笑顔を浮かべた。
今日の先輩はすごい。
この笑顔で何人悩殺するつもりなんだ。
私はその笑顔を見ると、頬が上気してしまう。
きっとチャコもこのキラキラ笑顔にやられているだろうと思ったのに、なぜか一歩下がり、鋼介君の後ろへ半身を入れた。
「妖でもプールは楽しいんだね。」
友孝先輩はフフッと笑っている。
別に笑顔は歪んでいない。
でも、その台詞は違うんじゃないかな。
友孝先輩の言葉にえっと先輩を見上げる。
幸いな事にチャコはその台詞を聞いてもきれいな笑顔を浮かべたままだった。
鋼介君に至っては発言の意味をはかりかねているようで、特に反応を見せず、後ろへ隠れてしまったチャコを気にしているようだ。
二人があまり気にしていない事に安堵しながらも、友孝先輩をつついて、顔をこちらへ向けさせる。
そしてこそこそと話した。
「先輩、それは嫌味に聞こえますよ。」
「そうかな。率直な意見で他意はないよ。」
「いーえ。また小学生男子みたいになってます。」
「……そうか。」
友孝先輩はちょっと考えるような素振りをする。
妖についての認識は少しは変わったと思うのだけど、長年の癖はなかなか消えないようだ。
……先輩、しっかり。
私と友孝先輩がこそこそとしていると、チャコがきれいな笑顔を浮かべたまま、友孝先輩へと声をかけた。
相変わらず、体は鋼介君に半身隠したままである。
「生徒会長はこちらへ家があるのですか? 」
「いや、裏門から出た方が早いね。」
じゃあ、なんで来たんだ。
鋼介君の顔にはありありとそれが浮かぶ。
チャコはきれいな笑顔を浮かべたままだったが、多分そう思ってるんだろう。
「では、私たちはもう行きますね。」
さようなら、と早々と会話を切り上げ、道を歩き出すチャコ。
鋼介君も友孝先輩へ挨拶をすると、すぐにチャコの後を追った。
「じゃあ、私もこれで。」
早く行かないと二人に置いて行かれる。
「お疲れ様でした。また明日。」
「ああ、また明日。」
友孝先輩に挨拶をすると、先輩もじゃあね、と手を振ってくれた。
チャコと鋼介君は少し道を行った所で待ってくれている。
急いで二人の元へ行くと、チャコが焦ったー。と目を大きくさせていた。
「ねね、唯ちゃん、なんで生徒会長いたの? 」
「なんでかな。妖好きが発覚して、妖に会いたくなったのかな。」
たぶん、そうなのかな?
よくわからないけど、そう答えるとチャコはえー、と首を傾げ、鋼介君は盛大に眉を顰めた。
「はあ? 賀茂先輩は陰陽師だろ。妖好きってなんだよ。」
「今日、そういう話になったから? 」
私の返事に鋼介君はなんとも言えないような顔をする。
「名波は平和だな……。あれは、たぶん、牽制だろう。」
「牽制? 」
思っても見なかった言葉に目を瞠った。
なんで友孝先輩が牽制をするの?
というか、誰に牽制をしたんだろう。
よくわからなくて首をひねると、鋼介君は少し考えるような素振りをする。
そして、名波は知っといた方がいいのかもしれないな、と呟いた。
「この学園には妖派と陰陽師派がある。」
「え? 」
妖派と陰陽師派?
