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出来損ないの狐

ここからヒロイン視点になります

 茶色の大きな狼が、オレンジ色の九つの尾を持った狐の首に噛みつく。

私は何が起こっているかわからず、グラウンドの端に立ち、声を上げていた。


「鋼介君……っ!!」


 あのオレンジ色の狐はクラスメートの鋼介こうすけ君が妖になった姿なのだろう。

先ほどまで暴れまわっていたその体は茶色の狼に抑え込まれ、死の瀬戸際にいる。


 なんで?

私は鋼介君を助けたかったんじゃないの?


 強くなりたいと願った鋼介君。

だんだんと塞ぎこみ、今にも壊れてしまいそうだった。

だから私の力が役に立てばいいって思った。

苦しそうに自分が嫌だ、という鋼介君を助けたかったのに。


 鋼介君は私の力を受けて、暴走してしまった。


 茶色の狼はそれを知っていたように、どこかから現れ、暴れるオレンジ色の狐に襲い掛かった。

そして、ついに鋼介君を抑え込んだのだ。


 茶色の狼は私の声に反応することはなく、躊躇なくオレンジ色の狐の首を噛み千切った。

オレンジ色の狐は首を噛み千切られたため、断末魔の声を上げることすら叶わず、あっけなく地面に溶けていく。


 ヴォォーーオオォン!!


 茶色の狼がオレンジ色の狐の代わりとでもいうように、大きな、遠吠えのような唸り声をあげた。

全身から殺気を迸らせ、口からは涎がボタボタとしたたり落ちる。

私は凶悪なその姿に呆然と立ち尽くした。


 あれはなに?

あの茶色の狼は?


 あの狼と鋼介君は初めは互角か、鋼介君の方が優勢に見えたのに、時間が経てば経つほど鋼介君が劣勢になった。

ほどなく勝負はつき、あの狼は鋼介君を食ったのだ。


 そして、今はあの狼が暴走している。


 先ほどまでは確かにその金色の瞳に理性の光を灯していたのに、今ではそれが見えない。

暴走して、校舎に向かって一直線に突進していった。


 私……?

私のせいなの?


 私は自分の力がどういう物なのか、よくわかっていない。

これまでの人生で妖に会う事は多かったが、いつもなんとかなっていた。

高校に入ってからは友人であり妖であるチャコがいつも私を守ってくれていた。


 だから、私は自分の力の事を考えずに過ごしていられた。

ちょっと妖に好かれやすいだけの、普通の女の子だと。


 でも、これは?


 どう見ても普通じゃない。

妖と言っても、チャコや鋼介君のように自我があるはずだ。

それを奪ったのは……私?


 狼は執拗に校舎の二階を攻撃していたが、その窓から一つの影がグラウンドへと降りた。

私はその影にじっと目を凝らした。

月明かりが照らし、キラキラと光る褐色の髪。

男の人にしては長めのその髪は中性的な美しい顔と合い、その魅力を増している。

今はその美しい顔を楽しそうに歪めながら、狼からの攻撃を防いでいた。


「友孝先輩?」


 呆然としていた私の口からポツリとその名が漏れる。


 なんでここに?


 陰陽師でありこの学校の生徒会長でもある友孝ともたか先輩だった。

生徒会で書記をしていた私は何度か交流を持ったし、その王子様然とした姿には憧れもしていた。

その先輩が今は見たこともない歪んだ笑顔で狼を見ている。

狼は金色の瞳に光を宿さないまま、その凶悪な鉤爪で友孝先輩に襲い掛かっていた。


 ……あれは。

あの鉤爪は。


 ようやく気付いた。

その戦い方、あの形状。そしてこの既視感。

私はあれを知っている。


 いつだって私を守ってくれた。

あの鉤爪で幾度となく私を救ってくれた。


「チャコッ!!」


 その狼に聞こえるように精いっぱいの声を上げた。


 チャコだ。

チャコなんでしょ?


