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優秀な陰陽師2

 期末試験が終わると、あっという間に夏休みになった。

今日は曇り空。

チャコと鋼介君がプールに行く日だと思うが、プール日和と言うにはちょっとお日様の力が足りない。

それでもあの二人ならこの雲を吹き飛ばすぐらい、楽しむのだろう。


 私は学校への道をトコトコと歩いていた。

私が住んでいるマンションは学校から徒歩十五分ぐらいの所にある。

チャコの家は私の家の近所らしいが、もう少し学校から遠くにあるらしい。

学校に行くときは迎えに来てくれる。

夏休みに入ってからも、生徒会活動で毎日学校に行く私と一緒に学校へ行っている。

チャコが暇なんじゃないかと心配したが、私が生徒会活動をしている間はエアコンの効いた自習室で勉強をしているらしい。

チャコの家にはエアコンがないらしく、『涼しい所でやる勉強は、はかどり過ぎてヤバイよー。』と笑っていた。


 今日、チャコは鋼介君とプールに行くので、私は一人で登校している。

いつもはあっという間の十五分が今日は長く感じられた。


「おはようございます。」


 学校につき、生徒会室の扉を開け、中の人物へと声をかける。

私は八時に家を出たが、既に友孝先輩の姿があった。


「おはよう。」


 友孝先輩は私に挨拶を返すと、机に視線を戻し、書類を分類していく。

こうして私たちに書類を振り分けておいてくれるのだ。

いつも少し早目に来て、その作業をしておいてくれるので、他の役員は登校してすぐに仕事を始めることができる。


 この学校の生徒会はなかなか機能的だ。

基本的に自分の仕事をきっちりしていれば、夏休みに毎日登校する必要もない。

期限が近い仕事がある日や全体会議がある日などは強制参加だが、後は各自が自由に予定を立てていい。

皆、自分の時間を作ることもできるし、自分のためにしっかりと目標を持って仕事をするので、効率のいい仕事ができていると思う。


 その環境を作ってくれているのは友孝先輩だ。


 友孝先輩はみんなより早く来ているが、ダラダラと残るようなことはしない。

長引きそうな会議もさっと終わらせるし、無駄な時間を過ごしたなーと倦怠感に襲われる事もなかった。

もちろん、仕事が溜まり始めると、きちんと皆を招集するし、率先して、それはもう馬車馬のように働く。

とても真面目な人柄で、元々の素養と相まって、その生徒会長としての姿は完璧だ。


 だからこそ、あの時の言葉がずっと私の頭をグルグルと回っている。


 『あれは人間じゃないだろう? 』


 クラスマッチの反省会の時に垣間見た、歪んだ笑顔。

あれは本当に友孝先輩から出た言葉なのだろうか。


 私から見た友孝先輩は優しく、完璧だ。

実力があるのに努力も弛まない。


 友孝先輩を知れば知るほど、あの時の言葉と私が見ている友孝先輩がかい離していく。


 私は自分の机に荷物を置くと、友孝先輩へと近づいた。

エアコンの風が、火照った身体に気持ちいい。


「先輩、手伝います。」

「ありがとう。そこの振り分けた書類をクリップで止めて、それぞれの机に置いてくれるかな。」

「はい、わかりました。」


 私も早めに来て、友孝先輩の事を手伝うようにしている。

こうして朝の二十分ほどだが、確実に二人きりになれる時間。

友孝先輩からはそれなりの信頼と友好を得ていると感じられるが、一度目の時から何かが変わったと確実には思えていないのが現状だ。


 友孝先輩が振り分けた書類を見て、内容ごとに二、三枚束ねるとクリップで止める。

サインが必要な物などには付箋もつけておいて、わかりやすくしておいた。

そして、それがある程度溜まると、それぞれの役員の机へと置いていく。


「そういえば今日はいつもの友人と一緒に来なかったんだね。」


 その作業を黙々とこなしていると、ふと友孝先輩が言葉を漏らす。

いつもの友人、と言うとチャコのことだろうか?