なんだか唐突に出てきた不穏な言葉にびっくりする。
だって、一度目にそんな事は教えてくれなかったし、今だってこの学園は平穏そのものだ。
「まあ、表立ってどうこうって言うのはないけどな。裏では色々とあるみたいだ。」
「そうなんだ……。」
鋼介君がこんなにはっきりと断言するんだ。きっと何かがあるんだろう。
「でも、それを私が知っておいた方がいい、ってどういうこと? 」
「……名波、お前が妖雲の巫女だからだ。」
『妖雲の巫女』。
それは聞いた。
一度目の時、鋼介君の助けになりたくて話をしていた時に教えてくれた。
私が妖雲の巫女で妖に力を与える事ができる、と。
俺に力を与えてくれって、あのバレンタインデーに言われたんだ。
「妖雲の巫女。」
「ああ。それは妖に力を与えることができる。名波が妖に襲われやすいのもそのせいだ。」
「……うん。」
そうだね。
今日プールに行けなかったのもそれのせいなんだよね。
「唯ちゃん、鋼ちゃん、ここ暑いよー。歩こう? 」
立ち止まったまま話し込んでいた私たちにチャコが声をかけ、歩き始める。
チャコはこの話に興味がないのか、一人先を歩き、ぼんやりと空を見ていた。
鋼介君と私はその後を並んで歩いていく。
「妖雲の巫女とその妖派と陰陽師派って何か関係があるの? 」
「ああ。二つの派閥にとって、妖雲の巫女の力をどちらが手に入れるか、それが今の最大の関心事だろうからな。」
「……でも、私、何かされたりとかそういうのはないよ? 」
一度目の時だって、今だって普通に学園生活を送っているだけだ。
そんな陰謀とか策略とか、私が関わっているなんて思えない。
私が困惑して視線を下げると、鋼介君がポンッと背中を叩いた。
「ああ、だからそんなに気にすることはない。色々とあるけど、名波には関係ない事だ。」
鋼介君が夏の日差しの下で私を見て、ニッと笑う。
「一応な、教えておいた方がいいかと思っただけだ。賀茂先輩は陰陽師派だから。」
そうか。
友孝先輩は陰陽師派なんだ。
私に優しくしてくれるのも私を取り込もうとしているだけかもしれない。
だから、鋼介君は教えてくれたんだ。
賀茂先輩に気を付けろ、と。
「……鋼介君は妖派なの? 」
そんな事を教えてくれるのは妖派だからだろうか。
友孝先輩が私と一緒にいる所を見せる事で鋼介君に牽制をしたように、鋼介君も私に友孝先輩の事を教えてくれる事で牽制しているのだろうか。
私はじっと鋼介君を見上げる。
「いや、俺は妖派じゃない。もちろん陰陽師派でもない。」
鋼介君は私の視線を受けても揺るがず見つめ返してくれた。
「俺は名波が普通の学園生活を送れたらいいって思ってるだけだからな。」
そして、もう一度、ポンッと背中を叩いてくれた。
鋼介君の叩いた背中から力が入ってくるようで、じんわりと熱くなる。
「まあ、妖だから妖派よりである事は否定できないけどな。チャコもそうだろ? 」
前を歩いていたチャコに鋼介君が声をかけた。
チャコは振り返らず、相変わらず空を見上げている。
「そういう難しい事はめんどくさくてー。」
「そうだろうな。」
鋼介君が爽やかに笑う。
そして、チャコは背中越しにえへへっと朗らかに笑った。
私はその背中をじっと見つめる。
チャコは本当の事を言っていない。
だって、一度目の時、チャコは鋼介君を倒しに来た。
全てを知っていたかのようにそこにいた。
そして、そこには友孝先輩もいたんだ。
陰陽師派だから鋼介君を倒しにきたの?
妖派だから友孝先輩を倒しにきたの?
ねえ、チャコ。
チャコは何を背負ってここにいるの?
「そんなことより、唯ちゃん! プールすごかったんだよー。」
チャコは話題を変えると、クルッとこちらを振り向く。
いつもの朗らかな笑顔。
その笑顔をどこか遠くに感じながら、家までの道を三人で歩いた。
夏休みも終わり、あっという間に文化祭になった。
生徒会にとってこれほど忙しい日もない。
連日の書類チェック、申請、現地確認の日々。
ようやく開催した今日は見回りや、当日の問題点の修正などでてんやわんやである。
「友孝先輩! すいません、書道部が午後の書道会で使う材木が足りないって言ってます! 」
私は先ほど受けた書道部からのクレームを友孝先輩へと伝えていた。
材木を管理する人が昼休憩に入り、今すぐに確認できる人がいなかったのだ。
友孝先輩は完璧である。
多分、材木の事もしっかり把握しているはずだ。
そんな期待を込めた眼差しを向けると、友孝先輩はにっこりとほほ笑んだ。
「わかった。私ならわかるから、一緒に材木置き場へ見に行こうか? 」
「はい、ありがとうございます! 」
やっぱりわかるんだ。
さすが、友孝先輩である。
夏休みの一件以来、友孝先輩はキラキラ度を増し、とてもよく笑うようになった。
生徒会で長く一緒にいるため、私たちはかなり親しくなったと思う。