 友孝先輩は狼の攻撃を札で防ぎながら、何か言葉を呟いていた。

しかし、執拗な攻撃にそれを開放する隙がなかったのだ。


 しかし、ほんの一瞬。

私が大きな声を上げた時、狼は動きを止めた。


 友孝先輩がその隙を見逃さず、そこまで溜めていた力を一気に開放する。

何か、黒い鎖のような物が狼にまとわりつき、ギリギリと体を締め付けていった。

狼が首を掻き毟りながら苦しむ。


 チャコが……。

チャコが。


 私はその光景が信じられず、ただ茫然と目を見開いた。

巨体がグラウンドへと倒れ、もがき、暴れる。

友孝先輩はそんな狼を歪んだ笑顔で見下ろしていたが、ふと私の方を見た。


 ダメ。

ダメだ。


 その瞳を見た途端、背筋にゾワッと悪寒が走った。


 チャコが滅せられてしまう。


 頭に浮かんだ考えに総毛立つ。

思わず叫んでいた。


「やめてください!」


 私の声が届いたのか、友孝先輩はハハッと面白そうに笑う。

動かなくなっていた足を必死に動かして、チャコと友孝先輩の間に入った。

グッと友孝先輩の胸を押す。


「チャコを滅しないで!」

「君って本当におもしろい。」


 柔らかい、キラキラした王子様のような笑顔を私に向けた。

銀色の満月の下、紺色の瞳が私を見る。


 ……この笑顔が素敵だな、と思っていた。

この笑顔を向けられる度に胸が高鳴っていた。


 でも、違う。

この人は何かがおかしい。


 この狼の攻撃を受けながら、歪んだ笑顔を浮かべていた。

本当に楽しそうに声を立てて笑っていた。


 これは、この狼はチャコでしょう?

なんでチャコを痛めつけて、そんなに楽しそうに笑うの?


 私と鋼介君はとても大きな勘違いをしている。





 文化祭が終わった後、鋼介君は目に見えて落ち込んでいた。

聞くと、『チャコに負けた』と。

そして、『チャコが友孝先輩を好きなんだろう』って言ったんだ。


 びっくりした。

二人が戦った事にもびっくりしたけど、それ以上にチャコが友孝先輩を好きだなんて。


 チャコは私と鋼介君が二人でいると、よく間に入ってきたし、鋼介君に甘えるような事も言っていた。

だからてっきりチャコは鋼介君が好きなんだろうと思っていた。


 鋼介君とじゃれて楽しそうに笑うチャコ。

きれいな顔なのにえへへーと朗らかに笑うんだ。


 ……それを見るのが苦しかった。

いつか三人でいられなくなる。

チャコと鋼介君が付き合って、私はいらなくなってしまう。


 その日が怖くて、私はこのまま時が過ぎればいいって思っていた。

三人でいられる日がずっと続けばいいと。


 なのに、チャコは友孝先輩を好き?