なぜ先輩が私とチャコが一緒に来ている事を知っているのだろう。


「この窓からちょうど正門が見えるだろう? よく君たちが一緒にいるのを見かけるんだ。」


 私が不思議な顔をしていたからだろう、友孝先輩がちょっと困ったように笑う。


「そうだったんですね。」


 確かに生徒会室の窓からはちょうど正門が見える。

いつも早く来ている友孝先輩なら、私たちが登校している姿を見る事があるかもしれない。


「チャコは今日、プールに行ってるんです。」

「プール? 」

「そうなんです。あの、いつも話していると思うんですけど、クラスの友達の鋼介君と一緒に。」


 友孝先輩は驚いたのか、目を瞠りこちらを見る。


「一緒に行かなくてよかったの? 」

「あんまりプールって好きじゃなくて……。」


  私が困ったように笑うと、友孝先輩も納得してくれたようだ。

それ以上深く追求することはなく、私から視線を外し、窓から正門の辺りを見た。


「妖が二人でプール……ね。」


 友孝先輩はその目に何を映しているのか。

いつもの王子様のような笑顔じゃない。

歪んだ、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


 やっぱり友孝先輩は妖が関わると何かがおかしい。

なんとも思ってないと言ったけど、それとは何か違う気がする。


「先輩は……やっぱり妖が嫌いなんじゃないですか? 」


 思わず出た言葉は、自分が考えていたよりも低い声だった。

友孝先輩はゆっくりと窓から視線を外し、私を見ると困ったように笑う。


「前にも言ったけどね、別に嫌いなわけじゃないんだよ。なんとも思ってないだけで。」

「そうなんですか……。」


 教えてくれない。


 私は友孝先輩の言葉に小さく溜息をついた。

友孝先輩はそんな私の顔を見ると、ふぅと小さく息を吐いて、前髪をかき上げる。


「そうだね、いつもがんばってくれる君に、少しだけ私の秘密を教えてあげようか。」


 褐色の前髪の奥で紺色の瞳が光る。

それは私が期待していた言葉で、思わずギュッと手を握りしめた。


「君は私が陰陽師だというのは知っているよね? 」

「はい。」

「陰陽師はね、かなり小さい頃から自分の力を操るために修行を始めるんだ。」


 友孝先輩の言葉を聞き洩らさないようにしっかりと耳を傾ける。

友孝先輩の事ならなんでも知りたい。

じっと見つめると、友孝先輩はどこか遠くを見るような目で、私を見つめた。


「私が陰陽師としての修業を始めたのは三歳の時だよ。」

「三歳ですか。」


 思わず声が出る。


「三歳って……ようやく親と離れて、友達や先生と過ごす事が増えてくるような時期ですよね? 」

「ああ。でも、賀茂家ではそれが当たり前の事だからね。」


 私には陰陽師がどういうものか、イマイチわからない。

きっと歌舞伎の世界やオリンピックに出るようなすごい人たちのように、英才教育を受けて、ようやくできるようになるものということだろうか。


「賀茂家は長く続いている陰陽師の家系なんだ。その技術や知識は世襲する。もちろん私もそれを教えられたし、きっと子供にも教えていくんだろう。」

「由緒正しい家なんですね。」

「ああ、名門というやつだよ。」


 友孝先輩がふと自嘲気味に笑う。

表情一つさえ、何かの糧になるかもしれない。

私は友孝先輩の話を終わらせないよう、小さく頷きながらも先を促した。


「そうやって小さい頃から修行していたんだけど、私は子供だったからね。もっと遊びたかったし、自分の立場って言うものがしっかりとはわかってなかった。ある時、修行から逃げ出して、近くの山に入ったんだ。六歳ぐらいだったかな。」


 友孝先輩が何かを思い出したようで、フッと口角を上げて笑う。

その笑みは歪んでいた。


「茶色と白色のまだらのフワフワしたものがいてね。……あれは何の妖だったんだろう。丸っこくて、毛玉みたいだった。」

「毛玉ですか? 」

「ああ。バスケットボールを一回り大きくしたぐらいだったと思う。」


 友孝先輩は歪んだ笑みを一瞬で消すと、これぐらいだよ、と手振りで大きさを示してくれた。


「見た時にすぐに妖だってわかったけど、その時、手を伸ばしてしまったんだ。今思えば、あれが擬態した強い妖だったら、私は死んでたんだろうね。」

「……友孝先輩が死んでなくてよかったです。」


 友孝先輩は恐ろしい事を、さも楽しい事のように話している。

私はそれを咎めるように答えた。

しかし、友孝先輩にはその声音は効かなかったようで、悠々と見つめ返される。


「それからは何度か山に通って、その妖を見に行った。」

「見てただけなんですか? 」

「どうだったかな、少しだけ触った事もあったかな。」


 友孝先輩は昔の事を思い出しているのか、少し考えているようだ。


「連日、修行だったから友人を作る事もできなくてね。その妖を見に行くぐらいしか自由時間はなかったんだ。」


 仕方なくだよ、と友孝先輩は付け加えた。

そして、少しだけ口角を上げる。


「私は天才じゃないから努力が必要だったんだ。努力すればその分は身にはついたけど、なんでもすぐに覚えるようなタイプではないから、両親はそれにイライラしていたようだった。」