鋼介君は私が騙されていないかという事だけが気がかりなようだったが、私は友孝先輩を信じる事にした。
実は時々精神が小学生に戻ってしまう友孝先輩である。
きっと、この笑顔は本物だ。
材木が保管してある教室へ行くと、そこには既に書道部の人が待っていた。
書道会の準備はすぐそこに迫っているらしく、早く足りない材木が欲しいようで、焦っている。
私と友孝先輩は教室へと入ると足りないと言われている材木と申請書を照らし合わせながら、確認をした。
「確かに、一寸角が一本足りないみたいだね。」
「っそ、そうなんです。」
「じゃあ、持って行ってもらっていいかな。」
「はい、ありがっとうございます。」
書道部の人は友孝先輩にドキドキしているのだろう。
時折つっかえながら、話している。
その子はすごく緊張していたのか、急いで材木を取ろうとして盛大にこけた。
そして、その子がこけた事によりバランスを崩した材木が、ドミノ倒しのように折り重なっていく。
折り重なった先にいるのは――
「……っ! 」
「危ない! 」
私と友孝先輩だ。
バランスを崩した材木がこちらへ倒れてくる。
二度目だけど怖い物はやっぱり怖い。
ギュッと目をつむると、盛大な音が辺りに響いた。
「すっすいません! 大丈夫ですか!? 」
焦った声が響く。
私に材木が降りかかったはずだが、痛みはなく、そろそろと目を開くと、そこには友孝先輩の胸があった。
一度目の時と同様、先輩が私を庇ってくれたのだろう。
だけど、なんだか一度目の時より、近い気がする。
左手で私をグッと抱き込み、右手を上にあげ頭を守ったようだ。
「先輩、大丈夫ですか? 」
「ああ。問題ないよ。名波さんも大丈夫? 」
「はい。」
どうやら先輩は一度目の時と同様、あまりケガはしなかったようだ。
その事にとりあえずほっと安堵する。
そして、私はそっと友孝先輩から体を離すと、教室の後ろの扉を見た。
そこにはこちらへ向かってくる鋼介君がいて……。
呆然と立ち尽くしているチャコの姿があった。
「おい、チャコも手伝え! 」
鋼介君が私たちに覆いかぶさっている材木をどけながら、チャコへと声をかける。
しかし、チャコは反応しない。
じっと友孝先輩を見て、その目を爛々と光らせていた。
いつものきれいな深いブルーじゃない。
金色の目がこちらを見ている。
チャコはしばらくこちらを見ていたが、ギュッと眉を顰めると、何かを振り切るように走って行った。
その頃には材木もかなり片付き、書道部の人が必死で謝る。
友孝先輩がそれを受けながらも、的確に指示をして、とりあえず足りない材木を持って行ってもらった。
材木の整理は残っているが、私たちにも目立ったケガはなかったので、その場に集まってくれた人にお礼を言って、元の場所へと戻らせる。
「先輩、チャコが変でした。」
「……ああ。」
指示を終えた先輩にそっと近づくと、先輩は何か思い当たることがあったのか、チラリとその右手の甲を見た。
そこには材木で擦れてしまったようで、血が滲んでいた。
「大丈夫ですか? 」
「ああ、これぐらいなら問題ないよ。」
先輩は何か考えているようで、窓の外を見ている。
私も一緒に窓から外を見ようかと思った所で鋼介君の声が響いた。
「……チャコがいない。」
鋼介君がムスッとしている。
そういえば、一度目の時もこんな風だった。
そして、鋼介君はチャコを追って行ったのだ。
「鋼介君、私がチャコを探すから。ここの整理してて。」
「はあ? なんで俺が。」
「お願い。」
鋼介君は渋々だがはぁと溜息を一つ零して、材木を整理してくれる。
一度目の時、ここでチャコを追って行ってから、鋼介君はおかしくなっていった。
きっと追わせない方がいい。
私は鋼介君に心の中で謝ると、チャコを探しに行こうと教室から出ようとする。
「私も行くよ。」
「……先輩が? 」
「ああ。ちょっとね。」
まさか先輩が一緒に行くと言い出すとは思わなかったので、びっくりして友孝先輩を見上げた。
友孝先輩は曖昧な笑みを浮かべ、私の前を歩き、教室を出た。
とにかく今はチャコが最優先だ。
私は友孝先輩を追求せず、その後ろをついて行った。
チャコが行ってから少し時間が経つので、探すのは難しいかと思ったが、意外に簡単だった。
走って行った女の子を知らないか、と聞くと、皆が教えてくれたのだ。
グラウンドを抜けたクラブ棟の裏。
そこに体育座りをして、顔をギュッと膝につけているチャコの姿があった。
その姿は何かを必死で我慢しているようで、見ている私の胸まで苦しくなってしまう。
「チャコ、大丈夫? 」
クラブ棟の裏へ入ったすぐの所でチャコに声をかけた。
チャコはビクッと体を動かして、怯えるようにより縮こまってしまう。
近づかない方がいいのかと思案していると、そっと友孝先輩が前へ出た。
「チャコ。」
友孝先輩がチャコの名前を呼んだ。
……苗字じゃない。
チャコを呼び捨てで呼んでいる。
いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。
困惑してその背中を見つめる。
チャコは友孝先輩に呼ばれた事で、より体に力を入れたようだった。
「来ないでくださいっ。」
チャコの悲痛な声が漏れた。
「おねがいします。」
必死に懇願している。
だけど、友孝先輩はそれに答える事はなく、ゆっくりとチャコに近づいていった。
「おねがいします。……唯ちゃんに見られたくないんです。おねがいします。」
チャコは呪文のように『おねがいします』と繰り返している。
友孝先輩はその言葉に私を振り返ると、すまない、と呟いた。
「少しだけ、外してくれるかな。」
「……はい、わかりました。」
こんな状態のチャコを放っておきたくない。
だけど、チャコは私に見られたくないと言った。
だったら私は見るべきではないんだろう。
クラブ棟の裏から出て、チャコと友孝先輩が見えない所へと歩く。
そして、そっとクラブ棟の外壁にもたれ掛った。
姿は見えないけど、少しだけ声は聞こえる。
友孝先輩の優しい声と、チャコの荒い息遣いがわかった
時折、何かを吸っているかのようなリップ音もする。
「チャコ、ゆっくり息を吸ってごらん。」
友孝先輩の優しい声がした。
そうして、リップ音も荒い息遣いも聞こえなくなったのはどれぐらい経ってからだろう。
時間としては五分ぐらいだろうか。
ひどく長く感じたその時間は友孝先輩が声をかけてくれてようやく終わる。
「名波さん、もう大丈夫だよ。」
私はその言葉にクラブ棟の裏へと入ると、そこにはいつも通りの先輩と、ひどく辛そうな顔で地面を見ているチャコの姿があった。
チャコがこちらを見てくれないからわからないけれど、目も深いブルーに戻っているのだろう。
ゆっくりと二人に近づき、何を話しかけるか考える。
何を聞いたらいいだろう。
どう聞いたらいいのだろう。
「あの、キスしてたんですか? 」
色々考えたのだけど、結局いい案は浮かばなかった。
だから、こんな事聞くのはよくないのかもしれないが、率直に聞くことにしたのだ。
知らない間に二人は付き合う事になったのだろうか。
「いや、今のは血を与えていたんだ。」
「ち? 」
「ああ、さっき手から血が出ただろう? チャコはそれを見てしまったから我慢できなくなってしまったんだよ。」
そう言って、右手の甲を見せてくれる。
そこには先ほどまであったはずの傷はなくなっていた。
ちって血のこと?
チャコに血を与えてたっていうこと?
「チャコはね、私の式神なんだ。」
「しきがみ? 」
「そう。チャコと私は契約しているんだ。チャコは私の言う事を聞く。そして私は生気を与えるっていう契約だよ。」
友孝先輩は私にわかりやすいように説明してくれたのだろう。
けれど、よくわからない。
ただ、チャコと友孝先輩が普通の関係ではないことはわかった。
私がチャコを取り戻すために知ろうとしていた事。
チャコと友孝先輩の関係を知れば、きっと何かが変わると思った。
それは陰陽師と式神の関係。
命令するものとされるものの関係だったんだ。
私がびっくりして言葉が出なくなっていると、友孝先輩が優しくこちらを見る。
そして、そっと言葉を発した。
「この学園にチャコがいるのは私が命じたからだよ。」
遠くに文化祭の喧騒が聞こえるのに、ここはやけに静かだ。
「『妖雲の巫女を守るように』ってね。」
友孝先輩の言葉はズクッと私の胸を抉る。
もう聞かない方がいい。
どこかで冷静な私が止めていたけど、私は自分を止める事ができなかった。
「チャコ、チャコは命令だから私を守ってくれてたの? 」
チャコをじっと見る。
でも、チャコは私の視線を受けても、困ったように、なんだか泣きそうな顔で笑うだけだった。
「……そっか。わかった。」
一度目の時。
友孝先輩が言った『任務達成だよ』っていう言葉。
そうか。
チャコはずっと任務だと思って、私と一緒にいたんだ。
いつだって助けてくれた。
隣でえへへって笑ってくれた。
強くて優しくて可愛く笑うチャコが大好きだった。
でも、チャコは違ったんだね。
「先輩、仕事が残ってるから、帰りましょう。」
「……そうだね。」
私は先輩にそれだけ言うと、振り返り歩き出す。
今日は文化祭だ。
こんな大変な日に生徒会長をここに押しとどめているわけにはいかない。
私の横へ友孝先輩が来る。
だけど、チャコは来ない。
何も言わない。
……私バカみたいだ。
チャコを取り戻そうって気合を入れてがんばって。
時まで遡ったのに。
チャコと私は友達じゃなかったんだ。
「チャコとの時間は全部ウソだったんですね。」
文化祭の主会場を目指して、ポツリと言葉を落とす。
友孝先輩に言ったわけじゃない。
ただ、心に浮かんだ言葉を口にしただけ。
自分で自分に言ったその言葉は、私の胸をギュッと握りつぶした。