 鋼介君の言ったことは信じがたく、これまでの事を考えてみた。

チャコの気持ち。

チャコの行動。


 そうして考えて見ると、確かにチャコは鋼介君と二人でどこかに行くという事はなかった。

私と鋼介君が話していると、なになにー? と朗らかに笑って入ってくる。

だけど、鋼介君が一人でいる時に積極的に話しかけたり、どこかへ誘うということはなかった。


 チャコは鋼介君を好きなわけじゃないんだ。


 その考えに至り、私はすごくホッとしていた。

きっとチャコは私と一緒だったのかもしれない。

私と鋼介君に仲間外れにされるのが嫌だっただけなんだ。


 そう考えると、全てに納得が行き、そこからはチャコを観察していた。

そして、わかった。


 チャコは友孝先輩が好きなんだ、と。


 二人にどんな接点があるかはわからなかったけど、確かにチャコの目は友孝先輩を追っていた。

鋼介君と話している時とは違い、私が友孝先輩と話しているとそっとその場を離れてしまう。

それはきっと私と友孝先輩が話す所を見たくないんだ、と思った。

チャコは優しいから私にそれをいう事もできず、だけどその場にいる事もできなくて、一人で悲しんでいるんだろう、と。


 だから私は友孝先輩とはなるべく会わないようにしたのだ。

陰陽師と妖の恋がうまくいくかはわからないけれど、チャコの悲しむ顔を見たくなかったから。

そして、だんだんと塞ぎこんでいく鋼介君といっぱい話した。


 鋼介君はチャコに淡い恋心みたいなものを持っていたのだと思う。

それはそうだ。あんなにキレイな顔でえへへっと朗らかに笑われたら惚れない男はいないだろう。


 しかし、鋼介君は文化祭以来、チャコに近づかないようになってしまっていた。

チャコが友孝先輩を好きだとわかってしまった事もあるだろうけど、それよりもチャコに負けてしまった事が応えたのだと思う。


 鋼介君は自分の力に強いコンプレックスがあるからだ。


 鋼介君には兄がいる。一年二組の担任、九尾鉄平くおてっぺい先生だ。

九尾先生はこの世で一番強い妖だって言われている。

この学校にいる私も何度もその話を聞いた。

そして、鋼介君はそれを聞く度に、辛そうな顔をして、『俺とは違うから』と言うのだ。


 出来損ないの狐。


 鋼介君はそれをずっと自分に言い続けている。

本当はチャコに言いたい事があったはずなんだ。

だから、教室でチャコを見る度に苦しい顔をする。


 でも、言えない。

出来損ないの狐が自分より強いチャコに伝える言葉がなかったのだろう。


 私は鋼介君に自信をつけて欲しかった。

やんちゃな顔をくしゃって寄せて笑う、あの顔が見たかった。

そして、もう一度三人で、あの楽しかった日々を取り戻したかったのに。


 ねえ、鋼介君。

私たち二人って本当にバカだよ。


 チャコが友孝先輩を好きだって?


 だって、チャコはこんなに苦しんでいる。

苦しめているのは友孝先輩だ。

それを楽しそうに笑うなんて。


 こんなの恋じゃない。

恋のはずがない。





 チャコが苦しそうに唸っている。

大きな体も凶悪な口からみえる鋭い牙も全然チャコじゃないみたいだ。

怖い。


 けれど私はもがいているチャコへと近づいた。


「チャコッ、チャコッ! 助けるから!」


 チャコは私の声が聞こえないようで、首をしきりに前脚で掻いている。

その脚に当たってしまっただけで私は死んでしまうかもしれないけど、ゆっくりとチャコへ近づいた。


「チャコ!」


 一瞬、その金色の瞳が私を見る。

すると、いまにも私に前脚が当たりそうになっていたのに、ピタッと動きを止めた。


 ああ。

やっぱり、チャコはチャコなんだ。

いつだって私を守ってくれる。


 その大きな頭にそっと手をかけた。

そして、必死で祈る。


 チャコを元に戻してほしい、と。


 私は『妖雲の巫女』だ。普通の人にはない力が宿っているらしい。

鋼介君とチャコを狂わせたこの力なら、チャコを救う事だってできるかもしれない。


 そう信じて、必死に祈った。

だから、きっとその力がチャコを助けてくれたのだろう。


 巨大な狼のような姿がゆっくりと解けていった。

その解けた体は風に舞い、大気に溶けていく。

そして、最後には小さな中型犬のような体だけが残ったのだ。


 腕の中に小さな体を抱き留めた。

その茶色と白の毛皮に私の涙がポタッと落ちる。


 なんで?