 友孝先輩はなんてことない風に話した。

けれど、私はその言葉にかなりびっくりする。

友孝先輩にイライラするなんてありえるんだろうか?


「ご両親はちょっと贅沢ですね……。」


 思わず、ボソリと思ったままの事を口にしてしまった。

友孝先輩はそれに曖昧な笑顔で答えると、私の目をじっと見る。


「君のクラスに安倍勇晴っているだろう? あれは彼の有名な安倍晴明の子孫だよ。」


 安倍勇晴あべゆうせい

確かに私のクラスのいる。

黒色の短い髪と同色の目。そして眼鏡をかけていて理知的な雰囲気を醸し出している人だ。

まさか彼が私でも知っている有名人の子孫だったなんて……。


 驚いて目を見開いた私に、友孝先輩がこくりと頷く。


「彼は天才だよ。私より一個下だけど、なんでもすぐに覚えたらしい。だから、それと比べて私の才の無さを両親は嘆いていたんだよ。両親が私を褒めることはなかった。」

「そうなんですか……。」


 友孝先輩は特に感情を乗せずに話しているが、私にもわかる。

それは小さい子供には辛い日々だったんだろう。


「その毛玉の妖がいてくれて良かったです。」


 友孝先輩は仕方なく見に行っただけだと言うが、それでもいい。

一人きりよりずっとマシだったはずだ。


 しかし、友孝先輩は私の言葉には頷いてくれなかった。


「一年ぐらい経ってからかな、山にいる所を見つかってね。両親は『丁度いい』からと、そこでその妖を滅するように言ったんだ。」

「そんな……。」


 友孝先輩はなんでもない事のように言っているけど、その妖は友孝先輩を癒してくれていたんじゃないのだろうか。

私は眉を顰めて、友孝先輩を必死で見たが、友孝先輩は特に感情を浮かべることもなく、淡々と話していた。


「私はできなかった。力が足りなかったんだ。両親の落胆は凄まじくてね、そこからは山に行く時間も無くなったよ。」


 だから、あの妖がどうなったのかわからない。と友孝先輩は続けた。


「……私は私に無能を突きつけた、あの妖を恨んでいるのかもしれないね。」


 友孝先輩はゆっくりと窓の外を見る。


「その時からかな。妖は人間じゃない、別の何かだって思ってるよ。」


 友孝先輩は陰陽師の家に生まれ、陰陽師として育てられた。

その過程で妖をなんとも思わないようになったって事なのか。


「私は『優秀な陰陽師』だよ。でもそれだけだ。一つ下に『最強の陰陽師』がいる。君と同じクラスにね。」


 窓の外へと向けていた視線を私に向ける。

そこにはこちらを試すように見る友孝先輩の顔があった。


「それが君が必死で知ろうとしてる『賀茂友孝』だよ。努力で誤魔化してるただの平凡な男なんだ。」


 これが私の秘密だよ、とフッと笑って書類へと目を戻す。

話をする前と変わらない、まったく同じ空気。


 友孝先輩は私からの言葉は求めていない。

ただ私の思いをくみ取って、少しだけ先輩の事を教えてくれただけなんだ。


 でも、それでわかった。

この人も鋼介君と同じなんだ。



 自分より強い存在に目を奪われて、自分を軽く扱っている。



「友孝先輩は、すごいですよ。」


 私に言葉が届くかはわからない。


「私は先輩が生徒会長で良かったって思います。」


 こんなに完璧な生徒会長はどこを探したっていないと思う。


「陰陽師の事がわからないから、優秀とか最強とかはわからないです。わからないですけど、今の話だけで友孝先輩がすごくがんばってるんだって事がわかりました。」


 私が友孝先輩をじっと見つめると、友孝先輩もこちらを見返した。


「がんばってるってだけじゃダメなんだってわかります。きっと結果が出てようやく意味があるものになるんだろうから。」


 私も。

何もわからないまま、こうして時をやり直している。

がんばったから、一度目と同じことをしないようにしてるから、だから結果が出るというものでもないだろう。


 チャコを取り戻す。


 それができないと意味がないんだから。


「私も、今はまだ途中なんです。きっと、友孝先輩もまだまだ途中なんです。」


 そうまだ結果は出てない。


 だから、がんばる事を卑下しないで欲しい。