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


 この小さな体がチャコなのだろう。

私の知っているチャコは黒い髪に深い青色の瞳。

すごく整った顔の女の子だった。

とてもきれいな顔で、ともすれば冷たさを与えるが、笑うとまったく冷たさがなくて、すぐに好きになった。

それにチャコはすごく強くて、いつも私を助けてくれた。

人間と妖という違う種族だけど、私とチャコは親友だ

その親友が今、私の手の中で消えようとしている。


 いやだ。

いやだよ、チャコ。


 ギュッと抱きしめると、その金色の瞳がゆっくりと開いた。。

私の後ろに友孝先輩がいるのがわかったが、チャコはもうあまり見えていないようで、私だけをじっと見つめる。


「唯ちゃん、その辺に掌サイズの白い物落ちてない?」


 私の知っている声じゃない。

少年のようなアルトの声が響いた。


 チャコは妖だから、人間の姿と本来の姿とで違いがあるのだろう。

私の知っているきれいな声ではないが、『唯ちゃん』と呼んでくれるその声に心がグッと熱くなる。


 どんな姿でもチャコはチャコだ。


 今、チャコを離して行きたくはないが、こんな状態で私に言ってくるのは大事な事なんだろう。

そっとチャコを地面に横たえると、それを探すために辺りを見渡した。

すると、グラウンドの中央に白く光る物が見える。

急いで取りに行き、チャコの元へと戻った。


「これ!?」

「うん、それ……。」


 チャコの横へと跪き、抱き起こす。

その小さな声が私の心をざわつかせ、それを消したくて、より強くチャコを抱き直した。


「それ、鋼ちゃんの牙……依代だから。妖気がちょびっと残ってるはず。」

「鋼介君の?」

「うん……ちょっとだけでもあれば、唯ちゃんな、……らなんとかできると思う。」


 小さな声でつっかえながらも一生懸命に伝えてくれる。

私が持っているこの白い塊が鋼介君の依代。

鋼介君はチャコに食われてしまったと思ったけど、私が望めば復活できるのだろうか?


「唯ちゃん、やったね。……トゥルーエンドだよ。」


 チャコがふふっと微笑んだような声音で言葉を発する。


 わかんない。

チャコが何言ってるか全然わかんないよ!


 消えていくのに少し嬉しそうなチャコ。

チャコの気持ちは全然わからなかったけど、その体が刻一刻と力をなくしていくのはわかった。


「あ、唯ちゃん……わたしは、依代とか、ない……からね。」


 チャコが力なく言葉を発する。

今は小さな狼の姿だけど、その声音でいつものあの朗らかな顔で笑っているのだろう感じられた。


 いつも私を守ってくれたチャコ。

すごくきれいな顔をしてるのに、えへへっと朗らかに笑う顔が好きだった。


 なんで?

どうしてこんなことになっちゃったの?


 チャコの力が散り散りになっていくのがわかった。

それを少しでも集めようと必死に集中する。

けれど、チャコの力を繋ぎとめる事はできなかった。


「チャコ、消えるの?」


 ずっと後ろで悠然と見ていた友孝先輩が私の横に跪いた。

ゆっくりとチャコの頭に手を添わす。

けれどもう目を開ける事はなくて、友孝先輩はそっとチャコへ顔を近づけた。


「任務達成だよ。」


 友孝先輩がチャコの茶色の立耳にそっと呟く。

すると、チャコはその右足を力なく動かして、友孝先輩の頬にムニッと当てた。

そして、その体は空気に溶けて行ってしまう。


「チャコッ! チャコッ!!」


 確かに先ほどまであった体が今はない。

何もない空間に必死に叫んだけれど、もうあの姿を見つけることはできなかった。


 友孝先輩はスッと立ち上がると、そのまま去ろうとする。


「待って、待ってください!」

「なにかな?」

「チャコは、チャコとあなたに何があったんですか?」

「君には関係ないよ。」


 もう消えてしまったからどうでもいいしね、と興味なさそうにする。


「友孝先輩はチャコが消えて悲しいんですよね?」

「私が? 妖が一匹消えたぐらいで悲しいわけないよ。」

「だって……。」


 だって、泣いてるじゃないですか。


 友孝先輩の表情は特に何の感情も浮かべていなかった。

だけど、涙が。

その目からは涙が止まらず出ている。


 だけど、友孝先輩はそれを気にする事なく、私が握っている白い塊を見た。


「それで君の恋人の妖を復活させればいい。そうすればそのめんどくさい力もなくなる。」


 それだけ言うと、友孝先輩は去って行く。

残された私はしばらく膝立ちのまま、考え込んでいた。


 そうだ。

チャコが教えてくれた。


 私の力を使えば鋼介君は復活できる。

鋼介君はチャコがいなくなった事を悲しむだろうけど、私が支えていけばいいんだ。


 でもチャコは?

もうチャコは戻ってこない。


 私は……。

私の望みは――


 ずっとチャコと笑いながら暮らしていきたい。


 鋼介君だけじゃダメだ。

それは私の望んだ未来じゃない。


 チャコを取り戻す。


 必ず。


 私はギュッと目を閉じて、祈った。


 私には力がある。

この力が何なのかわからない。

けれど、鋼介君とチャコを狂わせた力がこの身にあるはずなんだ。


 できる。

私はできる。


 あの日へ戻ろう。

チャコと出会った、あの朝へ。

『出来損ないの狐』九尾鋼介 トゥルーエンド達成

『優秀な陰陽師』 ルート開放します

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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