私もがんばる自分を卑下したくないから。


「一緒にがんばりましょう。」


 このがんばりに意味が出てくるように。


 友孝先輩へ言葉をかけていたはずなのに、気づけば自分の事を考えている。

友孝先輩に話させておいて、それを助けるような言葉はかけられない。

そんな私の言葉だけど、友孝先輩はバカにする事はなくて、こちらをじっと見つめた。


「君は何をがんばるのかな? 」


 友孝先輩の紺色の目がこちらを探るように見る。

私はその視線を受けて、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべ、ふふっと笑った。


「それは秘密です。」


 友孝先輩は私の言葉に一瞬目を瞠ったが、すぐに、王子様のような笑顔を取り戻す。


「君って本当に面白いね。」


 私はその言葉にもふふっと笑って答えた。

そして、もう一つ気になっていた事を友孝先輩へと告げる。


「それから友孝先輩、先輩はその毛玉の妖を恨んでません。」

「どうして君にわかるの? 」

「わかります。」


 『別に嫌いじゃない』

 『なんとも思ってない』


 それを強く言われれば言われるほど、一つの答えが出てきてしまう。


「友孝先輩、小学生男子みたいな事言ってますよ? 」

「小学生……? 」

「そうですよ。『俺はお前の事なんとも思ってないんだからな! 』って言って、好きな子を苛めて泣かせて『私の事嫌いなんでしょ! 』って言われちゃって、慌てて『別に嫌いなわけじゃねーよ! 』って答えるんです。好きな子に好きって言えない小学生男子と一緒じゃないですか。」


 毛玉の妖だって好きだったはずだ。

妖リレーの話だって、陰陽師としての自分を律するために、不自然なほど会話に参加しなかったんじゃないだろうか。


「先輩は妖の事が好きなんですよ。」


 友孝先輩は私の言葉にそれはもうびっくりしていた。

最初は否定しようと口を開いたみたいだけど、その口から言葉が出る事はなく、友孝先輩の間抜けな顔だけが取り残される。

そして、何も言葉が出なかった口の辺りに手を持っていき、ふむ、と考え込んでだ。


 優に五分ぐらいは経っただろうか。

友孝先輩が重々しく口を開いた。 


「そう言われればそうなのかもしれない。」

「……きっと、そうなんじゃないですかね。」


 そんな一言に五分間もかけなくても。

私は呆れながら友孝先輩を見下ろすと、なんだかすべてに合点がいった。と目から鱗な顔をしていた。


「戦っていると興奮するし、君がよく言うクラスの友人の話もなかなか楽しいしね。」


 そして、キラキラ笑った。

妖の事を話しているのに、いつもの歪んだ笑顔じゃない。

本当に心から楽しい、と思っている笑みだ。


「陰陽師なのに妖が好きだったのか。」


 友孝先輩がハハッと本当に楽しそうに笑う。

私を置いてけぼりにして、目に涙まで浮かべて大笑いしている。


「ありがとう、名波さん。新しい自分を見つけられた。」


 二人しかいない生徒会室。

少しだけ聞こえるエアコンの稼働音。

夏の太陽が窓から燦々と降り注いでいる。

その中で、目じりの涙を右手の人差し指で救いながら、こちらをおかしそうに見る友孝先輩。


 カチリ、と何かのピースがはまるような感じがした。


 きっと、今、何かが変わった。


 そう思う。



 結局、友孝先輩はその日、ずっとキラキラと笑っていた。


 こんな友孝先輩は初めてだが、その笑顔の威力はすさまじく、生徒会役員は男女問わず、顔を赤くしながら過ごした。

いつもの王子様のような笑顔の上に更にこんな笑顔もあったなんて……。

この笑顔の前ではかく言う私も例外になく、頬を染めてしまうのも仕方ないと思う。


 一度目の時はこんな友孝先輩はいなかった。


 少しずつ変わってきてる。

もう少し。

もう少しできっとなんとかなる。

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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